2017-07

[日本]WAN争議が提起した課題と現在のWANの問題点

私は、ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN) の会員として、今のWANに何が不十分であるかについて、WAN争議の際に提起された問題をもとにして考え、以下の文章にまとめてみました(簡潔にするため、文体は常体にしています。もちろん、以下の点のかなりの部分は、すでにWANのメールアドレスやfacebookのコメントなどをつうじてWANには申し上げています)。

私は、今回、WAN争議に関する文献を読み直す過程で、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」というサイトも作りました。「まとめ」といっても、リンク集に毛が生えた程度のものですが、これを作ったのは、争議解決後もWANには問題が残されているうえ、他の少なからぬ非営利団体や市民運動団体にも同様の問題が存在しているからです。こちらの方も、よろしければご覧ください。

私は、今のWANは女性のための総合サイトとして重要な役割を果たしていると思います*1。次々に新しい記事が掲載されていて、私も、毎日、WANを見るのが楽しみです。ご多忙であろう中、多大な努力をなさっている理事や運営委員の方々には、私も敬意を抱いています。しかし、WANには、他の団体がどこでもそうであるように、弱点も存在していると思いますので、この一文を書いた次第です。

<目次>
1.和解の成立(2010年5月)とその後のWAN理事会の対応
2.ボランティアについて
3.会の内部の意見交流・民主主義の不十分さ
4.サイトの双方向性の乏しさ
5.非営利団体・市民運動の「内部」の労働問題などに対するWANの姿勢


1.和解の成立(2010年5月)とその後のWAN理事会の対応

ご存知のとおり、ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)において2010年1月に表面化したユニオンWANとWAN理事会との労使紛争は、同年5月、以下の内容の和解が成立した(一~三の数字は私が補足するなど、原文のままではない)。

一、WAN理事会は、ユニオンWANの組合員に以下の3点を謝罪する。
 (1)平成21[ママ]年12月に組合員遠藤礼子の仕事を外したこと、その後、事務所の閉鎖及び突然の2人の退職勧奨に至ったこと。
 (2)それらのことについて組合及び組合員と事前に相談、協議がなく実施したこと。
 (3)これまでの労使のやり取りの中で組合に対して不適切な言動があったこと。

二、WAN理事会はユニオンWAN組合員2名に解決金40万円ずつを支払う。

三、ユニオンWAN組合員2名は円満退職する。

しかし、和解の後、WAN理事会が支援者らに発表したのは、三の「組合員の円満退職」についてだけだった。第1回WAN総会では、二の「和解金額」についても発表したが、一の「謝罪」に関しては、理事会は会の内部にも発表していない。とくに、(2)の「組合及び組合員と事前に相談、協議がなく実施したこと」に関しては、それまでは理事会はその点を正当化する説明をしていたにもかかわらず、謝罪して自らの非を認めたことについては口をつぐみ続けている(詳しくは、本ブログ記事「WAN総会に出席して」など参照)。

私は昨年、WAN理事会に対して、理事会がユニオンWANに謝罪した内容を公表し、今後はそういった点について注意するむね表明することなどを求めたが、理事会は受け入れなかった(本ブログの記事「WAN理事会への3通の手紙――WAN争議における謝罪=反省点の表明を求めて」参照)。

WAN争議終結後、WANは今後は労働者を雇用しない方針を打ち出しており*2今年の上野千鶴子理事長の新年の挨拶でも、WANのさまざまなプロジェクトは「すべて、100%ボランティアで」やっていて、これは「驚くべきことです」と誇らしく語られていた。

しかし、労働者を雇用しなければ*3、問題は生じないのだろうか? 私は、WAN争議中に論じられた問題は、現在のWANにおいても課題として残されている点が多いと思う。

2.ボランティアについて

ボランティアに対しても、労働者に対して同様、本人と必要な「相談、協議」なしに仕事を取り上げるという問題は起こりうる。まして、逆に仕事を押し付けるとか、そのために過重負担が生じるといったことは様々な団体で起きてきた。山口智美さんは、これまでの自らの運動経験の中で、「無償労働で使われ、ボロボロになって、運動から引いていってしまう仲間たちもたくさん見てきた」(「「非営利団体や市民運動における雇用や無償・ボランティア労働を考える」集会から浮かんだ課題と感想」フェミニズムの歴史と理論2010年8月2日)という。私が会員だった、ある裁判支援団体でも、某プロジェクトに携わった若手の世話人の方々があまりに多忙で消耗したため、その後、会と距離を置くようになったという出来事があった(フェミニズムとインターネット問題を考えるサイト「活動事例の検討」参照)。

