2017-04

セクハラを例にした、婦女権益保障法の実効性に対する厳しい批判

 今年9月、女性の立場からメディアをウォッチするするNGO「女性メディアウォッチネットワーク(婦女伝媒監測網絡)」(1996年発足)は、『女声』という電子週報を発刊しました。

 『女声』は、「毎週、女性の発展とジェンダー平等と関係がある情報を広く収集・編集して、サイトと電子メールを使って読者に提供する」もので、まだ「試刊」ですが、一般のマスコミでは目につきにくい情報やなかなか鋭い評論が掲載されています。

 たとえば、『女声』は、毎号、巻頭に「専題」として、特定のテーマについての論説を掲載していますが、第3期の「専題」は「中国の法律はなぜ使いにくいのか──反セクシュアルハラスメントから述べる」(1)でした。

 この論説は、婦女権益保障法の北京市の「施行規則」のセクシュアルハラスメント(以下、セクハラと略す)条項を取り上げて、「中国の女性の権益を保障する法律と女性の実際の権益のニーズとの間の差異を論評」したものです。

 今年9月25日、婦女権益保障法の北京市の「施行規則」の改正案が北京市人民代表大会常務委員会で採択され、あす11月1日から施行されます(北京市実施《中華人民民共和国婦女権益保障法》弁法)。北京市の「施行規則」については、先日の本ブログでも、昨年12月の当初の改正草案には「女性幹部・女性知識人の定年を延ばして男女平等にする」という規定があったのに、その後、削除された問題を取り上げましたが(女性幹部・女性知識人の定年の男女平等化に強い抵抗)、この「施行規則」のセクハラ条項についても何度か話題になりました。

 たとえば、この9月に「施行規則」が審議された際、セクハラの定義として、「女性の意思に反する」という点を加えたことが、あれこれ議論になりました(2)

 この「女性の意思に反する」という条項については、『女声』の論説はひとまず次のように評価します。

 「これはけっして初めてのことではなく、陝西・江西・安徽などの省はすでに早くからすでに類似の定義をしているが、たとえそうでも、なお肯定するに値する。」「セクハラの種々の形式、たとえば電子情報、絵画・写真、言語、文字などを列挙することに、あまり意味はない。なぜなら、形式は多種多様でありうるし、たえず新しくなるので、挙げ尽くすのは難しい。『女性の意思に反する』という基準に依拠してこそ、はじめて具体的な生活実践の中でセクハラを弁別できるのである。」

 しかし、続けて、次の点を指摘します。

 「2005年8月に『中華人民共和国婦女権益保障法』が改正された際に、『女性に対するセクハラを禁止する』と書き込まれたけれども、セクハラの法律上の定義さえ空白だったのであり、各地の地方の施行規則によって穴埋めされるのを待つしかなかった。しかし、今に至るまで、各地の施行規則の中のセクハラの定義は、みな不完全である。台湾の『セクハラ防止法』の中の定義を参照すると、次の点が発見できる。・セクハラは性差別にもとづく暴力であり、それゆえ性と関係がありうるだけでなく、性別とも関係がありうる。・セクハラは敵意や恐れを作り出し、被害者の仕事に影響を与えるのであり、その影響は、セクハラか否かを判定するにも非常に重要である(3)。以上の2つの要点は、現在、大陸の法律のセクハラに関する定義にはまだ出現していない。」

 以上の指摘は、中国の新聞や雑誌にはあまり見当たらないものですが、さらに続けて、この論説の筆者は、「以上のこれらの討論もみな、紙の上で兵を論ずること(机上の空論)かもれない」と言うのです。

 すなわち、「各地のセクハラに関する定義はみな熱い議論を引き起こしたけれども、みな法律が出来た後は、情報がなくなってしまう。少なくとも公共のメディアにおいては、私たちはまだ、それぞれ異なる『セクハラ』の定義が、個々の事件の洗礼を受けたのを見たことがない。」(4)

