2017-07

中国の農村女性の自殺率が低下? その原因は?

 9月10日は世界自殺予防デーでしたが、中国でも、その前後に自殺率――とくに農村の女性の自殺率が話題になりました(1)

 中国の自殺については、従来、以下のような特徴が指摘されてきました。
 1.中国では農村の自殺率が都市の3倍ある。
 2.ほとんどの国では男性の自殺率の方が女性の自殺率よりも高いのに、中国では女性の自殺率が男性の自殺率より25%程度高い。
 3.とくに農村の若い女性の自殺率は非常に高く、男性より66%高い。

 これは、マイケル・フィリップス(費立鵬)らの研究によるものです。フィリップスらが『ランセット(Lancet)』誌に書いた論文は、ネットでも読むことができます(Michael R Phillips, Xianyun Li, Yanping Zhang“Suicide rates in China, 1995-99”[PDF])。

 ただし、フィリップスらが『ランセット』誌などで使用したデータは、1995―1999年のものであり、その後何人かの研究者から、中国の自殺率は、農村や農村女性の自殺率も含めて、低下しているという指摘が出ています(2)

 先月、女性メディアウォッチネットワーク(妇女传媒监测网络)のネットマガジン『女声』は、中国の農村女性の自殺率の低下について述べたいくつかの論文を紹介する記事を掲載しました(「农村妇女自杀率是怎样降下来的」『女声』第 97 期[PDF][2011.9.19―9.25])。

 私も『女声』が紹介した論文を読んでみましたので、以下、ご紹介します(大まかな内容の紹介であり、正確な翻訳では全然ありません)。

 まず、2010年、景軍・呉学雅・張傑という3名の学者が、1987年から2009年までの23年間の全国の自殺率のデータをもとにして、「農村女性の移動と中国の自殺率の低下」という論文を発表しました(景军 吴学雅 张杰「农村女性的迁移与中国自杀率的下降[PDF]」『中国農業大学学報(社会科学版)』2010年4期)。

 景軍らは、以下の点を主張しています。

 1.たしかにかつては世界的に見ても中国の自殺率は高かったが、ここ20年余りは低下しており、現在、中国の自殺率は、世界の平均よりずっと低い。

 WHOによると、2005年に世界で自殺率(人口10万人当たりの自殺者数)が高いのは、順に、リトアニア(38.6)、白ロシア(35.1)、ロシア(30.1)、スロベニア(26.3)、ハンガリー(26.0)、カザフスタン(25.9)、ラトビア(24.5)、日本(23.7)、ガイアナ(22.9)、ウクライナ(22.6)である(3)。2005年の中国の自殺率は12であり、2009年には7.17にまで低下している。中国の自殺率が低下したのは、農村の自殺率と女性の自殺率が低下したからである。

 2.農村の自殺率は、たしかにかつては都市よりもはるかに高かったが、近年、その差が縮まった(→グラフ1)。

グラフ1(景軍らの論文のグラフを日本語に訳しました)
グラフ1

 3.農村女性の自殺率は、たしかに1987―1997年には男性より明らかに高かった。しかし、その後低下し、2006―2009年には、むしろ男性よりやや低くなっている(→グラフ2 ■や◆で結ばれている線が、論文のグラフに描かれている線です)。

グラフ2
グラフ2

 (ただし、私[遠山]は、このグラフ2の2000年以前の箇所には疑問を持ちました。まず、1987年~1990年代初頭の農村女性の自殺率のカーブは、本文で記述されている数値やグラフ1とずれています。本文では、農村女性の自殺率は、1987年が32.3、1988年が30.3、1989年が31.5、1990年が31.37とあり、グラフと10程度異なります。また、グラフ1では、1990年までは農村の自殺率は27~28ですが、グラフ2では農村の男女の自殺率の平均は、17~18程度でしかなく、やはり10程度異なります。本文の数字やグラフ1のほうが正しいとすれば、1987年~1990年については、農村の男女の自殺カーブはずっと上に描かなければなりません(薄い折れ線で私なりに修正を試みました)。また、1991~2000年に関しては公共衛生科学データセンターの数値(中国农村人群自杀变化趋势 1990-2000)を使ったと記されているのですが、この箇所も、公共衛生科学データセンターの数値より論文のグラフのほうが、女性で5程度、男性で2.5程度低くなっており、やはりグラフの作成に何か誤りがあるように見えます(4)。)

