2017-08

反就労差別の国際協力プロジェクト

 2005年5月、中国政法大学憲政研究所とオランダの駐華大使館やユトレヒト大学法学院との協力により、「反就労差別協力プロジェクト」が開始されました。同研究所のサイト内に、このプロジェクトのためのコーナーも設置されています(「反就業歧視中荷法治合作項目」)。
 就労(就業。「雇用」と訳したほうがいいかもしれませんが)の差別、とくに募集・採用の際のさまざまな差別をなくすためのプロジェクトです。
 このプロジェクトを主宰しているのは、蔡定剣教授(中国政法大学憲政研究所所長)です。

 このプロジェクトを紹介した文章(「反就業歧視法律合作項目簡介」)がありますので、それを見てみましょう。
 この文章は、まず、「一、プロジェクトの背景」として、以下のような実態を述べています。
 「現在の就労差別の問題はかなり深刻であり、ほとんどいたるところに存在している。たとえば国家や企業・事業単位が募集や採用をする過程で、性別・年齢・身長・容姿・身体の健康・経験・学歴などの差別が広く存在している。多くの募集広告において一般に公然と規定されている採用の条件は、ある年齢以下である、男性である、身長は何センチ以上である、容姿が端正である、身体が健康である、などがある。いささかの地方の公務員の採用条例は、『身体が健康であること』を必須条件として規定しており、B型肝炎のウイルスを持つ者と障害者は、身体が不健康で不合格な者だと考えている。‥‥これらの差別的行為は、いささかの国家機関と司法機関の採用条件の中にもしばしば見られ、珍しくない。たとえば地方の国家機関が公務員を採用するとき、男性が必要で女性はいらないとはっきりと言うなどである。裁判所の募集広告にさえ、男性は身長175センチ以上、女性は身長165センチ以上で、かつ容姿が端正であることを要求するものがある。」

 つづいて、現在の就労差別は次の4つの面で存在しているとまとめています(太字は遠山)。
 1.立法の中に就労差別がある。多くの地方で公布している法規と規則の中に、採用の条件に関して、少なくない差別的な規定がある。
 2.政府の政策に比較的重大な差別が大量にある。たとえば、採用者に対して本市の戸籍であることを規定するなどである。
 3.政府・企業・社会組織の、具体的な募集の通知・広告と採用の行為において、各種の差別的なやり方が存在している。
 4.裁判所も就労差別に関する認識を欠いており、公民が提起した反就労差別訴訟を多く情況で受理しないか、または受理した後に、訴えた側に不利な判決を出す。

 また、後述の林燕玲さんによると、「就労・職業差別は労働争議の処理の受理の範囲に属さないので、労働者は就労の過程で就労・職業差別に遭ったら、主に各級の労働監察部門に訴える。けれども、労働監察人員は少なくて力が弱いのに、扱う面は広くて任務が重いという矛盾が非常にはなはだしい。たとえば北京海淀区には合計7万あまりの企業があるが、第一線で仕事をしている労働監察員は23名しかいない。このような状況の下では、就労・職業差別の訴えが議事日程にのぼるのは難しい」とのことです。

 もちろん、こういう深刻な実態があるというだけでなく、「近年、公民の権利意識と法律意識の高まりにともなって、就労の機会の平等な権利を保障するように要求する声が高まっており、反就労差別の権利のための活動が絶え間なしにおこなわれている」ことも、このプロジェクト開始の大きな背景です。具体的に言えば、「2003年と2004年、全国で多くの反差別訴訟と就労差別条項に対する違憲審査の提案が出された。いくらかの人民代表大会の代表も、次々に反差別立法の制定を提案した」のです(1)

