2017-10

書評:三井マリ子・浅倉むつ子編『バックラッシュの生贄』

今年4月、三井マリ子・浅倉むつ子編『バックラッシュの生贄 フェミニスト館長解雇事件』(旬報社 2012年)が刊行された。

本書は、豊中市の男女共同参画推進センター・「すてっぷ」の初代館長の三井マリ子さんが、豊中市と「とよなか男女共同参画推進財団」(「すてっぷ」を管理・運営する財団)を相手取って闘った裁判についての本である。「バックラッシュの生贄」という題名は、三井さんの説明では、豊中市が「バックラッシュの攻勢に屈服して、センターの館長である私を生贄として差し出し」て、解雇したことを指している(「バックラッシュの生贄――フェミニスト館長解雇事件」FEM-NEWS2012年3月30日)。三井さんは、一審の大阪地裁では敗訴したものの、2010年、二審の大阪高裁で勝訴判決を得て、2011年には最高裁が豊中市と財団の上告を棄却、高裁判決が確定した。

以下、この本の書評をさせていただく。

<構成>
一 本書の内容
二 本書の意義
三 本書の問題点、私たちの課題

一 本書の内容

本書の構成は、以下のとおりである。
 はじめに(浅倉むつ子)
 1.人権文化部の首切りプロジェクト(三井マリ子)
 2.バックラッシュ裁判のたたかい(寺沢勝子、宮地光子)
 3.「すてっぷ」館長雇止め事件意見書(浅倉むつ子)
 年表
 あとがき(三井マリ子)

1「人権文化部の首切りプロジェクト」は、三井さんが2006年3月に裁判所に提出した陳述書がもとになっているが、それだけでなく、その後に提出した証拠、裁判での証言、裁判所の判決なども盛り込まれている。8節に分かれているので、それぞれの内容を簡単に紹介する(本書では実名になっている個所については、ネット上であることを考慮して、イニシャルに変更した)。

1「夜の市役所での恫喝」は、ある一通のファックスから、バックラッシュ勢力の攻撃の激しさと、当初はそれに対して対抗していた豊中市や財団が弱腰になった姿を端的に描いている。

まず冒頭で、2002年12月に、すてっぷのY事務局長(三井さんの部下だが、豊中市からの出向職員)が、すてっぷの理事や評議員に発信した、バックラッシュ勢力に対する危機感あふれるファックスが紹介されている。豊中市で男女共同参画推進条例の制定が日程にのぼった2002年夏ごろから、バックラッシュ勢力による男女共同参画や「すてっぷ」に対する攻撃が強まってきたのだ。一年後、そのファックスに対して、バックラッシュ勢力の市議たちが、その中に個人を特定できるイニシャルがあると言って、夜の市役所で3時間にわたって、三井さんを含む財団や市の関係者を糾弾した。ところが、豊中市は、それに対して弱腰の対応をした。すなわち、弁護士(市の顧問弁護士を含む)も「内部文書であり、職務上必要な情報だから、謝罪の必要なし」と言ったのに、人権文化部は関係者に「おわび行脚」をすることを求めたのである。

2「魂を吹き込む仕事」では、時をさかのぼって、三井さんの館長としての仕事ぶりが描かれる。

2000年春、すてっぷの初代館長が全国公募された。三井さんは、その仕事を、「男女平等のために作られた新しいセンターに魂を吹き込む仕事」として捉えて応募し、採用される。三井さんは、自分の持てる力を120%発揮しようと決意し、さまざまな企画をおこなう。館長が公民館や学校、会社、自治会などに出かけておこなう「すてっぷ館長出前講座」、男女平等の先進地帯である北欧から人を迎えておこなった数多くのセミナー、ジェンダーの問題を材料にした英語講座、身近な問題を考える「ジェンダーって何だー?」という講座、北欧・EUの女性運動のポスター展などなど。それぞれが、創意あふれる、三井さんの能力・経験・人脈をフルに生かした企画だったことが理解できる。

3「バックラッシュ、日本列島を席捲」では、全国的なバックラッシュの動きが描かれる。

1975年の「国際女性年」以降の国内外の女性解放運動の波を受けて、日本政府も女性差別撤廃条約を批准し、1999年には男女共同参画社会基本法を制定した。それに対する「日本会議」などのバックラッシュ勢力の反発が、「ジェンダーフリー」攻撃という形をとって強まり、政府もその語を使用しなくなる。自治体もバックラッシュに押されて、条例を後退させたり、講演会を中止したり、図書を閲覧禁止にしたりした。

4「豊中市のバックラッシュ勢力」では、既に第1節でその一端が語られた、豊中市のバックラッシュ勢力の活動とそれに対する豊中市の弱腰ぶりや屈服が記述されている。

まず、豊中市でのバックラッシュは、日本会議大阪、「教育再生地方議員百人と市民の会」、「『男女共同参画社会』を考える市民の会」など(ただし連絡先や事務局は同一)が担ったことが指摘される。たとえば、議会の外のバックラッシュの中心人物であるM氏は、「ジェンダーフリーの危険性を学ぶ」勉強会をするために「すてっぷ」の部屋を貸せ、という「すてっぷ」の設置目的に反する要求をしたのだが、豊中市はそれを認めた。それと似たようなケースが繰り返されたので、三井さんは、「貸室の際の判断基準について、すてっぷの設立趣旨に立ち返ってほしい」と要望したにもかかわらず、豊中市からは何の反応もなかった。

男女共同参画推進条例の上程が近づくと、バックラッシュ勢力は、「ジェンダーフリーはフリーセックス奨励だ」と言うビラをまいたり、市議会では、バックラッシュ派の北川市議が「ジェンダーフリー関連の図書は、すてっぷをはじめ学校図書館などから即刻廃棄すべきである」と述べたり、上程阻止のために、署名簿付きの要望書が提出されたりした。

豊中市は、男女共同参画条例案の2003年2月議会への上程を見送った(豊中市は、裁判では、それをバックラッシュの影響ではないと主張するために、当時のバックラッシュ攻撃について議論していた財団の理事・評議員の会議録を改ざんした)。夏ごろには、「三井館長が『専業主婦は知能指数が低いから専業主婦しかできない』と言った」という根も葉もない噂が立てられた。北川議員らも属する市議会与党である「新政とよなか」はずっと男女共同参画条例案に反対していたのに、9月議会では、条例案には反対意見を述べつつ、採決ではなぜか「賛成」に回った。市の幹部は、事前に「新政とよなか」の賛成の意向を確認してから上程したはずだが、条例案自体には何の妥協(修正)もされていない。豊中市は、条例に賛成してもらうことと引き換えに、三井の首を差し出した可能性が強い。

5「ああ嘘八百!」は、三井さんに対する事実無根の噂をめぐる動きを取り上げる。

三井さんは当時福井県武生市の男女平等オンブッドも務めていたのだが、「新政とよなか」の議員と武生の一部市議が「三井がトイレの色を男女同じにした」というデマを流し、三井さんはオンブッドの再任を拒否された。さらに、豊中市議会に条例がかかる頃になると、上述のように「三井館長が『専業主婦は知能指数が低いから~』と言った」というデマが広がったが、豊中市のH人権文化部長は、そのデマに組織として対応するどころか、三井さんがデマの発信源の一人である市議会副議長に個人として会いに行くことも再三阻止しようとした。その後も、このデマは拡散された。

