2017-10

「性転換手術技術管理規範(意見募集稿)」をめぐって

 今年の6月16日、衛生部は「性転換手術技術管理規範(意見募集稿)」を発表しました(1)

内容

 この規範は、まず、性転換手術をおこなう医療機関について様々な条件を課していますが、たとえば以下のような条件を課しています。
 ・3級甲等病院(「3級甲等」は一番高いクラス)または3級甲等整形外科専門病院であること。
 ・病院の中に、医学・法学・倫理学などの専門家によって構成される「性転換手術技術臨床応用と倫理委員会」を設置していること。

 医者については、たとえば次のような条件が必要です。
 ・手術をする者は、整形外科の臨床に10年以上従事しており、性転換手術の臨床の仕事に5年以上参加した経験があり、独力で10例以上の生殖器再生手術をやりとげたことがあること。

 また、手術の前に、以下のような書類を提出しなければなりません。
 ・現地の公安部門(警察)が出した、患者に前科がないことの証明。
 ・現地の公安部門(警察)が手術後に身分証の性別を変更することに同意した証明
 ・精神科医が出した、性同一性障害[易性癖](2)の診断証明。
 ・患者が出す、直系親族には性転換手術をすることを既に知らせたという証明。

 性転換手術を受ける人自身については、以下の6つの条件が必要です。
 ・性転換に対する希望が少なくとも5年以上持続していて、変わっていないこと。
 ・患者が自ら選んだ性別で少なくとも2年間公に生活と仕事をしていること。
 ・手術前に心理的・精神的治療を少なくとも1年間受け、かつその効果がなかったこと。
 ・結婚している状態にないこと。
 ・年齢が20歳以上であり、完全な民事行為能力を持っていること。
 ・外科手術に対するアレルギーがないこと。

背景(3)

 中国の性転換手術の大家である陳煥然さんによると、衛生部がこの管理規範の作成を決めたきっかけは、2002年末から2003年初めに起きた2つの刑事事件だったそうです。一つは、指名手配された人が逃走中に性転換手術を受けたために捜査が困難になった事件で、もう一つは、性転換手術の出来に不満を持った人が医者と看護師に傷害を負わせた事件です(ここから見ると、少なくとも「管理規範」の出発点は、本人の人権よりも、治安維持、「社会の安定」という観点だったことになります)。

 また、近年、多くの医者が営利主義的に性転換手術をするようになったために、トラブルや訴訟が多く起きているので、早急な規範作りが求められていたという事情もありました。

 この「管理規範」の起草には、陳煥然さんも参加しました。

「管理規範」の意義

 この「管理規範」の意義としては、次のようなことが言われています。

粗雑な性転換手術の防止

 「管理規範」の冒頭にも、「医療の質と医療の安全を保証するために、本規範を制定する」と謳われています。現在のところ、多くの民営の病院では、「管理規範」のように厳格な条件の下では性転換手術がおこなわれていないので(4)、それが改まるか否かが問題です。

性転換手術の「合法化」

 この「管理規範」によって、中国の性転換手術が「ついに『合法であるという装い』をまとうことになった」(5)とか、「合法化されたと感じた」(6)という言い方がなされています。従来もべつに法律で禁止されていたわけではないのですが、公認されたと受け止められたのだと思います。

「管理規範」に対する疑問

 その一方、以下のような批判も出てます。

「性転換手術の条件が厳格すぎる」という声

 「『性転換技術規範』は性転換手術の敷居を高め、性転換をしたい人の前に、さらに高騰した手術の費用、何重もの条件の制限、厳格な法律の規定を立ちはだらかせた。このことは、地下の非合法な性転換手術の市場の『繁栄』をいっそう促進するかもしれない」という懸念を持つ人がいます(7)

 この「管理規範」では、手術前にあらかじめ公安部門(警察)が身分証の性別変更を承認している必要がある点に対しても、邱宗仁さん(中国社会科学院、倫理学)は、「身体的・精神的に必要があれば性転換を認めるべきであって、警察は、それに応じて身分証の性別を変更すべきである」と批判しています。

