2017-06

元「労働者」身分の女性専門技術者の50歳定年――性別と身分の二重の差別

 ご存じのとおり、中国では、男性は定年が60歳であるのに対して、女性は50歳か55歳であるという差別があり、その点は1980年代以来、問題になってきました(部[処]クラス以上の幹部や高いクラスの知識人は、女性も定年は60歳にする」という文書はあるのですが、その点を北京市の法規できちんと決めようとしたら、抵抗が大きくて、挫折したという話は先日書きました[女性幹部・女性知識人の定年の男女平等化に強い抵抗])。

 それに加えて、女性の専門技術者[専業技術人員]は定年が55歳であると決められているにもかかわらず、50歳で定年にさせられる場合があることが近年問題になっています。それは主にどういう場合かというと、以前、中国で「労働者」身分と「幹部」身分(専門技術者はこちらに分類される)がはっきり分かれていた時代に「労働者」だった女性が、その後、専門技術者になった場合です。そうしたケースでは、「あなたは『労働者』だから」という理由で、しばしば50歳で定年にされるのです。

国家の法律や政策

 もう少し詳しく言うと、いろいろ事情は複雑で、私も完全に理解できているわけではありませんが、だいたい以下のようです。

 1978年に国務院が出した「労働者の定年・退職に関する暫定規則[国務院関于工人退休、退職的暫行弁法]」と「老いた・弱い・障害を持つ・病気の幹部の配置に関する暫定規則[関于安置老弱残病幹部的暫行弁法]」(いずれも、国発[1978]104号で通知された)は、女性の「労働者」の定年は50歳で、女性の「幹部」の定年は55歳だと定めています。国家人事部によると、ここで言う「幹部」には、女性の専門技術者も含むとされています。

 中国ではずっと「労働者」と「幹部」はそれぞれ固定された身分でしたが、1991年に公布された、中央組織部・人事部の「全人民所有制企業の聘用制幹部管理暫定規定[全民所有制企業聘用制幹部管理暫行規定]」(人法発[1991]5号)で、企業は、労働者の中から優秀な人と招聘契約と結んで「幹部」(聘用制幹部)にできるようになりました。

 また、1995年に中華人民共和国労働法(中華人民共和国労動法)が施行されると、企業においては、全員が労働契約制になって、「労働者」と「幹部」は固定的な身分ではなくなりました。その際も、専門技術のポストについている人は「幹部」として扱うとされています(労働部「『中華人民共和国労働法』の貫徹執行の若干の問題に関する意見[労働部《関于貫徹執行〈中華人民共和国労動法〉若干問題的意見》]労部発[1995]309号」)

 国家の事業部門においても、固定的な身分はなくなると同時に、2004年の人事部の通知は「労働者のポストから専門技術または管理のポストに聘用された人員は、専門技術ポストまたは管理ポストに聘用されて満10年になり、かつ聘用されたポストで退職する者は、聘用されたポストに国家が規定した条件で退職を処理する」としています(人事部「事業単位の試行する人員聘用制度に関連する賃金待遇などの問題の処理の意見に関する通知[人事部「関于印発《関于事業単位試行人員聘用制度有関工資待遇等問題的処理意見(試行)》的通知」国人部発[2004]63号])。(1)

 以上のような法律や政策にもとづけば、元「労働者」であっても、専門技術(または管理)のポストについている女性の定年は55歳のはずです。しかし、実際は50歳で退職させられる場合がしばしばあり、裁判に訴えても敗訴する場合が多いのです。

北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの経験

 NGOの北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、2007年までに、女性の専門技術者と管理者の50歳定年問題について数百件の相談を受けました。それらの相談は、十数の都市に及んでいました(2)。また、同センターは、2007年から現在までに、女性幹部の定年問題について計21件の訴訟などを起こしましたが(1件だけが仲裁で勝訴)、それらの訴えは、主に上で述べた「幹部と労働者の身分の線引き」の類型の訴訟でした。このように、多くの女性が「性別の差別と身分の差別」という「二重の差別」(同センター副主任・李瑩)に直面しているのです。

 こうした定年差別の案件に地域性はなく、業種や職業に次のような特色があるそうです。
 ・多発する領域は、主に教育・メディア・衛生などの事業単位、銀行・電力などの大型国有企業、科学研究・高等教育機関など待遇が比較的良いところ。
 ・55歳定年と身分の線引きを争っているのは主に、管理者、財務担当者、専門技術者、医療関係者、教師など。60歳定年を争っているのは、主に副高(「副」のつく上級職)の職称(各職種の職階名)の高等教育機関と研究機構の人員。(3)

