2014-03

東莞のセックスワーカーに対するメディアなどの人権侵害についてのフェミニストらの抗議

はじめに――中国中央テレビがセックスワーカーの顔がわかる映像を放映

今年2月9日、中国中央テレビ(CCTV)が広東省東莞市の娯楽施設やホテルで売買春行為が蔓延していることを報道しましたが(1)、その映像の中には、多くの女性のセックスワーカーの顔つきがはっきりわかるものがありました(その一方、男性の顧客の姿は放映しませんでした)。この報道をきっかけに、広東省では売買春の一斉取り締りがおこなわれて、セックスワーカーや顧客が捕まりました(2)

この事件について、微博(中国版ツイッター)などでさまざまな議論がなされましたが、フェミニストたちは、CCTVの報道やその後の取締りについて、以下のような対応をしました。

1.セックスワーカーにはモザイクをかけなかったことを批判するパフォーマンスアート――「セックスワークも仕事である。セックスワーカーにも尊厳がある」

2月14日、北京・武漢・広州の各市の街頭で、若い女性たちが、報道の際にはセックスワーカーにはモザイクをかけるよう訴えるパフォーマンスアートをおこないました。

彼女たちはモザイクをかけた顔写真のお面をかぶって、「セックスワークも仕事である。セックスワーカーにも尊厳がある」、「CCTVには大きなパンツが必要だ。セックスワーカーにはモザイクが必要だ」と書かれたプラカードを掲げつつ、手には「大きなパンツ」を持ちました。彼女たちによると、「パンツというのは、恥ずかしいところを隠すという意味で、プライバシーの保護を意味している。セックスワーカーにも尊厳と人権がある。彼女たちにはプライバシーを保護するモザイクが必要なことは、誰もがパンツをはいて自分のプライバシーを守ることが必要なのと同じだ」という趣旨のパフォーマンスアートでした。

このパフォーマンスアートに参加した韋婷婷さんは、「春節の期間はちょうどテレビの前で一家が団欒をしている時期です。中央テレビは数十人のセックスワーカーのはっきりした正面からの顔、さらには裸体の画像を億万の視聴者の前にさらしました。ひょっとしたらテレビの前には、これらの女性の親戚や友人がいたかもしれません。これは、彼女たちを非常に大きく傷つけることです」と語りました。

セックスワーカーの権利を象徴する赤い傘を差してパフォーマンスアートに参加した中国民間女権工作室(中国民间女权工作室)の猪西西さんと酸小辣さんは、次のように述べました。「セックスワーカーがメディアに登場するのは、仕事中の、裸で人を誘っているエロチックな姿か、捕まった犯罪者としての恥ずかしそうな姿だけです。ですから、人々は、セックスワーカーに対しては、セクシーな物体か、汚名を着た羞恥というイメージしか持てなくて、基本的な権利と基本的な尊厳を持った普通の人、普通の女性として見ることができません。同じ女性として、私たちも、セックスワーカーのために立ち上がって、彼女たちの後ろに立って、こう言わなければなりません:私たちはみんなセックスワーカーです! と。さきごろ北京外国語大学の女子学生が『陰道独白(ヴァギナ・モノローグ)』の騒動を起こしたとき、多くの人がインターネットで支持して、『処女と妓女は姉妹である』というスローガンをとくに強調しました(後述)。もしニュースのレンズが女性に対して、セックスワーカーに対して、すべての人に対して、基本的プライバシーを尊重しないのならば、すべての姉妹は一緒に立ち上がらなければなりません。なぜならプライバシーが尊重されなければ、私たちはみな、いつでも乱暴に『セックスワーカー』としてさらされるからです」と述べました(3)

このパフォーマンスアートに参加した女性は、みな大学在学中か、大学を卒業して間もない女性でした。各都市とも参加したのは3~5人でしたが、通行中の人々の大多数は賛成していたということです(4)

実際、微博での世論調査によると、「メディアはセックスワーカーの姿を放映する際にモザイクをかけるべきか?」という質問に対しては、「かけるべきだ。セックスワーカーにもプライバシーと尊厳はある」という回答が74%で、「モザイクをかけるべきではない。尊厳があればセックスワーカーにはならない」という回答が26%でした(5)。ネットの世論調査はあてにならないとはいえ、この回答から見ると、彼女たちのパフォーマンスアートは世論からとくに離れたものではなく、ある意味穏健なものだったのだと思います。ただし、「モザイクをかけるべきではない」という回答も1/4強あることを見れば、このパフォーマンスアートは、当局に対してだけでなく、世論の喚起という点でも意義のあるものだったと言えそうです。

2.「年間セクシュアリティとジェンダー事件批評委員会」のコメント

同じ2月14日、毎年セクシュアリティとジェンダーに関する10大事件を発表している人々が、「東莞事件に関する集団的コメント」を発表しました(6)。以下は、その抜粋です。

(……)
セックスワーク権は基本的人権であり、尊重され、保護されなければならない。セックスワークに対して、もし「良風美俗の妨げになる」という角度から取締るだけで、セックスワーカーの基本的権利を軽視するならば、問題を解決する役に立たない。セックスワーカーとセックスのサービスの購買者は、人としての尊厳を持っており、彼らの人格は尊重されなければならず、彼らの人身・健康・安全などの基本的権利は、同様に保障されなければならない。私たちは、メディアが性の取引の活動を報道する際に、人格を侮辱したり、プライバシーを侵犯したりする方法をとることや、上から「道徳」で教化する姿勢をとることに反対であり、法律執行機関の粗暴な法律執行にも反対である。
(……)
予見できる未来社会の中では、性産業は長期にわたって存在する。性産業の中で現れている問題やマイナスになる可能性がある影響とは、制度化によって保障することで解決することが適切であり、単純な「取締り」は、社会の「純化」をもたらすことができないだけでなく、さらに多くの社会問題を引き起こす可能性がある。
(……)
私たちは以下のことを訴える。
 1.メディアは、公正に、全面的に、客観的にセックスワークというテーマを議論すること。
 2.「売買春一掃」をストップし、セックスワーカーの基本的権益が侵犯されないよう保障すること。
 3.セックスワークとセックスワーカーに対して立法による保護を推進すること。

批評者
方剛(北京林業大学セクシュアリティとジェンダー研究所)
陳亜亜(上海社会科学院)
張玉霞(新疆大学ジェンダー研究センター)
張静(中華女子学院セクシュアリティとジェンダー研究所)
郭暁飛(中国政法大学)
彭濤(ハルピン医科大学セクシュアルヘルス研究センター)
魏建剛(北京紀安徳[ジェンダー]相談センター)


このコメントは、はっきりとセックスワーク合法化の立場に立ったものだと言えます。

3.女性メディアウォッチネットワークによる「フェミニズムから見たセックスワーク」時事討論会

翌2月15日には、女性メディアウォッチネットワーク(妇女传媒监测网络。呂頻さんら)が、北京で「フェミニズムから見たセックスワーク(女权视角看性工作)」という時事討論会をおこないました(7)。この討論会では、フェミニズムのセックスワークに対する観点や論争、中国のセックスワーカーが直面している現実の問題について簡単な紹介があったのち、参加者がセックスワークや東莞事件について討論をしました(8)

この討論会で紹介された、フェミニズムのセックスワークに対する肯定・否定の論争については、日本でおこなわれている論争とそれほど違いがないように思いますが、その論争と関連して、「では、あなた方が組織(女性メディアウォッチネットワーク)として、この活動に取り組むときの、あなた方の統一的な見解はどのようなものか?」という質問が出ました。

その質問に対しては、「私たちの組織は、この問題について、系統的な見解は持っていません。女性団体の中では、すべての人が一つのテーマについて同じ認識を持つことはけっして必要ではありません。とくにセックスワークのような、それ自身がフェミニズム内部で多くの論争があるテーマについては、そうです。けれども、私は、フェミニストは、セックスワーカーの問題においても、やはり共同できる点が多くあると信じています。セックスワークについてのフェミニズムの論争は、その基本的性質と将来についての論争だと言えますが、現在のセックスワーカーの現状については、フェミニズムには最低ラインの合意があります。最低ラインというのは、セックスワーカーの女性のとしての基本的権益を侵害してはならないということです。フェミニズムの基本的な考え方は、セックスワーカーの基本的な公民権と人権(人身の自由とプライバシー権とを含む)は少なくとも保障しなければならないということです」という回答がなされています。

次に、セックスワーカーの中国における現状については、以下の3つの問題があることが紹介されました(要旨)。

1.売買春一掃の過程における警察のセックスワーカーに対する対応および逮捕

2013年の2つの国際組織の報告、すなわち「ヒューマンライツウォッチ」と「アジア・カタリスト」の中国のセックスワーカーの状況についての調査によれば(9)、警察は売買春一掃の過程でおとり捜査をおこなっている。

売買春一掃のときに、売春・買春それ自体の証拠を集めることは難しいので、警察が強制的な写真撮影という行為をしていると少なくないセックスワーカーが言っている。フットマッサージの店で働いている林さんが客にサービスしていたとき、警察がドアを壊して入ってきた。林さんが言うには、「4人がどっと押し入って来て、私のスカートをはぎ取って、写真を撮ろうとした。私は必死で抵抗したが、最後にはすべてはぎ取られて、一糸まとわぬ裸を写真に撮られた」という。

また、金銭的な取引があったことを証明するためには、セックスワーカーの供述が必要だが、供述を得る過程で、警察が殴ったり、拷問したりする場合があると、少なくないセックスワーカーが言っている。

2.セックスワーカーとその顧客を処罰する一つの措置――収容教育制度

セックスワーカーは逮捕された後、拘留されたり、収容教育されたりする場合がある。労働矯正制度は2013年12月に廃止されたが、収容教育制度は労働矯正制度と非常に似ているにもかかわらず、現在もまだおこなわれている。収容教育には、裁判は必要ではなく、県クラスの公安(≒警察)系統の内部で批准されれば、セックスワーカーと顧客に対してもこの制度が適用される。この制度によって、セックスワーカーは、半年~2年間人身の自由を剥奪されるという処罰を受ける。

収容教育制度は、行政法規によって規定されているけれども、行政法規が人身の自由を制限できる処罰を規定すること自体が法律に違反している。わが国の立法法、行政法処罰法などの法律によると、行政法規は人身の自由を制限する処罰の措置を規定してはならない。

収容教育の過程では、セックスワーカーは強制労働をさせられる。収容教育をされた者は、きつい手作業の仕事を毎日8時間以上、無報酬でしなければならない。その収益は、公安系統の規定外の収入になる。

収容教育では、強制的に性病検査と治療を受けさせられ、トイレに行ったり、家族と手紙をやり取りしたり会見したりすることも、厳しく監視される。

収容教育所は、高額な生活費を取るという問題もある。たとえば、セックスワーカーが半年、収容教育所にいたら、だいたい5千~1万元支払わなければならず、中での物価は外の約3倍である。

