2017-03

香港・紫藤による買春改革の試み

 香港のセックスワーカーの権利保護団体・「紫藤」は、2007年から、売春の男性客に対する働きかけを始めています。

 紫藤は、「セックスワーカーの病気と暴力に対する危険を減らすためには、当局の法律執行の態度と手段を改善することが重要だが、それと同時に、客にいかにしてセックスワーカーを尊重するかを教育することも軽視できない」、「すべての買春者がセックスワーカーに対する加害者なのではなく、彼らの中の多くはセックスワーカーを支持しており、一部の人々のセックスワーカーに対する劣悪な態度は、彼らのセックスワーカーと女性に対する無理解によるものかもしれない」(1)と考えました。

「男人組」と「男人夜」の開始

 そこで、2007年6月、紫藤は、買春している人を中心に、男性を集めて、「男人組(客人組)」というものを設立し、「男人夜」という定期集会を始めました。

 どのような方法でメンバーを集めたのかはわかりませんが、紫藤の報告を読むと、第1回目から非常にうまくいったようです。「討論を通して、私たちは、彼らに健康やジェンダー平等、セックスワーカーの尊重に関する情報を教育することができた。今回の男人組は、20名余りの参加者を集め、下品でない第1回目だった。大部分の参加者は中年で、草の根の階層の人であり、積極的に討論に加わり、また、私たちが彼らに与えた情報に満足した。実際、討論ののち、彼らはみなセックスワーカーに対する考え方を変えた。67歳のおじさんは、今後はセックスワーカーを大切に扱い、尊重すると私たちに述べた。」(2)

 ただし、紫藤の幹事の林依玲さん(3)は、もう少しリアリティのある話もしています。「私たちの最初の集いのときは、来たのは10人だけで、みな男の苦楽を語った。参加した客たちが最も喜んだ原因は、ここは、みんながプレッシャーなしに自分の話を分かち合える場だったからだ。社会の批判と変な目に直面しなくて済むほか、紫藤が定期的に挙行する『男人夜』の集いでは、誰も男性を指して『おまえは買春客だ』あるいは『おまえは悪いやつだ』と言わない」(4)

 紫藤ブログの「男人の夜ワークショップ後記」(5)という第1回目の記録を見ても、男性たちは、紫藤に対するイメージこそ良いのですが(セックスワーカーのために頑張っているなど)、各人の話は、自分の性の経験が主な内容のようです。

 ただし、次の2007年8月の「男人夜」の集まりでは、「恩客の10の条件」といって、良い買春のあり方を挙げるという、当初の紫藤の狙いにずばり沿った活動をがおこなわれています(6)(「恩客(benefactor)」というのは、従来、買春する客は、「嫖客」と呼ばれていたのですが、「嫖客」という言葉はイメージが悪いので、セックスワーカー運動の中で、売春婦を「妓女」や「小姐」から「性工作者」に呼び換えたのと同じように、買春する客のことを「恩客」と呼び変えたものです。「恩客」という言葉は、「セックスワーカーの顧客であることの汚名を取り去る助けになる」とともに、「自己のセックスワーカーに対する尊重と支持を示す」意味もあるそうです(7))。

 その次の9月の集まりでは、今度は客の側から見た、理想のセックスワーカーの条件を挙げました。こうした点は、一方的な押し付けにならないように注意しているのだと思います。

 けれど、このときは、同時に、セックスワーカー2人を招いて、どのような客が良くて、どのような客が嫌かも語ってもらっています(8)

 このように見てみると、「男人夜」は、男性客の主体性を尊重しつつ、客のあり方を変えていく試みであると言えそうです。

客が守るべき「10大準則」

 11月には、紫藤は、『客棧』という、客向けのニュースレターの発行を開始するのですが、その創刊号(9)に、買春の注意事項として、おおむね以下のような内容の10項目を発表しました。これは、上記の「恩客の10の条件」をもとにしつつ、それをいくらか変えたもののようです。

