2017-10

本年の動向1―「定年の男女差別は違憲」と訴え

 まず、これから何回かは、本年の今までの女性やジェンダーをめぐる動向をふりかえってみたいと思います。

 2006年に入ってから、中国では、男女の定年差別をめぐって以下のような女性たちの動きがありました。
 2月 周香華さんの「定年の男女差別規定は違憲」との訴え、敗訴。
 3月 北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター、定年の男女差別規定について、全国人民代表大会(全人代)の常務委員会に違憲審査を請求。
 7月 周香華さんも、全人代常務委員会と国務院、中華全国婦女連合会に違憲審査を請求。


 中国の場合、日本などと制度が異なりますから、以下で少し説明させていただきます。
 中国では、1949年に中華人民共和国が成立して男女が平等になったとされた後も、定年に差別がありました。男性は60歳であったの対して、女性は、現場の労働者の場合は50歳、職員の場合は55歳でした。
 1950年代の時点で10歳とか5歳の差別というのは、日本の昔の若年定年制とか結婚退職制と比べれば小さかったと言えます。
 けれど中国の場合、この差別が今でも是正されないままです。この点はおそらく、中国は一党独裁で下からの運動が困難であることと関係があるのでしょう。
 改革開放後(1978年以降)は、定年の男女差別について女性たちから批判が高まり、全国人民代表大会(日本で言えば国会に近い)でもしばしば是正を主張する提案が出されました。けれど今のところ男女差別が是正されたのはごく一部の女性知識人(大学の教授・助教授など)やある程度以上の女性幹部についてだけです。

 定年が早いと、女性の昇進にも不利だと指摘されています。つまり、たとえば同じ50歳の男と女がいたとして、あと5年でやめてしまう女よりも、あと10年勤める男の方を部長に昇格させるという話になったりしますし、たとえ昇進しても指導的職務にいる期間が男より短くなります。
 また、年金の支給額にも不利です。退職が早いと賃金が少ないですし、勤続年数が短くなりますが、中国では、現役のときの賃金や勤続年数が年金の額にも影響するからです。

 中国でも、「定年の男女差別は、男女平等を定めた憲法に違反している」という声があります。でも、中国の裁判所には違憲法令審査権がありません。
 というか、そもそも中国の裁判ではごく最近まで憲法はまったく援用されませんでした(1)。女性差別撤廃条約を引用した判決も皆無です(2)
 もっとも、「では日本には女性差別撤廃条約を生かした判決があるのか?」と言えば、皆無に近いようです。さすがに憲法はある程度は生かされていますけれども、ご存じのように、住友電工・住友化学の男女差別裁判において「憲法の精神には反するが公序良俗には反しない」と言って男女差別を正当化した判決が大阪地裁で出されたりするなど、憲法の規定どおりにはなっていません(それを乗り越えて勝利和解を勝ち取った、すばらしい闘いの記録がワーキング・ウィメンズ・ネットワーク編『「公序良俗」に負けなかった女たち』[明石書店、2005年]です)。
 その意味では日本も、中国の状況を自分たちとは無縁の出来事として片付けられないと思います。
 でも、初めから裁判所に違憲法令審査権がないという事態は深刻です。

 しかし、それにもかかわらず、昨年8月、中国建設銀行平頂山支店に勤めていて55歳で定年を迎えた周香華さんは、「女性55歳定年規定は違憲だ」と主張して、労働仲裁委員会に訴えました(中国では、各地に「労働紛争仲裁委員会」というのがあって、使用者と労働者と行政の側の三者で構成されています。労働紛争は、ここでまず処理されます。仲裁を経ずに直接裁判に持ち込むことはできません)。
 周香華さんの息子さんは法学を研究している大学院生ですが、この息子さんや上海交通大学の先生が、無償で代理人になって協力しました(3)
 いま男女の定年を定めているのは、国務院(日本で言えば内閣に近い)が1978年に公布した行政法規です(「国務院関于安置老病残幹部的暫行辨法」と「国務院関于工人退休・退職的暫行辨法」)。ですから、その上位の憲法や労働法に反しており無効であると訴えたわけです。さらに、中国が批准している女性差別撤廃条約にも違反していると主張しました(4)
 しかし、労働仲裁委員会の裁定は、やはり「憲法や国際条約との抵触の問題は、仲裁委員会の受理する範囲内ではない」とするもので、周さんたちは敗訴しました(5)
 続いて10月には裁判所にも訴えますが(6)、翌2006年2月、やはり一審で敗訴しました(7)
 もちろん周さんたちも、労働仲裁委員会や裁判所は法律自体の問題は扱わないことを知っていましたので、きっと負けるだろうと思っていました。
 でも、周さんは「勝ち負けは気にしてない。わが国の定年制度の問題について人々に関心を持ってもらうためにやっているのだ」と言いました(8)

