2017-11

男性に対する強姦事件の判決をめぐって

男性に対する強姦が刑事責任を追及されたのは初めて。しかし、強姦罪では処罰されなかった

 2010年5月、42歳の男性の警備員が、宿舎で18歳の男性の同僚を「強姦」しました。そのとき、被害者は軽傷を負いました。この事件について、北京市朝陽区法院は、加害者に、故意傷害罪で懲役1年の判決を下しました(裁判中に加害者が被害者に2万元の賠償をしたので、比較的軽い刑になったそうです)。1月4日付の『法制晩報』などがこのことを伝えました(1)

 男性を強姦した人が刑事責任を追及されたは今回が初めてだそうですが、強姦罪で処罰されたわけではありませんでした。中国の刑法の強姦罪は「暴力・脅迫もしくはその他の手段を用いて、女性を強姦する」(2)ことを指しており、男性に対する強姦には適用されません。

 男性が強姦された場合、「大多数の処理の結果は『処罰できずに、金の賠償ですまされ、賠償すらされないこともある』」という状況だそうです。治安管理処罰法によって行政拘留に処せられることはありますが、刑法が適用されたことはありませんでした(3)。今回、刑法が適用されたので、北京中広維天法律サービスセンターの蘆争さんは、「これは、わが国の法律上一定の進歩を意味している」と述べつつも、「まだはるかに不十分だ」と言っています(4)

 今回、加害者が刑法で処罰されたのは、被害者に傷を負わせていて、かつその傷の程度が傷害罪が適用できるほどのものだったからです。ネット上での意見の多くも、「もし被害者が強姦された後に軽傷を負っていなかったなら、どうだったのか?」と疑問を呈しています(5)

 また、故意傷害罪の刑期は、「3年以下」と規定されています(もし重傷を負わせたら、3年以上になりますが)(6)。かりに女性に対する強姦だったら、刑法の規定により、強姦罪だけで3年以上の懲役に処せられ、それに故意傷害罪も加わるために、さらに重い刑罰になるのですから、軽傷を負わせている場合でも、女性に対する強姦に比べて、男性に対する強姦の刑罰は軽いのです。

1997年に「流氓罪」が廃止されたことの功罪

 1979年に中華人民共和国建国後、初めて制定された中国の刑法には「流氓[ごろつき、無頼漢といった意味]罪」があり(7)、これがしばしば男性間の性行為を処罰する口実にもされてきました。ただし、1984年に最高人民法院が出した司法解釈では、男性間の性行為で「流氓罪」に当たるのは、「幼い児童を鶏姦するもの、少年を無理やり鶏姦するもの、暴力・脅迫などの手段によって、たびたび鶏姦し、情状が悪いもの」だとされました。つまり、男性間の性行為のうち、児童に対する性行為と性行為の強要だけを処罰すると決められたのです。もっとも、合意のうえでの男性間の性行為についても、刑法上の犯罪とはされなくとも、政治や行政レベルでの弾圧、たとえば公職からの追放や行政拘留などに処せられてきたのですが、とにかく、この刑法が適用されていた時代は、男性に対する強姦も、いちおう刑法上の処罰の対象になっていたわけです。

 しかし、1997年に刑法が改正された際、「流氓罪」は削除されました。それによって、同性間の性行為が処罰される危険は減ったのですが、その一方で、1984年の司法解釈のもとになった条文がなくなったために、男性間の強姦についても刑法上の犯罪とはされなくなったのです。

 このように同性間の強姦の被害者が法律的な保護を受けられない一方、国家は、被害者がいない同性間の売買春については、異性間の売買春同様に厳重に取り締まっています(8)