 邱さんは、「患者が自ら選んだ性別で少なくとも2年間公に生活と仕事をしていること」という条件に関しても、それは中国の社会では困難であるとして、批判しています(8)

 万延海さん(北京愛知行研究所)は、「結婚している状態にないこと」という条件について、「結婚している人も、性転換を選択して、パートナーと良好な関係を続けることができる」と反論しています(9)(ただし、万延海さんの主張を現実にするためには、中国でも同性婚が認める必要があると考えられます)。

「規定が不十分である」という声

 その一方、この「管理規範」には不十分な面もあるという懸念も出ています。

 陳煥然さんは、彼の案にあった「手術後の評価基準」(手術後の患者の生理と心理が統合され、性転換後の身分での生活・仕事・学習が成功しているか否かといったこと)が削除されたことを問題にしています。もしこうした基準がなければ、性転換手術をめぐる訴訟も多いままだろうし、裁判所にも判断の基準がないからです。

 また、陳さんは、病院・医者・患者の3者が負う法律上の責任についての規定がないことも問題だと述べています。つまり、今後、「管理規範」を無視して病院ないし医者が勝手に手術をした場合、それらの人がどのような責任を負うかの書かれていないので、地下の非合法な性転換市場が残るのではないかということです(10)

 性転換した芸能人として有名な寒冰冰さんは、性転換手術の費用は高額なので、国が価格を決めるべきことを主張しています。

 また、寒冰冰さんは、「管理規範」では、「医学・法学・倫理学などの専門家」が「性転換手術技術臨床応用と倫理委員会」を構成するとしていることついて、心理学の専門家などが必要であると述べています(11)

性転換後の問題

 寒冰冰さんは、「(この「管理規範」で)性転換手術が『合法化』されたと感じたけれども、この規範が性転換者に実質的な変化をもたらしうるとは思えない」と語っています。陳煥然さんも、「性別の転換が引き起こす多くの法律・社会倫理・道徳の面の問題はまだたくさんあるので……わが国はさらに高次の立法によって、性転換手術をする医師や性転換をする人の権利を保障し、性転換後の一連の社会問題を解決しなければならない」と述べています(12)

 中国には、性転換者が性別を変更できることを決めた法律はまだありません(ただし、一部の地方の警察は、すでに性転換者の実際の状況にもとづいて、身分証や戸籍簿などの性別欄を変えています。さらに河南省と江西省では、公安庁が、性転換手術を受けた人に戸籍の性別を変更する手続きについての規定を出しています(13))。

 また、性転換した人は、就職でも差別されており、陳煥然さんによると「彼らの大部分は、艶舞(色っぽい踊り?)を踊ったり、色情的な職業に従事することによって生活している」とのことです(14)

寒冰冰さんと「性転換者協会」の構想

 寒冰冰さんは、2005年にメディアで性転換者であることを公表して以後、性転換の問題に悩む人々の相談に乗ってきました。性転換者の交流の場としてQQ群(内輪のソーシャル・ネットワーキング・サービス)も作りました(15)

 今年は、「中国で最初の性転換者の映画」だという「雪の上の新婦」(《雪地里的新娘》片花預告)という映画を制作し、みずから主演しました。

 いま、寒冰冰さんは「性転換者協会」を設立しようとしています。《蝶》という名称で、以下のような機能を持つ組織を考えているようです。
 ・倫理学会の専門家、心理学の医者、法学の専門家、整形の資質を持った医者、整形機構、社会労働保障機構、メディア、性転換者、ボランティア。
 ・性転換する人に対して、機を逸せずにカウンセリングや忠告。
 ・整形医が患者に対して、完全な性転換の案の全権的分析(?)
 ・社会に向けて、生理衛生・医学面の「ジェンダー障害の説明」。
 ・性転換後の職業選択の面での第三者の配慮と導き。
 ・専門の弁護士機構による性転換者のために権利保護。
 ・メディアの理性的で正面からの客観的な報道。(16)

