2017-10

仏山市南海区政府が農村の「出嫁女」の土地権益問題を解決

 以前、このブログで、農村において、村に住み続けているけれども、他の村の人と結婚したために諸権利を奪われている「出嫁女(嫁に行った娘)」が裁判によって自らの権利を回復した事例を取り上げたことがあります(農村女性の土地請負経営権をめぐる裁判)。

 今回は、行政が「出嫁女」の問題に取り組んだ事例です。

 7月30日の『中国婦女報』は、広東省仏山市の南海区の政府が「出嫁女」の権益の問題を解決したことを大きく取り上げました(1)。その記事には、おおむね以下のようなことが書かれていました([ ]で囲んだ見出しは私が付けたものです)。

[広東省における「出嫁女」の問題]

 広東で言う「出嫁女」とは、よその土地の人と結婚とした農村戸籍の女性のうち、さまざまな原因で戸籍を実家に置いたままにしている人を指す。その子の戸籍も母親に従うので、出嫁女の権益の問題は、子どもの権益の問題も含んでいる。

 1980年代初めは、出嫁女の権益の問題は、他の村民と平等な土地請負権が与えられないという問題だったが、矛盾はまだあまり目立っていなかった。しかし、1990年代半ば、広東省の珠江デルタ地区で都市化が進行し、農村の株式制改革(村民が土地の使用権を「土地株式合作社」に譲り渡し、譲渡した土地に応じて合作社の株式を保有し、配当を受ける改革)がおこなわれると、土地請負権の問題は、株の利益分配、福利・宅地の分配などの問題に変わった。都市化に伴って土地の用途が変わったために土地の価値が大きく上がったので、矛盾は鋭くなった。

 広東省の出嫁女の権益問題の主な特徴は、主に出嫁女が村民としての待遇を受けられないことにあり、その具体的な現れは、出嫁女とその子どもには株を与えず利益の分配をしない、土地収用の補償金や住宅、そのほか村民としての福利待遇を与えないという形で現れている。

 この問題を解決するため、10年余りにわたって多くの出嫁女が駆け回り、長期の上訪(上級機関への直訴(2))、集団での上訪、等級を飛び越しての上訪をしばしばおこなった。宏崗村の党支部書記は「絶え間ない上訪は、村の社会の安定に対して影響と制約をもたらした」と述べ、南海区党委員会の書記は「このこと[出嫁女の問題]がもし解決したら、南海の上訪問題の半分以上、3分の2さえ解決するだろう!」と述べたほどだ。

 婦女権益保障法(原文日本語訳[PDF])は、「女性は、農村の土地請負経営権、集団経済組織の収益分配、土地収用または収容補償費の使用、宅地使用などの面で男子と平等な権利を持つ」と規定している(32条)。しかし、その一方、村民委員会組織法は村民自治を強調しているので、村によっては、「村規民約(村のきまり)」によって、「出嫁女は、村民としての資格がない」と決めて、出嫁女のさまざまな権利を奪っている。

[行政が主体になって系統的・組織的に]

 2008年3月、南海区は「南海区の出嫁女およびその子どもの権益の問題を解決する工作の指導グループ事務局[略称:出嫁女事務局](南海区解決出嫁女及其子女権益問題工作領導小組弁公室[略称:出嫁女弁])」を設置し、まず試験的に2つの村で工作をおこなった。

 次に、南海区の党委員会と区の政府は、この問題に関する全面的・系統的で、周到な文書である「農村の2つの権利の確認[集団的資産の財産権の確認、集団的経済組織のメンバーの身分の確認]をし、農村の『出嫁女』とその子どもの合法的権益を実現することに関する意見(関于推進農村両確権,落実農村“出嫁女”及其子女合法権益的意見)」(3)を発表した。

 しかし、こうした文書だけでは不十分だった。農村には、嫁に行った娘を「よそ者」扱いする旧い意識が強かったからである。

 それゆえ、南海区政府は、村の幹部に法制教育をして、出嫁女の権益を保護する法律の規定を理解させることや、農村の末端幹部と語り合って意思を疎通させ、政策に対する支持を勝ち取ることを重視した。

 そのために、2008年6月には、区の人民代表大会・宣伝部・農村工作部・婦女連合会・裁判所・司法局など十数の部門から30人あまりを引き抜いて「出嫁女事務局」に配置した。その30人あまりは、4つの工作組に分かれて、各鎮(街)に駐在して工作の指導をした。各鎮(街)にも出先の工作グループを置いた。婦女連合会の副主席は毎日各地を駆け回り、基層に入り浸って活動した。