 「これは何を説明しているのか?」と、この論説の筆者は問いかけます。

 さらに、北京市の「施行規則」に「使用者[用人単位]はセクハラを予防・制止する措置を取らなければならない」という規定が入ったことは「積極的」だと述べつつも、「遺憾なのは、修正の過程で、かなり重要な、従来なかった[突破性]規定が削除されたことだ」として、以下の規定が「最終バージョンではみな消えてしまった」ことを指摘しています。
 ・「使用者はセクハラの賠償のために連帯責任を負わなければならない」
 ・「女性労働者または女性労働者委員会[女職工委員会]は、セクハラの防止を集団労働契約に書き入れることを要求できる」
 ・「女性労働者委員会は、職場の中のセクハラの訴えを処理できる」(5)
 この論説の筆者は、「このような状況の下では、使用者の責任は、実際上は架空のものにされる。もし法律上の責任がなく、懲戒措置がなければ、使用者は、どこから来た必要性と原動力によってセクハラを防止するのか?」と言います(6)

 この論説は、「ここにも、中国の女性の権益を保障する法律のアポリアを見ることができるようだ。すなわち、責任の宣示だけはあるけれども、責任の追及が欠けている。」と述べ、以下のように続けます。

 「このほかにも、セクハラの被害者を困惑させる問題はまだ存在している。たとえば立件の難しさ、立証の難しさ、賠償獲得の難しさである。……地方の法規も全国的な法律も、これらの重要な実践的意義のある問題を今に至るまで解決できていない。長い間存在していて、人々が如何ともしがたくて、深く心を痛めている現象は、女性の権益を保障する法律が法律的実践に用いられた事件・訴訟の実例をほとんど見つけることができないということ、すなわち、これらの法律は真に女性の権利を守る武器にはほとんどなりえていないということである。」

 「中国の法律の不十分さに関する一つのよくある解釈は、これは法制建設の発展段階によって決定されているので、将来のいっそうの発展によって解決されることを期待するしかない、というものである。しかし、このような解釈は、人々を納得させうるものではない。なぜなら、『婦女権益保障法』が1992年に公布されて以降、ずっと『操作性がない[法的には実際には使えない、といった意味だと思います]』という批判に直面してきたが、2005年に改正されても、この面にはほとんど変化がなかった(7)。なおかつ、新しく増えた規定、たとえばセクハラの禁止やDVの禁止も、同じようにまた『操作性不足』という欠陥を繰り返した。」

 「このような[法律の]設計あるいは処置の原動力は、国家が女性の権益を保障するために『代価を支払う』ことを避けることにある。一方で、これらの法律は、文字のうえで女性の権利保護要求をくい止めるとともに、国家の政治的イメージを作りあげる。その一方で、その「可操作性」と問責メカニズムを空っぽにすることによって、女性が真に法律的にエンパワメントされたり、既成のジェンダー制度が衝撃が受けたりする危険を避けている。」

 以上、この「専欄」の一文は、非常に厳しいものですが、現在の中国の女性の権利を守る法律(主に婦女権益保障法を指していると思う)の内容と機能をリアルに見るかぎり、ほぼ正しいと言えると思います。

 もちろん、中国の法律も何の変化もないわけではなく、2005年には婦女権益保障法に入らなかった(草案にはあった)使用者のセクハラ防止義務が、今回の北京市の施行規則では取り入れられたというようなことはあります。ただし、現実にこの法律を武器にできる水準には達しているとは言い難い――ということなのだと思います。

