2017-08

香港の改正DV条例が施行、同性の同居カップルも適用範囲に

 2009年12月16日、香港のDV条例の改正案が立法会(香港の立法機関)で採択され、今年1月1日、施行されました。今回の改正の目的は、条例がカバーする範囲を、同性の同居カップルにも広げることにありました(1)(改正後の条例→中国語英語[ともにPDF])。

 条例の名称も、以前は、正確には「家庭暴力条例(Domestic Violence Ordinance)」であったのを、今回、「家庭及同居関係暴力条例(Domestic and Cohabitation Relationships Violence Ordinance)」に改めました。

 「同居関係」とは、「恋人同士として親密な関係の下で共同で生活している2人の人(同性か異性かを問わない)の関係、およびすでに終結したそうした関係を含む」と定義されています。

 今回の改正が実現した背景には、LGBTや女性の団体の運動、とくに実態調査を通じて、同性カップルの間でもDVが深刻であるのに、法律的保護が受けるのが難しい現状を明らかにした(本ブログの記事「女性の同性愛者やバイセクシュアルに対するDV調査プロジェクトはじまる」と「レズビアンのための反DVハンドブック刊行」参照←これらは中国本土についての記事ですが、香港の調査も紹介しています(2))ことがあります。

改正の際の議論

 香港のDV条例は1986年に制定されましたが、2008年にも一度、改正されています。その際にも、LGBTや女性の団体は、同性の同居者間の暴力にも条例を適用するように要求していました。この要求は2008年の改正では実現しませんでしたが、その際、香港政府は、その点については翌年に条例を改正することを承諾しました。しかし、その後、キリスト教保守派が、この改正に対して、強力な反対運動を展開しました(以上は、本ブログの記事「香港のDV条例改正とその後」参照)。

 2009年1月10日、立法会は特別会議を開催して、広く立法についての意見を求めましたが、この会議には、40もの宗教団体や宗教的背景のある団体が参加して、改正反対の意見を述べました(参加した女性やLGBTの団体は20)。たとえば、中華キリスト教播道会恩福堂の蘇穎智牧師は、同性が同居することについて、「不健全な風潮だ」、「アヒルを養う一族(男性セックスワーカーのこと)が増える」、多くの大学の卒業生が「性の奴隷になる」、「エイズの被害者が増える」などと非難しました(3)カトリック香港教区の李亮幹事長も、「政府は、同性婚姻を認めるかのような心配を招かないようにしてほしい」といったことを述べました。こうした議論を聞いて、かつて同性のパートナーに暴力を振るわれたことのあるレズビアンの煒煒さんは、「キリスト教徒に傷口に塩をまかれた」と感想を述べました(4)

 キリスト教保守派の明光社香港性文化学会は、この問題に関する「立場書」を出しました。この「立場書」は、同性の同居者間の暴力を含めた「あらゆる暴力に反対」だと言いつつも、「一夫一妻の婚姻及び家族制度」が重要であると述べ、同性カップルを「家庭暴力条例」に入れることについては、「間接的に同性婚姻への道を開く」という理由で反対しました。この「立場書」は、同性の同居者も保護する改正をする際には、「家庭暴力条例」の「家庭」という語を変更して、「家居暴力条例」か「居所暴力条例」に改称するべきだと主張しました(5)

 上のような議論に対して、女性団体などで組織する「平等機会婦女聯席」(新婦女協進会群福婦女権益会関注婦女性暴力協会青鳥香港婦女労工協会香港女障協進会香港婦女中心協会香港婦女基督徒協会、F-Union、香港職工会聯盟婦女委員会)は、次のような反論をしました。
 ・条例の保障の範囲を拡大することは、本聯席が、親密な関係における暴力の実態に基づいて主張してきたことである。また、香港女同盟会の調査によると、同性愛パートナーの3割がDVの被害を受けたことがある。社会は平等であるべきであり、一部の人の道徳観念によって、同性愛者の人権を奪うべきではない。
 ・「家居暴力条例」や「居所暴力条例」への改称について言えば、「家庭暴力」という言葉は、女性団体が数十年にわたって努力した末に、広範な人々が理解するようになった言葉であり、被害者も、「家庭暴力」という言葉で自分が置かれた状況がわかるようになった。それに対して、「家居暴力」や「居所暴力」という言葉はなじみがない(6)

