2017-10

小中学校の教材と授業のジェンダー分析

 3年前に出版された本ですが、史静寰『教材と教学のジェンダー世界に歩み入る(走進教材与教学的性別世界)』(教育科学出版社 2004年)(ネット書店「書虫」データベースの中のこの本のデータ)を中国から取り寄せて読んでみました。
 この本は、ジェンダーの視点から中国の基礎教育の教材と教室での授業の状況を分析した論文集です。

 中国でも、教科書をジェンダー視点から分析すること自体は、以前からおこなわれており、早くも1992年の『中国婦女報』には、北京外語学院女性学研究討論会が小学校の国語教科書の挿絵を分析した記事が掲載されています(1)
 同年の日本の『中国女性史研究』にも、遠藤祐子さんや丹野美穂さんと私がいっしょに翻訳した、閔冬潮・杜芳琴「中国の中学歴史教科書における性別問題の分析」が掲載されています(2)
 けれども、こうした問題を研究した単行本は、これが最初だと思います。
 
 上の本を執筆した北京師範大学教授の史静寰さんたちは、2000年から「中国の幼稚園・小中学校・成人識字教育の教材のジェンダー分析の研究」プロジェクトを始めました。
 メンバーは、北京師範大学、中央教育科学研究所、陝西師範大学、西南師範大学、全国婦連女性研究所などの20名余りの研究者です。

この研究プロジェクトのの基本目標は次の4つでした。
 1.現行の小中学校の教科書に依然として存在するジェンダーの旧いステロタイプに対して記述・分析することによって、教育業務従事者がジェンダー問題に対する関心を持ち、議論をして、ジェンダーの角度から教学の材料と教学の行為を再認識し、ジェンダー平等の原則を教育・教学業務を評価する一つの要素にする。
 2.ジェンダーの平等と公平の基礎の上に、教学計画と参考資料の作成を設計することを通じて、教師がジェンダー平等意識を獲得するというエンパワメントをすることを助け、ジェンダーの平等と公平の理念を教室の教学の実践に入れる。
 3.関係部門に報告や提案をすることによって、ジェンダー視点をカリキュラムや教材の編集・執筆の主流の業務に組み入れることを推進する。
 4.研究協力を通じて、ジェンダー教育の領域における国際的・国内的協力を強める。

 この研究においては、教材に出てくる人物などについての定量研究だけでなく、教材を使用している教師や学生にインタビューしたり、教室での授業を観察したりするなどの質的研究の方法や、異なった時期の教材を比較する歴史研究の方法なども用いられました。

 2001年7月には、この研究グループは「ジェンダーと教材文化研究」学術シンポジウムを開催しました。このシンポは、こうした問題に関する初めてのものでしたので、『中国婦女報』にも大きく報道されました(3)

 プロジェクトの研究結果とそれに基づく提言は、全国婦連を通じて国務院にも送られ、国務院から教育部に転送されました。
 その後の2002年7月に、教育部の基礎教育局と基礎教育課程教材発展センターが北京で開催した「全国小中学教材建設シンポジウム」における討論では、「教材の編集・執筆の過程におけるジェンダーの平等と公平という理念が共通認識になった」とのことであり(4)、この研究プロジェクトは、関係者にはある程度の影響を与えたようです。
 
 さて、この本の構成は、以下の通りです。

序言 教材と教室の教学のジェンダー世界に歩み入る(史静寰)

