2017-11

鄧玉嬌事件の判決をめぐって

判決の内容

 6月16日、湖北省巴東県法院は、鄧玉嬌事件(この事件について本ブログの記事)の判決を下しました。その内容は、「鄧玉嬌の行為は過剰防衛であり、故意傷害罪になる。けれど、自首という情状があり、監察医によると、鄧玉嬌の刑事責任能力は一部、限定されているので、処罰を免除する」というものでした。鄧玉嬌さんは自由の身になりました。

インターネットや世論の力

 インターネット(新華網)の投票では、90%以上の人々が判決を支持しました(1)。鄧玉嬌さんが自由の身になったのは、鄧玉嬌さんに声援を送った「ネットの勝利」だという声も上がっています(2)

 新聞記事にも、「社会の世論が司法の公正さを推進した」と主張したものがありました。その記事は、「厳しい監督の下でこそ、司法は権力の介入を遮ることができるのであり、不断に進歩し、日々整備され、公正な方向に向かうのである」と指摘しています(3)

 けれど、今回は運よくインターネットやメディアの注目を集めたけれど、そうでない場合のことを考えると楽観できないとか、事件の中での警察の不審な動き(以前の本ブログの記事で少し触れました)については調査や追及がなされていないといったことを指摘する人もいます。その人は、「鄧玉嬌事件は、現在までのところ、コンマ、せいぜいのセミコロンを打ったとしかいえず、ピリオドを打つにはまだ遠い。社会全体の法治化と公平正義の実現は、たった今、小さな一歩を踏み出したにすぎない」と述べています(4)

 また、当然ながら、ネット世論の危うさ(専門的知識の乏しさなど)を戒める人もいます(5)

判決内容に関する疑問

 また、鄧玉嬌さんが自由の身になったことは喜びつつも、判決の内容については、批判する意見が少なくありません。

 判決は鄧玉嬌さんに対する「不法な侵害」は認めたのですが、華良さんという人は、「『不法な侵害』とは、結局のところ、女性に対する悪ふざけなのか、強姦未遂なのか」と問うています。鄧貴大と黄徳智らは、鄧玉嬌に「異性入浴」を要求して、鄧玉嬌を引っ張り、鄧玉嬌がそれを振り払って、断ると、鄧玉嬌について休憩室にまで入って行き、2人一緒になって口汚く罵り、顔や肩を手で打った。鄧玉嬌が休憩室から出ようとしたら、また引き戻し、もう一度鄧玉嬌が離れようとしたら、ソファーの上に押し倒した。鄧玉嬌が鄧貴大を両足で蹴って立ち上がったら、また力づくでソファーの上に押し倒した。「こうした連続した動作は、単に異性入浴を要求する行為なのか、それとも典型的な強姦行為なのか」と。

 華良さんは、裁判所は「強姦未遂を、あいまいな『不法な侵害』に変え、正当防衛を『過剰防衛』を変えた」のであり、「裁判所は、民意と権勢の間を揺れ動き、民意に配慮しつつも、権勢にも釈明をしたのだ」と述べています(6)
 
 もちろん、正当防衛か否かという件については、判決を擁護する法学者もおり、意見はさまざまです(7)。しかし、「四人組」や人権活動家の弁護にも携わってきて、「人権弁護士」として著名な張思之弁護士も、・女1人に対して男3人であること、・連続して暴力をふるっていること、・ナイフで護身しようとして、揉み合っているうちに不幸にして急所に刺さったことなどから見て、正当防衛だと主張し、判決を擁護する学者を批判しています(8)

 また、方貳さんという人は、「加害者の行為は『押した』とか『押さえた』というものであり、暴力の程度から見るとそれほど重大ではない。しかし、老若男女関係なしに同一の基準を適用してはいけない。鄧玉嬌は体重50kgにも満たない女性であり、刃物を使わなければ逃れる道はなかった」といった主張をしました。この主張は、「正当防衛」概念の中のジェンダー問題を指摘したと言えるかもしれません(9)

 また、鄧玉嬌さんは「処罰を免除された」といっても、前科が残ると今後の仕事などに不利な場合もあるから、控訴するべきだと考える弁護士もいました(10)(鄧玉嬌さん自身は、なにより自由の身になれたからでしょうか、判決を受諾していますが(11))。

官僚と民衆との階層的断裂

 先日の記事でも述べたように、鄧玉嬌さんは英雄視されました。その背景には、中国社会の階層の断裂があると多くの記事が指摘しています。

 たとえば、鄧聿文さんは、現在、政治・性・金銭の権力を持っている「官僚を代表とする権勢階層」と「底辺の民衆を主とする弱者層」との対立が「一触即発の形勢」になっていると述べています。そのため、多くの人が、鄧玉嬌を「暴力に抗した英雄」として捉え、死んだ公務員には同情しなかったのだと指摘しています。