6「第一義的には三井さん」では、Y事務局長の虚言について述べられている。

11月、三井さんは、H人権文化部長から「館長と事務局長を一本化するので、非常勤館長はなくなる」と告げられた。Y事務局長は、三井さんに対して、「それは、第一義的には三井さんにお願いするということです」と言ったが、実は、そのとき既に三井の首を切る方針は決まっていた。Y事務局長は、その年の夏にも、(三井さんの生活の拠点だった)信州の話が雑談の中で出たとき、「もしも館長が常勤になったらの話ですが、第一義的に三井さんですが~」と言って、三井さんが、それに話を合わせる形で「無理ねえ」と答えたことをH人権文化部長にすぐに報告し、同部長は、三井に確かめることもなく、それが「正式の意思表明」だと、のちに不当にも主張した。11月に「第一義的には三井さん」と述べた人物が、H人権文化部長にそのような報告をした。これは背信行為である。

7「私も目が覚めた」には、三井さんが自らの首切りに気がついて後に解明した、首切り計画について書かれている。

12月、H人権文化部長は、はっきり「館長ポストがなくなる」と宣告した。実は、H部長らは、それ以前から、「三井さんは最初から三年契約だった」とウソを言って、後任館長を秘かに探していたのだ。Y事務局長を問い詰めたところ、「私は三井さんを裏切りました」と認めるに至った。三井さんは、以前話に聞いていた、Y事務局長が作成したという組織変更案を出してもらったが、その一部が隠されていたので、翌日出させたら、それは職員の首切りを含めた計画表だった。それでもまだ隠していたページがあり、それは裁判になって豊中市が提出したが、館長の首切り実行計画だった。三井さんは、すてっぷで働けなくなる恐怖と部下に裏切られた屈辱により、ストレスで不眠になり、体中に湿疹ができた。

さまざまな情報や資料から見て、私の首切りプロジェクト開始は2003年夏より前だったと推定される。豊中市やすてっぷは、それ以前は、市民グループとも連帯してバックラッシュに立ち向かう姿勢を見せていたが、6月になると、市やY事務局長の態度は冷淡になった。

8「館長採用試験の茶番」では、常勤館長採用試験は既に合格者が決まっている形式的なものだったことや、裁判での勝訴判決のポイントが述べられる。

三井さんは、理事たちの良識に一縷の希望をつなごうと思って、常勤館長採用試験を受けることにした(この時点では、「館長を常勤にする」という話に変わっていた)。けれど、面接官の中に、「三井は辞めることを了承している」とデマを流しながら次期館長探しに奔走していたH人権文化部長がいた。他の面接官も、豊中市寄りの理事や、理事会にずっと出席していないような理事だった。もう一人の受験者だった、寝屋川市の非常勤の専門員だったKさんは、すでに前年12月、「三井さんはやめることを了解している」と言われて就任を受諾しており、三井さんが受験することも知らなかった。H部長らは、バックラッシュに屈した豊中市が三井館長を排斥しようとしていることに反対する市民が書いた記事を掲載した『女性ニューズ』とその記事の執筆者に対して、記事を訂正するように圧力をかけた。

三井さんが裁判を起こすと、豊中市からは攻撃され、関西のある女性労働団体も冷淡だったが、日本の多くの女性非常勤労働者のためにも泣き寝入りはできなかった。

高裁判決は、三井さんが雇止めと採用拒否の過程で受けた仕打ちは「人格権の侵害」と認定した。判決の核心部分は、以下のとおりである。

財団の事務局長および(……)市の人権文化部長が、事務職にある立場あるいは中立的であるべき公務員の立場を超え、三井に説明のないままに常勤館長職体制への移行に向けて動き、三井の考えとは異なる事実を新館長候補者に伝えて候補者となることを承諾させたのであるが、これらの動きは三井を次期館長に就かせないとの明確な意図をもったものであったとしか評価せざるをえないことに鑑みると、これらの行為は現館長の地位にある三井の人格を侮辱したものというべきであって、三井の人格的利益を侵害するものとして不法行為を構成する。


判決は、本郷部長らが「一部勢力の動きに屈しむしろ積極的に動いた」ことも認めた。

2「バックラッシュ裁判のたたかい」は、この裁判を担った弁護士による短い論説である。

寺沢勝子「『すてっぷ』館長雇止め裁判の意義」は、この裁判の意義として、以下の3点を挙げている。
 1)三井さんという人を得た。彼女は裁判を起し、生活の道も失うなかで、地裁で敗訴しても闘いぬいた。
 2)大阪高裁判決が、バックラッシュ勢力の攻撃の手法と市・財団がこれに屈していった過程を詳細に認定した。
 3)「地方公共団体の特別職の非常勤職員の公務員に準ずる」とされたこの事件で人格権侵害による慰謝料請求が認められたことは、国・自治体で働く非正規労働者への励ましになる。

宮地光子「勝利をもたらした出会いと選択」は、まず、2004年1月の住友電工男女賃金差別事件・勝利和解の報告集会で、宮地弁護士が三井さんと出会ったことを述べる。また、「勝利をもたらした選択」として、第一に三井さんが、すてっぷ館長として、市・財団の攻撃に最後まで立ち向かって、常勤館長に応募する道を選んだこと、それによって「あぶり出されたH部長ら豊中市の動きの異常さこそが、この裁判を支えてくださった多くの人たちの怒りの起爆剤となり、ひいては裁判所に人格権侵害を認めされることにつながった」(p.171)こと、第二に、選考試験の不合格によって「すてっぷ」から排除されたとき、提訴という困難な道を選んだことを挙げる。

3「『すてっぷ』館長雇止め事件意見書」(浅倉むつ子)については、すでに私は内容の簡単な紹介をするとともに、感想も述べているので、略させていただく(私による要約私の感想)。

二 本書の意義

バックラッシュ勢力のやり方・圧力と行政がそれに屈するありさまが明らかに

現在、バックラッシュの怒涛のような攻撃は収まったかに見える。しかし、私たちはまだ、それを押し返すことはできていない。私に最初にバックラッシュの足音が聞こえたのは、1996年に八木秀次・宮崎哲弥編『夫婦別姓大論破』(洋泉社)が出版されたときだったが、その選択的夫婦別姓は、まだ法案提出のめどさえ立っていない。元日本軍「慰安婦」の告発や河野談話に対するバックラッシュも重要だったのだが、この問題では、日本政府やマスコミはむしろ当時よりも後退している。

しかし、浅倉さんがおっしゃっるには、「これ[=バックラッシュ]が地方自治体の政策決定に与えた影響は、ほとんど闇につつまれており、目に見えるものはわずかしかありません」(p.6-7)。

そうしたなか、本書は、きわめて具体的・詳細に、バックラッシュ勢力のさまざまなやり口や豊中市への圧力、それらに対する豊中市の屈服、さらには、豊中市が三井さんをすてっぷから排除するために裏でおこなったさまざまな工作を明らかにしている。三井さんの主張の中核である「バックラッシュ勢力に屈した豊中市が三井さんを排除した」という点は、裁判所の判決も認めたものであり、判決は、個々の事実認定においても、三井さん側の主張を詳細に認定している。

けれど、マスコミはこの裁判をあまり報じなかった(高裁で勝訴したときに、やっと関西ではある程度報道されたものの、全国的には報道されなかった)。私も、その点をなんとかしようとして、ミニコミや自分のブログにせっせと文を書いただけでなく、『週刊金曜日』や『世界』などの投書欄にもこの裁判を紹介する投書を掲載してもらったことがあるが、今回、この裁判が1400円という安価な単行本になって、多くの人の手に取りやすくなったことを喜びたい。