 そうしたかいあって、2008年末には、全区の90%の1万7000名の出嫁女とその子どもが株主になり、利益の分配を受けるようになった。

[裁判所による強制執行も]

 しかし、それでも依然、抵抗があった。とくに村民委員会、村民小組(4)という2つのレベルの幹部を説得するのが困難であり、彼らを説得するために大きな精力を費やした。

 また、「行政の導きを主にし、司法の強制を補助にする」というのが、南海区が出嫁女の権益の問題を解決する原則だった。鎮の政府が行政処理の決定をおこなっても、村民小組が従わない場合、鎮の政府は裁判所に強制執行の申請をして、強制執行がおこなわれた(5)

 こうして、7月10日までに、95.2%の出嫁女とその子どもが株主の権利を持つことができた。

 南海区の各鎮(街)の政府は、既にすべて行政処理決定書を下達しており、残った問題も年内に解決するつもりだ。

[村の経済発展に結びついた]

 ある鎮委員会の書記は「以前は、鎮では毎年一部の出嫁女が関係部門にやってきて得られるべき権益を勝ち取ろうとし、村組の幹部もいつも時間と精力を出嫁女の上訪事件を処理するのに使った」けれども、出嫁女の権益問題が解決した後は、「村の中の雰囲気が調和的になり、村組の幹部も時間と精力を経済発展と社会活動に集中できるようになった」と述べている。

 また、多くの出嫁女は、権益が実現した後、郷里の建設を支えるために喜んで寄付をするようになった。

南海区の経験の意義

 以上が『中国婦女報』の報道の大要ですが、南海区のこの経験の意義として、以下のようなことが指摘されています。

党委員会や政府が主体になって出嫁女の権益を保護した

 李慧英さん(中央党学校の社会学の教授)は次のように述べています。出嫁女の権益問題を解決するこれまでの方法は、「大多数の地区は主に司法救済の方法」(個人が上訪し、婦連が参与し、司法が救済する)だった。しかし、この方法は、問題が生じた後の事後救済であった。また、訴訟には金や時間がかかり、出嫁女個人が多数の村民や村民委員会と対決しければならないので、尻込みして諦める出嫁女が多かったし、闘っても成果が得られない場合が多かった。

 それに対して、南海区では「行政の法律執行が主導的作用を果たし、司法が補助をしている。」「南海区の経験は、党委員会と政府が出嫁女の権益を保護する主体であることを示した」。「がっちりと動揺せずに政府の責任を履行してこそ、法律と民俗の間の背離と衝突を解決することができ、法律の形式的平等を実際の平等に転化することができるのだ。」(6)

「家父長制[父権制]に対する初めての本当の闘い」

 劉澄さん(江蘇省揚州市委員会党学校教授)は、その村の戸籍があれば当然村民の資格があるべきなのに、嫁に行った娘は、その村の戸籍があっても村民の資格を失うのは、父系による継承を中核にした家族制度である「家父長制[父権制](7)」のためであると指摘します。

 だから、劉澄さんは、今回、南海区政府がおこなったのは「『家父長制』に対する初めての本物の反撃」であり、「この初めての反撃が、全国的範囲の家父長制に対する総反撃の開始にもなることを希望する」と述べています(8)

私の感想

 私も、李慧英さんや劉澄さんの評価はその通りだと思います。

 南海区政府の今回の取り組みから、私は、1953年の婚姻法貫徹運動を思い出しました。単に法律を公布しただけでなく、それを推進するための専門機構を設置して、試験的な工作をしたうえで、具体的な指示を出し、行政や司法の側が組織的な努力をして、旧来の家父長制的な慣習の改変を試みた点が共通していると思うからです。

 ただし、1953年の婚姻法貫徹運動では、結婚や離婚の自由は言われましたが、父方居住や父系制のようなことは問題にされませんでした(9)。その後の人口抑制政策の中では父方居住や父系制も若干相対化されたとはいえ、行政がそれらに対してこうした形で組織的に立ち向かったのは、劉澄さんが言うとおり、初めてではないかと思います。

 ただ、今回「政府が主体になった」背景には、南海区では、出嫁女の上訪が「社会の安定」を揺るがすほどだったことがあると思われます。ですから、ただちに他の地域の政府が同じことをすることはないでしょう。

