2010-06

WAN総会に出席して

 6月20日、私は、ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の総会に出席しました。40人以上の方が集まっておられたようです。

 今回の総会の「2009年度事業報告」では、NPO法人会員数やユーザー登録数の大きな伸びが報告され、「2010年度事業計画」では、今年8月に大幅なサイトリニューアルをすることやその際には記念イベントをおこなうこと、特集記事を増やす計画などが報告されました。その他、決算報告や予算案、新役員が説明されて、各議案は、いずれも賛成多数で採択されました。

 以下では、最近私がWAN争議にかかわってきた関係上、WAN争議について私がおこなった発言とそれに対する理事の応答を中心に書きます。私は2回発言しましたが、以下は、私のメモや記憶にもとづく記録ですので、正確でない点があると思います。しかし、だいたいの内容は反映していると思いますので、どうぞご了承ください。

和解内容のうち、自らの謝罪についてだけは口を閉ざすWAN理事会

 上記の「2009年度事業報告」の中で、5月の労働委員会のあっせんによるWAN争議の和解についても簡単に報告がありました。理事会は、今回、解決金についても具体的な金額を報告しました。その際、理事は「労働委員会から和解内容を言わないように求められているが、解決金の金額は、会計報告と関係があるから、労働委員会に特別の許可を得て報告する(だから、ブログなどには書かないようにしてほしい)」むね述べました。

 質疑応答の際、私は「今回の労働委員会のあっせんの結果、理事会はユニオンWANに対して、3項目の謝罪[①平成21年12月に組合員遠藤礼子の仕事を外したこと、その後、事務所の閉鎖及び突然の2人の退職勧奨に至ったこと、②それらのことについて組合及び組合員と事前に相談、協議がなく実施したこと、③これまでの労使のやり取りの中で組合に対して不適切な言動があったこと]をなさっている。なぜそれを言われなかったのか分からないが、その謝罪内容をふまえた行動を幾つかなさっていただく必要があると思う」と述べました。

 ところが、理事側は、私が途中まで述べたところで、「あなたがどこからその話を聞かれたのかわからないが、あっせんの内容については、労働委員会から口外しないように言われている。解決金の金額は、会計報告と関係があるから述べたまでだ」とおっしゃったので、私は、「今回の謝罪の内容も、理事会の行動と関係がある」と指摘したうえで、「ユニオンWANは、合意した内容については公表して構わないことをあっせん委員に何度も確認している」「ユニオンWANの遠藤さんやカサイさんが嘘をついていると言うのか?」と問うと、理事会はそうはおっしゃらず、「あっせんは労使が別室でおこなわれるから相手のことはわからない」云々と述べました。

 ということは、WAN-NEWS 16号で、理事会が「労働委員会から、使双方に対し、あっせんでの合意内容や経緯について、第三者に情報を漏洩しないよう、厳に求められおります」と書いてあるうちの、少なくとも下線部分については、理事会は、事実を確認せずに述べているということになります。

 このかん、理事会は、和解内容のうち、ユニオンWANの労働者の「円満退職」という点については早々に発表しており、今回、解決金の金額まで内輪では発表したにもかかわらず、自らの謝罪についてだけは口を閉ざしているわけです。

「以前から謝罪している」と強弁し、謝罪内容と矛盾した2月の事情説明文書の訂正や撤回も拒否

 さて、私は、具体的に理事会がやるべきこととして、「2月に理事会が出した『この間の事情の説明』という文書は、今回の謝罪の内容と矛盾している個所があるので、撤回ないし訂正すること」を求めました。その理由として、「『この間の事情の説明』という文書では、『遠藤さんが、業者によるリニューアルについて事前に相談がなかったことが問題であると主張して』いることや『事務所の閉鎖についても、そういう考えが浮上した時点で相談すべきであると組合は主張して』いることについて、理事会は、[相談をしなかった]自らの態度を正当化しているが、理事会は、今回、相談や協議しなかったことを謝罪なさったのだから[=上記の②参照]、この文書は、撤回ないし訂正する必要がある」と述べました。

