2012-04

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書評:三井マリ子・浅倉むつ子編『バックラッシュの生贄』

今年4月、三井マリ子・浅倉むつ子編『バックラッシュの生贄 フェミニスト館長解雇事件』(旬報社 2012年)が刊行された。

本書は、豊中市の男女共同参画推進センター・「すてっぷ」の初代館長の三井マリ子さんが、豊中市と「とよなか男女共同参画推進財団」(「すてっぷ」を管理・運営する財団)を相手取って闘った裁判についての本である。「バックラッシュの生贄」という題名は、三井さんの説明では、豊中市が「バックラッシュの攻勢に屈服して、センターの館長である私を生贄として差し出し」て、解雇したことを指している(「バックラッシュの生贄――フェミニスト館長解雇事件」FEM-NEWS2012年3月30日)。三井さんは、一審の大阪地裁では敗訴したものの、2010年、二審の大阪高裁で勝訴判決を得て、2011年には最高裁が豊中市と財団の上告を棄却、高裁判決が確定した。

以下、この本の書評をさせていただく。

<構成>
一 本書の内容
二 本書の意義
三 本書の問題点、私たちの課題

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WANに「中国の女子大学生の『男性トイレ占拠』アクションと日本のメディア」掲載、および日本の女性トイレ不足問題

 私が先日、WAN(ウィメンズ・アクション・ネットワーク)サイトに投稿した「中国の女子大学生の『男性トイレ占拠』アクションと日本のメディア」が、本日、同サイトに掲載されました。よろしければ、お読みください。

 上の文章は、私が昨月このブログ紹介した「女子大学生の『男子トイレを占拠する』アクション」に対する、日本のメディア(とくにネットメディア)の取り上げ方を批判したものです。昨月のこのブログの記事では、日本のネットメディアの記事について、「記事の内容そのものは、本国や欧米の報道に依拠していたため、特にひどいものではありませんでした」と書きましたが、よく見ると重大な問題がありましたので、その点を中心に書きました。

 以下では、日本における女性トイレ不足問題――本当は単なる「不足」ではなく、男性との「不平等」「差別」なのですが、ここでは、「不足問題」と略します――については、すでに上記の「女子大学生の『男子トイレを占拠する』アクション」の9でも少し述べましたが、今回WANに掲載した文章を書く過程でもう少し調べたことについて、報告させていただきます。なお、この件に関しては、被災地や議会、大学のトイレの問題も重大なのですが、今回は省略させていただきました。

<目次>
1.「女と男のトイレ研究会」の報告
2.新聞記事などから
3.田植え時の女性トイレ問題

1.「女と男のトイレ研究会」の報告

 私が見たかぎりでは、日本の女性トイレ不足問題ついての最も詳しい報告は、「女のトイレはなぜ混むか」(島田裕巳『私というメディア』パーソナルメディア1989年所収)のようです。この文は、島田氏の著作ですが、なぜか一貫して「私」ではなく、「私たち」という人称を使っています。その「私たち」というのは、「女と男のトイレ研究会」のことのようです(1)

 「女と男のトイレ研究会」とは、後で言及する【1】~【3】の3つのグループがもとになって発足した会ですが、彼女たち(島田氏は男性だが)は、堺市の小中学校、京都府・京都市の施設(観光地の公衆便所、公園の中の公衆トイレ、小中学校、体育館・スポーツセンター、京都会館など)・デパート・病院、東京都のデパート・劇場・区の施設、高速道路のパーキングエリアについて、男性用と女性用のトイレの面積と便器の個数を調査しました。彼女たちは、以下のような問題意識の下に調査をおこない、以下のような結論を得ています。

(問題意識)
 女のトイレが混んで、男のトイレは混んでいない。もしこれが事実なら、これほどの不平等はあるだろうか。社会はどうしてそれを放置したままにしているのだろうか。女性の社会的差別を問題にする人たちも、どういうわけかこれを問題にしていない。それが私たちの研究の出発点だった。(p.192)