 なお、ここでは紹介しきれませんが、中国では自殺に関するデータがじゅうぶん整備されていないので、景軍らは、データの出所について詳しい議論をしています。景軍らは、自殺統計には誤報や漏れ(家族が自殺が死因であることを認めたがらないなど)があることを認めつつも、王黎君らの研究(王黎君,费立鹏,黄正京など「中国人群自杀死亡报告准确性评估[PDF]」『中華流行病学雑誌』24巻1O期[2003年10月])に依拠して、漏れは9%程度であろうと言い、「たとえ10%の漏れを全部毎年のデータに参入したとしても、中国の自殺率が過去23年間に全体として下降しているという趨勢には変わりがない」と述べています。

 景軍らは、中国の農村の女性が減ったのは、彼女たちが都市に行って働くようになったために、以下のような変化が起きたことが原因ではないかと考えています。
 1.自らの独立した収入を得るようになったために、以前の従属的な地位を変えることができた。
 2.都市に行ったために、以前の人間関係の中での衝突(たとえば、嫁と姑との衝突)から離れることができた。
 3.都市では、現在の中国の農村における自殺の主要な手段の一つである農薬が手に入りにくい。

 農村の家庭紛争と自殺との関連については、従来の研究によって明らかになっており、上の1~3の解釈は、たとえば以下のような研究成果から啓発されたものだということです。
 ・呉飛:家庭紛争は、一般の農民から見た「公正」の問題にかかわっている(『浮生取義―対華北某県自殺現象的文化解読』中国人民大学出版社 2009年[ネット書店「書虫」データベースの中のこの本のデータ]など)。
 ・孔媛媛:農村の男性の自殺者は精神的疾病の問題を抱えており、かつ光棍(独身男性)として軽蔑されており、絶望と挫折感が自殺の原因である。それに対して、女性の自殺者は既婚者が多く、精神病の者は比較的少なく、家庭紛争が原因であることが男性よりはるかに多い(「农村青年自杀死亡行为特征和危险因素的性别比较研究」山東大学の修士論文)。

 景軍らは、たしかに都市に出た女性も、都市の人や雇い主との関係では従属的地位に置かれているけれども、都市では、他の仕事を探したり、他の場所に行ったり、行政機関やメディアや法律に訴えたりする手段もあることや、多くの女性は、都市での困難はよりよい生活を追求するための代償だと信じていると述べています。

 ただし、景軍らも、「わが国の農村の自殺問題を討論するときには、この問題[=農村女性の自殺問題]の重大さは続いていることは認めなければならない」と述べています。なぜなら、「WHOのデータは、全世界の男性の自殺率は1950~2000年の間ずっと女性の自殺率より3~4倍高いことを示している」のに、中国の農村では、女性の自殺率は男性の自殺率よりも「やや少ない」だけだからです(『女声』誌は、この点を強調しています)。

 また、つい先日、鐘琴と桂華という学者が「農民の自殺の波の発生メカニズム――鄂東南の3村の農民の自殺問題の調査(1970―2009)」 (钟琴 桂华「农民自杀潮的发生机制———对鄂东南三村农民自杀问题的调查(1970-2009)」)(『戦略与管理』2011年第7・8期合併号)という論文を発表しました。

 この論文は、華中科技大学の中国農村治理研究センターが、2009年に、湖北省の鄂東南地区の3つの村(豊村、茶村、桃村。人口は合計6740人)でおこなった、1970年代から2009年までの自殺についての調査をもとにしています。

 この3つの村は、大多数が「湾」という姓で、父系の「宗族」が力を持っている伝統的な村だそうです。

 3つの村では、1970年代の自殺率は、3で低いのですが、1980年代は52、1990年代は80と非常に高くなります。しかし、2000年以降は15で、低下しています。

 自殺率の男女差は、1970年代や2000年以降は差がありませんが、1980年代は、女性は85で、男性の4.7倍、1990年代は、女性は115で、男性の2.6倍の率で自殺していました。