収容教育制度は完全に公安系統内部で決定・執行されるものなので、基本的に控訴できない。

3.売買春一掃と取締り措置の、中国におけるエイズ伝染に対する影響

中国では、たびたび売買春一掃活動がおこなわれるが、セックスワークはそのたびに地下にもぐっている。こうした状況の下では、セックスワーカーに接触して、エイズ検査・防止サービスを提供することは非常に困難である。

さらに、警察がコンドームを持っていることを売買春の証拠として扱うために、セックスワーカーはコンドームを使いにくくなっている。


参加者の討論では、さまざまな意見が出されました。この討論は、セックスワークについての論争とも関係する複雑な議論がなされているので、簡単にはまとめられませんが、いちおう、「1.自由な選択について:本当の選択にもとづく空間が必要である」「2.セックスワーカーの自我の覚醒について:構造を変える責任は、第一に社会と政府にある」「3.東莞の売買春一掃について:公権を利用することの反感は理解できるが、性取引の不平等も重視するべきである」「4.セックスワークの異化について:個人の感受性の差違が大きい。圧力と差別を減らすことが異化を減らす助けになる」というふうに整理されています。

おわりに――若いフェミニストグループやNGOとセックスワーカーとの連帯

新たな連帯

これまでジェンダー平等活動グループ(性别平等工作组、性别平等倡导行动网络)(年表、本ブログ記事へのリンク)に結集した中国の若いフェミニストたちは、さまざまなパフォーマンスアートなどをしてきました。しかし、セックスワーカーに関しては、微博などで彼女たちの人権に関心を示すことはあっても、彼女たちと連帯するような具体的アクションは起こしてきませんでした。しかし、今回、彼女たちは、セックスワーカーの人権問題を取り上げたパフォーマンスアートをしました。これは、おそらく女性グループとしても初めてのことだったと思います(10)。今回メディアに個人名が出ている人のうち、韋婷婷さん、猪西西さんは、これまでジェンダー平等活動グループにおいてパフォーマンスアートをしてきた人ですし、猪西西さんは、ジェンダー平等活動グループの職員でもあります。

このパフォーマンスアートは、ジェンダー平等活動グループのgoogle groupで話し合われているのですが、それによると、武漢で、韋婷婷・小辣・ley・猪西西・小五三三の5人が集まったときに、「セックスワーカーの話題に、フェミニスト行動派としての気持ちが動かされて」計画したとのことです。ただし、この時点では「北京・武漢・東莞」の3カ所でするというプランでしたが、当日は「東莞」ではなく、「広州」でおこなわれました。東莞は「撮影がおこなわれた現場か警察署の周辺」でする予定だったのですが、やはり、そうした場所でするのは難しかったのでしょうか(11)

上で猪西西さんと酸小辣さんが述べていた、「さきごろ北京外国語大学の女子学生が《陰道独白(ヴァギナ・モノローグ)》の騒動を起こしたとき~」という件ですが、これは、2013年11月、北京外国語大学の女子学生17人が、学内で《陰道独白(ヴァギナ・モノローグ)》を上演する前に、各自が「私のヴァギナは言う」というタイトルの下に、自分の(ヴァギナの)主張を書いた写真をインターネット上に掲載したら、多くの人に非難や攻撃をされたという事件です(12)

そうした非難・攻撃の中に、「人と動物には区別がある! もしどうしても主張しなければならないのならば、妓女がやらなければならない。なぜなら本当に差別されているのは彼女たちだからだ! あなたがた学生ではない!」というものがありました。

それに対して、「小五三三」さんは、微博で、以下のように答えました。

小さいころ、紅楼夢を読んでもわからなかったけれども、探春[=その中の登場人物]の「物傷其類[=動物が、同類が不幸にあったら悲しむこと。転じて、人が、仲間が打撃を受けたために悲しむこと]」という言葉はとくに印象に残った。「男に傷つけられ」なければフェミニズムを主張できないのではなく、まして妓女でなければヴァギナの物語がないのではない。「物傷其類」という、道理を同じくし運命を共にするという同情の心、「処女と妓女は姉妹である」という女性の情誼、「女に祖国はない」という豪壮な気持ちが、度量が狭い人にどうしてわかろうか。(13)


この発信は、かなりの人に転載され、知られるようになりました。このように、セックスワーカーとの連帯という視点は、《陰道独白(ヴァギナ・モノローグ)》から来ている部分もあるようです。

また、上述のように、今回の東莞事件に対しては、1週間後に、「年間セクシュアリティとジェンダー事件批評委員会」がコメントをし、女性メディアウォッチネットワークが「フェミニズムから見たセックスワーク」時事討論会をしました。セックスワーカーに関する人権問題が起きた際、すぐにこうした民間団体が組織的対応をするということは、従来ほとんどなかったように思います。

セックスワーカー支援団体の従来からの活動と比較して

もちろん、セックスワーカーの支援組織やセックスワーカー自身の団体は、従来から、セックスワーカーの人権問題について取り組んできました。たとえば、葉海燕さんらは2005年に中国民間女権工作室を設立したときから、電話相談、アウトリーチ活動など、さまざまな活動をおこなってきました。また、2009年2月には、12の民間組織によって「中国セックスワーカー組織ネットワークフォーラム」も設立されています(本ブログの記事「中国セックスワーカー組織ネットワークフォーラムの活動」参照)。

また、セックスワーカーの人権に関する調査研究についても、中国国内のセックスワーク関係の運動団体は以前から発表しているのでして、2009年には、北京愛知行研究所・中国民間女権工作組・女性権利連盟の3団体が共同で「中国セックスワーク・セックスワーカー健康・法律人権報告(2008-2009)」を発表し、2011年には、中国セックスワーカー組織ネットワークフォーラムが「2010年の売買春取締りがセックスワークとエイズ予防に与えた影響の研究」を発表しています(その内容については、それぞれ、本ブログの記事「民間3団体がセックスワーカーの人権問題に関する報告を発表」、「中国セックスワーカー組織ネットワークフォーラムの活動」の4参照)。

また、葉海燕さんらの活動は、しばしば当局の弾圧にあってきました。葉さんが、2010年7月に街頭でセックスワーク合法化の宣伝・署名活動をおこなったときは、同月29日の宣伝は無事におこなわれたのですが、31日の宣伝は警察によって中断を余儀なくされ、横断幕と署名を没収されました。葉さんは、翌8月3日に予定していた「中国第2回セックスワーカーデー」の中止も要請され、それを拒むと警察に拘束されました(本ブログ記事「葉海燕らによるセックスワーク合法化の街頭宣伝と葉の拘束、第2回セックスワーカーデー中止をめぐって」「中国民間女権工作室(葉海燕ら)に対する当局の弾圧と同工作室の活動停止」)。

上の2010年7月の葉海燕さんらの活動と比べると、今回の若いフェミニストのパフォーマンスアートは、警察の介入もなく平穏におこなわれ、ネットメディアでもある程度取り上げられました。それは、彼女たちの主張の中心は「セックスワーカーの姿を放映する際にはモザイクをかけるべきだ」という穏健なものだったことと関係があるだろうと思います。

ただし、「穏健」といっても、単に「保守的」という意味でなく、女性メディアウォッチネットワーク(その代表の呂頻さんは、若いフェミニストに対する影響力が大きい)の時事討論会で語られた「フェミニズムには最低ラインの合意」を示していると考えられます。また、プラカードには、「セックスワークも仕事である」という、セックスワーク合法化につながる文言も書かれていたということに見られるように、ラディカルな主張にもつながる部分もあったと思います。

今回のエントリでは、セックスワークについてのフェミニズム内部の議論や論争には触れられませんでしたが、もちろん、今回の事態に際しても、この点に関してさまざまな論説が発表されました(14)。こうした論説について考察することも、フェミニストとセックスワーカーとの連帯のありようについて探求する上で大切ですので、またの機会にそれもおこないたいと思います。

(1)央视大曝中国色情之都东莞地下色情服务惊人内幕」西陆网2014年2月9日など。
(2)央视曝光后东莞扫黄已抓捕67人 查封12家涉黄娱乐场所,中堂镇公安分局局长和涉黄酒店所在地派出所所长,全部先停职再调查」『新京报』2014年2月10日、「广东两市扫黄一夜抓获108人 中铁大桥局五公司称5人乘公车去东莞KTV只唱歌」京华时报2014年2月12日。
(3)情人节北广武多地女青年上街呼吁:请给性工作者打上马赛克」女声网2014年2月14日(来源: 邮件)、新媒体女性的微博【情人节北广武女青年上街呼吁:请给性工作者打上马赛克】2014年2月14日 16:05、「大学生街头呼吁:请性工作者打马赛克」网易新闻2014年2月15日、「请给性工作者打上马赛克」网易女人2014年2月17日。
(4)情人节女大学生上街呼吁:请给性工作者以马赛克」Radio Free Asia 2014年2月14日。
(5)媒体曝光性工作者该打马赛克?」人民微博
(6)“年度性与性别事件评点委员会”关于东莞事件的集体点评」方刚的博客2014年2月14日。
(7)[2.15/北京]女权主义时事讨论会:女权视角看“性工作”」女声网2014年2月13日。
(8)その内容の報告は、「女权视角看性工作:自由选择?压迫?反对歧视与侵害!」女声网2014年3月12日、女权之声的微博【女权视角看性工作:自由选择?压迫?反对歧视与侵害!】2014年3月12日 11:51
(9)ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)の報告は、英語版は“‘Swept Away’: Abuses Against Sex Workers in China[PDF]”、中国語版は「“扫除” 中国性工作者遭受侵害[PDF]」です。アジア・カタリスト(Asia Catalyst、亚洲促进会)の報告は、英語版は、“"Custody and Education": Arbitrary Detention for Female Sex Workers in China[PDF]”で、中国語版は、「“収用教育”:中国女性性工作者面临任意拘禁[PDF]」です。それらについての報道には、「权益团体促中国取消对性工作者的收容制度」BBC中文网2013年12月11日、「中国政府は性労働者の収容所も閉鎖を―人権団体が要求」ウォール・ストリート・ジャーナル2013年12月11日、“For Prostitutes Jailed in China, Forced Labor With No Recourse” New York Times JAN. 1, 2014(中国語訳:「收容教育制度下,中国性工作者权利失去保障」纽约时报中文网2014年1月4日)などがあります。
(10)ただし、セックスワーカーとはやや異なりますが、2009年5月に鄧玉嬌さんという、浴場で足の手入れをする出稼ぎ労働者が、「特殊なサービス」を要求されて強姦されそうになって、加害者を殺してしまった事件の際には、北京愛知行研究所の武嶸嶸さんと中国民間女権工作室の葉海燕さんらが、それぞれ「誰もが鄧玉嬌になるかもしれない」「誰が次の鄧玉嬌なのか」というスローガンのもとに、体に白い布に何重にも巻き付けて、束縛された女性の情況を示すパフォーマンスアートをおこなっていますし、海淀女性セックスワーカー活動センター(北京愛知行研究所のプロジェクト)や中国民間女権工作室が声明を発表しています(本ブログの記事「鄧玉嬌事件をめぐって」、「中国セックスワーカー組織ネットワークフォーラムの活動」の5参照)。
(11)李麦子「情人节行动创意1,其他地区干点儿什么? 」工作组内部邮件组2014年2月12日。
(12)北京外国語大学の女子学生のメッセージと、それに呼応した女性たちのメッセージは、「我的阴道说」(网易女人2013年11月10日)参照。この事件全体については、「“我的阴道说错了什么”——女大学生宣言风波 [word]」『女声』140期(2013.11.19)という記事が参考になります。
(13)小五三三的微博2013年11月10日 18:30
(14)李辉「东莞事件真假题——一种女权主义的角度」社会性别与发展在中国2014年2月11日(来源:邮件)、李思磐「东莞为谁挺住?」2014年2月13日、「我的中国性梦——浅谈东莞扫黄」社会性别与发展在中国2014年2月21日(来源:邮件)、吕频「性工作是压迫还是自由?不要二选一」社会性别与发展在中国2014年2月21日(来源:妇女传媒监测网络)など。
関連記事