(結論)
 こうして私たちの調査によって、女性用のトイレがどこでも少ないことが明らかになった[遠山注:ここで言っているのは、ほとんどの施設のトイレで、男性用便器よりも、女性用便器のほうが、数が少なかったということです]。改めてこの数字を見てみると、不思議に思える。明らかに女性は差別されているのである。しかし、誰もそれを差別だと思っていない。少なくとも、これまではそう思われてはいなかった。数が少ない以上、混雑するのは目に見えている。しかも、女性は所用時間が長く、多目的にトイレを利用する。子どもを連れていたり、生理ということもあって利用せざるをえない。さらに、場所によっては女性の集まる数が圧倒的に多かったりする。(p.204)


 つまり、彼女たちは、明らかに女性に対する差別であるにもかかわらず、それが問題にされてこなかったことを問題にしたわけです。

 また、女性用便器が男性用便器よりも少ない原因については、以下のように述べています。

 おそらく建築家にはトイレを作る時の常識のようなものがあるのではないだろうか。設計図を引く時に、男女の面積が一緒である方が図面が引きやすい。対照的な形の方が見た目も美しいのである。そういった感覚は現実はまったく考慮にいれていない。私たちが調査したどの建物を見ても、女性用の混雑を配慮したものはなかった。(p.206)

 面積を同じにすれば、自ずと女性用の便器の数が少なくなる。(p.200)


 阪急や近鉄のようなデパートの場合は、女性用の方のトイレの面積は広くなっているけれども、便器の個数はやはり女性の方が少なく、京都市の体育館の場合は、面積からして、男性の方が広くなっていることも報告されています(p.201,203)。

 体育館について言えば、「スポーツは男性のもの」という考えないし実態があったということなのでしょう。下で紹介する新聞記事などを読むと、高速道路や国鉄(現在のJR)についても、同様の傾向があったようです。

2.新聞記事などから

 次に、私は、1980年代終わりごろからの、女性用トイレ不足問題を扱った新聞記事や単行本中の記述について、年表形式でまとめてみました。といっても、『朝日』『毎日』『読売』のデータベースを利用して「女性andトイレ」で全文検索して、関係がありそうな見出しの記事を読んだだけですので、漏れが多数あると思います。まして単行本に関しては、さらに漏れが多いでしょうが……。

1987年
 ・堺市の小学六年生の女子生徒3人が、自分たちの小学校でトイレの数、所要時間、トイレについて困っていることを男女別に調査、大阪市の統計グラフコンクールで二席に入賞(「“男中心社会” に小さな疑問/校内トイレなぜ/女の子は困っている/堺市の小学六年三人が調査/男子42個―17秒 女子28個―30秒/数が少ないのでいらいら行列」『読売新聞』1987年10月19日夕刊[未見])。【1】
 ・第3回トイレシンポジウムで、広瀬洋子・島田裕巳両氏が「なぜ女はがまんを強いられるのか:男女別トイレの社会学的考察」を発表。男女別のトイレ利用時間、環境庁の「自然公園等施設整備技術指針」、東京都内のデパートの現状など報告(日本トイレ協会『「第3回トイレシンポジウム」トイレ論文・作文集』地域交流センター 1987年 p.97-100)→『朝日新聞』の「天声人語」でも取り上げられる(「トイレシンポジウム」1987年11月25日朝刊)。【2】
 ・桂坂の会・女の目で見るまち研究会『女の街づくり宣言 京都発』(学芸出版社 1987年)が、男女の便器数の格差も批判(p.80-81)。【3】

1989~90年
 「女と男のトイレ研究会」(上の【1】~【3】のグループが元になって発足した会)の研究成果が発表される。
 ・島田裕巳「女のトイレはなぜ混むか」『私というメディア』(パーソナルメディア 1989年)。
 ・広瀬洋子「トイレを開ければ社会が見える」『からだの科学』no.152(1990年5月)。

