2017-11

2012年における反日デモ、日本軍の性暴力問題と中国のフェミニスト

2012年は、中国で史上最大の反日デモがおこなわれた年であるが、同時に若い女性を中心とした行動派フェミニストが活動を開始した年でもあった。彼女たちは、反日デモをどう見たのだろうか? 旧日本軍の性暴力問題に関してはどう対応しただろうか?

ここでは、昨年来このブログで取り上げてきた「ジェンダー平等唱導・アクションネットワーク」(2012年1月結成。年表および本ブログ記事へのリンク)の女性たち(若い女子大学生やNGO活動家と、彼女たちに助言などをする年上のNGO関係者ら)を中心に見てみたい。私が見たのは、同ネットワークのメンバー(その名簿はネット上でも見ることはできるが、個人情報が含まれているのでここでリンクを示すのは遠慮したい。また、名簿には本名が示されていない人も多く、個人が特定できない場合が多い)と微博(中国版ツイッター、ミニ[マイクロ]ブログ)上で彼女たちと密接な交流があるフェミニスト(多くの人の本名が不明である以上、この中にもメンバーが多く含まれていると考えられる)である。「@」が付いているのは、微博上の名であり、他も必ずしも本名を示していない。カッコ内の数字は、その微博が発信された日付で、2012年の場合は「2012」を省略している。

目次
一 「反日デモ」と中国のフェミニスト
 1.「女としては、私には祖国はない」(ヴァージニア・ウルフ)
 2.さまざまな反日デモ批判――「愛国」という発想自体に対する批判も
 3.女性の権利のために闘わない全国婦連が領土問題で中国女性を代表する声明を出したことへの反発
二 日本軍の戦時性暴力問題と中国のフェミニスト
 1.広州での日本軍性暴力パネル展(2011年12月―2012年1月)をめぐって
 2.1日で中止させられた南京での日本軍性暴力パネル展(2012年11月)――ここでも「女には祖国なし」の声
 3.日本軍性暴力パネル展に関する日本でのシンポジウム(2012年11月)に対する反応
おわりに

一 「反日デモ」と中国のフェミニスト

1.「女としては、私には祖国はない」(ヴァージニア・ウルフ)

2012年、ナショナリズムの高まりに対して、少なくないフェミニストがヴァージニア・ウルフの「女には祖国はない」という趣旨のフレーズを口にした。

まず、尖閣諸島(釣魚島)で日台の巡視船が接触する(7月4日)など国際的緊張が高まりつつあった7月5日、「女権の声」(NGOの女性メディアウオッチネットワークの微博)は、ヴァージニア・ウルフの以下の言葉を注釈なしで発信した。

女としては、私には祖国はない。女として、私には祖国はいらない。女としては、私の祖国は全世界だ。――ヴァージニア・ウルフ『三ギニー』(1)


以後、この言葉は総じて当時のナショナリズム(「愛国」「反日」)の高まりに反対する言葉として繰り返し発せられることになるが、ナショナリズムに対する批判は、具体的には、以下の【1】~【3】に対する批判をテコにして語られている。

【1】女性を差別する国家に対する批判

香港の活動家が尖閣に上陸して(8月15日)、反日デモが起きた前日の8月17日には、李思磐さん(ジャーナリスト)が微博で以下の発信をした。

わからない島のことは話さない。大学が男子学生が4、50点低くても合格させるかぎり[一部大学の一部専攻が、男女で合格ラインを差別し、それを教育部が承認していることを指している]、採用が男性優先であるかぎり(……)子宮が婚家と国家が綱引きする戦場であるかぎり、「女としては、私には祖国はない。女としては、私には祖国はいらない。女としては、私の祖国は全世界である」――ヴァージニア・ウルフ『三ギニー』


その後も、@流浪的清風在路上さんは、大学入試の合格ラインの男女差別問題をめぐって、「女に祖国なし」と述べている(9.11)。また、朱雪琴さん(@千千和风v)もジェンダーと天下国家との関係の議論する際の「最初の言葉は、『女に国なし』だ」と言っている(9.22)。

【2】反日デモの中の、日本女性に対する(性)暴力を唱えるスローガンに対する批判

大学を卒業したばかりのNGO活動家の李麦子(@麦子家)さんは、8月20日、以下の発信をした。

【女権なくして、どうして人権があろうか。人権なくして、どうして主権があろうか?】今日パソコンを見たら、抗日デモの中に、『日本の女房を嫁にして、家で毎日吊るして殴る』『小日本よ、おまえの母親を犯してやる』といった類のジェンダー暴力の言語が多く見られた。これは、なぜ私がこの予め計画されたmovementに興味がないかという理由の一つでもある。たとえ私たちが戦争の最中であっても、私たちはジェンダー暴力に警戒しなければならない。女権なくして人権なし。


「女権の声」も、同日、以下のような発信をした。

【反日デモの暴力的スローガン】「日本の女房を嫁にして、家で毎日吊るして殴る」「小日本よ、おまえの母親を犯してやる」……これは最近杭州・深圳などの都市の反日デモの中で出現したスローガンである。ジェンダー暴力をよしとする「愛国」は、人に軽蔑される。李思磐が言ったように、「大学が男子学生が4、50点低くても合格させるかぎり、採用が男性優先であるかぎり……『女としては、私には祖国はない』」