農村での土地権侵害に対する「出嫁女」の闘い――陳情、デモ、裁判、インターネット、パォーマンスアート

≪目次≫
はじめに――「出嫁女」に対する土地権侵害
1.陳情とその困難――1.陳情しても、なかなか解決しない 2.陳情狩りとヤミ監獄、行政拘留 3.地元の村でのひどい仕打ち 4.集団での陳情、抗議行動
2.デモとその困難――1.村民委員会に抗議するデモ 2.北京でデモの申請をした女性も 3.逆に既得権を守るためのデモも
3.一部地区では成果も:陳情が社会の「安定」を脅かしたことにより――1.南寧市経済技術開発区 2.仏山市南海区
4.訴訟とその困難――1.裁判所に受理されにくい 2.陝西省では裁判所に受理するよう文書を出す:集団陳情多発の影響で 3.勝訴しても、政府や裁判所が判決を執行しない 4.強制執行で権利を勝ち取る
5.インターネット上での活動――グループは数千人規模に
6.都市のフェミニストグループとの出会い――1.「ニューメディアにもとづくジェンダー平等の唱導と実践活動」(陳亜亜ら)プロジェクトで報告 2.ジェンダー平等活動グループの合宿に参加、パォーマンスアートもおこなう
おわりに

はじめに――「出嫁女」に対する土地権侵害

「出嫁女」(「農嫁女」「外嫁女」とも言う)とは、「嫁に行った女性」のことですが、具体的には、農村において、他の村または都市部の男性と結婚したけれども、さまざまな原因で戸籍を実家に置いたままにしている女性を指します。

そうした「出嫁女」には、多くの村では、他の村民と平等な土地権が与えられないということが中国で問題になっています。他にも以下のようなさまざまなケースがあります。
 ・離婚・死別した女性に対しては、元夫の村は彼女に分配した土地を回収する一方、実家の村は土地を分配しないというケースがある(この問題についても、「出嫁女」問題の範疇で捉えられることもあります)。
 ・未婚の女性の土地も、(嫁いで行くからという理由で)一定の年齢になったら村が回収してしまう。
 ・婿入り(招婿)した男性には土地を分配しない。
女性の土地請負経営権をめぐる、さまざまな権利侵害の事例や裁判例から見た法の実効性などについては、何燕侠『現代中国の法とジェンダー――女性の特別保護を問う――』(尚学社 2005年)の第5章「農村女性の土地請負経営権とその実態」を参照してください。また、以前本ブログで取り上げたように、都市で仕事をしている農村女性の土地権の侵害状況については、2010年に、NGOの農家女文化発展センターが詳しく調査しました(本ブログの記事「『中国流動女性土地権益状況調査』刊行」参照)。

この「出嫁女」の問題が顕在化したのは、1980年代、農業集団化が終了して生産請負責任制が導入されて、土地経営の主体が「家族」になったときのことです。その際に、女性の個人としての土地権は保障されず、「嫁に行った女性は、撒いた水と同じ」と考えられて、「出嫁女」の権利は無視されたのです。この問題の根底には、中国の農村における父系制・家父長制・父方居住という伝統的なシステムがあります。

また、1998年に第1回目の土地請負期間が満期になったためにおこなわれた、第2回目の土地請負の際も、この問題が顕在化しました。

さらに、都市化がすすんで、土地が収用されることが多くなると、その際の補償金の分配から「出嫁女」が排除されるということも大きな問題になっています。土地の価値が大きく上がったために、矛盾がますます鋭くなったのです。

「婦女権益保障法」や「農村土地請負法」は、女性の土地請負経営権や住宅敷地の土地使用権を保障しているのですが、それにもかかわらず、「村規民約(村のきまり)」が女性の土地請負経営権を侵害していることが少なくありません。地方の政府も、そうした違法な事態を容認してきました。

そうした状況に対して、出嫁女たちは、さまざまな運動をしてきました。

1.陳情とその困難

出嫁女たちは、問題の解決を求めて、鎮・市・省の行政機関(ときには共産党の委員会にも)、さらには北京にも陳情に行っています。浙江省の臨海市の婦女連合会のサイトの不完全な統計によると、浙江省には現在23万人余りの「出嫁女」がいるのですが、臨海市の「出嫁女」の陳情は、2006年は84件、2007年は89件、2008年は109件と増加しているということです(1)

1.陳情しても、なかなか解決しない

しかし、陳情をしても問題はめったに解決しません。中国における陳情については、毛利和子・松戸庸子編著『陳情 中国社会の底辺から』(東方書店 2012年)に詳しいのですが、同書には、陳情には大きな手間や費用がかかるにもかかわらず、政府が直接解決または直接調査した案件は、2.5%にすぎないという数値も紹介されています(p.7)。出嫁女の問題に関しても、下のように、20年余りの間に合計1890回陳情をしても問題が解決していないケースもあります(以下で挙げる諸事例は、資料の原文のままの紹介はなく、すべて簡単な要約です)。

南寧市西郷塘区北湖街道弁秀霊村の、2010年現在で69歳の出嫁女の張偉明さんは、本来なら3人と娘の分とあわせて88㎡の宅地が分配されるはずが、村の宅地や土地収用補償金の分配から排除されているために、やむなく29㎡の狭い土地にある古い住宅に住んでいる。張さんは、自分たち母子4人の権利のために、1988年から陳情を始めて、地方から中央まで、あらゆる部門に対して、20年余りのあいだに合計1890回陳情をした。しかし、何の成果もなかっただけでなく、しばしば殴られたり、跡をつけられたり、軟禁されたりした(2)


次も、20年間近く省や北京に陳情を続けている女性の事例です。

安徽省淮北市濉渓県の王栄華さんは、1994年に出嫁女であるために土地を奪われ、20年間近く安徽省や北京に陳情してきたが、2013年になっても、まだ問題は解決していない。王さんが陳情を続ける間に、夫婦関係は破綻し、夫とは離婚した。王さんは離婚後、2人の子どもとともに生活しているが、土地がないために、臨時工をして金を稼ぐしかない、王さんは80歳あまりの父母にも金銭援助をしている(3)


1978年から、32年間闘ってきた女性もいます。

長沙市天心区大托鎮新路村野鴨塘組の出嫁女の李順成さんは、32年間、出嫁女への差別に対して闘ってきた。1978年、李順成さんは王継春さんと結婚した。王さんは、軍隊を退役した後、野鴨塘組に李さんの父母と一緒に住んだが、野鴨塘組は、李さんの転入を認めたら「組の経済的利益が損なわれる」と考えて、村規民約を作って、入り婿の戸籍登録を許さないようにした。さらに、村の女性は、結婚後は、たとえ戸籍を転出しなくても、村民としての待遇を受けられないと規定した。李さんは、それに対してずっと抗議してきたが、2008年には、なんと長沙市公安局が「夫婦が戸籍登録するには、郷・鎮・村組の同意の証明書が必要である」と定めた。李さんはそれを取り消すように長沙市法制事務局に求めたが、退けられた(4)


2.陳情狩りとヤミ監獄、行政拘留

出嫁女たちが北京に陳情に行くと、北京の当局に捕まったり、地方政府の出先機関によって陳情狩りにあったりします。「陳情狩り」というのは、「地方政府とくに末端の役所は、自分の村や郷からレベルを超えた陳情や北京への集団陳情が起これば大変面倒なことになるので、策を弄してなんとかそれをさせないようにする」ことです(『陳情 中国社会の底辺から』p.5)。彼女たちは、捕まった後、ヤミ監獄に閉じ込められたり、地元に連れて帰られて行政拘留をされたりしています。地方政府に陳情に行っても、拘留されることがあります。

安徽省宿州市経済開発区劉合村の5人の出嫁女は、土地の第2回目の請負のときに、村から土地の請負権を剥奪された。彼女たちが2004年に宿州市や安徽省の政府・婦連に陳情を始めて9年が経つが、政府の不作為により土地請負権の問題は解決していない。そこで、彼女たちのうちの4人が、2013年6月1日、北京に陳情に行ったが、北京市公安局朝麦子店派出所に捕まり、「久敬荘救済援助センター」(「救済援助」とは名ばかりの、国家陳情局が治安維持のために陳情者を収容する施設)(5)に監禁された。そこにやって来た宿州市の在北京事務所の職員は、帰ったら問題を解決すると言ったが、彼女たちはヤミ警備員によって無理やり車に乗せられて宿州市に連れて帰られた後、宿州市公安局経済開発区分局によって行政拘留6日に処せられた(6)


とくに政治的に「デリケート(敏感)」な時期(人民代表大会、政治協商会議、共産党の会議の開催時期、国慶節など)には、そういう目にあいやすいのです。

1988年、南寧市西郷塘区北湖街道弁上堯郷政府は「女性の結婚相手が農業戸籍の者だった場合は、一般に夫の地に転居しなければならない。もし転出しなければ、本村の村民としての福利待遇を受けることはできない」という規定を公布し、秀霊村でも「結婚した女は一律に村・組の経済的福利待遇を享受できない」という村規民約を制定した。それによって、出嫁女の陳成帯さんは村の一切の利益分配から排除された。陳さんは、十年あまり陳情しているが、「両会(人民代表大会と政治協商会議)」や国慶節などの「デリケートな時期」になると、監視・軟禁される。2010年は、地元の政府の攻撃がひどくて、3月4日に北京に陳情したときは陳情狩りにあって9日間軟禁され、3月23日に広西チワン族自治区の政府に陳情したときは5日間拘留され、5月8日にもう一度陳情したときも20日間拘留された(7)