1991年
 ・『読売新聞』の「編集手帳」が高速道路のトイレ数における男女差別を指摘(「高速道路のトイレにみる性差別」1991年10月1日東京朝刊)。

1993年
 ・尼崎の女性7人が女性の視点から公共トイレを検証した本である、トイレ探検隊『トイレ見て歩記』(1993年)が、女性トイレの不足問題にも言及(p.5,6,37など)→この本は、「公衆トイレ、女性に不安 公園や地下街を尼崎の主婦7人が『探検』」(『朝日新聞』1992年2月11日朝刊)、「公衆トイレ、1年がかり『見て歩記』、兵庫・尼崎市の主婦7人が自費出版」(『読売新聞』1993年4月21日大阪朝刊)という形で新聞にも取り上げられる。

1994年
 ・大阪ドームに催しの内容によって男性用を女性用に変えられるフレックス型のトイレが1997年春に導入されると報じられる(「大阪ドームにフレックス型トイレ 男性用が女性用に早変わり イベントに応じ」『読売新聞』1994年2月2日大阪夕刊)。
 ・埼玉県の所沢市議会で、中嶋里美議員が「公共施設の女性トイレの広さ」について質問、女性トイレ拡大を求める(平成6年第4回 埼玉県所沢市議会会議録4号)(「女性用トイレに注文『公共施設で増設を』 所沢市議会で質問」『朝日新聞』埼玉1994年12月14日朝刊)。

1995年
 ・「渋滞」で評判の悪い劇場や公共施設の女性用トイレが、相次いで大拡張されていると報じられる。日本道路公団でも、平成元(1989)年から、サービスエリア改修の際、女性用を多めに設置しているという(「増えてゆったり 女性トイレ“革命” “大渋滞”解消図る劇場や公共施設」『読売新聞』1995年11月6日東京朝刊)

1996年
 ・埼玉県住宅都市部女性トイレレベルアップ検討会『女性トイレレベルアップに向けて』刊行[未見]。現在の便器数の男女比の平均は、公園施設が2対1、劇場・ホールが1.2対1であり、女性トイレが少なすぎるので、便器数の男女比を4.2対5.8にすべきと指摘。この報告は改修中の施設などに生かされるという(「公共施設のトイレ、便器数は『男性優位』 県の検討会」『朝日新聞』1996年4月17日埼玉朝刊、「トイレの便器数、男女比は2対1――県所有の公園施設/埼玉」『毎日新聞』1996年4月19日埼玉版)。

1997年
 ・「女性のトイレ待ちの列を解消したい」という願いを込めた女性専用トイレが嵐山に誕生した、など(「今日のテーマは『公共トイレ』/その1 女性デザイナー増え『優しく』」『毎日新聞』1997年5月6日)

1999年
 ・三重県を中心とした3組の夫婦で作ったグループが女性用公共トイレの不足などを訴える活動をしているという記事(「女性用公共トイレの整備――ワイワイガヤガヤ・スリーペアーズ/愛知」『毎日新聞』1999年4月14日愛知版)。
 ・JR東日本が、30年ぶりに便器数の男女比の見直しに取り組んでいる。従来の基準は約40年前の利用客をモデルにしたもので、実態とはかけ離れていたという。新基準では女性用が3割ほど増やされる(「駅の女性トイレ大改『増』 列のイライラサヨナラ JR東日本」『朝日新聞』1999年11月11日夕刊)。

2003年
 ・岐阜県の男性職員有志が「岐阜モデルトイレ研究会」を作り、アンケート調査や提言をしたが、その提言の中に「施設の規模や利用者、その男女の比率からトイレの数や規模を決める」という点もある(「公共建築はトイレから 県職員グループ『癒し・ゆとりの空間』提言」『読売新聞』2003年5月30日中部朝刊・岐阜)

2007年
 ・東日本高速道路会社は、女性トイレを増やすことにし、特に混雑の目立つ休憩施設17か所で増設するという(「トイレ『汚名』返上へ 東日本高速、全面改修へ」『朝日新聞』2007年3月26日)。