7年以上にわたる三井さんの苦闘から学ぶ

三井さんは、大きな組織を相手にして、原告が一人だけの裁判を闘いぬかれた。三井さんは、裁判を決意してから最高裁で判決が確定するまで、7年余りにわたって、必死で証拠を掘り起し、裁判の支援を訴えて回った。本書の各所で示されているように、相手方は三井さんの主張を潰そうとして膨大な書面を出してくるため、それに反論するだけも、さぞ大変だったと思う。いや、宮地弁護士の一文にも表れているように、三井さんは、既に在任中から、自らの首切りを阻止するために手を尽くしておられた。そうした努力の結晶がこの本である。三井さんの努力には頭が下がるし、勇気を与えられる。

三井さんは訴訟を決意したものの、証拠がきちんとした形では手元になく、途方に暮れていた時、ドイツのラーフェンスブリュックにある女性だけの強制収容所を訪問して、そこで収集されていた証拠から、「あの蛮行を許してなるものか」という執念を感じ、帰国後、埋没した証拠の収集に没頭したという(p.220)。また、二審の終盤になって、豊中市が事実を否定していた「お詫び行脚」を決めたことを示すY事務局長自筆のメモのコピーを見つけ出したことを述べておられる(p.157)。「闘いにあきらめは禁物だ」という三井さんの言葉は重い。

同時に、この本からは、三井さんがたった一人で闘ったのではないこともわかる。本書は、豊中市民をはじめとした多くの支援者の陳述書を叙述に盛り込んでいる(p.73-74,88,108,137-138,148,158-160)。こうした陳述書が原告側の証拠として提出されたことからは、この裁判自体が多くの市民の協力の上に成り立っていることも理解できる。他にも、名前を明かすことができない「影の協力者」が10人ほどいらっしゃったそうだ(p.221)。

三井さんの体験の力と浅倉さんの整理によって、迫力のある、読みやすい書に

浅倉さんは、本書を編纂した意図として、「日常生活では判決文などにはあまりなじみのない方々にも、その裁判の経過を知って欲しい」(p.7)と述べておられる。私は、裁判中に支援団体が発行した冊子体の「陳述書」(原本とは少し異なるそうだ)を読んで、「三井さんの身近に起きた事実の積み重ねによって記述されているので、迫力と説得力がある」(「事実の積み重ねによる記述の迫力、説得力」)と述べたが、本書も陳述書をもとにしている点で、基本的にはそのことが当てはまると思う(ただし、後述のように、すべてがそうであるわけではないし、本書の場合、陳述書に自らの憶測などを書き加えている個所もあり、そうした点は説得力をむしろ減じていると思うが)。

たとえば、本書の第2節を読めば、自分の街にも、三井さんのような館長がほしいと切に感じるし、こういう館長の首を切り、企画をも断ち切った豊中市の理不尽さは明らかだとも思う。第5節で書かれた事実からは、さぞかし三井さんはデマに悔しい思いをされ、市の対応に苛だれたであろうと想像できる。第6節から第7節にかけては、三井さんの苛立ち、怒り、焦りといったものが伝わってくるかのようだ。

このように三井さんがナマの体験を綴る一方、浅倉さんの意見書は問題を整理しており、併せて読むと、この事件が立体的に理解できると思う。

「人格権」「職場環境保持義務」について目を開かせてくれる

すでに浅倉意見書に対しての私の感想「裁判をいっそう身近に感じさせる『人格権』の主張」でも書いたことだが、浅倉意見書が言う「人格権の侵害」や「職場環境保持義務の不履行」は、日本のさまざまな職場や組織で起こっていることだ。外部からの攻撃に対して労働者を矢面に立たせること、ある人を排除するために、当人には知らせずに裏でさまざまな策謀をめぐらすこと、虚偽の未確認情報を流すこと、公正であると信じた試験が形だけものだったこと、それらのために心身に大変な苦痛を感じること――これらは、少なからぬ方が経験なさったことがあるのではないか。

浅倉意見書は、「人格権」や「職場環境保持義務」について、法律上の議論を整理するとともに、それらをこの事件に具体的に適用してみせてくれる。この裁判が勝訴したとき、ある支援者の方が、「『人格権』という言葉をはやらせよう」とおっしゃっていたが、私も同感だ。

三 本書の問題点、私たちの課題

その一方、私は、本書の記述には、若干の疑問点も感じた。以下で述べる中には、細かな問題を長々と書いているように思われる個所もあるかもしれない。しかし、それは、今後につがなる問題であったり、他の問題にも関連がある問題であったりするために、問題を丁寧に考えようとしたためである。また本書を批判するというより、私たちの今後の課題を確認するために書いている個所もあるので、ご了承いただきたい。

人名をすべて実名にしていること

本書では、ほぼすべての関係者が実名で出てくることが特徴である。

たしかに実名にすることが意義を持つ場合もある。たとえば、公務員などが組織の一員として行動する際、往々にして個人の責任が曖昧になるために、個人ではできない不当な行動をしてしまう場合がある(集団的無責任)。そうしたことを防ぐためには、ケースによっては、個人の実名を出すことも必要だろう。また、とよなか男女共同参画推進財団の理事(p.34)について言えば、この種の理事は、無給であることもあって、「名誉職」的なものとして位置づけられがちだが(もちろん、これは理事会をそうした位置づけにしてきた行政にも問題があるが)、本当は重大な責任がある立場であり、私も実名を出してもいいと思う。全体として、本書のような単行本の場合は、インターネット上よりも、実名を出してもいい場合が多いだろう。

しかし、たとえば、いくらバックラッシュの活動をしている人であっても、「市民」として夜の糾弾の席に出た人の名前まで出して(p.22)いいのだろうか? 彼女たちについては、実名を出す公益性はないように思う。彼女たちについては、本書の中で、市役所前で「ジェンダーフリーは女性の敵」というビラをまいていたことが、ちゃんと書かれており、それによって、どのような人たちであるかを示すだけで十分ではないだろうか? 個人名まで出すことは、プライバシーの侵害ないし名誉毀損になる危険があるように思う。

また、バックラッシュ勢力の催しと思われるものに、「すてっぷ」の部屋を借りたいと申し込みに来た人物2人の姓(名字)も書かれているが(p.17)、この箇所についても、上と同様の疑問がある。

また、三井さん提訴後に、某女性労働団体の事務局のある人が、三井さんに対して、市と和解するように求めてきたことについて、その人の実名を挙げて批判的に記述している(p.150-151)。しかし、支援を広げる過程で必ずぶつかる、意見の相違・無理解・論争・衝突に関してまで、実名を出すのは行きすぎのように思う。団体としての要求であったり、その人が機関紙やネット上で公然と発言したのなら話は別だが、そうでない私的な働きかけについてまで、実名を出して批判することは、今後、裁判などの際に自由な議論をするうえでも妨げになりかねないと思う(1)。この箇所は、「泣き寝入りはできない」という小見出しの下の一節なので、実名を挙げずに、「関西の有力な女性労働団体のある人からは、○○○○のような働きかけがあり、その方からは××××とも言われましたが、私は提訴を取り下げませんでした」というふうに記述すれば十分ではないだろうか。