1.先に金を払う:最近、覇王餐を食べる(金を払わずにサービスを受ける)人が多い。もし小姐がサービスしながら、客が金を払わないことを心配してしていたら、どうしてあなたも十分満足できようか?
2.ブザーを押し間違えないように注意する:ブザーを押し間違えて、近所の迷惑になってはいけない。それによって訴えられる心配があれば、小姐もやる気にならない(注:これは、1室に1人のセックスワーカーがいる「一楼一鳳」タイプの売春について言っているのだと思います)。
3.礼儀正しく応対する:礼儀正しくすれば、彼女もおのずと心を尽くしてサービスするだろう。
4.ベッドに上がる前に「きれいに洗う」
5.酒に酔っているときは、また今度にする
6.価格をはっきりと尋ねる:初めにはっきりと値段を尋ねること。たとえば、「どのようにすれば1回と数えるか?」と。
7.安全第一:買春をするのは、楽しむためだが、性病は、体液か血液の接触によって伝染する。あなたと小姐の健康のためには、最も重要なのはコンドームをつけること!
8.リラックスする:緊張し過ぎてはいけない。セックスは、人類の行為のうちで最も普通ことの一つであり、たいしたことではない。緊張し過ぎると小姐が脅えるかもしれず、あなたも心ゆくまで遊べないだろう。
9.期待が外れても、失望する必要はない:あなたには、まだ多くの他の小姐のサービスを試す機会がある。
10.冷静さを保つ:思いがけないこと、たとえば警察が捜索をしたり、小姐がその場で値上げをしたりすることに出会っても、驚き慌てたり怒ったりはせずに、冷静にすれば、おのずと事態は好転する。

「男人夜」の各月のテーマ

 こんなふうに「男人夜」は始まりましたが、今までの毎月のテーマを列挙すると、以下のようになります(10)

2007年
8月:恩客の10大条件
9月:セックスワーカーとの対談
10月:第一次(?)
11月:男の眼の中の女神(性の技巧)
12月:多元的関係

2008年
2月:どのようにセックスワーカーを支援するか
3月:中国医学と性
4月:盗み食い(妻に隠れて買春すること)
5月:性愛の秘訣交流会
6月:客の社会的地位
7月:女は客や男をどのように見るのか?
8月:客の口述の物語『良い客の道(好客之道)』読後会
9月:女の心は海の中の針?(注:探すのが難しいたとえ) 女をどのように理解するか?
10月:非主流の好み、セクシュアル・マイノリティに対する認識
〃 :セックスワークを認識する
11月:人体の探索

2009年
1月:ドキュメンタリー「姉妹たちと紫藤(姊姊妹妹和紫藤)」上映
2月:世界に向けて出発(世界のさまざまな売春について)
3月:買春には道理がなければならない
4月:婚姻・愛情と買春
5月:性の治療
6月:『良い客の道』読後会
7月:香港のセックスワークの現状
8月:性のテクニック、両性のテクニック
9月:宗教から見た性の取引
10月:青楼[妓楼の意]情史:中国の読書士と青楼との不可分の縁
11月:セックスワーカー運動:香港のセックスワーカー運動の重大事件

2010年
1月:買春は単なる消費行為か?
3月:映画《村妓》の鑑賞と討論会

性のあり方を考える場、女性の視点に気づく場

 以上の各回のテーマを見ると、セックスワーク(ワーカー)の問題を中心にしつつも、性のあり方全体に話が及んでいることがわかります。

 最初の会で男性たちが自由に自分の性について語ったことは既に述べましたが、『客棧』も、「男人夜」について、「(性教育講座)」という注釈を付けて、「活動の中で、参加者はあらゆることを談じる。上は天文から、下は地理、男の生活・両性・性生活の中の苦と楽まで。」と紹介しています(11)。このように男性がいろいろ語りつつ、男性に、女性の側の見方も知ってもらうということのように思います。

 たとえば、2009年8月の「男人夜」は、「『性のテクニック、両性のテクニック』──性のテクニックに対する男性の誤解」というテーマでおこなわれましたが、この講座では、「性のテクニック=男らしさの魅力」という考えや「『狂抽猛挿[激しいピストン運動?]』が性の最高のテクニックである」という考えの誤りを明らかにし、加藤鷹さんという日本のAV男優のテクニックを参照したそうです(12)

 紫藤は、「男性にも性教育の課程を受けるニーズがあるのに、長い間無視されてきており、討論できる十分な空間と場所もなかった」と述べています。林依玲さんは、「男性は、以前はみな自分の考えによって、女性の性の過程における感じ方を推量していたけれども、男人組の集いの中で、女性の視点に気づき、セックスワーカーが、『良い客』の基準や経験を言うのを聞くことができた。男性がどのように自分をセックスワーカーたちの心の中の良い客に変えていくのかは、大きなチャレンジだ」と述べています(13)

 香港のある新聞は、「このグループは、セックスワーカーの権利と性教育を推進する場になり、また、男たちが互いに心の苦しみを打ち明ける小天地になっている」と述べています(14)