2009年
 ・西日本高速道路会社は、管内計10か所のサービスエリアとパーキングエリアのトイレで、混雑時に間仕切りを使って男性用スペースの約半分を女性用にする「リバーシブルトイレ」を導入する(「リバーシブルトイレ:男性トイレ仕切り、混雑時は女性用に――西日本高速が導入」『毎日新聞』2009年4月28日大阪朝刊)

2011年
 ・萩市が、市内の公共施設や観光地にある女性トイレの混雑を解消するため、今後、新設や増改築をする場合、女性の便器数の割合を、男性1(小用含む)に対し、2にする整備方針を定めた(「トイレ:比率、男性1・女性2に 公共施設での混雑解消へ、萩市が整備方針」『毎日新聞』2011年6月18日地方版/山口、「女性用トイレ 男性の2倍に 萩市が決定 混雑解消狙う=山口」『読売新聞』2011年6月15日西部朝刊・山口)
 ・大阪で、商業施設のトイレが様変わりしている例として、「女性トイレの行列解消のために男性用の5倍の個室を用意した」という「ルクア」を紹介(「客はトイレでつかむ 女性用は個室大幅増、男性用に化粧台 関西の商業施設/大阪府」『朝日新聞』大阪市内2011年8月12日)。

 また、以下のように、ニュースというよりも、コラム的なコーナーで取り上げられることもあります。
 ・「[読者←→記者]混雑ひどい駅などの女性用トイレ、不便解消の知恵は…」『読売新聞』1989年12月27日東京夕刊。
 ・「[よみうり寸評]劇場の女性トイレ不足」『読売新聞』1994年1月8日東京夕刊。
 ・牧太郎「[憂楽帳]トイレの『平等』」『毎日新聞』1995年5月12日東京夕刊。
 ・奥武則「[憂楽帳]男女不平等論」『毎日新聞』1995年10月19日東京夕刊。

 なお、私がWANサイトに投稿した記事中にも出てくる、1996年5月4日に、女子大学生が台北駅内の男性用トイレを占拠し、当局も法改正を約束した事件については、当時の日本のマスコミでも、300字程度ですが、報道されています(「『女性用』不足に抗議 男性用トイレに女子大生が30人――台北駅」『毎日新聞』1996年5月8日、「『トイレも男女平等に』学生訴え 台湾」『朝日新聞』1996年5月9日東京朝刊)。

 以上のような新聞記事や単行本から見ると、女性トイレ不足は、1980年代末~1995年ごろに特に話題になっ(てその後次第に解決していっ)た問題のように見えます。

 ただ、新聞記事の検索からは、女性トイレの不足問題は、以下のように、投書欄への投書として掲載される場合が比較的多いこともわかりました(執筆者名については、プライバシーを考慮して、インターネット上に書くことは控え、かわりに名前から判断した性別を付記しました)。絶対数としては少ないとはいえ、投書のよる訴えが比較的目立つとことは、一般の人の身近な不満として広く存在することを示している可能性が高いと思うのですが、こうした投書による訴えは、より長い期間、続いているようです。
 ・「五輪もいいがトイレ改善も」(男56歳)『朝日』1991年6月20日。
 ・「トイレ不備が女性の行動に」(女28歳)『朝日』1992年1月22日☆
 ・「女性用トイレには広いスペース必要 提案します」(女32歳)『朝日』1993年4月26日朝刊
 ・「建物は豪華になっても…」(女67歳)『毎日』1994年8月26日東京朝刊
 ・「男女同権はトイレ増設から」(男74歳)『毎日』1994年10月2日地方版/愛知
 ・「少なくて狭い公共女性トイレ」(女48歳)『朝日』1997年11月25日夕刊
 ・「観光地の女性用トイレ、増設を」(男72歳)『毎日』1998年9月1日東京朝刊
 ・「女性用トイレが少な過ぎるから」(女70歳)『毎日』2001年5月3日東京朝刊☆
 ・「男女トイレの区別は臨機応変に」(女61歳)『毎日』2002年2月9日東京朝刊
 ・「女性トイレ、数を増やして」(女52歳)『朝日』2002年3月9日
 ・「女性用トイレ、観光地では不足」(男69歳)『読売』2005年2月11日東京朝刊
 ・「声楽堂の女トイレ、増やして」(男71歳)『朝日』2010年7月22日朝刊
 (☆を付けた2件は、男子トイレに入ってくる女性がいることを非難した投書に対する反論です)

