2017-08

『女性学年報』34号刊行、拙稿「中国の若い行動派フェミニストの活動とその特徴」も掲載

昨月、日本女性学研究会の『女性学年報』34号が刊行された。目次は、以下のとおりである。

<特集 フェミ的ネットとのつきあい方>
◆中国の若い行動派フェミニストの活動とその特徴――「ジェンダー平等唱導・アクションネットワーク」をめぐって――(遠山日出也)
◆ネット上の誹謗中傷を経験して――私が見た風景の叙述――(桂 容子)
◆わたし的ネット事情(森松佳代)
◆日本女性学研究会ニューズレターVOICE OF WOMENの電子アーカイブ化の是非をめぐって(荒木菜穂・遠山日出也・日本女性学研究会運営会)

◆ミニコミにみる性暴力の社会問題化(伊藤良子)
◆占領期のキャッチとおんなたちの「声」――占領期日本における不問にされた性暴カ――(茶園敏美)

◆赤毛のアンの人気――『赤毛のアン』は誰のもの?――(竹内素子・藤掛由実子)
◆『転勤族の妻たち』の現代的視座―一A県B市におけるインタビュー調査を中心に――(里村和歌子)
◆島のお産から家族のお産ヘ――昭和二〇‐三〇年代における伊吹島の出部屋と女性たち――(伏見裕子)


特集「フェミ的ネットとのつきあい方」には、以下の4つの文が収録されている。

●拙稿「中国の若い行動派フェミニストの活動とその特徴――『ジェンダー平等唱導・アクションネットワーク』をめぐって」の構成は、以下のとおりである。

はじめに

一 彼女たちのさまざまなアクション
 1 公共トイレの便器の男女比率の不公平について
 2 就職の男女差別について
 3 大学入試の合格ラインの男女差別について
 4 地下鉄の痴漢について
 5 ドメスティック・バイオレンスについて

二 彼女たちの行動や思想の特徴
 1 広く社会に訴え、政府に大衆的に働きかける
 2 微博(中国版ツイッター)を活用
 3 女子大学生らの若い女性たちが、社会的差別に反対するNGOのバックアップを受けてネットワークを形成
 4 ユニークな女性知識人らが若い女性たちをサポート
 5 若い世代が主体になって活動
 6 社会的マイノリティの運動とのつながり
 7 身体に関する性別規範に挑戦し、身体の自主権を主張
 8 ナショナリズム批判

おわりに

この構成をご覧いただければわかるように、拙稿は本格的な学術論文ではなく、動向紹介であり、気楽にお読みいだたけると思う。拙稿は<特集>に入っているが、特集のために書いた原稿ではないこともあり、ネット以外のことも多く論じている。

●桂容子「ネット上の誹謗中傷を経験して――私が見た風景の叙述――」

本稿は、ある裁判支援団体からネット上で誹謗中傷を受けた著者が、自らの体験と考察をつづった一文である。

桂さんは、まず、その裁判の原告側の「バックラッシュに屈した行政がフェミニストを雇止めにした」という主張とは異なる風景を自らは見ていたことを述べている。実は、私はその裁判支援団体の会員として原告を支援しており、裁判や桂さんの証言の位置づけなどに関しては、桂さんとは意見や認識の違いが一部にある。もちろん、そうした違いがあること自体は問題ではないし、まじめな議論のテーマにもなろう(実際、私自身も、桂さんとは何度か議論させていただいたこともある。もちろん私には見えていないことも多々あろう)。ただ、裁判についての桂さんの考えについては、この稿では詳しく展開せず、いずれまたお書きになりたいと思っておられるとのことである。