 鄧聿文さんは次のように言います。「官民の対立が今日の状況にまで達したのは、社会の矛盾が不断に蓄積された必然的結果である。30年来、中国が経済建設を推進した過程では、けっして本当には政府とその官僚の権力を制約してこなかったし、本当には民衆に権力を与えてこなかった。そのため、民衆の各種権益は重大な侵害を受けてきた。とくに社会の底辺の弱者集団は、制度と構造の変遷の犠牲になり、改革と発展の成果を享受した集団の外に排除されて、沈黙した希望なき集団になっている。」「それゆえ、社会の断裂を埋め、悪化した官と民との対立関係を修復するには、政治改革をすすめ、公民の政治的権利を人民に返さなければならない」。

 鄧聿文さんは中央党校の『学習時報』の仕事をしている人ですが、「政府の権力を規範化し、制約」しなければ「この社会はもっと多くの衝突が起きるかもしれない」と言います。鄧聿文さんが具体的に求めているのは、すでに発表されている国家人権行動計画(2009-2010)を「本当に実行」することであり、なにかラディカルなことを言っているわけではないのですが……(12)

 また、畢詩成さんは、今後は、以上で述べたような「官と民の間の溝」のほかに、公衆の司法に対する不信感という「公衆と司法の間の溝」なども解消しなければならないことを指摘しています(13)

 また、もちろん判決の後も、具体的なジェンダー問題について注目した記事も出ています。ある記事は、「異性入浴」のようなことを提供する場所は中国に少なくとも1万か所あると推測し、鄧玉嬌のような女性だけでなく、実際にセックスサービスをしている女性の権益はどうなっているかや、そうした仕事を辞めようとした場合、いかほどの選択肢があるかを問うています。そして、台湾ではセックスワーカーが公然と自らの権益をアピールしているのに、我々の地では、大多数の人は彼女たちに無関心で、まして実際の行動はしておらず、「平等で寛容な社会」への道は遠いと指摘しています(14)

 ただし、全国婦連や女性NGOが、なにか判決に対する声明を出す、というようなことはしないようです。

(1)九成網友支持鄧玉嬌案判決」『新民晩報』2009年6月18日。
(2)たとえば、「鄧玉嬌案:網民的勝利!」21CN社区2009-6-16。もっともこの記事は、判決を全面的に肯定しているわけではありませんが、喬志峰「鄧玉嬌案的“勝利”譲人感到幾分沈重」(鳳凰網2009-6-16)の中にも、「インターネット上には、長らくなかった喜び祝う気分があふれている。『中国は不断に進歩している』『法制史上の一里塚だ』『インターネットの力は偉大だ』」という記述があります。
(3)薛世君「鄧玉嬌案:民意助推司法公正」『南方日報』2009年6月18日。
(4)喬志峰「鄧玉嬌案的“勝利”譲人感到幾分沈重」鳳凰網2009-6-16。
(5)王琳「鄧玉嬌案中的網絡輿情反思」鳳凰網2009-6-17。
(6)華良「鄧玉嬌案,只有妥協没有公正」荊楚網2009年6月17日。また、馬天帥「鄧玉嬌免刑責結果正義大于程序正義」(四川新聞網2009-6-18)は、「裁判所の判決の事実認定がはっきりせず、判決の道理の説明が不明である。民意から言っても、公衆が求めたのは、単なる刑事責任の免除ではなく、公正で合理的な判決であった。」「もし民意が鄧玉嬌事件の判決の結果に満足しているとしたら、そのような満足は別の恐るべき結果をもたらしかねない。すなわち『司法の結果の正義は手続きの正義よりも大きい』という」。「手続きの正義が欠けているか、損なわれている前提の下では、結果の正義は意味がない。鄧玉嬌事件を例にすると、一見、鄧玉嬌が勝利したようだが、実際は彼女の勝利ははっきりせず、なお有罪の身である」と指摘しています。
(7)専家評析鄧玉嬌案」(『湖北日報』2009年6月18日)など。
(8)張思之「就鄧玉嬌案一審判決答《南華早報》」『南華早報』2009年6月22日。
(9)方貳「从鄧玉嬌案看婦女保護的悪」鳳凰網2009-6-17。
(10)律師建議鄧玉嬌上訴消除刑事案底」『第一財経日報』2009年6月17日。
(11)鄧玉嬌服刑」新華網2009-6-17。
(12)鄧聿文「中国官民対立中的権利訴求」聯合早報網2009-6-19。「是什麼導致了鄧玉嬌的悲劇」(『新京報』2009年6月18日)も中国社会の階層の断裂の問題に注目しています。
(13)畢詩成「鄧玉嬌案塵埃落定,社会隔膜尚待化解」鳳凰網2009-6-18
(14)你関心提供“異性洗浴服務”的她們嗎?」『南方日報』2009年6月17日。
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