 ところが、理事会は「謝罪はこれまでもしてきている」と言うのです。しかし、ユニオンWANが指摘しているように、そもそも理事会がこれまでにおこなった「謝罪」は、WAN理事会には「雇用と経営にたいする予測・見通しの甘さがあった」(から退職をお願いする)という点について以上のものではなく、今回の①~③に書いてあるような具体的な内容は含まれていません。

 私は、「たとえ謝罪内容を秘密にするとしても、今回の謝罪と『この間の事情の説明』という文書の内容が客観的に矛盾している以上、訂正・撤回の必要がある」と述べたのですが、理事側は、「矛盾していない」とか、「どこが矛盾しているかわからない」とかおっしゃるので、率直に言って私はいささか呆れました。文末に特に矛盾がはっきりしている箇所を掲載しますので、本当に訂正や撤回の必要がないのかどうか、ご覧になってほしいと思います(1)

 私は、理事会が「この間の事情の説明」という文書を訂正ないし撤回しないのは、和解条項違反ではないかと考えます (事前に協議・相談をしなかったのを正当だと主張するか、謝罪するかは完全に相反しているので)。少なくとも和解条項の趣旨に違反していると思います。

 以上述べたような理由で、私は「2009年度事業報告」については、それを承認する挙手はいたしませんでした。

今回の謝罪内容は、今後、WAN理事会の言う「労働関係のオルタナティブ」をめざす際にも生かしていくべきもの

 他の会員の方々からも発言はありましたが、その内容は、「私の和解の時も、裁判長から口外しないように言われた」とか、「和解というのは水に流すということ(?)」とかいったものでした。

 私は、その方々は、和解というものの意義を十分理解しておられないのではないかと思いました。たしかに双方が合意によって和解内容を非公表にする場合はありますが、フェミニズムで言えば、たとえば2003年の住友電工男女差別裁判の勝利和解(解決金、原告2人の昇格など)はどうだったしょうか? 和解内容はマスコミにも公表されて大きく取り上げられ、女性労働者の方々を励ましました。会社側も、和解と同時に、(和解内容には含まれていない)原告以外の4人の女性もあわせて昇進させています。もちろん原告の方々は、この和解を間接差別の廃止などのために、大いに活用しておられます。今回のあっせんによる和解も、今後の非営利団体(WANを含む)の雇用・労働(ボランティアを含む)問題に生かしていくべきものだと思います。

 私は、2回目の発言(「2010年度事業計画」についての発言)の際は、「これ以上言っても繰り返しになるから、簡単に要望だけさせていただく。今回理事会が謝罪した行為の内容は、組織における民主主義や人権と関わるものであって、今回理事会が提起している『労働関係のオルタナティブ』をめざす際にも重要である。他の非営利団体でも、さまざまな雇用・労働問題が起きている。その点は、昼の女性学会のワークショップでも話し合われた。今回の経験については、可能な範囲で公開していただきたい」と述べました(2)

双方向性については、何らかの形で実現する方向のようです

 続けて私は、次のテーマに移り、「先日送られてきた文書(3)の中にある、WANサイトでは『意見の対立を明らかにし、「論戦」を招くようなことはしない』という方針は、一面的だ」ということを述べました。その理由として、「ウェブ上の論争の中にも真摯なものや、バッシングに的確に反論しているものもあるので、論争を一概に否定すべきではない。また、コミュニケーションには、批判や攻撃だけではなく、共感・共鳴、議論の発展、異なる視点からの意見など、さまざまなものがあるし、批判にも、建設的批判がある」ということを挙げ、「しかし、今のWANサイトには、コメント欄もなく、トラックバックもできず、掲示板もないので、記事に対する外部の反応が全くわからない。最低、記事に対する感想を書き込める承認制の掲示板でも設置してはどうか。それから、投稿規程を早めに作成して、投稿を広く募る方がいいと思う」と要望しました。

 こちらの件に関しては、理事会も「双方向性については、実現させるようにする。現在いくつかの方法を検討している」といった答えをなさり、他の理事も「今の発言の後半には賛成。私も掲示板や投稿規程については言ってきた」と述べましたので、何らかの形で双方向性は実現するようです。