 また、最近でも、相変わらず地方議会では取り上げられているようです。私の住んでいる近辺の議事録を検索してみると、滋賀県議会には見当たりませんでしたが、お隣の京都府議会では、2007年に太陽が丘の広域総合運動公園の女性トイレの不足について議員が質問しており(2)、京都市議会でも、2002年と2008年に、観光地の女性トイレ不足について、2004年と2006年には、京都会館の女性トイレ不足について質問がなされています(3)。議会の質問で取り上げられるということは、かなりの住民が不満を訴えていることを意味していると思われます。

 また、2010年には、一般のオフィス空間でも、女子トイレは「ランチタイム直後の混雑が激しい」などの調査結果がT社から発表されたとのことです(白倉正子「国会議事堂の女子トイレ問題が社会を変える?」日本トイレ協会サイト2010年12月5日)。

 現在でも女性トイレ不足問題が解決していないことは、こうした資料の上からも確認できます。

3.田植え時の女性トイレ問題

 島田裕巳氏(ないし「女と男のトイレ研究会」)は、昔は「劇場や体育館はもともと男性用トイレの方が多く、女性が大量に押し寄せることを考慮していなかった」のに、近年は「都市では、女性の社会進出が進んでいる」ので問題が顕在化したと捉えています(p.206)。

 しかし、いわゆる「女性の社会進出」以前にも、問題はあったようです。

 『朝日』『毎日』『読売』とも、データベースで全文検索が可能なのは1980年代後半以降ですが、『朝日』と『読売』については、それ以前の記事についても、キーワード検索はできますので、検索してみると、1962年に『読売新聞』の「赤でんわ」欄に、農家の主婦のF子さんが、田植えをする際、便所がないことが大きな苦痛になっていると訴えた投書が掲載されており(「のどかな田植え風景の陰に」5月30日朝刊)、その投書が反響を呼んで、婦人面で大きな記事になったことがわかりました(「農村女性の悩み/田植え時のトイレ/お茶さえ飲めない/反響読んだ『赤でんわ』欄の投書/口には出せなかった苦痛」6月12日朝刊)。

 上の婦人面の記事によると、新聞記者が「たまたま東京の本部で開かれていた全国農協婦人組織協調会の役員会に、この問題を問いかけてみたところ、各県から集まっている県会長さん全員が、まったく虚をつかれたという表情で、『いわれてみれば、わたしたちもがんましながら、こうしたものだと思い込んできた』」とのことで、ある方が「私は農繁期には朝食のお茶も飲まないで家を出ます。昼間、ノドのかわきをがまんしているので、夕方家へ帰ると、やたらと湯茶が飲みたくなる。そのため夜は二時間おきくらいにトイレにいきたくなって目がさめる。睡眠不足が翌日のからだにこたえる」と言うと、「ほかの会長さんもうなずく」という情況だったとのことです。

 記者は、「農村婦人にとって、こんなに苦しいことが、いままでとりあげられなかったのはなぜでしょうか」と疑問に思って取材したところ、「男性は大して必要を感じないし、しゅうとめさんはむかしからこうだったと考え、嫁さんははずかしくて口に出せなかった」という情況が浮かび上がったそうです。

 当時も問題が問題として自覚されず、社会的運動の視野にも入っていなかったのは、後に「女と男のトイレ研究会」が調査をおこなった時と同じだったのだな、と思います。ただ、農村女性が1960年代以降、単にそのまま黙っていただけかどうか、わかりませんが……。