さらに、一般論として言えば、斉藤正美さんのおっしゃるとおり、WANのように「関係者がアカデミアの業界人が多い中では、頼まれると、アカデミック・キャリア上将来見込めるかもしれない利益も頭をよぎるかもしれない。自発的/強制的の境界線はきわめてあいまい」(「フェミニズム運動や研究組織の非正規・無償労働問題ワークショップ」ジェンダーとメディア・ブログ2010年6月24日)になるという危険はあろう。もちろん、WANのボランティアの中には、「先生に頼まれたから」などという理由ではなく、サイト自体に意義を感じるから活動をしている人が多いと思う*4。また、フェミニストの大学教員は、比較的、教員―院生という権力関係を利用しないように心がけている人が多いとも思う*5。けれど、菊地夏野さんは、自分の院生時代、「フェミニスト」として名の知られた大学教員が、院生やODの気持ちや立場を配慮する気がない一方的な言動をするのに接して、残念な思いをした経験が何度もあったとのことである(「で、問題は。。ユニオンWAN争議(1)」おきく's第3波フェミニズム2010年2月5日)。大学の場合、アカハラなどの背景にも構造的問題が存在しているわけであり*6、フェミニズムに関する研究や活動をしているからといって、自動的に下位の者に対して配慮ができるようになるわけではない以上、斉藤さんや菊地さんが指摘なさっているような事態が起きないような何らかの保障を考える必要があるのではないか。

そうした保障というのは、たとえば、理事会が、和解の際に謝罪した事項(「事前の相談、協議がなかったこと」への謝罪など)を自ら公表なさって二度とそうしたことを起こさない決意を表明なさるとか、ボランティア一人一人の意思をより尊重するための方策やルールを提示するといったことだと思う*7

現在、WANはさまざまなプロジェクトを意欲的に推進しているので、作業の量が増大していると思うが、その際に、ボランティアに過重負担が生じないようにしてほしい。場合によっては、労働者を雇用したり、ボランティアに何らかの有償性を導入することが適切であるケースも考えられるのであり、無理に「全員ボランティア」という体制を維持するようなことはないようにしてほしい。

WANのボランティアの方々については、私は具体的な状況をあまり把握していないので、もちろん実際には何の問題も起きていない可能性も大いにある。けれど、WANには上のような危惧を解消するような先進的なルールを打ち立てて、他の団体の模範になってほしいと思うのである。

3.会の内部の意見交換・民主主義の不十分さ

「相談・協議」は、単に労働者やボランティアに対してだけでなく、WANの一般会員に対しても必要である。WAN争議の際、「運動団体の場合、内部に権力関係や利害の不一致があることが見落とされがちだ」という指摘が多くの人からなされた。このことは、会員と会の執行部(WANで言えば理事会)との関係にも当てはまるだろう。言い換えれば、組織内部の民主主義や意見交換の問題であるが、現在のWANは、以下の(a)~(g)の点から見て、その点が不十分であると思う。

(a)総会の時間が短かすぎる

総会の時間は1時間であり、昨年の場合、理事会側の報告時間を除けば、会員が発言できる時間は10分ほどしかなかった。これでは3、4人程度しか質疑応答ができないし、ちょっと議論にでもなれば、たちまち時間がなくなってしまう(それでも一昨年は15分ほど延長されたが、昨年は直後にイベントがあったため、延長することは無理だった)。昨年や一昨年の総会には、せっかく40名ほどの方が出席なさっていたのだから、より多くの方が発言できるよう、総会の時間をもっと長く取るべきではないだろうか?

(b)総会以外に意見交流の場がない

総会以外の会議には一般会員は出席できるようになっておらず、会のメーリングリストも送り手から受け手への一方通行のものである。

であるので、私は、総会を補う意味でも、法人会員なら誰でも出席できて、サイトについて意見や感想を自由に述べ合える「懇談会」のようなものをしてみてはどうかと思う(サポーターや、場合によっては登録ユーザーにも参加してもらってもいいと思う)。法人会員なら誰でも出席できるような「拡大運営委員会」(といっても「拡大運営員会」は既にあるので、正確には、「拡大『拡大運営員会』」と言うべきだろうが)を時々やってもいいだろう(最終決定権は運営委員が持つ)。そうした場は、単に会員が意見を言う機会になるだけでなく、意見交換を通じて、理事会や運営委員会の側が、WANの直面している問題を具体的に理解してもらったり、会員にさらなる協力を求める場にもなりうる。

MLについて言えば、私がいま入っている団体のMLにも、双方向的なMLはかなりある。WANのMLにも、何らかの形で(たとえば、総会前の一定の期間だけでも)双方向性を取り入れられないだろうか?


WANでは、労働者に退職してもらってまでおこなったサイトリニューアルについても、一般会員に対しては、それ以前のサイトのどこが問題で、どのように改善されたのかについて、議論はもちろん、具体的説明もない(新しいコンテンツや企画が始まったとか、そういう話はあるが)。こうした状況も解消できるのではないか。

意見交流の場が少ないというのは、他の会にもある問題だが*8、それぞれの団体で工夫したいものである。

(c)サイトのメールアドレスにメールを送っても、応答はめったにない

簡単にであっても、何らかの応答があるのは、私の経験では5回か10回に1回程度である。もちろんすべての意見や質問に返信する必要は全然ないし、私の意見を取り入れていただいたこともあるが、どうも全体として、意見交換の機会が少ないように思う。