他にも、果たして実名にする必要があるのかどうか、迷う人も多い。

本書は、実名が多数出てくるという点が強い印象を残すので、そのことに対して賛否両論あるだろうが、私は、今のところ、以上のように考えている。実名にするか否かは、さまざまなケースで問題になることでもあり、この問題に関しては、今後も議論を積み重ねていくことが必要だと思う。

「事実」によって批判するのではなく、「形容のし方」で批判的に記述している個所

この点は、細かいことだと思われるかもしれないし、けっして三井さん特有の描写のし方ではないのだが、だからこそ、ここで問題提起をさせていただきたい。

三井さんは、バックラッシュ派のM氏らの活動について、市役所に直接「押しかけ」た(p.75)とか、「乗り込んできた」(p.78)とか、市に直接「乗り込む」(p.76)とか記述しておられる。こうした表現は、「事実」によって批判するのではなく、「形容のし方」で批判しているようで、私には気になる。そうした形容をしなくても、単に「やって来た(来て要求した)」と書けばよいのではないだろうか? なぜなら、その要求の問題性は、他のさまざまな事実の記述によって十分伝わるのであり、市役所に行って要求をすること自体が不当だとは言えないからである。もしかりに通常とは異なる、異常な来訪のやり方だったのなら、その様子を示す事実を具体的に書けばいいだろう(実際、p72ではそうしておられる)。

あと、M氏に関しては、在特会の関西支部長だったこととともに、その在特会の活動として2009年12月の京都朝鮮学校襲撃(いやがらせ)事件が詳しく取り上げられている(p.70-71)。しかし、M氏は2009年4月に逮捕されたときに関西支部長を解任され、除名されており、京都朝鮮学校の事件には加わっていないのみならず、その後、在特会を批判している。もちろん在特会のような団体の支部長になったこと自体に問題があるし、その後も思想面では共通性があろうが、京都朝鮮学校襲撃事件を知る者にとっては、「あれっ? この記述は印象操作になっているのでは?」という疑問を感じさせかねない個所なので(三井さんは東京在住なので、あまりご存じなかったのだと思うが)、記述に、いま一つ注意が必要だったと思う。

敬称が略されていることへの違和感

この点は人によって感じ方が異なると思うが、私個人としては、関係者の敬称がすべて略されていることにも抵抗を感じた。学術論文や裁判書面のような無機的な文章ならば、敬称が付いていなくても普通に読めるが、今回の三井さんの本は、そうしたものではなく、自分の感情を交えて、ドラマチックに書いた普通の文章なので(とくに小見出しの付け方などは、人目を引く、ジャーナリスティックな付け方だ)、「呼び捨てにして非難している」ような感じがした。敬語もまったく使われていないこともあいまって、「事実によって批判する」という原則から外れているような気がするのである。もちろん原告の支援者についても敬称は付けていないのだが、支援者の場合は、必ずその立場がはっきりわかる説明が付いているので、そうでない場合、敬称を略すことは、穏当でない感じを抱いた。

実際、三井さんも、裁判中に広く販売した陳述書では、敬称や役職名をちゃんと付けておられた。また、三井さんの以前の著作のほとんどでも、人名には敬称が付けられている。もっとも、前作の『ノルウェーを変えた髭のノラ』(明石書店 2010年)では、敬称を略しておられるが、同書で登場するのは、ノルウェー人が大部分であり、かつ歴史的人物や三井さんと友好的な人物がほとんどなので(三井さんにセクハラや性差別的言動をした議員らについては、20年近く前のことのせいか、名前自体が出されていない)、敬称が略されていても、親しみの表現のようにも読めるが、今回は、それとは異なるように思う。

Y事務局長の描写について

(a)アイヒマンになぞらえるのは不適切では?

三井さんは、Y事務局長について、「今こうして人権文化部の企てに忠実に従ったY[原文は実名]のことを書いていると、かのルドルフ・アイヒマンが脳裏に浮かびます。ナチ親衛隊中間管理職として、百万単位のユダヤ人をせっせとアウシュビッツなどの絶滅収容所に送った、あのアイヒマン中佐です」と記述している(p.138)。

三井さんは、アイヒマンが「組織の中の歯車として、上司の命令に忠実に従」って首切りを進めたという点を、Y事務局長をアイヒマンになぞらえる根拠にしておられるようだ。しかし、彼女を、稀代の大量虐殺の強制移送の責任者になぞらえることは、度が外れており、不適切だと思う。Y事務局長の行動については、本書で非常に細かく具体的に批判されているので、それで十分であり、それ以上は蛇足の感がある。

Y事務局長とアイヒマンとの共通性を指摘してはいけない、とは言わない。たとえば前田朗さんも、「官僚組織の歯車」として「上官の命令に基づいて」巨悪に加担する行動をアイヒマンにたとえている。しかし、前田さんの場合は、「誰もがアイヒマンになりうる」、「悪は決して狂気や獰猛や異常な残忍さによってもたらされるのではなく、普通の市民の普通の仕事を通じてもたらされてしまうかもしれない」と述べて、「個人の自立を思考し実践するために、小さなアイヒマンにならないために、市民的不服従という考え方」を提出する文脈で、アイヒマンを持ち出している(前田朗『非国民がやってきた! 戦争と差別に抗して』耕文社 2009年 p.152-171)。すなわち、前田さんはちゃんと「小さなアイヒマン」という表現をしており、また、今の日本の誰もが関わる問題として議論を深めておられる。Y事務局長の件から説き起こして、たとえば三井さんがそうした議論をなさるならば、有意義だと思う。あるいは三井さんは、生きがいを奪われ、生活を苦境に陥れられた首切りの被害者として、アイヒマンを想起されたのかもしれない。しかし、そうした気持ちや生活の状況を丁寧に説明になさっているわけでもないし、いずれにせよY事務局長をアイヒマンに比定するのは行きすぎで、それだけでは、とくに意義もないと思う。まして本書のような書き方では、一般的な読み方をするかぎり、Y事務局長に対する怒りのあまりのレッテル貼りないし悪口にしかなっていないと思う(2)。そして、もしかりに前田さんのように、広く誰もが直面する課題として考えるならば、三井さんは、自らがリーダーシップを取っていたファイトバックの会の中で、上層部(三井さんを含む)の意向に従わなかった者が不当な扱いを受けてきた状況を反省し、事態の是正に動かなればならない、とも私は思うのである(後述)。

(b)身近なY事務局長に焦点が当たりすぎて、市長らの責任が後景に退いていないか?

本書にも、理事会で館長募集方法について議論された際、豊中市のH人権文化部長が「館長人事には市長の意向も働く」と述べたと書かれているが(p.142)、三井さんの首切りは、人権文化部だけで(ましてY事務局長だけで)決めたのではなく、その最高責任者は豊中市長であろう。

裁判でも原告(控訴審では、控訴人)側は、「すてっぷ」からの三井排除は、市長が決めたことを強調してきたし(原告最終準備書面第3「地方自治体行政の通常のあり方からは到底考えられない組織体制の変更」、控訴人第3準備書面、控訴人第4準備書面第3「市長が決めた館長人事」など)、市長も証人にするように裁判所に求めた。

そして、高裁判決でも、H人権文化部長が「新館長の候補者のリストを示したところ、市長から『それで当たれ』との指示を受けた」という点が新たに事実認定されており(判決p.23)、「やH部長においては(……)上記勢力[=バックラッシュ勢力]をなだめる必要に迫られていた」ことが三井排除につながったと判断されている(判決p.34、下線は遠山による)。

けれど、本書には、市長に関する記載はごくわずかである(3)

この点は、裁判所が市長に対する証人申請を却下するなど、現在の裁判所の姿勢とも関わる問題かもしれない。しかし、本書でY事務局長の行為に焦点が当たっているのは、なにより三井さん本人の体験を記した『陳述書』が中心になっているためと思われる。けれど、裁判では、それはあくまで証拠の一部であり、上のように判決も認定しているのだから、もっと市長の責任などにも光を当ててほしかった。

裁判の書面でも主張し得なかったことを書いているのは、適切でないのでは?

