2017-08

台湾の小中学校でのセクシュアル・マイノリティについての教育が保守派の反対で難航・後退

キリスト教保守派や一部立法委員の性教育・セクマイ教育に対する攻撃

 台湾では、今年8月(に入学した生徒)から、小中学校の「ジェンダー平等教育」の中で、新たにセクシュアル・マイノリティ(中国語では「同志」。以下、「セクマイ」と略す)についての教育を開始することになっていましたが、それに対して、保守派(バックラッシュ派)が激しい攻撃をしてきました。

 その点については、すでに今春の本ブログの記事(「台湾の小中学校でのセクシュアル・マイノリティについての教育開始を前にした議論」)でお伝えしましたが、今回は、その後保守派の攻撃がエスカレートして、政策そのものが後退したことについてご紹介します。

 今春、キリスト教保守派らが作った「真愛連盟」(1)は、教育部が新たにセクマイについても教育すべく改定した「ジェンダー平等課程要綱」に反対する署名をインターネットで集めました。この署名は、「ジェンダー平等課程要綱は、学生を同性愛者になるように導くもので、性の解放を教えている」などと言っています。真愛連盟は、この署名を30万集めたと称しています。

 5月初めには、立法院(日本でいう国会)でも、陳淑慧・鄭金玲・管碧玲・朱鳳芝の各立法委員(国会議員)がジェンダー平等課程要綱や教師用のハンドブックに対する批判をしました。彼女たちは、教師用ハンドブックの中に、コンドームを正しく使うべきことや性具を清潔にすべきことが書かれているのを見つけて、「こんなことを生徒に教えるのか?」と批判しました。また、「小学5年からは早すぎるのではないか? 保護者の同意や社会のコンセンサスを尊重すべきだ」といった意見を述べました。

 また、台北市教師会の張文昌理事長も、小中学校から多元的な性的指向や自分の性的指向について教えることは、今の教師にはできないと言い、台北市国民小学家長会連合会の林曉儀総会長も、多元的な婚姻や情欲について小学生に知らせるのは早すぎると主張しました。

 そうした攻撃や批判に対して、ジェンダー平等教育協会の頼友梅・事務局長は、以下のように反論しました。
 ・教育部のハンドブックは教師用のもので、生徒は見ることができないものである。
 ・真愛連盟の批判は、「断章取義(文章や話の前後の意味を顧みずに、自分に都合の良い部分だけを引用すること)」である。

 同志相談ホットラインの鄭智偉・事務局長も、同ホットラインの調査に依拠して、「1/2の同性愛者は小学生のときに自分の性的指向に目覚めており、中学までには3/4が自分の性的指向に目覚める。けれど、多くの生徒は、そのことを他人には言えないので、多くの人はそのことを知らないだけだ」、だから「検討すべきなのは、セクマイ教育が早すぎるかどうかではなく、なぜ反対派がそのことを知らない(または知ろうとしない)かだ」と指摘しました(2)

 台湾ジェンダー平等教育協会も、「セクマイ教育を排除するのは、ジェンダー平等教育ではない」、「セクマイ教育の精神は、いなかる性的指向・性自認の生徒にも、自らを肯定させることにあるのであり、それによって生徒が同性愛者に変わることなどありえない」、「学校ではジェンダーによるいじめが跡を絶っておらず、教育現場では更なる努力が必要だ。セクマイの生徒が受ける教育の家族イメージや愛情、公民の権利なども、異性愛主流の枠組みで構築されている。セクマイ教育は、こうした生徒に可能性を与えるものだ」という見解を表明しました(3)

 けれど、立法院の「教育及び文化委員会」は、「ジェンダー平等課程要綱と教師用ハンドブックを再検討する」という付帯決議(4)を採択しました。また、教育部は賛成・反対両者の団体の意見を聞くとともに、公聴会を開催することを決定しました。

教育部、ジェンダー平等課程要綱と教師用ハンドブックの修正を表明

 台湾の教育部は、セクマイ教育開始直前の7月25日、「国民小中学九年一貫課程要綱審議委員会」を開催し、予定通り小中学校で教育を開始することを決めました。

 けれど、以下のように「ジェンダー平等課程要綱」を修正すると表明しました。そのポイントとして、以下の2点が報道されています。

1.「自己の性的指向を理解する」ことを削除した
 「自己の性的指向を理解する」を「多元的な性的指向を尊重する」に変更。

2.「性的パートナー」などの「デリケートな字句」を削除した
 「性的指向」の定義を、「性的パートナーを選択するときの指向」から「個人が他人から身体あるいは感情の上で受ける吸引力」に変更。「『男と男』『女と女』が吸引しあっても、不正常ではない」とは説明するようですが。