さらに、「女性メディアウォッチネットワーク」のネット誌『女声』は、上の発信や李思磐さんの発信などを引用しつつ、より詳しい記事を掲載した(2)

8月20日には、他のフェミニストも、上の「女権の声」の発信を転送して、ジェンダー暴力を口々に批判した。呂頻さん(女性メディアウォッチネットワーク代表)は「これは、悪質なジェンダー暴力のぶちまけである。あなたがたの思想と言語は、なんと偏狭で、なんと想像力がないのか。女をいじめることでしか、自分の力を示すことができないのか?!」と述べ、大学を卒業したばかりのフリーターの鄭楚然(@大兔紙啦啦啦)さんは「男権主義者はかくも頭が弱い」と言い、@二猫帰来さんは、「男権分子と五毛[インターネットに政府に有利な論評を書きこむスタッフ]と熱狂的民族分子は往々にして同一の馬鹿者だ」と述べた。また、鄭楚然さんは、「女としては、私の祖国は全世界だ」(8.24)、武嶸嶸(@小社工大社会)さんは、「女として、祖国はない」(9.8)と、ウルフの言葉を使ったコメントをした。

【3】女性を領土と同様に男性の所有物視するパフォーマンスに対する批判として

9月になると「反日デモ」はさらに広がったが、その中で、女性を男性の所有物視するパフォーマンスがあった。すなわち、ある新郎が、「釣魚島は中国のもの、女房は俺のもの」という旗を掲げた荷車に新婦を載せて引っ張っている写真が微博に掲載されたのである。

それに対して、@猪川猫二餅さん(男)が「妻を夫に従属させ、女性を男性に従属させて、女性をモノ化するものだ――みなさんもツッコもうと思いませんか?」と述べ、それを「女権の声」が紹介した(9.17)。

それに対して、@西風独自青さんは「ツッコミ:また女性の身体を国土の領域になぞらえる話だ。もし私が新婦の側だったら、絶対に新郎にソーダ水を吹きかけてやる」と述べ、柯倩婷さん(中山大学副教授、中山大学ジェンダー教育フォーラム代表)も「男と女をちょっと入れ替えてみなさい」と言い、日本在住の@原始女性是太陽さんは、「このたびの釣魚島事件を口実にして、女性の権益を侵犯する事件が多い。中国のフェミニズム運動はいつになったらこの点を大きな声で主張するのか」と、いら立ちを表明した(すべて9.17)。

9月15日には、@cooLululuさんが以下のように指摘している。

【釣魚台・愛国・蒼井そら】「暴力的愛国主義」の下では、女性も釣魚台も、旗が立てられる「領土」になる。感情主導の「愛国」は、恨みと屈辱の歴史の集団的注入にもとづいており、それにジェンダー暴力の文化が加わって、個人の卑劣なジェンダー暴力に「愛国」の美名をまとわせ、愛国の暴徒は、外来の若い女性を公然といじめ/征服することを想像して、自ら喜んでいる。反日の波の中のジェンダー暴力の言論に注意するように皆にお願いする


この指摘を、李思磐、@流浪的清風在路上、@我形象好気質佳、@西風独自青、@宝貝羅2011 @寒芙将軍などがリツイートした。

女性以外の者にも「祖国はない」との発言

李思磐さんの「女に祖国なし」という発信に対しては、女性以外の者にも「祖国はない(いらない)」というコメントがなされている。

すなわち、李思磐の発信に対して、@富士康工人([連続自殺事件などで劣悪な労働条件が問題になった]フォックスコンの労働者)アカウントは「私には祖国はいらない、プロレタリアートとしては、祖国はいらない!」(8.17)とコメントした。それを受けて、李思磐さんも「労働者に祖国なし」と述べた。また、@灰塵AshWang(トランスジェンダー、FtM)は、「この祖国は誰の祖国なのか? 女にだけ祖国はないのか?」(8.21)と述べた。

「女に祖国なし」という発言を、「安全」面から心配する声も寄せられたが……

当時、『女声』に対して、ある人から、「安全のため、今はできれば『フェミニストに祖国なし』とか『プロレタリアに祖国なし』とかは、たとえ正しくても言うべきではない」と忠告する私信が寄せられたとのことだ(二猫归来9.16)。「反日デモ」が荒れ狂う中では、上で見たような発信は多少なりとも勇気なしにはできなかったのだろう。

2.さまざまな反日デモ批判――「愛国」という発想自体に対する批判も

私が見たかぎり、フェミニストの微博には、部分的にであれ反日デモを評価する意見はまったくなく、デモを批判する意見ばかりである。

たとえば、李麦子さんは、9月15日、次のように述べた。

私は今日起きた反日の大行動に対して反感を持っている。私は起きないことを望んでいたのに、相変わらず起きたからだ。政府のために民意を利用して、私たち中国市民をほしいままに踏みにじっている。こうした愛国賊たちは、本当にかわいそうだと私は思う。なぜなら、彼らは人としての最低ラインを失っているからだ。


