2017-10

LGBT報道のあり方を提案するハンドブック刊行

 昨年11月、レズビアンなどの組織(*)であるles+が中心になって、『LGBTメディア報道提案ハンドブック』を刊行しました。発行部数は「1000部」と記してありますが、最近、PDFでも全文が読めるようになりました(LGBT媒体报道建议手册)。このハンドブックは、「LGBTというテーマに関心を持つ中国のジャーナリストに対して適時に、正確な情報を提供する」ことを目指した冊子です。

 (*)正確には、「中国の拉拉(女同性愛、女バイセクシュアル、女を愛するトランスジェンダー)に向けた文化宣伝非営利民間組織」と記されています。

 ドメスティック・バイオレンスに関しては、すでに家庭内暴力反対ネットワークが2003年に「家庭内暴力報道専門準則(家庭暴力报道专业准则)」を作成していますし、ジャーナリストの研修のためのハンドブック(馮媛編著『媒体工作者培训手册』中国社会科学出版社 2004年)も作成されていますが、LGBTに関する報道についてのハンドブックが作成されたのは、もちろん今回が初めてです。

ハンドブックの内容

 このハンドブックの構成は、以下のとおりです。
 第1章 LGBTに関する用語の解説
 第2章 LGBTに関するFAQ
 第3章 中国のメディアの現在のLGBT報道の実際の状況
 第4章 ニュースメディアと探究する――何が社会的価値のあるLGBTの題材か
 第5章 LGBT関係のリソース

 第1章「LGBTに関する用語の解説」は、用語の解説にくわえて、外国のメディア(AP通信、ニューヨークタイムズ、ワシントンポスト)のガイドラインなども紹介しています。

 第2章「LGBTに関するFAQ」は、「常識篇」「科学篇」「法律篇」に分かれています。

 第1章と第2章は、2009年にレズビアンなどの組織「同語」が出した『同性愛ABC――ジェンダーと性的指向に関する基本的知識と問答(同性恋ABC――关于性别和性倾向的基本知识与问答[PDF])』と類似した個所が多いのですが(もちろんこの本については、参考文献として名前が挙げられています)、今回のハンドブックの方が詳しいです。

 第3章「中国のメディアの現在のLGBT報道の実際の状況」では、まず、「ジャーナリストの経験の分かち合い」として、以下の報道について、それぞれ、記者が自らの取材の経験について語っています。

 ・段吉玲「女人来提案 同性婚姻应该合法化?(女性からの提案 同性婚姻を合法化すべきか?)」網易2011年2月23日~3月16日…(李銀河氏の提案をめぐってさまざまな論者が議論)
 ・梅佳「中国同性恋者婚姻现状调查:期待合法化的繁华故事(中国の同性愛者の婚姻の現状調査)」『中国日報(China Daily)』2009年4月16日
 ・張鑫明「同志爱运动(同性愛スポーツ)」『体育画報(Sports Ilustrated)』2011年第2期(总第119期)1月21日…(ザ・ワールド・アウトゲームズという世界の同性愛者のスポーツ大会へ中国選手が参加したことについて)
 ・王小屋「我的孩子是同志(私の子どもは同性愛者です)」『心理月刊』2008年3月刊…(同性愛者とその親との関係について)
 ・蒋明倬「爱人同志」『南都週刊』2011年度第18期…(中国と世界の同性愛者の生存状態について)。
 ・麻冬曉[Joy Ma]「In China, Lesbians Try To Win Favor With Roses」National Public Radio2008年8月21日…(中国のレズビアンについて)
 ・唐小松「柏林,边缘人的都城(ベルリン、周縁人の都市)」「面对」2011年4月15日出版,GQSTYLE 春夏号、「躯壳:4位80后艺术家的自我想象(肉体:3人の80年代生まれの芸術家の自己想像)」2011 年10月15日出版,GQ STYLE秋冬号