今回、桂さんが多くのページを費やしておられるのは、自らへの誹謗中傷とそれに対する反論である。さらに、誹謗中傷にまともな根拠がないことを明らかにしても、裁判支援団体(の中の一部の人)が謝罪を拒んできた問題である。私も、桂さんの、自らへの誹謗中傷に対するこの反論は非常に正当なものであると思う。本号の編集後記には、桂さんにとって今回の原稿を書くことは、つらかった場面がフラッシュバックするなど、きつい作業であったことが書かれている(p.214)。だからこそ、貴重な原稿だと思う。私は、桂さんの言う「謝罪派」だったが、この桂さんの文を読んで、私自身の対応にも誤りや弱点があったことが、痛みともに思い出された(具体的な反省点については、別の場で書いているが、そこには桂さんが今回言及しておられない具体的な事項が出てくるので、リンク先は示さない)。

桂さんは、誹謗中傷をした人々と自らとをまったく別種の人間として捉えているわけではない。桂さんも、自らが運動体に身を置いて、同じ価値観の仲間と語り合い、時には気炎を上げること、権力から酷い目に合わせられたら連帯して怒りを表明したりすることを述べておられる。ただし、桂さんは、この裁判支援団体では、「同じ価値観を共有する人たちの間で、一旦、攻撃してもよい相手として名指されてしまった人は、その後、容赦ない攻撃、批判にさらされる。『ターゲット』として措定された時に、その人を擁護する機能は停止する」といった問題があったと分析しておられる。

桂さんは、ここで、「ネットという媒体」の問題を指摘している。桂さんは「私のネット上の誹謗中傷は、それがそのまま世界に向けて公開されてしまったということかもしれない」、「これがチラシ/ビラの時代であったなら、起こらなかったのだろうと何度も思った。私の実名を挙げて、証拠もないのに憶測だけの疑惑と誹謗を、チラシに書き連ねたりはしないだろう」と述べている。

桂さんは、いま、かつてニフティ訴訟を支援した際のことを反省なさっている。桂さんは、自分はニフティ訴訟について、「女性蔑視の男性から誹謗中傷セクハラ暴言を受けたフェミニスト女性」という、「フェミニズムのテーゼだけに依拠」した「わかりやすいストーリー」を信じて原告を支援したが、その後出版された被告側の反論を読むと、当時は見落としていた他の要素もあったことがわかったという。桂さんは、当時のことを振り返って、「原告を本当に支援したいのであるなら、もっと深くこの問題を理解しようと努力し、原告側の矛盾や短所にも目を注いだ適正なアドバイスが出来ていたらよかったのかもしれない」と述べている。

以上の桂さんの以上の分析については、私もおっしゃるとおりだと思う。ここではすべてを紹介しきれなかったが、ごく普通の支援者が誹謗中傷をネットに書いてしまうに至るメカニズムを説得的にお書きになっていると思う。

私が関心を持ったのは、ニフティ訴訟にしろ、バックラッシュによる雇止めについての訴訟にしろ、大きく言えばフェミニズム運動として位置付けられるものだったことである。その意味では、フェミニズム運動のあり方(もちろん他の社会運動もだが)が問われていると言えるのではないか。

桂さんはニフティ訴訟の際に、原告側に適切なアドバイスができていたらよかったと反省しておられるが、それが正当に扱われたか否かは、原告や支援者のあり方次第であろう。現に、桂さんを誹謗中傷した団体にも、「原告側の矛盾や短所にも目を注いだ」人々はおり、一定の成果を上げたが、支援団体のあり方を変えるには至らなかった。

私は、ネットの問題以前に、「一旦、攻撃してもよい相手として名指されてしまった人」に対しては、その人を「擁護する機能は停止する」ような運動のあり方が問題なのだと思う。すなわち、組織の内外に存在する批判的意見に対して、一律に否定するのではなく、対話し、その積極面を取り入れられるような運動や組織のあり方が必要だ。