 この点は、私は歓迎したいと思います。ただ、投稿の承認において、ユニオンWANの活動報告「WANはウェブマスター業務の外注化を撤回せよ!」を削除したような、ダブルスタンダード(WAN以外の団体に対する批判は承認されやすいが、WANに対する批判は承認されないか、著しく難しい)が疑われるようなことはやめていただきたいと思います。

私のスタンス

 以上、私の発言を中心に報告しましたが、時間の関係もあって意を尽くせなかった部分も多く、後で「あの時、ああ言っていればよかった」と後悔したりしています。

 それはともかく、WAN発足以来、WANサイトは私が最もよく見るサイトのうちの一つになっておりますし、ほとんどの新着記事をクリックしてきたと思います。私は、理事会の皆さんが、WANサイトを通じて、インターネットにおけるフェミニズムのパワーの拡大に尽力しておられることは素晴らしいと思います。私もそうしたWANに賛同し、昨年度末に入会して、会費はもちろん、寄付金もいくらか払いました。私は本当に微力ですが、今後、拙い投稿などもして、協力させていただきたいと思います。

 ただ、私は、理事会の皆さんに対しても、意見が異なること、おかしいと思うことについては、それを率直に述べることも非常に大切なことだと考えています。私は、その点については、今後もきちんと努力したいし、今回の素晴らしい和解(私は、なぜ理事会の方々が自らの謝罪をもっと誇りに思って、深めないのかがむしろ不思議なのですが)については、その内容を宣伝し、その持つ意義を深めていきたいと思います。

(1)下の、[A]WAN理事会の「この間の事情の説明」(2月13日)と[B]あっせんにおける理事会とユニオンWANとの合意(5月11日)とを比べると、「業者によるリニューアルによる遠藤さんの仕事外し」と「事務所の閉鎖」について「事前の相談、協議」がなかったことについて、[A]の文書には謝罪は皆無であり、むしろ延々と組合のAさん[遠藤さん]やBさん[カサイさん]を非難することによって自己を正当化しているのに対し、[B]の文書は、組合に対して謝罪をしています。すなわち、[A][B]の2つの文書の間には、明らかな矛盾、態度の逆転があることがわかります。

[A]WAN理事会「この間の事情の説明」(2月14日)より
 「Aさんは、業者によるリニューアル(これは、同文書中にも「リニューアルに伴いAさんに時給××××円で担当していただく制作の仕事が不要になる」などと書かれているように、遠藤さんの仕事外しと不可分です)について事前に相談がなかったことを問題であると主張しておられます。実際には、Aさんに10月にはすでに新業者を入れたいと思っていることを伝えてはいましたが、サイトリニューアルに関してAさんの意見を聞くことはできませんでした。それは、上記のような勤務時間の制限からAさんと相談する時間が取れなかったことと、Aさんと理事たちのコミュニケーションに問題があったためです。上述のように、サイト発足まもなくからすでにコミュニケーションが悪化していましたが、その後も、Aさんは、どういう作業をやっているか、今後の制作の見通しはどうなっているのかを『素人』の理事たちに説明するのは時間の無駄であると拒否され、業務上に必要なコミュニケーションも成立しにくい状態になっていました。もちろん、使用者であるWANにコミュニケーション改善の責任の一端があったことは承知していますが、WANとしては、良好な労働環境を作るためにAさんの要望をできる限り受け入れていたにもかかわらず、Aさんが対立的な態度を取り続けられたことは、まことに残念かつ遺憾に思います。
 なお、事務所の閉鎖についても、そういう考えが浮上した時点で相談すべきであると組合は主張されていますしかし、12月末にAさんにかかわる争議が始まって以来、Aさん・Bさんで作られている組合は、協議の最中であるにもかかわらず、協議内容にかかわる情報を一方的にウェブ上で公開し(通常は、円滑な協議の進行のために、双方が合意した事項以外は、途中で公開するのは避けるのが原則です)、しかもその中でWANの信用を失墜さ せるような発言を繰り返しておられたこと、また、サイト作業に関して理事会の要請を無視する行動を取られたことなどから、Aさん・Bさんと信頼関係を維持することができず、重要な事項について相談をする機会を持つことができませんでした。」