 たとえば、『中国日報』の梅佳さんの場合、最初は自分もLGBTの人々に対して漠然とした観念しか持っていなかったけれど、記事を書く際に、取材対象に対して不必要な誤解や失礼がないよう、予め関連資料を読んだ後、法律や社会学、心理学の専門家にインタビューして、その後にLGBT団体に取材をしたので、取材が順調にいったという経験を述べています。

 次に「メディアに関するFAQ の解説」として、4つの質問が取り上げられています。
 1.メディアが同性愛を報道することは、ある程度タブーになっているけれども、タブーに抵触しないギリギリの限度の報道をするとすれば、その限度はどこにあるのか? どのようにして限度を把握するのか?
 2.特定のテーマで記事を作成するとき、どのようにして同性愛者たちの存在と立場を包含するのか?
 3.猟奇的(珍しいものをあさる)視角による報道にならないためにはどうすればいいのか?
 4.どのようにして、価値のある取材の素材やインタビューの相手を見つけるのか?

 これらの質問について、それぞれ、ジャーナリストが答えています。

 たとえば、1の質問に対しては、唐小松さんは、「中国の法律には『メディアが同性愛を報道する際の禁止事項』はないので、メディアは自己規制する必要はない」と答えています。その一方、王小屋さんは、LGBTの報道については、「宣伝しない、奨励しない、唱道しない(不宣传、不鼓励、不倡导)」という政策があり、それがメディアの現実の状況だ」と答えています。

 3の質問に対しては、王小屋さんは、たとえば「LGBTの父母の育て方を尋ねるのは、『家庭の教育によって子どもがLGBTになる』という論理が背後にあるので、避けなければならない」と述べ、自分が推奨する方法として、「パートナーとの付き合い方を論じるときには、同性愛パートナーも取材するというふうに、LGBTの人々を、社会のさまざまな通常のカテゴリーの中に登場させる」方法を紹介しています。

 第4章「ニュースメディアと探究する――何が社会的価値のあるLGBTの題材か」では、まず、「LGBTメディア報道カレンダー」という一覧表によって、LGBTについて報道する機会になる祝日が挙げてあります。

 挙げられている祝日の中には、「国際反フォモフォビア・デー(国际不再恐同日)」(5月17日)や「バイセクシュアル・デー(双性恋庆祝日)」(9月23日)、「ナショナル・カミングアウト・デー(全国出柜日)」(10月11日)、「トランスジェンダー追悼の日(跨性别纪念日)」(11月20日)などのLGBTに関する祝日だけでなく、母の日、父の日、春節(旧正月)のような一般の祝日も取り上げられています。母の日や父の日には、レズビアンマザーやゲイの父親にも触れることを提案しています。春節は、郷里に帰って父母と(旧)正月を迎える時期なので、LGBTの人々が「結婚しなさい」という圧力に直面する時期でもあるので、LGBTと父母と関係について報道することを提案しています。

 次に、LGBTに関するさまざまなテーマについて、それぞれの「定義」や「背景」(LGBTが置かれている状況)、「ニュースのポイント」、「報道(のやり方)の提案」、「よくある間違い」、「参考になる報道」、「リソース」(ウェブページなど)などが挙げられています。

 ここで扱われているテーマは、「同性婚姻」「同性の親密な関係」「形式的婚姻」「LGBTと家庭」「学校の中のLGBT青少年」「職場におけるLGBT」「LGBTの公共空間/駆逐されるLGBTたち/LGBTのセックスワーカー」「LGBTの養老」「性的指向を変える治療」「LGBTが関係する犯罪の報道」「HIV・エイズとLGBT集団」「レズビアン」「トランスジェンダー」です。

