2010-12

最高人民法院による婚姻法の司法解釈(三)の意見募集稿をめぐって

 11月15日、最高人民法院は、「『中華人民共和国婚姻法』の若干の問題に関する解釈(三)」(意見募集稿)[最高人民法院「关于适用《中华人民共和国婚姻法》若干问题的解释(三)」(征求意见稿)中国法院網2010-11-15]を発表し、広く社会に対して意見を求めました。解釈の(一)と(二)は、それぞれ2001年12月と2003年12月に公布されていますが(「关于适用《中华人民共和国婚姻法》若干问题的解释(一)」「关于适用《中华人民共和国婚姻法》若干问题的解释(二)」)、今回の(三)は、夫婦の共有財産と個人財産の区別の問題を中心にして、女性の生育権などにも触れています。

 この意見募集稿は身近な問題を扱っているため、世論の関心が比較的高いようです。女性団体も、12月2日に北京衆沢女性法律相談サービスセンター(もと北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター)が研究討論会を開催し(1)、12月9日には全国婦連権益部と全国婦連女性研究所も共同で研究討論会を開催しました。それぞれの研究討論会では、意見募集稿に対して修正提案もおこないました(2)。広東省婦連と広東省法学会も、11月19日に研究討論会を開催しました(3)。『中国婦女報』も特集記事を組んでいます。

 以下では、さまざまな意見の中からいくつかをご紹介します。

1.女性の生育権、堕胎権をめぐって

 意見募集稿第10条「夫が、妻が勝手に妊娠を中止して生育[出産、産育というような意味]権を侵害したことを理由として損害賠償の請求をすることは、裁判所は支持しない」

 『南方都市報』で、沈彬さんという人が、上の条項を指して、この草案は「女性に無条件の、一方的な、制約されない堕胎権を与えており、事実上、男性の生育権を侵害している」と述べ、「夫婦が共同で創造した生命については、女性の側だけで勝手に決めてはならない」と主張しました(4)。同様の主張は、他にも若干あったようです。

 それに対して、呂泉さんは、「男女で出産について意見が一致しないとき、男性が女性の堕胎という選択を否定したら、沈彬さんの考え方でいくと、女性は堕胎して損害賠償させられるか、男性の意思に従って子どもを生むしかなくなり、女性は出産の道具になってしまう」と批判しました(5)。呂頻さんも、「出産は女性の身体を通してでなければできず、また女性の身体を通してのみ可能なのだから、女性が最後の決定をするしかない。」「もしそれが男性に対して不公正だと考えるなら、それは、男性には子宮がないという自然の仕組みのせいでしかない。当然、この仕組みのために、男性は永遠に妊娠・出産・堕胎の苦痛や危険、犠牲を体験しないことを忘れてはならない。女性が出産の負担の不公正に恨み言を言えないからには、男性もまた、公正という名の下に、堕胎の最後の決定権を譲り渡すことに恨み言をどうして言えようか」と述べました(6)。 

 また、柯倩婷さん(中山大学)は、「実際は、中国の法律は女性が堕胎権を享有することを明確には規定していない」ことを指摘しました。すなわち、柯さんは「女性の堕胎権は、『憲法』『人口と計画生育法』『母子保健法』などの関係する条文から導き出されるものであるが、前2者の法律は女性が計画生育を執行する義務を有しており、そのために堕胎の権利をもっていると規定している。これらの『義務が方向づけた』法律は、権利についての線引きを軽視している。『母子保健法』の規定は、妊娠を中絶する3つの状況を規定している:胎児に重大な遺伝的疾病がある、重大な欠陥がある、母親の生命・健康を損なう、である。これは、優生学の原則にもとづいた法律であり、胎児の生命権を最も重要な原則にはしていない」と述べました。