 3つの村には自殺率の統計はなく、自殺に関する上記の数値は村民の記憶によるものなので、実際の自殺率はもっと高かった可能性があるとのことです。村の農民に自殺のことを尋ねると、農民は、「以前は多かったが、現在は少なくなった」と答え、「以前とは具体的にはいつのことか?」と尋ねると、彼らはだいたい「分田到戸(1980年頃に土地を各戸に分けたこと)以後の10年余りのことだ」と答えたということです。

 自殺は、その80%以上が、家族の矛盾によって触発されたものでした。未婚の青年(18-54歳)女性は、主に父母との矛盾が原因でした(子どもの恋愛や結婚に対する父母の干渉など)。既婚の青年女性の場合は、6割が夫婦の矛盾、3割が姑(舅)との矛盾が原因でした。既婚の青年男性の場合は、7割が夫婦の矛盾が原因で、近隣との矛盾も一定の比率を占めていました。過半数の老年(55歳以上)の自殺は、世代間の衝突が原因でした。

 鐘琴と桂華は、農民の自殺の波の発生メカニズムを、以下のように捉えています。

1.未婚青年女性の自殺

 9件あった未婚の青年の女性の自殺は、1件が1970年代に発生したのを除いて、他の8件は1980年代と1990年代に発生しており、2000年以後は1件もない。

 子どもの恋愛や結婚に対する父母の干渉によるものが4件であり、そのうち2件は、女児が「同姓不婚」のタブーを犯したためのものだった。国家は「婚姻の自由」を言ったが、1980年代と1990年代の未婚者の父母は建国前後に生まれていて、伝統的な婚姻観念と家庭倫理制度の影響を受けており、依然として「結婚は父母が決める」という態度だった。

 1990年前後には、就職試験をめぐる父母との衝突で自殺した例も3件あるが、これは、当時の国家が就職試験を通じて農業戸籍を非農業戸籍に転換させた政策と関係がある。

 1980年代~1990年代の若い女性は、自由平等思想と男女平等の観念の影響を受けて、父権に反抗したが、伝統的宗族型の村落では、それは失敗し、自殺をした。

2.既婚の青年女性の自殺

 1)嫁と姑との関係によるもの

 嫁と姑との関係は、1980年代初めまでは、姑が主導する、相対的にバランスのとれた状態だった。嫁と姑は生産隊で共に労働点数を稼いだが、分家をしない限り、労働点数は舅の名義で記されており、嫁は舅・姑に経済的に依存していた。嫁と姑の間には、家事の分担や農業生産の分業の上で矛盾があり、衝突も起きたが、全体的には姑の立場が強く、嫁が我慢することによってバランスがとれていた。そのため、嫁と姑との衝突が自殺に結びつくことは少なく、1970年代には既婚女性の自殺は1件もなかった。当時から長い時間が経っているので、村民の追憶には漏れがある可能性もあるが、インタビューでも、村民は「あの時代は自殺がきわめて少なかった」と言っていた。

 1980年代から2000年は、嫁と姑との関係に激烈な変化が起き、姑が主導していたバランスが打ち破られた。父と子の分家が大量におこなわれて、女性の地位も向上したので、嫁は我慢しなくなり(1980~1990年代に嫁になった人は「女は天の半分を支える」といった言葉の中で成長してきた)、嫁と姑・舅との関係が非常に緊張し、衝突が増大した。こうした衝突のため、嫁の自殺が増加しただけでなく、姑の自殺も増加した。そのころ姑になった人は、若くても1940年代生まれであり、伝統的な倫理観念の影響が大きいのに対し、その息子や嫁は、姑の期待するようには言うことを聞かず、姑は憤激した。

 2000年以降は、嫁と姑とが仲良く暮らすことを基盤にした新しいバランスが生まれた。その原因は、1.姑の大多数も建国後に生まれ、伝統思想の影響が小さくなった。2.多くの嫁がよそに出稼ぎに行ったため、一緒に生活する時間が短くなり、摩擦が生まれる機会が減少した。3.計画生育政策のために男女比がアンバランスになり、嫁を娶るのが難しくなって、嫁が大切にされるようになった、ということである。2000年以後は、嫁と姑との矛盾による嫁の自殺は1件も起きていない。