私は裁判に詳しくないが、裁判の書面では、主張したほうが裁判で有利になると思われるすべての主張を展開するものだと思う。しかし、本書には、準備書面や陳述書でも主張し得なかったことを書いている個所がある。こうした個所は単なる憶測と考えられるので、適切でないのではないか。

たとえば、三井さんは、「専業主婦は知能指数が低い」という噂を流されたことについて、「これは私の推理ですが、噂の発信源は『教育オンブッド豊中』であり、それを横目で見て内心ほくそえんでいたのは『豊中市人権文化部』ではなかったかと思うのです」(p.110)と書いておられる。

しかし、原告(控訴人)側の書面では、噂に対して豊中市人権文化部がきちんと対応しなかった問題については、次のように主張していた。まず、副議長に三井さんが会いに行くことを止めたのは、副議長が北川議員と同じ会派「新政とよなか」に属していたので、彼に配慮したためであろうと主張していた(控訴人第4準備書面p.13-14、浅倉意見書 本書p.189。もちろんその根底には、バックラッシュに対する弱腰があるのだが)。バックラッシュ勢力との関係では、「[噂に対して]異議を述べない、誹謗中傷を放っておくことはバックラッシュの思うつぼであると考えるのが通常であろう。しかし、被告豊中市はバックラッシュ勢力に対峙することをしなかった」(原告最終準備書面p.94)というふうに、客観的な事実のみを指摘するにとどめている。

また、三井さんは「わが弁護団は、私に当時の[三井首切り計画決定の]“兆候”を思い出させようと必死でした」として、三井さんが、Y事務局長のさまざまな態度のちょっとした変化を思い出したことが、いろいろ書かれている(p.134)。これは裁判の裏話としては興味深いエピソードだが、そうした態度の変化は、あまくでも考えるための糸口であり、それ自身として証拠として提出できるようなものではないし、実際、このような態度の変化は、準備書面には書かれていない。したがって、三井さんが、Y事務局長のそうした態度の変化について、「弁護団は、そんなこんなのもろもろの情報や資料を整理し、首切りプロジェクト開始は2003年夏より前、と推定しました」(p.134)と書いているのは、不正確な記述ではないだろうか。

後任館長のKさんに関する記述について

Kさんは、この裁判の支援団体のブログでの彼女に対する誹謗中傷が問題になって、該当箇所が削除された人である(後述)。本書では、三井さんは、当然ながら、そうした誹謗中傷は繰り返してはおられないのだが、以下の箇所は、適切でないように思う。

(1)三井さん在任中の最後の評議員会と理事会で、三井さんが「『すてっぷ』で働きたかったのに、去らなければならなかったのは残念だ。黙って引き下がるつもりはない」と訴えた場面で、三井さんは「後任館長のKも聞いていました。本郷から『三井は了解している』『Kさんしかいない』と聞かされていたKは、私のこの発言をどういう思いで聞いていたでしょうか」(p.145)と書いておられる。この記述はフェアではない。なぜなら、三井さんは、Kさんがこの時どう思っていたかについて、本人から2004年12月に聞き、そのことを2006年12月に提出した自分自身の陳述書に書いておられるのだから……。そこには、Kさんは、「三井さんは承知されていないということが初めてわかって、びっくりした。『私、ここに来れるの』と思った。『私は、こういう状態のところに来れません』と言おうと思ったが、周りが粛々と進んでいる中で、言えなかった」(大要)(三井マリ子『陳述書』2006年12月20日 p.5)と三井さんに述べたとはっきり書かれている。それに対して、三井さんは「あなたはここで頑張って」とおっしゃったとのことである。

(2)豊中市のH人権文化部長がKさんに対して「あなたしかしない、Kさんしかいない」と言ったことが出てくるが(p.149)、これは、Kさんが「三井さんが残りたいと言っているのに[豊中に]行く気はありません」と発言したことに対する答えであることが略されている。このKさんの発言は、既にKさんがそれまでの職場を辞めることが決定済みで、戻る場所がなかったKさんにとっては、かなり勇気のいる発言だと考えられ、Kさんの立場を示すものとして重要だと思う。しかも、上のH人権文化部長の言葉がKさんの発言に対する答えだったからこそ、「三井の考え[=館長を続けたい]とは異なる事実を新館長候補者に伝えた」(判決)とはっきり言えるのであり、それゆえ、三井さんに対する「人格権侵害」があったと断言することができるのである。すなわち、裁判においても決定的な場面の一つであり(4)、Kさんの発言を省略する理由はないと思う。実際、宮地弁護士の一文では、Kさんの発言は省略されていない(p.170)。

(3)Kさんが館長に就任した後、男女共同参画の仕事をあまりさせてもらえず、2007年には館長を辞任なさったことを書いていない点も、Kさんの立場に誤解を生じさせる危険が大きい。なぜなら、そうしたことを知らない人がこの本を読んだ場合、Kさんのイメージは、「バックラッシュに屈した豊中市が次期館長に選んだ人」というものになりかねないからである(5)。なぜ豊中市がKさんを候補者の一人にしたのかは私には知る由もないが、豊中市の期待とKさんの意思や行動が異なっていたことは明白である。

上の点が書かれていないのは、本書が三井さんの「陳述書」をもとにしているためかもしれないが、上の点も裁判の争点の一つだったし(6)、本書は陳述書に書いてあること以後に起きた事件も記述している。また、三井さん解雇され、Kさんが辞職した後も引き続く「すてっぷ」の問題を視野に入れるためにも、上の点を書くべきではないだろうか(この点は後述)。

以上、細かいことを言ったようだが、誹謗中傷事件を起こした相手だけに、もう少し配慮ある記述が欲しかったと思う。それでも、今回は、三井さんは、Kさんに対する誹謗中傷はなさっていないと思うので、たしかに裁判では意見や立場が異なる点はあったにせよ、今後、三井さん本人からも、自らのブログなどで裁判中の誹謗中傷についてはお詫びを表明して、関係を改善していただきたいと思う。

判決に関する記述について

(1)判決の原文をもう少し示してほしい

高裁判決は、地裁判決に新たに書き加えた個所を斜体文字で示すなど、きわめて丁寧に事実認定をおこない(三井さん自身もp.221でその点を高く評価しておられる。ただ、三井さんの言うように、裁判長の「怒り」のあらわれとするのは、読み込みすぎではないかと思うが……)、先述のように、その事実認定においても、三井さんの主張を大きく認めている。だからこそ、その斜体文字の箇所などを紹介してほしいと思う。

判決の事実認定については、三井さんの文や寺沢弁護士の論説で少し紹介されているが(p.153,163-164)、ごく一部である。それ以外にも、たとえば、先に紹介した、三井さんが「貸室の際の判断基準について、すてっぷの設立趣旨に立ち返ってほしい」と要望したにもかかわらず、豊中市からは何の反応もなかったといったことも事実認定されている。せめて判決文は、どの文献で読めるのかを明示してほしい。ここで述べておくと、判決文は、ファイトバックの会のサイトの中の「判決文(PDF)」と書かれている個所で読めるし、『労働法律旬報』1724号(2010年7月下旬号)、『労働判例』1006号(2010年9月15日号)にも掲載されている。