本当に一人ひとりが運動の主体となって、桂さんの言う「わかりやすいストーリー」だけではない、きめ細かな認識をするためには、新しい運動論・組織論が必要なのだと思う。運動が質的に発展する際には、新しい組織論が現れる。たとえば、かつて日本女性学研究会の初期の改革に大きな役割を果たされた上野千鶴子さんたちは1980年代にフェミニズム的な組織にふさわしい組織論・運動論を展開された。上野さんの運動論・組織論は、2年前に出版された『不惑のフェミニズム』にも、いくつか収録されているが(「女の運動論」「連絡会ニュース発刊のころ」「女の組織論」など)、これらは現在、どう生かしていけるだろうか。また、上野さんの運動論や組織論では対応できない問題はどう解決すべきなのだろうか、といった点を考える必要があると思う。

ここで再度インターネットの問題に立ち返るならば、そうした新しい運動や組織の内部や外部とのコミュニケーションの中で、どのようにインターネットを活用するのかという問題が出てくるのではないだろうか。

最後にもう1点付け加えれば、弁護士は原告の代理人なのだが、こうした誹謗中傷問題に対する弁護士の役割はどうあるべきかについても、桂さんの文章を読んで考えさせられた。

●森松佳代「わたし的ネット事情」

この文章は、まず、森松さんが「『ネットサーフィン』に費やす時間をどうコントロールしていくかは、自分自身の課題になっている」と述べておられることは、本当にその通りだと思った。この点については、多くの方が頷かれるのではないだろうか。ネットはあくまで「手段」だという観点が大切なのだろう。

森松さんも誹謗中傷の問題を取り上げておられる。森松さんは、十数年前に、自らが管理する掲示板への中傷書き込みや自らへの中傷メールに対して、警察への相談、プロバイダへの要請、弁護士への相談など、さまざまな手を尽くされた経験をお書きになっている。これを読むと、森松さんがほんとうに大きなご苦労をされたことがわかる。さらに、森松さんは、その経験を、「一定の成果が得られた」、「今後、こういうことがあれば同じように対応すればいいということもわかった」、「結構、大変だったが次につながるものになったので、結果的にはよかったと思っている」(p.56)と述べており、けっして必ずしも否定的には捉えておられない。

森松さんのような経験を語っていただくと、勇気づけられる。また、森松さんのお話からは、安全なインターネット環境自体が、当初からあるものでも、どこからから与えられるものでもなく、私たちのさまざまな闘いによって作り出していくものであることも教えられる。

森松さんのお話に刺激を受けて、私も、市立図書館に行った際に、まず手軽な書物として、部落解放・人権研究所編『「インターネットと人権」を考える』(解放出版社 2009年)と高木寛『知っていますか? インターネットと人権一問一答』(解放出版社 2005年)を読んでみた。それによって私も、インターネット上での人権侵害とそれに対する規制の現状について知ることができた。まだまだ未解決の問題が多いこともわかった。

なお、森松さんによると、警察から「ハンドルネームに対する書き込みは、通常個人を特定できないので、名誉棄損に当たらない場合がある」と言われたというが、これは理不尽だと思う。たしかに、その場その場で変えるようなハンドルネームならば、警察の言うとおりかもしれない。しかし、一貫して使っているハンドルネームならば、ネット上においては言わば一個の人格であり、ハンドルネームに対する誹謗中傷も、そのハンドルネームでおこなっている言論活動に対する不当な打撃になるのだから、実名に対する誹謗中傷と同様に扱うべきではないだろうか。安定的な地位にいる人と異なり、一般の人、弱い立場の人には実名では発信できないことも少なくないのだから、ハンドルネームに対する誹謗中傷を許せば、結局、階層やジェンダーによる差別を強化することになるように思う。

森松さんは、ネット上での意見交換について、否定的な意見を書いておられる。私は、この点では意見が異なるが、森松さんは、そうした否定的な結論に至った経験や理由を具体的に書かれているので、説得力もあるし、尊重しなければならないと思う。たとえば、森松さんが最も具体的に述べておられるのは、『女性学年報』の編集委員どうしの議論(とくに自分の原稿に対する意見や感想をメーリングリストで読んだときの話)であるが、たしかに、編集委員どうしならば実際に集まることができるので、森松さんがおっしゃることに明確に道理があると言えよう。ネット上の主張はひとりよがりになりがちだ、というご指摘については、世の中には、ブログはもちろん、さほど推敲もしていないはずのツイッターでさえ、オリジナルで鋭いことを発言する方々がたくさんいらっしゃることを思うと誰にでも当てはまることではないと思うが、一般論としては、(私自身を含めて)戒めにしなければならないことだと思う。