 ただし、「男人夜」に女性の参加者を招いた時、男性の参加者が「男は性を買ってもいいが、女は絶対いけない」と、ダブルスタンダードをあらわにしたこともありました。そのとき、紫藤の人は、「もし私たちが男の人を教育し続けようとすれば、私たちはもっと多くの努力をしなければいけない」と思ったということであり(15)、単純に「うまくいっている」ということではないです。

「男人組」の目標と任務

 昨年[2009年]11月には、「男人組」の「目標」と「任務」が発表されています(16)

[目標]
 「私たちは、客とセックスワーカーと社会大衆の間に、お互いに尊重し、平等に相対し、双方の利益になる関係のモデルと行為基準を構想・普及する。差別をなくさなければならず、そのためにさまざまな性に対するマイナスの観念の誤謬と無知を正面から指摘することが必要である。この目標を達成するための私たちの戦略の第一は、自分で手本を示すことであり、戦略の第二は、恩客憲章[約章]を普及することである。」

[任務]
 「長期的任務は、性の取引の売買双方の行為と役割をみな平常化し、そうした未来に向けて、社会教育をおこなって、社会の人々に、セックスワーカーに対する差別視のために彼女たちの肯定的な社会的機能を無視していることに気づかせることである。以上に述べたことを身を以て示すため、当面の任務は、買春にはマナーがなければならず、買春には品がなければならないことを広めることである。」

「恩客憲章」とは、以下のようなものです。
1.資産・職業・年齢・信仰・性的指向にかかわらず、あらゆる人を尊重する。
2.セックスワーカーのあるべき尊厳とセックスワーカーごとの独特の個性を尊重する。
3.セックスワーカーに与えるべき報酬を与える。
4.社会的的責任を引き受け、セックスワーカーたちが、彼女たちの職業に対するさまざまな政党のさまざまな立場に関心を寄せることを含めて、社会の発展に参与することを励ます。
5.セックスワークの職業が社会的に平等な協力援助と保護とを得られなければならないことを承認する。
6.セックスワークの売買双方の生活が平常化が促進されるように尽力する。

ニュースレターの『客棧』による宣伝

 先にも触れたように、紫藤は、2007年11月、『客棧』という、客に向けたニュースレターを創刊し、2010年1月までに、計8回発行しています(17)

 『客棧』には、客が守るべき「10大準則」のほか、性病についての知識、診療所の情報、警察に出会ったときの対応のし方などが掲載されています。最近は、毎号、セックスワーカーの声(「値段の駆け引きをしないでほしい」「セックスワーカーを尊重して、友だちだとみなしてほしい」など)が掲載されています(18)

 第3号は、「コンドームを取る=強姦!」という見出しがトップ記事です。この記事では、弁護士が、「女性が同意しないセックス」は違法であり、香港高等法院の判例も、「女性の側がコンドームを使用したセックスに合意していたけれども、男の側が途中でコンドームを拒絶するか、取り去ってセックスしたら、違法であり、『強姦』として訴えられうる」と指摘しています(19)

男人組の対外的な活動

 男人組は「男人夜」の活動が中心で、対外的な活動はあまり多くはないようですが、それでも、紅灯区に出かけて行って、『客棧』を配布し、買春客と対話したことが報じられています(20)

 また、2009年2月には、次のような活動予定が、『客棧』に掲載されています(21)
 1日:国際エイズデー:エイズ予防情報の宣伝
 6日:国際人権デー:ブースを出す、話劇の上演(国際人権デーは12月10日ですが、6日が日曜だったので、6日にしたのだと思います。)
 17日:国際セックスワーカーに対する暴力廃絶デー:デモと請願、街頭上演

 また、男人組の人々は、2009年、セックスワーカーの殺人事件が起きた時、自発的に募金を集めて、安全基金を作りました。また、あるセックスワーカーが病気になったのに、金がなくて治療を受けられなかったときにも、募金を集めました。このセックスワーカーは、「長年男にサービスしてきたけれども、そうした男たちが、自分が必要なときに支えてくれるとは思わなかった」と述べました(22)

中国大陸の葉海燕さんも客の「行為準則」を作成

 こうした紫藤の試みに示唆を受けて、武漢の「中国民間女権工作室」でセックスワーカーの援助にあたっている葉海燕さんも、2009年6月、以下のような、「買春客の最も基本的な行為準則」を作成しました(23)