 では中国の場合、憲法監督権はどこが持っているのかというと、全国人民代表大会(全人代)とその常務委員会(全人代の常設機関)です。しかしまだ1件の違憲決定もおこなわれたことがなく、この制度は完全に空洞化していると言われます。
 ただし2000年の立法法は、全人代による憲法適合判断に具体的な手続き規定を設けました。すなわち、国務院や最高人民法院(日本で言う最高裁)などは、行政法規などが憲法や法律に違反していると判断した場合、全人代の常務委員会に審査を要求できることが定められました。他の国家機関や社会団体、一般市民にも建議権があります(ただし、全人代自身が定める法律に関しては、そういう手続き規定自体がないそうです)。

 上で述べたように定年の男女差別規定は行政法規ですので、2006年3月、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターが、定年差別規定について全人代常務委員会に対して違憲審査を要求しました(9)
 「北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター」というのは、1995年に女性の法律研究者や弁護士が作ったNGOです。中国でも近年は(とくに1995年の北京での世界女性会議ののち)、そうしたNGOがあちこちに出来ています。いわゆる「反政府」的な行動はしないけれども、たとえば女性に対する相談事業をしたり、それにもとづいて法律や政策の提案をしたりしています。

 続いて7月には周香華さんも、全人代常務委員会などに違憲審査を請求しました。
 彼女は「仲裁と訴訟が失敗した後、私は控訴を放棄しましたけれど、けっして現行の規定を認めたのではありません」と言っています。彼女の建議書は数万字にのぼるもので、70人あまりが署名して彼女の建議を支持しているそうです(10)

 こうした違憲審査要求がすんなり認められるようなことはないでしょう。
 しかし、中国の女性もさまざまな制約がある中で、たとえばこうした動きをしていることを紹介させていただいた次第です。

[追記]
 関連記事
・「女性幹部・女性知識人の定年の男女平等化に強い抵抗」(2009-08-09)
・「元「労働者」身分の女性専門技術者の50歳定年――性別と身分の二重の差別」(2009-11-17)

(1)後でも触れる現代中国における憲法保障(憲法監督制度)の状況については、木間正道・鈴木賢・高見澤磨『現代中国法入門[第3版]』(有斐閣 2003年)92-93頁を参照してください。
(2)劉明輝『女性労動和社会保険権利研究』(中国労動社会保障出版社 2005年)6頁。
(3)「四川大学一研究生準備申請労動仲裁 為母親索平等退休権利」『中国婦女報』2005年9月12日。
(4)「退休性別歧視案河南開審」同上、2005年10月12日。
(5)「退休性別歧視案申訴人敗訴」同上、2005年10月18日。
(6)「河南周香華争取平等退休権一案開庭 原告:譲女職工早退休是否違憲」同上、2005年12月12日。
(7)「退休性別歧視案 周香華一審敗訴」同上、2006年2月10日。
(8)「周香華“平等退休権官司”打到法院 不僅為自己 更為衆姐妹」同上、2005年12月7日。
(9)「北大法学院婦女法律研究与服務中心発出建議書 対男女不同齢退休規定提起違憲審査」同上、2006年3月8日。全文はhttp://www.woman-legalaid.org.cn/read.php?kind=z”xkx&file=20060310141633
(10)「“平頂山男女同齢退休案”有新進展 当事人提起違憲審査建議」http://www.woman-legalaid.org.cn/read.php?kind=mtbd&file=20060802095727
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