 以下、個別の事例を見てみます(といっても、どの事例も複雑なので、私には十分まとめる力がないのですが、大体どんなことが問題になっているかを示してみました)。

さまざなケース

1.上海市のメディアグループのアナウンサー、番組司会者、会計、技術運営センターの技術者(4)

 2008年の初め、上海文広ニュースメディアグループ[上海文広新聞伝媒集団]の5人の女性の専門技術者が50歳で退職させられました。彼女たちは、退職前は、それぞれアナウンサー、番組司会者、会計、技術運営センターの総控師(技師のようなもの?)でした。

 彼女たちはもともとは知り合いではなかったのですが、50歳定年に異議を申し立てる活動をする中でお互いに知り合って、一緒に人事紛争仲裁委員会に仲裁を申請し、次いで裁判所に訴えました(訴訟を起こした人以外にも、同じような境遇の人が上海文広ニュースメディアグループには数十人いるそうです)。

 それに対して、被告側が盾に取ったのは、上海市の人事局の規定などです。その規定などには、女性の聘用制幹部の定年は「50歳から55歳」で、50歳になった女性を継続して雇うか否かは「本人の希望、指導部の批准」によると書かれていました(5)。「本人の希望、指導部の批准」と並列的に書かれていますが、実際の運用においては、両者が矛盾した場合は、指導部の意向が優先しました。

 原告側の弁護士は、それらの規定などは、1978年に国務院が出した「幹部の定年は55歳」という法規に反しており、行政法規の効力は地方性法規・規則よりも強いので(中華人民共和国立法法)、無効だと主張しました。

 けれど、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの訴訟部の主任の張帥さんによると、上海では、こうした裁判では、裁判所はしばしば判決で上海市人事局の規定を適用して、原告を敗訴させるということです。

 上海市では、「企業産業構造と財産権構造の改革調整、加えて事業部門を株式会社化して企業にする」という流れの中で、管理・技術のポストの女性を50歳で定年にする問題が頻発しているそうです。そのため、2008年の上海市の人民代表大会でも、上海市総工会の関係者が、管理・技術のポストの女性労働者の定年を一律に50歳にすることを制止する意見を関係部門が早急に出すことを求める提案を出しました(「企業の管理・技術職務の女性労働者の定年問題の規範化に関する提案」)(6)

2.浙江省のテレビ局の記者(7)

 徐飛さんは、1985年に湖州テレビ局に入り、初めは労働者だったのですが、取材・編集の仕事をして、副高級の技術職称を得ました。彼女の仕事は優秀で、浙江省の第1回ベスト20ジャーナリストにも選ばれました。徐さんは、自分は高いクラスの専門家なので、むしろ定年は60歳だと思っていたのです。しかし、50歳で突然、定年を言い渡されました。

 その理由について『中国婦女報』の記者が、湖州市のラジオ・映画・テレビ総局の呉宝宏さんに尋ねると、「彼女はもともとは労働者の身分だから」と言って、1978年の「女性労働者の定年は50歳」という規定を持ち出しました。『中国婦女報』の記者が、徐さんの高級職称を示す証書などを提示しても、「それらは我々の内部のもので、人事部門の記録ではない」と言いました。

 湖州市人事局総合部部長の呉玉林さんも、「徐飛さんのことは私たちも知っているが、人を雇う団体[用人単位]には自主権があるので、彼らを管理するのは難しい」と述べました。

 しかし、浙江省の政治協商会議でも、委員の中に、女性専門技術者の定年問題に関する提案を出す人が現れ、浙江省人力資源と社会保障庁も、2009年8月、「事業単位は事前に本人の意見を求め、本人の選択によって50歳か55歳の退職の手続きをしなければならない」という文書(8)を出しました。

 その文書に関しては、呉玉林さんも「もし現在のこの政策にもとづけば、徐飛さんは退職しなくてよかった」と認めました。しかし、彼は、続けて「けれど、徐飛さんの退職手続きはもう済んでいるので、このバスに追い付こうとしても(この文書を使おうとしても)、おそらく無理だろう」と述べました。
 
3.浙江省化学工業輸出入有限公司の財務管理(9)

 呉莉麗さんは、浙江省化学工業輸出入有限公司で10年あまり財務管理の仕事をしてきました。けれども、2005年、意に反して50歳で退職させられ、省の労働・社会保険庁もそれを許可しました。

 呉さんは、2006年11月、省の労働・社会保険庁を相手取って裁判を起こしました。

 しかし、会社側は、「会社の総支配人業務連絡会議[総経理弁公会議]などの決定で、出納や内部銀行などのポストは労働者のポストだと決めている」と主張しました。省の労働・社会保険庁も、その会議の記録を、自らの許可が合法だったことの証拠にしました。

 それに対して、呉さんは、法律では、会社の重要な決定は、取締役会での承認と労働者代表大会での採択が必要だとされているのに、上の決定はそのような手続きが取られていないので、「労働組合法」「労働法」「会社法」に違反していると主張しました。また、出納や文書管理の仕事を労働者のポストとして分離することは、「会計法」関係の法規に違反していることも主張しました。

 しかし、2007年2月の一審判決は、会社が呉さんを専門技術職務として招聘していないこと(呉さんが技術職称の招聘書を持っていないこと)を理由に、呉さんの請求を棄却しました。

 そこで、呉さんは、会計員としての専門技術職称の招聘書を探してきて、控訴しました。控訴審では、裁判所の主導で和解が進められ、会社は呉さんに10.3万元を補償することになり、両者は和解協定に調印しました。

 しかし、会社は「和解協定に公印を押すから」と言って、それを持って帰ってしまい、それきりになりました。その後、裁判所は態度を豹変させて、突然、判決を出して、呉さんの控訴を棄却しました。態度を豹変させた原因について、裁判官は取材を拒否しました。

 控訴を棄却した理由は、「呉さんの身分は労働者だから」というものでした。

4.浙江省台州市の幼稚園教師(10)

 徐志平さんは、浙江省台州市天台県の幼児教育の教師を23年間つとめ、そのうち19年間は高級教師であり、15年間は幼稚園の園長でした。徐さんは身分は「労働者」でしたが、このように専門職や管理者になり、待遇も「幹部」身分の人と同じようになったにもかかわらず、5年早く50歳で退職させられました。天台県には同じような情況の教師が二十数名いました。

 徐さんは裁判に訴えましたが、天台県教育局は「徐さんは労働者身分であり、1978年の規定によれば、労働者の定年は50歳である」、「天台県の事業単位は全員を聘用制にしていなので、国家の人事部の関係文書のとおりにはできない」と主張し、裁判は徐さんの敗訴に終わりました。

5.浙江省の湖州市港航局の会計(11)

 施竹君さんは、浙江省の湖州市港航局の財務で会計をしていましたが、50歳で退職させられました。

 施さんは裁判に訴えましたが、2007年1月、湖州市呉興区法院は「労働者のポストから専門技術または管理のポストに聘用された人員の定年や退職の待遇には、人事の法律・法規の硬い[剛性]規定がなく、湖州市港航局が自主的に決定することは、法律・法規の強制的な規定に違反していない」として、施さんの請求を棄却しました。

6.浙江省台州市の電力供給局の会計(12)

 張鑫花さんは、浙江省台州市仙居県の電力供給局で1987年から会計の仕事をしてきました。この期間、張さんは、計理助手、主任会計係、コスト会計係、会計グループのグループ長などを歴任しました。

 張さんは2008年に満50歳になったので、県の人事労働社会保障局に55歳定年を選択する書面を送りました。しかし、2009年4月、同局からは退職証が送られてきました。

 張さんは、県の人事労働社会保障局と電力供給局の行為は違法だとして、行政訴訟を起こしました。

 被告側は、張さんは労働者として採用されたのであり、1978年の国務院の規則では「女性の労働者の定年は55歳」だと主張しました。

 それに対して、原告側は「1995年に『労働法』が施行されて以後は、企業は労働契約制を実行することを明確にしたのだから、企業の中ではもう幹部と労働者の区分はなくなった」「新しい法律が古い法律に取って代わったのだ」と主張しました。

 法廷では、被告側も、張さんがずっと会計の仕事をしてきたという事実は認めました。しかし、被告側は「1990年以後は、電力供給局は張さんに会計ポストへの招聘書を送っていない」と言い、「正式の手続きをしていないから、55歳定年を認めるわけにはいかない」と主張しました。

 原告側は、それに対して、「招聘書は聘任[招聘して任命する]関係を形成する一つの書面の表現形式にすぎず、聘任関係を認定する唯一の証拠ではない。原告は、1987年から会計の仕事に従事しており、原告の実質的な仕事の内容から見れば、原告と第三者の間には事実上の聘任関係があることに疑問はない。」「使用者は、法律の規定に基づいて、会計ポストへの招聘書を送るべきだった。履行すべき義務を履行しないのは不作為である。人事労働社会保障局は、管理部門として、使用者に対して違法行為の監督・是正をすべきであって、これを理由として聘任関係の不成立を主張することはできない」と主張しています。

 浙江省台州市の9つの県の電力供給局の中でも定年政策はまちまちで、2つの県の電力供給局は、55歳定年を実行していますが、その他は50歳定年に決めています。そこで、50歳定年になっている仙居・臨海・椒海および台州市直属の電力供給局の124名の女性労働者は「権利保護連盟[維権聯盟]」を結成して、この問題を解決するように訴えています。

7.北京市のホテルの医者(13)

 曹さんは、1994年に「北京新興ホテル」に入って以後、医療の仕事に従事し、2005年には主治医の資格も取得して、ずっとホテルの主治医をつとめてきました。しかし、2004年、北京新興ホテルは曹さんが50歳になったことを理由にして退職の手続きをし、北京市海淀区の労働・社会保障局の許可も得て、曹さんを退職させました。

 曹さんは、退職の審査・許可をした北京市海淀区の労働・社会保障局を相手取って行政訴訟を起こしました。

 裁判では、北京新興ホテルは、同ホテルの「新興ホテル従業員の労働契約締結のポスト・身分の線引き」という文書において、管理ポストの人員(各部門の副責任者以上の人)だけを幹部身分だと定めているので、原告は労働者身分であると主張しました。労働・社会保障局も、それに従って手続きをした旨を主張しました。

 曹さんは、それに対して、「新興ホテル従業員の~」という内部文書は、民主的な手続きによって制定されておらず、公表されてもいないことを指摘しました。最高人民法院の「労働紛争事件の法律適用の若干の問題に関する解釈」は、「企業が制定した規則・制度は、民主的な手続きで採択されなければならない。また、国家の法律・法規・政策の規定に違反してはならず、かつ労働者に公示されてはじめて裁判所が事件を審理する根拠になる」と書かれているので、「新興ホテル従業員の~」には法律上の効力はなく、審査・許可の材料にしてはならないと主張しました。

 しかし、裁判所の判決は、新興ホテルが材料をそろえて申請してきたから、労働・社会保障局は許可したのであり、違法ではないといったようなことを述べて、曹さんの請求を棄却するというものでした。

 この事件で原告の曹さんの代理人をつとめた北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの弁護士は、この判決について、「判決理由の中で、被告の具体的な行政行為の合法性に対して具体的な分析や論証をおこなわず、原告と代理人が提出した種々の問題に対しても、分析や反駁をしていない」と批判しました。

 北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、2006年1月、「企業の労働者身分と定年問題の研究討論会」をおこない、この事例を検討しましたが、そこでも、以下のような意見が出ました。
 ・「企業は一定の範囲で自主権を持つが、その範囲は法律の規定に必ず合致していなければならない」
 ・「労働部門の職責は、人を雇う団体に対して監督・検査をおこない、人を雇う団体の規則と制度に対して実質的な審査、すなわち合法性の審査をおこなわなければならない。会社が送ってきた材料を形式的に審査するのでは不十分だ」
 ・「中国の身分制度が反映しているのは等級制度だ。人権と法律の観点から見て、等級の区分は間違っており、人権に反している。企業の労働者・幹部の身分の区別は、こうした等級制度を反映しており、それ自身、立ち遅れたものである。市民社会を建設するには裁判官の立場が重要だが、この裁判について言えば、一審の裁判所の判決は、促進する働きをしておらず、促退する働きをした」

8.北京市のホテルの会計(14)

 紀さんは、1989年に北京軽工業集団公司から労働者の身分で北京新興ホテルに入りました。しかし、1995年に補佐会計師の資格を取って以後は、補佐会計師のポストに任用され、ずっとその仕事をしてきました。しかし、2005年、曹さんと同様の経緯で、50歳で退職させられました。

 紀さんも裁判に訴えましたが、曹さんの場合とほぼ同様の経過で敗訴しました。

女性専門技術者の50歳定年問題の背景

 以上から、女性専門技術者の50歳定年問題の背景について、いつくかの点をメモ的にまとめてみました。もちろん、根底には性別役割やジェンダーの問題があるのですが……。

企業改革、市場経済化
 上海市の事例で触れられている「企業産業構造と財産権構造の改革調整、加えて多くの事業部門を株式会社化して企業にする[企業産業結構和産権結構改革調整、加上大批事業単位転制為企業]」という点については私は調べられていないのですが、やはり市場経済化に伴うリストラのような流れの中で、定年が早期化されているということではないでしょうか?
 しかし、現実には、そうした国有企業の改革と構造調整、農村の余剰労働力の流入によって引き起こされた就職難を、地方の人事部門は、女性を早めに退職させることによって解決しようとしているとも指摘されています(15)

地方の人事部門の性差別的な姿勢
 上海市人事局の規定に典型的に見られるように、女性専門技術者の50歳定年の一つの重要な原因は、「地方の人事部門」の「性差別」(中央人民公安大学副教授・呉道霞さん)にあります(16)

行政に逆らえない裁判所
 裁判で原告側が勝訴しない原因については、地方行政に対する裁判所の従属性という点も指摘されています。北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの徐維華さんと王竹青さんは「誰もが知っているように、中国各地の裁判所の財政費用は地方政府から来ており、裁判所の人員の任免も同クラスの人民代表大会によって決まる。このため裁判所と地方政府との間には密接な関係があり、地方政府の態度が直接、裁判所の判決に影響する。裁判所が政府に従属している時に、裁判所が政府と対抗できると想像しにくいのは、ちょうど競技場で審判が選手を兼ねている時に、公正な試合ができないのと同じことである。司法と行政とが分離していなければ、公正な司法はありえず、公正な判決はありえない」と述べ、北京新興ホテルの曹さんの事件について、裁判所が、北京市海淀区労働・社会保障局がおこなった退職手続きの合法性の問題に言及しなかった背景には、行政の司法に対する影響力があったことは明らかだと言っています(17)

 行政も裁判所も、本当にさまざまな理由をつけて女性専門技術者の訴えを退けているのですが、その中では、以下の点がポイントになるように思います。

 1.「労働者身分」という固定観念
 行政や裁判所が1978年当時の国務院の規則を持ち出す背景にはこれがあるでしょう。北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの徐維華さんは「女性労働者の定年の訴訟が頻発していることは、一つの観念の問題を提出している。我が国の人事機構の改革が深化した後、ポストの聘任制を実行され、広範な女性労働者が頭角を現し、専門技術や管理のポストについた。しかし、この過程で、ポストと身分が符合しない現象が大量に現れた。このような状況には全国的な普遍性があり、この問題の解決を要求する声はすこぶる高い。改革開放はもう30年になったのに、一部の人は封建的な『血統論』を固守している」と述べています(18)

 2.企業の「自主権」の絶対視
 裁判所や行政は、多くの事例で「企業の自主権」を主張しています。労働者には知らされていない内部文書や内部の決定を根拠にすることも(浙江省化学工業輸出入有限公司や北京新興ホテルの事件)、そのあらわれでしょう。

 3.女性専門技術者の55歳定年を決めた明確な法律がない
 浙江省の湖州港航局の事件で、裁判所が「人事の法律法規の硬い規定がない」と述べたように、女性専門技術者の55歳定年を決めた法律はありません(もちろん、55歳でも男女平等ではないので、本当は男女平等を定めた法律が必要です)。
 北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター副主任の李瑩さんは、「このような案件を処理するときに、適用できる労働部や人事部などの部門が出した関連規定は多いけれども、部門の規範的文書の法律的な効力は行政法規よりも低く、法廷の弁論の過程で、私たちはいつも相手側が持ち出す行政法規――国発(1978)104号文書――に妨げられてきた」と述べ、根本から女性の定年の問題を解決するには、法律の改正が必要だと主張しています(19)

50歳定年の女性にとっての打撃

 50歳で退職させられることは、女性にとって大きな打撃です。

 まず、収入の上で大きな打撃です。退職後も「退職賃金」という年金のようなものはありますが、現役の時の賃金よりもはるかに少ない。上海文広ニュースメディアグループに勤務していた林さんは「退職賃金は、在職時の給与の数分の一で、私の生活はすっかりめちゃくちゃになった」と言っています(20)。また、現在の制度では、退職後の年金と勤続年数とがリンクするようになっているので、定年を早く迎えれば、その分、年金も少なくなります。

 もちろん精神的にも、大きな打撃です。上海文広ニュースメディアグループの女性たちは「私たちの知識の構造、仕事の経験、生活の経歴、家事の負担から言って、50歳は、私たちの職業生活の中で一番良い時期です」と訴えました。湖州テレビ局の徐さんは「ニュースの仕事は私の命だったのに、彼らは私の命を奪いました」「もし定年が55歳だったら、[副高級から]正高級になれたのに、今ではその夢も手に届かなくなりました」と言っています。徐飛さんは、定年を告げられると病に倒れて53日間入院し、毎日大量の睡眠薬を飲まないと眠れませんでした。徐飛さんの同僚の高小華さんも、内分泌の乱れが起こり、1年に3度も入院しました。高さんは「彼らは私たちの労働権を奪っただけでなく、私たちの人格の尊厳を侵犯した。女性に対する差別です」と述べています。幼稚園教師の徐志平さんも、突然定年を言われて、その場で泣き叫びました。(21)

 企業にとっても彼女たちは貴重な人材ですから、「返聘」(退職者の再雇用)という形で職場に復帰させている例もあります(22)。幼稚園教師の徐志平さんは再雇用されていますし、湖州港航局の施竹君さんは会計責任者です。しかし、施さんの場合は、「退職賃金」しかもらっていません(23)

 55歳定年を勝ち取ろうとする女性の方々の努力は大変なものです。さまざまな関係機関に訴えに行ったり、負けても負けても訴訟を起こしたり、訴訟で複数の女性が協力し合ったり、「権利保護連盟」を作ったり……。 
 
 裁判ではほとんど負けていますが、努力がすべて無駄だったわけではなく、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの李瑩さんによると、「現在の実践の経験から見ると、このような[女性の定年]問題の最も有効な解決法は調停である。センターが関与した事件では、若干の事件では当事者が身分を回復して、利益は別の形で補償されたけれども、単位は公には誤りを認めなかった」という状況だそうです。浙江省台州市の幼稚園教師のケースでは、その他の教師の問題も最終的には解決できたそうです(24)

 また、人民代表大会や政治協商会議で提案をおこなう人も出てきて、2009年8月の浙江省の人力資源と社会保障庁の意見のような前進も生まれています。まだまだ壁は厚いと思いますが、この問題が何とか解決されることを期待したいと思います。
 