黒龍江省ハルピン市松北区万宝鎮巨宝村の出嫁女たちは、土地収用の補償金を分配されなかったことを、2010年4月から2011年1月まで、鎮・区・市・の政府に何度も訴えに行った。しかし、どのレベルの政府も彼女の訴えに応対しなかったり、いい加減にあしらったりした。そこで、彼女たちは省の陳情局に行ったが、「解決できない」と言われたので、中国共産党の省委員会に行ったが、入口にいた警察官に「ここに陳情に来てはいけない。ここに来るのは正常でない陳情であり、何度も来たら、子どもの入党や就職にも影響する」と言われた。やむなく彼女たちは、2011年3月の全国人民代表大会と全国政治協商会議の期間に、北京の中国共産党中央事務局、国務院事務局に陳情した。しかし、彼女たちは面談後、バスに載せられて、久敬荘救済援助センターに閉じ込められた。久敬荘救済援助センターでは、ハルピン市の在北京事務所の職員だと称する人が「帰って問題を解決する」と述べて彼女たちを車に乗せて連れ出したが、しばらくすると車が停車して、見知らぬ男たちがおおぜいやって来て、彼女たちの身分証や携帯電話を取り上げ、彼女たちが反抗したら、殴りつけた。その後、彼女たちは車に乗せられて、北京市大興区黄村鎮鵝房村のヤミ監獄に3日間閉じ込められ、ハルピンに送り返された(8)


河南省鄭州市滎陽市京城弁石砦村の卜秀煥さんは、出嫁女だったために土地を与えられなかったので、村・街道・市・省などの政府の関係部門に訴えたが、何の役にも立たなかった。卜さんは北京の関係部門にも訴えたが、ダメだった。そこで、卜さんは、2011年3月の全国人民代表大会と全国政治協商会議の期間に、天安門でビラをまいたところ(その際に地元の政府の汚職腐敗についても告発した)、天安門にいた警察官に捕まって久敬荘救済援助センターに送られ、河南省の在京の陳情狩りの職員に「今度やったら労働矯正にする」と言われた。次の日もビラをまいたら、すぐに警察官に捕まって久敬荘救済援助センターに送られて拘禁された後、地方政府の陳情狩りの職員に引き渡された。4月22日、卜さんが他の数人と北京に陳情に行ったら、警察官に捕まり、在北京事務所の職員によって、北京の照康旅館のヤミ監獄に監禁された(9)


2011年10月、南寧の3人の出嫁女(黄肖瓊さん、陳成帯さん、陳桂鳳さん)が北京に陳情に行ったが(国土資源部の前での写真)、14日に、宿泊していた旅館から、警察によって久敬荘救済援助センターに連れて行かれ、その後、広西の駐北京事務所の職員によって事務所の前の旅館に移送された。翌15日から18日まで、北京では、中国共産党17期六中全会が開催されるので、陳情に来ていた人々を探して、手当たりしだい捕まえていたのだ。19日に、3人は南寧に送還され、陳成帯さんと陳桂鳳さんは、何の法律的手続きもなしに、派出所で10時間あまり訊問された(10)


2011年、チュニジアの「ジャスミン革命」に触発された動きが中国でもあった際に北京に陳情に行って、「国家政権転覆扇動罪」で逮捕された出嫁女もいます。

2011年3月、南寧市江南区同楽新村の劉慧萍さんは、北京で陳情狩りにあった後に南寧に送り返され、南寧市公安局江南分局に、「国家政権転覆扇動罪」で逮捕された。彼女は、これまで何も政治活動はしたことはなく、自分の権利のために陳情に行っただけだったが、現地の派出所によると、インターネットで呼びかれけられていた「ジャスミン集会」の関係で罪に問われたのかもしれないという(11)


以上のような目に遭いつつも、出嫁女たちは直訴を続けてきました。軟禁されたら、ハンストや自殺で脅して解放された女性もいます。

南寧市江南区沙井街道仁義村の梁位娟さんは、何度も北京に陳情してきたが、2007年には地元の政府が派遣した人によって北京から南寧に連れ戻されて、4人の仲間とともに市の郊外に軟禁された。しかし、梁さんは、監禁された人々全員に呼びかけてハンストで抗議した。次の日には、梁は、身につけていた小さな果物ナイフを取り出して、「手を切って自殺するぞ」と言い、他の人も、「もし釈放しないなら飛降り自殺する」と言った。監禁していた人もやむなく、軟禁を解除せざるをえなかった(12)


3.地元の村でのひどい仕打ち

また、陳情に行ったために、地元の政府にひどい仕打ちをされた女性たちもいます。下の女性は、村の幹部とつながりがあると思われる正体不明の者たちに襲撃されて、重傷を負わされました。

広東省陽光市陽西県丹肖村の陳麗瓊さんは、彼女が外嫁女であることを理由に土地収用の賠償金がまったく分配されなかったことについて、何度も市の政府に陳情し、2009年には裁判に訴え、勝訴した。しかし、当局はまだその判決を執行していない。2010年8月、村民委員会の書記が電話をしてきて、「補償について話をしたい」と言ったので、出かけて行ったが、書記は、補償の話はまったくしなかった。話が終わって、深夜の12時に村民委員会を出たら、正体不明の5人組が手に鉄の棒などの武器を持って陳さんに襲い掛かり、陳さんは、左足と右手を骨折させられるという重傷を負った。陳さんは廃品回収の仕事をして自分と子どもの生計を支えてきていたのだが、ケガの医療費で貯金はすべてなくなり、20歳と17歳の女児が学校を休んで仕事をしなければならなくなっている(13)


ある女性は、村にいられなくなるまで報復や嫌がらせをされて、北京で自殺を図り、その後も、土地を占拠されるなどの目にあっています。

河北省石家荘市高新区宋営鎮南辛村の張夢穎さんは、中国共産党18期3中全会の最後の1日である2013年11月12日に、北京の釣魚台国賓館で、自分の経歴を書いたビラをまいた後で自殺をはかった。彼女は、村民としての待遇が受けられないことを7年にわたって各所に訴えてきたが、解決しないばかりでなく、基層の政府に取り締まられ、報復されていたのだ。張さんは、2012年には、北京で拉致され不法に17日間監禁された。2013年には、郷の幹部が正体不明の者を連れて、張さんの家を取り囲んで、家族に「張夢穎を引き渡せ」と言うなどの、嫌がらせをした。そのため、張さんは北京に出て8カ月余り放浪せざるをえなくなり、その果ての自殺の企図だった。張さんは、郷の幹部に連れて帰られて、その後も、郷の幹部は、張さんの家の口糧田(自家米を作る田)を占領して木を切り倒し、廃土を入れ、平らにならして、駐車場にしようとしている(14)


「政法委員会」(裁判所・検察・警察などの司法機関を指導する機関とされている)のメンバーが出嫁女を拉致をしたという記事もあります。陳光誠氏のケース(「脱出した盲目の人権活動家・陳光誠が明かした監視と暴力に苛まれた日々=ビデオメッセージ全文―中国」Kinbricks Now2012年4月29日)を見てもわかるように、現在の中国では、当局の職員自身がそうした非常に露骨な暴力を振るうということもあるようです。

2013年3月には、南寧市西郷塘区上堯街道上堯村の出嫁女である梁建嬌さんが、中国共産党中央政法委員会の事務局長・周本順に南寧市の出嫁女の境遇を告発した手紙を書いた。ところが、梁さんは、南寧駅で、中共南寧市政法委西郷塘区政法委員会のメンバーである4人に拉致された。この事件には、南寧市の警察も手を出せないという(15)


4.集団での陳情、抗議行動

出嫁女たちが集団で陳情し、地方の政府や婦女連合会の前で、横断幕を掲げて抗議する活動もおこなわれています。けれど、政府や婦女連合会は、応対しなかったり、追い払うことが多いようです。

2010年8月13日の午前8時半、広西チワン族自治区の南寧市の20名あまりの村民が、南寧市江南区政府の前で、「性差別をなくし、男女平等を要求する」「南寧の出嫁女の権益を保障することを要求する!」という横断幕を掲げて抗議した。同日午後1時には、西郷塘区政府の前でも6名の村民が抗議した。この抗議に参加した人の中には、陳情したために何度も行政拘留された人も数名いたため、逮捕されないよう、抗議を続けた時間は短く、10分ほどだけだった。十年あまり、彼女たちの陳情活動は間断なくおこなわれていたが、問題はずっと解決していない(この記事中に写真あり)(16)

8月16日にも、南寧市の十数名の農村女性が、南寧市の政府と婦女連合会の前で、出嫁女の権益問題を解決することを求める請願をおこなった。彼女たちは、市の政府や婦女連合会の人が出てきて対応すると思っていたが、待っていても誰も出てこなかった。十数年来、彼女たちは広西や北京の関係部門を駆け回ってきたけれども、問題が重視されなかっただけでなく、毎年、陳情に行った出嫁女が拘留されたり軟禁されたりしている。彼女たちは政府と敵対するつもりはないのに、政府は何度も彼女たちを攻撃・抑圧する行為をしているのが非常につらい、と多くの出嫁女が述べている(この記事中に写真あり)(17)

8月18日にも、20名あまりの女性が、広西チワン族自治区の政府と婦女連合会の前で抗議をおこない、政府に出嫁女の権利を保障するよう要求した。彼女たちはまず政府の前に行って、「婦女権益保障法を遂行せよ」「性差別をなくせ」「出嫁女の権益を保障することを要求する」などの多くの横断幕を掲げたが、すぐに武装警察官に追い払われた。その後、彼女たちは広西婦女連合会の前で抗議をした。これは、この6日間で、南寧の出嫁女の5回目の抗議活動だった。彼女たちは、これまでに、南寧市の各市街区の政府、南寧市政府、南寧市婦女連合会、南寧市国土資源局など多くの部門に抗議してきた。今日の抗議もこれまで数回の抗議と状況は同じであり、誰も応対には出てこず、出入り口の当番に追い出された。抗議に参加したある人は、先月広西の人民代表大会は新しい政策を出して、出嫁女の権益を保障すると明確に言ったのに、それを守っていないから抗議していると述べた。抗議の現場では、彼女たちは、出嫁女が陳情の過程で殴られたり、軟禁されたり、拘留されたことを示す写真も展示した(この記事中に写真あり)(18)

2012年2月13日から16日まで、南寧市の人民代表大会と政治協商会議の開会期間に、多くの人々が会場の外で抗議活動をした。南寧市の最大の陳情グループである「出嫁女」も抗議現場にやってきた。彼女たちは40人ほどで、何度もやってきて、スローガンを叫んだり横断幕を掲げたりして抗議した(この記事中に写真あり)(19)