●荒木菜穂・遠山日出也・日本女性学研究会運営会「日本女性学研究会ニューズレターVOICE OF WOMENの電子アーカイブ化の是非をめぐって」

この報告は、日本女性学研究会のニューズレター『VOICE OF WOMEN』(VOW)を電子アーカイブ化して、ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)のウェブサイトで公開するという、WANからの提案について、VOW誌上でおこなわれた話し合いの記録である。

この話し合いでは、紙媒体のミニコミをウェブサイトで公開することに伴うさまざまな問題点が出された(1)。これらは、ミニコミに書かれた文を電子媒体に公開する場合には、程度の差こそあれ、必ず考慮しなければならない論点だろうと思う。

WANから提案をされた他の団体では、どのよう話し合いを経て、電子アーカイブ化すること(又はしないこと)を決定したのだろうか? 他団体からもそうしたことを出していただければ、いっそう議論が豊かになると思う。

●今回の特集テーマの今後の課題として考えたこと

今回の特集は、以上のように、それぞれ有意義な原稿が並んでいると思うが、今後の課題としては、以下のようなことがあるのではないかと感じた(これらは、もちろん編集委員会だけの課題ではなく、こうしたテーマに関心がある多くの人々の課題、私自身の課題として述べているということを、念のため、付け加えさせていただく(12月17日追記)。

1.インターネットの活用によって運動や議論が前進した積極的な経験も出し合いたい

今回の特集(の日本の状況に関する部分)は、誹謗中傷をはじめとした、インターネットの負の側面についての議論が中心だった。

もちろんそうした負の側面をなくすこと自体が、ネットの活用を広げる上でもプラスになる。けれど、私は、それだけでなく、インターネットの活用によって、運動の新しい局面を切り開いたり、議論が深化したりした経験なども、もっと出し合っていく必要があると思う(インターネットの問題点に関しても、できればネットを積極的に活用した上で見えてきたことを書きたい)。なぜなら、インターネット界において、フェミニズムはまだまだ劣勢だからである。ネット上では、実社会以上にネトウヨや橋下徹氏のような右翼的言論のほうが優勢である以上、フェミニズムの側は、もっと攻勢に出る必要があると思う(2)

2.フェミニズムとインターネットに関する研究論文も必要では?

たとえば、今号で桂さんや森松さんが論じておられる「ネットコミュニケーションの特徴」については、上記の『「インターネットと人権」を考える』という書籍でも、複数の論者が論じており(碓井真史「インターネットの心理学」p.89-93、辻大介「インターネットと子ども・若い人びと」p.104-106)、多くの人の関心事なのだと思う。とすれば、先行研究や他の人の経験も踏まえた論文のようなものも必要ではないかと思う。

もちろん個々人がさまざまな自分自身の経験を出し合っていくことは、今後とも重要であろう。しかし、それと並行して、研究論文を書いていく必要もあるのではないだろうか。

今号の特集は、約2か月前に原稿募集がおこなわれたが、短い時間で論文のようなものを書くことは、やはり難しい。他の学術誌の場合は、よく前年のシンポジウムの報告を掲載して特集にしている。もちろんそれを真似する必要は全くないし、『女性学年報』の場合は、刊行後の合評会が充実しているという独自の特色がある。けれど、それだけでなく、日本女性学研究会らしく、たとえば、(堅苦しいシンポジウムではなく)前年の例会をもとにして特集を作るのも面白いかもしれない、などと思った。

●掲載されている学術論文の簡単な紹介

今号の特集に収録された原稿は、私のものも含めて、いわゆる学術論文ではない。しかし、特集以外の論考はいずれも学術論文だと言えよう。以下、きわめて不十分ではあるが、ごく簡単に紹介させていただく。