 こうした変更に対して、台湾同志相談ホットラインの喀飛・常務理事は「『異なったジェンダーを尊重する』ことだけ教えて、『自分の性自認や性的指向を認識すること』を教えなければ、どのようにして差別をなくすのか?」「教育史上の大後退だ」と強く批判しました。

 教育部は、ジェンダー平等教育は「毎週の固定した時間や教材はなく、各領域の教学の中で教える」(この点は以前からそう言っていましたが)、「教師用のハンドブックも修正する」ことも決定しました(5)

公聴会での議論

 ジェンダー平等教育課程の要綱と教材についての公聴会は、7月下旬に台湾の8か所で開催されました。公聴会は、賛成・反対両派の激しいアピールの場になりました。反対派は、「教材では、プライドパレード(ゲイパレード)の写真だけでなく、異性愛を支持するパレードの写真も見せるべきだ」とか、「性的虐待についても教えるというが、子どもが家に帰ってきて父母にそのことを尋ねられても、どう答えていいかわからない」といった発言をしました。

 それに対して、ある賛成派の学生は、「小中学校では同性愛について誰も教えてくれなかった。自分には同性しか愛せないことがわかった時は、うつ病になって、自殺を試みた」と自らの体験を述べました。また、ある保護者は「『自分の子どもが同性愛者でない』とか、『同性愛者とは接触しない』とか誰が保証できるのか?」と述べました(6)

 8月1日、ジェンダー人権協会、同志相談ホットライン協会、婦女新知基金会などの賛成派は、真愛連盟を批判するとともに、立法院がセクマイ教育を延び延びにしていることに抗議する集会を開催しましたが(7)、ある人は、「セクマイ教育をすることは、2004年に立法院を通過した『ジェンダー平等教育法』とその少し後で立法院を通過した『ジェンダー平等教育法施行細則(中国語|英訳)』(※)に基づくもので、この政策は7年も実施が遅れているのに、この期に及んでまた紛争になるとは……」と、いらだちを隠しませんでた(8)
 (※)第13条に「ジェンダー平等教育の関連課程は、感情教育・性教育・同志[セクマイ、LGBT]教育などの課程をカバーして、学生のジェンダー平等意識を向上させなければならない」とあります。

ジェンダー平等課程要綱と教師用ハンドブックの修正版はまだ提出されず

 ジェンダー平等課程要綱の修正作業が終了したら、立法院に提出されることになっていますが、10月末現在、まだ提出されていません。

 教師用ハンドブックについては、教育部は「学者に委託して文字を修正しているところであり、新しい教師用のハンドブックは、来年1月に出来る見込みだ」「現在は教師用ハンドブックのファイルのダウンロードは停止しているが、修正版が出来たら、保護者や教師の団体と討論をして、共通認識を得てから、小中学に配布し、またダウンロードもできるようにする」と述べています。教育部は「ジェンダー平等教育は、[他の科目に]融合するやり方で教育するので、ハンドブックがなくても、教師は授業ができる。各県・市もみな教師の研修をしている」と言っています(9)

 しかし、研修がある程度進められているとしても、独自の授業時間数も確保されていない中、ハンドブックもなければ、実際にはセクマイや多元的な性的指向についての教育はおこなわれないままになる学校が多いのではないでしょうか? 

 教育部は「教師用ハンドブックを発行することは既定の政策であり、撤回することはありえない」とも言っていますが、上記のように「共通認識を得てから~」という条件を付けており、実施までにはまだ困難があるようです。


