2013-12

就職の男女差別に関する初の裁判が和解――会社が謝罪、3万元を支払う

曹菊さん(仮名)が昨年7月11日に起こした、就職の男女差別(北京巨人教育公司が「男性のみ」の求人広告を出し、曹さんが女性だったので門前払いにした)についての中国初の裁判は、12月18日午後、北京市海淀区人民法院で、初の審理がおこなわれました(これまでの経過については、本ブログの記事「求人(募集)の女性差別に対する初の提訴をめぐって」と「求人の男女差別をなくすための女性たちの粘り強い行動」参照)(1)

当日の法廷でのやり取り

原告側からは、原告の曹菊さん、弁護士の劉明輝さん・黄溢智さん(劉さんは中華女子学院教授でもある)が出廷しました。被告側からは、北京巨人教育公司の理事長で、北京海淀区新巨人学校の校長でもある尹雄さんと彼の弁護士が出廷しました。

法廷では、まず、曹菊さんが訴状を読み上げたのちに、被告に以下の3点を課する判決を求めました。
 [1]曹菊さんへの謝罪。
 [2]精神的損害賠償(慰謝料)として5万元を支払う。
 [3]訴訟費用は被告の負担とする。

曹菊さんのこの発言が終わると、すぐに尹雄校長は、「『男子のみ』という募集をしたのは、人事部門のミスだった」と認めました。ただし、彼の弁護士は「巨人学校は女性の勤務員が特に多く、事務関係の勤務員はみな女性だったので、本を運ぶとか、ウォーターサーバーの水を交換するとかいった力仕事をしてくれる男性がほしかった」と弁解しました。傍聴者は、「要するに、故意に差別をしたことは認めないという意味なのだろうが、弁護士が言っていることには証拠もないし、説得力がない」と思ったそうです。

尹校長は、「このたびの事件の弁護権を放棄する」と述べ、謝罪と訴訟費用の支払いをしたいと述べました。けれども、彼の弁護士は、慰謝料には「法律的根拠がない」と言いました。つまり、上の[1]と[3]の要求は受け入れるが、[2]の「精神的損害賠償(慰謝料)として5万元を支払う」という点は受け入れられないということです。

裁判官が調停を望むかどうかを原告側と被告側の双方に尋ねると、双方とも調停に同意しました(この時点で傍聴者は外に出された)。そこで、双方の弁護士が裁判官の前で金額を書きましたが、黄溢智弁護士が書いたのは「3万」元だったのに対し、会社側の弁護士が書いたのは「3000-5000」元であり、金額の開きが大きすぎたので、弁論を続けることになりました。

若干の議論をした後、また賠償金額の話に戻ると、尹校長は、曹菊が言った金額を受け入れると表明し、そのお金は、「『女性の平等な就職のための専門の基金』として、曹菊が差別反対活動をするのを支持したい」と述べました。このことについて、黄溢智弁護士は、「賠償であることを明確にせずに、給付だと言ったのは、そのほうが人聞きがいいし、会社が性差別に反対しているという態度を示せるので、PRにもなるからだ」と説明しています。

翌日の報道を見ると、曹菊が「贈与を獲得した」したという見出しで報じた新聞もありますが、巨人学校が「補償」をしたという見出しで報じた新聞や「賠償を獲得した」という見出しで報じた新聞もありますので(2)、マスコミも、会社側の言うことを額面どおりには受け取っていないのだと思います。

お詫びの手紙

尹校長は、法廷で、事前に準備してきたお詫びの手紙(3)を曹菊さんに渡しました。

その手紙は、冒頭で「巨人学校は全国で500近い教学スポットがあり、6000人近い従業員がいるが、そのうち女性従業員が総数の80%を占めており、会社には、就職の性差別をするという主観的な故意は存在していない」と述べ、次に、上で弁護士が言ったような「男性が必要だった」という主張を書いたうえで、「人事部門が求人情報を発表した時に『男性のみ』とだけ明記したことは、あなたに不必要な誤解を生じさせた」と述べています。

次の段落には、巨人学校がさまざまな社会的義務を果たしてきており、就業者の権利を軽視することは、われわれの望むところではない、といったことが書いてあります。

そして、最後の段落で、「会社は、この事件から教訓を得て、自らの活動の細部をいっそうきちんとしたものにする。女性の応募者の平等な就職という合法的権利を尊重するという立場から、会社があなたを傷つけたことについて、心からお詫びする!」と述べています。

尹雄校長は、当日、「弁護権を放棄したのは、わが校の就職差別が故意のものだと認めたわけではけっしてないけれども、この件では人事部門が不注意だったために、不必要な誤解を招いたので、私たちは曹菊さんに公にお詫びをしたい」とも述べており(4)、この手紙もそうした趣旨のものでしかないのですが、ともかく、「男性のみ」とした点について、「心からのお詫び」の文書はもらえたわけです。