数百人の女性が地方政府の前に集まったケースもあります。

2010年10月18日、浙江省台州市椒江区の数百名の外嫁女が、台州市政府の前で横断幕を掲げ、スローガンを叫んで、当局に待遇の差別を解決するよう要求した。以前は彼女たちも他の村民と同じように処遇されてきたのだが、椒江区が今年急速に発展して大量の土地が収用され、村が多くの土地補償金を獲得したために、彼女たちを差別するようになった。今回は、一般の村民は1万元分配されたが、彼女たちは6千元しか分配されなかった。今後は分配せず、戸籍も取り消すという(この記事中に写真あり)(20)


ただし、最初は集団で出嫁女が陳情していたのに、地方政府から圧力をかけられて孤独な闘いになった女性もいます。この女性は、ひどい弾圧や嫌がらせ、迫害にあいつつ陳情を続けています。

広東省中山市の小欖鎮の黎容好さんは、母親の黎恵蓮さんが外嫁女だからという理由で、村民委員会から利益配当をもらえなかった。2001年には、数百人の外嫁女がいっしょに陳情したが、小欖鎮政府が、彼女たちを逮捕するなどして圧力をかけて、押さえつけてしまった。黎容好さんは、中山市だけでなく、北京にも陳情に行ったが、陳情狩りにあった後に、10日間行政拘留され、さらに村民委員会に2日間閉じ込められ、ハンストして気を失った後にやっと釈放された。2009年には労働矯正に処せられ、今後陳情しないという承諾書に署名することによって、やっと釈放された。その後も、家の門に血まみれの鶏頭をぶら下げられたり、窓ガラスを割られたりするなどの嫌がらせにあった。小欖鎮のテレビ局も、黎さんを犯罪者として報道し、そのために黎さんの娘は同級生から仲間はずれにされ、成績も下がった。しかし、黎さんは、2014年現在も陳情を続けている(21)


もっとも、集団の陳情に応えて、省の共産党や政府、婦女連合会が解決に努力している(けれども、村の抵抗にあっている)という事例を報じた記事もあります(下の記事)。この記事は、中華全国婦女連合会の機関紙の『中国婦女報』に掲載されたものなので、そういう事例を取り上げたのだと思います。『中国婦女報』は、出嫁女が置かれている状況や出嫁女の裁判についての記事はときどき掲載していますが、共産党や行政、婦女連合会の問題はほとんど追及しません。

安徽省霍邱県城関鎮城北村の出嫁女たちは、1989年から1999年まで、鎮・県・省・北京の各機関を転々として訴えてきた。各機関も、現地に解決するように指示を出したが、そうした指示を城関鎮と城北村は執行しなかった。彼女たちは、1999年には霍邱県法院に行政訴訟を起こして勝訴し、城関鎮政府も指示を出したが、城北村の村民委員会はそれに従わなかった。そのため、彼女たちは、その後の10年間も、陳情やメディアへの訴えを繰り返してきた。45人の出嫁女が集団で陳情したので、安徽省の党委員会事務局政研室・省農委・省婦連が調査チームを結成して調査して、村民大会を開かせて、村の三組・四組・五組に、出嫁女にも土地を分配することを同意させた。ただし、一組の問題は解決しなかったので、2004年、村民委員会が、村民たちに「代わりの土地を見つけるから」と言って、村民大会を招集して、出嫁女にも少しだけ土地を分け与えさせた。しかし、それも2007年に回収されてしまった(22)


2.デモとその困難

1.村民委員会に抗議するデモ

村民委員会に抗議するデモをおこなった女性たちもいますが、特殊警察部隊に鎮圧されました。

2013年12月13日、湖北省武漢市洪山区九峰郷新建村の村民たちが、村民委員会が女性の村民の利益を侵害していることに抗議してデモをおこなった。村民たちは、何度も陳情したが、村民委員会と郷政府は応答しなかったからである。村民委員会が出嫁女や離婚女性の土地収用補償金を着服している疑いもあるので、村民たちは、村民委員会の会計の公開も要求した。しかし、当局は、特殊警察部隊を派遣してデモを鎮圧し、多くの老人が殴られた。

現場の写真によると、多くの村の女性が道路をふさいでいて、やじ馬もおおぜい集まり、交通をマヒさせている。彼女たちが掲げた赤い横断幕には、「九峰の『出嫁女』の権利を守れ」「『出嫁女』のレッテルを打ち破り、断固として男女平等を要求する」と書かれている。別の写真には、頭にヘルメットをかぶり、手には盾を持った多数の特殊警察部隊と村民と衝突しているのが写っている。さらに別の写真では、特殊警察部隊が道路のわきに並んで、村民を威嚇して対峙している(写真)(23)


2.北京でデモの申請をした女性も

認められる可能性は皆無に等しいにもかかわらず、北京でデモの申請をした女性もいます。村にいられなくなるまで報復や嫌がらせをされて、北京で自殺を図った張夢穎さんです。

2014年2月23日、張夢穎さんは、北京市治安総隊に宛てに、EMSで、全国の「出嫁女」の権利のためのデモを北京ですることを申請した。デモのコースは西単~天安門広場で、スローガンは「女性と子供に対する差別に反対する。私に尊厳と人格を返せ。村民としての待遇を返せ。法に従って社会を治めよ。長年晴らせなかった濡れ衣を晴らす。私に土地を返せ。私に生存権を返せ。男女平等政策を実現せよ。法にもとづいて私たちの訴えを解決せよ」にすると申請しており、人数は「1000人以下」で、デモの日付は「3月1日8時~3月10日18時」だとしている(24)


3.逆に既得権を守るためのデモも

出嫁女ではなく、村の他の女たちが、出嫁女の土地権に反対するためのデモをした事例もあります。このことは、家父長制的な土地分配のやり方から利益を得ている女性もたくさんいることを示しています。

2007年9月に施行した「浙江省『婦女権益保障法』施行規則」は、女性が結婚したり、離婚したりしても、彼女が新しい土地を得るまでは、彼女の土地を回収してはならないと規定した(25)。ところが、それに対して、広東省東莞区主山村の100人余りの女性が、道路を占拠して抗議した。彼女たちは警察と政府の官吏に説得されて解散したが、この抗議行動は、けっして権利擁護のための行動ではなく、外嫁女が土地権を持つことに抗議するという自分たちの「特権擁護」のためのものだった。「こうした特権を擁護する事件はかなりよくある」(東莞の人権活動家・李原風さんの話)(26)


3.一部地区では成果も:陳情が「安定」を脅かしたことにより

以上の事例では、集団で陳情しても弾圧されたり、効果がなかったりしましたが(『中国婦女報』の記事を除いて)、集団で陳情をすることは、けっして一概に無駄だというわけではないようです。

1.南寧市経済技術開発区

以上で紹介した活動の事例の中に、広西チワン族自治区の南寧市のものが多数ありました(27)。その背景には、南寧市では近年、市街地が急速に拡張して周辺の農村の土地が収用されることが多いので、出嫁女の権益を侵害する事例が多発しているという状況があるのですが、南寧市の経済技術開発区(南宁市经济技术开发区)は、一部の村について、出嫁女の土地を確保する政策をおこないました。下は、それを示す記事の1つです。

南寧市経済技術開発区が、那歴村、平陽村につづいて、2011年12月、留村についても、「出嫁女」問題を解決した。村組の第三次産業用地と回建用地を削減するなどして、出嫁女の土地を確保し、また、出嫁女に仕事につくための補助として1人5万元を補助する(28)


2012年5月、全国婦連副主席で書記処書記の甄硯さんも、南寧経済技術開発区を視察して、「出嫁女」の権利を保護する政策を高く評価しました。甄さんがそうした政策を高く評価したのは、「双維双促(=社会的安定を促すことによって権利を擁護し、権利を擁護することによって社会的安定を促す)」という観点からでした(29)。このことは、出嫁女の運動が社会に「不安定」な状況をもたすことは、一方では彼女たちの運動に対する弾圧を引き起こすとともに、もう一方では、やはり一定の成果をもたらすことを示しているのだろうと思います。

ただし、その後も南寧市西郷塘区で、上で紹介したように「政法委員会」による拉致事件が起きていることが示すように、少なくとも南寧市の他の地区では、けっして問題は解決していません。

2.仏山市南海区

以前、本ブログで、「仏山市南海区政府が農村の『出嫁女』の土地権益問題を解決」したということをお伝えしました。その後、南海区のある鎮の政府が、その中の村の株式経済合作社のメンバーとして「出嫁女」を認めたことに対して、その株式経済合作社から行政訴訟を起こされるということもありましたが、鎮の政府が勝訴しました(30)

上の本ブログの記事でも述べたように、南海区の政策の背景にも、10年余りにわたって多くの出嫁女が集団での陳情や等級を飛び越しての陳情をしばしばおこなったために、宏崗村の党支部書記が「絶え間ない上訪は、村の社会の安定に対して影響と制約をもたらした」と言い、南海区党委員会の書記が「もし出嫁女の問題が解決したら、南海の上訪問題の半分以上、いや3分の2すらが解決するだろう!」と述べたほどだったという状況がありました。ある鎮委員会の書記によると「以前は村組の幹部もいつも時間と精力を出嫁女の陳情事件を処理するのに使った」そうです。ここにも、はっきりと出嫁女の運動の影響がうかがわれます。

しかし、南海区でも、けっして出嫁女の土地権の問題が全面的に解決したわけではなく、その後も、以下のように、出嫁女たちが共産党の省委員会に陳情に行ったりすると、南海区の警察に弾圧されるという事例が報じられています。

2014年1月16日、広東省仏山市南海区の黄岐街道などの6人の外嫁女(黄沛江さん、黄竹流さん、陳敬鴻さんら)が、黄岐街道が外嫁女の土地権を剥奪している問題を、中国共産党広東省委員会に陳情しに行った。しかし、地下鉄の乗り換えの際に、南海区の警察と官吏に捕まり、「スローガンを叫び、不法なビラをまいた」ことによって「社会秩序をかく乱した」という理由で、彼女たちは、行政拘留10日に処せられた(31)


こうしたことが起きるのは、出嫁女問題の解決が、彼女たち自身の権利のためというよりも、「社会の安定」という見地からおこなわれていることと無関係ではないのだろうと思います。

4.訴訟とその困難

以前、本ブログで、2006年、内モンゴル自治区のフフホト市の出嫁女が、土地請負経営権の差別を訴えて勝訴した裁判をご紹介しましたが(「農村女性の土地請負経営権をめぐる裁判」)、最近も、2013年10月、温州市永嘉城街道前村の27人の出嫁女が、同村の村民委員会と集団経済合作社を訴えるなど(32)、出嫁女たちは、たびたび裁判も起こしています。