(2)判決で認められなかった箇所ないし判決の限界についても、明確に書いておくべきではないか

三井さんがこの本で述べている主張のすべてが判決で認定されたわけではない。また、寺沢弁護士や宮地弁護士の文も、上記の『労働法律旬報』の文と違って、高裁判決の限界については述べていない。たとえば、高裁判決も館長採用試験の不公正さまでは認めていないことは、この本を読んでもわからない。

もちろん、判決で認められなかったからといって、直ちに三井さんの主張が誤りだったということにはならない。けれど、判決は判決として書いておかないと、フェアではないと思うのであり、判決を書いた上で、判決の問題点を事実と論理によって批判する方が良いだろう。判決の不十分点を見ておくことは、今後の課題を確認することになる(そうしたことも、三井さんの今回の闘いの意義に含まれる)という意味でも、その方が良いと思う。

(3)三井さんの判決について記述に、雑な部分がある。

三井さんは「大阪地裁は判決で、豊中市らの情報隠し・情報操作、後任館長選考の不公正を認めました」(p.152)と言っておられるが、とくに「後任館長選考の不公正」あたりは、言葉を端折りすぎて、「誤り」といってもいいような記述になっている。一審判決(PDF)は、H人権文化部長が選考委員になったことについては、「公正さに疑念を抱かせる事情」と指摘しつつも、「H部長が選考委員となることによって、選考結果に何らかの影響を与えたような形跡は窺えず、結果として、本件選考手続自体に不正を窺わせるような事情が存したと認めることはできない」と結論づけている(p.78)。むろん、このような判断は理不尽であり、宮地弁護士も指摘するように、市民感覚からも外れていることは批判すべきである(この判決のような論理だと、選考委員会に隠しテープでも置いて、その記録を出さなければ立証できない)。けれど、判決自体についての記述としては、「H部長が選考委員になったことは、公正さに疑念を抱かせると指摘しました」と書くにとどめるべきであろう。

また、「高裁判決で、私が最も強く胸を打たれたのは、行政とバックラッシュ勢力との間に交わされたどす黒い約束を認めた、次の部分です」(p.154)という個所も、まったくの誤りではないが、判決の原文は「疑いを完全に消し去ることはできない」であり、判決は慎重な言い方をしているにせよ、やはり「~疑いがあることにも、はっきりと言及した」といった言い方のほうがいいだろう(もちろん、直接証拠がない中で、判決がはっきり言及した意義は大きいと思うが)。この箇所は、本書の中で判決の原文も示されているので、読者も正確に理解できるはずなのだが、読者の中には「~認めた」という単純化した言い方をなさった方もおり、これは、三井さんの記述に引きずられたものと考えられる。

非正規労働者の問題や人格権の問題をもう少し展開してほしかった

本書は、題名にも表れているように「バックラッシュ」との闘いを中心にしている。三井さんには、自らの問題を、女性が多くを占める日本の「非常勤労働者」の問題として捉える視点もあるのだが(p.151-152)、少なくとも本書では、その視点は非常に弱い。

裁判がその面では何の成果もなかったのならともかく、寺沢弁護士は、判決における人格権侵害の認定が、「国、自治体で働く非正規雇用労働者への大きな励ましにな」ることを指摘しておられる(p.165)。こうした点をもっと展開することが、今回の貴重な勝訴を、より多くの人に関わるものとして生かすことになると思う。

「人格権」に関しては、本書でも、先述のとおり、従来の議論・判例と今回の事件への適用については、浅倉意見書(とくにp.176-181,206-208)で展開されているが、それだけでなく、今回の判決をどう生かすことができるか、どういう運動が必要か、といったことを、もう少し弁護士さんや浅倉さんには展開してほしかった。

もちろん、これらについては、三井さんたちにすべてを期待するべきではなく、三井さんのたたかいや浅倉意見書を受けて、今後、私たち支援者やこの本の読者自身が担うべき課題であろう。この支援運動に対しては、「雇止め」と「バックラッシュ」という2本の柱を掲げながら、「バックラッシュ」が中心で、「非正規の雇止め」に対する視点が弱いと指摘されたこともあるように、本書の弱点は、支援運動自体の弱点の反映という面もあるかもしれない(支援運動の弱点は、三井さん自身にも関係があるかもしれないが、私自身にも関わる問題だ)。

しかしながら、この裁判でも、非正規労働者の権利擁護の観点から「脇田滋意見書(PDF)」(私による要約私の感想)が提出されているし、私自身のものも含めて、非正規労働者の立場からの陳述書も多数提出されている。支援運動においても、二審段階では、「非正規労働者」の視点が強まり、ウィングス京都裁判の原告・伊藤真理子さんとともに「2人のマリコ」集会(「さとうしゅういち」さんによる記事)をおこなったりもした。私自身、この裁判を支援したのは「有期雇用全国ネットワーク」の集会に参加したことがきっかけであるし、この裁判をきっかけに、伊藤さんの裁判にも傍聴に行った。その後も、有期契約自体を批判する脇田意見書の観点にも啓発されて、「なんで有期雇用なん」の集会に毎年参加している。

そうしたことを考えると、本書自体の中にも、非正規労働者全体の権利の問題につないでいく記述がもう少しほしかったと思う。たとえば、三井さんは、財団が裁判になってから、非常勤館長は「雇用関係が解消しやすいこと等がメリットだ」とか「非常勤館長は初めから一時的なものだった」とか主張した点や、かりにそうした方針があったとしても、そのような方針が自らには伝えられてこなかった点を批判しておられる(p.116-117)。こうした批判自体は正しいが、これらの点に関しては、いくら館長でも、「そもそも有期雇用だから軽く扱われた」という面もあろう。だから、こうした個所で、もっと非正規労働者全体の問題として、話を広げてほしかったと思うのである。

すてっぷや女性センターの現状などに、もう少し広げた議論を

この裁判に勝訴した後も、すてっぷの問題は解決していない。勝訴確定後の2011年2月に「すてっぷ裁判を考える豊中市民の会」が出した公開質問状に対して、豊中市やとよなか男女共同参画推進財団は、「最高裁の決定にもとづいて、控訴審判決に従って手続きを行ったので、もう終わったことだ」(大要)というだけの、何の内容もない回答しかしなかった(和田明子「誠実さのかけらもない豊中市とすてっぷ財団」『ファイトバック』第15号[PDF])ことが、その端的な現れである。先述のKさんの就任後の状況や辞任についても、今回の事件を、単なる三井排除の問題ではなく、「すてっぷ」のあり方の問題として捉えるためにも書いておいてほしかったのである。

先述のように、本書の「魂を吹き込む仕事」の節からは、「自分の町にもこうした館長がほしい」と切に感じるのだが、「すてっぷ」に限らず、その後、三井さんのようにダイナミックな活躍をなさる館長は登場していないように思う。なぜなのだろうか? 館長などの公募がおこなわれていないからかもしれないが、現況では、館長やスタッフが持てる力を発揮できていないということもあるだろう。

こうした点も、むろんバックラッシュとも関係があるが、女性センター全体の構造の問題として考える視角が必要だろう。この点も、もちろん今後の私たち自身の課題であるが、本書自体の中でも、もう少し広がりのある議論をしてほしかったと思うのである。たとえば、女性センターに関しては、非正規職員問題が重要だと思うが、女性センターの非正規職員が起こした訴訟の本であるのに、本書では、センターの非正規職員問題に関しては言及がまったくないのはどうかと思う。

バックラッシュをもう少し広い文脈で捉えられないか?