「二、このプロジェクトをどのようにしておこなうか」では、以下の5点を挙げています。

 1.反就労差別の理論研究と社会調査をする。具体的には、翻訳、資料の研究、社会調査をおこなう。
 2.国外の反就労差別の状況を理解する。国外視察をしたり、外国の専門家を招いたりする。
 3.反就労差別の法律の宣伝をする。公民の法律意識と権利意識の増強する。とくに政府機関・企業・事業の雇用単位に対して就労の平等権と反就労差別の教育をおこなう。具体的には、シンポジウムをする、メディアと協力して特集を組んでもらう、報告書を出版する、雇用する側に対して研修をする。
 4.反就労差別の立法を推進し、現行の法律・法規の中の差別規定を除去する。反就労差別の法律の草案を起草して、それを人民代表大会の常務委員会に専門家の建議稿ととして提供するか、人民代表大会の代表を通して法律制定の議案として提出する。差別的な法律の条文を取り消す審査も提案する。
 5.就労機会の平等を保護する機構の設立を推進し、民間の反差別・平等な就労権擁護の活動を促進する。具体的には、就労機会平等委員会の設立を推進し、法律相談や法律援助をおこなう。

「三、段階的な実施計画」では、このプロジェクトは、以下の3段階に分けてすすめると述べています。

・第一歩(2005年5月-2006年5月)‥‥調査・研究
・第二歩(2006年5月-2007年5月)‥‥宣伝、関係人員に対する研修
・第三歩(2007年5月-2008年5月)‥‥反就労差別に関する法律の起草・提案

女性差別や間接差別にも注目

 今までの記述からもわかるように、当然、女性差別の問題も取り上げられています。
 サイトの中の蔡定剣さんのページ(蔡定剣)を見ると、女性やジェンダーに関する差別を扱った論文もいくつかあります。
 たとえば蔡定剣さんは、「立法の中の就労差別」として、男女の定年差別の問題を取り上げています。蔡さんは、女性の定年が男性より早いのは、従来政府が主張してきたような「保護」ではなく、「差別」であると指摘しています。「女性に配慮するのならば、『女性は50歳定年を選択できる権利がある』と規定すればよく、強制的に早く退職させるべきではない」と言うのです。
 また、蔡さんは、差別を「直接差別」と「間接差別」に分け、間接差別の問題にも目を向けています。ただし、蔡さんが明確に挙げているのは、「身長○○センチ以上」という比較的単純な例ですが‥‥(2)。 

 さて、このプロジェクトは、今日までに既に以下のような取り組みをしています。 

1.就労差別に関するアンケート調査

 このプロジェクトは、2006年、北京・上海を含む国内の10の大都市で、就労差別に関するアンケート調査をおこないました。アンケートを3424部おこなうとともに、訪問調査もしました。
 その結果、85.5%の人が就労差別の存在すると思っており、58%の人は就労差別が深刻か、わりあい深刻であると考えているなどの結果が示されました(2)
 また、身分差別と性差別は意識されるようになったけれど、健康差別や同性愛差別に反対する人は少ないことも明らかになりました(3)

2.就職活動の場で差別反対の宣伝

 このプロジェクトは、2006年12月には、二万名あまりの求職者が集まった冬季人材招聘大会(於:北京国際展示センター)で、「就労差別解消」公益サービスステーションを設置しました。
 会場で2万枚近い反就労差別の宣伝ビラなどをまいて就労差別反対の宣伝をするとともに、求職者の相談にも応じました。
 この試みは、多くの新聞やテレビも取り上げました。たとえば、ある報道では、ある招聘広告に「北京の戸籍を要求、男、35歳以下、(大学の)本科以上、党員優先。附:四川の人お断り」とあったことや、この広告に対して蔡定剣さんが「ここにある、ほとんどすべての言葉は差別である。これが中国の現在の就労差別の一つの現状だ」と指摘したことを紹介しています(4)

3.反就労差別国際シンポジウム

 2007年3月、中国・オランダ反就労差別国際シンポジウムを開催しました。
 このシンポジウムに関しては、サイトの別のページ(「中荷反就業歧視国際研討会」)にすべて収録されていますし、「中国網」も写真入りでなかなか詳しく報道されています(「"促進就業機会平等"国際研討会」)。