また、@李双双さんは、「盲目的愛国・極端な民族主義・暴騰する愚か者をボイコットしよう!」(9.16)と述べた。

また、ある人が、反日デモの破壊行為に対する批判を込めて、ナチスドイツの下でのクリスタル・ナハト(ユダヤ人の商店、住宅などへの襲撃事件) についての歴史記述を発信したが、@西風独自青さんは、「私は、彼らがこうしたことをした時も、きっと自分は正義の愛国者だと思っていたと信じる」 (9.15)と語っている。

はっきりと「愛国」という発想自体などを批判するメッセージも

中国政府も、反日デモが暴徒化したことに対しては、「暴力による愛国ではなく、理性的な愛国を」と呼びかけて、反日デモの収束を図った(3)

しかし、そうした中国政府の対応にはまったく収まらない発信もなされている。

たとえば、大学を卒業したばかりの肖美腻さんは、9月16日に次のように発信した。

ある人は「真の愛国」を「偽の愛国」と区別して、暴徒の政治との関係を棚上げにし、きれいごとを言おうとしているが、こうしたやり方は、「愛国主義」に対する省察と解剖を回避している(……)愛国の華麗な外套を引き裂いて、若い人にその動物的な感情を見極めさせ、真理と自由と正義を追求させてこそ、暴徒の政治はストップする


柯倩婷さんも肖美腻さんのこの発言をリツイートしている(9.16)。

また、@言Adaさんは、9月14日、著名ブロガーである連岳さん(男)の一連の発信をリツイートしている。連岳さんの発言は、「愛国主義は政府が許可した高級なマルチ商法、ペテン師が始め、愚か者が受け取る。愚か者は犠牲になり、ペテン師が利益を得る」、「人権は主権よりも大きい。ゆえに個人は国を愛さない権利を持つ」など、愛国主義(「理性的愛国主義」を含む)そのものを批判したものである。連岳さんの発言については、古畑康雄「ネット用語から読み解く中国 (25)『愛国主義』 」(東方書店「中国・本の情報館」)、「荒れる中国、中華芸能にも波紋」(東京倶樂部2012.9.17)でも紹介されており、当時の中国でもある程度共感を得た。

また、范坡坡(クィア映画祭など、性的マイノリティの映画活動に携わっている男性。大学入試の男女差別に抗議して坊主頭になるなど、女性たちの運動にも共鳴している)は、9月17日に以下のように発信した。

中国人、日本人、台湾人……釣魚島は、人に属さないといけないかのようだ! 世界のどんな小さな土地も国家・人が所有しなければならないのか? あなたがイルカに尋ねて、イルカが同意したのか? 太平洋の鳥が同意したのか? ヒマラヤ山のサルが同意したのか? アフリカの草原の象が同意したのか? 早く土地を動物に返そう、大自然に返そう、罪なことをするな!


この発言は、フェミニストの李思磐、@cooLululu、@想起的花開、@灰塵AshWangもリツイートしている。

これらは、領土問題そのもの、国境そのものを相対化する視点と言えよう。

もっとも、フェミニストにも、尖閣諸島(釣魚島)を日本領だと言っている人は皆無である。これは、多くの人は中国領であることを当然の前提にしているとも読める。しかし、前置きとしてであれ「中国領だ」ということを確認している人も見当たらないし(上記のように、李思磐さんは「わからない」と言っていた)、尖閣をめぐる攻防戦について関心を示している人も見当たらないので、なにか領土紛争そのものに関心がない(薄い)感じを受ける。また、@junglesheepさんは、「釣魚島ロジック(钓鱼岛逻辑)」という、日中台それぞれの釣魚島領有のロジックを示した漫画を転載しており(9.12)、これは范坡坡らとは違った形で、中国領であるという主張自体を相対化していると言えよう。

日本人に対して――民族差別になるなどの指摘も

日本人に対する暴力的なスローガンに対する批判はもちろん、「小日本」という差別語への批判(寒芙将军9.19)もあるし、「私は日本が好きだ」、「私は日本製品をいつも使う。日本製品は少し高いが、質は良い」(宝貝羅9.15)と言っている女性もいる。日本に対する理解が「武士道・軍国主義」など、「1945年以前にとどまっている」という指摘もリツイートされている(李思磐、寒芙将軍9.16)

さらに、@灰塵AshWangさんは、反日デモが民族差別につながる危惧を述べている。

いま中国にいる日本人はなんと惨めであろう。一日中恐怖の中で生活し、外に出ることもできない。数年毎にこうなるのは、あまりに悲劇だ。国を挙げて排日をするのは、民族差別ではないのか?(9.14) (4)


かなり多くの民族主義者が自分の民族は他の民族よりもすぐれていると信じている。これは、他民族に対する赤裸々な差別視である(9.17)


2012年の中国の反日デモに対しては、中国国内でも批判が少なくなかったことはすでに多くの方々が紹介しておられる(そのほか、そもそも反日デモに参加したのはごく一部であったことや、上から組織された「官制デモ」という面があったことなども指摘されている)(5)

そうした中でも、以上で見たように、フェミニストたちの発信は、女性に対する差別や支配、暴力を批判する視点からナショナリズムを批判している点で独自性があると言える。また、単に「暴力はいけない」というような批判は少なく、「愛国」自体を批判するなど、わりあいラディカルな批判であるように思われる(この点は、他の思想的立場の人の反日デモ批判と比較してみなければ確かなことは言えないが)。