(d)ボランティアの募集について

サイト構築自体に参加しておられるボランティアと一般会員とでは、決定権が異なって当然であろう。しかし、上の(a)~(c)のようなことは、一般会員であっても対話のために必要だと思う。

また、「ボランティアになる」という行為自体、双方向的な性格を持っている。単に「執行部が決定した仕事にボランティアとして応募するか否かを決める」というだけでは、限定されたボランティア性しかないし、限定された人しか集まらないだろう。そうではなく、「WANでこんなことをやりたい」と思う応募者と運営者との間で対話をすることが必要であろう。そうした対話はもちろん個人単位でもできるし、また、上述の「懇談会」や「拡大運営委員会」のような双方向性のある場こそ、理事会や運営委員会の側から、ボランティアを勧誘するにふさわしいのではないかと思う。

(e)WANが他の企画の賛同団体になる際の手続きが不明確

昨年12月15日、WANサイトに「[WAN的脱原発](23)WANも『脱原発世界会議』賛同者になりました!」という文が掲載された。この文は、無署名で、どなたが書いているのか不明であるし、どういう手続きでWANが賛同者になったのかも書かれていない。この種の決定ができるのは、総会以外では、総会が選出した理事会だけのように思うが、理事会の署名が入っているわけでもない。その後の会員向けのお知らせでも、以上のようなことを知らせていないのは、手続き的に問題があるように思う。

後で述べる、「WANサイトには、編集などの責任の所在がはっきり書かれていない」という個所でも触れるが、どうも組織や運営のメカニズムがよくわからない。

(f)WANサイト上に「上野千鶴子研究室」が設置されたが……

2011年から、WANサイト上に、「上野千鶴子web研究室」というコンテンツが設けられた。グローバルメニューに載っているのであるから、かなり大きな位置づけである。それ以前の理事長は、そうしたコンテンツを設置していなかったし、WANの会員(ボランティアを含む)の中には、個人サイト(ブログ)を持っている人もかなりいると思うのに、そうした個人サイトにはリンクさえ張られていない。しかるに、上野さんの場合は、自らが個人サイトを持つこともなく、WANサイト自体の中に「上野研究室」を設けた。こうしたことは、どうしてもWANが上野さんを特別扱いしている感じを与える。

もっとも、上野さんは第2回WAN総会で、「私が人寄せパンダになって~」という発言をなさっていたので、上野さんの意図としては、とりあえず自らの人気を利用して、WANサイトに注目を集める戦術をとられたのだろうと思う。また、上野さんは他の人にも「大学を退職したら、WANに研究室を作りましょう」という趣旨のことをツイッターで呼びかけておられた記憶があるので、少なくとも他の大学教員に比べて、自らを特別扱いさせる意図はないことは確かである。

ただ、上野さんは1987年、日本女性学研究会のニュースレターに次のように書いておられた。「時々『ウエノさんのつくっている日本女性学研究会』と言う人に会って仰天する。会っていうのは、特定の誰かがリーダーシップをとってつくるものだと思いこんでいるその人の権威主義が情けない。(……)/私はかって無名人として権威主義と闘ったが、今度は有名人として私を有名人に仕立て上げる権威主義と闘わなければならない。こっちの方がずっと闘いづらい。/権威主義の芽は、出るはしから摘まなきゃダメ。」*9

現在では、上野さんを有名人に仕立て上げる「権威主義」はその頃よりもずっと強まっているだろう。WANサイトにおける上野千鶴子研究室の扱いは、ご本人にはその意図はなくても、客観的には上野さんが特別扱いされている感じを与え、上野さんとWANとを重ね合わせる効果があると思うので、「私を有名人に仕立て上げる権威主義」の「芽」ではないだろうか?(というか、既に押しも押されぬ有名人なのだが)。私を含めて、周りの者はとくに気を付けないといけないだろう。

たとえば、グローバルメニューを「研究室」にして、「上野研究室」をそのサブメニューとして位置づけるなり、「他の方も、どんどん研究室を作ってください」などと、サイトでインターネットの学術利用を呼びかけるなりすれば、印象も異なってくると思うのだが……。

(g)上野理事長の就任あいさつ

上野さんは、昨年4月の理事長就任あいさつ(「WANセカンド・ステージ。その次のステップへ。」)で、「初代理事長牟田和恵さんに、今年度の総会で理事復帰をご承認いただいたうえで副理事長に就任してもらいます」「さらに若手の古久保さくらさんを、同じく総会で理事復帰を承認いただいた上で、事務局補佐にあたってもらいます」と述べられた。この発言に関しては当時のtwitterでも批判があった。私は、お2人の理事復帰に関しては、お2人とも、トータルに見て意欲も能力もある方だと思うので賛成したが、上野理事長の上の記述には、やはり、以下の点で抵抗を感じた。
 ・総会での承認前に、理事復帰後の役職についてまで述べておられること。また、就任して「もらいます」という言葉遣いも気になる。
 ・総会では、他に立候補者が出る可能性もあるのに、その点を無視しておられること。たとえば、「他にも『われこそは』と思う方がいらっしゃれば、立候補してください。もちろんその方にも、抱負を述べるスペースを提供します」といったことを一言、おっしゃってほしかった。

4.サイトの双方向性の乏しさ

一般に「ある団体の内部でどれほど各個人が尊重されているか」ということと「その団体が外部に対してどれほど開かれているか」は関係していると言われるが、WANは、内部で「協議や相談」がやや不足しているだけでなく、外部との意見交換も少ない――サイトに即して言えば、「双方向性」が足りないように思う。

WANサイトの双方向性の現状

現在、WANサイトは、個々の記事に対して、直接コメントやトラックバックのような形で繋がりを付けることは、まったく不可能であり、サイトの双方向性は非常に低い。

WANにも、双方向性の試みが全くなかったわけではない。2009年12月、ブログ「WAN裏方日記」が、WANの記事の感想を同ブログのコメント欄に書いてくれるように呼びかけ(「ご感想などお待ちしています」)、少しだけ双方向性が生じた。しかし、2011年12月以降の記事からはコメント欄とトラックバックは撤廃された(担当者の交替に伴う措置のようなので、そのこと自体を批判するつもりはない)。

また、2011年3月から開始されたWANのフェイスブックやツイッターには、双方向的な機能が付いており、それらが若干生かされている。しかし、フェイスブックに流されるWANサイトの記事は一部だけであるし、ツイッターの場合は、WANのツイッターが応答しないかぎり、反応があったこと自体がわからない。また、「WAN」という団体のツイッターだと、異論の紹介はできるとしても(実際、少しだけやっておられる)、議論まではやりにくい。

なにより、「WAN裏方日記」のコメント欄にしろ、フェイスブック・ツイッターでの反応にしろ、サイトの記事を見ただけでは、たどりつけないのが根本的な弱点であり、そもそも記事の執筆者自身がコメントを読んでいるかどうかさえ不明である。また、すぐにコメントが下の方に流されるという問題もある。

論争や「荒らし」について

フェミニズムや社会問題を扱っているブログのコメント欄やトラックバックを見ると、たしかに不当なバッシングも相当ある。けれども、全体としては、共感・同感の声や、異なる視点からの意見、まじめな論争の方が多い。「荒らし」について言えば、承認制にすれば、そもそも「荒れる」ことはありえないし*10、きちんと勉強している人の中には、コメント欄を自由にして、反動的意見に的確に反論している例も少なくない(そうしたやり取りは読む者にも勉強になる)。また、誹謗中傷やヘイトスピーチに対しては、削除したり、本人だけに対処させずに他の者も反撃するなどして対処している例も多い。トラックバックは、あくまで他者のサイトからのリンクであり、「荒らす」というより、繋がりをつけるものであり、かつ、まとまった意見を書かなければならないので、主観的にはまじめな意見が多数であり、客観的にも質が高いものが比較的多い。

双方向性があることの意味

コメントやトラックバックのうち、共感・同感の声や、異なる視点からの意見、まじめな批判、まじめな論争の意義については言うまでもない。

摩擦や軋轢についても、現実世界でも、フェミニズムなどの社会運動は、運動を広げようするかぎり、さまざまな摩擦や軋轢は避けられないのだから、現実世界と同程度の摩擦・軋轢ならば、むしろそれらは必要(必然的)なものだと考えるべきではないだろうか。

双方向性が乏しいために、WANサイトは、インターネット空間において、孤立している感じが免れない。他のブログなどは、コメントやトラックバックで相互のつながりを構築することによって、記事の価値を増大させているが、WANサイトの場合、そうしたことが極めて難しい。

また、双方向性の有無は、記事の内容や質自体にも影響がある。たとえば、私が最近、日本軍「慰安婦」問題について自分のブログで書いた際は、何か反論があった時に備えて新しいブックレットを買って少し勉強した。こうした適度な緊張感は、自らを鍛え、記事の質を高める。

WANには、力作ないし丁寧に書かれた文章が多いし、重要な記事やお知らせもあるけれども、外部のインターネット状況を意識した文は比較的少ないように思う。私は、WANに期待が寄せられた背景の一つは、インターネット上ではフェミニズムが弱く、むしろ右派が優勢だという現実だと思う。だから、WANは、そうしたものに対抗する文を多く掲載したほうがいいと思うが、そうしたテーマの文は、「慰安婦」問題の特集などを除けば、わりあい少ないのではないだろうか? とくに、他のインターネット言説に対して、「反論」や「キャッチボール」など形で、議論を噛み合わせた文章は少ないと思う。これらは必ずしもコメント欄を設置しなくてもできることだが、いずれにせよ、もう少しインターネット全体の状況も意識する必要があるのではないかと思う。この点については、もちろんそうした記事を投稿していない私にも責任があるし、実は、私自身のブログにも同様の弱点があるので、私自身の課題でもあるのだが……。

社会問題を扱うブログでも、コメント欄やトラックバックが存在するブログの方がはるかに多い*11のは、それだけの意義とメリットがあるからであり、WANの場合にだけそうした意義やメリットがないはずはないと思う。

サイトユーザーに対してアンケート調査をしてみては?