(1)以上は、王竹青・呉道霞「女性専業技術人員退休問題的法律与政策解読」『婦女研究論叢』2007年2期。
 それまでの歴史的変遷は以下の通り。
 (1)1951年2月「労働保険条例[労動保険条例]」→男性職員・労働者は60歳、女性職員・労働者は50歳。
 (2)1955年12月(56年1月施行)「国家機関工作人員退職処理暫定規則[国家機関工作人員退休処理暫行辨法]」→国家機関の女性勤務人員については、50歳を55歳に。
 (3)1957年11月(58年2月施行)国務院「労働者・職員退職処理暫定規定[国務院関于工人、職員退休処理的暫行規定]」→女性労働者は50歳、女性職員は55歳。
 (1)の全文の翻訳は、日本国際問題研究所・中国部会編『新中国資料集成 第3巻』(日本国際問題研究所 1969年)265-273頁に掲載。(2)の全文は、中国社会科学院 中央档案館編『1953-1957 中華人民共和国経済档案資料選篇 労動工資和職工保険福利巻』(中国物価出版社 1998年)1067-1069頁に掲載。
(2)50歳退休,女性専業技術人員的一道坎兒」『中国婦女報』2007年12月13日。
(3)退休年齢糾紛 根本解決之道在于健全法律」『中国婦女報』2009年10月15日。
(4)以上は、「上海文広新聞伝媒集団5名享受幹部待遇的女性専業技術人員,被強制要求提前5年退休,痛苦、失過后,她們聯合起来,為維護自己的工作権進行仲裁――“我們強烈声明不願50歳退休”」『中国婦女報』2008年6月12日、「堅持到底 她們就能勝利嗎?」『中国婦女報』2009年10月20日。
(5)上海市人事局の「上海市事業単位聘用制幹部管理暫定規則[上海市事業単位聘用制幹部管理暫行弁法]」が、女性の聘用制の幹部の定年は「50歳から55歳」と規定しており、「『上海市事業単聘招用制幹部管理暫定規則』の関係条項に関する返信[《上海市事業単位聘用制幹部管理暫行弁法》有関条款的復函]」が、50歳になった女性を継続して任命するか否かは「本人の希望、指導部の批准」によるとしている。
(6)上海人大代表提出議案:企業技術管理崗位女職工不応50歳退休」『中国婦女報』2008年1月28日。2009年にも同様の提案を出しました(「堅持到底 她們就能勝利嗎?」『中国婦女報』2009年10月20日)。2009年で3回目だということなので、2007年から出していたものと思われます。
(7)她的維権之路究竟還有多遠――湖州電視台原首席記者徐飛退休年齢糾紛調査」『中国婦女報』2009年10月15日。
(8)「事業単位の女性労働者の定年の問題に関する意見[浙江省人力資源和社会保障庁関于事業単位女職工退休年齢有関問題的意見]」浙人社発[2009]94号。
(9)王竹青・徐維華「一女工因退休問題提起的行政訴訟案引来各方関注」新華網2007年3月19日(来源は工人日報)、「浙“強制退休第一案”終審判决 原告或選択申訴」新華網浙江頻道2009年4月30日。
(10)従教23年女教師被迫退休上法庭 “以工代幹”人員退休年齢如何算?」『中国婦女報』2007年11月20日、「50歳退休,知識女性難越這道坎兒」『民主与法制時報』2007年11月26日。
(11)50歳退休,知識女性難越這道坎兒」『民主与法制時報』2007年11月26日。
(12)55歳退休,她究竟有没有選択権?――浙江一供電局女職工因50歳被退休状告労動部門」『中国婦女報』2009年11月3日。
(13)王竹青「曹某訴北京市海淀区労動和社会保障局行政訴訟案」北京大学法学院婦女法律研究与服務中心編『北京大学婦女労動権益保護理論与実践』(中国人民公安大学出版社 2006年)
(14)王竹青「紀某訴北京市海淀区労動和社会保障局行政訴訟案」同上書。
(15)王竹青・呉道霞「女性専業技術人員退休問題的法律与政策解読」『婦女研究論叢』2007年2期、16頁。
(16)50歳退休,知識女性難越這道坎兒」『民主与法制時報』2007年11月26日、「堅持到底 她們就能勝利嗎?」『中国婦女報』2009年10月20日。
(17)王竹青・呉道霞「女性専業技術人員退休問題的法律与政策解読」『婦女研究論叢』2007年2期、17頁。
(18)50歳退休,女性専業技術人員的一道坎兒」『中国婦女報』2007年12月13日。
(19)退休年齢糾紛 根本解決之道在于健全法律」『中国婦女報』2009年10月15日。
(20)堅持到底 她們就能勝利嗎?」『中国婦女報』2009年10月20日。
(21)同上、「她的維権之路究竟還有多遠――湖州電視台原首席記者徐飛退休年齢糾紛調査」『中国婦女報』2009年10月15日、「50歳退休,知識女性難越這道坎兒」『民主与法制時報』2007年11月26日。
(22)堅持到底 她們就能勝利嗎?」『中国婦女報』2009年10月20日。
(23)50歳退休,知識女性難越這道坎兒」『民主与法制時報』2007年11月26日。
(24)退休年齢糾紛 根本解決之道在于健全法律」『中国婦女報』2009年10月15日。
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遠山日出也

Author:遠山日出也
 検索から来られた方へ:このブログの記事を分類した一覧である「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を見ていただくか、下の「カテゴリー」欄を使われると、関連情報がご覧いただきやすいと思います。最近の行動派フェミニストについては、「中国の行動派フェミニスト年表、リンク集」をご覧ください。
 また、「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。日本の問題の一部は、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」や「館長雇止め・バックラッシュ裁判」でまとめています。
 恐れ入りますが、スパム対策などのため、コメントは私が拝見した後で表示させていただきます。
 私への連絡はこちらまで

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