3.女性の権利のために闘わない全国婦連が領土問題で中国女性を代表する声明を出したことへの反発

9月13日、中国共産党の指導の下にある、いわば「官制」の女性団体である「中華全国婦女連合会」は、次のような声明を出した。

日本政府が釣魚島とその付属島嶼を「購入」したことを宣言したことは、中国人民の感情をはなはだしく傷つけ、両国の関係を損なった。中国の女性は、日本政府が「島を購入する」やり口に断固として反対し、いかなる国家であれ、中国の神聖な領土に手を出すことを絶対に容認しない


それに対して、@西風独自青さんは、次のように述べた(9.15)。

婦連はむかつく。DVには何もやらず、就職の性差別には何もせず、「剰女」(年をとっているのに結婚しない女性に対する蔑称)という世論には何もやらず、男女の定年の平等には何もやらず、「幼女買春罪」(幼女に対する買春を強姦より軽く罰する法律)には何もやらずに、いま、厚かましくも、なんと全国の女性を代表するとは?


@二猫帰来さんも、次のように述べる(9.16)。

ものを言うべき時には、見あたらず、こういう時にしゃしゃり出てくる。むかつく。一人の中国の女性として、全国婦連はけっして私を代表しない。


@我形象好気質佳さんも「私を代表するな」(9.19)と述べている。

こうした全国婦連に対する反発は、大きく見れば、の【1】で見た、国家による性差別に反対する視点からのナショナリズム批判の一種だと言えるように思う。

二 日本軍の戦時性暴力問題と中国のフェミニスト

日中戦争中、日本軍は中国の女性に対して、筆舌に尽くし難いさまざまな性暴力を加えたが、その被害に遭った女性たちは、その後も長い間沈黙を余儀なくされてきた。性暴力の被害は自らの恥、家族の恥、村の恥、民族の恥だと思われてきたからだ。しかし、1992年に万愛花さんが東京の日本軍「慰安婦」問題の国際公聴会で初めて自らの性暴力被害を訴えた。その後も、自らの被害を訴え、自らの尊厳を回復しようとする女性が現れ、裁判を含めたさまざまな運動がおこなわれてきた(6)

1.広州での日本軍性暴力パネル展(2011年12月―2012年1月)をめぐって

2011年12月28日~2012年1月10日、広州で、日本と中国の民間女性団体が共同で「大娘(ダーニャン、おばあさんへの敬称)たちの戦争:第二次大戦中の日本軍性暴力パネル展」をおこなった。

この日中の団体の共催による日本軍性暴力パネル展は、中国でそれまでに以下の3回おこなわれていた(名称は、中国での名称)。
○2009年11月~2011年2月 山西省武郷県 八路軍太行記念館 「第二次大戦中の日本軍の女性に対する犯罪パネル展」
○2011年8月~12月 北京 中国人民抗日戦争記念館 「日本人の反省――第二次大戦中の女性に対する日本軍の犯罪パネル展」
○2011年10~2012年2月 西安 陝西師範大学婦女文化博物館 「大娘たちの戦争――第二次大戦中の女性に対する日本軍の侵害パネル展」

このパネル展は、「多くの中国人、特に若い世代が、パネル展を通して女性たちの被害事実への理解と闘った女性への敬意を深めるならば、それは必ず社会の中で被害女性たちの尊厳を守る力、生きやすい環境を作る力になるに違いない」(石田米子)という思いから始まった(7)

広州のパネル展は、西安に続いて中国のフェミニストと共同で開催された(8)

また、広州では、初めて日本側の主催者が使った「性暴力」という用語を中国でも使った。

また、広州では、日本側の主催者は「日本軍性暴力パネル展実行委員会」(*)であるが、中国側は、「中山大学ジェンダー教育フォーラム」「広州ニューメディア女性ネットワーク」「広東地区女性/ジェンダー学学科発展ネットワーク」という3つの民間女性団体であった。このように中国側の主催者も民間女性団体であったのも、広州が初めてだった。池田恵理子さん(「女たちの戦争と平和資料館」館長)は、広州では民間の女性団体だけで全プロセスを計画・組織したことについて、「この点は特にすばらしい」と喜んだという(@反性侵联盟12.28)。
(*)「山西省における日本軍性暴力の実情を明らかにし、大娘たちとともに歩む会」(略称「山西省・明らかにする会」)、「女たちの戦争と平和資料館」など。

広東地区女性/ジェンダー学学科発展ネットワークの王瓊さんは、西安でパネル展を見て、このパネル展を広州でもやりたいと思ったという。また、王さんは、多くの人々はこの災難をマクロな叙述や国家・民族の責任にしてしまっているけれども、「個人として、私たちにも、なにか具体的なことをやる責任がある」と考えたいう(9)

「中山大学ジェンダー教育フォーラム」と「広州ニューメディア女性ネットワーク」の両団体は、それぞれ柯倩婷さん、李思磐さんがリーダーだが、お2人とも、「ジェンダー平等唱導・アクションネットワーク」で専門家として活動している。

池田恵理子さんたちについて、呂頻さんは「彼女たちは真のインターナショナリズムの戦士である」(12.27)と言い、李思磐さんも「インターナショナリズムの戦士だ」(12.29)と言っている。