サイトに直接携わっている方々以外の意見や感想を積極的に集めるために、一度ユーザーやweb登録会員に対するアンケート調査をしてみてはどうだろうか? いい反響は、私たち会員の励みになるし、場合によっては、サイトの宣伝にも使うことができる。逆に、批判的な反響は、サイトを改善するのに役立つ場合も少なくないだろう。

投稿規程について

双方向性の一つの形として、投稿規程をお作りになったのは前進だと思う。

しかし、今の投稿規程は、ジャンル的にも字数的にも制約がきつすぎると思う。たとえば、現在、「エッセイ」を1000字~1600字程度、「活動レポート」を600字~1600字程度の字数で募集しているが(他のジャンルもあるが略す)、現在、WANサイトには、その数倍の字数の原稿や「視点・論点」・「インタビュー」など、投稿規程にないジャンルの原稿も掲載されている。私は、投稿だからといって、字数やジャンルや制限する理由はないと思う。基本的には、現在WANサイトに掲載されているジャンルや字数の原稿であれば、投稿を受け付けるべきではないか。いや、現在WANサイトに掲載されていない種類の原稿――たとえば「書評」がなぜ掲載されていないのかわからないが、そうした種類の原稿の投稿についても、「編集部とご相談ください」と書いておけばよいのではないだろうか?

もちろんダラダラした冗長な投稿や趣旨のはっきりしない原稿はダメだが、それは依頼原稿であっても同じことである。依頼原稿も投稿も、読む側にとっては同じなのであるから、基本的には同一の規程が適用されるべきであろう*12

「編集者やボランティアは労力を使っているのだから、優遇されるべき」という考えもあろうが、私はむしろ、「何度も投稿する人は、できればボランティアとしても参加してください」というふうに、ボランティアを拡大する方向に話を持って行った方が生産的だと思う。たとえば、『女性学年報』は、「編集委員の原稿を優先する」としつつも、同時に、一定の条件を満たせば「誰でも編集委員になれる」ことを謳って、編集作業に多くの人の参加を求めている。WANも、ボランティアが不足しているならば、投稿する人にも何らかの作業に参加してもらうようにすればいいのではないか。

私は、編集作業の実際を知らないので、ひょっしたら的外れなことを書いているのかもしれないが、私が投稿した時、字数の制約がきつすぎて、「もう数百字書ければ意を尽くせるのだが……」と思ったということもあり、こうしたことを書いてみた。

5.非営利団体や市民運動の「内部」の労働問題などの対するWANの姿勢

非営利団体や市民運動内部の労働問題や内部矛盾の問題について取り上げないWANサイト

WAN争議中、WANサイトやweb会員向けメールでは争議について何の説明もしていない問題が多くの人から批判された(「【賛同署名募集】NPO法人WAN労働争議への支援および理事会への要望」など)。

非営利団体や運動体であっても、労働者の労働条件については、労働法が適用される公の労働問題であることは明確である。それ以外の有償また無償のボランティアの働き(働かせ)方についても、多くの非営利団体が問題(ないし課題)を抱えているという意味では、公的性格を持っている(「非営利団体や市民運動における雇用や無償・ボランティア労働を考えるーユニオンWANの事例から」集会、日本女性学会大会ワークショップ「フェミニズム運動や研究組織における非正規・無償労働問題を問い直す」[レポート斉藤正美さんの考察菊地夏野さんの考察その1その2]参照)。

けれども、WAN理事会は、WAN争議についてサイト上で説明をしない理由として、「WANが今般の雇用問題について、WANサイトを用いて情報発信をしたならば(……)どうしても、意見の対立を明らかにし、『論戦』を招くことになったでしょう。それは、安心できるネット環境をめざすWANにとって、決して望むことではなく、しかも、WAN法人の雇用問題は、NPO会員の皆様をはじめ関心を持っていただいている方には有意な情報であっても、より多くの一般ユーザーの方には、無用・不用のこと」と述べた(WAN理事会「WANを支えてくださっている皆様へ」)。

そして、現在でも、WANサイトでは、非営利団体の労働問題については、ほとんど取り上げられない。

WANが、ナヌムの家の雇用問題を取り上げた記事を掲載したことについて

ただし、一度、WANサイトも、ナヌムの家が村山一兵さんを解雇した問題にかなりの紙幅を使って言及した、池内靖子「ナヌムの家と関わって(下) 」(2011年1月18日)を掲載したことがある。

このことは、WANサイトが非営利団体・運動団体の雇用や内部矛盾の問題を完全にはタブーにしていないことを示したもので、歓迎できる。

けれど、もしナヌムの家がこの記事に対して反論(ないし事情説明)をしたならば、やはり「どうしても、意見の対立を明らかにし、『論戦』を招くこと」になっただろう。また、上のWAN理事会の見解に従えば、ナヌムの家の雇用問題も、その支援者でもない「多くの一般ユーザーの方には、無用・不用のこと」だということになる。そうした点から見ると、WANサイトがWAN争議には一切言及しない一方で、ナヌムの家の雇用問題を取り上げたことは、自団体と外部(自国と外国?)の団体に対して、ダブルスタンダード*13を適用したと言わざるをえない。結局、WAN理事会のもともとの見解に無理があったのではないだろうか?