 なお、『読売新聞』は、田植え時のトイレ問題の背景として、作業着が和服式から洋服式に変わったので、ハダを隠す方法がなくなったという点も挙げています。時代をさかのぼれば、性や排泄についての意識も現代とは異なっていたのではないかとも思われ、そうした時代の問題のありようは、どのようだったのかな? という疑問もわいてきました。

 以上、非常にざっと資料を見ただけですし、あまりまとまっていませんが、とりあえず調べたことをご報告しました。

(1)ただし、形式上は島田氏の著作ですし、どこまでが研究会の共通認識なのかが明確でありません。国立国会図書館サーチなどで調べたかぎり、研究会の広瀬洋子氏からも、この研究会の調査結果について、ごく簡単な報告が出ていますが、研究会全体としての報告は発表されていようです。この点についても、なぜなのか、疑問を持ちました。
(2)2007年2月定例会健康福祉常任委員会における東徹議員の質問。
(3)それぞれ、順に、2002年11月の中村三之助議員の質問、2008年5月の中野洋一議員の質問、2004年11月のせのお直樹議員の質問、2006年2月のくらた共子議員の質問(質問の場は4人とも「普通決算特別委員会第1分科会」)。
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女性差別反対を訴える女子大学生のパフォーマンスアート続く

先月、このブログでご紹介した「女子大学生の『男子トイレを占拠する』アクション」は、3月でいったん終了したようです。けれど、その後、各地の女子学生たちが、他の女性差別に関しても、続々と、パフォーマンスアートという手段を使って反対の声を上げていることが伝えられています。

1.豚足を切るパフォーマンスによって、セクハラ反対を訴える(広州)

3月8日、広州の崗頂の電脳城で、数名の女子大学生が、「私の友達から離れなさい! この手をなくしてやる!」と叫びながら、包丁で、咸猪手(豚足料理の一種)を切った後、それを食べるパフォーマンスをおこないました(「女大学生街头进行拒绝性骚扰行为艺术」[写真あり]新浪網2012年3月9日[来源:金羊網-羊城晩報])。「咸猪手」というのは、口語では、セクハラの意味です。

その傍らでは、別の女子大学生が、「セクシーなのが誤りではない、セクハラに罪がある」、「『セクハラ』に対しては、いっさい我慢しない」といったプラカードを掲げるとともに、道行く人にチラシを配りました(「広州 街角で女性がパフォーマンスアート」[写真あり]人民網日本版2012年3月9日)。

ボランティアの黄さんは、セクハラがしばしば女性がセクシーな服を着ているせいにされることに対して、「セクシーなのが間違っているのですか? 制服を着ている学生が先生にセクハラされることもあります。人の外見・年齢・服装は被害に遭う理由にはなりません。」「無礼なことをされるのは、汚されることではなく、私たちの権利が侵害されることです。私たちの体は私たちのものです!」と語っています。

大兎さんとDaisyさんがこの活動の発起人ですが、彼女たちは、広州での「男子トイレ占拠」アクションにも参加していました。

2.花瓶を叩き壊すパフォーマンスによって、ミスコン反対を訴える(西安)

4月9日、以前「男子トイレ占拠」アクションをおこなった李麦子、可さん、鳳さん、尚さんなど数名の女子大学生が、西安で、ミスコンに反対するパフォーマンスをおこないました。

彼女たちは、「ミスコンを拒否する。花瓶にはならない。自分自身にしかならない(拒绝选美 不做花瓶 只做自己)」と書いたパネル(そのパネルには、花瓶に×印を付けた絵も描いてある)を掲げつつ、花瓶を金づちで叩き壊すパフォーマンスをして、人目を引きました(「女大学生小寨街头砸花瓶 呼吁"抵制选美不做花瓶"」[写真あり]華商網2012年4月10日[来源:三秦都市報])。花瓶は、人の外見の象徴だということです。