 柯さんは、さらに踏み込んで、「過去30年の計画出産の法律執行過程に存在した問題を反省して、『女性には堕胎しないことを選択する権利もある』ことを提起し、もっと多くの代替策を探究して、画一的な禁止令の代わりにすれば、社会の進歩をさらに推進する助けになるであろう」とも述べました(7)

2.夫婦の共同財産制をいっそう弱めた――結婚前に不動産の頭金を払っていたら個人財産になるのでは、現状では女性に不利

 意見募集稿第11条「夫婦の一方が結婚前に不動産の売買契約をし、個人の財産によって銀行ローンの頭金を払い、結婚後の不動産登記を頭金を払った側の名でおこなった場合は、離婚の際は、その不動産を不動産権利者の個人の財産とし、まだ返済していない部分の借金を不動産権利者の個人の債務として認定できる。
 婚姻関係が存続している期間に夫婦の共同の財産によって返済した部分は、離婚時の不動産価格の市場価値および共同で返済した借金の借金全体に占める比率などの要素を考慮して、不動産の権利者がもう一方に対して合理的な補償をおこなわなければならない。」


[歴史的経過]

 1950年に制定された婚姻法は「夫婦双方は家庭財産に対して平等の所有権を処理権を有する」(第10条)と、夫婦の共有財産制を定めていました。

 しかし、1980年婚姻法は、夫婦の共有財産を「夫婦が婚姻関係継続中に取得した財産」に限定しました。ただし、1993年の最高人民法院の「人民法院の離婚事件における財産分割処理問題に関する若干の具体的意見」は、「一方が婚姻前所有していた個人財産で、婚姻後双方によって共同で使用・経営・管理されたもの、および家屋その他の比較的価値の高い生産資料は8年経過後に、貴重な生活資料は婚姻期間4年経過後に夫妻共有財産となる」としました。

 しかし、2000年に婚姻法が改正された後の2001年末の最高人民法院の司法解釈は、こうした共有財産への転化を否定しました(第19条)。当時、加藤美穂子さんは、中国の婚姻法が「転化共有財産」を否定したことについて、「経済的強者の保護の方に傾いているともいえようか」と述べました(8)。また、郭礫さん(黒龍江省女性研究所)は、「市場経済への転換は女性が直接に社会経済の中から労働報酬を獲得する機会を、程度の差こそあれ、減少させる。夫婦財産制の規定に関する婚姻法の修正案は、疑いもなく『泣き面に蜂』である」と言って批判しました(9)

[今回の司法解釈について]

 今回の司法解釈では、不動産は、結婚前に頭金を払った側の個人財産になります。その点で夫婦の共同財産制をいっそう弱めたわけですが、不動産の頭金を出すのは、男性(夫)側のことが多いので、この司法解釈は男性側に有利です。

 「中国の結婚後の居住モデルの主流はなお『夫方居住』であり、とくに広大な農村ではそうである。都市の少数の婚姻では夫婦自らが家を買うけれども、大部分は依然として男性側または男性側の家族が結婚後の家を買うか、頭金を支払い、女性側は、家屋の付帯設備や家電・家具を買い、自動車さえ買う。家屋は消耗が少なく、価値が増す製品だが、家電や自動車は、消耗が大きい製品である。もし婚姻が何年か続いたら、女性の当初婚姻に対する物資の投入は、投入して青春とサービスと同じように消耗してしまう」(傅寧[中国メディア大学メディアと女性研究センター])(10)