1.コンドームを正しく使って、安全を保証し、健康的なセックスをする。
2.未成年者と性の取引をしない。
3.取引を強要しない
4.相手のプライバシーを保護し、写真を撮らず、ビデオを撮らず、証拠を残さない。
5.相手の要求どおりに支払う。
6.基本的な礼儀を守る
7.相手が提供する範囲を超えた性のサービスを強要しない。
8.偽札を使わない
9.性病とエイズを小姐にうつさない。
10.小姐の感情を尊重する。

 おおむね香港のものと同じ内容ですが、売買春の形態の違いのせいか、「ブザーを押し間違えない」はなく、かわりに、写真やビデオ、偽札が言及されていますね。

 紫藤のような活動が、どの程度の効果を上げるのかはよくわかりませんが、また何かわかったら、ご報告します。

(1)男人/客人組」『紫藤會訊』第22期(2007年8月)。
(2)同上。
(3)林依玲さんについては、「林依玲為性工作者爭取平等8年 『紫藤終會執笠盼不再歧視姐仔』」(『明報』2008年3月23日)という記事があります。
(4)香港嫖客俱乐部:努力把自己变成“贡献者”」『南都周刊』2009年10月9日。
(5)男人之夜工作坊後記 (2007-06-26)」(2007-06-26)紫藤BLOG
(6)男人之夜工作坊之十優恩客條件」(2007-08-14)紫藤BLOG。このときにまとめられた「10大条件」は以下のとおりです。
1.[セックスワークの場の]地域コミュニティの調和を破壊することを避ける
2.平常心
3.足りる金を持ち、先に金を払う
4.特別なサービスは、先に言明しなければならない
5.安全を重視する
6.チップ
7.良いコミュニケーション
8.小さなことにこだわらない
9.長期の顧客に
10.みだりに情にひかされない
(7)恩客天地」紫藤HP
(8)男人之夜工作坊之理想姐姐仔條件」 (2007-09-18)紫藤BLOG
(9)『客棧』第一期
(10)男人夜(2008 2月-5月)」、「男人夜(2008年 6月-9月)」、「男人夜(2008年10月-12月)」、「男人夜 (2010年1月-3月) 」、「男人夜(2009年5月-7月)」、「男人夜(2009年8月-9月) 」、「男人夜(2009年10月-12月) 」のほか、『客棧』の各号より。
(11)『客棧』2009年9月號[PDF]。
(12)『客棧』2009年11月號[PDF]。
(13)香港嫖客俱乐部:努力把自己变成“贡献者”」『南都周刊』2009年10月9日。
(14)嫖客推動恩客約章 尊重娼妓望洗脫雞蟲污名」『蘋果日報』2008-06-23[紫藤BLOG]
(15)性別平等 男人/客人教育」『紫藤會訊』第26期(2008年9月)。
(16)『客棧』2009年11月號[PDF]。
(17)発行順に並べると、『客棧』第一期『客棧』第二期『客棧』第三期『客棧』2009年9月號[PDF]、『客棧』2009年10月號[PDF]、『客棧』2009年11月號[PDF]、『客棧』2009年12月號[PDF]、『客棧』2010年1月號[PDF]。
(18)『客棧』2009年11月號[PDF]、『客棧』2009年12月號[PDF]、『客棧』2010年1月號[PDF]。
(19)『客棧』第三期
(20)性別平等 男人/客人教育」『紫藤會訊』第26期(2008年9月)。
(21)『客棧』2009年11月號[PDF]。
(22)香港嫖客俱乐部:努力把自己变成“贡献者”」『南都周刊』2009年10月9日。
(23)葉海燕「我们提倡嫖客最基本行为准则」2009年06月15日。

 ※なお、日本では、つとに2000年に渋谷知美さんが、「『売春肯定論』は『売春肯定論』を論じることで自動的に達成されるものではなく、『買春改革論』を伴わなければ単なる反動になる」という見地から、「買春改革論」を説いておられます(「買春改革論――松沢呉一『売買春肯定論』のあとで――」『クィア・ジャパン』2号)。渋谷さんは、最近出版された『平成オトコ塾』(筑摩書房 2009年)でも、「風俗嬢を一人の人間として尊重する」ことを説き、そのための次の4つのポイントを挙げています(205-209頁)。
1.気構え:風俗嬢にたいして「相手の自由を侵害しない意志」を持って行く。
2.風俗嬢にとって言ってほしくないことは言わない、してほしくないことはしない。
3.衛生に気をつける。
4.ストーキングをしない。
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