 その内容を列挙すると(「中」-中国側の報告、「オ」-オランダ側の報告)、ECの反就労差別法の歴史的発展(オ)、反就労差別の中国での発展(中)、中国の反就労差別課題研究グループ「反就労差別総合研究報告」紹介(中)(以上を一に収録)、直接差別と間接差別(オ)、現行の法律の積極面と欠陥(オ)、国際社会の反就労差別の新しい発展(ILO)(以上を二に収録)、反差別の組織機構(オ)(三に収録)、就労差別の法律的判断(中)、イギリスの反差別法の法律執行メカニズム(イギリス)、法規・規則の差別的規定の清算(中)。
 上の「中荷反就業歧視国際研討会」のページには、コメンテイターのコメントや質疑応答を含めて収録されているので興味深いです。

4.ILO111号条約の活用を探求

 2005年8月、全人代常務委員会はILO111号条約を批准しました。2006年1月には、批准書をILOに提出し、正式に批准したことになりました。
 このことをどう活用するのかについても研究されています。たとえば、林燕玲さん(中国労働関係学院)は、このプロジェクトの一環として、ILO111号条約の批准が中国社会にどのような影響を与えるかについて論文を書きました。
 林さんは、たとえば、批准によって国家が二つの義務を負うことを指摘しています。すなわち、対内的には国家はこの条約を履行し実現する義務を負い、対外的にはILOに報告を提出し、ILOの監督を受ける義務を負うことです。
 もちろん林さんは、差別をなくするための「法律制度」「メカニズム」「公民の権利意識と平等概念」についても、ILO111号条約が中国に求めるものについてもいろいろ論じています(5)

 最初に紹介した「反就業歧視中荷法治合作項目」のコーナーには、
Chistine M.Bulger “Fighting Gender Discrimination in the Chinese Workplace"などの英語文献も収録されており、研究の役にも立つと思います。

(1)このプログでも昨年8月18日の記事で、男女の定年差別に関する違憲審査請求については紹介しました。
 また、反就労差別法の提案は、全人代では、2003年、鄭功成代表(中国人民大学労働人事学院副院長)が、年齢や性別、学歴、戸籍、地域、身体などによる差別を禁止する「反就労差別法」を制定する議案を提出し、2004年には、周洪宇代表(華中師範大学教授)が、「『反就労差別法』をすみやかに制定することに関する提案」を提出しています。
 今年も周洪宇代表は、「反就労・職業差別法」の制定を提案していますが、そのポイントは以下の2点のようです。
 1.「差別」の範囲‥‥「人種・民族・皮膚の色・地域・戸籍・年齢・性別・性志向・婚姻状況・懐妊・分娩・育児・身長・容貌・言語・宗教と政治信仰・財産状況・家庭の出身・障害または病気・基因などの面のさまざまな、直接または間接に平等な労働権を損なうこと」
 2.差別の責任がある単位・個人に処罰をする。‥‥1万元から10万元以上の罰金、行政処罰から刑事責任。
 ただし、周洪宇代表によると、昨年までの提案に対する労働と社会保障部(日本で言えば厚労省)の回答は、「『就労促進法』の立法工作は現在着実に前進しており、すでに反差別の内容を含んでいる」というものだったそうです(中国の場合、一般の代表が提出した提案はその場で審議・採決されるというより、省庁などから回答が来る場合が多い)。けれども、周代表が言うとおり、「就労の促進と反就労差別とは異なった概念であり、交わる部分はあるが、差異が大きい」のであり、まだ前途は遠いと思います「人大代表建議制定反就業歧視法」(『新聞晨報』2007年3月7日)
(2)「85.5%国人認為存在就業歧視 対歧視集体無意識」
(3)「北大清華聯手反就業歧視 国家機関被指歧視厳重」
(4)「政法大学聯合北大・清華・人大四校進行消除就業歧視・建設和諧社会」「北大清華聯手反就業歧視 国家機関被指歧視厳重」
(5)林燕玲「批准和実施《1958年消除就業和職業歧視公約》対中国社会的影響」
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