慰安婦問題を性暴力の観点から扱うことに反対する馬志海との議論

日本軍の性暴力パネル展を中国でおこなうことには、中国当局はけっして積極的ではなかった。第1回の山西省武郷県でのパネル展も、当初の予定から延期させられたが、その理由について、石田米子さんは「『建国60周年』行事を無事に成功させる、『反日』から民間の行動が広がる契機となりうる企画は延期・中止にするという、国家的レベルでの意思が強く働いたものと想像される」と述べている。また、石田さんは、八路軍太行記念館の館長から「八路軍記念館に性暴力パネル展は相応しくないと言う人がいる」という話も聞いている(10)。つまり、政府の都合次第で「反日」をコントロールしようということや性暴力の被害から目を背けたいということがあったようだ。

広州でのパネル展も、広州の公的な美術館や大学の美術館には様々な理由を付けられて断られ、最後は、広州西部の不要になった工場の建物を改造した「原創元素創意園」が彼女たちを受け入れて、無料で貸してくれることになってやっと可能になった
(11)

さらに、南方テレビ局の番組の主持人(司会者、キャスター)である馬志海さんは、フォローワー数が9万にものぼる彼の微博上で、パネル展を非難した。以下は、馬さんの発言とそれに対する反論の抜き書きである(いずれも、2011.12.29~31の李思磐の微博より)。

馬志海:[このパネル展は]慰安婦が受けた侵害を、性暴力的な侵害に帰している。私はこの団体を知らないが、罪を問うているのか、それとも日本人を免罪しているのか?

李思磐:なぜ性暴力でないのか? 日本の友人は、全アジアの女性が組織した国際戦犯法廷を支持しており、天皇の処罰や日本政府の謝罪と賠償を要求している。歴史の記録においても、法律的な訴訟においても、彼女たちが大娘のためにやったことは、私たちがやったことを越えている。これが日本を免罪することか?

馬志海:慰安婦問題は、性侵犯の問題ではなく、まして女性の権利の問題ではない。ある団体が反性侵犯の名目で日本軍性暴力展をしているが、どのような効果があると想像しているのだろうか? あなた方は、手続きが完全であることを強調し、老人たちの同意も得たと言うが、あなた方は、引き起こされるかもしれない傷害に対して取る責任の承諾をしていない。

李思磐:私たちは、「国家暴力が組織した性侵犯」として日本軍の強姦問題を考えている。これは中国人の態度であるだけでなく、中国の女性の態度である。最も重要なのは、これが、被害者の態度でもあるということだ。被害者に話をしてもらい、歴史を書いてもらうことこそが、私たちの展覧の価値なのである。

馬志海:女権の視点や性侵害の視点から慰安婦問題を扱うことは、日本人ならそのようにできるだろうが、中国人には絶対にできない。これは根本的な正邪善悪の問題である。そうすることは、強盗をコソ泥に粉飾することであり、客観的には日本人を免罪することになる。

@麦獣獣:でたらめだ。日本政府は当初、慰安婦は民事であって国家責任ではないと言っていた。日本国内のこうした女性たちの不断の努力によって各国の真相を掘り起こして、政府に国家責任を認めさせたのである。どうして重きを避けて安きに就いたと言えるだろうか。性による戦争行為が強盗ではなく、コソ泥だというのは、あなただけがそう定義しているのであって、国連もそのようには定義していない。集団的強姦は、国際法廷でも重大な犯罪になっている。

@指冷君:女性は男性と同じく戦争で虐殺などを含めた侵害をされてきたうえに、女性特有の性暴力の侵害も受けてきたのだ。

@一面湖水在南方:慰安婦には中国人だけでなく、朝鮮人や日本人もいる。まず性別の問題があり、そのあとで民族問題がある。これがすべての討論の根本である。

馬志海:私に「大男子主義(男性中心主義)」というレッテルを貼らないでくれ。「主義」は取ってくれるようお願いする。私の目標は「大男子」になることだ。中国の女性は「大男子主義」が嫌いだけれども、大男子が欠けている。大男子がいなかったことも、百年余りいじめられてきて、女も保護されなかった重要な原因だ。

李思磐:中国の女は男の保護を必要としない。平等な応対、理解、尊重を必要としている。

「私たちは日本大使館の前に碑を建てよう!」

李思磐さんが、女性の戦争と平和資料館の館長の池田恵理子さんの「私たちは、歴史の断絶がもう出現しなくなるまでアジア各国といっしょに歴史を点検する」という発言を引用した際、李麦子さんは、「歴史を忘れてはならない。私たちは日本大使館の前に碑を建てよう! 私の提案を支持する挙手を!」とコメントした。

それに対して、李思磐さんは、「韓国のハルモニたちは少女の銅像を建てた。日本の首相は李明博に撤去するように言った。李明博は、『申し訳ないが、政府は民間の行為を抑えられない』と言った~。」と応答。

それを受けて、李麦子さんは、「韓国の民間団体の覇気に見習わなければならない」と述べた(以上は2011.12.31)