浅倉氏は、バックラッシュの出現に関しては、「フェミニズムが勝ちそうになったから」出現したということを強調しておられる(p.3-4)。たしかにその面は重要だろうが、バックラッシュの出現に関しては、1990年代半ば頃からのナショナリズムや新自由主義の台頭という大きな流れとの関係も見ておく必要があるのではないだろうか? そうした流れとの関係も言った方が、ナショナリズムや新自由主義に反対する幅広い人々に、フェミニズムをめぐる攻防戦にも着目してもらえるのではないかと思う。

この本は、1400円という安価な価格なものなので、多くの人の手に渡りやすくなっている。しかし、私としては、たとえもう少し価格を上げても、以上のような点をもう少し論じて、より多くの人に、「自分自身ともかかわりのある議論だ」と感じてもらう努力があってよかったと思う。

ただし、三井さんご自身はもう十分に役割を果たされたという面もある。非正規や人格権、女性センター、バックラッシュなどの問題に関しては、この裁判の判決なども力にして、今後私自身が取り組んでいきたい。

一審判決後に「去った人」が少なくなかったことを「逆風」扱いするのは不当

三井さんは「あとがき」で、勝利の要因の一つとして、「最後まで私を励まし続けた仲間がいたこと」を挙げて、「一審敗訴後に去った人も少なからずいましたが、そんな逆風にもめげず(……)」(p.222)と書いておられる。

たしかに一審敗訴後に去った人が少なからずいた。

しかし、第一に、三井さんがそれを「逆風」と表現することは間違っている。なぜなら、ほとんどの方は「敗訴」したから去ったのではない。事実は、三井さんがやっていたファイトバックの会のブログが誹謗中傷をおこなってきたことが当時、問題になったのに、その件に対して三井さんたちがきちんと対処せず、むしろ被害者に対する謝罪に努力した会員たちを排斥したことが、多くの人の不信感や失望を招いた――というものだからである(この件に関しては、詳しくは「ファイトバックの会 謝罪問題まとめ@wiki」参照)。

具体的には、以下のような経過だった。
 ・三井さんがやっておられたファイトバックの会のブログ(形式上は会のブログだったが、事実上は三井さんが1人でやっていた)が、後任館長のKさんについて、ありもしないことを憶測で述べたり、人格攻撃をしたりする誹謗中傷を多数掲載した。それに対して、Kさんから異議申し立てがあった(実は、それ以前にも、他の方に対する誹謗中傷があった)。
 ・そのため、世話人会の中にKさんへの謝罪を進めるためのチームが結成され(私は世話人ではなかったが、その一員だった)、彼女たちの努力によって、ブログの問題エントリー群は削除され、ブログ上でKさんへの簡単な謝罪もおこなわれた。
 ・しかし、三井さんや代表・副代表を含む世話人の多くは、謝罪に向けて動いた世話人たちを排除した「ニュー世話人会メーリングリスト(ML)」を秘密裏に立ち上げた(そのため世話人会は機能麻痺状態に陥った)。そのMLの中では、謝罪をすすめた世話人たちに対する誹謗中傷もおこなわれた。また、後にこのMLが発覚すると、彼女たちは、「ブログ引越し作業ための連絡用のMLだった」という、事実と異なる(虚偽の)発表をした。
 ・さらに、ニュー世話人会は、Kさんに対するお詫び文の中の「事実誤認にもとづく不適切な表現」という箇所を、「Kさんの心情を傷つける不適切な表現」と変更し、問題を「事実」レベルから「心情」レベルにすりかえた。
 ・その後、ファイトバックの会の代表と副代表は、「ネット上での当会に対する誹謗中傷について」と題する文書を発表したが、その中には謝罪をすすめた会員・元会員についての事実の歪曲や虚偽の説明が多く含まれていた(その文書に対する反論の概要および詳細)。

第二に、上でも触れたことだが、「去った人」の多くは、単に自分から「去った」のではなく、程度の差こそあれ、三井さんたちに「排除」された面が強かった。

具体的に言えば――
 ・なにより、会を辞めた世話人の多くは、上記の、秘密裏に作られた「ニュー世話人会ML」によって、事実上、世話人会から排除されて、会に失望した方々だった。
 ・ニュー世話人会の人々は、全会員が参加できる、会員の誰からも発信できていた双方向的なMLを中止すると決め、それを彼女たちが一方的に発行するメールマガジンに変えることによって一般会員から発言権を大きく奪った。その際に会を辞めた人もいらっしゃった。
 ・それまで全会員向けの双方向的なMLの管理人だった世話人のEさんは、その後も、そのMLを維持なさった。しかし、そのEさんに対しては、世話人会から何の連絡も来なくなった。また、全会員に配布されるはずのニュースレターもメールマガジンも送られてこなくなった。すなわち、世話人会から排除されたのみならず、情報入手の手段をすべて絶たれて、会からも除名同然にされた(それらの際にも、何の話し合いもなされていない)。Eさんは、会に約10万円をカンパし、メールニュースを送ってもらうようにお願いしたが、そのカンパは返金されてきたという(「10万円超のカンパをしてみた」かぼちゃの船2009年1月23日)。
 ・私自身は、裁判が終わるまで、会員として欠かさず裁判を傍聴し、会のMLでも裁判や各準備書面について報告し、自分のブログやサイトでも裁判について取り上げ続けた(私のサイト中のページ「(館長雇止め・バックラッシュ裁判(原告・三井マリ子さん)」参照)。もちろん、ときどきは、「ニュー世話人会」の人々に対する批判もしたが、関西での集会にはすべて出席した。にもかかわらず、2度ほど、私のところにはニュースレターが送付されてこなくなったことがあり、私は、そのたびに、(会が連絡先にしていた)弁護士事務所にファックスを送ることによって送付を再開してもらった。それまではあった世話人会からの連絡もなくなり、会のニュースレターやメールニュースは、私のことは掲載しなくなった。また、私はこの裁判について、自分のブログで取り上げたのみならず、岩波の『世界』やウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)のサイトに投書して、掲載されたが(「『館長雇止め・バックラッシュ裁判』についての私の投書が『世界』に掲載」、「『館長雇止め・バックラッシュ裁判』勝訴祝賀会に参加して」WAN2011年6月20日)、あらゆるミニコミやネットの裁判報道を掲載してアピールするはずの、会のサイトの「マスコミ・ミニコミ報道」欄や「Web報道」欄は、それらを掲載していない。Eさんからのカンパ拒否の件といい、こうした行為は、ファイトバックの会が、裁判の支援・宣伝という目的を犠牲にしても、Eさんや私に対する排斥をおこなったことを示している。

以上で示したような情況は、この裁判が勝ち取った「人格権」にも背くものである。Kさんらへの誹謗中傷と謝罪の骨抜き化は、人格権の侵害である。また、ファイトバックの会の中でも、以上のように、三井さんや代表らに対して批判的立場をとった人々を、当人との相談や協議もなしに、ウラで画策して、正当な理由なく排除したこと、その際に虚偽の情報を流したことは、すてっぷからの三井排除と手法としても共通で、人格権を侵害する不当な排除である。それらのために、程度の差こそあれ、多くの人々の心身が傷つけられたことも共通している。