[追記]
 2009年11月、衛生部は、「性転換手術技術管理規範(試行)」を制定しました。本ブログの記事「『性転換手術技術管理規範(試行)』制定」を参照してください。

[追記2(2009.12.17)]
 タイトルが誤解を招く恐れがあるので、(意見募集稿)の文言を付加しました。

(1)中華人民共和国衛生部「衛生部医政司関于徴求《変性手術技術管理規範(徴求意見稿)》等第三類医療技術管理規範意見的函」(衛医政療便函[2009]116号)(2009-06-16)、附件1「変性手術技術管理規範(徴求意見稿)[ワードファイル]」衛生部HP。
 7月10日までに意見を寄せるように書かれていますが、その後の修正については、まだ公表されていません。
 なお、フリー百科事典『ウィキペディア』の「性別適合手術」の項目によると、「性転換手術」は俗称であり、現在は「性別適合手術」と言うのが正しいということです(現在の医療技術では性自認の一因としての生殖機能を与えることはできないから)。けれど、中国語の「変性」は「性転換」と訳す方が適切なように思うので、「性転換手術」としました。
 ただし、中国でも、「性転換手術(変性手術)」「性転換者(変性人)」は差別的な用語だとして、「性別再構築外科手術(性別重塑外科手術)」、「性別再構築者(性別重塑者)」と呼ぶべきだということが言われています(「改変性別:法律能給的和没給的 数百億元市場得以規範 成敗標準及侵権責任仍未設定」『法制日報・周末版』2009年7月2日)。
(2)「性同一性障害」という言葉は好ましくないです(フリー百科事典『ウィキペディア』の「性同一性障害」の項目)。ただ、中国語の「易性癖」も、互動百科の「易性癖」の項目を見るかぎり、「障害」だと捉えられているので、一応「性同一性障害」と訳してみました。
(3)変性手術20年合法路」『法律与生活』2009年15期(北京拉拉沙龍HPより)。なお、2003年ごろまでの中国や台湾の性転換手術などの状況については、白水紀子「中国のセクシュアル・マイノリティー」(『東アジア比較文化研究』3[2004.9])の59-61頁に述べられています。
(4)部分医院無視変性手術管理規範」新華網2009年6月18日。
(5)(2)、「改変性別:法律能給的和没給的 数百億元市場得以規範 成敗標準及侵権責任仍未設定」『法制日報・周末版』2009年7月2日。
(6)上記「改変性別:法律能給的和没給的 数百億元市場得以規範 成敗標準及侵権責任仍未設定」の記事の中の寒冰冰さんの言葉。
(7)上記「改変性別:法律能給的和没給的 数百億元市場得以規範 成敗標準及侵権責任仍未設定
(8)Shan Juan,“Sex change surgery guidelines draftedChina Daily,2009-06-17
(9)万延海「給衛生部:関于変性手術管理規範」(2009-08-10)愛知行動BLOG
(10)(2)の「変性手術20年合法路
(11)変性手術技術管理規範」(2009-06-17)寒冰冰的BLOG
(12)上記「改変性別:法律能給的和没給的 数百億元市場得以規範 成敗標準及侵権責任仍未設定
(13)変性人性別如何登記河南有新規 中国社会已寛容」中国新聞網2002年11月19日、「性別変更、更生登記弁事指南」湖南省公安庁人口与出入境管理局電子政務網[2009年9月14日access]、「江西発文明確変性者戸籍変更辨法 公安人士詳解変性人戸口被許可易性的法律意義」法制日報2008年12月4日。
(14)上記「改変性別:法律能給的和没給的 数百億元市場得以規範 成敗標準及侵権責任仍未設定
(15)変性人寒冰冰:手術刀不能解決所有問題」(2009-08-28)手機看新聞(来源:新世紀周刊)
(16)中国成立変性人協会迫在眉睫」(2009-09-04)寒冰冰的BLOG
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