 呂頻さんは、次のように述べます。

 「ジェンダー制度によって、往々にして女性は収入が少なく、無償労働に対する貢献が大きいので、夫婦共同財産制は、このような情況の下では、彼女たちの家庭の中での平等な地位を保護しうる。中国の現在の婚姻モデルと資源の性による分配状況の下では、夫婦の共同財産制を弱めることは、大多数の状況の下では女性にとって不利である。
 男性側が結婚後に住宅を提供するのは中国の伝統の一つであり、農村の父母には息子のために『家を建てて、嫁をもらう』伝統があり、計画経済の時代の都市の住宅の分配も男性に偏っていた。このような偏向のために、男性は住宅をつうじて婚姻の主導権を増大させ、女性は『夫方居住』によって、生活の自主性、とくに離婚の自主性を減少させた。
 都市の住宅の市場化は、このような伝統をけっして弱めず、むしろほとんど結婚の前提の一つにした。『結婚前に頭金を払い、結婚後の共同で返済する』という住宅獲得モデルは、男性側の圧力を緩和し、『共同の奮闘』は、夫婦の婚姻における協力精神を強化した。このような協力は通常、女性にとっては『経済的収入を獲得しなければならないだけでなく、家庭の中の無償労働を担わなければならない』という二重負担を意味していたのだけれども。しかるに、司法解釈の三は、ある程度、この『共同の奮闘』を女性にとって神話に変えるかもしれない。なぜなら、結婚後に共同で奮闘しても、住宅の分割権を得られないのだから。」(11)

 呂頻さんは、「司法解釈の三が、結婚後の共同の返済部分について、住宅価格の上昇という要素と返済の比率を考慮して『合理的な補償』を与えなければならないと規定している」点についても、「補償が合理的か否かは各人で感じ方が異なっており、そこにはすこぶる危険性がある。『合理的な補償』に対する期待は、もう一方がしっかりと不動産を持っていることには遠く及ばない」(12)と述べています。

 上の点を改善するための提案として、北京衆沢女性法律相談サービスセンターは、頭金の比率が「不動産の総価格の50%以上」の場合は個人財産にし、「50%以下」ならば夫婦の共同の財産にして、債務も共同で負うべきだとしています。なぜなら、「男性側の頭金の比率は10%か20%の場合さえあり、多くの場合、大部分の家を買う金は結婚後に夫婦が共同の財産で返済するのであって、この時、もし家屋を男性側の個人財産として認定するならば、女性側は離婚したら『着のみ着のままで家を出て』いかなければならないのであり、明らかに公平を失している」(13)からです。

3.婚外の愛人と別れる際の補償をめぐって

 意見募集稿第2条「配偶者がいる者が他の人と同居し、同居を解除するために財産上の補償を約束し、一方がその補償を支払うよう要求するか、または補償した後で気が変わって返還を主張しても、人民法院は支持しない。ただし、合法的婚姻の当事者が夫婦の共同の財産権を侵犯したことを理由に返還を主張するのは、人民法院は受理し、具体的状況にもとづいて処理しなければならない。」

 この条文については、二つの方向から批判が寄せられています。

 まず、北京衆沢女性法律相談サービスセンターは、「この条文は(……)実質上、非法同居の関係の下での約束を条件付で認可しており、合法の配偶者の合法的利益を明らかに侵害している。なぜなら、このような第三者に与える財産上の補償は、個人財産ではなく、夫婦の共有財産であり、もし他人に贈与しようとするなら、必ず夫婦双方の同意がなければならない。本条文は、夫と妻と『第三者』との矛盾を調和させることは全くできない。もし権利が侵害されたと思ったら、権利侵害の訴えをして解決するべきである」と述べています(14)

 方剛さん(北京林業大学人文学院准教授)と陳亜亜さん(上海社会科学院文学研究所研究員)は、まったく逆の意見です。「婚姻法が事実婚を否定していることは、女性の権利に対する剥奪として、既にずっと以前から非難されている。『愛人』の補償を支持しないのは、婚姻内の『過ち』を『愛人』個人の身に転嫁することである。たとえ婚外の恋愛が過ちであっても、この『過ち』は『愛人』個人だけに負わせるべきではない。これらの条文[ここでは、上の第11条も含めて言っているようです]の修正は、すべて現在の一夫一婦の婚姻制度を維持するためものである。逆に言えば、このような条項を制定しなければならないのは、現在、一夫一婦の婚姻制度が現実のレベルでは危機に陥り、挑戦されているからだ。これらの条項は、『私有財産の保護』と『婚姻の中の女性の保護』という名目によって、婚姻における父権の統治を維持するものである。」(15)

 また、全国婦連権益部と全国婦連女性研究所の研究討論会では、「出席した専門家は、第2条は、司法解釈には適していない、価値の方向づけの問題である(と考えた。……)また、現実の生活では、配偶者がいる者と他の人との同居の情況は複雑多様である。同居相手にも、たしかに過ちがある者もあれば、配偶者がおらず、相手に配偶者がいることを知らなかった者もいる。また、配偶者が補償に使う財産は個人財産かもしれず、夫婦の共有財産かもしれない。裁判所は具体的な状況にもとづいて区別して処理するべきであり、簡単に画一的に処理すべきではないと考えた」ということです(16)

 今回の司法解釈の全体的な性格などについては、まだ私にはわかりませんが、どんな点が議論になっているのかを少し紹介してみました。

(1)在北京举办的“婚姻法司法解释(三)征求意见稿”研讨会上,与会者呼吁——应该听听农村妇女的声音」『中国婦女報』2010年12月3日、「北京众泽妇女法律咨询服务中心《关于适用<中华人民共和国婚姻法>若干问题的解释(三)》(征求意见稿)意见」婦女観察網2010年12月8日。
(2)全国妇联“婚姻法司法解释(三)”专家研讨会召开」中国婦女研究網2010年12月20日。
(3)应关注婚前房产归属中的女性权益」『中国婦女報』2010年11月23日。
(4)沈彬「[时事评论]沈彬专栏:堕胎只是女性的生育权吗?」『南方都市報』2010年11月17日。
(5)呂泉「[批评/回应]女性堕胎权让男性生育权走开」『南方都市報』2010年11月18日。
(6)呂頻「[批评/回应]何必为妇女堕胎权惊呼」『南方都市報』2010年11月19日。
(7)「有人侵害男性生育权吗」『女声』59期(2010.11.15-11.21)[word]。計画出産についてのデリケートな問題に踏み込んだせいか、柯さんの文は、新聞には掲載されませんでした。
(8)加藤美穂子『詳解 中国婚姻・離婚法』(日本加除出版 2002年)155頁。
(9)郭礫「新婚姻法与离婚妇女的财产权——“胡海英离婚案”个案研究」香港中文大学中国研究服务中心午餐演讲会(2003.10.29)。
(10)傅寧「法律的性别为男?」『中国婦女報』2010年12月8日。
(11)呂頻「削弱共同财产制,法律给妇女出难题」『中国婦女報』2010年11月30日、「削弱共同财产制,法律给妇女出难题」『女声』60期(2010.11.22-2010.11.28)(word)。
(12)同上。
(13)北京众泽妇女法律咨询服务中心《关于适用<中华人民共和国婚姻法>若干问题的解释(三)》(征求意见稿)意见」婦女観察網2010年12月8日。
(14)同上。
(15)第三届(2010年)年度十大性与性别事件评点公告」方剛ブログ2010年12月18日。
(16)全国妇联“婚姻法司法解释(三)”专家研讨会召开」中国婦女研究網2010年12月20日。
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台湾・屏東市で学校におけるセクマイ差別是正を訴えるデモ――心中したレズビアンカップルを追悼しつつ

 11月29日、台湾の南端の屏東[へいとう、ピンドン]県(政府所在地:屏東市)の高級職業中学(日本の実業系高校に当たる)の生徒であるレズビアンカップルが、民宿で木炭自殺(心中)をしました。双方の家族に向けて、遺書が2通残されており、そこには、「私たち2人は心から愛し合っています。けれど、家族に認めてもらえないからには、自分の一生の最初で最後の伴侶とともに人生の道を歩み終えるしかありません」と書かれていました(1)

 12月14日、この心中事件の追悼とセクシュアル・マイノリティへの差別是正を訴える目的で、約100人のセクマイの人々が、屏東駅から屏東県政府まで、1時間あまりのデモ(パレード)をしました。新同志公民権運動連盟(台湾性別平等教育協会、台湾性別人権協会、台湾同志諮詢熱線協会、台湾同志遊行聯盟、All My Gay、晶晶書庫、中央大学性/別研究室)が呼びかけたもので、屏東では初めてのセクマイによるデモです。

 台湾では、1994年にも、北一女(台北市立第一女子高級中学)の生徒のレズビアンカップルが心中しています。台湾同志相談ホットライン協会(台灣同志諮詢熱線協會)の秘書長の鄭智偉さんは、「16年の時を経て似たような事件がまた起きたことには、セクマイ運動をしている者として、かなり無力感を感じる。現在は、プライドパレードやセクマイ団体、ジェンダー平等教育法があって、理論的には社会は10数年前より開放的になってるはずなのに、現実には、差別の圧力によって、まだセクマイの自殺事件が何度も起きている」と述べています。

 屏東県でも、10年前、高樹国民中学のある男子生徒が、女性的な面を持っていたために長い間いじめられて、学校のトイレで自殺したという事件(2)が起きています。5年前には、屏東女中で、列車の中でキスをしたレズビアンの生徒が校則によって処罰されました。現在でも、少なくない教師や精神科の医師が、同性愛者の愛を「過渡期」のものと見なしたり、差別的な言動をして同性愛者の存在を認めてないということです。

 鄭智偉さんは、「たとえジェンダーに関する社会的資源が存在していても、青少年が助けを求めるルートや関連する情報を知らないということには、本当に心が痛む」と述べています。今回のデモは、社会の無知に抗議することと、屏東にセクマイの存在をアピールする目的でおこなわれました(3)

 デモの当日は、心中した女子生徒に対する哀悼の意を表するために黙って行進し、スローガンを叫んだりはしませんでした。けれど、数々の虹色のプラカードには、「セクマイ教育を学校で実行せよ」、「同志[セクマイ、LGBTを指す言葉]の自殺は誰の誤りなのか、政府の教育は沈黙するな」、「屏東の同志よ、生き続けよう」などの文言を書いて、周囲に対してアピールをしました。

 デモの終点の屏東県政府の前では、屏東のセクマイを代表して、24歳の教育実習生が訴えをおこないました。彼は、「私は小さいときから差別に満ちた教育環境で育ってきました。10年後、私は実習のために学校に帰ってきましたが、なんと、何も変わっていませんでいた。私がさらに驚いたのは、先生たちがみな差別を黙認し、無視していたことです」と実情を述べました。屏東県政府からは、教育処の郭文瑞副処長が出てきて、「まだ改善の余地は大きい。引き続き努力する」といった答えをしたようです(4)

 このデモの様子は、台湾の公共放送である「台湾公共テレビ」(公共電視文化事業基金会:wikipediaの説明)で、放映されました。



 ビデオを見ると、デモ隊の先頭の女性は、台湾の女子中学にある「楽儀旗隊」(5)の扮装をして、アピールしているようです。

 欧米でも同性愛者の自殺率が高いことは同じなので(6)、社会の現実というものは簡単に変わらないのだろうと思います。ただ、台湾のセクマイの運動については、エリート中心・インテリ中心で、大衆的基盤が弱い、大衆レベルでは結婚圧力も日本より強いという指摘もあり(7)、運動自体にも弱点はあるのかもしれません。

 けれど、テレビがこうした小規模なデモでも取り上げるという点では、やはり台湾は日本よりは進んでいるのではないかと思います。もっとも、台湾ではレズビアンカップルの心中事件などをセンセーショナルに報道するという指摘もあるので(8)、そうした報道との関連で、このデモも報じられたという面もあるのかもしれませんが……。

 しかし、いずれにしろ、日本では、二千人以上が参加する東京プライドパレードや千人以上が参加する関西レインボーパレードやさえ、テレビや新聞が取り上げたという記憶は私にはありません(今、ネットで検索しても、「マスコミが取り上げない」という批判が出てきます)。今回の石原東京都知事の「テレビなんかでも同性愛者の連中が出てきて平気でやるでしょ。日本は野放図になり過ぎている」、「[同性愛者は]どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」という明白な差別発言さえ、『毎日新聞』が事実を伝えた程度で、全体としてマスコミではほとんど問題にされていません(昨日、『東京新聞』が問題として取り上げたようですが)。私は、東京都と『朝日新聞』には、ごく簡単なものですが、この点に関して意見を書いて送りました。

(1)我只愛妳 五專女生燒炭雙亡」『中國時報』2010年12月1日。
(2)台湾でジェンダー平等教育法の草案が作成されている際に、この事件が起きて、法律を「両性」から「性別」に変更するきっかけになったという(台湾女性史入門編纂委員会編『台湾女性史入門』(人文書院 2008年)Ⅱ-7「ジェンダー・イクォリティ教育法」[邱淑芬著、横山政子訳])。
(3)以上の記述は、「屏東大遊行 要同志活下去」『台湾立報』2010年12月13日。
(4)屏東同志活下去 街頭發聲」『自由時報』2010年12月15日、「持彩虹旗遊行 『屏東同志活下去』」聯合新聞網2010年12月15日、「籲校園去歧視 屏東首度同志遊行」2girl女子拉拉學園2010年12月15日(来自公視新聞)。
(5)台湾女性史入門編纂委員会編『台湾女性史入門』のコラム「女子高生の星――楽儀旗隊」(陳瑩芝著、西川真子訳)に詳しい。
(6)欧米でも、同性愛者の自殺念慮率、自殺企図率の高さが各種調査研究で頻繁に取り上げられ問題視されているそうです。過去20年間のそうした調査研究をレビューしたところ、アメリカの高校生全体の自殺企図率が7~13%程度と推定されるのに対して、思春期のLGBの自殺企図率は20~40%程度の数値が報告されているということです(「同性愛者の自殺について考える」NHKオンライン「自殺について知ろう」―「同性愛者の自殺について考える」)。日本では、そうした調査研究もまだあまりなされていないそうですが、それでも、異性愛者でない人の自殺未遂率は、異性愛者に比べて6倍だというデータがあるとのことです(「都市部の若者における自殺未遂と性的指向の関係」NHKオンライン 虹色-LGBT特設サイト)。
(7)鈴木賢氏は、台湾のセクマイの状況について、「親との問題は日本より厳しくて、家族のつながりが強いし、結婚に対するプレッシャーも強い」、(同性婚法案を女性国会議員が提出したという話に続けて)「台湾の国会議員はインテリが多くて、外国に留学して帰ってきた人も多く、日本の比例区みたいな感じですね。アメリカから帰ってきた若い女性とかが国会議員になっていて、ドブ板選挙とは違う。だから動きは派手ですけど、社会に根はあまり持っていない。」「パレードも台北市の助成をもらっていて、最初に出したのは、今総統の陳水扁(当時、台北市長)ですね。パレードを始める前にイベントをしていて、そこに助成がおりました。これも下から盛り上がるというよりは、開明的な指導者が上からワンマンで行うという形です。だから、一見進んでいるようだけども、実は基盤が弱い。結婚圧力もずっと強いし。」「また、インテリ文化とでもよんだらいいような傾向がありますね。作家とか有名人のゲイはいて、許祐生という作家が、外国人の同性パートナーと結婚式を挙げたりといったパフォーマンスがありました。かといって、その辺の名もない人がやれるかといっても、やれない。日本のやり方とはちょっと違いますね」(「地域のアドボカシーから東アジアの比較法学へ 鈴木賢氏(北海道大学大学院法学研究科教授)インタビュー」[聞き手/大畑桑次郎]『Poco a poco』20号[2007年10月])と語っています。
 また、星純子氏は、1995年の第1回アジアレズビアン映画祭をめぐって、「大衆的支持なしに政策や助成が実現するのは、性別人権協会の超高学歴エリート女性達による政策提言や陳情を中心とした運動戦略が功を奏していると思います。」「この運動戦略から考えれば、これだけ大きなイベントを開くことができても、それはレズビアンが一般社会に広く受け入れられていることを必ずしも意味しないこともまた容易に想像がつきます」(日本台湾学会 南部便り」6「第一届亜州拉子影展」 (2005/8/17) と述べています。
(8)星純子氏は、「メディアも理解の有無は別として、レズビアンカップルの心中事件などLGBTIの話題を日本のメディアよりセンセーショナルに報道しますから、それに対する印象はまた別として、LGBTIの存在は世間に知られることになります」(同上)と述べています。
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『近きに在りて』の「歴史的視点で見る現代中国のジェンダー・女性問題」特集

2010年11月に刊行された『近きに在りて――近現代中国をめぐる討論のひろば』58号の特集は、「歴史的視点で見る現代中国のジェンダー・女性問題」で、以下のものを収録しています。

「巻頭言」(小浜正子)

[論文]
「見知らぬ民を『知る』ことと『仲間』と考えること――『良友』画報に見る西北少数民族の表象」(松本ますみ)
「越劇の物語――革命史あるいはエスノグラフィ」(姜進[森平崇文訳])
「戦時性被害という『恥辱』の語り――丁玲『新しい信念』の誤訳と削除から」(江上幸子)
「母子保健システムの連続と転換――建国前後の北京市を中心に」(姚毅)
「中国における計画生育のはじまり――1950~60年代の上海を中心に」(小浜正子)
「1980年代中国フェミニズムの転換――『児童工作』の展開に見る二重役割の構造化」(大橋史恵)
「定年退職年齢の男女差と年金をめぐる言説」(澤田ゆかり)

[研究動向]
「韓国の中国女性史研究」(千聖林)
「明清中国女性史研究の動向――2005年から2009年を中心に」(五味知子)
「女工――若い女性労働者についての新しい見方」(リンダ・グローブ[田中アユ訳])
「中国におけるセクシュアル・マイノリティをめぐる政策と運動」(遠山日出也)
「台湾の女性研究および女性史研究の可視化をめざして――『台湾女性史入門』から『台湾女性研究の挑戦』まで」(野村鮎子)

[討論の広場]
「現代中国におけるジェンダー問題の発信を目指して――The fourteenth Asian Studies Conference Japan参加記」(上村陽子)
「国際セミナー『都市研究と中国の経験』・国際シンポジウム『上海――国際化する大都市イメージと日常生活の変革』参加記」(岩間一弘)
「『文本解読与経典詮釈――基督教文学学術研討会』参加記」(土肥歩)
「人間文化研究機構・現代中国地域研究プログラムの紹介――歴史研究を中心に」(大澤肇・小野寺史郎)
「中国女性史研究会の近年の活動」(前山加奈子)
「小説から読み解く明清のジェンダー秩序――仙石知子氏の東方学会賞受賞作紹介」

「編集後記に代えて――野澤豊先生の逝去を悼む」

私が書いた「中国におけるセクシュアル・マイノリティをめぐる政策と運動」は、近年の動向紹介で、400字詰で30枚程度のものですが、以下の構成です。
1.セクシュアル・マイノリティの歩み
2.政策・法律のさまざまな問題点とそれらに対する運動
3.各セクシュアル・マイノリティの問題
4.中国のフェミニズムとセクシュアル・マイノリティ
すでに本ブログに書いた内容もかなり多いですが、今回は簡潔にまとめてみました。

『近きに在りて』は、発行者・野澤豊、印刷兼発行所・汲古書院、定価1300円(本体1238円)です。
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