1.裁判所に受理されにくい

しかし、出嫁女の権利に関する訴訟は、裁判所に受理されにくいとよく言われています。たとえば、以下のような事例があります。

武漢市黄陂区盤龍城開発区葉店村の出嫁女の楊秋娥さんは、訴訟を受理させるまでに、3年間に6回も訴状を書かなければならなかった。楊さんは、土地権と土地収用の補償金分配の差別について、2007年7月、黄陂区法院に訴えたが受理されなかった。武漢市中級法院にも訴えたが、やはり受理されなかった。そこで、楊さんは武漢市検察院に訴えたところ、武漢市検察院は楊さんの主張を認め、湖北省検察院に抗訴(=検察院がおこなう控訴)するよう求めた。湖北省検察院もそれに応えて「黄陂区法院が楊さんの訴えを受理しなかったのは誤りだ」と言って、湖北省高級法院にもう一度審理するよう抗訴した。しかし、湖北省高級法院は抗訴を退けた。楊さんは、もうだめかと思ったが、あるとき、同じ村に同様の訴訟を起こした女性がいることを知って、教えを乞い、その女性の弁護士に指導をしてもらって、訴状を書き改めて、もう一度訴訟を起こした。それでも黄陂区法院と武漢市中級法院は楊さんの訴えを受理しなかったが、湖北省高級法院が楊さんの訴えを認めて、黄陂区法院に楊さんの訴えを受理するように指示したため、2010年10月、やっと裁判が始まり、2011年5月、楊さんは一審で勝訴した(33)


南寧市江南区仁義村十三組の梁恵精さんは、10年余り広西の各クラスの政府に陳情を続けており、何度か北京にも行って陳情したが、成果がないので、2002年には十三組を裁判所に訴えた。しかし、裁判所は「村民小組はその管理している集団の財産を処分する権利を持っており、村民小組がその管理している財産を処分したことによって村民との間に発生した紛争は、平等な民事紛争ではなく、裁判所が受理する民事事件の範疇ではない」という理由で、訴えは受理されなかった(34)


他にも、「農村の集団経済組織の収益の内部の分配は、農村集団経済組織が民主的な決議の手続きで処理し決定する事項であって、裁判所が受理する民事事件の範疇ではない」という理由で訴えが受理されなかった事例がありますし(35)、次のように、「これは政府のことだから、政府が処理しなければならない」と言われて訴えが受理されなかった事例があります。

南寧市西郷塘区大塘村東坡一組の潘徳鳳さんは、結婚後村のすべての利益分配から排除され、選挙権さえ剥奪されたことを、長年省や市の関係部門に訴えてきただけでなく、何度も北京に行って陳情したが、効果はなく、かえってしばしば監視・軟禁・拘留された。潘さんは、2010年5月、東坡一組を訴えたけれども、西郷塘区法院は「これは政府のことだから、政府が処理しなければならない」と言って、訴えを受理していない(36)


2.陝西省では裁判所に受理するよう文書を出す:集団陳情多発の影響で

もっとも、陝西省では、高級人民法院が、下級の法院に出嫁女の訴えを受理するように指示しました。以下の『中国婦女報』の記事(要旨)をご覧ください。

わが国では、農村の土地と集団経済組織の収益分配などの問題が、1990年代初めから地方の安定を脅かす重要な社会問題になった。当時の陝西省の婦連の陳情の記録によると、省の婦連に対するその種の陳情は、毎年200件余りにのぼり、その半数以上は、集団での陳情で、最も多い時には、4~50人で婦連の中庭にいっぱいになった。陳情や集団的陳情が多発したのは、訴えを裁判所が受理しないからであった。こうした状況に対して、陝西省高級人民法院は、全省の中級・基層の人民法院に向けて、2006年1月、農村の集団経済組織のメンバーの資格を出嫁女にも認める「農村の集団経済組織の収益分配の紛争事件の審理についての討論会紀要」という文書を発表した。この文書によって、陝西省の大多数の基層の裁判所は、出嫁女の訴えを受理し始め、婦連へ陳情する人数は80%低下した(37)


上の記事からは、裁判所が出嫁女の訴えを受理しなかったので、出嫁女たちが集団での陳情が多発するようになったことが「地方の安定を脅かす重要な社会問題」と捉えられたという状況が読み取れます。実際、上の記事のメインタイトルは「出嫁女の陳情の人数が減った」というものです。ここでも、出嫁女の(とくに集団での)陳情が地方の「安定」を脅かしたことが、対応の変化をもたらしたことがわかります。

3.勝訴しても、政府や裁判所が判決を執行しない

第二の問題は裁判で勝訴できるか否かですが(何燕侠『現代中国の法とジェンダー――女性の特別保護を問う――』はいくつか勝訴と敗訴の事例を挙げ、その要因を分析しています)、もう一つ問題なのは、出嫁女の訴訟は、勝訴しても、政府や裁判所が判決を執行しない(できない)ことが少なくないことです。下の事例では、判決から7年たっても執行されていません。

南寧市羅文坡園芸場三隊の出嫁女の韋鳳潔さんは1994年に結婚したが、兄も弟もいなかったので。夫と村に住み続けた。しかし、羅文坡園芸場三隊は、2003年に韋さんの両親が死んだとき、韋さんの土地を取り上げた。韋さんは裁判所に訴え、同年9月に勝訴した。しかし、その判決は、2010年現在、まだ執行できていない。2000年、韋さん一家は、羅文坡から追い出され、村外の小さな家に住んでおり、韋さんの夫が臨時工をして一家を養っている。勝訴から7年間、韋鳳潔さんは南寧市のあらゆる関係部門に訴えたけれども、問題はまだ解決していない(38)


判決を執行しようとすると、村民たちが抵抗するようです。

安徽省広徳県桃州鎮祠山崗社区孫家村の歩修琴さんは、出嫁女であることによる土地収用の補償金の差別(男性の3割しか分配されず、産んだ子どもにはまったく分配されない)を2011年12月、裁判に訴え、2012年5月に勝訴した。村民小組は控訴したが、8月、二審の宣城市中級法院における審理が始まったら控訴を撤回し、歩さんの勝訴が確定した。しかし、村民組は判決に従わず、裁判所も判決を執行しなかった。歩さんが裁判所の所長を問い詰めると、所長は「もし執行したら、裁判所が村民に包囲される」と答えた(39)


「もし執行したら、裁判所が村民に包囲される」というのは、下に示したような裁判の情景(郭建梅弁護士による記述)から見ると、男系の相続を守ろうとして農民が抵抗するということのようです。

裁判が開廷したときには、住民が黒山のように座っていて、村の共産党支部書記が法廷で「これは、先祖がわれわれ男に残した土地だ。そうではないのか?」と言うと、みんながガヤガヤと立ち上がって「そうだ! 先祖がわれわれ男に残した土地だ!」と叫んだ(40)


男性の家族も既得権の受益者なので、先述のように、村の女性たちが、出嫁女の土地権を保障されることに抗議するために道路を占拠するという事態も起こるわけです。

4.強制執行で権利を勝ち取る

上のような事態に対して、出嫁女たちは、しばしば裁判所に強制執行を申請して権利を勝ち取っています。

甘粛省武威市凉州区武南鎮の某村の出嫁女の羅さんは、土地収用の補償金の分配において差別されたことを裁判に訴えて、2011年に凉州区法院で勝訴判決を勝ち取った。しかし、村民小組は判決書を受け取らず、執行を拒絶した。羅さんは同法院に強制執行を申請し、同法院は強制執行を決定した。しかし、強制執行の過程で、被告たちは執行裁判官をほしいままに罵り、おおぜいが裁判所に集まって騒ぎ、さらに一部の人々を糾合して、陳情をおこなって騒ぎ立てた。裁判所が執行しようとしても、村民小組が妨害したため、判決を執行することができなかった。そのため、凉州区法院は、村民小組の責任者の呉某を司法拘留15日に処し、執行中に裁判所で騒いだ村民たちを批判・教育した。法律の威力に恐れをなして、村民小組はついに判決を執行して、原告の羅さんは補償金を受け取ることができた(41)


この節の冒頭に挙げた、フフホト市の出嫁女たちの裁判でも強制執行をすることによってはじめて判決の内容を実現できています。昨2013年も、甘粛省天水市麦積区馬跑泉鎮の15人の出嫁女が、村民委員会を裁判に訴えて勝訴し、強制執行も申請して、11.1万元の土地収用の補償金を勝ち取った(42)という例があります。

こうしてみると、他の地区でも強制執行をすればよいように思えるのですが、地域の力関係によってはそうもいかないのでしょうか?

5.インターネット上での活動――グループは数千人規模に

中国国内のマスコミは出嫁女の活動をあまり報道しません(とくに陳情に対する政府の弾圧などについては報道しません)。そこで、出嫁女の中には、インターネットで活動をしている人々もいます。

浙江省の出嫁女の王秀英さんは、「農嫁女権益討論tz」という微博(农嫁女权益讨论tz的微博)で2011年9月からメッセージを発信しています(出嫁女の微博は他にもいくつかあります)。王さんは、その中で、QQ群(SNSの一種)の農嫁女の権利擁護グループ(全国的なもののほか、地方ごとのグループも10ほどある)への加入を繰り返し呼び掛けています。

王さんは、「現実の中では、私たちは権力も勢力もなく、何度問題を訴えても解決できません。だから、私たちはインターネットに助けを求めるしかなく、メディアに希望を託し、姉妹たちがこのプラットフォームの助けを借りて、早く権利の保護に成功するよう望んでいます」(43)、「インターネットはバーチャルなものだけれども、インターネットにいる人は誠実で、本当に存在しています」(44)と述べています。

王さんたちの「農嫁女ネットワーク権利擁護連盟(ブログ「农嫁女网络维权联盟」)」は昨年7月、「全国の農嫁女に告げる提議書(告全国农嫁女的倡议书)」を発表しましたが、その中では、「数年にわたる奮闘によって、インターネットには農嫁女権利擁護グループができ、そのメンバーは数千人に達した。彼女たちはお互いに助け合い、サポートし合って、現実とインターネットで、自分の権利のために奔走している」(45)と述べられています。

ただし、インターネット上でも、「地元のフォーラム(掲示板)は、地方保護主義が非常に強く、権利擁護の類のスレッドとアカウントは一律に封殺されるので(……)、現在大部分は新浪、騰訊、天涯、人民網という大きなポータルサイトで活動している」(46)という困難もあります。

また、「農嫁女権益討論tz」微博には、以下のような動画も掲載されています。

○出嫁女問題や運動の状況などを説明しつつ、ネット上のグループへの加入を呼びかけるビデオ。
 ・「视频: 男女平等,出嫁女要人权(47)

○湖北省洪湖市柏枝村の出嫁女たちの放浪と陳情、それに対する妨害のありさまを、物語に乗せてビデオ化したもの。
 ・「视频: 洪湖水(48)