 明光社と香港性文化学会の「立場書」に対しては、香港十分一会の曹文傑さんが詳細な反論を出しました。この反論は多岐にわたるものですが、たとえば以下のように反論しています。
 ・「同性の同居パートナーにも『家庭暴力条例』を適用することは、同性婚姻の承認に道を開く」←「家庭暴力条例」は、1986年に制定された時から、結婚していない「異性の同居者」にも適用されてきたのであり、私たちが求めているのは「同性の同居パートナー」と「異性の同居パートナー」との平等にすぎない。また、ニュージーランドやフィリピン、台湾は、DV法で同性の同居者も保護しているけれども、同性婚姻はない。
 ・「家族は一男一女の終身の結合である」←社会の変化にともなって、家族のあり方は変化し、多元化している。家族の形は異なっていても、同じようにDVの脅威を受けている人がいるのだし、法律は世俗社会のものであって、宗教的な婚姻・家族観に奉仕するためのものではないのだから、新しい家族のあり方に対応すべきだ。実際、だからこそ、2008年の改正では、それまでは、条例は、結婚しているか、いま現在同居している異性のパートナーだけに適用されていたのを、以前同居していた異性のパートナーとその子どもにも適用するようにした(7)

同性婚の承認とは完全に切り離して

 2009年6月、政府は、同性の同居者にも「家庭暴力条例」を適用する条例の改正草案を立法会に提出しました。

 ただし、その際、張建宗・労工及福利局局長は、「政府は、法律的地位と政策的立場の上では、同性婚姻、公民のパートナーシップなど、いかなる同性の関係も承認しない。この立場は、今回の改正によって変わらない。今回の改正が他の現行法例に影響を及ぼすこともない」と表明しました。また、張氏は、条例の名称を「家庭及同居関係暴力条例」に改めた理由の一つとして、「『家庭』と『同居関係』とは異なる分類に属し、お互いに関連がないことを明確に示す」という点を挙げました(8)

 張氏は、施行の前日にも、「今回の改正は、他の現行の法例に影響しない。ましてこれを、同性関係の地位を法律上同等に承認したと見なしてはならない」と述べています(9)

 以上から見て、今回の改正に際しては、保守派が「同性婚姻に道を開く」ことを危惧したのに対して、政府は、その危惧を否定する形で法案を成立させたと言えます。もちろん、今回の改正は、現在DVの被害に遭っている同性愛者たちにとって緊急に必要なことであり、改正のための議論が同性婚の是非論にすり替えられれることを防ぐことは、推進派としても重要だったと思います。また、条例の適用を同性カップルにも拡大したこと自体は、同性愛者などに対する差別をなくす上で大きな前進であることは間違いありません。

 ただ、政府は、少なくとも現時点では、今回の条例改正を、異性愛と同性愛とのいっそうの平等に結び付けていくことを完全に否定してしまっています。その点に関しては、同性愛への差別・偏見を温存する姿勢を示したとも言え、今後のDV条例の運用自体にも陰を落とす危険がないとは言えないと思います。

(1)家暴修例通過 保障同性同居情侶」『明報』2009年12月17日(Yahoo! 新聞)
(2)香港女同盟HP内の特集「修訂家庭暴力條例 保障同性同居伴侶」も参照。
(3)蘇穎智牧師の発言のロジックは不可解であり、香港でもそのように批判されています(「無邏輯先可以做基督徙!」路人乙筆記2009年1月11日)。いずれにせよ、同性愛に対する偏見のあらわれであることは間違いないところです。
(4)家暴條例正反對壘 40宗教團體vs20同志組織」『蘋果日報』2009年1月11日(婦女資源網より)。
(5)港政府擬擴家暴條例 基督教團體憂為同性婚姻開路」『基督日報』2009年1月18日(記事中に「明光社 香港性文化学会就政府建議同性同居者納入《家庭暴力條例》立場書」も収録)。
(6)平等機會婦女聯席:『人命關天,豈容再拖!』 要求立法會議員遵守承諾, 從速通過《家庭暴力條例》擴大保障至『同性同居者』(2009-01-09)」新婦女協進会HP
(7)曹文傑:《家庭暴力條例》修訂的謊言與真相」2008年12月、香港女同盟会HP
(8)政府擴大民事保障至同性同居暴力受害人(2009年6月3日)」香港特別行政区政府労工及福利局HP。その後の審議の過程については、「《2009年家庭暴力(修訂)條例草案》委員會」参照。香港女同盟会は、以下のような要求も出していましたが(「香港女同盟會就2009年家庭暴力(修訂)條例草案提交的意見書[PDF]」2009年7月)、容れられなかったようです。
 1.家庭暴力法廷を設立し、刑事事件と民事事件、不動産処理命令と保護命令の申請を同時に審理する。
 2.強制的補導の受け入れを刑罰を下す条項の中に入れ、罪が決定した加害者に強制的補導を言い渡す。
 3.保護命令と不動産命令を強制命令に取って代える。また、保護命令と不動産命令の申請手続きを簡単にする。
(9)《2009年家庭暴力(修订)条例》明日生效(2009年12月31日)」香港特別行政区政府HP
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