李麦子さんは、若い民間の行動派フェミニストらしい積極的姿勢を示している。

2.1日で中止させられた南京での日本軍性暴力パネル展(11月)――ここでも「女には祖国なし」の声

11月29日、広州に続いて、南京師範大学でもパネル展――南京では、「Women[「女性たち」と「私たち(我们)」をかけている]は忘れることを拒絶する。第二次大戦中の日本軍の性暴力パネル展」と名付けられた――が開催された(写真:「2012年11月29日南京日本軍性暴力写真展開幕」中国民間・アジア平和文化交流の会)。

ところが、このパネル展は12月8日まで開催される予定だったにもかかわらず、1日だけで中止させられた。

このパネル展に尽力した金一虹さん(南京師範大学教授)は、中止させられた理由について、「さまざまな原因」によるとしか述べていない。しかし、金さんは「このパネル展がなぜ南京でだけ挫折したのかという深層の原因」として、以下のことを述べている(12)

金さんは、南京での女性に対する強姦がいまだに償いをされていない理由として、日本政府の姿勢や日本の右翼が日本軍の性暴力を否認していることのほかに、「観念の領域においてまだ幾つかの謬論が存在していることが、日本軍の性暴力に対する償いに影響している」と言う。その第一は、「戦争中の女性に対する強姦は不可避であると考えて、性暴力を免罪する」論、第二に、「虐殺を強姦よりも重大な犯罪行為だと見なすために、女性を強姦することの反人道的・反人権的本質を軽視する」論を挙げたあと、「第三番目の誤謬の影響が最も深い。それは、女が強姦されることを女が最も言いにくい恥辱だと見なし、自らの民族の女が強姦されることは、自分の民族の最も堪えがたい、この上ない恥辱であり、触れるべきでない話題だから、女性が性暴力にあったという記憶を封印することである」と述べる。

金さんは、韓国でも、女性が「慰安婦」にされたことをずっと「民族の恥辱」と見なしてきて、金学順さんが自らのかつての性奴隷としての身分を明かして日本政府に謝罪と賠償を要求するまでは、女性が受けた屈辱の記憶をお蔵入りにしてきたことなどから、「記憶や忘却のメカニズム」は「国家の利益」の影響を受け、「特定のジェンダーのメカニズムの下で展開する」と述べる。

金さんは言う。

なぜ日本軍は、南京で大虐殺をした際、南京の女性に対して狂気じみた性暴力をおこなうことを中国の男性の反抗の意志を打ち砕く手段にしたのか? 征服者が占領地の女性に対して大規模な集団的強姦をすることは、あたかも戦争の仇討、凱旋の快感を、被征服者の男性の財産を蹂躙し打ち砕くことによってぶちまけるようなものである。女は、ここでは領土と同じく男性の財産であり、女性に対する強姦は、ここでは都市と民族に対する強姦であり、自己の領土と女を守ることができない男を侵犯される位置に置く辱めである。強姦された女性自身は、直接的に性暴力によって侵害されるだけでなく、家父長制イデオロギーの下では、女は「敵国の男によって強姦された」と見なされて二重に強姦される。彼女たちの痛ましい記憶は、敵軍が「強姦・放火・殺戮」をした罪悪を証明するときにしか「意義」を与えられず、長年の歳月のうちに、触れることのできない、語り難いタブーになるしかない。被害者の女性が立ち上がって「私は訴えなければならない」と言うことは、正義を求める行動であるだけでなく、恥辱を払拭し、戦争の傷を治療する始まりである。社会は、「恥辱であるのは、性暴力を受けた女性ではなく、加害者であり、恥辱であるのは、大規模な性暴行を受けた国民ではなく、人類の恥辱である」という共通認識を持たなければならない。


上記は重要な指摘だが、ここで、金一虹さんは、「反日デモ」において日本女性に対する(性)暴力が唱えられたり、女性を領土と同様に男性の所有物と見なすパフォーマンスがなされたことと同一の構図を、日本軍の戦時性暴力とその記憶の封印の中に見ているとも言える。

さて、南京でのパネル展中止の報が伝わると、「女権の声」の微博は、「『さまざまな原因』! 性暴力は恥辱だと言うのか?」と述べ、李思磐さんは「女が国家・民族の視野の中で周縁化され、利用される位置にいることを女だけが理解できる」と述べた(以上12.11)。

さらに、李麦子さんは「SHIT! 狂気じみた抗日デモだけを許して、戦争の女性に対する抑圧を再現するのは許さないとは! 女としては、私には祖国はない!」、@寒芙将軍も「ほんとに『女に祖国はない』」、@西風独自青も「女としては、私には祖国はない、女としては、私には祖国は必要ない」と次々に発信した(以上も12.11)。

ここでも、「女には祖国はない」というウルフの言葉が繰り返されている。すなわち、「女には祖国はない」という言葉に示されるナショナリズム批判の文脈の【4】として、日本軍の性暴力に対する告発を抑圧する国家に対する批判という点を挙げなければならない。

3.日本軍性暴力パネル展に関する日本でのシンポジウム(2012年11月)に対する反応

一方、日本では、11月11日、西安での日本軍性暴力パネル展の開催に尽力した屈雅君さん(陝西省師範大学婦女文化博物館館長)を迎えて、日本大学で、「大娘たちの戦争と記憶――中国で性暴力パネル展を開催して」というシンポジウム(主催:日本軍性暴力パネル展実行委員会、協力:中国女性史研究会)がおこなわれた。