 たとえば、「形式的婚姻[形式婚姻]」については、その「定義」として、「男性同性愛者と女性同性愛者とが、社会と家庭からの婚姻の圧力を防ぐためにおこなう婚姻。形式的婚姻には多くのパターンがあり、法律的意義を持った本当に婚姻から、象徴として結婚式を挙げるだけのものまである」と書かれています。「ニュースのポイント」としては、形式的婚姻の場合、「子どもが要るか要らないかが、最大の難題である。もう一つの難題は、親戚や友人の前では長年異性愛の夫婦を装わなければならないことである」と述べ、さらに「経済の独立、人身の安全[=婚姻内での性暴力は強姦とは見なされないことなど]、父母の扶養、自分のパートナーと形式的婚姻の対象との関係」などにも問題が生じる可能性を指摘しています。「よくある間違い」としては、「形式的婚姻=無性結婚」という理解が挙げられており、「双方が子どもを作ることを約束している場合は、性行為が発生することもある」と指摘しています。

 「報道に対する提案」というのは、たとえば、「職場におけるLGBT」の項目では、「国際的な会社の同性愛者に対する福利待遇」を報道したり、「同性愛者であるために会社を辞めさせられた話」に注目したりすることを提案しています。また、「レズビアン」の項目では、「メディアが同性愛に関する報道をするときは、同性愛を男性同性愛と同一視せずに、レズビアンの存在が見えるようにしてほしい」と書かれています。

 特にLGBTの犯罪報道に対する注文が目立ちます。犯罪報道の際に「同様な状況の下で、『異性愛の』とか『ストレートの』と言わないならば、ある関係や感情に『同性愛』とか『バイセクシュアル』というレッテルを貼ることは避ける」こととか(1)、「同性愛者やバイセクシュアル、トランスジェンダーの人が浴場や公園で犯罪行為をして被告になった際は、他の同類の事件の被告と同じように扱ってほしい」ということなどが書かれています。

 第5章の「LGBT関係のリソース」では、さまざまなLGBT関係の団体の簡単な紹介やそれぞれのウェブサイト、連絡先が書かれています。「LGBTを理解するための10の映画と書籍」も紹介されています。取材の際には、このリストを活用してほしいということです。

 この章も充実しており、私が知らなかった団体もかなりありました。

ハンドブックの特色

 このハンドブックの第一の特色は、単なる「準則」や「ガイドライン」ではなく、ましてや「べからず集」「言い換え集」でもなく、「提案(建議)」である点にあると思います。

 この点は、「提案」という用語だけの問題ではなく、このハンドブックの内容自体、第1章の用語集や第2章のFAQには計10ページ余りしか紙幅を割いていないのに対して、第3章以降の具体的な事実・状況・題材を紹介する部分に約60ページも割いていることにもあらわれています。また、ジャーナリスト自身が自分の経験を語っている点も、彼らにとって説得力を増しているのではないでしょうか。メディアが自己防衛のために作ったようなハンドブックとは質が違うように思います。

 このハンドブックの第二の特色は、上の点とも関連しますが、LGBT団体と、LGBTや女性の視点からメディアを検証する団体(個人)、ジャーナリストたちが協力して作成した点だと思います。

 ハンドブックの末尾に謝辞が書かれており、そこには、「LGBTとNGO機構」と「メディア業務従事者とメディア研究者」の名前が挙げられているのですが、「LGBTとNGO機構」としては、2005年に結成されたレズビアンなどの組織「同語」、1999年に結成されたLGBT組織(当初はゲイのグループ)の「愛白」、2008年に結成さた「同性愛者の家族と友人の会(同性恋亲友会)」といったLGBT系の団体のほか、1996年に結成された「女性メディアウオッチネットワーク(女性传媒监测网络)」(女性の立場からメディアを検証・変革する団体)も名前を連ねており、さらに、最近設立された「新視角同性愛報道ウォッチネットワーク」や「中国レインボーメディア賞」の名前も挙げられています。

 「新視角同性愛報道ウォッチネットワーク(新视角同性恋观察网络)」というのは、2010年7月に設立された団体で、中国における同性愛報道をウオッチし、改善することを目的としています。LGBT組織のPR能力を高めるための研修などもしているようです(2)

 また、「中国レインボーメディア賞(中国彩虹媒体奖2011)」というのは、中国のさまざまなLGBT機構が2011年から始めた賞で、LGBT報道に貢献した作品・機構・人物を表彰するものです(3)