 都市化を背景に他の地域にも同様の動きが起きる可能性はあると思いますが、珠江デルタ地帯や南海区の特殊性は当然考慮に入れる必要がありましょうし、そもそも『中国婦女報』の記事が描くような、「経済発展」や「社会の安定」のためにおこなわれる改革では限界が出てくるのではないか、という疑問もあります。

 もう一つ気になったのは、『中国婦女報』の記述の中に、「農村の出嫁女の権益を持続的に実現するために、南海は、世帯を単位にして株主の権利を固定化して、『世帯にもとづいた利益分配[按戸分紅]』を実行し、新しいメカニズムによって、2009年末には農村の集団経済組織の株主の権利の紛争を解決することを目標にしている」とあることです。株主の権利を「世帯を単位にして固定化する」などの言葉だけ聞くと、女性が離婚した場合などはどうなるのかな? という疑問がわきました(私は農村の土地問題には詳しくないので、的外れな疑問かもしれませんが)。

(1)出嫁女権益保護如何突破重囲――広東南海模式調査」『中国婦女報』2009年7月30日。「南海“出嫁女”分紅有望全落実 以司法強制執行」(『南方日報』2009年9月2日)などの報道もありますし、南海区人民政府のサイトにもさまざまな記述があります。
(2)「上訪」は、辞書には「陳情」と書かれていたりしますが、むしろ「直訴」と訳したほうが適切なようです。「上訪」については、ネット上にも、「直訴阻止はありえない?-なぜ中国人は「上訪」を選択するのか(1/3)」(2006/05/18)、「むなしい法改正-なぜ中国人は「上訪」を選択するのか(2/3)」(2006/07/24)、「正義は皇帝に!?-なぜ中国人は「上訪」を選択するのか(3/3)」(2006/10/15)(いずれも「君在前哨/中国現場情報」ブログ)、「“闇監獄”とはなにか?=性的暴行事件が浮き彫りにした社会矛盾」(2009-08-12)(「21世紀中国ニュース」ブログ)などの記事がありました。
(3)原文は見つけられませんでしたが、「広東仏山南海:“出嫁女”同籍同権同齢同股同利」(『南方日報』2008年6月25日。新華網より)にかなり詳しい記述があります。
(4)村民委員会は村民の自治組織。村民小組については、村民委員会組織法第10条に「村民委員会は、村民の居住状況に照らして、若干の村民小組を分けて設置することができる。小組長は村民小組会議によって推薦される」とあります。
(5)そのほかに、南海区の政府は、出嫁女の権益の政策を実施した村民小組には財政的なサポートをし、実施しなければ、財政補助を抑えるという方法も使ったことも報じられています(「南海“出嫁女”分紅有望全落実 以司法強制執行」『南方日報』2009年9月2日、「南海年内可全部解決出嫁女権益問題」2009-02-23仏山市南海区人民政府HP)。
(6)李慧英「維護出嫁女権益 政府必須成為責任主体」『中国婦女報』2009年7月30日。
(7)劉澄さんは、中国の家父長制[父権制]について、以下のように説明しています。
「中国の家族は今なお父系継承[伝承]であり、子どもはみな基本的に父姓で、父親の血統と財産を伝えるものである。しかし、息子と娘の継承における働きは異なっており、息子は当然の継承者で、生まれつき相続権を持っており、家庭を存続させる跡継ぎだと見られる。家の跡継ぎを保つためには、妻を娶り息子を生ませなければならず、それによって代々血統を継ぐ。しかし、娘は当然の相続人ではなく、逆に嫁に行って、他家のために子を産んで、他人の跡継ぎにしなければならない。私たちは、この父系の継承を中核にした家族制度を『家父長制[父権制]』と呼んでいる。」「家父長制[父権制]の家族制度……[の下では]女児は、いったん嫁に行ったら『嫁に行った娘と撒いた水は、もとには返らない』ということになる。」「父母の家族のメンバーの身分を失った女性は、村の中でも『よそ者』と見なされる」
(8)劉澄「対“父権制”的一次真正反撃」『中国婦女報』2009年7月30日。
(9)Kay Ann Johnson,Women,the Family and Peasant Revolution in China, The University of Chicago Press, 1983, p.128.(この本については、私の書評が『中国女性史研究』第2号[1990]にあります)
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