2017-02

求人(募集)の女性差別に対する初の提訴をめぐって

7月11日、北京在住の女子大学生の曹菊さん(仮名)は、求人の際に性別の制限をしたことを理由に、北京巨人教育グループ(巨人教育集团)を「北京市海淀区人力資源と社会保障局」に訴えるとともに、「平等な就業権が侵害された」ことを理由に、同グループを「北京市海淀区人民法院(裁判所)」に訴えて、謝罪および精神的損害賠償5万元の支払いを求めました。

中国政法大学憲政研究所の代表で、就業差別問題に詳しい劉小楠副教授は、今回の提訴は、「中華人民共和国就業促進法(中华人民共和国就业促进法)」が2008年に施行された後、全国初の性差別についての訴えだと述べています(*)。
 (*)就業促進法第27条「国家は女性が男性と平等な労働の権利を有することを保障する。人を雇う単位は、国家が女性には適合しないと規定した職種と職務を除いて、性別によって女性の採用を拒絶したり、女性の採用基準を引き上げたりしてはならない。」
 第62条「本法の規定に違反して、就業差別をおこなったときは、労働者は人民法院に訴訟を提起できる。」(1)

民間団体の北京益仁平センターの協力を得て提訴

曹さんは北京の某学院の今年度の卒業生です。曹さんは巨人教育グループの「管理助手」の募集に応募しましたが、何の返事もありませんでした。曹さんがもう一度求人広告を見ると、応募の条件として、「各種の事務ソフトと事務設備を使うことに熟練していること」などのほかに、「男性に限る」と書かれていることを見つけました。

曹さんは「これまで長い間勉強してきたのに、自分が女性であるというだけで、面接の機会さえ与えられないのか」と思うと、怒りや失望で胸がいっぱいになりました。曹さんの実家は山西省の山間地帯にあって、貧しく、娘を大学に通わせるだけの金がなかったので、曹さんは、奨学金を借り、アルバイト(新聞配達・家庭教師・ファストフッドの店員)をすることによって、勉強を続けてきたのです(2)

曹さんは、大学2年のとき、北京益仁平センター(2006年に設立された非営利の民間団体。B型肝炎感染者などに対する差別撤廃などに尽力してきた。日本語による紹介)で、差別に反対する法律的権利についての講座を受けたことがあったので、同センターに行ってみました。すると、センターの常務理事の陸軍さんから、「性別を理由として採用しないのは、性差別であり、『就業促進法』や『婦女権益保障法』などの法律に違反していますから、法律によって自分の権利を守ることができます」と言われました(3)

曹さんは、この問題を裁判に訴えようと思いました。けれど、曹さんは、どのように司法手続きすればいいのか、わかりませんでした。また、裁判を起したことが世間に知られて、企業が曹さんに偏見を持つことが心配でした。弁護士費用が支払えるかどうかも気がかりでした。

そこで、北京益仁平センターが弁護士をお願いして、曹さんは弁護料を払わなくてもよくしてくれました。また、その弁護士が、さまざまな手続きをしたり、外部との連絡を取ったりしてくれることになりました。その弁護士は、黄溢智さんという女性で、黄さんは、「この事件は公益性があって、たいへん意義があるので、曹さんの手助けをしようと思いました」と言っています(4)

北京益仁平センターは、これまでB型肝炎感染者に対する差別是正で一定の成果を上げ、その後は、身体障害者や出稼ぎ労働者などに対する差別是正の活動を、政府からの介入・弾圧を受けつつ推進している団体です(5)。中国初の求人の女性差別についての提訴の背景に、こうした民間団体の力があることは、興味深く思います。

またも女子大学生らのパフォーマンスアート

7月25日には、北京市海淀区海淀南路30号の「巨人教育」ビルの前で、中山大学を卒業したばかりの鄭楚然さんをはじめとした10人の女子大学生などの若い女性が、パフォーマンスアートをして、巨人教育グループに抗議しました。

彼女たちは、《最炫民族風(最炫民族风(百度百科))》という歌を改編して、「巨人の教育は本当におかしい、優秀な曹菊はさよならを言うしかなかった。どんな条件をあなた方は期待しているのか、なぜ男性だけを歓迎するのか」といった歌詞を歌いながら、ダンスをしました。

その傍らでは、仲間が「大きな人(巨人)も小さな人もみな立派な業績を上げることができる、男性も女性も大業をなすことができる」というスローガン(これは、巨人教育グループのスローガンのようです(6))を掲げつつ、「平等な就業」という対聯(対句を書いたもの)を掲げました(ネット上には写真が出ていないこともあり、うまく情景描写ができませんが)。

このアクションの発起人の李橙さんによると、10人は、広西・広東・河南などから来た、19歳から27歳の女性たちで、当然、その多くは自分自身や友人・親戚が性差別を受けたことがありました。

李橙さんは、「私たちは自らの行動によって曹菊さんを支援するとともに、平等な就業に対する社会の関心を呼び起こしたいと思います」と語っています(7)

鄭楚然さんらのレズビアングループの最近の活躍

上で言及した鄭楚然さんは、広州で2月19日に男子トレイ占拠のパフォーマンスアートを組織し、5月13日には女性の妊娠中の権利を侵害する企業を批判するパフォーマンスアートをした人です(本ブログの記事「女子大学生の『男子トイレを占拠する』アクション」、「各地で雇用における女性差別反対を訴える女子大学生らのパフォーマンスアート」参照)。

「巨人教育」ビルの前でパフォーマンスアートがあった7月25日の晩、「一元公社」の「青年ジェンダー読書グループ」(8)が、ミシガン大学教授の王政さんを招いて、座談会をおこないました。王政さんは、エリートの知識人がジェンダー問題に無関心である中、「どのようにして発言権を獲得して、より多くの人に私たちの声を届けるのか?」という問いを発しました。それに対して、鄭楚然さんは「広州Sinner-Bフェミニズムレズビアングループ(広州Sinner-B女权拉拉小组)」の一員として、「大衆を騒がせて、注目を集めることです」と答えて、パフォーマンスアートの活動について述べました。

この座談会では、レズビアンが最近のフェミニズムの活動の中で活躍していることやその理由も話題になりました。この点については、レズビアングループの「同語」の望舒さんが「レズビアンはより多くの抑圧を受けているので、そのぶん差別反対の意識が強い。それに対して、異性愛の女性の生活は主流社会の期待に合致している面があるうえ、多くの重荷を背負っているために、行動力は比較的弱い」と指摘しました。もっとも、「広州Sinner-Bフェミニズムレズビアングループ(広州Sinner-B女权拉拉小组)」には、異性愛者も参加しているとのことですが(9)

パフォーマンスアートの活動において、レズビアンが活躍していることは、王曼「街頭での公益的なパフォーマンスアートをいかにして有効に展開するか――『傷を負った新婦』『男子トイレ占拠』アクションを例にして(如何有效开展街头公益 行为艺术——以“受伤的新娘”及“占领男厕所”活动为例)」(本ブログの記事「『男子トイレ占拠』などのパフォーマンスアートの成功支えた周到なプラン」も参照)でも指摘されていました。実態としては、以前からレズビアンも運動に参加していたのだと思いますが、最近はより公然と参加するようになったということでしょうか? また、将来は、異性愛者が多数を占める女性運動の中でも、レズビアンの独自要求が取り上げられたりするようになるのでしょうか?

いずれにしろ、今回の提訴をめぐっては、北京益仁平センターがかかわっている点だけでなく、女子大学生らがパフォーマンスアートで宣伝している点においても、最近の中国の民間の運動の勃興とも関係していると言えそうです。

深刻な女子大学生に対する就職差別

今回の提訴を報じた際、いくつかの新聞は、女子大学生の就職差別の深刻さについて、各種の調査などをもとにして紹介しています(10)

たとえば、中国政法大学憲政研究所が2008年と2010年におこなった「現在の大学生の就職差別の状況の調査報告(当前大学生就业歧视状况的调查报告[word])」では、68.98%の単位(企業・機関など)が大学生の求職者の性別について明確な要求をしていたこと、43.27%の被調査者(大学卒業生)が男性であることを明確に要求された経験があること(ちなみに、女性であることを明確に要求されたのは6.16%)だったことなどを紹介しています。

また、中華全国婦女連合会婦女発展部などが2009年におこなった「女大学生就業創業状況調査報告」(韓湘景主編『2009~2010年:中国女性生活状況報告(No.4)』社会科学文献出版社 2010年所収) (ネット書店「書虫」のデータベースの中のこの本の書誌データ[購入ページ])によると、56.7%の女子大学生が「女子学生には機会が少ない」と答えていることや91.9%の女子大学生(11)が、性別による偏見を感じたことなども紹介されています。

また、『中国青年報』の記者が、求人サイトである「智联招聘网」に「男性」などのキーワードを入れて検索すると、1万1000あまりも職位が「男性」であることを条件に募集していたといいます。私も同じことを実際にやってみると、「男性に限る」という条件が付いた、管理職や専門職の求人が山のように出てきました。

裁判所はいまだ立件せず

中国の場合、民事訴訟で、原告が裁判所に訴状を提出しても、裁判所が訴えを受理しない(立件しない)ことが少なくありません。この点は中国でも問題になっています(12)

また、「裁判所は就業差別に対する認識が欠けていて、公民が起した反就業差別訴訟に対して、多くの状況の下では受理せず、または受理した後に訴えた側に不利な判決を出す」とも言われています(13)

中国の民事訴訟法には、「人民法院は訴状あるいは口頭の訴えを受け取り、審査をして、訴えの条件に適合していると認めた時は、7日以内に立件して、当事者に通知しなければならない。訴えの条件に適合しないと認めた時は、7日以内に不受理の裁定をしなければならない」(112条)とあります。

上の民事訴訟法の規定からすると、人民法院が立件する場合は、7月18日までに曹さんに通知しなければならないはずです。しかし、7月末日現在、曹さんのところに通知が来たという報道はありません。結局、受理されなかったのでしょうか?

曹菊さんの行動の成果?

曹さんがこの裁判に勝訴する可能性はそれほどないかもしれませんが、それでも、曹さんの行動は、以下のような成果を上げたことが指摘されています(14)

まず、「巨人教育グループ」が新しく発表した募集情報からは、業務助手については「男性のみ」という条件がなくなったことが報じられました。

次に、曹さんの行動が、使用者に警鐘を鳴らし、求職者に権利を守るやり方を教えた、と指摘している人もいます(15)。この点はもちろん裁判の結果にもよると思いますが、女子大学生も黙ってはいないことを示したこと、「巨人教育グループ」自身が求人の条件を変えたことが広く報じられたこと、新聞報道などで「就業促進法」の規定が知られるようになったことなどを勘案すると、少しかもしれませんが、社会的にもプラスの影響はあったと思います。

(1)もっとも、1992年に制定された婦女権益保障法にも、すでに「女性の合法的権益が侵害されたら(……)人民法院に訴訟を提起できる」(46条、現52条)という規定はあります。
(2)以上は、「女子应聘遭遇性别歧视 以“平等就业权被侵害”起诉」鳳凰網2012年7月26日(来源:山西晩報)。
(3)以上は、同上および「女毕业生提起首例就业性别歧视诉讼」『中国青年報』2012年7月25日。
(4)以上は、「女毕业生提起首例就业性别歧视诉讼」『中国青年報』2012年7月25日。
(5)麻生晴一郎「劉暁波氏ノーベル賞受賞と中国市民社会の行方――『未来の自由な中国は民間にあり』の「民間」の可能性」劉暁波ほか『「私には敵はいない」の思想 中国民主化闘争二十余年』(藤原書店 2011年)p.138-140は、中国における自由のあり方と関連付けて、こうしたことを述べています。
(6)叶祝颐「巨人教育以性别歧视示范“矮人教育”」四川新聞網2012年7月26日。
(7)以上は、「女毕业生提起首例就业性别歧视诉讼」『中国青年報』2012年7月25日。
(8)一元公社」は、北京にあるオープンな公益活動のためのスペースで、社会の周縁に位置する人のために活動の場を提供するために作られたとのことです。すべてボランティアの手で運営されているそうです。「一元」というのは、各参加者が毎回少なくとも一元を寄付するという意味です。
 「一元公社」のブログを見ると、「青年ジェンダー読書グループ(青年社会性别读书小组)」は、これまで、潘毅『中国女工』(九州出版社)、鄧小南・王政・游鑒明主編『中国婦女史読本』(北京大学出版社)、朱麗亜・T・伍徳(Julia T. Wood)(徐俊・尚文鹏译)『性別化的人生 伝播、性別与文化(Gendered Lives Communication, Gender,and Culture)』(暨南大学出版社)、蓝佩嘉『跨国灰姑娘』(行人出版社)、安吉拉·默克罗比(Angela McRobbie)『女性主义与青年文化(Feminism and Yuoth Culture)』(河南大学出版社)といった書物の読書会をしてきたようです。
(9)女权主义,行动新生?――7月25日青年社会性别读书小组座谈记」社会性別与発展在中国サイト2012年7月29日。
(10)女生起诉巨人教育集团“仅限男性” 或成招聘性别歧视第一案 行政助理,只有男生才能做?」『中国婦女報』2012年7月17日、「女毕业生提起首例就业性别歧视诉讼」『中国青年報』2012年7月25日、「女子应聘遭遇性别歧视 以“平等就业权被侵害”起诉」鳳凰網2012年7月26日(来源:山西晩報)。
(11)詳しく言うと、21.1%の女子大学生が「いつも」性別による偏見を感じており、25.3%が「しばしば」感じており、45.4%が「ときたま」感じている。「全く感じなかった」は8.1%(韓湘景主編『2009~2010年:中国女性生活状況報告(No.4)』社会科学文献出版社 2010年 p.63-64)。
(12)張衛平「中国『民事訴訟法』の改正」(特集・中国民事訴訟法専門家による講演会[PDF])ICD NEWS第40号(2009.9)は、以下のように述べています。

5 起訴制度について
中国大陸では,民事訴訟において“起訴難”という独特な社会現象が存在する*17。“起訴難”の実質は法院の受理難である。これに対し,学者は,この問題の実質は,制度設計時に実体判決要件を起訴条件や訴訟開始条件と同列に扱ったことにあると分析する*18。
 実体判決要件の審理はもともと訴訟開始後のプロセスにおいて行われるべきであるが,現行制度ではそれを訴訟開始の前に置いている。結局,実体判決要件の審理は“訴訟前手続”となり,理論と制度との混乱や矛盾を招いた。それなので,改革が必要になる。まず,起訴条件と実体判決要件を切り離して,起訴制度を改革し,起訴と訴訟開始の“低階化”を果たし,実体判決要件の審理を訴訟手続に入れるべきである。そして,構造上,審理の“二次元複式構造”,つまり,実体判決要件の審理と実態争議審理の並行モードを構築する。また,民事訴訟制度を整える際,実体判決要件の制度化にも注意を払い,各関連制度においてそれを合理的に設置するべきである。さらに,改革と同時に,法院の審判機構も適切に調整すべきである。具体的に言うと,立案廷や告訴・上訴裁判廷を廃止し,現行の“立審分立”原則を取り消すという提案がある*19。しかし,これに反して,“起訴難”は中国司法体制の性格にかかわり,過渡期にはやはり立案への厳重な審査を維持し,比較的高い訴訟条件を保つべきだという意見もある。

 *17 中国の司法において,“三難”という言い方がある。つまり,“起訴難”,“再審難(上訴難)”それに“執行難”。よくマスコミに使用されるこれらの言葉は,社会に広く注目される。
 *18 現行の「民事訴訟法」第108条の規定によると,当事者の起訴は以下の条件に該当しなければならない。(一)原告は事件と直接利害関係のある公民,法人あるいはその他の組織である;(二)明確な被告がある;(三)具体的な訴訟請求と事実,理由がある;(四)人民法院の民事訴訟受理範囲に属し,また受理する人民法院の管轄にも属する。上述の各条件以外,“一事再理せず”という原則に違反してはならないことや,そして法院の審判を排する仲裁協議がないことなども起訴の条件と認められる。
 *19 張衛平:「起訴条件と実体判決要件」,「法学研究」2004年第6号。

(13)反就业歧视法律合作项目简介」人大与議会網2006年2月16日。このプロジェクトについては、本ブログの記事「反就労差別の国際協力プロジェクト」参照。
(14)舟子「曹菊打官司 “赢”得了什么?」『中国婦女報』2012年7月23日。
(15)この点については、趙志疆「“性别歧视第一案”也是公益诉讼」(『法治周末』2012年7月18日)も、「不公正な待遇に対して、勇気をもって公然と挑戦すること自体が進歩であり、最終的な勝敗がどうであるかにかかわらず、高い所に立って見下ろすことに慣れている使用者側に対して警鐘を鳴らし、震撼させる――すなわち、さまざまな不公正な条項に対して、公衆は、もう口先で言うことに甘んぜずに、法律の力で正義を実現することを決心している」と述べています。
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