可さんは、「現在多くの大学でミスコンをしており、少なくない女子大学生が参加していますが、一部の企業の宣伝の手段になっています」と批判します。最近の中国では、ミスキャンパスやミスコンがブームのようで、日本のネットメディアにも、「美女がザクザク! 『ミス・キャンパス』ブームの中国―台湾メディア」(レコードチャイナ2011年10月24日)、「嫌悪の対象だったミスコン、今や中国のソフトパワー産業に―米メディア」(レコードチャイナ2012年1月24日)という記事が掲載されています。

李麦子さんは、「ミスコン(選美)の問題は、誰が『美』を定義するのか? という問題です。その答えは、往々にして男性の審査員と大衆が定義するというものですが、女子大学生の美は、自分自身で決定するべきです。すなわち、ミスコンの問題は、『選』にあります。ミスコンがあることによって、女性は他人の消費と娯楽という落とし穴に落とされます。多くの女子大学生は、差別に反対し、女性の身体の消費に反対する意識が乏しい(理論的に言えば、ジェンダーブラインドである)ために、ミスコンに参加する人が後を絶たないのです」と語っています。

※この件については、「“砸花瓶”行为艺术现街头 女大学生对选美说不」(西部網2012年4月9日)という記事もあります。

3.就職の壁を象徴するドアや倒れ伏した女性たちによって、就職差別反対を訴える(武漢)

4月6日、武漢市の武昌区の光谷広場で、十数名の女子大学生が、女性に対する就職差別反対を訴えるパフォーマンスをおこないました。

女子大学生たちのうちの6人は、崩れた人間ピラミッドのように、何重にも折り重なって体を横たえました。

その傍らには、青いドアの形をしたパネルの上に、「恋愛禁止」「身長が足りない」「美人でない」などと書かれた、通行禁止のマーク付きの白い帯が縦横に掛けられた絵が描かれたものを持った2人の女子大学生が立ちました(「一群女生武汉街头“叠罗汉”呼唤公平求职」[写真あり] 荊楚網-楚天金報2012年4月6日)。

このアクションの組織者である中南民族大学の大学院生の杜さん(仮名)は、「このドアは、女子学生が就職活動中で遭遇するさまざまな制限を象徴しており、倒れた女子学生は、差別されて、就職ができない女子学生を示しています」と語っています。

参加者の一人の華中科技大学の大学院生の蕭蕭さん(仮名)によると、「拒絶される原因は、けっして専門や学業だけによるものではなく、性別・身長・容姿・結婚育児・酒量などです」とのことです。

4.花木蘭の扮装で、女性に対する就職差別反対を訴える(西安)

4月8日、西安の某大学の女子大学生の楼さんは、陝西省スタジアム国際展示センターの人材招聘会で、花木蘭(男装して従軍した伝承中の女性、wikipediaの説明)の扮装をすることによって、女子学生への就職差別反対を訴えました。

楼さんは、鎧・兜を付けた花木蘭の扮装をして、「木蘭が現代にタイムトラベルした。鎧を脱いで郷里に帰りたいのに、いかんせん仕事が見つからない」と書いたパネルを頭上に高く掲げて、就職差別反対のアピールをしました(「“花木兰”穿越西安招聘会 呼吁企业招聘性别平等」[写真あり]西部網2010月4月9日[来源:陽光報]、「女子大生がムーランのコスプレで就活男女差別訴え(西安市)」インサイトチャイナ2012年4月10日)。

アクションの現場では、楼さんは他の学生たちといっしょに、100人ほどの女性にアンケートをしましたが、63%の女性が求職の過程で差別を受けたことがあると答えました。楼さんは、「現在は、企業は募集の際に『男性のみ』と書くことは多くないが、女子学生が最終的に採用される可能性は相変わらず低い」と述べています。

5.人の形をくり抜いたパネルをくぐり抜けるパフォーマンスによって、女性に対する就職差別反対を訴える(杭州)

4月16日には、杭州の女子大学生たちが、女性に対する就職の壁を示したパネルをくぐり抜けるパフォーマンスによって、就職差別反対を訴えました。

彼女たちは、杭州の人材マーケットの入口に、人の背の1.5倍ほど高さのパネルを立てました。そのパネルには、人の形にくり抜かれた穴が開いていますが、それとともに、「三年以内に母親にならない」「35歳以下」「容姿端麗で性格がよい」「身長165cm以上」「結婚しない、再婚しない」「男性のみ」「酒の相手をしろ」などの性差別的条件が書かれています。