(1)「中国的法律為什麼不好用──从反性騒擾説起」『女声』第3期(試刊)[ワードファイル](2009年9月28日)
 他の号も、以下のとおり、webにアップされています(いずれもワードファイル)。
 『女声』第1期(試刊)(2009年9月14日)
 『女声』第2期(試刊)(2009年9月21日)
 『女声』第4期(試刊)(2009年10月12日)
 『女声』第5期(試刊)(2009年10月19日)
 以上の『女声』は、「社会性別与発展在中国」サイトに収録されています。『女声』のメーリングリストのサイトもあるのですが(女声genderwatch)、メーリングリストのサイトは、まだすべての号を収録していません。
(2)2009年5月に出た修正草案では、セクハラの定義は、「言語・文字・画像・電子情報・身体行為などの形式によって、女性に対してセクシュアルハラスメントをすることを禁止する」(第38条)というものでしたが(北京市人大常委会内務司法弁公室「徴求対《北京市実施〈中華人民民共和国婦女権益保障法〉弁法》(修訂草案)意見的通告」(2009年5月4日、北京市人民代表大会常務委員会HP)、9月に成立したものは、「女性の意思に反して、性的内容または性に関係する言語・文字・画像・電子情報・身体行為などの形式によって、女性に対してセクシュアルハラスメントをすることを禁止する」(第33条)になっています(「北京市実施《中華人民民共和国婦女権益保障法》弁法(2009年9月25日北京市第十三届人民代表大会第十三次会議通過)」北京市人民代表大会常務委員会HP)。
 「女性の意思に反する」という文言が入ったのは、一部の委員から、5月の修正草案の定義だけでは広すぎるので、「女性の意志に反する」という限定を加えるべきだという意見が出たからです(「北京市為性騒擾界定両個要件即違背婦女意志及含有性的内容」『京華時報』2009年9月24日)。
 この修正に対しては、「言語・文字・画像・電子情報・身体行為などの形式」という定義だけでは、そうした情報を受け取っても、女性が自分が傷ついたと思わない場合もあるという理由で賛成する意見が出るとともに(「“違背婦女意志才算性騒擾”彰顕立法理性」『東方今報』2009年9月27日)、「セクハラ」とは女性の意思に反する行為を指しているのだから、「女性の意志に反する」という言葉は余計であるとか(「“違背婦女意願”的“性騒擾”定義並不科学」熊超律師的小空間2009-09-24)、女性がセクハラを歓迎する場合もあるかのような言い方は女性に対する侮辱である(「没有不違背婦女意願的性騒擾」『重慶時報』2009年9月27日)と言って反対する意見も出ました。また、人の意志、とくに男女間の感情は変わりやすいので、おこなわれた時には女性の意に反していなくとも、女性の気が変わって男性を訴えるかもしれないとか、男性を陥れる女性が出てくるかもしれないという理由で「女性の意志」を基準にすることに反対する意見もありました(「反性騒擾漏掉了誰?」『雲南信息報』20099年2月26日→「“違背婦女意願”是否会変成橡皮泥」反対家庭暴力網)。
(3) 台湾のセクシュアルハラスメント防止法の第2条は、以下のとおりです。
 「本法で言うセクシュアルハラスメントとは、性侵害の犯罪以外に、他の人に対して、その意志に反する性または性別に関係する行為をおこなうことで、かつ以下の状況の一つがあることを指す:
 1.他の人がその行為に従う、または拒絶することが、仕事・教育・訓練・サービス・計画・活動に関する権益を獲得・喪失・減少させる条件になる。
 2.文字・図書・音声・映像またはその他の物をを見せるか放送する方式、または差別・侮辱する言行、または他の方法で、他の人の人格の尊厳を損なう、または心に恐怖を生じさせる、敵意を感じさせる、怒らせる情況、またはその仕事・教育・訓練・サービス・計画・活動または正常な生活の進行に不当な影響を与える。」「性騒擾防治法」(民国98年01月23日修正)全國法規資料庫
(4)この論説の、この箇所の指摘は、王琳「遏制性騒擾更在立法実践之外」(『京華時報』2009年9月25日)にもとづいています。
(5)これらの条項は、出された当時、注目されました(「単位性騒擾 単位要担責」(『北京晨報』2008年12月3日)。2008年12月に出た最初の修正草案については、正確には「関于《北京市実施<中華人民共和国婦女権益保障法>弁法(修訂草案送審稿)》的説明」(もとは北京市人民代表大会常務委員会HPのhttp://www.bjfzb.gov.cn/advice/user/content.asp?UNID=291に掲載されていましたが、現在は社会性別与発展在中国HPに収録されています)を参照してください。
 また、昨年12月の草案には、「本市の各クラスの人民代表の候補者のうち、女性代表の比率は代表の候補者の総数の35%より低くてはならない」(第11条)という規定もあり、『中国婦女報』の記事は、この規定にも注目していましたが(「北京実施“婦女法”弁法送審稿亮点頻出」『中国婦女報』2008年12月4日)、この規定も今年5月には削除されました。
 また、私が重要だと思うのは、昨年12月の草案には、第2章として、「組織機構とその職責」という章が設けられており、市と区(県)の女性児童工作委員会に、たとえば以下のような重要な権限を与えていたことです。
 ・女性の権益を保障するうえでの重要な問題を調査研究し、指導的意見を提出する。女性の権益に関する地方性法規・規則と公共政策の制定に参与する。
 ・女性の権益を侵害する行為の訴え・通報を受理し、関係部門に女性の権益を侵害する行為の調査・処置を督促する。
 しかし、今年5月の草案には、「組織機構とその職責」という章はなくなり、以上の規定も削除されました。
 結局、セクハラ問題以外の点に関しても、昨年12月の当初の草案にあった、数値を挙げるような具体的規定や法律の実効性を確保するための具体的措置(女性幹部・女性知識人の定年の男女平等化、人民代表大会の代表の候補者の総数に対する女性代表の比率の数値、女性児童工作委員会の権限強化)の多くは、削除されたということができます。
(6)この点に関しては、『女声』のこの文の筆者は、北京市の「施行規則」を論評した『新京報』の社説である、「反セクシュアルハラスメント:権利の明確化から、権利の実現へ」を参照しています。この社説は、次のように述べています。
 「おおざっぱで粗すぎるのが、中国のあるいささかの法律の通弊である。すなわち、ある領域では、すでに法律ができたけれども、民衆が問責または権利保護の要求をしたときには、相変わらず依拠できる法律がない感がある。ポイントは、立法のときに、問責あるいは権利保護の制度設計を考慮に入れていないことにあり、そのために、法律と現実が食い違って、法律が紙の上だけのものになって、本当に運用できる武器たりえないのである。
 やはりセクハラについて言えば、もし使用者[用人単位]が必要な防止措置をとっていなければ、使用者が負わなければならない法律上の責任は結局何であるのか? 被害者に一定の賠償をしなければならないのか否か? これは、施行規則では明確ではなく、このようである以上は、どうしても、使用者に対して責任を追及しようがないのではないかと心配になる。
 率直に言って、中国の現行の法律がセクハラに対して打撃を与える力は非常に弱く、この類の訴訟で被害者が勝利するのを見ることは基本的にできない。」(「(社論)反性騒擾,从弁明権利到落実権利」『新京報』2009年9月24日)。
(7)この点に関しては、遠山日出也「最近の中国における女性労働問題をめぐるさまざまな女性たちの動き」『女性学年報』26号(2005年)129-131頁も参照してください。
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://genchi.blog52.fc2.com/tb.php/280-84474cd5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

プロフィール

遠山日出也

Author:遠山日出也
 検索から来られた方へ:このブログの記事を分類した一覧である「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を見ていただくか、下の「カテゴリー」欄を使われると、関連情報がご覧いただきやすいと思います。最近の行動派フェミニストについては、「中国の行動派フェミニスト年表、リンク集」をご覧ください。
 また、「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。日本の問題の一部は、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」や「館長雇止め・バックラッシュ裁判」でまとめています。
 恐れ入りますが、スパム対策などのため、コメントは私が拝見した後で表示させていただきます。
 私への連絡はこちらまで

最近の記事

月別アーカイブ

カテゴリー

最近のトラックバック

最近のコメント

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード