2017-08

国際基準を踏まえて中国のさまざまな雇用差別を論じた書

李薇薇・Lisa Stearns主編『雇用差別の禁止:国際基準と国内の実践(禁止就業歧視:国際標準和国内実践)』(法律出版社 2006年)が昨年出版されました(ネット書店「書虫」データベースの中のこの本のデータ

 2005年8月に中国がILO111号条約(雇用及び職業についての差別待遇に関する条約)を批准したことが一つのきっかけになって、中国では、最近、雇用差別に対する研究が盛んになっているようです(もちろん、農民労働者などの不満の高まりという背景もあります)。 
 この本は、中国のいくつかの大学とノルウェーのオスロ大学との協力プロジェクトの成果ですが、中国のさまざまな雇用差別を国際基準を踏まえて論じた書です。

《構成》
第一編 基本理論
 第1章 序論(Lisa Stearns 李薇薇) 
 第2章 差別概念の変化と発展(Ronald Craig Lisa Stearns)
 第3章 暫定的特別措置──平等を推進する道具(Lisa Stearns)
 第4章 差別研究の方法論──下層労働者集団の差別に対する認識(佟新 朱曉陽 胡瑜)
第二編 雇用差別反対の国際的・地域的基準
 第5章 国連の人権条約と雇用差別の禁止(李薇薇)
 第6章 ILOの雇用差別解消の労働基準(林燕玲)
 第7章 ECの反雇用差別の法律制度(周長征)
第三編 中国の雇用差別の法律的分析
 第8章 雇用差別を禁止する中国の法律制度(中国人民大学雇用差別法律調整課題グループ)
 第9章 中国の地方の雇用立法の合法性の研究──北京・上海・福建・江蘇・浙江・広東の6つの省・市の外地の労働力に対する立法の分析(周偉)
 第10章 ジェンダー差別:職場の性差別現象の法律的分析(薛寧蘭)
 第11章 障害者差別から健康差別へ──B型肝炎の差別事件から中国の雇用差別の法律制度を見る(葉静漪 施育曉)
 第12章 社会的出身の差別:戸籍問題から中国の雇用差別を見る(劉開明)
 第13章 その他の理由にもとづく差別:年齢・容姿・身長など(周偉など)
第四編 中国の雇用差別の社会学的・経済学的分析
 第14章 中国の女性はいかにして市場の中で生存するか──差別に対処する策略の研究(劉夢 董鴎 王中会)
 第15章 戸籍差別の経済学的研究(張化楓)
 第16章 中国の都市の外来労働力差別の現状と対策──上海を例に(周海旺 高慧)
 第17章 雲南チベット族の雇用差別現象の分析(扎西尼瑪)
第五編 中国の香港・台湾地区の雇用差別反対の法律的メカニズム
 第18章 雇用の平等を促進する香港の反差別法(香港平等機会委員会)
 第19章 わが国の台湾地区の雇用差別反対の立法と社会的実践──「両性工作平等法」の制定過程を例に(郭慧玲)
第六編 国外の雇用差別反対の法律的メカニズム
 第20章 カナダの雇用差別禁止の法律と実践(李薇薇)
 第21章 ノルウェーの雇用差別反対の法律制度(Krintin Mile)

 本書は、次の5つくらいの論点をめぐる探究です。まだざっと斜め読みしただけですが、第1章の「序論」なども参照しながら、本書のだいたいの内容を紹介します。

(1)差別の定義(第一編)
 第2章で直接差別と間接差別について論じ、第3章で暫定的特別措置の利点と欠点を論じます。
 第4章では、底辺の労働者集団のフィールドワークをもとにして、差別をなくすには、西洋の人権概念に基づく法律を制定すればよいのでなはく、社会的・政治的・文化的アプローチが必要であることを述べ、法律を制定する際にも、そうしたアプローチを踏まえることが必要だと指摘しています。

(2)差別禁止の基本的な国際基準(第二編)
 第5章は、国連の「経済、社会と文化の権利についての国際条約」などを論じ、第6章は、ILOの111号条約(雇用及び職業についての差別待遇に関する条約)と100号条約(同一価値の労働についての男女労働者の同一報酬に関する条約)を論じています。
 中国はこれらの条約はすでに批准していますから、その意味でもこうした議論は重要です。第7章は、EC指令を論じていますが、第二編では、こうした国際基準を中国がどう生かすべきかも述べています。

(3)雇用差別に対する法律的分析(第三編)
 第8章は、中国の現在の法律には次のような問題点があることを明らかにしています。○明確に禁止している差別の種類が少なすぎて、新しく出現した身長差別・年齢差別・健康差別などに対応できない。○直接差別だけに関心を持ち、間接差別を軽視している。○差別を禁止している規定も、実効性が弱い。たとえば、法律の中に「雇用差別」の定義がなく、雇用差別に関する挙証責任や法律的責任も規定されていないので、労働者が権利を主張しても救済されようがない。○戸籍差別(農民労働者差別)を中心に、雇用差別を引き起こす規定が大量にある。また、間接差別になっている規定も少なくない。たとえば、家政婦に労働法を適用しないのは、家政婦は大部分が女性の農民労働者なので、女性農民労働者に対する間接差別である。○ポジティブアクションがとても少ない。
 第9章は、地方的な労働法制自体の中に、さまざまな形で外来の労働力を差別する条文と内容が含まれていることを非常に詳細に明らかにしています。
 第10章は、ジェンダー差別を論じます。たとえば、セクハラに関しては、「立件」と「証拠収集」と「賠償」の3つが難しい状況を指摘し、「セクハラ概念の明確化」や「立証責任の公平化」、「雇い主の責任の明確化」が必要であることを具体的に述べています。
 第11章は、B型肝炎のキャリアに対する差別を論じます。この差別に関しては、法的にまだ対処がなされていませんが、この章では、アンケート調査も踏まえつつ論じています。
 第12章は、中国の農民労働者が受ける制度的差別である、戸籍制度を論じます。都市民と農民を区別する戸籍制度は「改革の過程において変化が最も小さく、最も緩慢な」制度の一つですが、それは、国際人権条約に違反していることなども指摘しています。
 第13章は、年齢や身長、容姿などの差別を論じます。職務内容とは関係がないこうした差別が、国家公務員を含めたさまざまな職場で存在することを、調査によって極めて詳細に明らかにしています。
 なお、あまり紹介できませんでしたが、各章とも、もちろん具体的な立法や政策の提案もおこなっています。

(4)雇用差別に対する社会学的・経済学的分析(第四編)
 第14章は、一般の人の性差別に対する認識の低さや、女性が性差別に対応する際、差別を合理化したり、「あきらめる」などの消極的対応をしたりすることなどを論じています。
 第15章は、政府が戸籍政策の制限や人口流動の統制を緩和したことが、外来の労働力に対する待遇差別を緩和したのではなく、むしろ激化させたことを述べています。
 第16章は、上海を例にとって、外来の労働力に対する雇用差別の現状を紹介するとともに、政府の政策が直接・間接に外来労働力の雇用上の権利を侵害していることなどを述べています。
 第17章では、少数民族は、教育機会や人的ネットワークの乏しさや民族的偏見のために、就職の機会や賃金・仕事において差別されていることを明らかにしています。

(5)台湾・香港と他国の差別反対の経験(第五編、第六編)
 この本は、他の地域や国家から法律自体だけでなく、法律をめぐるさまざまな活動を学ぼうとしているということも、その特色の一つです。
 第18章と第19章は、香港の平等機会委員会の活動と台湾の両性工作平等法の制定過程を紹介しています。それによって、社会に働きかける活動の重要性が強調されています。
 第20章と第21章は、カナダの人権法をめぐる司法実践やノルウェーの男女平等オンブッドを紹介することによって、法律が実効性を持つように運用するありさまが描写されています。
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