当日の大学生らの裁判支援活動

法廷には、大学生がたくさん傍聴に来ました。しかし、法廷には十数席しかなかったので、入り口で廷吏に遮れられて、中に入れない人がおおぜい出ました。それでも、彼女たちは必死で中にもぐり込んだのですが、裁判官は、立って傍聴することを認めませんでした。劉明輝弁護士がとりなして、1つの座席に2、3人が座って傍聴することになりました。

法廷の外でも、開廷前に、裁判所の前で、支援者の3人の女性が、学士帽と学士ガウン姿で宣伝活動をおこないました。3人のうちの、向かって一番左の女性は「能力さえあれば、性別は重要ではない」と書いたパネルを掲げ、一番右の女性は「曹菊の裁判を断固として支持し、性差別に対してNOを言おう」と書いたパネルを掲げ、3人で声をそろえて、パネルに書かれたスローガンを叫びました。また、まん中の女性は、両手で茶碗を持ちました。これは、もし差別されて仕事が見つからなければ、乞食をするしかないということを表しているということです(写真:女权之声的微博【就业性别歧视第一案“曹菊案”开庭 志愿者法院门外声援】12月18日 13:57、同【“性别歧视第一案”结案 被告道歉并支付3万元作关爱女性平等就业资金】12月19日 12:43)。

裁判終了後の曹菊さんの話

和解が成立した後、曹菊さんは、感激で涙を流しました。曹さんは、「実は自分はつらいと思ったことはありません。私には弁護士が援助してくれ、多くの人が支持してくれましたので、1年間やってこられました。他の人はもっと困難なはずです。中国で権利を守るのはとくに難しいのです」と語りました。

曹さんは、また、「尹校長は3万元出して私を支持したいと言ってくれて、とてもうれしい。国家にはすでに法律があり、社会・メディア・裁判官・弁護士などもみな私のプライバシーを尊重してくれましたので、この1年あまりの間、私は何の圧力も受けませんでした。私の訴訟の事例をつうじて、私のような大学の卒業生は、恐れることなく、自分の権利を守るために立ち上がるべきことを伝えたい」と述べました(5)

曹さんは、法廷の外では、顔を隠すためにマスクをしていました。けれども、実は彼女自身は、顔をさらすことをあまり恐れていなかったそうです。顔を隠していたことについて、曹さんは、「他の大学生に、『顔を出さなくても、権利を守ることはできる』手本を示したかったから、ということもあります。顔を出さなければ、彼女たちも安心して立ち上がることができるでしょう」と言っています。

3万元の使い道について問われると、曹さんは、まだ考えているところだと言いつつも、「私が勝利したのではなく、みんなで一緒にやったからこそ勝利したのです。このお金も私のものではなく、意義のあることに使うほうが良い」と述べました。

1年あまりにわたった訴訟受理のための努力

この裁判は12月18日が初めての審理だったのですが、曹菊さんは、「私はもう何回ここに来たのか覚えていない」と述べています(6)

実は、昨年7月に曹さんが裁判を起こしてから今年9月まで、この訴訟は、裁判所に受理さえされませんでした(雇用の男女差別については、従来、中国ではそうしたことが非常に多かった)。そのため、曹さんや弁護士、支援者は、1年以上にわたって、以下のようなさまざまな努力をしてきました(詳しくは本ブログの記事「求人の男女差別をなくすための女性たちの粘り強い行動」を参照してください)。
 ・鄭楚然さんをはじめとした10人の女子大学生などの支援者たちが、会社の前で支援者がパフォーマンスアートをした。
 ・訴訟を受理しようとしない北京海淀区法院に対して、受理すべき理由を詳しく説明した。
 ・同法院の監察院や上級の法院・検察院に対して、訴訟を受理させるよう訴えた。
 ・曹さんは、巨人教育公司に対して行政処分を求めた。さらに行政訴訟を起こした(これは受理されたが、今年7月、敗訴した)。
 ・114名の女子大学生が連名で、北京市と海淀区の人民代表大会内務司法委員会に対して、海淀区法院に訴訟を受理させるよう求める書簡を送った。
 ・中国各地の7名の女性弁護士が、北京市や海淀区の法院と婦女連合会に対して、女性の権利のための訴訟として、曹さんの訴訟を受理させるように訴えた。
 ・以上について、マスコミに取り上げさせる努力をした。

また、このかん、この訴訟だけでなく、求人の男女差別問題に関して、中国の若い女性らは、行政機関へのいっせい通報など、さまざまな手段を尽くしてきました。

曹菊さん自身は、訴訟を起こした2か月後に、別の職場(貿易会社。職種は北京巨人教育学校と同じで、事務補助)に就職することができました。しかし、その後も、裁判のための活動は続けてきました。曹さんが最初に裁判を起こしたときの出発点は、単純に援助を求めただけだったそうですが、その後、自分の裁判が大きな影響を引き起こすにつれて、曹さんはこの裁判の意義を認識するようになったとのことです(7)

黄溢智弁護士の話

黄溢智弁護士は、和解が成立した日の夕方、『女声』誌のインタービューに応えて、以下のように述べました。

問:不立件(不受理)から立件(受理)になるまでに、どのような要素がカギになる働きをしたのか?

黄:私たちは海淀法院が立件しないことを上級機関に対して訴えた。回答はなかった。しかし、私は、裁判官が圧力を感じたことを間接的に知った。今年5月に行政訴訟をしたときに、私が立件法廷の裁判官に会ったら、裁判官は今、「立件しない」という裁定を書いているところだと言った。つまり、当時の態度は、「立件しない」ということだったのだ。その後、また、いささかの公然とした支援行動があった。すなわち、女子大学生と女性弁護士の建議の手紙だ。8月になってやっと初めて裁判官が自分から私たちに電話してきた。メディアが関心を持ったことが重要だったのかもしれない。
 そのほか、婦連も間接的に態度表明をしたことがある。去年多くの地の女子大学生が就職の性差別を集中的に通報した時期に[本ブログの記事「女子大学生らが全国8都市で『男性のみ』求人の企業267社を当局に通報、その結果は…」参照]、全国婦連が女子大学生の差別反対行動について支持すると公に言った(8)。これも曹菊事件についての間接的な回答だと理解できる。私は、婦連はこの事件をきっと知っていると思う。

問:なぜ募集の差別の訴訟は難しいのか?

黄:法律上は訴権があるけれども、実践するのは困難であり、さまざまな募集差別訴訟の立件はみな容易ではない。憲法は非常に多くの権利を規定しているけれども、中国では憲法に依拠した訴訟はできなくて、もっと具体的な法律に依拠しなければならない。たとえば、私たちが依拠した、2008年に発効した「就業促進法」のようなものである。

問:この「最初の訴訟」の法律的意義は、具体的には何か?

黄:募集の性差別が深刻であることは誰もが知っている。けれどもみんな裁判を起こさなかった。曹菊の訴訟は、募集の性差別を法律的手続きに入れるルートを切り開いた。募集の性差別について裁判を起こせることをみんなに知らせた。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

今回の和解については多くの新聞が取り上げました。しかし、その記事の中でも、近年は、求人広告には性別を書かずに、採用の過程で女性を(女性だからという理由を付けずに)拒絶するというやり方が増えているということも指摘されています(9)

曹菊さんの裁判は、募集の段階の話なので、今の日本ではかなり珍しくなった形態の差別だということも言えます。

とはいえ、日本でも、募集や採用の段階における差別を裁判で争うことは、昔も今も難しいことなのは確かです。また、恥ずかしながら、私自身も、当初は「今の中国では、この訴訟は無理なのでは……」などと思っていたので、長期にわたる粘り強い運動が実って本当に良かったと思います。

(1)今回のエントリは、基本的には、判決当日を中心とした原告側の最も詳細な記録である、「“又前进一步”――“就业性别歧视第一案庭审特写」『女声』142期(2013.12.21)[word]にもとづいており、注記のない個所は、同記事によるものです。この和解については、他にも、「就业性别歧视第一案和解 巨人学校放弃辩护权 公开道歉并给予女孩补偿」『北京晨报』2013年12月19日、「“就业性别歧视首案”3万元和解」『新京报』2013年12月19日、「“就业性别歧视第一案”调解结案 巨人教育当庭向原告致歉 」『北京日报』2013年12月19日、「北京巨人教育公司被指性别歧视 遭女大学生控告」新华网2013年12月19日、「“中国就业性别歧视第一案”和解 女生获赠3万」腾讯教育 [微博] 2013年12月19日、
“就业性别歧视第一案”当庭和解 个案胜利捅不破女性就业天花板」『中国青年报』2013年12月20日、「就业性别歧视第一案和解结案 原告获赔精神损害抚慰金3万元」『中国妇女报』2013年12月20日、「反对就业性别歧视 需更多“曹菊”打官司」『中国妇女报』2013年12月20日などが報じています。
(2)“中国就业性别歧视第一案”和解 女生获赠3万」腾讯教育 [微博] 2013年12月19日、「就业性别歧视第一案和解 巨人学校放弃辩护权 公开道歉并给予女孩补偿」『北京晨报』2013年12月19日、「就业性别歧视第一案和解结案 原告获赔精神损害抚慰金3万元」『中国妇女报』2013年12月20日。
(3)全文は、「“又前进一步”――“就业性别歧视第一案庭审特写」『女声』142期(2013.12.21)[word]の5頁に掲載されています。
(4)就业性别歧视第一案和解 巨人学校放弃辩护权 公开道歉并给予女孩补偿」『北京晨报』2013年12月19日。
(5)同上。
(6)“就业性别歧视第一案”当庭和解 个案胜利捅不破女性就业天花板」『中国青年报』2013年12月20日。
(7)职场歧视:一场悬在半空的诉讼」中国新闻周刊网2013年8月1日、「“就业性别歧视第一案”当庭和解 个案胜利捅不破女性就业天花板」『中国青年报』2013年12月20日。
(8)全国妇联权益部支持女大学生向性别歧视说“不” 坚决反对就业中的性别歧视」『中国妇女报』2013年2月1日。
(9)“就业性别歧视第一案”当庭和解 个案胜利捅不破女性就业天花板」『中国青年报』2013年12月20日。
関連記事

『女性学年報』34号刊行、拙稿「中国の若い行動派フェミニストの活動とその特徴」も掲載

昨月、日本女性学研究会の『女性学年報』34号が刊行された。目次は、以下のとおりである。

<特集 フェミ的ネットとのつきあい方>
◆中国の若い行動派フェミニストの活動とその特徴――「ジェンダー平等唱導・アクションネットワーク」をめぐって――(遠山日出也)
◆ネット上の誹謗中傷を経験して――私が見た風景の叙述――(桂 容子)
◆わたし的ネット事情(森松佳代)
◆日本女性学研究会ニューズレターVOICE OF WOMENの電子アーカイブ化の是非をめぐって(荒木菜穂・遠山日出也・日本女性学研究会運営会)

◆ミニコミにみる性暴力の社会問題化(伊藤良子)
◆占領期のキャッチとおんなたちの「声」――占領期日本における不問にされた性暴カ――(茶園敏美)

◆赤毛のアンの人気――『赤毛のアン』は誰のもの?――(竹内素子・藤掛由実子)
◆『転勤族の妻たち』の現代的視座―一A県B市におけるインタビュー調査を中心に――(里村和歌子)
◆島のお産から家族のお産ヘ――昭和二〇‐三〇年代における伊吹島の出部屋と女性たち――(伏見裕子)


特集「フェミ的ネットとのつきあい方」には、以下の4つの文が収録されている。

●拙稿「中国の若い行動派フェミニストの活動とその特徴――『ジェンダー平等唱導・アクションネットワーク』をめぐって」の構成は、以下のとおりである。

はじめに

一 彼女たちのさまざまなアクション
 1 公共トイレの便器の男女比率の不公平について
 2 就職の男女差別について
 3 大学入試の合格ラインの男女差別について
 4 地下鉄の痴漢について
 5 ドメスティック・バイオレンスについて

二 彼女たちの行動や思想の特徴
 1 広く社会に訴え、政府に大衆的に働きかける
 2 微博(中国版ツイッター)を活用
 3 女子大学生らの若い女性たちが、社会的差別に反対するNGOのバックアップを受けてネットワークを形成
 4 ユニークな女性知識人らが若い女性たちをサポート
 5 若い世代が主体になって活動
 6 社会的マイノリティの運動とのつながり
 7 身体に関する性別規範に挑戦し、身体の自主権を主張
 8 ナショナリズム批判

おわりに

この構成をご覧いただければわかるように、拙稿は本格的な学術論文ではなく、動向紹介であり、気楽にお読みいだたけると思う。拙稿は<特集>に入っているが、特集のために書いた原稿ではないこともあり、ネット以外のことも多く論じている。

●桂容子「ネット上の誹謗中傷を経験して――私が見た風景の叙述――」

本稿は、ある裁判支援団体からネット上で誹謗中傷を受けた著者が、自らの体験と考察をつづった一文である。

桂さんは、まず、その裁判の原告側の「バックラッシュに屈した行政がフェミニストを雇止めにした」という主張とは異なる風景を自らは見ていたことを述べている。実は、私はその裁判支援団体の会員として原告を支援しており、裁判や桂さんの証言の位置づけなどに関しては、桂さんとは意見や認識の違いが一部にある。もちろん、そうした違いがあること自体は問題ではないし、まじめな議論のテーマにもなろう(実際、私自身も、桂さんとは何度か議論させていただいたこともある。もちろん私には見えていないことも多々あろう)。ただ、裁判についての桂さんの考えについては、この稿では詳しく展開せず、いずれまたお書きになりたいと思っておられるとのことである。

今回、桂さんが多くのページを費やしておられるのは、自らへの誹謗中傷とそれに対する反論である。さらに、誹謗中傷にまともな根拠がないことを明らかにしても、裁判支援団体(の中の一部の人)が謝罪を拒んできた問題である。私も、桂さんの、自らへの誹謗中傷に対するこの反論は非常に正当なものであると思う。本号の編集後記には、桂さんにとって今回の原稿を書くことは、つらかった場面がフラッシュバックするなど、きつい作業であったことが書かれている(p.214)。だからこそ、貴重な原稿だと思う。私は、桂さんの言う「謝罪派」だったが、この桂さんの文を読んで、私自身の対応にも誤りや弱点があったことが、痛みともに思い出された(具体的な反省点については、別の場で書いているが、そこには桂さんが今回言及しておられない具体的な事項が出てくるので、リンク先は示さない)。

桂さんは、誹謗中傷をした人々と自らとをまったく別種の人間として捉えているわけではない。桂さんも、自らが運動体に身を置いて、同じ価値観の仲間と語り合い、時には気炎を上げること、権力から酷い目に合わせられたら連帯して怒りを表明したりすることを述べておられる。ただし、桂さんは、この裁判支援団体では、「同じ価値観を共有する人たちの間で、一旦、攻撃してもよい相手として名指されてしまった人は、その後、容赦ない攻撃、批判にさらされる。『ターゲット』として措定された時に、その人を擁護する機能は停止する」といった問題があったと分析しておられる。

桂さんは、ここで、「ネットという媒体」の問題を指摘している。桂さんは「私のネット上の誹謗中傷は、それがそのまま世界に向けて公開されてしまったということかもしれない」、「これがチラシ/ビラの時代であったなら、起こらなかったのだろうと何度も思った。私の実名を挙げて、証拠もないのに憶測だけの疑惑と誹謗を、チラシに書き連ねたりはしないだろう」と述べている。

桂さんは、いま、かつてニフティ訴訟を支援した際のことを反省なさっている。桂さんは、自分はニフティ訴訟について、「女性蔑視の男性から誹謗中傷セクハラ暴言を受けたフェミニスト女性」という、「フェミニズムのテーゼだけに依拠」した「わかりやすいストーリー」を信じて原告を支援したが、その後出版された被告側の反論を読むと、当時は見落としていた他の要素もあったことがわかったという。桂さんは、当時のことを振り返って、「原告を本当に支援したいのであるなら、もっと深くこの問題を理解しようと努力し、原告側の矛盾や短所にも目を注いだ適正なアドバイスが出来ていたらよかったのかもしれない」と述べている。

以上の桂さんの以上の分析については、私もおっしゃるとおりだと思う。ここではすべてを紹介しきれなかったが、ごく普通の支援者が誹謗中傷をネットに書いてしまうに至るメカニズムを説得的にお書きになっていると思う。

私が関心を持ったのは、ニフティ訴訟にしろ、バックラッシュによる雇止めについての訴訟にしろ、大きく言えばフェミニズム運動として位置付けられるものだったことである。その意味では、フェミニズム運動のあり方(もちろん他の社会運動もだが)が問われていると言えるのではないか。

桂さんはニフティ訴訟の際に、原告側に適切なアドバイスができていたらよかったと反省しておられるが、それが正当に扱われたか否かは、原告や支援者のあり方次第であろう。現に、桂さんを誹謗中傷した団体にも、「原告側の矛盾や短所にも目を注いだ」人々はおり、一定の成果を上げたが、支援団体のあり方を変えるには至らなかった。

私は、ネットの問題以前に、「一旦、攻撃してもよい相手として名指されてしまった人」に対しては、その人を「擁護する機能は停止する」ような運動のあり方が問題なのだと思う。すなわち、組織の内外に存在する批判的意見に対して、一律に否定するのではなく、対話し、その積極面を取り入れられるような運動や組織のあり方が必要だ。

本当に一人ひとりが運動の主体となって、桂さんの言う「わかりやすいストーリー」だけではない、きめ細かな認識をするためには、新しい運動論・組織論が必要なのだと思う。運動が質的に発展する際には、新しい組織論が現れる。たとえば、かつて日本女性学研究会の初期の改革に大きな役割を果たされた上野千鶴子さんたちは1980年代にフェミニズム的な組織にふさわしい組織論・運動論を展開された。上野さんの運動論・組織論は、2年前に出版された『不惑のフェミニズム』にも、いくつか収録されているが(「女の運動論」「連絡会ニュース発刊のころ」「女の組織論」など)、これらは現在、どう生かしていけるだろうか。また、上野さんの運動論や組織論では対応できない問題はどう解決すべきなのだろうか、といった点を考える必要があると思う。

ここで再度インターネットの問題に立ち返るならば、そうした新しい運動や組織の内部や外部とのコミュニケーションの中で、どのようにインターネットを活用するのかという問題が出てくるのではないだろうか。

最後にもう1点付け加えれば、弁護士は原告の代理人なのだが、こうした誹謗中傷問題に対する弁護士の役割はどうあるべきかについても、桂さんの文章を読んで考えさせられた。

●森松佳代「わたし的ネット事情」

この文章は、まず、森松さんが「『ネットサーフィン』に費やす時間をどうコントロールしていくかは、自分自身の課題になっている」と述べておられることは、本当にその通りだと思った。この点については、多くの方が頷かれるのではないだろうか。ネットはあくまで「手段」だという観点が大切なのだろう。

森松さんも誹謗中傷の問題を取り上げておられる。森松さんは、十数年前に、自らが管理する掲示板への中傷書き込みや自らへの中傷メールに対して、警察への相談、プロバイダへの要請、弁護士への相談など、さまざまな手を尽くされた経験をお書きになっている。これを読むと、森松さんがほんとうに大きなご苦労をされたことがわかる。さらに、森松さんは、その経験を、「一定の成果が得られた」、「今後、こういうことがあれば同じように対応すればいいということもわかった」、「結構、大変だったが次につながるものになったので、結果的にはよかったと思っている」(p.56)と述べており、けっして必ずしも否定的には捉えておられない。

森松さんのような経験を語っていただくと、勇気づけられる。また、森松さんのお話からは、安全なインターネット環境自体が、当初からあるものでも、どこからから与えられるものでもなく、私たちのさまざまな闘いによって作り出していくものであることも教えられる。

森松さんのお話に刺激を受けて、私も、市立図書館に行った際に、まず手軽な書物として、部落解放・人権研究所編『「インターネットと人権」を考える』(解放出版社 2009年)と高木寛『知っていますか? インターネットと人権一問一答』(解放出版社 2005年)を読んでみた。それによって私も、インターネット上での人権侵害とそれに対する規制の現状について知ることができた。まだまだ未解決の問題が多いこともわかった。

なお、森松さんによると、警察から「ハンドルネームに対する書き込みは、通常個人を特定できないので、名誉棄損に当たらない場合がある」と言われたというが、これは理不尽だと思う。たしかに、その場その場で変えるようなハンドルネームならば、警察の言うとおりかもしれない。しかし、一貫して使っているハンドルネームならば、ネット上においては言わば一個の人格であり、ハンドルネームに対する誹謗中傷も、そのハンドルネームでおこなっている言論活動に対する不当な打撃になるのだから、実名に対する誹謗中傷と同様に扱うべきではないだろうか。安定的な地位にいる人と異なり、一般の人、弱い立場の人には実名では発信できないことも少なくないのだから、ハンドルネームに対する誹謗中傷を許せば、結局、階層やジェンダーによる差別を強化することになるように思う。

森松さんは、ネット上での意見交換について、否定的な意見を書いておられる。私は、この点では意見が異なるが、森松さんは、そうした否定的な結論に至った経験や理由を具体的に書かれているので、説得力もあるし、尊重しなければならないと思う。たとえば、森松さんが最も具体的に述べておられるのは、『女性学年報』の編集委員どうしの議論(とくに自分の原稿に対する意見や感想をメーリングリストで読んだときの話)であるが、たしかに、編集委員どうしならば実際に集まることができるので、森松さんがおっしゃることに明確に道理があると言えよう。ネット上の主張はひとりよがりになりがちだ、というご指摘については、世の中には、ブログはもちろん、さほど推敲もしていないはずのツイッターでさえ、オリジナルで鋭いことを発言する方々がたくさんいらっしゃることを思うと誰にでも当てはまることではないと思うが、一般論としては、(私自身を含めて)戒めにしなければならないことだと思う。

●荒木菜穂・遠山日出也・日本女性学研究会運営会「日本女性学研究会ニューズレターVOICE OF WOMENの電子アーカイブ化の是非をめぐって」

この報告は、日本女性学研究会のニューズレター『VOICE OF WOMEN』(VOW)を電子アーカイブ化して、ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)のウェブサイトで公開するという、WANからの提案について、VOW誌上でおこなわれた話し合いの記録である。

この話し合いでは、紙媒体のミニコミをウェブサイトで公開することに伴うさまざまな問題点が出された(1)。これらは、ミニコミに書かれた文を電子媒体に公開する場合には、程度の差こそあれ、必ず考慮しなければならない論点だろうと思う。

WANから提案をされた他の団体では、どのよう話し合いを経て、電子アーカイブ化すること(又はしないこと)を決定したのだろうか? 他団体からもそうしたことを出していただければ、いっそう議論が豊かになると思う。

●今回の特集テーマの今後の課題として考えたこと

今回の特集は、以上のように、それぞれ有意義な原稿が並んでいると思うが、今後の課題としては、以下のようなことがあるのではないかと感じた(これらは、もちろん編集委員会だけの課題ではなく、こうしたテーマに関心がある多くの人々の課題、私自身の課題として述べているということを、念のため、付け加えさせていただく(12月17日追記)。

1.インターネットの活用によって運動や議論が前進した積極的な経験も出し合いたい

今回の特集(の日本の状況に関する部分)は、誹謗中傷をはじめとした、インターネットの負の側面についての議論が中心だった。

もちろんそうした負の側面をなくすこと自体が、ネットの活用を広げる上でもプラスになる。けれど、私は、それだけでなく、インターネットの活用によって、運動の新しい局面を切り開いたり、議論が深化したりした経験なども、もっと出し合っていく必要があると思う(インターネットの問題点に関しても、できればネットを積極的に活用した上で見えてきたことを書きたい)。なぜなら、インターネット界において、フェミニズムはまだまだ劣勢だからである。ネット上では、実社会以上にネトウヨや橋下徹氏のような右翼的言論のほうが優勢である以上、フェミニズムの側は、もっと攻勢に出る必要があると思う(2)

2.フェミニズムとインターネットに関する研究論文も必要では?

たとえば、今号で桂さんや森松さんが論じておられる「ネットコミュニケーションの特徴」については、上記の『「インターネットと人権」を考える』という書籍でも、複数の論者が論じており(碓井真史「インターネットの心理学」p.89-93、辻大介「インターネットと子ども・若い人びと」p.104-106)、多くの人の関心事なのだと思う。とすれば、先行研究や他の人の経験も踏まえた論文のようなものも必要ではないかと思う。

もちろん個々人がさまざまな自分自身の経験を出し合っていくことは、今後とも重要であろう。しかし、それと並行して、研究論文を書いていく必要もあるのではないだろうか。

今号の特集は、約2か月前に原稿募集がおこなわれたが、短い時間で論文のようなものを書くことは、やはり難しい。他の学術誌の場合は、よく前年のシンポジウムの報告を掲載して特集にしている。もちろんそれを真似する必要は全くないし、『女性学年報』の場合は、刊行後の合評会が充実しているという独自の特色がある。けれど、それだけでなく、日本女性学研究会らしく、たとえば、(堅苦しいシンポジウムではなく)前年の例会をもとにして特集を作るのも面白いかもしれない、などと思った。

●掲載されている学術論文の簡単な紹介

今号の特集に収録された原稿は、私のものも含めて、いわゆる学術論文ではない。しかし、特集以外の論考はいずれも学術論文だと言えよう。以下、きわめて不十分ではあるが、ごく簡単に紹介させていただく。

伊藤良子「ミニコミにみる性暴力の社会問題化」は、従来おこなわれてこなかった、性暴力被害者に対する支援団体の活動に焦点を当てた研究である。伊藤さんは、この研究を、『東京・強姦救援センターニュース』と『ファイト・バック』という2つのミニコミを歴史的に分析することを通じておこなっている。その分析を踏まえて、伊藤さんは、いまの自らの課題として、「支援者が創ったマスター・ナラティブ(支配的な物語)」を乗り越えるために、より多くの被害者が豊かに自らの経験や認識の揺らぎを語ることができる「場」を作り出すことを述べておられる。

茶園敏美「占領期のキャッチとおんなたちの『声』――占領期日本における不問にされた性暴カ――」は、第二次世界大戦後の占領期に、占領軍将兵相手の売春婦だと見なされた女たちに対しておこなわれた、強制的な性病検診のためのキャッチ(検挙)を取り上げている。茶園さんは、キャッチが性暴力であること、しかし当時の女性解放運動は、「まじめな勤労婦人」に対するミス・キャッチ(誤認逮捕)だけを問題にしたこと、キャッチの体験については現在も当事者からは語られておらず、そのことは今でもセックスワーカーが性的虐待については語りにくいことなどにつながっていることを述べておられる。史料として、米国立公文書館所蔵のGHQ関係資料も使っている。

竹内素子・藤掛由実子「赤毛のアンの人気――『赤毛のアン』は誰のもの?――」は、「本国カナダでは既に多くの読者を失って久しいこの作品が、なぜいまだに日本で人気を保っているのか」という問題を扱っておられる。この問題についてはすでに小倉千加子氏や斉藤美奈子氏が論じているが、竹内・藤掛両氏は、それらの論では説明できない点の解明を試みている。両氏は、『赤毛のアン』は世代によって異なった受容のし方をされて人気を保ってきたこと、同世代でも異なった受容のされ方をしていることで現在も人気を保っていることなどを説いておられる。

里村和歌子「『転勤族の妻たち』の現代的視座――A県B市におけるインタビュー調査を中心に――」は、専業主婦的状況から抜け出すことが困難な「転勤族の妻たち」を論じている。この論文では、自らも転勤族の妻である里村さんが、彼女たちにインタビューをしている。里村さんによると、彼女たちは、性別分業を当然視しつつも、現実と「ありたい自分」との間にギャップがあり、そこに葛藤を感じているという。また、現在では女性の選択肢が増えたことなどによってその葛藤が増していると述べておられる。里村さんは、彼女たちの葛藤は、男性支配の追認と安価な労働力の市場への供給を促していると言いつつも、今後の課題として、その葛藤が能動的な実践に結びつくことを見届けたいとおっしゃっている。

伏見裕子「島のお産から家族のお産ヘ――昭和二〇‐三〇年代における伊吹島の出部屋と女性たち――」は、香川県伊吹島で、女性たちが出部屋(デービヤ。島の共同の産屋)とどのように関わり、離れていったのかを明らかにした論文である。伏見さんには、すでに「戦前期の漁村にみる産屋習俗の社会事業化――香川県『伊吹産院』を中心に――」(『女性学年報』32号)、「山形県小国町大宮地区の産屋にみる安産信仰と穢れ観の変化――出産の医療化および施設化との関連を中心に――」(『女性学年報』33号)という論文で、出部屋が遅くまで存続した要因を明らかにしてこられたが、今回の論文では、出部屋に対する女性たちの思いや、出部屋が閉鎖に向かう過程について検討するために、島の女性たちからの聞き取り調査をしておられる。伏見さんは、伊吹島では、自宅出産を終えた女性が出部屋で過ごすことがかつては当たり前であり、それは、漁師の船霊(ふなだま)信仰にもとづく出産の穢れ観があったためであること、しかし、女性にとっても、同居する姑と離れられる、水汲みなどの仕事から逃れられるなどのメリットもあり、それゆえ、船霊信仰が弱まり、出産の医療化・病院化がすすんでも、ただちに女性たちがみな出部屋を利用しなくなったわけではないと述べておられる。しかし、実家での養生などが広がってゆくと、それは出部屋以上にメリットがあるため、出部屋離れが起こり、伊吹島の出産は、島のお産から家族のお産ヘと変化していったということを明らかにしておられる。

●心配な投稿原稿の減少

巻末で編集委員の森松佳代さんが「投稿原稿の減少ということも深刻になっています」と述べておられることは心配だ。森松さんは「『年報』が発刊された頃とは違って、投稿先が増えているということもあるのかもしれません」とおっしゃっている。たしかにそうした面はあろうが、大学関係者でない時期が長い私のような者(現在は、たまたま大学関係者だが)には、『女性学年報』は非常に貴重な投稿先であるし、これほど丁寧にコメントしていただけて、コメンテイターとのやり取りができる雑誌もないと思う。また、さまざまな形式・内容の投稿が可能な雑誌という意味でも、『女性学年報』は貴重である。実際、今号の私の投稿は、かっちりした論文ではないので、他の雑誌だと掲載されないか、掲載するには相当短くする必要があったと思う。投稿数の減少は、女性学全体が衰退しているという意味ではないにせよ、アカデミズム以外の場での研究が少なくなっていることを示しているのだろうか? 編集体制も必ずしも安定したものではないようなので、編集にも関わらせていただいたほうがいいのかもしれないとも思った。

今号の定価は1900円+税である。女性学年報購入フォームから購入できるので、ご関心を持たれた方は、ぜひご購入いただきたいと思う。

今号の編集委員は、荒木菜穂、桂容子、木村尚子、鈴木彩加、竹井恵美子、竹岡篤永、中山良子、伏見裕子、古沢加奈、森松佳代、山家悠平の皆さまであり、コメンテイター・その他協力者は、東園子、熱田敬子、西原麻里、藤田嘉代子、古久保さくら、横川寿美子の皆さまである。厚くお礼を申し上げます。

(1)誤解を招かないように述べると、この話し合いは、あくまでもVOWを電子アーカイブ化して公開することについての話なので、この話が当てはまらないミニコミも多いだろう。たとえば、ミニコミでも研究誌的性格が強い雑誌の電子アーカイブ化ならば、執筆者の皆さんから了承を取るのは、かなり容易だろう。
 WANのミニコミ電子アーカイブ化の企画自体については、私は全体として大きな意義があると思い、8000円(私にしては非常に大金)の寄付をしている。WANの「女性のミニコミの保存のために、ぜひご寄付を!」という訴えも参照されたい。
(2)たとえば、山口智美・斉藤正美・荻上チキ『社会運動の戸惑い』(勁草書房 2012)の第7章「フェミニズムとメディア、インターネット」(山口、斉藤両氏執筆)も、全体として近年のフェミニズムのインターネット活用の弱さを指摘している。同書は、近年のフェミニズムのネット活用のあり方についても批判的なのだが、ネットを使った運動の積極的経験として、バックラッシュに対抗するために小山エミ氏らが論戦を繰り広げたり、荻上チキ氏が、保守派のまとめサイトに対抗するためのサイトを作成したことなども述べている(p.311-313)。
 同書は、WANに関しては、上野氏らの世代の研究者が発信を開始したことは評価しつつも、全体として批判的言及が多く(p.313-318)、私自身もそのかなりの点について同感で、会員として改善のための努力もしてきた。とはいえ、WANが旺盛な活動をしていることはたしかであり、WANのボランティアの方々自身からも、自らが切り開いてきた到達点や奮闘する中で見えてきた課題や問題点について述べていただければ、他でネット発信をしている方々の参考にもなるのではないだろうか。
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遠山日出也

Author:遠山日出也
 検索から来られた方へ:このブログの記事を分類した一覧である「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を見ていただくか、下の「カテゴリー」欄を使われると、関連情報がご覧いただきやすいと思います。最近の行動派フェミニストについては、「中国の行動派フェミニスト年表、リンク集」をご覧ください。
 また、「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。日本の問題の一部は、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」や「館長雇止め・バックラッシュ裁判」でまとめています。
 恐れ入りますが、スパム対策などのため、コメントは私が拝見した後で表示させていただきます。
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