非営利団体の労働問題を取り上げないことは、劣悪な労働条件を不問に付すことになる

2010年11~12月に、あるジェンダー系のメーリングリストに、フェミニズムに力を入れている某法律事務所が出した募集広告についての質問が発端となって、同事務所の労働条件(賃金、労働時間、雇用者の態度など)が話題になった。しかし、そのメーリングリストで、上野千鶴子さん(当時WANの理事で、現在の理事長)は、そうした質問や議論をやめるようにお願いするメールを発信したという*14

WAN争議の際、WAN理事会は「労働者の待遇については、一般的とされる以上の条件を保証し、それぞれの労働者の要望も可能な限り受け入れてきた」ことを強調しており(WAN理事会「この間の事情の説明」)、実際、賃金や労働時間などは、WAN争議の争点にはならなかった。しかし、フェミ系団体の労働条件に関する議論や批判を抑えつけることは、結局、賃金や労働時間を含めた劣悪な労働条件をも不問に付すことにつながることが上の経過から明らかだと言えよう。

かりに非営利団体や運動団体の指導部が不当・不適切なことをした場合でも、「安心できるネット環境」が必要では?

WAN理事会は、「安心できるネット環境をめざす」とおっしゃる。しかし、WAN理事会の問題意識には、「もしWAN(などの非営利団体)の指導部が不当・不適切なことをした場合は、どうするのか」という視点が欠けていないだろうか? かりに指導部自らが不当なことをしなくとも、誰かが不当な攻撃をおこなった際に、指導部がそれを的確に制止できないこともあろう。そういったケースでは、一般会員からの指導部批判や外部からの批判をネット上でみんなに知らせる/知ることができることこそが、「安心できるネット環境」であろう。

WAN争議では、WAN理事会は外部に対しては沈黙を守る一方、WANの内部には、理事会の言い分だけを配信した。WANサイト上にも組合側の情報やコメントは無かったので*15、WAN会員は、自ら努力しない限り、理事会側の情報だけが与えられることになった。このような状況は、WAN内部の組合支持者にとっては、少しも「安心できるネット環境」ではない。また、こうした理事会のやり方は、WAN内部の人間と外部の人間とを隔絶させ、相互の理解を困難にする行為だとも思う。私は、WAN理事会は、外部に対しても自らの考えを広く訴えるべきだったと思うし、内部では逆に、理事会を批判する見解も流すことができるようにするべきだったと考える。

WANサイトには、編集などの責任の所在がはっきり書かれていない

雑誌なら、編集長の名前は必ずどこかに記されている。『女性学年報』や『女性学』は、編集委員の名前も記している。ところが、WANサイトには、編集局長や編集委員のお名前がどこにも記されていない。定款上から見ると、WANについては、最終的には理事会(究極的には総会ないし全会員)が責任を持つと言えようし、理事のお名前は定款に書かれている。しかし、「サイトの実際の運用にあたっている」という「運営委員会」(「WANとは」)は、定款にもその存在自体が書かれておらず、WANの「組織運営図」を見ても、組織は「法人チーム」と「サイトチーム」とに分かれていて必ずしも全員がサイトに関わっているわけではないようだ。また、この2つのチーム内にはそれぞれ下位の組織もあり、非常に複雑である。私が投稿について問い合わせをしたときは、「編集局」から返事をいただいたが、「編集局」は、この組織運営図にも書かれていない。

このように、WANの会員にさえ、編集などの責任の在り処がよくわからない状況には問題があるのではないか?*16。この点も、WANの公共性に関連する課題であると思う。

以上の25で述べてきたことは、「ある集団において個人が尊重されているのか?」「その集団が外部に対して開かれているのか?」「その集団の内部の問題を公共の問題として扱えるのか?」といったことであるが、こうした問いは、フェミニズムなどの人権団体が「家族」や「国家」に対して問題にしてきたことであった。こうした問いかけは、市民団体・女性団体自身に対しても必要な問いであろう。

もちろん実際には、ご多忙の中、さまざまな困難があって、うまくいなかいことが多いのではないかと思うが、私もできるだけ協力させていただきたいので、私なりに思っていることを述べてみた。