伊藤良子「ミニコミにみる性暴力の社会問題化」は、従来おこなわれてこなかった、性暴力被害者に対する支援団体の活動に焦点を当てた研究である。伊藤さんは、この研究を、『東京・強姦救援センターニュース』と『ファイト・バック』という2つのミニコミを歴史的に分析することを通じておこなっている。その分析を踏まえて、伊藤さんは、いまの自らの課題として、「支援者が創ったマスター・ナラティブ(支配的な物語)」を乗り越えるために、より多くの被害者が豊かに自らの経験や認識の揺らぎを語ることができる「場」を作り出すことを述べておられる。

茶園敏美「占領期のキャッチとおんなたちの『声』――占領期日本における不問にされた性暴カ――」は、第二次世界大戦後の占領期に、占領軍将兵相手の売春婦だと見なされた女たちに対しておこなわれた、強制的な性病検診のためのキャッチ(検挙)を取り上げている。茶園さんは、キャッチが性暴力であること、しかし当時の女性解放運動は、「まじめな勤労婦人」に対するミス・キャッチ(誤認逮捕)だけを問題にしたこと、キャッチの体験については現在も当事者からは語られておらず、そのことは今でもセックスワーカーが性的虐待については語りにくいことなどにつながっていることを述べておられる。史料として、米国立公文書館所蔵のGHQ関係資料も使っている。

竹内素子・藤掛由実子「赤毛のアンの人気――『赤毛のアン』は誰のもの?――」は、「本国カナダでは既に多くの読者を失って久しいこの作品が、なぜいまだに日本で人気を保っているのか」という問題を扱っておられる。この問題についてはすでに小倉千加子氏や斉藤美奈子氏が論じているが、竹内・藤掛両氏は、それらの論では説明できない点の解明を試みている。両氏は、『赤毛のアン』は世代によって異なった受容のし方をされて人気を保ってきたこと、同世代でも異なった受容のされ方をしていることで現在も人気を保っていることなどを説いておられる。

里村和歌子「『転勤族の妻たち』の現代的視座――A県B市におけるインタビュー調査を中心に――」は、専業主婦的状況から抜け出すことが困難な「転勤族の妻たち」を論じている。この論文では、自らも転勤族の妻である里村さんが、彼女たちにインタビューをしている。里村さんによると、彼女たちは、性別分業を当然視しつつも、現実と「ありたい自分」との間にギャップがあり、そこに葛藤を感じているという。また、現在では女性の選択肢が増えたことなどによってその葛藤が増していると述べておられる。里村さんは、彼女たちの葛藤は、男性支配の追認と安価な労働力の市場への供給を促していると言いつつも、今後の課題として、その葛藤が能動的な実践に結びつくことを見届けたいとおっしゃっている。

伏見裕子「島のお産から家族のお産ヘ――昭和二〇‐三〇年代における伊吹島の出部屋と女性たち――」は、香川県伊吹島で、女性たちが出部屋(デービヤ。島の共同の産屋)とどのように関わり、離れていったのかを明らかにした論文である。伏見さんには、すでに「戦前期の漁村にみる産屋習俗の社会事業化――香川県『伊吹産院』を中心に――」(『女性学年報』32号)、「山形県小国町大宮地区の産屋にみる安産信仰と穢れ観の変化――出産の医療化および施設化との関連を中心に――」(『女性学年報』33号)という論文で、出部屋が遅くまで存続した要因を明らかにしてこられたが、今回の論文では、出部屋に対する女性たちの思いや、出部屋が閉鎖に向かう過程について検討するために、島の女性たちからの聞き取り調査をしておられる。伏見さんは、伊吹島では、自宅出産を終えた女性が出部屋で過ごすことがかつては当たり前であり、それは、漁師の船霊(ふなだま)信仰にもとづく出産の穢れ観があったためであること、しかし、女性にとっても、同居する姑と離れられる、水汲みなどの仕事から逃れられるなどのメリットもあり、それゆえ、船霊信仰が弱まり、出産の医療化・病院化がすすんでも、ただちに女性たちがみな出部屋を利用しなくなったわけではないと述べておられる。しかし、実家での養生などが広がってゆくと、それは出部屋以上にメリットがあるため、出部屋離れが起こり、伊吹島の出産は、島のお産から家族のお産ヘと変化していったということを明らかにしておられる。