(1)これはインターネット上のサイトで、正体があまり明らかではないのですが、このサイトで唯一具体的に名前を出している斉明さんは、カトリック輔仁大学(wikipedia日本語版による説明)の神学院生命倫理センター(サイト)の副研究員で、保守派の教会の霊糧堂(サイト)や新店行堂会とともに、反同性愛の活動をしてきた人です。
(2)以上は、「情慾、同志教育列課綱 立委砲轟」『自由時報』2011年5月5日、「政治力入侵 同志教育遭抹」『台湾立報』2011年5月5日、陳淑慧「性別及同志教育應循序漸進!」立法院全球資訊網2011年5月9日。
(3)排除同志教育 就不是性別平等教育(聯合記者會 台灣性別平等教育協會 發言稿)」台湾性別平等教育協会サイト2011年5月5日、「課綱排除同志教育? 民間團體:性平法重大挫敗」中央廣播電臺2011年5月5日。
(4)嚴正抗議立法院第七屆第七會性平法附帶決議!」Bi the Wayブログより。
(5)以上は、「課綱刪敏感字眼 國中小可教同志教育」『自由時報』2011年7月26日、「課綱文字微調 同志教育持續」中央社2011年7月25日、「國中小仍教同志課程 無性伴侶內容」『中国時報』2011年7月26日。
(6)公聴会については、「公聽會真愛鬧場 輿論聲援同志」『台湾立報』2011年7月25日、 「鬧完公聽會 真愛轉攻教部」『台湾立報』2011年7月26日、「國中小性平教材 教部:修改不當內容」中時電子報2011年7月27日、「同性戀教育 公聽會意見分歧」中時電子報2011年7月27日、「同志是天生的? 公聽會激辯」聯合報2011年7月27日。
(7)反對立院延宕性平教育 揭發真愛空殼真相 友善台灣聯盟 記者會 2011.8.1」婦女新知基金会サイト、「基督教右翼綁架政策 成性平教育最大阻礙」苦労網2011年8月1日、「性別平等教育延宕 民團立院抗議」『聯合報』2011年8月2日、「立院成真愛傀儡 綑綁性平教育」『台湾立報』2011年8月2日。この集会では、7月22日に起きたノルウェーの連続テロ事件について、キリスト教原理主義者であるブレイビク容疑者が「多元的文化」のヨーロッパ社会を矯正すると述べていたことを取り上げて、このテロは、単一の宗教的価値を固守して、多元的な平等を拒絶したための暴行であると指摘されました。また、ブレイビク容疑者が、日本や韓国とともに、台湾を「多元的文化を排除し、単一民族価値を守っている」の国の一つとして賛美していた点にも注意が喚起されました。
(8)蘇芊玲「同志教育 蹣跚前行」『中国時報』2011年8月11日。
(9)以上は、「性平教師手冊未出爐 教部:不影響教學」中時電子報2011年10月27日、「同志訴求 性平教育儘速上路」中央社即時新聞2011年10月27日、「性別教育/新版教師手冊 最快明年1月送教部」聯合晩報2011年10月27日、「同志大遊行 籲性平教育課綱上路」公視新聞網2011年10月29日。

 なお、先日、杉山貴士「台湾における『性別平等教育』の進展と課題―同志教育(同性愛教育)の位置をめぐって―」(『大阪千代田短期大学紀要』39号[2010年])という論文を読んでみましたので、私なりに簡単にご紹介します。

 杉山氏は、台湾における同性愛者に対する差別の状況や同性愛者人権確立運動の展開、同性愛者団体が同性愛者にとって「性的自己確認」「性的自己形成」の場になっていること、「両性平等教育法」草案が葉永事件(男の子らしくない男子中学生がいじめにあって自殺した事件)をきっかけに「性別平等教育法」と名称を変更して成立したこと、性別平等教育法の施行細則では、カリキュラム上での同志教育(同性愛教育)が明示されていること、教育法に同性愛教育が位置づけられたのはアジア地域においては初めてのことであることを述べています。

 さらに、杉山氏は、台湾における運動の担い手や政策作りの担い手は海外留学を果たした人々が多く、欧米での知見を運動や政策に組み入れたこと、同性愛に関する人権は欧米化・先進国のしるしとして機能していること、ただし、家族主義が強い台湾社会で、海外に行ったこともない一般市民にそれをどう浸透させるのかが問題であることなども指摘しています。

 杉山氏はゲイで、『自分をさがそ。』(新日本出版社 2008年)などの著作もあり、今回の論文を、台湾に滞在したときのご経験や台湾での同性愛に関する研究や報道をもとにして書かれたようです。今回のものは、それほど本格的な論文ではないと思いますが、台湾の同性愛者の状況について日本語で読めるという意味で貴重かと思います。また、性別平等(同志)教育に関して、政策が前進した一方、一般市民への浸透が困難である背景を記述しておられ、興味深く思いました(この点をめぐっては、ある程度類似の指摘自体はすでにあるようにと思いますが)。もちろん、私が紹介しえた論点は全体の一部にすぎませんので、興味を持たれた方は原文をお読みください。
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