 2)妻と夫の関係によるもの

 1980年代初めまでは、1.夫婦関係は、家族関係全体の中では世代間関係に従属しており、父子が主軸であることが家族構造全体の特徴だった。2.夫婦関係においては、妻は夫に従属していた。国家は女性解放を宣伝していたが、当地の宗族型の村落では、夫権が一貫して主導的地位を占めており、女性の自我意識と主体意識はまだはっきりしていなかった。3.生産隊を基礎にし、生産大隊を単位とした紛争調停メカニズムが存在しており、それが弱い立場にいた女性の利益を保証していた。

 1980年代初めから1990年代末は、1. 父子の分家が大量におこなわれて、夫婦関係が世代間関係から次第に独立し、家族構造は夫婦が主軸になった。2.女性の地位が上昇した。分家後の若い人の小家庭では、妻が家庭の利益に敏感で、小家庭の経営を夫より重視した。そのため、夫を家族と村の公領域から小家庭の私領域に取り戻そうとした。この過程は、女性の地位の向上に随伴していた。
 この時期、夫婦の矛盾による大量の女性の自殺が起きた。この時期の夫婦の矛盾による女性の自殺は28件あるが、夫の婚外の恋愛によるものが5件、夫のばくちや怠惰によるものが18件、夫の病気や家庭生活の困難などによるものが5件である。
 この時期、女性は小家庭内部で発言権と重大事項の決定権を勝ち取ろうとしたが、夫は男性主導の意識のままだったので、少なくない妻が夫と権力の争奪戦をしたが、この時期はまだ女性は弱者だったので、権力の争奪は失敗しやすかった。けれど、夫と離婚することは難しかった。当時はまだ離婚は恥ずかしいことだと思われていたし、離婚後の土地や住宅の確保もできなかったし、再婚も難しかった。

 2000年以降は、家族構造においては夫婦が主軸になり、夫婦関係においては夫婦が同権になった。「大きなことは夫が決め、小さなことは妻が決める」というものではあったけれども、女性は家族の中で発言権と決定権を獲得した。2000年以後は、当地では夫が妻を殴るという現象はほとんど起きていない。
 こうした新しい家族関係が生まれたのには3つの原因があった。1.この時期の婚姻は自由恋愛の基礎の上に成立したため、夫婦関係が親密になった。2.若い夫婦の教育水準が向上して、夫婦が互いに相手を尊重し、コミュニケーションによって矛盾を解決するようになった。3.男子選好の出産観により性別の比率のバランスが崩れ、婚姻市場で女性が有利になって、結婚後の地位も上昇した。2000年以後は、夫婦の矛盾による女性の自殺は2件しか起きていない。

3.男性の自殺

 101件の自殺のうち、男性の自殺は27件であった。1件は精神病によるものだったほかは、青年の男性の自殺が14件、老年の男性の自殺が12件であった。未婚の青年の男性の自殺は1件だけだった。

 男性の自殺も家庭の紛争が主な原因だが、男性の自殺率が女性の自殺率より低いのは、家庭紛争が両者に与える影響の相違を示している。

 12件の既婚の青年男性の自殺は、そのうち8件は夫婦の矛盾が原因で、2件は世代間の矛盾が原因で、2件は「階級闘争」の中での処分が原因だった。この12名の自殺した男性は、村の中の弱者グループと見なすことができる。そのうち5名は正常な農業生産能力がなかった。家庭生活が貧困で、妻はそのためいつも夫と口論したが、夫はどうすることもできなかった。こうした状況の下では、妻が優位になる。伝統的な観念では、夫は家の大黒柱であり、家族を養う責任があった。夫にそうした責任を果たす能力がないと、妻は夫に不平を抱き、夫は、妻と家族に対して恥じ入り、家族の面倒をみる能力がないことに強い挫折感が生まれる。このとき、男性は自らの兄弟に助けを求めようとするが、父子や兄弟で分家すること普通になっており、兄弟を援助することは義務でなくなっていたので、兄弟からも援助を得られないと、さらに無力感と絶望を味わう。それらの重圧に耐えられない男性が自殺の道を歩むのも当然である。