●心配な投稿原稿の減少

巻末で編集委員の森松佳代さんが「投稿原稿の減少ということも深刻になっています」と述べておられることは心配だ。森松さんは「『年報』が発刊された頃とは違って、投稿先が増えているということもあるのかもしれません」とおっしゃっている。たしかにそうした面はあろうが、大学関係者でない時期が長い私のような者(現在は、たまたま大学関係者だが)には、『女性学年報』は非常に貴重な投稿先であるし、これほど丁寧にコメントしていただけて、コメンテイターとのやり取りができる雑誌もないと思う。また、さまざまな形式・内容の投稿が可能な雑誌という意味でも、『女性学年報』は貴重である。実際、今号の私の投稿は、かっちりした論文ではないので、他の雑誌だと掲載されないか、掲載するには相当短くする必要があったと思う。投稿数の減少は、女性学全体が衰退しているという意味ではないにせよ、アカデミズム以外の場での研究が少なくなっていることを示しているのだろうか? 編集体制も必ずしも安定したものではないようなので、編集にも関わらせていただいたほうがいいのかもしれないとも思った。

今号の定価は1900円+税である。女性学年報購入フォームから購入できるので、ご関心を持たれた方は、ぜひご購入いただきたいと思う。

今号の編集委員は、荒木菜穂、桂容子、木村尚子、鈴木彩加、竹井恵美子、竹岡篤永、中山良子、伏見裕子、古沢加奈、森松佳代、山家悠平の皆さまであり、コメンテイター・その他協力者は、東園子、熱田敬子、西原麻里、藤田嘉代子、古久保さくら、横川寿美子の皆さまである。厚くお礼を申し上げます。

(1)誤解を招かないように述べると、この話し合いは、あくまでもVOWを電子アーカイブ化して公開することについての話なので、この話が当てはまらないミニコミも多いだろう。たとえば、ミニコミでも研究誌的性格が強い雑誌の電子アーカイブ化ならば、執筆者の皆さんから了承を取るのは、かなり容易だろう。
 WANのミニコミ電子アーカイブ化の企画自体については、私は全体として大きな意義があると思い、8000円(私にしては非常に大金)の寄付をしている。WANの「女性のミニコミの保存のために、ぜひご寄付を!」という訴えも参照されたい。
(2)たとえば、山口智美・斉藤正美・荻上チキ『社会運動の戸惑い』(勁草書房 2012)の第7章「フェミニズムとメディア、インターネット」(山口、斉藤両氏執筆)も、全体として近年のフェミニズムのインターネット活用の弱さを指摘している。同書は、近年のフェミニズムのネット活用のあり方についても批判的なのだが、ネットを使った運動の積極的経験として、バックラッシュに対抗するために小山エミ氏らが論戦を繰り広げたり、荻上チキ氏が、保守派のまとめサイトに対抗するためのサイトを作成したことなども述べている(p.311-313)。
 同書は、WANに関しては、上野氏らの世代の研究者が発信を開始したことは評価しつつも、全体として批判的言及が多く(p.313-318)、私自身もそのかなりの点について同感で、会員として改善のための努力もしてきた。とはいえ、WANが旺盛な活動をしていることはたしかであり、WANのボランティアの方々自身からも、自らが切り開いてきた到達点や奮闘する中で見えてきた課題や問題点について述べていただければ、他でネット発信をしている方々の参考にもなるのではないだろうか。
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 また、「中国女性・ジェンダー関係リンク集」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。
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 私への連絡はtooyama9011あっとまーくyahoo.co.jpまで。

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