南寧市についても、2011年9月から、「南寧の出嫁女の権利擁護(南宁出嫁女维权)」というブログが出来ています。

6.都市のフェミニストグループとの出会い

2010年ごろから「村規民約」を改めさせる活動が、中共中央党校婦女研究センター(李慧英さんら)、河南社区教育研究センター(梁軍さんら)といったNGOの手によって一部の地区ですすめられ、婦女連合会や行政もそうした努力をしています(49)。この活動は、男女の出生比率のアンバランスの問題を解決するという問題意識が強いように見えますが、系統的で地道な活動で、重要だと思います。しかし、書くと長くなりますので、後日ご紹介することにして、今回は、昨年おこなわれた新しい活動についてご紹介させていただきます。

1.「ニューメディアにもとづくジェンダー平等の唱導と実践活動」(陳亜亜ら)プロジェクトで報告

上海社会科学院文学研究所が担当している、国連-中国ジェンダー研究・唱導基金プロジェクト「ニューメディアにもとづくジェンダー平等の唱導と実践活動(微博:[新媒体性别平等倡导的微博])」(責任者・陳亜亜)が、2013年1月26―27日、「ニューメディアとジェンダー多元平等」研究討論会を開催しました(50)。この席で、王秀英さんが報告をしています。その報告の中で、王さんは、自らの活動として、以下の3点を挙げました。1.女性の権利を討論するQQ群、2.パフォーマンスアートで訴えを表現する(村の規則の中に差別的なものがある)、3.自分たちの物語を話す(さまざまな手段で農嫁女の現状を紹介することによって)(51)

陳さんは、この研究討論会について、「主催者がこのプラットフォームを提供してくれて、私という非常に普通の出嫁女が、集団を代表してここに立って、各領域の友人とお互いに交流・学習できたことに非常に感謝している」(52)、「[陳]亜亜にもお礼を言う。私が発言稿とPPTを修正するのを助けるのに、あなたは私と数えきれないくらい話し合った、続けて何日も夜半すぎまで」(53)と述べて、感謝の念を表明しています。

2.ジェンダー平等活動グループの合宿に参加、パォーマンスアートもおこなう

[1]「青年女性社会実践」冬令営に参加

王秀英さんは、ジェンダー平等活動グループ(性別平等工作組)が2013年2月25―27日に広州でおこなった、「青年女性社会実践」冬令営(合宿)(54)にも参加したようです。

「農嫁女権益討論tz」の微博が以下のように述べています。

「ジェンダー平等活動グループ」が私に研修に参加する機会を与えてくれたことに感謝する。また、あなた方から励ましの言葉をいただいたことにも感謝する。あなた方の言葉は、私を永遠に励ましてくれるだろう! この数日の活動によって、私は多くの知識を学んだ。あなた方と過ごしたこの数日間で、私は中国の若者の力が何であるかが本当にわかった(55)


逆に、冬令営のある参加者も、王秀英さんを以下のように賞賛しています。

この女性には尊敬の気持ちがわき起こった。彼女は絶えず謙虚に「私はただの初級中学卒業の農嫁女だ」と言うが、その身につけた美しさに私は心服した(56)


[2]パフォーマンスアート

2013年12月12日、出嫁女たちは、浙江省人民政府の前で、「組体操」のパフォーマンスアートをおこないました。このパフォーマンスアートは、村官に扮した女性が、「村規民約」と書かれたメガホンを持って、「嫁に行った女の子は、撒いた水だから、配当、土地、家屋、土地収容補償金は分配できないか、成年男子より分配を少なくする」と叫ぶと、出嫁女たちは、地面に折り重なるように倒れ伏すというものでした。見ると、彼女たちは、自らの体に、「嫁に行った女の子は、撒いた水」「男女は平等でない」「兄弟の戸籍に入れ」などのスローガンが書かれた紙が貼りつけています(57)

周りには、市民が見物に集まって来て、パフォーマンスアートは半時間近くおこなわれました。警察の干渉はありませんでした(58)

活動の発起人の陳秋静さん(仮名)は、「江浙地区では、『出嫁女』には、不動産や土地収用の補償において他の村民が持っている権利がありません。国家の法律は『女性の結婚・離婚後の責任田・口糧田・不動産などは保障される』と明確に規定しているのに、多くの村では、村規民約を使って、農嫁女の合法的な経済的利益を剥奪しています」と語りました。

南通市から来た彭春春さん(仮名)は、「私は農嫁女です。私たちの村の土地収用の収益に対する私の分け前は剥奪されました。私は政府に訴えました。けれども、政府は『これは村規民約だから、政府に干渉する権利はない』と言いました。私は裁判所に訴えましたが、裁判所も立件(受理)しませんでした。私たちには自分の合法的な権益を守る場所が見つかりませんでしたので、パフォーマンスアートの形で公衆の注意を集めて、私たち農嫁女に正義を取り戻したいと思ったのです」と語りました(59)

このパフォーマンスアートは、その「先輩」であるジェンダー平等活動グループが深くかかわっており、事前に方法などを教えてあげたようです。同グループの専従である鄭楚然さんの活動記録には、12月10日に「農嫁女研修課程などの仕事」、11日に「農嫁女研修」、12日に「農嫁女パフォーマンスアート」、14日に「農嫁女プレスリリースを外国メディアに出す」、15日に「農嫁女報告」とあります(60)

その成果として、ニューヨーク・タイムスが今回の活動を報じました(61)

一昨日の女声網のウェブサイトに、このときのパフォーマンスアートにも参加した農嫁女の何竹青さんの話が掲載されていましたので、以下、その概要をご紹介します。

浙江省義烏市城西街道塘下鄭村の村民の何竹青さんは出嫁女だ。2010年8月、同村が村規民約で出嫁女には宅地を分配しないと決めた。何さんは父親から遺産として1部屋(46㎡)を相続していたので、何さんがそのことを根拠にして鎮政府の役人に土地を要求すると、役人は「法律によって、家に息子がいたら、娘には相続権がないと決まっている」と言った。しかし、何さんがインターネットで情報を集めたり他の人と交流したりしたすると、村民規約の規定の不公平さは「性差別」と言うのだということや役人の言ったことはウソだということがわかった。

何さんは何回か申し立てをしたが、ダメだった。そのとき、何さんは今後は自分の権利のために闘う生活をしようと決めた。何さんは、党員である夫に累を及ぼさないために、2011年6月、夫とは離婚した。

離婚後、何さんは毎朝6時に起き、インターネットで、書き込みをしたり、法律や裁判例の情報を集めたりしている。何さんは、友だちをつうじて農嫁女の権利擁護ためのQQ群にたくさん入り、王秀英さんとも知り合った。

何さんが初めて北京に陳情に行ったのも、インターネットがきっかけだ。2012年6月、QQ群で何人もの農嫁女が北京に陳情に行った経験を語っているのを読んで、何さんも仲間と一緒に北京に行った。国家陳情局と全国婦連に陳情に行くと、職員は資料を受け取って、関心を示してくれた。村に帰ったら、村の幹部から通知があり、何さんにも18㎡の宅地を与えられた。しかし、男女平等にはほど遠かったので、何さんは闘いを続けることを決めた。

けれど、2回目と3回目の北京での陳情では、国家陳情局の職員は資料も受け取ってくれなかった。2012年12月の第4回目の陳情では、国家陳情局の幹部に「義烏市はすごくお金を持っている」と言われた。何さんは、この幹部が言ったことは「義烏市は金で中央とつながっているので、訴えても無駄だ」という意味だと考えて、絶望して中南海を徘徊していると、護衛兵に護送車に乗せられ、留置所に入れられて、地元の役人に義烏に連れて帰られた。

何さんは多くの農嫁女と裁判所にも土地権の問題を訴えたが、裁判所は訴えを受理しなかった。

2013年12月、何さんはインターネットで、若い行動派フェミニストの鄭楚然さんと知り合った。鄭さんは、何さんをはじめとした、おおぜいの農嫁女に自分がやったパフォーマンスアートの経験を教えてくれた。農嫁女たちは、そんなやり方に効果があるのか半信半疑だったが、今までの申し立てがみな壁にぶつかっていたので、「どんな方法でも試しにやってみよう」と考え、やることにした。

農嫁女たちは、インターネットで自分たちのパフォーマンスアートを発表したが、国内の主流メディアは報道しなかった。しかし、ニューヨークタイムスの中国語版が「農村女性がパフォーマンスアートで不公平な待遇に抗議した(以农村女性用行为艺术抗议不公平待遇)」というタイトルで彼女たちの行動を報道したので喜んだ。

鄭さんは、農嫁女たちは法律の知識は豊かではないし、闘いの方法はわりあい伝統的なものけれども、いかなる権力的組織の前でも恐れることなく自分の訴えを表明し、非常に行動力があること感銘を受けている。

何さんは、今年は1000人余りの人民代表大会の代表に手紙(メール?)を送って、農嫁女の土地権の問題を訴えた。


おわりに

長々と書いてきましたが、以上をごく簡単にまとめると、以下のようになるでしょうか。
 ・出嫁女たちは、長年にわたって、陳情(とくに集団での陳情)、デモ、裁判などさまざまな形で自らの人権保障のために活動をしてきた。
 ・しかし、行政当局からは無視や弾圧をされ、地域でも孤立したり迫害を受けたりし、裁判所の姿勢も消極的である。しかし、そうした困難な中でも、彼女たちは活動を続けてきた。
 ・彼女たちの激しい運動の前に、まだごく一部の地区だが、行政当局や裁判所も、社会の「安定」を確保するという見地からではあるけれども、出嫁女の権利の保障を始めている。
 ・マスメディアが彼女たちの運動をほとんど取り上げない(とくに弾圧については取り上げない)中、近年では、出嫁女たちは、インターネット上での交流や活動も盛んにおこなっている。もっとも、その中でも、地元のサイトの掲示板での発信は削除されやすいといった困難もある。
 ・都市中心だった若いフェミニストの活動とも最近は結びつきつつあり、彼女たち同様、パフォーマンスアートや全国人民代表大会の代表への働きかけもしている。