 家族の中で力のない男性は、村の中でも頭が上がらず、体面と尊厳を保つのは難しい。2件の独身男性の自殺も、弱者の絶望だと考えられる。代々血統を継ぐことは、当地の宗族的な村落では男子の安心立命(身を落ち着かせ、天からの与えられた本性を全うすること)の基盤になるのであり、そうしてこそ初めて村の中で社会的価値を獲得できる。独身男性は家族の中で愛情と力を得られないだけでなく、村の中でも軽蔑される。

4.老人の自殺

 もし上述の既婚の青年男性の自殺と独身男性の自殺が弱者の自分に対する絶望だとみなすことができるとすれば、大部分の老人男性の自殺は、息子や息子の嫁に対する憤怒によるものである。

 女性の地位が向上し、家族構造が父子を軸にするものから夫婦を軸にするものに変わると、家族の中での老人の地位は低下した。土地を各戸に分ける「分田到戸」は、集団的な養老を家庭養老に変え、老人は子どもと嫁に養われることになった。建国前は、村の中では、宗族の家の暴力の基礎の上の規範と制度が老人の権威と地位を保証していた。建国後は国家権力が農村に侵入し、生産隊長と生産大隊の幹部が家族内の紛争を調停し、老人を養わないことは政治的な誤りだとされた。

 「分田到戸」以後は、国家権力が次第に農村から退出し、老人の地位を保証していたメカニズムは瓦解した。そのため、老人が病気になるか、労働能力を喪失した後に、息子と息子の嫁の養育や世話を受けられず、村の内部からも救助を得られないと、絶望によって自殺することもある。この時期の老年の男性は、家族の中での地位は比較的高いので、期待がかなえられないと、憤激の気持ちが起きやすいため、これらの老年の男性の自殺は強者の憤激と見なすことができる。

 『女声』誌は、フェミニズム誌らしく、鐘琴と桂華の研究について、「この文章から見ると、農村の家父長制の淪落が、自殺の波の退潮と女性の自殺数の減少の最もカギになる要素である」とまとめています。

 桂華は賈潔という女性とともに、上の3村のうちの1村の女性の自殺について特に考察した、「家庭矛盾中的妇女自杀——基于大冶市X村的调查」(『婦女研究論叢』2010年5期)という論文も執筆しています。

 景軍・呉学雅・張傑によるマクロデータの研究も、鐘琴と桂華による卾東南の3村についての研究も、歴史的変化を扱っていることが特徴です。景軍らの研究は、全国的なデータをまとめた意義があり、鐘琴と桂華の研究は、特定の村における個々の自殺の事例の分析として貴重だと思います。いずれの研究も、1980年代~1990年代は、農村の自殺率、とくに女性の自殺率が非常に高かったが、2000年以降は、それらが減少したことを示しています。自殺率のデータの処理や国際比較に関する議論は複雑で、私はフォローできていませんが、両者の研究から見るかぎり、自殺率は減少傾向にあるように見えます。

 もちろん同じ中国の農村でも、地域差は非常に大きいようです。鐘琴と桂華が調査した卾東南地区の3つの村では、1980年代と1990年代の女性の自殺率は、それぞれ「85」と「115」という、当時の農村女性の自殺率の平均よりはるかに高い数字を記録しています。また、鐘琴と桂華によると、同じ湖北省でも、京山地区は、卾東南地区よりここ20年間、老人の自殺率が高く、また、卾東南地区と異なり、2000年以後も増加しているといいます。また、都市でも、2009年、青島市では自殺率が前年より上昇し、女性では自殺が死亡原因のトップで、その理由として15~35歳の女性のうつ病が男性の2倍であることや、その背景には生活と仕事の圧力が大きいことなども報じられており、状況は複雑のようです(5)

 鐘琴と桂華の研究は、男性の自殺についても、ジェンダーの観点から解明している点も興味深く思います。

 しかし、景軍らの研究も、鐘琴と桂華の研究も、2000年以後に農村女性の自殺が減少した原因に関しては、事態が好転したことを一般的・抽象的に述べている感が強く、それを実証する資料やデータが十分示されていない感が強いです。

 そもそも双方の研究では、農村女性の自殺の減少の原因の捉え方がかなり異なっています(景軍らは女性の都市への移動が原因であると考え、鐘琴と桂華は農村内部の家族関係の変化が原因であると考えている。もちろんこの両者は相反するものではないですが……)。

 景軍らの研究について言えば、農村の女性が都市に移動したことによる家族関係の変化をもっと具体的に研究する(または、そうした研究を参照する)べきではないでしょうか。また、夫が都会に出たために農村に取り残された「留守女性」のような、新たな困難を抱え込んだ女性たちもいるわけですが、そうした困難は、自殺には結びつかない質のものなのでしょうか?

 鐘琴と桂華の研究について言えば、たしかに女性が目覚めて反抗した末に、挫折することが自殺に結びつくという現象は、1950年代初めの婚姻法貫徹運動の際にも見られたことで、一般的にはありうることでしょう。しかし、具体的に1980年代以降の村における家族関係については、鐘琴と桂華は、たしかにさまざまな自殺の具体的事例を挙げてはいるのですが、その歴史的変化については一般的な説明をするだけで、それを実証する資料を十分には提示していないように思えました。「2000年以後は、当地では夫が妻を殴るという現象はほとんど起きていない」という記述は、何らかの調査・聞き取りにもとづいているとは思うのですが、調査不足の可能性もあると思います。暴力がなくなってはいないまでも、妻を自殺に追い込むほどのひどい暴力は減少したということかもしれませんが……。

 いずれにせよ、中国科学所長の王極盛が「自殺統計は現在信頼できる公式データがない」と言っているように(6)、データ自体の整備を含めて、まだまだ未解明な点が多いと思います。

(1)我国自杀率数据存争议 农村女性系自杀高发人群」新浪網(来源:法治週末)2011年9月21日など。また、9月27日にイギリスのサイト「ユーラシアレビュー」が中国の自殺事情について論じた記事は、中国でも翻訳され、日本にも紹介されました(「外媒:中国农村女性自杀率不断升高」『環球時報』2011年9月30日、「世界の現状と正反対、中国農村女性の自殺率が高い理由―英メディア」レコードチャイナ2011年10月4日。ただし、ユーラシアレビューの記事中に、中国疾病予防制御センター(中国疾病预防控制中心)が今年9月9日に「中国では毎年30万人が自殺し、そのうち75%が農村で発生し、女性の自殺が男性より25%多い」と発表したとありますが、少なくとも同センターのサイトには、今年、そのような発表は掲載されていません。センターが過去に発表したデータを記事に引用したのではないでしょうか?
(2)何兆雄「中国自杀率高不高?———我说不高!」『学術論壇』2008年2期など。
(3)Wikipediaにまとめられている最新の「国の自殺率順リスト」では、リトアニア(31.5)、韓国(31.0)、カザフスタン(26.9)、ベラルーシ(25.3)、日本(24.9)、ロシア(23.5)、ガイアナ(22.9)、ウクライナ(22.6)、スリランカ(21.6)、ハンガリー(21.5)の順となっています。Wikipediaでは、中国は1999年の数値がとられており(13.9)、27位となっています。もちろんこうした順位は固定的なものではなく、変動しています(主要国の自殺率長期推移[1901~])。
(4)なお、1987―1989年と1991―2000年と2002―2009年ではデータの出所が異なる点も若干気になります。1987―1989年については、WHOの統計によっていますが、もとのデータは衛生部門の統計に依拠しているといい(そのデータの収集手段とサンプルの量は不明)、1991―2000年は公共衛生科学テータセンターの数値で、2002―2009年は『中国衛生統計年鑑』から計算した、ということです。出所の違いが数値に影響している可能性もあります。もっとも、グラフを見るかぎり、大きな断絶はないので、過剰に気にすることはないかもしれませんが……。
(5)女性伤害死亡自杀排第一 2009年青岛668人自杀」半岛网-城市信报2011年10月10日。
(6)我国自杀率数据存争议 农村女性系自杀高发人群」新浪網(来源:法治週末)2011年9月21日。
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