上篇:教材・読物のテキストのジェンダー文化の研究
『宝宝家庭課堂』から見たジェンダー役割の社会化(劉雅琴)
ジェンダーの差異がどれほどあるか――『父母必読』のジェンダー分析(何夢燚)
現実生活と童話世界の対話(羅佩珍)
ジェンダー視角から見た小学『社会』教材の改革(易進)
まだ開くことが必要な窓格子――『総合実践活動・生活』教材のジェンダー分析(卓挺亜)
姿を隠し、声を失った女性――小学国語教材のジェンダー文化のテキスト分析(郭葆玲)
ジェンダーステロタイプの反映――小学国語教材のテキストの人物に対するジェンダー分析(楊潔・呂改蓮)
科学のジェンダー化の構築――香港版小学国語教材に対するジェンダー分析(黄河)
女性の無視――初級中学の国語教材の女性像の分析研究(馬国義)
初級中学の歴史教材における武則天像に対する分析(郭楠)
女性と政治の記述:歴史教材におけるジェンダーポリティックスのイデオロギー解読――中国前近代史の部分を例に(余艶)
お母さんと私――初級中学の英語教材における両世代の女性のジェンダー役割の分析(趙萍)
マカオの中学一年の中国語教科書におけるジェンダーイデオロギーの内容の分析研究(蘆立濤)
香港・マカオ地区の初級中学の国語教科書におけるジェンダー問題研究(黄俏梅)
良妻賢母から平等な労働者へ――中国近代の初級小学の国語教材における女性像と女性役割の分析(王毅)
識字教材におけるジェンダー役割のステロタイプ化(頼立)
女性識字、および識字後の教材のジェンダー分析(王素)
成人識字教材における職業役割のジェンダー分析(曲雯)
少数民族の識字教材の中のジェンダー研究(任市明)

下篇:教学のプロセス、教師と生徒の相互作用のジェンダー文化研究
分析学の原理を運用した、幼児読み物に対するジェンダー分析(布朗・戴維斯)
オーストラリアと日本の子どもが読む『紙袋のプリンセス[The Paper Bag Princess]』に関する研究(布朗・戴維斯)
児童の遊戯におけるジェンダー文化の分析(張咏)
児童 ジェンダー 国語教材(郭力立・趙張洲)
紙一枚を隔てて――小学校の数学の教室におけるジェンダー役割の透視(陳萍・陳偉玲)
誰が良い学生か――初級中学の理科教師のジェンダーステロタイプの分析(宋輝)
初級中学の国語教学におけるジェンダー問題研究(張莉莉)
打工妹と生活技能教育(李慶)

 以下、史静寰さんの序言の中で、教材と授業に関してジェンダー分析をしている箇所について、だいたいのところ、どんなことが書いてあるのかを紹介してみます(正確には、原文を見てくださいませ)。

一 教材のテキストの中の性別のアンバランスとステロタイプ

1.男女の比率がバランスを欠いており、女性の出現の比率は、児童読み物で最も高く、年齢が上がるにつれて、教材の中の女性の比率は下がる。
 女性が最も多く出てくるのが児童向けの読み物だということは、家庭生活では母親が主役であるという性別分業の反映である。
 また、出てくる男の子は知的に高いものを要求されている一方、生活習慣で誤りを犯す存在として描かれている。このことは、男の子は聡明かつ腕白な存在で、その誤りに対しては社会が寛容であることを示している。

2.小学校以後の教材においては女性が少なすぎ、とくに独立した身分の女性の主役が欠けている。
 小学校の国語教科書において、女性が主役である話は、19.2%だけである。
 社会科では、出てくる人数は男女で基本的に同じだが、独立した身分として名前が出てくる者の中では、女性は5%だけである。
 また、数学の挿絵には、男性が女性の倍近く出てくるうえ、男性の方が思考が深い存在として描かれている場合が多い。

3.男女の職業における分業や活動領域・性格・行動などの面における伝統的なジェンダーのステロタイプが重大である。
 「総合実践活動・生活」という斬新な科目の教科書でも、その挿絵のジェンダーのステロタイプはほとんど変わっていない。たとえば「自然と環境」というテーマにおいて、「なぜ」という問いは、ほとんどすべて男子生徒が出している。女性は、生活の小さな環境や小動物を愛護する役割を担い、「大気汚染」のような大きなテーマについては、男子生徒が解決方法を提起している。
 小学校の国語の教科書では、女性の挿絵は、家庭という私領域に登場する場合が多い。穎超のような党と国家の指導者でさえ、周恩来の衣服を繕ったり、警備員に傘を届ける女性として登場している。

4.時代感覚が豊かで、生徒の現実生活にとって身近で、生き生きとした具体的な女性という性別の手本が欠けている。
 教科書に出てくる女性は、数が少ないだけでなく、生徒の現実の生活に身近な、模範になるような女性像となると、さらに少ない。テキストに出てくる女性は、古人(花木蘭)や老人(母親)、有名人(謝冰心)であり、現実の生活との距離が遠く、子供たちが共鳴しにくい。
 また、テキストでは、女性は、善良で優しく、辛抱強い存在として描かれ、男性は、高尚で偉大な存在として描かれている。また、欠点を描写する際には、男性は、傲慢でずる賢く、女性は、幼稚で無知な存在として描かれる。つまり、女性は原始的で本能的、男性は主体的で知能的な特徴を持つものとして描かれる傾向がある。

二 教学活動におけるジェンダー文化の衝突と構築

1.ジェンダーの視角から見た、教師の観念と教学におけるその現れ
 幼稚園での遊戯のとき、教師は、女の子に、母親としての役割や規範を教え込んでいる。
 また、中学校の理科の教師に、ある子どもの行動を述べた文章を読んでもらって、その子の評価させると、全く同じ文章なのに、その子の名前を「王蕾(女性名)」とするか、「王健(男性名)」とするかで評価が異なってくる。たとえば「授業以外の本をよく読んでいる」子どもは、男の子なら「知識の範囲が広い」子どもとして、高く評価されるが、女の子だと、「学習をサボっている」子どもとして低く評価される。

2.ジェンダーの視角から見た、教室での教学における教師と生徒のコミュニケーションモデル
 教師と男子生徒との相互作用は、集中していて、親切で、自然で、「自然焦点型コミュニケーション」である。
 それに対して、教師と女子生徒との相互作用は、「礼儀正しい忌避型のコミュニケーション」であり、表面的に見ると、教師も生徒も礼儀正しく、親切だけれども、双方とも内心では小心翼翼としている。

3.ジェンダーの視角から見た、クラス内の男子生徒と女子生徒の相互作用
 女子生徒は、教室で問題に答える時、反応が遅く、声が小さい。その原因は、女子生徒は小さいときから「お上品」であるべきだと教えられているために、間違いをするのを恐れるからであるが、彼女たちはとくに男子生徒に責められ、嘲笑されることを恐れている。
 私たちは、女子生徒が教室で活発でないことを批判するけれど、男子生徒と女子生徒との間に潜むこうしたジェンダーの問題にも目を向けなければならない。

 私はこの本で扱われているような問題について十分知りません(ですから、訳語などが適切でない箇所もあると思います)。また、この本で述べられていることの中には、欧米や日本では既に明らかになっている点も多いかもしれません。
 けれど、中国の教科書と教育に即して、こうした問題を解明したこの本の意義は大きいと思いました。

(1)北京外語学院婦女学研討会(謝致紅執筆)「男人該做什麼 女人該做什麼――析伝統性別角色在小学語文挿図中的滲透」『中国婦女報』1992年1月3日。
(2)閔冬潮・杜芳琴「中国の中学歴史教科書における性別問題の分析」『中国女性史研究』(中国女性史研究会)第4号(1992年)。
(3)卜衛「女孩子読一読,男孩子想一想?」、趙萍「教材中的性別文化透析」いずれも『中国婦女報』2001年8月14日。
(4)王金玲主編『中国婦女発展報告 No.1(´95+10)』(婦女発展藍皮書)(社会科学文献出版社 2006年)126,250頁。
*注記してある以外の記述は、史静寰主編『走進教材与教学的性別世界』(教育科学出版社 2004年)によっています。
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://genchi.blog52.fc2.com/tb.php/122-9b18849b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

プロフィール

遠山日出也

Author:遠山日出也
 検索から来られた方へ:このブログの記事を分類した一覧である「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を見ていただくか、下の「カテゴリー」欄を使われると、関連情報がご覧いただきやすいと思います。最近の行動派フェミニストについては、「中国の行動派フェミニスト年表、リンク集」をご覧ください。
 また、「中国女性・ジェンダー関係リンク集」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。
 恐れ入りますが、スパム対策などのため、コメントは私が拝見した後で表示させていただきます。
 私への連絡はtooyama9011あっとまーくyahoo.co.jpまで。

最近の記事

月別アーカイブ

カテゴリー

最近のトラックバック

最近のコメント

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード