2012-08

オリンピック中国選手団の旗手が28年間男子バスケ選手であることに中国国内から批判相次ぐ

今回のロンドンオリンピックの中国選手団の旗手は、男子バスケットボールの易建聯選手(Wikipediaの説明)でした。身長2m12cmの長身の選手です。今回に限らず、1984年に中国がオリンピックに復帰してから今に至るまで、夏季オリンピックの中国選手団の旗手は、以下に示すように、ずっと男子バスケットボールの選手で、いずれも長身でした。

1984年 ロサンゼルス―王立彬(2m1cm)
1988年 ソウル――――宋濤(2m6cm)
1992年 バルセロナ――宋立剛(2m)
1996年 アトランタ――劉玉棟(1m98cm)
2000年 シドニー―――劉玉棟(1m98cm)
2004年 アテネ――――姚明(2m26cm)
2008年 北京―――――姚明(2m26cm)

国家体育総局副局長で選手団副団長の段世傑さんは、今回も旗手を男子バスケットボールの選手にしたことを、「過去の伝統に従った」(1)と述べました。また、やはり国家体育総局副局長・選手団副団長で、中国オリンピック委員会副主席でもある肖天さんは、「体格が大きい」という要素を考慮したと言いました(2)

さらに、肖天さんは、自分が一番気にかけているのは「三大球技(サッカー、バスケ、バレー)」であると言い、「もし団体競技が世界的大会の中で優れた成績を収めなければ、中国がスポーツ強国だとは言いにくい」とも述べました。『中国婦女報』の代剛記者は、この発言について、「スポーツ強国であるためは、男子の団体競技をもっと強くしなければならない、と言外に言っている」と捉えています(3)

もっとも、今回、中国オリンピック委員会が、男子バスケットボール選手などの球技選手以外を旗手として考えなかったのかというと、そうではなく、水泳の孫楊選手(Wikipediaの説明)にする案もあったようです。けれど、孫楊選手は開会式の翌日の競技に出なければならなかったので、選択肢から外されました(4)。しかし、孫楊選手も身長198cmであり、長身の男性であったことは同じです。

さまざまな批判

易建聯選手が旗手になることが発表されたのは7月25日でしたが、その日すぐ、女子バレーボールの趙蕊蕊選手(Wikipediaの説明)は、自分のミニブログ上で、「なぜ女性を旗手にすることを考えないのか」と発言しました。

中国が1984年にオリンピックに復帰してから前回の大会までに獲得した金メダル163個のうち、男子選手が獲得したのは71個で、女子選手が92個を獲得しています。また、今回のオリンピックに中国から参加した396選手のうち、男子選手は171人であるのに対し、女子選手は225人です。にもかかわらず、旗手がいつも男性であることに疑問が多くの人から上がっています(5)

7月27日には、新華網(単磊・黄傑の署名記事)が、「オリンピック中国選手団の旗手が男子バスケットボールの『専売特許』になっている。メンバーチェンジすべきだ」という評論を掲載しました。この評論は、「もし身長の高さと容姿が絶対的指標だとしても、男子バレーボールの若者は身長が足りないことはあるまい」「それに、オリンピックは張り出し舞台ではないのだから、身長と容姿は副次的な要素であり、競技場で収めた成績だけが本当の絶対的指標だ」と述べました。さらに、アメリカ・日本・ロシア・イギリス・フランスなどの「オリンピック強豪チームの旗手の大多数は、いわゆる身長と容姿の絶対的指標に合致しておらず、また女性選手が多数を占めている」とも指摘しています(6)

同じ7月27日、騰訊網(「冷雪」の署名あり)は、「中国はオリンピックの女性旗手が必要だ。スポーツのため、とりわけ国民のために」という特評を掲載しました(7)

この特評は、まず、今回のオリンピックでは、イスラム諸国も女性選手を派遣し、カタールは女性を旗手にするなど、「女権の解放」が「世界の潮流」だと言っています。次に、その女性解放のためには、「社会が女性を尊重する」ことと「女性の自己奮闘意識」の2つが必要だが、現在の中国では、後者が欠けていると言い、「その点、中国の女性スポーツ選手が示す奮闘精神・苦しみに耐える精神・進取の精神は、まさに社会が緊急に必要とするものであり(……)もし中国のオリンピック代表団が女性旗手を信任して、女性選手の影響力を高めれば(……)中国の女性の奮闘精神を呼び起こす上で大きな働きをするだろう」と主張します。

こうした騰訊網の評論は、女性に対する社会的差別の解消よりも、「女性自身が奮闘する」ことに力点が置かれています。そうした観点からの評論ですけれど、以下のように、同じスター選手でも、性別によって影響力が異なっている状況にも言及しているのは興味深く思います。

「中国のスポーツ界の精神的リーダーは、過去の李寧(体操、 Wikipediaの説明)から現在の姚明(バスケットボール、 Wikipediaの説明)・劉翔(110メートルハードル、 Wikipediaの説明)にいたるまで、いつも男性がなってきた。」「中国の歴史上、優秀で抜群の女性選手は非常に多いけれども、全社会・全階層の偶像となるトップクラスのスターは、いくらもいない。」「欧米のメディアは、『中国では、劉翔・姚明は、スポーツの偶像であるのみならず、全国民の偶像である』と論評しているが、女性選手の影響力は、大多数は競技スポーツの範疇を超えていない」

今回の件について、女性向けサイトでのネット投票では、投票数は50~150程度と少ないですが、8~9割の女性が、旗手を女性にすることに賛成しています(「中国奥运代表团应由女性作旗手?」『中国婦女』サイト、「中国奥运旗手28年来只选男性 女人有意见」網易女人サイト)(8月7日現在)。

中国でも、2006年のトリノの冬期オリンピックでは、スピードスケート(ショートトラック)の楊揚選手(Wikipediaの説明)が史上初めて女性で中国選手団の旗手になっています。

国家体育総局副局長である肖天さん(前述)も、「私たちも世界各国に女性旗手が少なくないことに気付いている。以後は十分考慮したい」(8)と述べました。

身長の高さを重視することと就職における身長差別

肖天さんらが言っている、旗手の身長の高さを重視するということと、中国では就職の際、ときに身長による差別があることとは繋がっているのではないかと思います。

たとえば、周偉『反歧视法研究 立法、理论与案例(反差別法研究 立法・理論・判例)』(法律出版社 2008年)(ネット書店「書虫」データベースの中のこの本の書誌データ[購入ページ])の第二章第四節は、中国における「身長差別」について、以下のように詳しく述べています。
 ・1995年から2005年の上海市と成都市の新聞(上海では『人材市場報』と『中国貿易報』、成都では『成都商報』と『華西都市報』)の求人広告を分析したところ、身長について条件を付けている求人が、3.4%(上海)、11.6%(成都)あった。それらの広告のうち、男性への求人は32.3%(上海)、31.6%(成都)であったのに対して、女性への求人が53.9%(上海)、58.7%(成都)であり(残りは性別不問)、女性のほうが身長についての条件が付けられることが多い。身長について条件を課されるのは、サービスの職務(秘書・迎賓・顧客サービス・警備・販売など)が多い。具体的には、女性に対しては「160cm以上」、男性に対しては「170cm以上」という条件が付けられることが最も多い。性別不問の求人の場合、身長について「165cm以上」といった条件を付けているものは、法律の女性差別禁止規定を回避しつつ、女性を排斥する目的がある場合もある。
 ・国家の公務員採用においても、警察・裁判官・検察官・その他の公務員で身長差別がある。とくに2005年に、国家が統一した公務員の身体測定基準(《公务员录用体检通用标准(试行)》)を施行する以前は、「男性○○cm以上、女性○○cm以上」という身長差別が多かった。
 ・以上のような差別があるために、そうした職業を養成する全日制の高等教育機関が学生を募集する際、身長の制限を付けている場合がある。

また、周偉ほか『中国的劳动就业歧视:法律与现实(中国の雇用差別:法律と現実)』(法律出版社 2006年)(ネット書店「書虫」データベースの中のこの本の書誌データ[購入ページ])の第一篇第五章「労働就業の身長条件」(蒋韜・王永清)も、身長差別について詳細に分析しています。

こうした本を読んでも、私には、なぜ身長が高いことがそれほど重視されるのかがよくわからなかったのですが、上の本の蒋・王両氏の調査によると、身長に条件を付けている企業の52%は「会社のイメージ」を理由にしており(p.127)、両氏によると「メディア・娯楽・芸能などの動向から見ると、社会の普遍的な審美傾向は、高いことを美しいとみなしている」(p.131)といいます。また、周偉氏によると、2006年に海軍が地方の大学生の入隊を受け入れた際、[軍隊の]指揮専攻の男子学生に対しては身長「170cm以上」、女子学生に対しては身長「165cm以上」という条件を付けたのですが、そのことについて、海軍の責任者は、「海軍は国家を代表して、友好訪問に行ったり、外国の軍艦を接待したりする任務が頻繁にあり、士官と兵士のイメージと風格は、国家と軍隊のイメージを代表するから」という理由を挙げたそうです(p.124)。

どうも中国には、何か、「背が高いとイメージがいい」という風潮があるようです。他の国にも若干あるとはいえ、とくに中国ではそういう風潮が強いようです。

今年の4~5月に女子大学生たちが各地でおこなった就職差別に反対するパフォーマンスアートにおいても、女子大学生たちが批判した差別の一つに、「身長1m65cm以上」などといった、身長による差別があり(「女性差別反対を訴える女子大学生のパフォーマンスアート続く」「各地で雇用における女性差別反対を訴える女子大学生らのパフォーマンスアート」)、現在でも無視できない問題です。

旗手の性別問題が論じられた背景に、オリンピックの性差別解消の流れがあることは確かだが……

ロンドンオリンピックは、競技に女子ボクシングが加わったことによって、史上初めて全競技で女子種目が実施されるとともに、すべての国・地域から女子選手が参加する大会になりました。国際オリンピック委員会(IOC)は、今大会を性差別を解消した初の五輪と位置づけています(9)。選手団の旗手も、ロシアがテニス選手のマリア・シャラポアを同国初の女性旗手にするなど、その4割が女性でした(10)

さらに、4年前の北京オリンピックの際には、身長や容姿で厳選され、厳しい訓練を受けたコンパニオンが社会の大きな注目を集めたのと対照的に、ロンドンオリンピックでは、授賞式に男性のコンパニオンが登場したことにも、中国のフェミニストは注目しています(11)

中国で旗手の性別問題が論じられた背景として、以上のような性差別解消の流れがあることは間違いないと思います。

といっても、今回のオリンピックも、もちろん完全に性差別を解消したわけではなく、中国のフェミニストも、以下のような点を指摘しています(12)
 ・参加した選手のうち女性は、44%にとどまる。
 ・種目(金メダルの数)は、男性は162で、女性は132である。
 ・国際オリンピック委員会の委員105名のうち、女性委員は20名で、20%に達していない。

また、ボクシングの階級は女性の方が7つ少ないのに、シンクロナイズドスイミングと新体操は女性だけの競技であることについても、ジェンダーによるステロタイプなイメージのせいではないかという疑問を呈していますし(13)、同性愛者がごく一部しかカミングアウトできていない問題も指摘しています(14)

日本の夏季オリンピック選手団は、1988年以降は、「選手団長や主将は男性、旗手は女性」という性別役割分担?

日本選手団の旗手について言えば、夏季オリンピックでは、1988年のソウルオリンピックで小谷実可子が初めて女性として旗手を務め、1992年のバルセロナでは中田久美、1996年のアトランタでは田村亮子、2000年のシドニーでは井上康生で男性でしたが、2004年のアテネでは浜口京子、2008年の北京では福原愛、2012年のロンドンでは吉田沙保里というふうに(「Wikipedia・オリンピック日本選手団」より)、近年は、旗手は女性が務めることが定着しています。

ただし、選手団長や主将はずっと男性であり、正確には「選手団長や主将は男性、旗手は女性」という役割分担が定着している、と言った方がいいかもしれません(冬季オリンピックは、若干状況が異なりますが(15))。

以上のように見てくると、世界でも、日本でも、旗手が女性になったからといって、それがストレートに性差別の解消に結びつくというわけではないようです。騰訊網の特評に見られるように、旗手を女性するという主張が、もともと性差別の解消のためではなく、女性の「自己の奮闘意識」を呼び起こすためである場合もあります。

もちろん旗手を男性が独占したり、身長に特別の価値を見出したりするような価値観は克服されるべきです。その意味で、中国の旗手をめぐる今回の議論は有意義だったと思います。また、当然のことながら、上述のように、中国のフェミニストの中では、旗手の性別の問題にとどまらず、オリンピックにおける性差別そのものの解消に照準を合わせた議論がされていることも確認しておきたいと思います。

(1)赵蕊蕊不满男篮连庄 质疑中国为何不选用女旗手」網易体育2012年7月26日。
(2)中国代表团正式宣布旗手 肖天:今后或考虑女旗手」新浪体育2012年7月26日。
(3)旗手该换换人了」『中国婦女報』2012年7月28日。
(4)赵蕊蕊质疑奥运代表团旗手决定:为什么不考虑女性?」鳳凰網2012年7月26日(来源:解放牛網)。
(5)特评:中国需要奥运女旗手 为体育更为国人」(冷雪)騰訊体育2012年7月27日、「伦敦奥运性别平等 一代须再激励」『女声』119号[word]、「中国奥运旗手28年来只选男性 女人有意见」網易女人2012年7月28日、「赵蕊蕊质疑奥运代表团旗手决定:为什么不考虑女性?」鳳凰網2012年7月26日(来源:解放牛網)。
(6)男篮成奥运中国代表团旗手“专利” 该换换人了」人民網2012年7月27日(来源:新華網)。
(7)特评:中国需要奥运女旗手 为体育更为国人」(冷雪)騰訊体育2012年7月27日。
(8)中国代表团正式宣布旗手 肖天:今后或考虑女旗手」新浪体育2012年7月26日。
(9)<ロンドン五輪>旗手に女性の姿目立ち 歴史的大会を象徴」『毎日新聞』2012年7月28日。
(10)シャラポワが五輪ロシア代表団の旗手に」AFP2012年7月11日、「五輪開会式、女性選手が誇らしげ 選手団の4割で旗手」共同通信社2012年7月28日。
(11)「伦敦奥运性别平等 一代须再激励」『女声』119号[word] p.4、「从铁拳红颜到礼仪先生」『中国婦女報』2012年8月6日。
(12)「伦敦奥运性别平等 一代须再激励」『女声』119号[word] p.2-3.
(13)呂頻「女人能拳击,男人能跳操吗」社会性別与発展在中国サイト2012年8月1日。
(14)「伦敦奥运性别平等 一代须再激励」『女声』119号[word] p.8、この件に関する日本語のまとめとしては、「ロンドン五輪に出場するゲイ、レズビアンをカミングアウトしている選手21人」NAVERまとめ。
(15)冬期オリンピックの場合は、つとに1960年のスコーバレーで上野純子(のち平松純子。フィギアスケート)が旗手を務めていますが、1988年のカルガリーで橋本聖子、2002年のソルトレイクシティで三宮恵利子、2010年のバンクーバーで岡崎朋美が旗手を務めるというふうに、やはり1988年以降に、夏季ほどではないですが、女性旗手が増えています。ただし、冬期の場合は、2006年のトリノで岡崎朋美が初めて女性で主将になり、2010年のバンクーバーでは、橋本聖子が初めて女性で選手団長になっています。ただ、橋本聖子の場合は、7回のオリンピック出場(冬期4回、夏季3回)という日本最多記録に加えて、参議院議員だったことも関係しているのかもしれません。
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北京クィア映画祭についての映画が、関西クィア映画祭2012で上映されます

北京クィア映画祭(北京酷儿影展)については、本ブログでも、簡単にご紹介してきました(「第4回北京クィア映画祭と同映画祭の歴史」「第5回北京クィア映画祭は当局に中止を命じられるも、ゲリラ的に開催」)。

きたる関西クィア映画祭2012(大阪 9/15~17、京都 10/12~14)の中で、「わたしたちの物語 ~ 北京クィア映画祭と十年間の『ゲリラ戦』(我们的故事――北京酷儿影展十年游击战)」(監督:楊洋 2012年)が上映されます。日本語字幕付です。

この作品は、10月13日(土)の11:30(開場11:10)から京大西部講堂(アクセス)で上映されます。42分間の作品です。

以下の制作者による作品紹介が、関西クィア映画祭2012のサイトに掲載されています(邦訳は福永玄弥さん)。

▼開催直前にキャンセル!? 性への偏見と検閲の残る北京で、何度も最大級のトラブルに見舞われる。場所を変え、名前を変え、彼らは闘い続けた。彼らの声がつなぐ、その先は。
▼このドキュメンタリーは、十年間にわたる「ゲリラ戦」をたたかいぬいてきた北京クィア映画祭の物語だ。
 2001年に北京大学で生まれた同映画祭は、中国国内でジェンダーやセクシュアリティをテーマにした唯一の映画祭として非政府団体により運営され、過去十年のあいだ五回にわたり開催されてきた。性的少数者の権利について公に語ることが政治的に困難であり、かつメディア検閲の問題がある中国において、映画祭の歴史はつねにトラブルとともにあった。開催地を北京市西部より東部へ、あるいは都市部から郊外へと「戦線」を転々と移してきた同映画祭は、昨年2011年にはついに北京市内への「凱旋」を果たしたものの、政府の干渉と検閲から逃れるためにゲリラ作戦の手法をとらざるをえなかった。
 本作品は、過去の記録映像をもちいて同映画祭の歴史を回顧するとともに、それにたずさわってきたわたしたちの物語を語る試みでもある。


映画の字幕も福永玄弥さんです。福永さんは、自らのブログでも、この作品を紹介する連載を始めておられます(「『わたしたちの物語 〜 北京クィア映画祭と十年間の「ゲリラ戦」』(連載1)」「わたしたちの敵はどこにいるのか?(連載第2回)」)。

チケットは、この作品を見るだけでしたら、「1回券」(当日1600円、前売1300円)を購入すればいいようですが、プログラム一覧を見ると、他にも興味深い作品が多いようですので、「3回券」や「京都パス」、「関西フリーパス」などを購入するのもいいかな、と思います(「チケットについて」参照)。

その他、詳しくは関西クィア映画祭2012のサイトを見てください。
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求人(募集)の女性差別に対する初の提訴をめぐって

7月11日、北京在住の女子大学生の曹菊さん(仮名)は、求人の際に性別の制限をしたことを理由に、北京巨人教育グループ(巨人教育集团)を「北京市海淀区人力資源と社会保障局」に訴えるとともに、「平等な就業権が侵害された」ことを理由に、同グループを「北京市海淀区人民法院(裁判所)」に訴えて、謝罪および精神的損害賠償5万元の支払いを求めました。

中国政法大学憲政研究所の代表で、就業差別問題に詳しい劉小楠副教授は、今回の提訴は、「中華人民共和国就業促進法(中华人民共和国就业促进法)」が2008年に施行された後、全国初の性差別についての訴えだと述べています(*)。
 (*)就業促進法第27条「国家は女性が男性と平等な労働の権利を有することを保障する。人を雇う単位は、国家が女性には適合しないと規定した職種と職務を除いて、性別によって女性の採用を拒絶したり、女性の採用基準を引き上げたりしてはならない。」
 第62条「本法の規定に違反して、就業差別をおこなったときは、労働者は人民法院に訴訟を提起できる。」(1)

民間団体の北京益仁平センターの協力を得て提訴

曹さんは北京の某学院の今年度の卒業生です。曹さんは巨人教育グループの「管理助手」の募集に応募しましたが、何の返事もありませんでした。曹さんがもう一度求人広告を見ると、応募の条件として、「各種の事務ソフトと事務設備を使うことに熟練していること」などのほかに、「男性に限る」と書かれていることを見つけました。

曹さんは「これまで長い間勉強してきたのに、自分が女性であるというだけで、面接の機会さえ与えられないのか」と思うと、怒りや失望で胸がいっぱいになりました。曹さんの実家は山西省の山間地帯にあって、貧しく、娘を大学に通わせるだけの金がなかったので、曹さんは、奨学金を借り、アルバイト(新聞配達・家庭教師・ファストフッドの店員)をすることによって、勉強を続けてきたのです(2)

曹さんは、大学2年のとき、北京益仁平センター(2006年に設立された非営利の民間団体。B型肝炎感染者などに対する差別撤廃などに尽力してきた。日本語による紹介)で、差別に反対する法律的権利についての講座を受けたことがあったので、同センターに行ってみました。すると、センターの常務理事の陸軍さんから、「性別を理由として採用しないのは、性差別であり、『就業促進法』や『婦女権益保障法』などの法律に違反していますから、法律によって自分の権利を守ることができます」と言われました(3)

曹さんは、この問題を裁判に訴えようと思いました。けれど、曹さんは、どのように司法手続きすればいいのか、わかりませんでした。また、裁判を起したことが世間に知られて、企業が曹さんに偏見を持つことが心配でした。弁護士費用が支払えるかどうかも気がかりでした。

そこで、北京益仁平センターが弁護士をお願いして、曹さんは弁護料を払わなくてもよくしてくれました。また、その弁護士が、さまざまな手続きをしたり、外部との連絡を取ったりしてくれることになりました。その弁護士は、黄溢智さんという女性で、黄さんは、「この事件は公益性があって、たいへん意義があるので、曹さんの手助けをしようと思いました」と言っています(4)

北京益仁平センターは、これまでB型肝炎感染者に対する差別是正で一定の成果を上げ、その後は、身体障害者や出稼ぎ労働者などに対する差別是正の活動を、政府からの介入・弾圧を受けつつ推進している団体です(5)。中国初の求人の女性差別についての提訴の背景に、こうした民間団体の力があることは、興味深く思います。

またも女子大学生らのパフォーマンスアート

7月25日には、北京市海淀区海淀南路30号の「巨人教育」ビルの前で、中山大学を卒業したばかりの鄭楚然さんをはじめとした10人の女子大学生などの若い女性が、パフォーマンスアートをして、巨人教育グループに抗議しました。

彼女たちは、《最炫民族風(最炫民族风(百度百科))》という歌を改編して、「巨人の教育は本当におかしい、優秀な曹菊はさよならを言うしかなかった。どんな条件をあなた方は期待しているのか、なぜ男性だけを歓迎するのか」といった歌詞を歌いながら、ダンスをしました。

その傍らでは、仲間が「大きな人(巨人)も小さな人もみな立派な業績を上げることができる、男性も女性も大業をなすことができる」というスローガン(これは、巨人教育グループのスローガンのようです(6))を掲げつつ、「平等な就業」という対聯(対句を書いたもの)を掲げました(ネット上には写真が出ていないこともあり、うまく情景描写ができませんが)。

このアクションの発起人の李橙さんによると、10人は、広西・広東・河南などから来た、19歳から27歳の女性たちで、当然、その多くは自分自身や友人・親戚が性差別を受けたことがありました。

李橙さんは、「私たちは自らの行動によって曹菊さんを支援するとともに、平等な就業に対する社会の関心を呼び起こしたいと思います」と語っています(7)

鄭楚然さんらのレズビアングループの最近の活躍

上で言及した鄭楚然さんは、広州で2月19日に男子トレイ占拠のパフォーマンスアートを組織し、5月13日には女性の妊娠中の権利を侵害する企業を批判するパフォーマンスアートをした人です(本ブログの記事「女子大学生の『男子トイレを占拠する』アクション」、「各地で雇用における女性差別反対を訴える女子大学生らのパフォーマンスアート」参照)。

「巨人教育」ビルの前でパフォーマンスアートがあった7月25日の晩、「一元公社」の「青年ジェンダー読書グループ」(8)が、ミシガン大学教授の王政さんを招いて、座談会をおこないました。王政さんは、エリートの知識人がジェンダー問題に無関心である中、「どのようにして発言権を獲得して、より多くの人に私たちの声を届けるのか?」という問いを発しました。それに対して、鄭楚然さんは「広州Sinner-Bフェミニズムレズビアングループ(広州Sinner-B女权拉拉小组)」の一員として、「大衆を騒がせて、注目を集めることです」と答えて、パフォーマンスアートの活動について述べました。

この座談会では、レズビアンが最近のフェミニズムの活動の中で活躍していることやその理由も話題になりました。この点については、レズビアングループの「同語」の望舒さんが「レズビアンはより多くの抑圧を受けているので、そのぶん差別反対の意識が強い。それに対して、異性愛の女性の生活は主流社会の期待に合致している面があるうえ、多くの重荷を背負っているために、行動力は比較的弱い」と指摘しました。もっとも、「広州Sinner-Bフェミニズムレズビアングループ(広州Sinner-B女权拉拉小组)」には、異性愛者も参加しているとのことですが(9)

パフォーマンスアートの活動において、レズビアンが活躍していることは、王曼「街頭での公益的なパフォーマンスアートをいかにして有効に展開するか――『傷を負った新婦』『男子トイレ占拠』アクションを例にして(如何有效开展街头公益 行为艺术——以“受伤的新娘”及“占领男厕所”活动为例)」(本ブログの記事「『男子トイレ占拠』などのパフォーマンスアートの成功支えた周到なプラン」も参照)でも指摘されていました。実態としては、以前からレズビアンも運動に参加していたのだと思いますが、最近はより公然と参加するようになったということでしょうか? また、将来は、異性愛者が多数を占める女性運動の中でも、レズビアンの独自要求が取り上げられたりするようになるのでしょうか?

いずれにしろ、今回の提訴をめぐっては、北京益仁平センターがかかわっている点だけでなく、女子大学生らがパフォーマンスアートで宣伝している点においても、最近の中国の民間の運動の勃興とも関係していると言えそうです。

深刻な女子大学生に対する就職差別

今回の提訴を報じた際、いくつかの新聞は、女子大学生の就職差別の深刻さについて、各種の調査などをもとにして紹介しています(10)

たとえば、中国政法大学憲政研究所が2008年と2010年におこなった「現在の大学生の就職差別の状況の調査報告(当前大学生就业歧视状况的调查报告[word])」では、68.98%の単位(企業・機関など)が大学生の求職者の性別について明確な要求をしていたこと、43.27%の被調査者(大学卒業生)が男性であることを明確に要求された経験があること(ちなみに、女性であることを明確に要求されたのは6.16%)だったことなどを紹介しています。

また、中華全国婦女連合会婦女発展部などが2009年におこなった「女大学生就業創業状況調査報告」(韓湘景主編『2009~2010年:中国女性生活状況報告(No.4)』社会科学文献出版社 2010年所収) (ネット書店「書虫」のデータベースの中のこの本の書誌データ[購入ページ])によると、56.7%の女子大学生が「女子学生には機会が少ない」と答えていることや91.9%の女子大学生(11)が、性別による偏見を感じたことなども紹介されています。

また、『中国青年報』の記者が、求人サイトである「智联招聘网」に「男性」などのキーワードを入れて検索すると、1万1000あまりも職位が「男性」であることを条件に募集していたといいます。私も同じことを実際にやってみると、「男性に限る」という条件が付いた、管理職や専門職の求人が山のように出てきました。

裁判所はいまだ立件せず

中国の場合、民事訴訟で、原告が裁判所に訴状を提出しても、裁判所が訴えを受理しない(立件しない)ことが少なくありません。この点は中国でも問題になっています(12)

また、「裁判所は就業差別に対する認識が欠けていて、公民が起した反就業差別訴訟に対して、多くの状況の下では受理せず、または受理した後に訴えた側に不利な判決を出す」とも言われています(13)

中国の民事訴訟法には、「人民法院は訴状あるいは口頭の訴えを受け取り、審査をして、訴えの条件に適合していると認めた時は、7日以内に立件して、当事者に通知しなければならない。訴えの条件に適合しないと認めた時は、7日以内に不受理の裁定をしなければならない」(112条)とあります。

上の民事訴訟法の規定からすると、人民法院が立件する場合は、7月18日までに曹さんに通知しなければならないはずです。しかし、7月末日現在、曹さんのところに通知が来たという報道はありません。結局、受理されなかったのでしょうか?

曹菊さんの行動の成果?

曹さんがこの裁判に勝訴する可能性はそれほどないかもしれませんが、それでも、曹さんの行動は、以下のような成果を上げたことが指摘されています(14)

まず、「巨人教育グループ」が新しく発表した募集情報からは、業務助手については「男性のみ」という条件がなくなったことが報じられました。

次に、曹さんの行動が、使用者に警鐘を鳴らし、求職者に権利を守るやり方を教えた、と指摘している人もいます(15)。この点はもちろん裁判の結果にもよると思いますが、女子大学生も黙ってはいないことを示したこと、「巨人教育グループ」自身が求人の条件を変えたことが広く報じられたこと、新聞報道などで「就業促進法」の規定が知られるようになったことなどを勘案すると、少しかもしれませんが、社会的にもプラスの影響はあったと思います。

(1)もっとも、1992年に制定された婦女権益保障法にも、すでに「女性の合法的権益が侵害されたら(……)人民法院に訴訟を提起できる」(46条、現52条)という規定はあります。
(2)以上は、「女子应聘遭遇性别歧视 以“平等就业权被侵害”起诉」鳳凰網2012年7月26日(来源:山西晩報)。
(3)以上は、同上および「女毕业生提起首例就业性别歧视诉讼」『中国青年報』2012年7月25日。
(4)以上は、「女毕业生提起首例就业性别歧视诉讼」『中国青年報』2012年7月25日。
(5)麻生晴一郎「劉暁波氏ノーベル賞受賞と中国市民社会の行方――『未来の自由な中国は民間にあり』の「民間」の可能性」劉暁波ほか『「私には敵はいない」の思想 中国民主化闘争二十余年』(藤原書店 2011年)p.138-140は、中国における自由のあり方と関連付けて、こうしたことを述べています。
(6)叶祝颐「巨人教育以性别歧视示范“矮人教育”」四川新聞網2012年7月26日。
(7)以上は、「女毕业生提起首例就业性别歧视诉讼」『中国青年報』2012年7月25日。
(8)一元公社」は、北京にあるオープンな公益活動のためのスペースで、社会の周縁に位置する人のために活動の場を提供するために作られたとのことです。すべてボランティアの手で運営されているそうです。「一元」というのは、各参加者が毎回少なくとも一元を寄付するという意味です。
 「一元公社」のブログを見ると、「青年ジェンダー読書グループ(青年社会性别读书小组)」は、これまで、潘毅『中国女工』(九州出版社)、鄧小南・王政・游鑒明主編『中国婦女史読本』(北京大学出版社)、朱麗亜・T・伍徳(Julia T. Wood)(徐俊・尚文鹏译)『性別化的人生 伝播、性別与文化(Gendered Lives Communication, Gender,and Culture)』(暨南大学出版社)、蓝佩嘉『跨国灰姑娘』(行人出版社)、安吉拉·默克罗比(Angela McRobbie)『女性主义与青年文化(Feminism and Yuoth Culture)』(河南大学出版社)といった書物の読書会をしてきたようです。
(9)女权主义,行动新生?――7月25日青年社会性别读书小组座谈记」社会性別与発展在中国サイト2012年7月29日。
(10)女生起诉巨人教育集团“仅限男性” 或成招聘性别歧视第一案 行政助理,只有男生才能做?」『中国婦女報』2012年7月17日、「女毕业生提起首例就业性别歧视诉讼」『中国青年報』2012年7月25日、「女子应聘遭遇性别歧视 以“平等就业权被侵害”起诉」鳳凰網2012年7月26日(来源:山西晩報)。
(11)詳しく言うと、21.1%の女子大学生が「いつも」性別による偏見を感じており、25.3%が「しばしば」感じており、45.4%が「ときたま」感じている。「全く感じなかった」は8.1%(韓湘景主編『2009~2010年:中国女性生活状況報告(No.4)』社会科学文献出版社 2010年 p.63-64)。
(12)張衛平「中国『民事訴訟法』の改正」(特集・中国民事訴訟法専門家による講演会[PDF])ICD NEWS第40号(2009.9)は、以下のように述べています。

5 起訴制度について
中国大陸では,民事訴訟において“起訴難”という独特な社会現象が存在する*17。“起訴難”の実質は法院の受理難である。これに対し,学者は,この問題の実質は,制度設計時に実体判決要件を起訴条件や訴訟開始条件と同列に扱ったことにあると分析する*18。
 実体判決要件の審理はもともと訴訟開始後のプロセスにおいて行われるべきであるが,現行制度ではそれを訴訟開始の前に置いている。結局,実体判決要件の審理は“訴訟前手続”となり,理論と制度との混乱や矛盾を招いた。それなので,改革が必要になる。まず,起訴条件と実体判決要件を切り離して,起訴制度を改革し,起訴と訴訟開始の“低階化”を果たし,実体判決要件の審理を訴訟手続に入れるべきである。そして,構造上,審理の“二次元複式構造”,つまり,実体判決要件の審理と実態争議審理の並行モードを構築する。また,民事訴訟制度を整える際,実体判決要件の制度化にも注意を払い,各関連制度においてそれを合理的に設置するべきである。さらに,改革と同時に,法院の審判機構も適切に調整すべきである。具体的に言うと,立案廷や告訴・上訴裁判廷を廃止し,現行の“立審分立”原則を取り消すという提案がある*19。しかし,これに反して,“起訴難”は中国司法体制の性格にかかわり,過渡期にはやはり立案への厳重な審査を維持し,比較的高い訴訟条件を保つべきだという意見もある。

 *17 中国の司法において,“三難”という言い方がある。つまり,“起訴難”,“再審難(上訴難)”それに“執行難”。よくマスコミに使用されるこれらの言葉は,社会に広く注目される。
 *18 現行の「民事訴訟法」第108条の規定によると,当事者の起訴は以下の条件に該当しなければならない。(一)原告は事件と直接利害関係のある公民,法人あるいはその他の組織である;(二)明確な被告がある;(三)具体的な訴訟請求と事実,理由がある;(四)人民法院の民事訴訟受理範囲に属し,また受理する人民法院の管轄にも属する。上述の各条件以外,“一事再理せず”という原則に違反してはならないことや,そして法院の審判を排する仲裁協議がないことなども起訴の条件と認められる。
 *19 張衛平:「起訴条件と実体判決要件」,「法学研究」2004年第6号。

(13)反就业歧视法律合作项目简介」人大与議会網2006年2月16日。このプロジェクトについては、本ブログの記事「反就労差別の国際協力プロジェクト」参照。
(14)舟子「曹菊打官司 “赢”得了什么?」『中国婦女報』2012年7月23日。
(15)この点については、趙志疆「“性别歧视第一案”也是公益诉讼」(『法治周末』2012年7月18日)も、「不公正な待遇に対して、勇気をもって公然と挑戦すること自体が進歩であり、最終的な勝敗がどうであるかにかかわらず、高い所に立って見下ろすことに慣れている使用者側に対して警鐘を鳴らし、震撼させる――すなわち、さまざまな不公正な条項に対して、公衆は、もう口先で言うことに甘んぜずに、法律の力で正義を実現することを決心している」と述べています。
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