こうした彼女たちの運動は、日本でも、中国の女性運動の一つの形として、もっと注目されてもいいように思います。

(1)浅析“农嫁女”问题与维权的对策」临海妇女2009年11月2日。
(2)南宁出嫁女案例十一:上访1890余次的张伟明」博讯新闻网2010年8月27日。
(3)安徽出嫁女王荣华母子土地承包权被剥夺,上访20年难寻公正」维权网2013年3月1日。
(4)李顺成维权32年不“顺”也不“成”」『中国妇女报』2010年9月16日。
(5)久敬荘救済援助センターについては、「久敬庄全面启用,采访地方工作人员:我在“接济站”截访」(博讯新闻网2010年7月16日)、「实拍:久敬庄,关押访民的地方」(博讯新闻网2008年10月10日)参照(両記事とも、建物の写真あり)。久敬荘救済援助センター以前からあった馬家楼救済援助センターについては、「北京に抗議に来る嘆願者達」(海野恵一さんのブログ2013年3月23日)、柴田のりよし「北京南駅-陳情者たちの遠い夜明け-」アジ研ワールド・トレンド2008年11月号(第158号)参照。
(6)安徽宿州五出嫁女为土地承包权赴京上访被拘留」维权网2013年6月28日。
(7)南宁出嫁女案例十三:政府文书剥夺出嫁女权益」博讯新闻网2010年8月30日。
(8)哈尔滨市巨宝村的出嫁女失地多年无人管,到省信访办/任君平」博讯新闻网2010年12月31日、「任君平:哈尔滨婚嫁女上访被关黑监狱」维权网2011年3月20日、「任君平:哈尔滨出嫁女为土地承包权上访被驱赶」维权网2011年4月12日。
(9)河南出嫁女为生存权上访被恐吓」维权网2011年4月16日、「河南访民卜秀焕被关黑监狱」维权网2011年4月22日。
(10)广西南宁三名维权妇女上访被截回」维权网2011年10月21日。
(11)广西刘慧萍被以“煽动颠覆”刑拘」维权网2011年3月22日。
(12)南宁出嫁女案例七:未婚女为享受村民待遇而上访」博讯新闻网2010年8月24日。
(13)阳江村妇受歧视不获征地补偿反遭打伤」Redio Free Asia 2010年11月24日、「访民实录:外嫁女被村官侵地 上访被打致残」Redio Free Asia2010年12月2日。
(14)石家庄农嫁女张梦颖继三中全会割腕后再维权 」权利运动2014年2月11日、「河北石家庄张梦颖等5农嫁女无村民待遇 」六四天网2013年10月24日、香格里拉的大草原的微博《河北上访妈妈被逼走投无路在北京钓鱼台国宾馆自杀》2013年11月14日 22:43、「河北石家庄未处理强占张梦颖口粮田案」六四天网2013年12月27日。
(15)“出嫁女”梁建娇南宁火车站乘车被政法委绑架」博讯新闻网2013年3月14日、「广西访民“两会”被劫 视频显示为政法委所为」维权网2013年3月17日。
(16)广西南宁出嫁女抗议权益被剥夺」博讯新闻网2010年8月14日。
(17)广西南宁出嫁女在市政府请愿」博讯新闻网2010年8月17日。
(18)南宁出嫁女持续到广西政府抗议」博讯新闻网2010年8月18日。
(19)南宁“两会”召开会场外抗议不断」维权网2012年2月17日。
(20)台州外嫁女抗议被剥夺土地补偿款」Redio Free Asia 2010年10月18日。
(21)【访民实录】外嫁女为妇女权益斗争14年」Redio Free Asia2014年2月1日。
(22)21年,出嫁女的土地之争——安徽霍邱县城关镇25户出嫁女土地被“抢”调查(上)」『中国妇女报』2010年11月20日、「“在农村,女人没有土地,就没有话语权”——安徽霍邱县城关镇25户出嫁女土地被“抢”调查(下)」『中国妇女报』2010年11月22日。
(23)武汉“出嫁女”游行护地遭特警镇压」Redio Free Asia2013年12月15日。
(24)张梦颖向北京警方申请全国农嫁女两会示威游行」六四天网2014年2月24日、「石家庄“农嫁女”张梦颖向北京当局申请千人规模游行示威」权利运动2014年2月24日。
(25)浙江立法保护“农嫁女”财产权益」新华网2007年8月31日。
(26)东莞女村民抗议外嫁女分享权益」Redio Free Asia 2007年8月9日。
(27)本文中で紹介した以外にも、「南宁出嫁女案例一:女儿出嫁全家遭殃」博讯新闻网2010年8月17日、「南宁出嫁女案例二:陈西村出嫁女村民待遇被完全剥夺」博讯新闻网2010年8月17日、「广西南宁数万出嫁女权益受侵严重」博讯新闻网2010年8月14日、「南宁出嫁女案例三:生子不能上户口」博讯新闻网2010年8月19日、「南宁出嫁女案例四:户口被恶意农转非」博讯新闻网2010年8月22日、「南宁出嫁女案例五:被剥夺选举权」博讯新闻网2010年8月22日、「南宁出嫁女案例六:南乡村水库移民」博讯新闻网2010年8月23日、「南宁出嫁女案例八:三次遭强拆的陈英娇」博讯新闻网2010年8月24日といった報道があります。南寧で問題が多発し、運動が盛んであるという条件のほかに、ひょっとしたら、このように「博訊新聞網」が集中的に取り上げたことが当局に一定の対応を取らせたという面もあるかのかもしれません。
(28)当好“娘家人” 南宁经开区妥善处理留村“出嫁女”问题」人民网-广西频道2011年12月6日、「南宁经开区解决“出嫁女”多年权益诉求 “出嫁女”自办“村晚”表谢意」『中国妇女报』2011年12月31日。
(29)甄砚在广西调研时强调——切实推动解决“出嫁女”土地权益问题」『中国妇女报』2012年5月23日。
(30)2009年3月に、南海市大瀝鎮政府は、大瀝鎮六聯村第一株式経済合作社の同社の「出嫁女」とその子どもに同合作社のメンバーとしての身分を認めたのですが、同合作社はそれを不服として行政訴訟を起こしました。けれど、南海区人民法院は、同年11月、同合作社の訴えを退けました(「南海“出嫁女”被判获股权」佛山电子台2009年11月9日、「南海首判涉“出嫁女”行政案」『佛山日报』2009年11月10日、「公职律师代理的南海区首批出嫁女案件终审胜诉」南海司法行政2010年2月1日)。
(31)广东佛山六访民因争取外嫁女权益被拘留」维权网2014年1月18日。
(32)“农嫁女”的春天真的来了?」『中国妇女报』2013年7月2日、「27名农嫁女告村委会要求集体经济分配权男女平等」温州网2013年10月14日(来源:温州晚报)。
(33)“出嫁女”土地权益系列报道之一 三年时间 六次诉讼 未有结果 “出嫁女”杨秋娥的艰难维权路」『中国妇女报』2010年11月25日、「杨秋娥案一审胜诉 补发人口安置费3万余元」『中国妇女报』2011年6月28日。
(34)南宁出嫁女案例九:被逼写下不再婚保证」博讯新闻网2010年8月25日。
(35)南宁出嫁女案例十:子女权益被剥夺」博讯新闻网2010年8月27日。
(36)南宁出嫁女案例十二:法院不依法立案」博讯新闻网2010年8月29日
(37)“出嫁女”土地权益系列报道之四 陕西高院“审理农村集体经济组织收益分配纠纷案件纪要”执行五年——出嫁女上访人数下降了」『中国妇女报』2010年12月14日。
(38)南宁出嫁女案例十四:法院判决七年不执行」博讯新闻网2010年8月31日。
(39)安徽出嫁女胜诉,法院以怕村民围攻为由不执行判决」维权网2013年3月15日。
(40)调查称农村女子出嫁土地权益丧失 维权屡受困」2013年12月23日(来源:检察日报)。
(41)法院强制执行,出嫁女终获补偿款 甘肃武威一村民组长因抗拒执法被拘留15天」『中国妇女报』2013年11月5日。
(42)讨要土地补偿款 甘肃天水15位“出嫁女”告赢村委会」2013年8月14日、「甘肃天水15名出嫁女告赢村委会讨回补偿款――“我们不是泼出去的水”」『中国妇女报』2013年10月1日、「天水出嫁女上告娘家村委会打赢官司 拿到11万征地款」中国甘肃网2013年10月16日(来源:兰州晚报)。
(43)农嫁女权益讨论tz的微博2013年2月1日 00:27
(44)农嫁女权益讨论tz的微博2013年1月31 日23:32
(45)农嫁女网络维权联盟「告全国农嫁女的倡议书」农嫁女权益讨论的博客2013年7月13日。
(46)农嫁女权益讨论tz的微博2013年2月3日 06:16
(47)农嫁女权益讨论tz的微博【视频:男女平等,出嫁女要人权】2013年10月4日 12:18
(48)农嫁女权益讨论tz的微博【视频:洪湖水】2013年11月14日 16:28
新媒体女性的微博【27名农嫁女告村委会 要求集体经济分配权男女平等】2013年10月16日 11:51
(49)『中国婦女報』にも、「河南开展村规民约修订交流培训 12个试点村“晒”2011年推进计划」『中国妇女报』2011年4月25日、「强力推进“以维护妇女权益为重点”的修订工程 村规民约 枣庄变革」『中国妇女报』2013年12月3日、「寻找推动乡村性别平等的突破口——访中央党校妇女研究中心性别平等政策倡导课题组专家」2010年11月21日、「陈至立在黑龙江调研村规民约修订工作时指出:依法修订村规民约 维护妇女合法权益」2012年7月6日といった記事が掲載されています。
(50)@voiceyaya的微博2013年1月14日 19:31
(51)@voiceyaya的微博2013年1月27日 12:20
(52)农嫁女权益讨论tz的微博2013年2月1日 00:27
(53)农嫁女权益讨论tz的微博2013年1月31日 23:27
(54)性别平等网“青年女性社会实践”广州冬令营招募」社会性别与发展在中国2013年1月31日。
(55)农嫁女权益讨论tz的微博2013年3月7日 12:41
(56)巫嘙--M的微博 2013年2月27日 15:55
(57)农嫁女省政府前“叠罗汉”玩行为艺术,要求村规民约遵守“男女平等”基本国策」社会性别和发展在中国2013年12月12日(来源:邮件)。
(58)浙江“农嫁女”省政府们前“叠罗汉”,争取女权平等」博讯新闻网2013年12月16日。
(59)(57)に同じ。
(60)郑大兔「工作纪录催交」工作组内部邮件组2013年12月16日。
(61)DIDI KIRSTEN TATLOW “Rural Women Stage Innovative Protest for Equality” The New York TimesDecember 17, 2013
(62)用维权自我赋权:农嫁女何竹青在行动中蜕变」女声网2014年3月6日。何さんは村の中には共に行動してくれる仲間はいないそうですが、義烏市内の農嫁女130人から署名を集めています。何さんの訴えと署名簿が「権利運動」のウェブサイトに掲載されています(「浙江义乌农嫁女维权代表何竹青:土政策岂能侵害妇女生存权益【视频】」权利运动2013年10月6日)。
関連記事

«  | HOME |  »

プロフィール

遠山日出也

Author:遠山日出也
 検索から来られた方へ:このブログの記事を分類した一覧である「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を見ていただくか、下の「カテゴリー」欄を使われると、関連情報がご覧いただきやすいと思います。最近の行動派フェミニストについては、「中国の行動派フェミニスト年表、リンク集」をご覧ください。
 また、「中国女性・ジェンダー関係リンク集」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。
 恐れ入りますが、スパム対策などのため、コメントは私が拝見した後で表示させていただきます。
 私への連絡はtooyama9011あっとまーくyahoo.co.jpまで。

最近の記事

月別アーカイブ

カテゴリー

最近のトラックバック

最近のコメント

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード