2011-01

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公衆トイレなどの便器数の男女比を改める動き

 中国の公衆トイレは、建設部の「都市環境衛生施設設置基準(城市环境卫生设施设置标准)」にもとづいて設置されていますが、男女の便器の比率については、1988年に制定された「都市公衆トイレ計画・設計基準(城市公共厕所规划和设计标准)」が、「男女の便器の設置比率は2対3あるいは1対1にするのが適当である」と規定しています(第3.2.1条)。現在のところ、国内の大多数の都市の公衆トイレの便器の比率は、1対1だと報じられています。

 しかし、男と女では用便に必要な時間がまったく異なるので、男女の便器の比率が1対1では、しばしば女子トイレの前に行列ができたりします。便器が足りないために、女性は、時間の面でも、身体に対する負担の面でも、男性より困難を強いられている――そうした状況が中国でも指摘されています。

学校のトイレの便器数の男女比に関して

 トイレの女性用の便器の数を保障する規定は、まず、学校のトイレについて、一部地方で作られはじめたようです。

 以前お伝えしたとおり、2008年11月に制定された「広東省未成年者保護条例」(2009年1月施行)は、「学校の公共トイレなどの施設の建設・配置・使用においては、未成年の女子学生の生理的特徴に配慮しなければならず、女子トイレの一人当たりの実際の使用便器数は、男子トイレの便器数より多くなければならない」(第22条)と規定しました(本ブログの記事「学校の女子トイレの便器の数を男子トイレよりも多くする規定」参照)。

 続いて、2009年5月に改正された「陝西省『中華人民共和国未成年者保護法』実施規則(陕西省实施〈中华人民共和国未成年人保护法〉办法)」(2009年6月施行)も、同様の規定を置きました(第23条)(1)

 学校の場合、授業時間と休憩時間が決まっているので、女子生徒がトイレのために授業に遅れたりすることがないように、女子便器を確保する動きが起こったのかもしれません。

公衆トイレの便器数の男女比に関して

 公衆トイレについてはどうでしょうか?

 河南省鄭州市では、公衆トイレの男子トイレの面積が女子トイレの面積より大きく、ひどい場合は、3/4が男子用に充てられている場合もありました。そこで、2007年、市長の趙建才が「私は、今後鄭州で公衆が集まる場にトイレを建設する場合は、必ず女子トイレの面積を男子トイレよりも大きくしなければならないという『規定』を宣言しなければならない」と述べました(2)。ただし、何か法律的な規定を設けたというわけではないようです。

 しかし、2010年5~10月に開催された上海万博では、男女の便器の比率を1対2.5にしました。というのは、事前に、上海緑化・市容[都市の外観]管理局が調査チームを作って、さまざまな人の公衆トイレの利用時間を調査することによって、男女のトイレの使用にアンバランスが生じないようにしたためです。その結果、一時を除いて、女子トイレに長い行列はできなかったそうです。この結果を受け、上海では2011年から新しく設置するトイレの男女の便器の比率も、1対2.5にするということです(3)

 昨年大きな話題になったのは、2010年12月に施行された広東省珠海市の「珠海市婦女権益保障条例(珠海市妇女权益保障条例)」が、「新しく建築または改築する公衆トイレでは、女性の便器の比率は男性の便器の比率の1.5倍以上でなければならない」と初めて明確に規定したことです(第22条)(4)。「珠海市婦女権益保障条例」は、ほかにも、「婦女事務諮詢委員会」という、女性に関わる法規について市政府に意見や提案を出す機関を設けたり、DVに対する人身安全保護裁定や「ジェンダー統計」についての規定を置いたりするなど、さまざまな点で新しいものです(5)(珠海市の条例の人身安全保護裁定に関する規定については、本ブログの記事「DVに対する人身安全保護裁定(人身保護命令)の現状」五-2で言及しました)。『中国婦女報』も、「2010女性権益報告」で、この珠海市婦女権益保障条例を取り上げていますが、記事の中で、陳本建さんは、こうした良い条例ができた背景に関心を示し、香港やマカオの経験を参考にしたことを含めて、多くの専門的機構や専門家・学者の活動があったからではないかと述べています(6)

 陳本建さんは珠海市が「改革開放の最前線の都市」であることにも触れていますが、広東省では、ほかに仏山市も、女性便器の比率は男性便器の比率の1.5倍と決めています(7)。また、2010年春には、深圳市政治協商会議の徐華委員らが、「女性トイレに行列ができるのは、予算にジェンダーの視点がないからだ」と主張して、同会議の第5期第1回会議に、「ジェンダー予算の試行に関する提案」を提出しています(8)

 広東省以外でも、杭州市の西湖景区では、2010年に新しく改造したトイレでは、男女の便器はそれぞれ51と92で、男女の比率が1対2近くになりました。これは「観光客が満足するように」という目的でおこなったようですが(9)、福建省政府事務局が2010年11月に出した「都市の公衆トイレ建設に関する実施意見(福建省人民政府办公厅关于福建省城市公厕建设的实施意见)」も、新しく設置する公衆トイレの男女の便器の比率を1対1.5から1対2の比率にすることを規定しています(二-(二)の箇所)(10)。そのほか、いくつかの地方の新聞が、公衆トイレの男女の便器の比率の問題を取り上げています(11)

背景は?

 このように昨年あたりから公衆トイレの便器数の男女比を改める流れが出てきているようですが、なぜ昨年あたりからこうした動きが顕在化したのかという点については、私にはよくわかりません。もちろん大きな歴史的背景としては、女性の社会的活動が活発化したことがあるのでしょうし、上海万博などの場合には、国外の目を意識したという面もあるでしょう。陳本建さんが推測しているように、女性が要求を実現するために(広い意味での)運動をしていることも想像されるのですが、私には具体的なものはつかめていません。

 トイレの便器の男女比を改める動きは、もちろん中国だけのことではなく、「FEM-NEWS」(三井マリ子さん)は、2006年1月21日付けで「トイレの男女平等、世界中に」という表題で、「男女平等トイレは、ポッティ・パリティ(Potty Parity)と呼ばれる。アメリカでは、女性用を男性用より広くすることを義務づける建設基準のことを指す。NYを初め多くの州や都市で、この制度が確立しつつある。ストッキングをはいていたり、子ども連れだったり、生理上のニーズなどから、統計によると女性は男性の2倍時間がかかるという。だから女性トイレの前には長蛇の列。スタジアムなどでは、『男性トイレ誰もいない?』と、我慢しきれず男性トイレを使う女性も。ポッティ・パリティは、アメリカだけでなく、シンガポールでも法制化されている」と伝えています。こうした意味では、トイレの便器の男女比を改める動きは、男女平等の流れの中にあることは間違いないのですが……。

 なお、本ブログの記事「『第3回(2010年)中国10大セックス/ジェンダー事件批評』」で挙げられた、昨年陝西師範大学に出現した立式の女性トイレも、女性用トイレが不足していることへの対応という面もあります。立式の女性トイレを推進する人は、「女性が小便する時間は、男性の3倍かかるのだから、女性用の便器を男性の1.5倍にする程度では足りないし、かといって、男性用の3倍の女性用トイレを作るのは浪費である」と主張しています(12)。たしかに女性用の便器の比率を男性の1.5倍にする程度では、上海緑化・市容管理局の調査チームの調査に基づく1:2.5という数値に比べて、まだ女性用が少ないのでは? という疑問がわきます。もっとも、地域や施設による男女の公衆トイレの利用状況には差があるでしょうから、一概には言えませんが……。

 男女の便器の比率の問題はともかく、立式女性トイレについていえば、たしかに小便に関しても歴史や文化による差異はあるようで、畢恒達さんは「昔、エジプトでは、宗教的な要因で、小便のときに男はしゃがみ、女は立つことによって、神を冒涜しないようにした。イスラム教徒は、男女ともしゃがむ姿勢を取る。マオリ人は、服装上の装飾品の要因によって、男はしゃがみ、女は立った。19世紀の日本の女性も、木の桶の前に立って小便した」と言っています(13)。畢恒達さんの言っていることが正確かどうか、私は知りませんが、たしかに生理的な要因だけが現在の小便スタイルを生みだしたと考えてはいけないでしょう。

 そのほか、性別に関係なく使えるトイレ(无性别公厕)の設置の問題などもありますが、この点については、まだほとんど調べられていないので、また別に書きたいと思います。

(1)草案段階の報道は、「《陕西省实施办法(修订草案)》拟规定学校女厕厕位应多于男厕」女権在線2009年3月26日(来源:華商報-華商網)。以前の規則(「陕西省实施〈中华人民共和国未成年人保护法〉办法」)には、こうした規定はありませんでした。
(2)河南郑州规定新建公厕中女厕面积要大于男厕」新華網2007年10月26日(来源:東方今報)。
(3)明年起女性如厕不再“受累”」解放牛網2010年10月26日。
(4)珠海首次立法规定男女厕位比例」2010年10月29日、「公衆トイレの便器数、男女比を法律で決める―中国珠海市」サーチナ2010年11月1日、「珠海立法规定男女如厕比例1:1.5 获网友盛赞」深圳新聞網2010年11月5日、
(5)《珠海市妇女权益保障条例》呈现八大亮点」珠海婦女網2010年12月2日。
(6)2010妇女权益年度报告」『中国婦女報』2011年1月4日。
(7)珠海立法规定男女如厕比例1:1.5 获网友盛赞」深圳新聞網2010年11月5日。
(8)女厕排队事关性别预算」『羊城晩報』2010年6月2日。
(9)杭州西湖景区改造公厕男女厕位比近1:2」中国新聞網2010年11月12日(来源:銭江晩報)。
(10)福建出台文件规定男女公共厕位比例」中国新聞網2010年11月15日。
(11)公厕设置如何体现男女平等」『四川日報』2010年3月2日、「公厕设置厕位应该“重女轻男”」蘭州新聞網(来源:蘭州晩報)、「女性出游为何常遇如厕难?3大原因寻根究底」中国新聞網(来源:南方日報)2010年12月7日、「公共场所如厕 女士总是在等」毎日甘粛2011年1月21日(稿源:中国甘粛網-西部商報)
(12)男女厕位之比为 2:3 , 并不是好办法」女性方便新観念サイト。
(13)畢恒達「男人来自火星,女人来自金星?」(2009/9/14)中山大学性別教育論壇サイト。
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館長雇止め・バックラッシュ裁判、三井さんの勝訴が確定

1.最高裁が豊中市と「とよなか男女共同参画推進財団」の上告を棄却

 三井マリ子さんは、2000年、大阪府豊中市の男女共同参画推進センター「すてっぷ」の初代館長(全国公募による、非常勤)として、独創的な企画を打ち出すなど全力で仕事を進め、その実績は市やセンターにも高く評価されました。しかし、そうした三井さんの仕事が目ざわりだったバックラッシュ勢力(男女平等の推進に反対する勢力)が市やセンターに圧力をかけ、その圧力に屈した豊中市などは、非常勤館長職廃止して館長を常勤化する「組織変更」を三井さんに知らせないままに進めて、三井さんを雇止めし、2004年、新館長への採用も拒否しました。

 三井さんは上のように訴えて、豊中市と「すてっぷ」を運営する「とよなか男女共同参画推進財団(以下、「財団」と言う)」とを相手取って、損害賠償を求める裁判を2004年12月に起こしました。大阪地裁の一審判決(2007年9月)は原告敗訴でしたが、、大阪高裁の二審判決(2009年3月)は、三井さんの逆転勝訴でした。高裁判決は、豊中市が「一部勢力(=バックラッシュ勢力)」の圧力に屈して、三井さんの人格権を侵害する形で雇止めをしたことに対して、豊中市と財団に慰謝料などの支払いを命じました(詳しくは、本ブログの記事「 (日本)館長雇止め・バックラッシュ裁判、高裁で逆転勝訴」参照)。豊中市と財団は高裁判決を不服とし、最高裁に上告しました。

 しかし、最高裁は、今年1月20日付けで、両者の上告を棄却しました(1)[←下の「全文を表示」の個所をクリックしてください]。

 三井さんは、今回の棄却決定について、「豊中市は、男女平等を進めるセンターの館長の私に、職場情報を知らせず、その一方で、『本人は辞めることを承諾している』とデマを流して、私の首を切りました。こんな仕打ちを、高裁は『人格権の侵害』として断罪し、それを最高裁が認めたのです。陰湿で無礼な首切りは犯罪的行為と決まったのです。訴訟に費やした7年間がこれで報われました。今晩から、ぐっすり眠れます」と語っています(この裁判を支援する「ファイトバックの会」のプレス・リリース「最高裁、豊中市らの上告棄却!」より)。

 この裁判ついては、私はしばしば本ブログで取り上げただけでなく、書面・意見書の要旨や自らの感想をまとめた特集ページを作成していますので(「館長雇止め・バックラッシュ裁判(原告・三井マリ子さん)」)、そのページをご覧いただければ、これまでの詳しい経過がお分かりいただけると思います。

[以下の目次]
2.この裁判の意義について
3.三井さん勝利確定緊急集会も開催――豊中市は今回の事件について謝罪や再発防止を
4.支援運動で起こった問題を払拭することも必要

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「2010年中国10大同性愛ニュース」

 ゲイサイト「淡藍網」は、毎年、セクシュアル・マイノリティの10大ニュースを発表してきました(2007~2009年の10大ニュースについては、本ブログの記事「2007~2009年の各年の中国10大セクシュアル・マイノリティニュース」参照)。しかし、昨年は淡藍網自身は10大ニュースを発表せず、彦暁さんのブログ「二人の男の勇気(两个男人的勇气)」が発表した「2010年中国10大同性愛ニュース」を転載しました(2010年中国十大同性恋新闻事件)。以下、これを適当に端折って、ご紹介します。

1.全国各地で続々と同性の結婚式がおこなわれた

 1月3日、成都でゲイカップルの曾安全と潘文傑がバーで結婚式をしたのを皮切りに[本ブログの記事「同性婚をめぐる最近の動向」参照]、2010年の中国では、同性婚が続々とおこなわれた。
 3月、山東でゲイカップルが結婚式をした。
 5月、長春でレズビアンカップルがバーで結婚式をした。
 11月20日、常州で、江蘇で初めてゲイカップルが結婚式をした。

2.「同志ニーハオ」ほほ笑み募集活動

 5月17日は、「国際反ホモフォビアデー」である。このとき、東北師範大学4年生の侯海洋は、同性愛者のために尽力して、偏見をなくそうと考えた。「同志ニーハオ」ほほ笑み募集行動(同志你好微笑征集行动)はこのようにして誕生した。この活動は、多くの異性愛者に、自らの笑顔の写真とともに、同性愛者を祝福するメッセージを書いてもらうものである。

 12月初めには5700余りの「ほほ笑み」が集まったが、この数字は、最初に計画した1000をはるかに越えていた。これらの写真とメッセージは、すでに北京・上海・昆明・長春などの都市で展示された。この活動は、中国で今までに最も大規模な、同性愛者を支持する公然とした活動として、全国各地のメディアが次々に報道した。

 *遠山補足:さまざまなセクマイグループもこの活動に参加し、専用サイトも出来ています( 同志你好行动网络)。2011年1月17日現在、7600人以上の人が活動に参加し、サイトでも数千人の笑顔とメッセージが公開されています(同志你好微笑征集(第一季)同志你好微笑征集(第二季))。

 関連記事:「中国のオランダ大使館で、『Smile for Gay』キャンペーンの写真展示開催」みやきち日記2010年8月4日。

3.北京9.26牡丹園事件

 あなたは2009年の「広州人民公園事件」を覚えているだろうか? 理由もなく追い払われることに対して、同性愛者が公然と、勇敢に自分の権益を守った[本ブログの記事2007~2009年の各年の中国10大セクシュアル・マイノリティニュースの2009年の3参照]。残念なことに、この事件が起きて1年後に、同様の行為がまた発生した。

 9月26日夕方、北京の警察が、突然、海淀区にある、同性愛者が集まる場である牡丹園の手入れをおこなった。英文版『環球時報』の9月28日の報道によると、牡丹園にいた100名にのぼるゲイが警察に連れて行かれ、尋問された。ゲイたちは、身分証を呈示することと血液検査を受けることを要求され、写真を撮られ、指紋も採取された。

 この件ついて、北京市公安局のスポークスマンは、「警察が牡丹園でとった行動は、国慶節の休日の全市の年間の治安検査の一部であり、連れて行った人は、問題さえなければ、すぐ釈放した」と表明した。

4.中国初の「ミスターゲイ」コンテストが途中で挫折した

 この件は、日本でもレコードチャイナが報じました。
 ・「北京で初の『ミスター・ゲイ・コンテスト』、政府が同性愛者に保護措置?―中国」レコードチャイナ2010年1月15日。
 ・「当局の圧力? 中国初の『ミスター・ゲイ・コンテスト』、開催当日に突然中止―北京市」レコードチャイナ2010年1月16日。

 彦暁さんは、この件について、以下のようにコメントしています。

 上述の牡丹園事件もあり、2010年の北京のセクマイの活動は、いくぶん元気がなかった。しかし、未来は、結局のところ明るいであろう。今回のミスターコンテストについてのメディアの報道で注目すべき点は、新華社がコンテスト前に珍しく2000字あまりの長文で報道したことである。その文章は、コンテストが行われる予定だった当日に発表され、文中には「このミスターコンテストは、規模は大きくないが、中国の同性愛者たちが、より多くの社会的受容を勝ち取る小さな一歩になる」と書かれていた。

5.第2回「上海プライドフェスティバル」が成功

 10月16日から11月6日まで、第2回「上海プライドフェスティバル(上海骄傲节2010)」が上海でおこなわれた(第1回については、本ブログの記事「上海プライドウィーク」参照)。今回の活動に協力した淡藍網は、上海プライドフェスティバルは、中国大陸最初の、また唯一の、ゲイ・レズビアン・バイセクシュアル・トランスジェンダーが融合した祭典であり、今回の主題は「多元・団結・調和」だと報道した。

 国外のようなプライドパレードはおこなわなかったが、主催者は、参加者のために前回よりすばらしい内容、たとえば、写真展・芸術展・カラオケ・ピクニック・運動会・クィア映画祭などの各種の形式の活動を準備した。3週間にわたる第2回プライドフェスティバルは、比較的順調に進行し、全国各地のLGBTの友人を吸引しただけでなく、少なからぬ海外のLGBTも参加した。

6.セクマイ健康雑誌『朋友通信』停刊

 (この項目については、彦暁さんは個人的な関わりを書いていらっしゃるので――そうした文も大切ですが――、私が他の媒体の記事をもとに簡単に述べます)

 エイズ防止と同性愛者の権利のための雑誌『朋友通信』が、2010年6月末、74号をもって停刊しました。この雑誌は、1998年2月、張北川さん(青島大学医学院教授)が創刊したもので、部数は1万5千部でした。

 停刊の原因は、フォード財団が資金援助を停止したためです。1996年、フォード財団中国事務局のジョン・カウフマン(Joan Kaufman)さんが、中国では、同性愛者が差別されていて、同性愛者をサポートする社会団体もないことに気づいたことをきっかけに、同財団は『朋友通信』にずっと資金援助をしてきたのですが、今回、援助を停止しました。停止の理由は、「中国はもう豊かになったので、資金援助の目標を他の東南アジアやアフリカの国に転換する」というものです。

 『朋友通信』のサイトも昨年末で消滅しましたが、バックナンバーは、青島陽光朋友サイトの「《朋友通信》往期期刊检索」から読むことができます。

 [資料]Yang Dingdu“Many lament loss after Chinese magazine for gay, AIDS-affected communities closes”新華社2010年7月20日→中国語訳「《朋友》停刊,读者:就象最好的朋友突然离别」愛白網2010年7月21日、「《朋友》和他的“同志”们」『斉鲁晩報』2010年8月14日。また、『朋友通信』については、「中国大陆另类媒介的生产:以《朋友通信》为例」曹晋『媒介与社会性别研究:理论与实例』(上海三聯書店 2008年)という研究があります。

7.「直通中南海」の掲示板規則:性的指向による差別を禁止する

 9月8日、人民網と中共新聞網が「直通中南海――中央の指導者と中央の機構の掲示板(直通中南海——中央领导人和中央机构留言板)」を正式に開設した。その掲示板規則の中の、「以下の内容を本掲示板で発表することを禁止する」という箇所の第11条には、「人種・皮膚の色・性別・性的指向・宗教・民族・地域・障害・社会経済状況などの差別的内容を含む言論とニュース」と書かれていた。

 規則の制定者が特に考えてそう書いたのではなかったのもしれないが、人民網・中共新聞網+直通中南海の重みを考えると、掲示板が性的指向による差別を禁止したことは、国民の性的指向の観念の混乱を正して正常に戻す、かすかな現れである。

 これに、先述の新華社のゲイコンテストの長編の報道や『環球時報』の牡丹園事件に対する報道を加えて考えるなら、私たちは、中国のメディアが同性愛に対する態度において、10年前の毛寧刺傷事件※の後には、ひたすら猟奇的だったか、口をつぐんでいた報道に比べて、天地がひっくりかえるような変化がすでに発生していることがわかる。

 当然、例外もあり、たとえば百度……

 ※2000年に当時人気歌手だった毛寧(マオ・ニン)がナイフで刺された事件。犯人が男娼だったことから、メディアが毛の「同性愛疑惑」を報道、毛は芸能界からしばらく姿を消した(その後のレコードチャイナの報道:「刺傷事件で『同志恋』疑惑の人気歌手マオ・ニン、親しげに話す男性はアノ人―北京市」2008-12-18)。

8.「百度[中国の検索サービスの会社]」が同性愛者たちを尊重せず、同性愛の大衆の怒りを買う

 2010年の中国のインターネットでは、多くの事件が起きた。そのうち、年初のGoogleの撤退は、中国のライバルである「百度」の支配人の李彦宏に、喜びで目を輝かせた。しかし、Googleの格調と比べると、李彦宏と彼の「百度」には、本当に大きな違いがある。市場占有率と稼いだ多くの紙幣は、けっして「百度」の前途が有望であることを示していない。

 現代的なインターネット企業でありながら、人と人は本来平等であるという理念において何もなすことなく、金儲けのためには公然とマイノリティ・グループを差別さえする。これが中国最大の検索エンジン「百度」であり、セクシュアル・マイノリティに対して最も友好的でないサイト「百度」である。

 「百度」における、万人に罵られている価格競争による順位づけは、金儲けのためには手段を選ばない悪徳商人の面構えを真に体現している。かつて長い間、「百度」で「同性愛」を検索すると、トップに出てくるのは、「同性愛の治療」という商業的な詐欺情報だった。もし「Gay」で検索すると、多くの情報やゲイサイトは相変わらずスクリーニングされている。逆に、「反同性愛」スレッドは、セクマイを攻撃し慢罵・侮辱する書き込みに満ちている。

 多くのネットの友人が抗議したため、「同性愛の治療」という詐欺情報はすでに消えたけれども、スクリーニングと攻撃は、「百度」では、相変わらずやりたいほうだいである。

 同じ検索エンジンをやっている会社でも、Googleは、同性愛の従業員の賃金を異性愛の従業員の賃金よりも高くすると宣言した。なぜなら、同性愛の家庭は、通常の家庭のように所得税が減免されないからである。しかるに、百度は、大々的に「同性愛の治療」を鼓吹し、同性愛を差別する書き込みを野放しにしている。政府筋のメディアもすでに同性愛者たちを直視し、差別に反対しはじめている現在、李彦宏と百度は、一体いつの時代の「関連法規と政策」を執行しているのか?

9.同性愛者の父母が表に出て、同性愛の子どもが理解され受け入れられるよう訴えた

 社会の外部の環境と比べても、中国のセクマイにとって最も大きな圧力になっているのは、やはり自分の父母と親戚である。しかし、2010年、理解が、しだいに、私たちの最も親愛なる父母からやってきた!

 近年、同性愛者の家族と友人の会(同性恋親友会)を創設したのに続いて(本ブログの記事「『同性愛者の家族と友人の会』がサイト開設」参照)、中国で最初に同性愛者の息子を公然と支持した呉幼堅女士の努力によって、「同志父母懇談会」もすでに3回おこなわれた。10月30日、第三回同志父母懇談会が北京で開催され、全国のさまざまな地区から、同性愛者と彼らの父母を含めた約200人が集まって、各自の経験を交流し、父母たちに同性愛の性的指向を持った子どもを理解し受け入れるように励ました。

 言うに値するのは、6月15日、『愛は最も美しい虹である――一人の母親が見た同志の世界(爱是最美的彩虹――一一位母亲眼中的同志世界)』という書物が正式に世に出たことである。書物の作者は、同志コミュニティの中で広く尊敬されている呉幼堅女士である。この10万字の本は公益の読み物として、公衆に無料で贈られた。

10.国家ラジオ映画テレビ総局が、交友番組で同性をカップリングすることを禁止した

 2010年は、テレビでお見合い番組が盛んだったが、国家ラジオ映画テレビ総局がそれを規制する通知を出した。その中に、「各テレビ局は、同性の交友という旗印の下に、同性愛者をカップリングしてはならない」ということが含まれていた。

10+1.同性愛者が献血を拒否され、血液センターの差別を訴えた

 6月6日、同性愛者の王梓政が北京西単図書ビルディングの献血スポットで献血しようとしたところ、「『献血法』の規定※により、献血できない」と言われた。また、衛生部が出した「献血者健康診断基準」にも、「献血を受ける人の安全を保証するために、同性愛者には献血しないよう訴える」という一条がある。

 4日後、32歳の王梓政は告訴状を持って海淀法院に行き、北京赤十字血液センターに対して、彼の献血を許可することと、彼の献血を拒否したことについて公開で謝罪することを要求した。王は、単純に性的指向だけによって献血できるか否かを判断することは、非常に非科学的であって、自分は公民として、憲法と法律が賦与したすべての合法的な権利と義務を有していると考えた。

 海淀法院は一カ月後、「上級の法院の指示を仰いだ結果、立件しないと決定した」と表明したけれども、この事件はそれでも私たちが銘記するに値する。同性愛の献血についての議論は、すでに長い間続いているが、同性愛者が公に法律的支持を求めたのは初めてであり、そのメルクマールとしての意義は忘れられるべきではない。

 関連記事:「中国の裁判所、ゲイ男性の献血訴訟を却下」みやきち日記2010年7月9日。

 ※「中華人民共和国献血法」自体には、献血者には健康検査をする必要があると述べられているだけですが、同時に施行された「献血者健康検査基準(献血者健康检查标准)」の六の18が同性愛者の献血を禁じています。この規定には、HIV感染のリスクが低い女性同性愛者も排除しているという問題もあります(「中国の女性同性愛者献血差別について(作成中)」RyOTAの日記2009-08-03)。



 こうして見てくると、「本当に一進一退だけれども、長い目で見ると少しずつ前進しているのかな」と感じます。
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男性に対する強姦事件の判決をめぐって

男性に対する強姦が刑事責任を追及されたのは初めて。しかし、強姦罪では処罰されなかった

 2010年5月、42歳の男性の警備員が、宿舎で18歳の男性の同僚を「強姦」しました。そのとき、被害者は軽傷を負いました。この事件について、北京市朝陽区法院は、加害者に、故意傷害罪で懲役1年の判決を下しました(裁判中に加害者が被害者に2万元の賠償をしたので、比較的軽い刑になったそうです)。1月4日付の『法制晩報』などがこのことを伝えました(1)

 男性を強姦した人が刑事責任を追及されたは今回が初めてだそうですが、強姦罪で処罰されたわけではありませんでした。中国の刑法の強姦罪は「暴力・脅迫もしくはその他の手段を用いて、女性を強姦する」(2)ことを指しており、男性に対する強姦には適用されません。

 男性が強姦された場合、「大多数の処理の結果は『処罰できずに、金の賠償ですまされ、賠償すらされないこともある』」という状況だそうです。治安管理処罰法によって行政拘留に処せられることはありますが、刑法が適用されたことはありませんでした(3)。今回、刑法が適用されたので、北京中広維天法律サービスセンターの蘆争さんは、「これは、わが国の法律上一定の進歩を意味している」と述べつつも、「まだはるかに不十分だ」と言っています(4)

 今回、加害者が刑法で処罰されたのは、被害者に傷を負わせていて、かつその傷の程度が傷害罪が適用できるほどのものだったからです。ネット上での意見の多くも、「もし被害者が強姦された後に軽傷を負っていなかったなら、どうだったのか?」と疑問を呈しています(5)

 また、故意傷害罪の刑期は、「3年以下」と規定されています(もし重傷を負わせたら、3年以上になりますが)(6)。かりに女性に対する強姦だったら、刑法の規定により、強姦罪だけで3年以上の懲役に処せられ、それに故意傷害罪も加わるために、さらに重い刑罰になるのですから、軽傷を負わせている場合でも、女性に対する強姦に比べて、男性に対する強姦の刑罰は軽いのです。

1997年に「流氓罪」が廃止されたことの功罪

 1979年に中華人民共和国建国後、初めて制定された中国の刑法には「流氓[ごろつき、無頼漢といった意味]罪」があり(7)、これがしばしば男性間の性行為を処罰する口実にもされてきました。ただし、1984年に最高人民法院が出した司法解釈では、男性間の性行為で「流氓罪」に当たるのは、「幼い児童を鶏姦するもの、少年を無理やり鶏姦するもの、暴力・脅迫などの手段によって、たびたび鶏姦し、情状が悪いもの」だとされました。つまり、男性間の性行為のうち、児童に対する性行為と性行為の強要だけを処罰すると決められたのです。もっとも、合意のうえでの男性間の性行為についても、刑法上の犯罪とはされなくとも、政治や行政レベルでの弾圧、たとえば公職からの追放や行政拘留などに処せられてきたのですが、とにかく、この刑法が適用されていた時代は、男性に対する強姦も、いちおう刑法上の処罰の対象になっていたわけです。

 しかし、1997年に刑法が改正された際、「流氓罪」は削除されました。それによって、同性間の性行為が処罰される危険は減ったのですが、その一方で、1984年の司法解釈のもとになった条文がなくなったために、男性間の強姦についても刑法上の犯罪とはされなくなったのです。

 このように同性間の強姦の被害者が法律的な保護を受けられない一方、国家は、被害者がいない同性間の売買春については、異性間の売買春同様に厳重に取り締まっています(8)

中国でも、男性の性被害に関する法的問題は指摘されているが……

 今回の事件に関して、新聞紙上で、王威さんという人は、「性が侵犯されない権利は、明らかに性別の差異によって区別されるべきではない。権利があれば、救済がなければならず、男性の正当で合法的な権利が『意思に反して』侵害されたときには、法によって、法律的な保護と救済が得られる必要がある。
 人間の心理と精神に対する『強姦』の傷は、人間の身体に対する傷よりもはるかに大きく、『強姦』された男性の心の傷は、強姦された女性に比べてまさるとも劣らないかもしれず、その人格の尊厳が受けた侮辱は、常人が想像しうるところではない。だから、男性が『強姦』されることも、同様に重大な社会的危険性を有している」と指摘しています。

 王威さんは、また、「国外では、多くの国家の刑法あるいは司法実践は、とっくに強姦における加害者と被害者の性別を強調しなくなっている。たとえば、ドイツの1975年刑法の強姦罪は、まだ『女性に強要する』ことを指していたが、1998年の新しい刑法は『他人に強要する』とだけ規定した。フランスの1994年に改正された刑法は、強姦罪の被害者を『他人』と明文で規定しており、それはすなわち男も女も含むという意味である。イタリアの現行刑法も、強姦罪の被害者を『他人』とだけ規定しており、もう性別役割を強調していない。わが国の台湾地区の『性の自主を妨害する罪の章』(9)も強姦罪の対象を『女性』から『男女』に拡充した。わが国の内地でも、現実の生活で男子が強姦される事件は、けっしてごくまれではない。それゆえ、筆者は、男性に対して強姦をする行為を犯罪と規定して取り締まり、法律的手段で男性の性の権利を保護することは、非常に必要だと考える」と述べています(10)

 今回にかぎらず、男性間の強姦事件を報じた新聞記事では、必ずさまざまな専門家が、男性間の強姦が法律的に空白になっている問題を指摘してきました(11)

 以前このブログでも触れたように、男性学研究者の方剛さんも、男性に対するセクハラの問題を取り上げています。

 広東大同弁護士事務所主任の朱永平さんによると、中国の人民代表大会や政治協商会議にも、毎年、刑法のこの点を改正する提案はポツポツ出ているそうですが、一定の勢力を形成するまでには至っていないということです。朱さんは、「これは、このような事件が結局少数であるからであり、まだ社会的な危険性が上層部と法律制定者を動かす状況にまで到達していないからだ」「中国では、法律の改正や立法は、もっと多くの有力な判例が必要だ」と述べています(12)

 ご存じのとおり、日本でも、強姦罪が適用される被害者は「女子」と規定されており(刑法177条)、その点では中国と同じです。

 1年ほど以前、日本で性暴力の問題に取り組んでいるブログ「『あなたは悪くない』別館」に、「男性サバイバーからのメッセージ」(2009年12月17日)が掲載されました。この男性サバイバーは、学校で男性教師に性暴力を受けたのに、警察には「男がそんな被害にあうわけがない」と信じてもらえず、司法関係者や援助職の人からは「男なのに情けない」「男なら平気だろう」と言われたこと、教師を訴えたら、周囲にひどい迫害をされて「オカマ、オカマ」と罵られたという経験を語っています。その後、彼は「性虐待を受けた自分は負け犬だ。強い人間になるには自分も加害するしかない」と考えて下級生に暴行しようと思ったり※、女性サバイバーを中傷したりしたとのことで、彼は、「男らしさ」の呪縛が男性被害者をも苦しめていること、自分は男性被害者にも強かん罪を適用させる運動をしているが、当の男性自身が無関心であること(分かりやすい男性差別なのに、ネットで「男性差別」と騒ぐわりに無関心)を指摘しています。

 私は上の文章を読んで、男性の性被害の問題の深刻さをはじめて知りました。男性の性被害の問題もジェンダーと深くかかわっていることも、わかりました。調べてみると、玄野武人さんのサイト「If He Is Raped」にも、「強姦罪の改正にかんする提言 ~男性性被害者の立場から~[PDF]」(2009.1.8)をはじめ、さまざまな文が掲載されています。たとえば、このサイトは、「男性の性的虐待についての『事実と偏見(神話)』」も取り上げており、その1つとして、「性虐待を受けた少年は、犠牲者がさらなる犠牲者を生みだすように、他人に対し性虐待を繰り返す」という偏見を取り上げて、「加害者のなかには過去に性虐待された体験を持つものが多いということは事実だが、男性性被害者の大半は加害をしていない。ギルガンとベッカー、ハンターの調査によると、被害に遭ったことを誰かに話していて、信じてもらえ、サポートを受けることができている場合は、加害はしないことが明らかになっている」ということを述べています(上の※に関係する問題なので、書いておきました)。玄野さんは、2001年から始まった男性サバイバーの自助グループもやっておられるようです。

 中国では、私の知る限り、男性の性被害者自身の動きはまだ見当たりませんが、日中共通の課題だと思います。

(1)“强奸”男性致人伤首追刑责」『法制晩報』2011年1月4日、「42歳男が18歳男性をレイプ『中国初の刑事責任』強姦罪は不適」サーチナ2011年1月5日。
(2)中華人民共和国刑法(中华人民共和国刑法)第236条は以下のように定めています。
 「暴力・脅迫もしくはその他の手段を用いて、女性を強姦した者は、3年以上10年以下の有期懲役に処する。
 14歳未満の幼女を姦淫した者は、強姦罪とみなし、重く処罰する。
 女性を強姦、または幼女を姦淫し、以下の情状の1つを有する者は、10年以上の有期懲役、無期懲役または死刑に処する。
 (1)女性を強姦、または幼女を姦淫し、情状が悪質である者。
 (2)多数の女性を強姦、または多数の幼女を姦淫した者。
 (3)公共の場所において公衆の面前で女性を強姦し、幼女を姦淫した者。
 (4)2人以上で輪姦した者。
 (5)被害者に重傷を負わせる、死亡させる、またはその他の重大な結果を引き起こした者。」
(3)以上は、「男性被同性强奸无法治罪 呼吁扩大强奸罪内涵」『南方日報』2011年1月6日。
(4)(1)に同じ。
(5)(3)に同じ。
(6)中華人民共和国刑法(中华人民共和国刑法)第234条は以下のように定めています。
 「故意に人の身体に傷害を負わせた者は、3年以下の有期懲役、拘留、または管制に処する。
 前項の罪を犯し、人に重傷を負わせた者は、3年以上10年以下の有期懲役に処する。人を死亡させ、または特に残忍に手段を用いて人に重傷を負わせ、または著しい身体障害を生じさせた者は、10年以上の有期懲役、無期懲役または死刑に処する。本法に別に規定されている場合は、その規定により処罰する。」
(7)中華人民共和国刑法(1979年制定、1980年施行のもの)第160条は、以下のように規定していました。
 「大勢の人を集めて殴り合い、難癖をつけて喧嘩を仕掛け騒動を起こし、女性を侮辱し、或いはその他の無頼活動をして、公共の秩序を破壊し、情状の悪い者は、7年以下の有期懲役、拘留、あるいは管制に処す。
 無頼集団の首謀者は、7年以上の有期懲役に処す。」
(8)この節は、郭曉飛「中国“同志”人群的法律环境――以案例为中心」『性別与健康[PDF]』第10期(2008年12月)9-11頁による。
(9)中華民国刑法第16章「妨害性自主罪」参照。最初の方だけ試みに訳すと――
 「第221条 男女に対して暴力・脅迫・脅し・催眠術またはその他の意志に反する方法で性交をした者は、3年以上10年以下の有期懲役に処す。
 前項の未遂犯はこれを罰す。
 第222条 前条の罪を犯し、以下の状況の1つを有する者は、7年以上の有期懲役に処す。
 一、2人以上の共同犯の者。
 二、14歳未満の男女に対してこれを犯した者。
 三、(以下略)」
(10)王威「“强奸男性被判刑”原是“标题党”」捜狐新聞2011年1月5日(来源:検察日報)、『中国婦女報」にもほぼ同文が掲載されています(王威「性权利不应因性别不同而有所差别」『中国婦女報』2011年1月6日)。
(11)(8)に同じ。
(12)(3)に同じ。
関連記事

「第3回(2010年)中国10大セックス/ジェンダー事件批評」

 昨年12月、「第3回(2010年)中国10大セックス/ジェンダー事件批評」が発表されました(第三届(2010年)年度十大性与性别事件评点公告。第1回と第2回については、本ブログの記事「2008年『中国10大セックス/ジェンダー事件』」「2009年度『中国10大セックス/ジェンダー事件批評』」参照)。

 この企画は、全国各地の10名あまりの中年・青年学者(今年度は下に挙げた13名)が、セクシュアリティとジェンダーに関する10の重要事件を選んだものです。ジェンダー平等と社会的公正を促進することを目的としており、単に社会的関心を集めた事件を選ぶのではなく、ジェンダーの視点を重視しており、また、そのためにもコメントにも力を入れています。

 陳亜亜(上海社会科学院文学研究所研究員、サイト「女権在線」責任者、フェミニスト)
 方剛(北京林業大学人文学院心理学系准教授、性と性別研究所所長、社会学博士、『華人性権研究』副編集長、セクシュアリティとジェンダー研究に携わる)
 胡曉紅(東北師範大学国際関係学院准教授、哲学博士、主にジェンダー研究に従事、公共政策とジェンダー教育の視角を重視)
 黄燦(独立セクソロジスト、芸術家。世界華人性学家協会性文学芸術委員会副主任、『華人性文学芸術研究』編集長、主に女陰文化と妓女問題の研究に携わる)
 李扁(中国青少年エイズ防止教育工程発起人)
 彭濤(ハルピン医科大学公共衛生学院准教授、ハルピン医科大学性健康・教育センター副主任。性の健康の研究と教育に携わり、ジェンダーの視点にもとづいて健康を促進)
 裴諭新(女性研究博士、中山大学社会学・ソーシャルワーク系講師。研究方向は性・ジェンダー・女性研究で、社会的変化の状況における女性の性選択と生活の政治に関心を持つ)
 沈奕斐(復旦大学社会学系教師、復旦大学ジェンダーと発展研究センター副秘書長。研究方向は、ジェンダーと家族)
 徐兆寿(西北師範大学准教授、作家、学者。主に性文学、性文化、中国伝統文化の研究に携わる。国内で初めて性文化課を開設)
 趙合俊(中華女子学院法律系准教授。法学博士。性と人権理論、性の法律研究に携わり、人権と法律の視角に重点)
 張玉霞(ジェンダーとメディア学学者、ジェンダー研究に従事、大衆メディアの視角に重点)
 張敬婕(中国メディア大学メディアと女性研究センターで教える。メディアとジェンダー、文化の研究と教育に力を入れる)
 張静(中華女子学院教師、ソーシャルワーカー。青少年の心理健康教育と相談、親子関係指導、青少年の性教育研究に携わる)

 以下、今回の内容を、適当に端折りつつ紹介します(ごく簡単に紹介した事項もあります)。順番は、事件の発生順だそうです。*は、私の補足説明です。

性愛局長日記

 事件:2月末、あるウェブサイトが、広西の某タバコ局長の秘密の日記を暴露した。そこには、長年にわたる収賄と多くの女性との性的関係が記録されていた。ネットで個人を特定する「人肉捜索」がされて、人名が明らかになり、局長は収賄容疑で逮捕され、懲役13年の判決を受けた。

 コメント(張玉霞):インターネットの腐敗反対活動が成功した事例である。しかし、事件の関係者、とくに数人の女性の個人のプライバシーが暴露されたことは、プライバシー権や名誉権の侵害である。

 *この事件については、下に挙げたように、日本でも、サーチナがかなり詳しく報道しました。
 「政府幹部『性愛日記』公開で処分―女性6人と次々に関係=中国」サーチナ2010年3月2日、「愛欲まみれの『局長日記』暴露で高級官僚が停職-中国」サーチナ2010年3月2日、「『愛欲日記』局長をカリスマブロガーが擁護、賛同多数-中国」サーチナ2010年3月5日、「『「愛欲日記」局長への同情は理解できる』-中国検察副長官」サーチナ2010年3月10日、「『性愛日記』公開の共産党幹部、汚職などで逮捕―中国・広西」サーチナ2010年3月15日。
 サーチナの報道では、中国のカリスマブロガー韓寒氏が、上のタバコ局長は現在の地方幹部の中では清潔な人物であることを指摘して局長を擁護し(おそらく皮肉も込めて)、ネットユーザーの9割も韓寒氏の意見に賛成するという状況があったそうです。

お見合い番組が盛ん

 事件:各地の衛星テレビ局で「お見合い」番組が盛んだった。

 コメント(張静):これらのお見合い番組は低俗で、誤った価値観と恋愛観を宣伝しており、とくに女性のイメージを貶めたり、不健康な言語を使ったりする手段で視聴率を上げている。

董珊珊DV致死事件

 事件:董珊珊は、2008年に結婚したが、2009年3月、董は初めて家族と警察に「結婚後、いつも夫に殴られている」と言った。その後わずか数カ月の間に、董や家族は8回警察に通報し、離婚訴訟を起こしたり、親戚が借りた部屋に逃げたりした。董は、最終的には、2009年8月5日に殴られたことが原因で命を落とすことになった。董は11日に逃げ出したが、その2カ月後に世を去った。検死では、死亡原因は「殴られて傷を負った後、続いて感染が生じ、多臓器の機能不全により死亡」というものだった。2010年7月、北京市朝陽区法院は、加害者に対して虐待罪で懲役6年6カ月の刑を言い渡した。

 コメント(陳亜亜):DV問題に対する国内の関心は年々高まっているけれども、政策の修正と機構の救助行為はあまり改善されていない。董珊珊は、辺鄙な小さな町ではなく、北京で生活していたのに、相変わらずこのように重大なDV事件が起きている。司法の段階では、その夫はもともとは故意傷害罪で捕まり、最高では死刑もありえたのに、後で検察院は、最高刑が7年しかない虐待罪に変えた。このようにして、本来の意図は家庭の弱者の側を保護するものだった「虐待罪」が、加害者を守る盾になった。董珊珊事件において人々が最も心を痛めるのは、加害者の凶暴・残酷さではなく、系統的な怠慢と加害者に対する甘やかしである。
 実のところ、董珊珊事件のような惨劇を発生させたのは、人々が長い間DVを個人のプライバシーあるいは「家庭のいざこざ」と見て、内容が深刻な多くのDVはとっくに犯罪とされていることを無視してきたからである。年末に起こった、婚姻内の強姦が無罪とされた事件[→本ブログの記事「婚姻内での強姦罪を否定する判決とその論理」参照]もそうであり、裁判官が同居を既婚者の義務と認定したことは、人々が婚姻関係について誤解していることを再び裏付けた。これもまた、DV事件がしばしば発生している文化的根源である。

南京「集団淫乱」事件

 事件:南京の某大学の准教授の馬暁海が「スワッピングを組織した」ことが社会の大きな話題になった。22名の犯罪容疑者が南京の秦淮区検察院に集団淫乱罪の嫌疑で秦淮区法院(裁判所)に起訴された。検察側が明らかにしたところでは、2007年夏から2009年8月までの8ヵ月間に、それらの人は計35回集まって活動し、馬暁海は18回「組織」または参加したとして訴えられた。法院はその22名に刑を言い渡したが、馬の刑が最も重く、3年半だった。

 コメント(方剛):スワッピングは私事であり、当事者が自ら望んで参加するのでさえあれば、社会の主流の道徳と公権力は干渉すべきでない。誰もがみな自己の性道徳の基準を持ってよいのであり、多数者の性道徳の基準によって少数者を抑圧するのは、性の道徳の覇権主義である。個人の行為の選択が他の人を傷つけないのでありさえすれば、いかなる個人も団体も干渉する権利はない。スワッパーがスワッピングを選択するのは彼らの性の人権である。社会の道徳と秩序は性の人権を保障すべきであり、人権は道徳よりも高い。
 「集団淫乱」は中国の現行刑法の用語(注)であり、汚名化する色合いがある。同年のやや遅い時期に、同じ南京で、もう一つ「同性愛集団淫乱罪」の判決があったが、強烈な社会的な反響は引き起こさなかった。ここから、同性愛者は弱者で、彼らの性の権利はいっそう尊重されにくいことがわかる。

 (注)「刑法第六章(社会管理秩序を妨害する罪)第301条 おおぜいの人が集まって淫乱な活動をおこない、首謀者となる、またはたびたび参加した者は、5年以下の有期懲役、拘留または管制*に処する。」
 *管制……「一定期間、一定の自由(表現活動や移動・面会など)を制限し、公安機関の監督下で社会生活を送らせる中国独特の刑罰。日本の保護観察に近い。」(日中辞典より)

 *この事件については、日本でも、レコードチャイナが2度にわたって報じました。
 「『換妻遊戯』スワッピングパーティー開催、大学教授ら過去最多の22人起訴―江蘇省南京市」レコードチャイナ2010年4月8日、「スワッピングパーティー主催の大学准教授、集団淫乱罪で3年6か月の有罪判決―中国」レコードチャイナ2010年5月20日。

 *3月には李銀河さんが「集団淫乱罪」を廃止する提案を人民代表大会と政治協商会議の委員に送っています(「建议取消聚众淫乱罪」、「废除聚众淫乱法提案的几点解释」)。

男の子を救う話題

 事件:『男の子を救え(拯救男孩)』という本がベストセラーになった。「男の子を救え」という概念が流行したのは、最初にそう言った人の本意がどのようであるかはともかく、公衆が関心を持ったのは、相変わらず、いわゆる「男らしくない男の子」であった。公衆は、生理的性別(セックス)の差異を基礎にした二元的区分に憂き身をやつしており、生理的区別にもとづく「男らしい勇ましさ」を強調している。

 コメント(方剛):「男の子を救え」という概念をジェンダーの視点から見ると、その理論的基礎は支配的な男性気質を崇めること、および男性気質についての生物学的決定論の承認であり、ジェンダー平等の追求と対立している。現在の男性気質についての研究は、男性気質は多種多様であり、さまざまな男性気質の間に高低貴賎の等級の区分はないと考えている。もしある文化が支配的な男性気質を正しいとし、その他の男性気質のあらわれをみな「足りない」と規定するならば、その文化は、開放的な文化でないので、「救」われなければならない。ある社会が、人の個性は十分な発展に対して、もし敵視あるいは「救う」という態度をとるなら、私たちはその社会こそ「救う」必要があると考える。私たちは、「男の子を救え」と鼓吹するではなく、「兼性気質」を提唱したい。理想的な人間は、男性と女性の気質の優れた点を兼ね備えているべきで、性別による区別をするべきではない。すばらしい品性、たとえば「強さ」や「やさしさ」は、なにも男と女で分ける必要はないではないか? ただし、もしその品性が極端に走り、専横や無条件の従順さになるなら、男も女もそうあるべきではない。

偽の娘についての激しい議論

 事件:劉著は、四川省南充市に生まれ、四川音楽学院作曲学科の学生である。2010年に「快楽男声」の南充予選ブロックの競技に参加し、「女性化」した扮装と演技で社会の関心を集め、最終的には成都地区のベスト50に入賞した。

 コメント(張敬婕):劉著が巻き起こした激しい議論は、私たちの今日の社会の多元的な性別に対する不寛容な態度を示している。

 *この件については、日本の『21世紀中国ニュース』も報じていますし、画像のまとめ記事もあります。
 「『偽娘』劉著、中国全土を騒がす女装のアイドル登場」21世紀中国ニュース2010年5月10日、「【中国で最も美しい女装コスプレ】櫻塚の画像ギャラリー【中國第一偽娘】」NAVERまとめ2010年8月18日。

鳳凰の少女の飛び降り自殺事件

 事件:2010年9月、16歳の少女邱〇〇と侯〇が湖南の鳳凰に旅行に行き、現地の数名の男性に誘われてカラオケに行き、その後ホテルの部屋に連れていかれ、邱〇〇はわいせつ行為をされて反抗し、廊下の窓から飛び降りて死んだ。事件に関わった5人のうち、1人は交通警官であり、1人は協警(警察の仕事を補助する役割の職員)であった。この事件がインターネットで暴露されると、多くの人の関心を集めた。10月、鳳凰県人民法院は、この事件について公開で判決を言い渡し、5名の被告に強姦罪を犯したことを理由に、それぞれ死刑執行猶予、無期、有期懲役、連帯して35万元の賠償をすることを言い渡した。

 コメント(陳亜亜):鳳凰少女飛び降り自殺事件が公衆の関心を集めた大きな原因は、加害者の中に身分が警官の者がいて、かつ、現地の公安機関の事件処理の過程に明らかな瑕疵があり、国内に存在する司法と法律執行の腐敗などの重大問題にもかかわる問題だったからだ。一度はこの事件はもみ消されるのではないかと疑う人もいたが、最終的には重い罰になったことは、人々にはいささか意外だった。しかし、公益弁護士の郭建梅が言うように「結果における正義と、手続きのうえでの正義とは、まったく別のことである」。ヤフーサイトのこの事件についての投票では、2%しかこの結果に満足せず、8%は不満、39%の人は非常に不満で、51%の人は事件に関係した者は全員銃殺すべきだとさえ考えている。このような激烈な気持ちのぶちまけの中で、「なぜ権力の腐敗の犠牲者は往々にして社会の底辺にいる最も弱い女性であり、その中でジェンダーの差異はいなかる役割を果たしたのか?」ということに思いを致す人は少しもいないかのようである。

 *この事件については、日本語でも、「警察官が『わいせつ行為』強要、少女がホテルから飛び降り死=中国」(サーチナ2010年9月24日)という記事が出ています。

立ってする女性トイレが姿を現した

 事件:2010年9月26日、6つの立位式[站立式]の新型の環境保護女性トイレが陝西師範大学のキャンパスに登場した。立位式の女性トイレはピンク色の風よけによって装飾され、使用するための説明の図が貼ってあり、壁には使い捨ての女性用の導流器が掛っていて、無料で使用できる。女性はこのA字型の導流器を使いさえすれば、男性と同じように立って小便できる。推進者は、立位式の女性トイレの設置は、節水の面から言っても、女性トイレの観念の変化の面から言っても、革命であると述べた。しかし、それと同時に、女性の立位式トイレに対する激しい議論と論争も引き起こした。

 コメント(彭濤):現実の中で、生活空間の関連施設の設計と設置の多くが男性の視点から出発しており、女性を主体として考え、女性の身体的特徴と結びつけてそのニーズを満たすことは比較的少なく、そのため、女性は生活空間の中で多くの苦境と不便に遭遇していることを発見することは難しくない。トイレを例にとると、現実に女性便器が不足しており、便座があまり清潔でなく、不便なしゃがんでする便器または座ってする便器の女性トイレでは満足できない中では、立位式女性トイレは一つの選択であることを失していない。立位式女性トイレに対する各種の質疑、比較的低い受け入れの程度、はなはだしきは排斥の根本的原因は、立位式女性トイレの出現が人々の固有のジェンダー観念を覆し、男性を主体とする社会的価値と生活の風俗習慣に挑戦したことである。女性は自由意志で、自由に、自主的に立位式の女性トイレを使用する権利があり、自分の身体を自由に使って立って小便をする権利がある。人類の文明はトイレから始まる! 立位式の女性トイレの出現とそれが引き起こした議論が、世間の人がどのようにジェンダーの視角から生活空間を観察し建造するかを考える助けになることを期待する。

 *立位式の女性トイレに関しては、「『立ってする』女子トイレ、オドロキの使用法に尻ごみ―陝西省西安市」(レコードチャイナ2010年9月28日)という記事があります。また、中国語ですが、「女性方便新观念」というサイトが多くの資料などを網羅しています。

セックスワーカーを辱めたことが論争を引き起した

 事件:(箇条書きの形式に書きなおしました:遠山)
 ・今年[2010年]7月、広東東莞の警察が、「平安を創り、アジア大会を迎える」売買春一掃行動の中での、売春の疑いがある女子に手錠をかけ、腰繩をして、はだしで引き回している写真がインターネット上で激しい議論を引き起こした。東莞の警察は、「これは引き回しではなく、現場の確認である」と答えた。
 ・続いて、武漢の警察が売買春に関係した人を実名で街頭に貼り出し、売春婦と買春客の姓名・年齢を発表した。
 ・7月25日、公安部は売春・買春をした者を市中引き回しすることを禁止する文書を出すとともに、東莞が売春の疑いがある女性の写真を公表したり、武漢が売春婦と買春客の姓名を発表したりした法律執行方式を批判した。
 ・しかし、9月29日、昆明の売春グループの中の正式に逮捕が許可されたメンバー20名が警察に護送されて現場確認しているところで、数名の売春容疑の女子が忍び泣いていた。このことは社会の強い関心を引いた。
 ・このほか、9月6日、杭州の祥符派出所が「(売春の温床となっている)ヘアサロン女」の家族に手紙を送ったことが、社会的な論争を引き起こした。ある人は、警察がこのようにするのは公権力の私権に対する侵害であると論評した。警察は、このやり方の目的は、非正規のレジャー店の売春活動を根源から断つことだと称した。記者が「なぜ買春客の家族には手紙を書かないのか」と質問すると、警察は、「買春客の行為は臨時のものであり、提供者を杜絶しさえすれば、自然に消費者はいなくなる」と述べた。
 ・11月28日、公安部・全国婦連などが「通知」を出し、売春女性の人身権・健康権・名誉権・プライバシー権などは保護すべであり、差別視したり、口汚く罵ったり、殴ったりしてはならず、市中引き回し・公然と暴露などの人格の尊厳を侮辱する方式で女性を辱めてはならないこと、情報の機密を守る工作を厳格に行わなければならないことを要求した(注)。
 ・12月11日、公安部治安管理局局長の劉紹武は公安部の工作会議で、「以前は淫売女[売淫女]と呼んでいたが、現在は過ちを犯した女性[失足婦女]と呼ぶことができる。特殊な人々も、尊重することが必要である」と述べた。
 ・今年はまた、数人の「売春女」が結成した緩やかな、まだ登録できていない草の根NGO「中国民間女権工作室」が、政府に対して「セックスワーク合法化」の要求を提出した。

 コメント(黄燦):以上の系列の事件はみな共通の特徴がある。それは売春容疑者の女子に対する極度の辱めであり、彼女たちの基本的人格と尊厳がはなはだしく侵害されたことである。表面的に見ると、現行法規と一部の地区の法律執行者の具体的なやり方とがひどく食い違って、法律の執行が度を過ごしたかのようだが、実際は私たちに次のような情報を伝えている。すなわち、弱者層の女性が自分の生活方式を選択しよう試みるとき、往々にして権威的体制と男性の覇権の言葉の抵抗と抑圧にあう。とくに「売買春」という社会現象に対するときに「淫売女」に対して表現される人格的差別と辱めは、伝統的道徳と男権主義がはからずも一致して彼女たちを謀殺することであり、女性の「セックスワーカー」は、発言権と人権を喪失する。たとえ「淫売女」を「過ちを犯した女性」に改称しても、彼女たちの職業選択を貶め汚名を着せていることに変わりはない。

 (注)「四部门发文要求教育挽救“卖淫女” 禁止游街示众公开曝光」(法制網2010年12月11日)に詳しい。通知の原文は、少なくとも今のところ、公安部や全国婦連はネットには掲載していませんが、泉州市公安局がほぼ原文と思われるものを掲載しています(「公安部、人力资源社会保障部、卫生部、全国妇联联合下发关于在查禁卖淫嫖娼等违法犯罪活动中加强对卖淫妇女教育挽救工作的通知」泉州市公安局2011年1月5日)

「婚姻法」の新しい司法解釈が意見を募集した

 →本ブログの記事「最高人民法院による婚姻法の司法解釈(三)の意見募集稿をめぐって」参照。
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婚姻内での強姦罪を否定する判決とその論理

 一昨年、広東省仏山市で、ある女性が夫に強姦されたことを告発しましたが、昨年、裁判所は無罪の判決を下しました。

事件の経過

 2010年12月に『広州日報』が報道したところでは、事件は以下のようなものでした。

 李某さん(男)と張某さん(女)は、2005年9月、結婚しました。しかし、2009年初めから、2人は離婚騒ぎを起こすようになり、3月からは、同じ家の中の別の部屋に住むようになりました。

 4月8日、2人は家の中でまたケンカをし、そのとき、李さんは張さんと無理やり性的な関係を持ちました。その際、カーテンが半分開いており、張さんが反抗する叫び声が隣に住む人にまで聞こえたので、隣の人は警察を呼び、警官は2人から調書を取りました。

 翌日、張さんは夫が牢に入れられることを恐れて、派出所に行って李さんの責任を追及しないように言ったものの、4月21日、張さんは警察に夫の刑事責任を追及するよう要求し、同日、裁判所に離婚訴訟も起こしました(1)

無罪判決――夫婦には「同居の義務があり、性生活は夫婦の共同生活の構成部分である」、夫を強姦罪で処罰するのは「わが国の倫理風俗と合致しない」

 広東省仏山市順徳区法院は、夫の強姦について、「無罪」の判決を下しました。その理由は、以下のとおりです。

 正常な婚姻関係の存続期間においては、夫婦のいずれの一方も、もう一方に対して同居の義務があるが、性生活は夫婦の共同生活の構成部分である。このような状態において妻と無理やり性的関係を持った夫を強姦罪によって刑に処するのは、事実および法律に反し、またわが国の倫理・風俗と合致しないので、夫を強姦罪の主体にすべきではない。

 この事例を見ると、被告人の李某と妻の張某とは『離婚で騒いでいた』とはいえ、双方は当時はまだ裁判所に訴訟を起こしたり、民政部門に行って関連する手続きをしたりはしていなかった。事件が発生した後になって、はじめて張某は被告人の李某と感情が破綻したことを理由にして離婚訴訟を起こした。それゆえ、法律の規定にもとづけば、被告人の李某が強姦罪をおかしたとは認定できない。

 (裁判官の補足の話)婚姻状況が正常でない情況、たとえば別居したり、離婚訴訟を提起している期間は、双方はすでに法律的に保護された夫婦関係にはなく、夫婦間の権利と義務は基本的に終わって、夫婦関係はすでに不確定な状態にある。この時には、夫が妻の意思に反して妻と無理やり性的関係を持つことは、他の女性を強姦する社会的危害と本質的区別はなく、強姦罪として処罰することが法理と情理に合致している(2)


 呂頻さんによると、最高人民法院はすでに判例選集の形式で、「婚姻関係が正常に存続していない期間」、すなわち離婚訴訟期間などの場合しか、夫は強姦罪の主体になりえないと説明しているそうです。それに対しては、つとに「婚姻関係が正常に存続している(いない)期間」という概念は法律的根拠のない曖昧な概念であるという指摘がなされているそうですが(3)

さまざまな婚姻内強姦罪否定論とそれに対する反論

 今回、この判決をめぐって、新聞紙上などでも、判決を支持して「一般に婚姻内では強姦罪は成立しない」とする主張やそれに対する反論が掲載されました。

○「性行為は配偶者間の権利であり、義務でもある。」「法律は夫婦間の性行為の時間・地点・方式・方法に干渉しない。」

 中国刑法学会理事で華南理工大学法学院副院長の徐松林教授は、以下のように述べました。

 わが国の刑法学の理論の通説によると、「婚姻内強姦」の行為は一般に「強姦罪」によって処罰するべきできはない。主な理由は、以下の3つである。

 第一に、婚姻関係が存続している期間は、性生活は夫婦生活の重要な内容である。性行為は配偶者間の権利であり、義務でもある。夫婦間の性行為は法律の保護を受け、法律は夫婦間の性行為の時間・地点・方式・方法に干渉しない。

 第二に、夫婦生活には、たしかに一方が相手が望んでいない状況の下で性行為を強要する状況があるけれども、これは夫婦間の性道徳の問題にすぎない。強制した側は道徳的な譴責を受けなければならないが、犯罪ではない。強制された側は、夫婦生活の不調和を理由にして離婚の訴えを起こすことができる。

 第三に、一方が配偶者の意思に反して性的関係を強要した場合、もし情状が劣悪ならば、「強姦罪」にはならないとはいえ、他の犯罪になりうる。もし一方が長期にわたって暴力を使って配偶者に性的関係を強制し、配偶者の心身に重大な傷害を作り出したのなら、具体的状況にもとづき、「虐待罪」あるいは「故意傷害罪」に当たるとして処罰できる。

 しかし、「婚姻内強姦」は一定の条件の合致するとき、「強姦罪」によって責任を追及できる。それには主に2つの状況がある。
 1.双方が結婚証を受け取ったけれども、共同生活をまだ開始していない(農村では俗に「過門(輿入れ)」と言う)。この時に、一方が結婚を後悔して離婚訴訟を起こしているのに、もう一方が暴力を使って性的関係を強制し、被害者の心身が重大な障害を受けた場合。
 2.双方の感情が破綻して、長い間別居しており、離婚訴訟がおこわれている間に、一方が暴力を使って相手に対して性的関係を強制し、被害者の心身が重大な障害を受けた場合。

 上述の2つの状況が強姦になるのは、主に夫婦生活は「形式」(結婚省を受け取る)だけではなく、「実質」(共同で生活する)が必要だからである。(……)

 この事件については、李某と張某は長い間別居していたのではない。同じ室内で別のベッドで寝ていたことは「別居」とは見なせない。感情もまだ破綻しておらず、暴力行為も離婚訴訟の期間ではなく、離婚訴訟の前に発生しており、そのうえ張某は事件発生後の翌日、派出所に行って李某のためにとりなしているという情状もある。刑法の謙抑の理念および「婚姻内強姦」の基本的法理により、この事件は「強姦罪」として処罰するべきではない(4)


反論①――性の自由と性の尊厳は人格権だから、本人だけが行使できる。一方が他方の人格を支配する権利はなく、どちらの人格も義務の客体にはなりえない。

 徐松林教授の主張に対しては、次のような反論が出ました。

 「私には、『性行為は配偶者間の権利であり、義務である』という主張の法律的根拠がどこにあるのか、まるでわからない。」「わが国の婚姻法をひもといても、筆者には、性行為は『配偶者間の権利であり、義務である』というような条文を見つけることはできなかった。」

 「民法の人格権の理論では、性の自由と性の尊厳は、人格権の重要な構成部分である。人格権が財産権と異なるのは、本人だけが自由に行使できて、いかなる他人の支配も受けないことである。この認識にもとづけば、たとえ男女が夫婦の関係になっても、彼らは依然として各自の人格を有しており、どちらにも、もう一方の人格を支配する権利はない。また、どちらの人格も、義務の客体にはなりえない。妻を夫の『性奴隷』とする概念、『夫は妻に強制してよく、妻は夫に性的サービスを提供する義務がある』という観念は、封建的な腐りきった観念であり、とっくに現代の民法理論が打ち捨てた、現代の文明社会に合致しない倫理観念である。」(5)

反論②――「個人のプライバシー」だと言うが、家族成員間にも傷害・虐待・遺棄などの罪が、被害者を保護するためにある

 徐松林教授は、「法律は夫婦間の性行為の時間・地点・方式・方法に干渉しない」と述べましたが、ほかにも、「婚姻・家庭の結合は、セックスの関係も含んだ結合であり、夫婦の間でどのようにセックスをするかや、セックスの回数は感情の上のことであり、非常に微妙で、公権力が捉まえうることではない」(6)と述べる人もいました。

 こうした、性行為をすべて夫婦間のプライバシー扱いして法律の介入ほ否定する議論に対しても、中国政法大学の呉丹紅准教授は、以下のように反論がしました。

 「性生活は個人のプライバシーの範疇であり、個人あるいは家庭の自治領域であり、公権がいったん私権の空間に介入することには危機感を覚えると考える人もいる。しかし私個人は、婚姻内強姦を言い渡すことと、公権力と私権の衝突とは無関係だと考える。刑法は社会に危害を与えるいかなる行為も懲罰する。家族のメンバーの間に起きた傷害・虐待・遺棄などの罪は、まさに被害者を保護するものではないのか? 夫が暴力的手段で妻に性行為を強制し、重大な結果を引き起こした場合は、それ自身が刑法の保護の範囲であり、なんら新しい罪を創設する必要はない。/当然、公権力の濫用を防ぐためには、婚姻内強姦の規定を『告訴があった場合だけ処理する』とし、起訴を決定する権力を被害者に持たせることもできる。」(7)

○妻が夫を陥れる危険があるから「家庭の調和や社会の安定にとって不利」

 楊濤さんは、「家庭の調和や社会の安定」という観点から、次のように述べました。

 法律は必ず家庭と社会秩序の安定を考慮しなければならない。(……)もし婚姻内強姦罪を一方の頭上に高く掲げて、もう一方が『性』を相手を報復・懲罰する手段にしたら、家庭の調和・安定と長期にわたる社会の安定にとって不利である。家庭の安定という角度から見ても、随意に『婚姻内強姦の罪』を規定すべきではない。(8)


反論――妻が夫を陥れる可能性は、妻が婚姻内強姦に遭ったのに法律の保護が得られない可能性よりはるかに小さい。

 呉丹紅准教授は、それに対して、以下のように反論しています。

 「この理由も早くから『夫は[強姦罪を]免除する』という刑法の立法者が心配した点で、すなわち夫が妻に陥れられないように保護するということである。このような仮設の状況においては、妻は夫に対する不満や恨みの報復によって強姦を訴える。けれど、強調しなければならないのは、強姦罪の認定は、被害者の陳述以外に、物証など他の証拠が必要であり、たった一つの証拠では強姦罪は認定されないということである。実際には強姦が起きていないのに告発をする者は、誣告罪になる危険があるだけでなく、証拠が足りないという問題もあるため、成功する可能性はあまりない。私の見るところ、夫が陥れられる可能性は、婚姻内強姦に遭ったのに法律の保護が得られない女性が傷つく可能性よりも、はるかに小さい。」(9)

 以上のような婚姻内におけるの成立強姦罪を否定する主張は、要するに、夫婦の一体性やプライバシー、「家族の安定」、公私の分離を強調するものでした。また、「権利と義務」を一般的に論じることによって男女間の力関係を覆い隠したり、妻が夫を陥れるという危機感を表明したりしたりするもので、その意味で男性(夫)中心主義的なものだとも言えましょう。

○「血は水よりも濃い」「和を以て貴しとなす」という「中華民族の伝統的観念」を尊重すべき

 判決にも、夫を強姦罪で処罰するのは「わが国の倫理風俗と合致しない」とありましたが、はっきり「中華民族の伝統」を言う人もいました。

「わが国は肉親の情の関係が非常に濃い国家であり、『血は水よりも濃い』『和を以て貴しとなす』は中華民族の伝統的観念である。わが国の現在の情況の下で、『婚姻内強姦』事件を処理する際は、必ず中華民族の伝統文化を尊重し、また事件の処理の社会的効果を重視しなければならない。(……)家庭は社会の細胞であり、肉親の情の関係が非常に濃い家庭の雰囲気の中では、婚姻関係が正常に存続している期間は、どの妻も家庭を破壊して自分の夫を監獄に入れようとは思わない。(……)夫が出獄したのちは、妻に対する恨みから、正常な婚姻家庭が引き続き揺らぎ破壊される。事件処理のこのような効果は、国家と社会も期待することろではない。このように考えると、筆者は、わが国で『婚姻内強姦』事件を処理する際は、『夫は免除』を原則とし、『夫も同じ罪』を例外にすべきだと主張する。」(10)


 けれど、もちろん「夫は[強姦罪を]免除」してきたのは、中国に限った話ではありません。呉丹紅さんが「国外の刑法でも、『夫は免除』という伝統はある」、「中国の前近代であれ、西洋の前近代であれ、伝統的社会は女性を男性の家族に付属した私有物と見なして、夫の性の特権が女性の性に対する意志を遮断した。これが『夫は免除』立法の社会的基礎である」(11)と述べているとおりです。

 また、もちろん日本と中国は違いますが、「血は水よりも濃い」や「和を以て貴しとなす」が強調される点は日本も同じなので、単なるナショナリズム的な主張であるように思います。

長年の議論にもかかわらず変わらない中国の立法と司法。「わが国の倫理・風俗」とは何か?

 呂頻さんは、次のように述べています。

 「あるべき人権の角度から言えば、人権の保障には公私の領域の区別はなく、家庭内暴力の懲罰の強さは、一般の人の間の暴力と同等であるべきだということは、1993年のウィーン会議が『女性の権利は人権である』と提起して以来、すでに国際的な共通認識である。『夫に対しては強姦罪を免除する』ことを廃止することは、国際的な法律改革の趨勢であり、アメリカ・イギリス・ドイツ・台湾……調べることができただけでも、これらの国家と地区はすでに近年、夫は強姦罪の主体にならないという規定と実践を廃止した。中国では、ここ十年余り、関連する法理についての弁論はかなり激しく、婚姻内の強姦を懲罰する観点のほうが明らかに優勢であるのに、立法者と司法者は、このような弁論に対して耳を塞いで聞こうとしない。立法の面では、新刑法はすでに8回改正されたのに、この点は何ら変わっていない。司法の面で興味深く話されるのは、相変わらず、1997年の夫が強姦罪で執行猶予に処せられたという例[注:離婚訴訟中]であり、大部分の婚姻内の強姦は法の網を逃れてのうのうとしており、まったく法律の手続きにさえ入っていない。」

 「秘密は、順徳区法院が強調している『わが国の倫理風俗』にもあるのかもしれない。なぜ婚姻内強姦を懲罰することが中国の倫理風俗を反するのか? 『娶った嫁と買った馬は、乗ろうが殴ろうが思うまま』、こうした伝統的倫理は、当然婚姻内強姦を承認しない。しかし、私たちは、それはとっくに時代遅れで、唾棄されるべきものだと考えたのである。――いや、実は、それはまだなくなっておらず、婚姻内強姦という問題においては、妻は無条件に夫に従わねばらなず、夫は妻を性の道具にしてよいという思想が、まだ中国の法律と司法の実践を支配しているのだ。」(12)

 呂頻さんも述べているように、婚姻内強姦の問題は、1990年代から中国でも繰り返し議論されてきました。1990年に『婦女生活』誌で婚姻内強姦が議論された際に李循さんが書いた論文は日本語にも翻訳されています(田畑佐和子訳「『婚姻内強姦』についての私の意見――女性の人権としての性――」秋山洋子・江上幸子・田畑佐和子・前山加奈子編訳『中国の女性学』頸草書房 1998年)。李循さんの論文も併せてお読みいただければわかりますが、その頃から、論争の内容もあまり変わっていないようです。

 ただ、今回のように、実際に婚姻内強姦を訴えたことがニュースになり議論を巻き起こしたのは、少なくとも近年においては私の記憶にはありません。今回、そのぶん、婚姻内強姦否定派の論理も新聞をにぎわしたわけですが、「性行為は配偶者間の権利であり、義務でもある」という言葉は、加害者にとっては「強姦する権利」、被害者にとっては「強姦される義務」ということに他ならないわけですから、本当に怖いと思いますが、婚姻内強姦に対する司法の姿勢は日本も中国とほとんど変わらない水準ですし(13)、もちろん他人事ではないと感じます。

(1)男子“婚内强奸”被判无罪 专家称性也是义务」人民網2010年12月7日(来源:広州日報)。
(2)同上。
(3)呂頻「“婚内无奸”?——法律仍在赦免暴力」網易女人2010年12月8日。
(4)专家谈“婚内强奸”认定:须具体问题具体分析」中国新聞網2010年12月6日(来源:人民法院報)。
(5)婚内强奸不是罪很荒唐!」網易新聞2010年12月8日(来源:新京報)。
(6)楊濤「“婚内强奸”罪与罚须平衡各方利益」華声在線2010年12月9日。
(7)吴丹红:婚内强奸定罪,这个可以有」南方報業網2010年12月21日。
(8)(6)に同じ。
(9)(7)に同じ。
(10)法制时评:“婚内强奸”的罪与非罪」網易新聞2010年12月10日(来源:広西新聞網)。
(11)(7)に同じ。
(12)(3)に同じ。
(13)もっとも、今、ネットで検索してみると、2007年に「[婚姻関係の]破綻の有無にかかわらず,夫婦間でも強姦罪が成立することを正面から認めた東京高裁の裁判例」があるとのことです(その裁判が扱った事件自体は、すでに婚姻関係が破綻していたそうですが)(hakuriku「妻に対する強姦罪の成立」2009-05-09)。
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