女子大学生たちは、「女性の就職の障害を乗り越えよう」という標語を書いたプラカードを掲げて、就職活動に来た女性たちに、人の形の穴をくぐり抜けてもらうというパフォーマンスをしました(「女性求职“障碍门”」[写真あり]杭州網2012年4月17日)。

活動の発起人は2人の大学4年生の女子学生ですが、彼女たちによると、パネルの上に書いている条件は、冗談でも何でもなく、みな、身近な女性が経験したことだそうで、「私のある学友は、銀行に応募したのですが、なんと『3年以内に結婚してはならず、子どもを産んではならない』という条件を突きつけられました。またある学友は、外国貿易を専攻して、翻訳の仕事に応募したのですが、『容姿端麗』であることのみならず、『酒の相手ができる』ことも要求されました」とのことです。

女子大学生たちは、同じQQ群(SNSの一種)でおしゃべりをしているうちに、企業と社会にアピールするための手段として、今回のパフォーマンスアートを思いついたそうです。



上ののパフォーマンスアートは、「男性トイレ占拠」をした人々によって担われており、女性の身体の自主権の問題を取り上げています。も含めて、大きな意味では、一つの流れとして捉えられると思いますが(相互に連携しているという報道は見当たりませんが)、は、ご覧のように、大学生が直面している就職差別の問題を連続して取り上げており、テーマも参加者も広がってきた感があります。

ただ、フェミニズムにもとづく「パフォーマンスアート」といっても、たとえば日本で有名なイトー・ターリさんによるものなどと比べると、「アート」色は少なく、社会的な訴えをする「パフォーマンス」という色彩が強いことは間違いないと思います。

なぜ中国では「パフォーマンスアート」という形で女性差別に抗議をするアクションが目立つのか、よくわかりませんが、一つには、現在の中国のさまざまな政治的・社会的制約の中では、こうした形をとるのが効果的であり、マスコミにも載りやすい、といったことがあるのではないかと思います。

しかし、直接政治的な危険はないとしても、ある程度は度胸が必要なアクションですし、彼女たちは、確固としたフェミニストとしての意識や思想を持ってやっていることは間違いがないように思います。李麦子さんの発言を見ると、フェミニズムを理論的にも深く探究しておられるようです。

パフォーマンスアートによって女性差別に対して抗議の声を上げることは、なにも今年から始まったわけではなく、たとえば、2009年の玉嬌事件(本ブログの記事)に際しても、中華女子学院の女子大学生が、北京のビルの前で、体に白い布に何重にも巻き付けて、横たわり、もがくというパフォーマンスをしています。これは、女性が何重にも束縛されていることを示すもので、そばには「誰」「都」「可」「能」「成」「為」「」「玉」「嬌」(誰もが玉嬌になるかもしれない)という9つの文字を書いた紙を置きました(北京益仁平中心「女大学生受邓玉嬌事件启发创作行为艺术」[2009-5-27]NGO発展交流網[リンク切れ]→転載「北京上演玉嬌事件行為藝術」[2009-05-28]昊天上帝始祖サイト)。

けれど、今年の、「男性トイレ占拠」から始まった一連のアクションは今までにない連続性を持っているようで、注目したいと思います。
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遠山日出也

Author:遠山日出也
 検索から来られた方へ:このブログの記事を分類した一覧である「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を見ていただくか、下の「カテゴリー」欄を使われると、関連情報がご覧いただきやすいと思います。最近の行動派フェミニストについては、「中国の行動派フェミニスト年表、リンク集」をご覧ください。
 また、「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。日本の問題の一部は、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」や「館長雇止め・バックラッシュ裁判」でまとめています。
 恐れ入りますが、スパム対策などのため、コメントは私が拝見した後で表示させていただきます。
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