もちろん、三井さんやファイトバックの会は、豊中市や財団、バックラッシュ勢力に対しては、全体として正当な批判をしてきた。

けれど、個々人の自律性を十分に保障していない組織は、組織の外の人に対しては、排外的になったり、人権侵害をしたりしがちだ。ファイトバックの会においても、そうした弱点が、Kさんに対する誹謗中傷としてあらわれたし、行政や財団側の人、バックラッシュ勢力に対する批判の際にも、不適切なもの(誹謗中傷もあった)を混入させる結果になったのではないだろうか。

本書においても、そうした問題は十分克服されたとは言えない。

ある人が、権力者から被害を受けた際には素晴らしい闘いができても、その人が他の人に被害を与えたり、それに対して批判をされた際にはきちんと対応できなかったり、ということは、三井さんたちに限った話ではなく、しばしば見られる現象である。かくいう私自身も、そうした場合に、きちんと対応できてきたとは言えない。

しかし、だからこそ、こうした問題を防ぐにはどうすべきかということを大きなテーマとしてみんなで考える必要があると思うのである。

私は、そうした問題意識の下、他の有志の方とともに、ファイトバックの会のインターネット利用を主要な素材にして、フェミニズム団体がインターネットを活用する際の諸問題を研究し(自らの反省点を含めて)、昨年7月、その成果を発表した(「フェミニズムとインターネット問題を考える研究会」サイト)。

もちろん上のサイトでの発表は端緒的な成果にすぎない。私は、今後とも運動団体における人権侵害や民主主義の問題について解明し、是正する努力を続けていきたい。こうしたことも、私の今後の課題である。それはまた、私がこの裁判から学んだ「人格権」の理論の実践でもあると思う。



本書自体の内容とは関係がないが、帯に「上野千鶴子さん(東京大学名誉教授)推薦!」とあり、びっくりした。私は、上野さんからもこの裁判に対して理解をいただき、うれしく思う気持ちもある一方で、上野さんはこの裁判に対してこれまで一度も支持表明をしてこられなかった(支援要請を断られたとも聞いている)のに、勝利が確定した後になって、このように大々的に上野さんの推薦文を掲載することには、いささか抵抗も感じる。出版社の宣伝上の都合もあろうが、権威主義的な感じがしないでもない。上野さんには以前は支持表明できなかった何らかのご事情があったのかもしれないし、たとえ考えをお変えになったのだとしても、それ自体には問題はないが、そうしたご事情なり、お考えの変化の理由についても、何かの場で表明していただきたいと思う。

なお、p.73-74に記載されている吹田市の性教育攻撃に関しては、以前、石楿(ソク・ヒャン)さんからいただいた「大阪府A市立B中学校における『性教育バッシング』の事例」(『日本近代学研究』第33輯)が詳細に記している。参照されたい。


(1)この女性労働団体の人とのやり取りについては、公式の記録があるわけではなく、三井さんの記憶やメモにもとづいて書いておられると思う。しかし、意見が異なる人との口頭のやり取りを記録した場合は、双方で、発言の内容やニュアンスに食い違いが出やすい(もちろん出版前に、相手方に、発言内容について間違いがないか確認しておられたのなら、問題ないが)。その意味でも、ここは実名を出すことには慎重であってほしかった。
(2)Y事務局長をアイヒマンになぞらえたのは、本書にウンベルト・エーコ(和田忠彦訳)『永遠のファシズム』(岩波書店 1998年)からの引用があるように、本書が反ファシズムという発想から書かれている(p.220,221)からかもしれない。けれど、エーコの評論は、ファシズムを、ナチズムのような「第二次世界大戦以前にヨーロッパを支配したさまざまな全体主義的政権」とはいったん区別し、ファジーでまとまりのないものとして捉えたうえで、その典型的特徴を備えたものを、「原ファシズム」ないし「永遠のファシズム」と呼び(同書p.35-36,47)、現在も存在するそうしたものの特徴(伝統崇拝、モダニズムの拒絶・非合理主義、<行動のための行動>を崇拝し知的世界に対する猜疑心を持つ、批判を受け入れることができない、よそ者排斥・人種差別主義、なんらかの経済危機や政治的屈辱に不快を覚えて欲求不満に陥った中間階級への呼びかけ、ナショナリズム、敵の力を客観的に把握する能力がない、「闘争のための生」であり平和主義は悪、大衆エリート主義、英雄主義、マチズモ、「質的ポピュリズム」など)に対する批判を呼びかけている文だと言える。であるので、いきなりY事務局長をナチスの権力者であるアイヒマン呼ばわりするのは、不適切だと思う。もちろん三井さんがやっているように、「原ファシズム」とバックラッシュ勢力の思想との共通性を指摘する(p.223)ことには意味があるが、三井さんがY事務局長を批判しているのはその点ではない。
 また、エーコは、原ファシズムの特徴の1つとして「批判を受け入れることができない」「意見の対立は裏切り行為」という発想を指摘しているが(p.51)、後述のように、三井さん自身にそうした発想がなかったかも考えていただきたい。
(3)上記の箇所以外には、北川議員が、市長は彼の「盟友のよう」だと三井さんが述べた箇所(p.83)と、その注で府議会議員時代の彼について、勝共連合の豊中支部長だとする文献が紹介している(p.159)個所のみである。上記の、H人権文化部長が「館長人事には市長の意向も働く」と述べたことは重要だが、本書では、その個所は、「公募論議のむなしさ」を示す文脈におかれている(p.141-142)。
(4)弁護団の紀藤正樹弁護士は、高裁判決が事実認定で「[2004月2年9日に人権文化部長らがKさんと面談した際、]『控訴人が残りたいのなら行く気はない』旨を述べるKに対し、こもごも『Kさんしかいない』などと延べて、同人の翻意を止めた。一方、控訴人は同年1月24日、Y事務局長から理事会の議案を受領し、館長の常勤化案を知り、常勤館長に応募することを決意した」と述べている部分を指して、「まさにここが今回の判決の人格権侵害の基本になっています。Kさんに嘘をついてまで館長になるように仕向け、一方で三井さんには、民主的な手続き、合理的な手続きによって館長を選任するかのような言動で表面的には中立性を装っていた。ここが、非常にこの判決の真髄だろうと思います」と述べている(紀藤正樹「事実の重みが形式論を押し流した三井マリ子事件二審判決」)。
(5)裁判では、被告側が、すてっぷの組織変更を「組織体制の強化のため」と主張したのに対して、原告側は、K館長自身が、「実態を言えば、組織体制強化になっていない」こと、館長が男女共同参画の仕事ができる「仕組みにはなっていない」(館長にはそのための予算も職員も直接にはつかない)ことを証言したことを根拠に反論し、むしろすてっぷは弱体化したと主張している(原告最終準備書面p.60-61,155,161)。
(6)また、本書中で、Kさんが最初に登場するのは、「ともかく、館長候補が一人だけ残っていて、事実上その人が公認館長であることを全理事は、その場で知らされたのです。数週間前からの噂では、その人物はKでした」(p.142)という記述である。しかし、実際には、原告側主張にもとづくと、Kさんは4人目に声をかけられた候補者であるし、判決においても、一審判決では「3人目」、二審判決でも「3人目または4人目」とされている。もっとも、浅倉意見書を読めば(本書p.201-202)、4人目であることは理解できるが。
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