中国でも、男性の性被害に関する法的問題は指摘されているが……

 今回の事件に関して、新聞紙上で、王威さんという人は、「性が侵犯されない権利は、明らかに性別の差異によって区別されるべきではない。権利があれば、救済がなければならず、男性の正当で合法的な権利が『意思に反して』侵害されたときには、法によって、法律的な保護と救済が得られる必要がある。
 人間の心理と精神に対する『強姦』の傷は、人間の身体に対する傷よりもはるかに大きく、『強姦』された男性の心の傷は、強姦された女性に比べてまさるとも劣らないかもしれず、その人格の尊厳が受けた侮辱は、常人が想像しうるところではない。だから、男性が『強姦』されることも、同様に重大な社会的危険性を有している」と指摘しています。

 王威さんは、また、「国外では、多くの国家の刑法あるいは司法実践は、とっくに強姦における加害者と被害者の性別を強調しなくなっている。たとえば、ドイツの1975年刑法の強姦罪は、まだ『女性に強要する』ことを指していたが、1998年の新しい刑法は『他人に強要する』とだけ規定した。フランスの1994年に改正された刑法は、強姦罪の被害者を『他人』と明文で規定しており、それはすなわち男も女も含むという意味である。イタリアの現行刑法も、強姦罪の被害者を『他人』とだけ規定しており、もう性別役割を強調していない。わが国の台湾地区の『性の自主を妨害する罪の章』(9)も強姦罪の対象を『女性』から『男女』に拡充した。わが国の内地でも、現実の生活で男子が強姦される事件は、けっしてごくまれではない。それゆえ、筆者は、男性に対して強姦をする行為を犯罪と規定して取り締まり、法律的手段で男性の性の権利を保護することは、非常に必要だと考える」と述べています(10)

 今回にかぎらず、男性間の強姦事件を報じた新聞記事では、必ずさまざまな専門家が、男性間の強姦が法律的に空白になっている問題を指摘してきました(11)

 以前このブログでも触れたように、男性学研究者の方剛さんも、男性に対するセクハラの問題を取り上げています。

 広東大同弁護士事務所主任の朱永平さんによると、中国の人民代表大会や政治協商会議にも、毎年、刑法のこの点を改正する提案はポツポツ出ているそうですが、一定の勢力を形成するまでには至っていないということです。朱さんは、「これは、このような事件が結局少数であるからであり、まだ社会的な危険性が上層部と法律制定者を動かす状況にまで到達していないからだ」「中国では、法律の改正や立法は、もっと多くの有力な判例が必要だ」と述べています(12)

 ご存じのとおり、日本でも、強姦罪が適用される被害者は「女子」と規定されており(刑法177条)、その点では中国と同じです。

 1年ほど以前、日本で性暴力の問題に取り組んでいるブログ「『あなたは悪くない』別館」に、「男性サバイバーからのメッセージ」(2009年12月17日)が掲載されました。この男性サバイバーは、学校で男性教師に性暴力を受けたのに、警察には「男がそんな被害にあうわけがない」と信じてもらえず、司法関係者や援助職の人からは「男なのに情けない」「男なら平気だろう」と言われたこと、教師を訴えたら、周囲にひどい迫害をされて「オカマ、オカマ」と罵られたという経験を語っています。その後、彼は「性虐待を受けた自分は負け犬だ。強い人間になるには自分も加害するしかない」と考えて下級生に暴行しようと思ったり※、女性サバイバーを中傷したりしたとのことで、彼は、「男らしさ」の呪縛が男性被害者をも苦しめていること、自分は男性被害者にも強かん罪を適用させる運動をしているが、当の男性自身が無関心であること(分かりやすい男性差別なのに、ネットで「男性差別」と騒ぐわりに無関心)を指摘しています。

 私は上の文章を読んで、男性の性被害の問題の深刻さをはじめて知りました。男性の性被害の問題もジェンダーと深くかかわっていることも、わかりました。調べてみると、玄野武人さんのサイト「If He Is Raped」にも、「強姦罪の改正にかんする提言 ~男性性被害者の立場から~[PDF]」(2009.1.8)をはじめ、さまざまな文が掲載されています。たとえば、このサイトは、「男性の性的虐待についての『事実と偏見(神話)』」も取り上げており、その1つとして、「性虐待を受けた少年は、犠牲者がさらなる犠牲者を生みだすように、他人に対し性虐待を繰り返す」という偏見を取り上げて、「加害者のなかには過去に性虐待された体験を持つものが多いということは事実だが、男性性被害者の大半は加害をしていない。ギルガンとベッカー、ハンターの調査によると、被害に遭ったことを誰かに話していて、信じてもらえ、サポートを受けることができている場合は、加害はしないことが明らかになっている」ということを述べています(上の※に関係する問題なので、書いておきました)。玄野さんは、2001年から始まった男性サバイバーの自助グループもやっておられるようです。

 中国では、私の知る限り、男性の性被害者自身の動きはまだ見当たりませんが、日中共通の課題だと思います。

(1)“强奸”男性致人伤首追刑责」『法制晩報』2011年1月4日、「42歳男が18歳男性をレイプ『中国初の刑事責任』強姦罪は不適」サーチナ2011年1月5日。
(2)中華人民共和国刑法(中华人民共和国刑法)第236条は以下のように定めています。
 「暴力・脅迫もしくはその他の手段を用いて、女性を強姦した者は、3年以上10年以下の有期懲役に処する。
 14歳未満の幼女を姦淫した者は、強姦罪とみなし、重く処罰する。
 女性を強姦、または幼女を姦淫し、以下の情状の1つを有する者は、10年以上の有期懲役、無期懲役または死刑に処する。
 (1)女性を強姦、または幼女を姦淫し、情状が悪質である者。
 (2)多数の女性を強姦、または多数の幼女を姦淫した者。
 (3)公共の場所において公衆の面前で女性を強姦し、幼女を姦淫した者。
 (4)2人以上で輪姦した者。
 (5)被害者に重傷を負わせる、死亡させる、またはその他の重大な結果を引き起こした者。」
(3)以上は、「男性被同性强奸无法治罪 呼吁扩大强奸罪内涵」『南方日報』2011年1月6日。
(4)(1)に同じ。
(5)(3)に同じ。
(6)中華人民共和国刑法(中华人民共和国刑法)第234条は以下のように定めています。
 「故意に人の身体に傷害を負わせた者は、3年以下の有期懲役、拘留、または管制に処する。
 前項の罪を犯し、人に重傷を負わせた者は、3年以上10年以下の有期懲役に処する。人を死亡させ、または特に残忍に手段を用いて人に重傷を負わせ、または著しい身体障害を生じさせた者は、10年以上の有期懲役、無期懲役または死刑に処する。本法に別に規定されている場合は、その規定により処罰する。」
(7)中華人民共和国刑法(1979年制定、1980年施行のもの)第160条は、以下のように規定していました。
 「大勢の人を集めて殴り合い、難癖をつけて喧嘩を仕掛け騒動を起こし、女性を侮辱し、或いはその他の無頼活動をして、公共の秩序を破壊し、情状の悪い者は、7年以下の有期懲役、拘留、あるいは管制に処す。
 無頼集団の首謀者は、7年以上の有期懲役に処す。」
(8)この節は、郭曉飛「中国“同志”人群的法律环境――以案例为中心」『性別与健康[PDF]』第10期(2008年12月)9-11頁による。
(9)中華民国刑法第16章「妨害性自主罪」参照。最初の方だけ試みに訳すと――
 「第221条 男女に対して暴力・脅迫・脅し・催眠術またはその他の意志に反する方法で性交をした者は、3年以上10年以下の有期懲役に処す。
 前項の未遂犯はこれを罰す。
 第222条 前条の罪を犯し、以下の状況の1つを有する者は、7年以上の有期懲役に処す。
 一、2人以上の共同犯の者。
 二、14歳未満の男女に対してこれを犯した者。
 三、(以下略)」
(10)王威「“强奸男性被判刑”原是“标题党”」捜狐新聞2011年1月5日(来源:検察日報)、『中国婦女報」にもほぼ同文が掲載されています(王威「性权利不应因性别不同而有所差别」『中国婦女報』2011年1月6日)。
(11)(8)に同じ。
(12)(3)に同じ。
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