*1 私はWANサイトの意義は大きいと思う。インターネット上にはフェミニズム系のサイトやブログが少ないなか、多くのフェミニズムの記事が掲載されているサイトを新たに作ったことには大きな意義があると思う。もちろん各個人・各団体がそれぞれサイト(ブログ)を作って発信することが重要なのだが、現状ではすべての人が個人サイトを持つのは難しいので、総合サイトがあって初めてネットに出る文章も少なくない。また、個人サイトを持っている人であっても、アクセス数が多い総合サイトに原稿を書くことは、自分の考えを広く社会的にアピールする方法の一つである。さらに、総合サイトは、WANがやったように、総選挙の際に公開質問状を出すような社会的活動をネット上でするための一つの手段ともなる。
 現在のWANには、生活に密着した文章、本やマンガの紹介・映画評、数々の重要なアピール・呼びかけ、女性の視点からの脱原発特集など、さまざまな特色ある文章が掲載されている。
 かつての労使関係についても、WAN理事会が、労働者に一般的水準以上の賃金を支払い、労働者の要望も賃金や有給休暇に関してはかなり受け入れたことや、WAN争議の際に、仕事を取り上げても賃下げまではしなかったことや、話し合いによって和解・円満退職という解決ができたことなどは(当然にすぎない点もあるが)良かったと思う。
 また、争議の後、理事の少なくとも一部の方は、ネットについて積極的に勉強しておられるようである。

*2 第1回WAN総会前に会員に送付された文書の中の「Ⅱ 『雇用』についての今後の課題」より。この個所については、すでに斉藤正美「フェミニズム運動や研究組織の非正規・無償労働問題ワークショップ」(ジェンダーとメディア・ブログ2010年6月24日)が批判している。

*3 ここで、「労働者を雇用しない」と述べたけれども、労働者から仕事を取り上げた(のち退職してもらった)後、彼女たちがしていた仕事をすべてボランティアがするようになったわけではなく、そのかなりの部分は「外注化」して、業者に委託するようになった。こうした場合、それらの業者の労働者の労働条件にWANが無関心であって良いのかという問題があると思う。企業であっても、下請けの企業の労働条件について無関心であって良いとは言えない。自治体の場合は、公契約条例を制定する動きもある。そうしたことを考えると、フェミニズムを掲げるWANが、労働者の仕事を業者に外注化することによって賃労働問題に対して無関心になることには疑問を感じる。この問題については、すでに斉藤正美さんと山口智美さんが、フェミニズム運動体では、IT担当者から労働量が増えすぎていることに対して抗議や苦情が出た際、面倒を避けるために安易に外注化する傾向があると述べ、「業者ならいつでも何でも頼めると思いこむケースもあり、業者側の労働問題という視点がなぜかなくなってしまう」という点を指摘しておられる(「ネット・メディア利用全体として」の「シャドウワークとしてのIT関連労働」の箇所‐フェミニズムとインターネット問題を考える)。

*4 実際、2009年6月の「フェミニズムとインターネット問題を考える」研究会の際に、WANのボランティアの方が、「先生から頼まれたからやっているのだろうと思われがちだが、私はそうではない」という趣旨の発言をしておられた。

*5 WANのボランティアの林葉子さんは、「大学院では一般に、院生が研究室の雑用を引き受けることは、わりに頻繁にみられる」が、WANの理事の一人でもある荻野美穂さんは「院生に負担をかけないよう、常に細かに心配りをしてくださる先生で」、「私[林さん]は在学中に一度たりとも、大学院の雑用を押しつけられるようなことはありませんでした」と言っておられる(「WAN(ウイメンズ・アクション・ネットワーク)のこと」林葉子のきまぐれ日記+α2010年2月28日)。また、私は、現WAN理事長の上野千鶴子さんについても、研究室の仕事を学生などにやってもらうときは、「無償労働を否定する」という理由によって、賃金を払うので、学生に人気があるという話をどこかの雑誌で読んだことがある(出典は忘れてしまったが)。

*6 江原由美子「<アカハラ>を解決困難にする大学社会の構造的特質」上野千鶴子編『キャンパス性差別事情 ストップ・ザ・アカハラ』(三省堂 1997年)など。ここで江原氏が描いている「大学社会」(「大学組織」と複数の大学組織にまたがる特定の専門領域の「研究者集団」)のあり方は、今日、フェミニズム研究者(集団)においてはどれほど変わっているのか、非常に気になる。

*7 そのほか、たとえば、日本女性学会大会ワークショップ「フェミニズム運動や研究組織における非正規・無償労働問題を問い直す」(2010年6月20日)で、清水晶子さんは、院生に仕事を頼む場合は、自分とはまったく利害関係がない人か、本当に気心を知っていて、お互いに何でも言い合えるような関係の人にしか頼まないと語っておられた(私の記憶に基づいて書いているので、清水さんのご発言そのままではないかもしれないが)。こうしたことも一つの工夫だろう。

*8 クィア学会の「ひびのまこと」さんは、以下のように述べておられる。「現在のクィア学会は、会員間で意見の交換をする場がほとんどありません。そのため、実際には学会内部に様々な意見があるにもかかわらず、それらが可視化しておらず、本当に形式だけの合意によって運営されていると私は感じています。(そして、幹事会が独自の判断で事を進めてしまったり、もしくはそうせざるを得ない状況になっている、とも思います)」。
 ひびのまことさんは、クィア学会総会で、たくさん言いたい意見があるけれども、「あまり私ばかり発言してもよくないのと、より私の意見を詳しく知ってほしいので、メモを作成しました」とのことである(「クィア学会 第3回総会における配布資料」ばらいろのウェブログ[その2]2011年11月11日)。こうしたやり方は、私も第2回WAN総会でやった。こうした工夫はすることができるし、多くの人にやってほしいと思うが、やはり意見交換という面では限界がある。