 謝辞に書かれている「メディア業務従事者とメディア研究者」としては、馮媛さん(『中国婦女報』記者、ジェンダーメディアウォッチネットワーク[性别传媒监测网络]発起人)、呂頻さん(女性メディアウォッチネットワーク[女性传媒监测网络]代表、『女声』編集者)および、第3章で登場した人々をはじめとした多くのジャーナリストたち(4)の名前が書いてあります。

 つまり、LGBT団体(個人)だけで作成したハンドブックではなく、LGBTの視点からメディアを検証する団体、ジャーナリストの力もあって出来たハンドブックであるわけです。

 このハンドブックの第三の特色は、レズビアンやフェミニストが果たしている役割がかなり大きいことではないかと思います。

 このハンドブック自体、Les+というレズビアン団体が作成したものです。また、「女性メディアウオッチネットワーク」や呂頻さん、馮媛さんのようなフェミニストも、役割を果たしています。こうした点は、セクシュアル・マイノリティをめぐる運動も、とかく男性中心・ゲイ中心になりがちな、一般的に見られる――中国でもそうした傾向はある(5)――あり方とは異なっているように思います。

 第四に、このハンドブックは、上で触れたように、「新視角同性愛報道ウォッチネットワーク」とか「中国レインボーメディア賞」といった2010年以降の「LGBTとメディア」についての運動の蓄積を反映しています。その意味で、中国におけるLGBTとメディアの運動の現在の到達点とも言えるだろうと思います。

(1)たとえば、日本でも、恋愛関係のもつれの結果の殺人事件に対して、「○○被告に懲役15年の判決 東京・品川の同性愛殺人」(MSN産経ニュース2007.10.22)(下線は遠山)という見出しを付けたり(「同居女性刺殺『同性愛』報道:おかしくないですか」白鳥一声2007/10/23)、イギリスの財務担当相が経費の不正使用で辞任した事件のことを、「英新政権、同性愛の財務担当相が辞任」(読売2010.5.30)(下線は遠山)という見出しで報道したり――その恋人宅の賃料を必要経費として請求していたことが問題だったのですが、とくに同性を強調する必要はないはずなのに、それを見出しにまでしている――(「読売の見出しがヒドい」Imaginary Lines2010-06-01)したことが、ブログでも批判されています。
(2)2011年11月には、les+、同語、女性メディアウォッチネットワークとの共催で、LGBTメディアPR能力研修ワークショップをおこなっています(「同志媒体公关工作坊 影像纪录」女声網2011年11月23日)。
(3)「中国レインボーメディア賞」の組織委員会のメンバーは、愛白、北京紀安徳(ジェンダー)諮詢センター(1997年に開始された北京同志ホットラインから発展し、現在はLGBTのためのさまざまな調査研究などをしている団体)、北京LGBTセンター、les+、淡藍網(ゲイサイト)、同性愛者の親と友人の会、同語、同志亦凡人(LGBTに関するビデオなどを発表する団体)です。「最優秀ニュース作品」の選考委員は、李銀河、呂頻、Dinah Gardner、崔子恩、方剛、蒋欣の各氏です。
 初年度は、『法治周末』の記事「我国首份女同性恋“家暴”调查报告出炉 问题不容忽视(わが国初の女性同性愛『DV』調査発表 問題は軽視できない)」(法治周末2010年1月7日)やこのハンドブックの第3章で紹介されている記事が選ばれました。表彰された機構は、『南方周末』とChina Daily、人物は、繰り返し同性婚姻合法化を提案している李銀河さんが選ばれました。
(4)他に、任珏(『家庭』雑誌記者)家庭、焦蓓(『南華早報(South China Morning Post)』記者)、張蕾(『環球時報(Global Times)』記者)、李幸菲(『TIMEOUT』雑誌記者)のお名前も挙がっています。
(5)拙稿「中国におけるセクシュアル・マイノリティをめぐる政策と運動」『近きに在りて』第58号(2010年11月)参照。
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