このシンポについては、秋山洋子「シンポジウム 大娘たちの戦争と記憶――中国で性暴力パネル展を開催して」『中国女性史研究』第22号(2013年)、屈雅君(秋山洋子訳)「女性・平和・民族自省――陝西省師範大学婦女文化博物館で日本軍性暴力パネル展を開催して」(同上)を参照されたい。ネット上でも、福岡愛子(wan上野ゼミスタッフ)「日本軍性暴力パネル展報告シンポジウム(屈雅君教授来日講演レポート【2】)」(WAN2012年12月3日)で簡単に報告されており、小浜正子(日本大学教授)「日中間の良性循環-日本軍性暴力パネル展報告シンポジウム」(つれづれなるまま2012年11月11日)でも感想が述べられている。

上記の屈雅君さんの講演録(秋山洋子訳。福岡さんも概要を報告している)を読むと、中国社会の中で日本軍の性暴力の被害者をサポートしている屈さんのような立場に立つ人こそが、日本社会への理解を深め、中国社会のあり方を自省しておられることがわかる。それは屈さんだけでなく、日本軍性暴力パネル展に関わった人々すべてに多かれ少なかれ言えることだろう。

このシンポジウムは中国でも報道されたが、微博では「女権の声」がその記事を宣伝した。呂頻さんは「報道の中で触れられている、日本軍性暴力展を組織した日本の友人は、女声や[広州]ニューメディア女性ネットワークなどの中国の民間女性団隊と協力・友好関係にある。女声のメンバーと彼女たちはいっしょに山西の大娘を訪ねた」(11.14)と紹介し、@寒芙将軍さんは「人民に国境はない。反日よりも反政府のほうがよい」(11.14)と述べた。

王天定さん(西安外国語大学教授)は、「彼女たちは国内では売国奴だと言われるのだろうか?」と言い、それに対して李思磐さんは「私たちが一緒にやったパネル展は、事実上、馬志海に売国奴だと言われた~」と述べた。

以上からは、日本でのこのシンポジウムを伝え聞いた中国のフェミニストも、中国と日本の状況の共通性を感じ、「反日」ではなく、中国と日本の人民(女性)の連帯を志向していることがわかる。

また、フォローワー数11万の崔衛平さんも、上の「女権の声」の記事をリツイートして紹介した。崔さんは元北京電影学院教授で、劉暁波らの「08憲章」の起草者の1人でもあるが、「反日デモ」の際には、「中日関係に理性を取り戻そう――私たちの呼びかけ(让中日关系回归理性――我们的呼吁)」(2012年10月5日)という署名を呼びかけた女性だ。この署名は、日本で大江健三郎さんらが呼びかけた「『領土問題』の悪循環を止めよう~日本の市民アピール」という署名(私も署名した)に呼応しておこなわれたもので、「『中日関係、理性取り戻せ』 中国の知識人らネット署名」(朝日新聞デジタル2012年10月8日)として日本でも報道された(13)。ごく簡単に言えば、両方の署名とも、日中のナショナリズムの悪循環を憂い、それぞれ自国のナショナリズムの抑制を求めたものだ。中国と日本のフェミニストの運動と交流は、大きく見れば、こうした流れともつながっていると言えよう。

おわりに

2012年、中国のフェミニストたちは、女性の人権を主張する視点から、「反日デモ」におけるジェンダー暴力や女性の所有物視を表明するスローガンや、中国という国家による女性や日本軍性暴力被害者への差別・抑圧などを批判することをつうじて、ナショナリズムに反対した。また、彼女たちは、国家を超えた日中の民間女性の交流を推進する立場にも立った。

日本女性の側が「慰安婦」裁判などをつうじて中国の性暴力被害者への支援や連帯をおこなってきたことが、中国の女性の動きにつながった面もある。もちろん中国内部でのフェミニズム運動の発展や戦時性暴力の被害者が立ち上がったことも日中の女性の交流に寄与しており、日中のフェミニストは、領土問題などの「悪循環」に対抗して、「良性循環」(小浜正子)を形成したと言えよう。

なお、中国でも「反日デモ」をやっていることを理由に、日本国内での「反中デモ」の類を正当化する人がいるが、当の中国でも「反日デモ」は批判されていることを見なければならない。また、日本軍「慰安婦」問題に取り組んできた中国の女性たちは、日本の右翼的勢力からは極め付きの「反日」のように見なされているが、彼女たちこそ、「反日デモ」に代表される中国ナショナリズムと非常に鋭く対決し、日本の女性との連帯や日本を理解する志向を持っていることを知ってほしいと思う。