*9 上野千鶴子「連絡会ニュース発刊のころ」『VOICE OF WOMEN』85号(1987年10月)、のちに日本女性学研究会編『わたしからフェミニズム』1998年に収録されたものから引用。

*10 ただし、承認制にするとコメントの数は減るが、それでもまじめな人はコメントを寄せると思う。なお、未承認にしたり、削除した投稿も、他の場で公開されて承認されなかった(削除された)不満を訴えられる可能性はあるので、あまり乱暴なことをすると、サイトの信用が落ちるが、罵詈雑言やくだらない意見ならば、不満を訴えたほうが笑われるだけであろう。

*11 たとえば、私は以前、裁判の原告のブログを多数調べたことがあるが([3 他の裁判ブログ])、ほとんどのブログがコメント欄を開いており、承認制にしている例もごくわずかだった。

*12 今の投稿規程の1000(600)字~1600字という字数制限に何の意味もないとは思わない。一気に読めるのは、それくらいの字数だからである。率直に言って、現在掲載されている長い原稿の中には、「もう少し簡潔に書けるのではないか?」「小見出しを付ければ読みやすくなるのでは?」と思う文もあるので、長い原稿の場合には、編集局の側からそうした工夫を要請するなどして、現在の字数制限を生かすこともできると思う。

*13 同じWANの登録団体の活動であっても、他の登録団体が会社相手におこなった活動レポートはWANサイトに掲載されたのに(ユニオンぼちぼち「レポート・団交申入れ★トランスジェンダーが安心して働ける職場を」2009年11月18日)、ユニオンWANのWAN理事会相手の活動レポートついては削除されたことについて、「ダブルスタンダードだ」という批判は、すでに争議中におこなわれている(tigrimpa「1・20の団交の報告【改】」(非営利団体における雇用を考える会2010年1月27日)。

*14 以下の一連の報告参照。
 macska「女性とマイノリティと労働者を支援するブラック企業?」*minx* [macska dot org in exile]2010年11月20日。
 macska「女性とマイノリティと労働者を支援するブラック企業?(2)」*minx* [macska dot org in exile]2010年11月26日。
 山口智美「『女性とマイノリティと労働者を支援するブラック企業?』をめぐる議論」ふぇみにすとの論考2010年12月1日。
 macska「女性とマイノリティと労働者を支援するブラック企業?(3)」*minx* [macska dot org in exile]2010年12月2日。
 macska「女性とマイノリティと労働者を支援するブラック企業?(4)」*minx* [macska dot org in exile]2010年12月3日。
 山口智美「『女性とマイノリティと労働者を支援するブラック企業?』をめぐる議論その2」ふぇみにすとの論考2010年12月5日。
 マサキチトセ「『女性とマイノリティと労働者を支援するブラック企業?』をめぐる議論 マサキバージョン」フェミニズムの歴史と理論2010年12月6日。

*15 厳密に言えば、「登録団体」の中の一つに「ユニオンWAN」があり、そのリンク先を見れば、ユニオンの側の見解がわかったのだが、これは非常に目立ちにくい情報である。大学の中に組合の掲示板があるのと比べても、非常に目立ちにくい。

*16 こうしたことは、WANサイト設立当初から指摘されていることで、2009年6月3日、wataru(山下渉)さんは、「WANの(……)サイト自体が風通しよく=具体的にいうと、一体誰が論説委員あるいは編集委員みたいな立場にいてさまざまなニュースへのリンクの取捨選択を行っているのか? 各コラムの執筆者への依頼・掲載基準は? ……のもろもろが本サイトの正面玄関からわかりやすくガラス張りになっていないと、、」と述べておられた(yamtom「WANオープニングイベントに出て」ふぇみにすとの論考2009年6月1日のコメント欄。wataru「What's WAN?~今ごろ、なぜWANなのか?」2009年6月1日にも関連記事あり)。昨年も、山口智美さんが、「公共性に関連する課題として、WANの運営方針(例えば編集権限のありか、基準など)がひじょうに曖昧だということもある」(山口智美「集会から浮かんだ課題と感想」フェミニズムの歴史と理論2010年8月2日)と述べておられる。その後、「編集方針」や「投稿規程」は、WANサイトに書かれたが――これで十分なのかは議論の余地があるにせよ――責任の所在が明確でないことについては、当時とあまり変化がないと思う。

2012年2月5日追記:「(f)WANサイト上に『上野千鶴子研究室』が設置されたが……」の上から4段落目の個所に、文章が混乱していた個所がありましたので、少し修正しました。
2012年5月8日追記:文意が通りやすくなるよう、ごくわずかだけ、字句の挿入や修正をしました。たとえば、「組織運営図」という個所に、「WANの」という字句を付け加えたりしました。
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