(1)出淵敬子訳『三ギニー』(みすず書房 2006年)では、「女性としては、私には祖国がないのです。女性として、私は祖国が欲しくないのです。女性としては、全世界が私の祖国なのです」(p.163)と訳されているが、ここでは中国語から訳した。
(2)「反日游行现暴力口号」『女声』122期[word]。この文は、中国の反日デモは、「政府が民衆を操って日本側に圧力をかける政治的手段」であると見なすとともに、とくに今回の反日デモでは、軍国主義をあおり、対日戦争を鼓吹するようなスローガンやジェンダー暴力を誇示するスローガンが登場したことを指摘している。
(3)山谷剛史「反日デモ暴動に『あまりに愚かで悲しい』『義和団や文革のようだ』──中国のネット『理性愛国』の声」ITmedia2012年9月18日など参照。
(4)もっとも、反日デモは普通に生活している日本人には関係のないものだったようである。佐々木愛さんによると、上海の日本人学校が休みになったりしたのも、上海に駐在などで定住している日本人は、日本人だけで住んで、日本の衛星放送テレビで情報を得ている人が多いからだったとのことだ (小浜正子「反日デモをめぐって―社会・政治・歴史から(1)」つれづれなるまま2012年9月21日)。その意味では、上の@灰塵AshWangの心配は、大げさだということになる。しかし、この点は地域差もあろうし、たとえ大げさな心配であったとしても、日本人を心配する声が出ていることには注目したい。
(5)ここで述べていることと関係がある、2012年の反日デモに関する指摘には、以下のようなものがある。
・反日デモは、普通に生活している中国人や日本人には関係ないものだった(小浜正子「反日デモをめぐって―社会・政治・歴史から(1)」つれづれなるまま2012年9月21日など)。
・反日デモのやり方に反対する声は、ネット上のみならず、現場での行動としても見られた(山谷剛史「反日デモ暴動に『あまりに愚かで悲しい』『義和団や文革のようだ』──中国のネット『理性愛国』の声」(ITmedia2012年9月18日)。
・2012年の反日デモは、官制のデモである(小浜正子「反日デモをめぐって―社会・政治・歴史から(2)」つれづれなるまま2012年9月22日)。反日デモ背景には、中国共産党内部の派閥闘争があるのではないか(西端真矢「中国・反日デモ暴徒化の背景と、日中関係の今後」2012年9月18日)。9月9日の野田首相との会談で、胡錦濤国家主席は「国有化は受け入れられない」と言ったのに、2日後に国有化されて「メンツをつぶされた」ことが反日デモの原因である (ふるまいよしこ「燃え上がった反日デモと『愛国』の正体」中国風見鶏便り2012年10月3日)。
・2005年の反日デモの時には、批判意見は、メディアはおろかインターネット上でもほとんど見られなかったが、2012年のデモの際には、その反日活動に対する批判意見が多かった。その原因は、①2005年に比べて自由化が進んで自由な意見が出やすくなってきたこと(ただし、自由化が進んだことが、2012年のデモでは暴徒化する人が出ることにもつながったというが)、②日本に旅行する人も増えて日本に対して多用な見方が広がったこと、③2012年のデモには政府の関与(もしくは政府批判をかわす性格)があったことだ(麻生晴一郎『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』宝島社 2012 p.124-133)。
・生粋の北京人(プチブル層)は、異口同音に「今回の反日デモで暴れたやつは、中国人の面汚しだ」と言っていた(福島香織『中国「反日デモ」の真相』扶桑社 2012 p.256)。
(6)石田米子・内田知行編『黄土の村の性暴力――大娘たちの戦争は終わらない』(創土社 2004年)は、山西省于県における性暴力被害についての証言および論文を収録している。
(7)石田米子「八路軍紀念館での性暴力パネル展開催始末」『中国女性史研究』20号 p.61.
(8)西安でのパネル展については、屈雅君(秋山洋子訳)「女性・平和・民族自省――陝西省師範大学婦女文化博物館で日本軍性暴力パネル展を開催して」(同上)を参照されたい。
(9)以上は、「为“大娘”出口气」南都周刊2012年度第2期。
(10)前掲石田報告 p.62.
(11)(9)に同じ。
(12)金一虹「南京暴行记忆,不可承受之痛?」『南方都市报』2012年12月12日。[2013年7月追記:この金一虹さんの論考のほぼ全文が、『女たちの21世紀』74号(2013年6月)に、金一虹「苦難のうちに立ち止まって――日本軍性暴力パネル展の南京における挫折と内省」(大橋史恵翻訳・解説)として掲載されているので、参照されたい]
(13)崔衛平さんについては、麻生晴一郎「崔衛平さんに聞く 『中日関係に理性を取り戻せ』署名を呼びかけた理由」『週刊金曜日』932号(2013年2月22日)。崔衛平「日中関係に理性を ―私がネット署名活動を始めた理由―」(をちこち)も参照。
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コメント

ありがとうございました

大変勉強になりました。
ナショナリズム、植民地主義とジェンダー。性暴力が入り組んで混在している中で、問われるべきものを見極めようと努力している中国のフェミニストや活動家の方々。これらの動きがなかなか日本に入ってこないのは大きな損失ですね。他も読ませていただきます。

Re: ありがとうございました

> 大変勉強になりました。

おきくさん、ご無沙汰しております。こちらこそ、つたない文をお読みいただき、ありがとうございました。

> ナショナリズム、植民地主義とジェンダー。性暴力が入り組んで混在している中で、問われるべきものを見極めようと努力している中国のフェミニストや活動家の方々。これらの動きがなかなか日本に入ってこないのは大きな損失ですね。

大橋史恵さんが、次号の『女たちの21世紀』に、上記の南京での日本軍性暴力パネル展中止に関する金一虹さんの論考の翻訳を掲載なさるとか、いろいろ努力しておられるようです。私も、中国の方々の動きのご紹介や自分なりの考察をしていきたいと思います。

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