[B]労働委員会のあっせんによるWAN理事会とユニオンWANとの合意(5月11日)より
 WAN理事会は、以下の3点について労組に謝罪する。
 ①平成21年12月に組合員遠藤礼子の仕事を外したこと、その後、事務所の閉鎖及び突然の2人の退職勧奨に至ったこと
 ②それらのことについて組合及び組合員と事前に相談、協議がなく実施したこと
 ③これまでの労使のやり取りの中で組合に対して不適切な言動があったこと

 [A]の2月14日の段階での理事会の態度がこのようだったからこそ、私は、4月28日と5月8日と2回にわたって、このブログで、業者によるリニューアルや事務所の閉鎖について、理事会が事前に相談や協議をしなかったことを正当している点を批判したのです(「WAN理事会の文書は、サイトリニューアルについて事前に遠藤さんと相談しなかったことを正当化しうるか?」[2010-04-28]、「WAN理事会の行為は、労働者との『信頼関係の消失』を理由にすれば、正当化されるのか?」[2010-05-08])。

 なお、③についても、あっせん以前は、理事会はまったく謝罪などとしていません。私は、今回の謝罪に照らしてみると、WAN理事会の「この間の事情の説明」という文書自体の中にも「不適切な言動」が多数含まれているように思います。

(2)この点については、私はすでに、このブログのエントリー「道理がないWAN理事会の主張、理事会は今回の謝罪を生かした行動を」で以下のように述べています。
 「WANは当面は賃労働者を雇用しない方針だとうかがっていますので、ひょっとしたら、理事会は、今回の謝罪は、今後はもう関係のない問題だと考えておられるのかもしれません。たしかに、もし今回の紛争が賃金水準などをめぐって起きたものならば、ある程度はそうかもしれません。
 しかし、今回理事会が謝罪なさった行為の内容は、組織における民主主義や人権と関わる内容であり、たとえ賃労働者に対してでなく、ボランティアや一般会員に対してであっても、おこなってはならないことであると思います。そう考えると、今回の謝罪の内容は、たとえば、以下のような教訓にも読み替えることができるのではないでしょうか?
 ・WANのあり方ついての民主的な「相談・協議」なしに、ボランティアの仕事を奪ったり、押しつけたり、働く条件を変えたりしてはいけない。
 ・理事会に対する批判をするボランティアや会員に対しても、「不適切な言動」はしてはならない。
 私は、べつに今の理事会が、いま上のような行為をおこなっていると言うつもりはありません。しかし、将来こうしたことが起きない保証はありませんから、上のような点は今後の教訓にすることができると思います。」

(3)これはWANの法人会員宛てに送られてきた文書のことを指していますが、同様の記述はWAN-NEWS16号に添付された「情報開示に関しての方針――なぜWANサイト上で説明を行わなかったか」という文書の中にもあります。このフレーズの前後の文脈は、以下のようなものでした。
 「ジェンダー・フェミニズム関係については、バッシング側の歪曲された情報が蔓延し、声を上げようものなら、ネット上の暴力と言っていいくらいの攻撃が浴びせられ」るような実態があるから、WANサイトは「誰も必要以上の批判をされたり攻撃されたりすることのない、安心してアクセスできる場であることが第一の特長であるべき」だ。もし雇用問題において、WANがWANサイトを用いて情報発信をしたなら、「意見の対立を明らかにし『論戦』を招くこと」になっただろうが、「それは、安心できるネット環境をめざすWANにとって、けっして望むことではない」。
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WAN理事会の「情報開示に関しての方針」について

 5月12日、ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の理事会は、「情報開示に関しての方針――なぜWANサイト上で説明を行わなかったか」という文書を発表しました。この文書は、今回のWAN争議に際して、WAN理事会が、組合側の主張に対して、WANサイトなどウェブ上で反論や説明をしなかった理由を述べたものです。その理由として、理事会は、「1)労使協議の原則の尊重および労働委員会の指導」と「2)WANのウェブについてのポリシー」という2つの点を挙げています。

 遅ればせながら、以下、理事会のこの文書について、私が疑問に思った点を述べます。

組合側が流した情報のどこが「事実と異なる」かについて、何の説明もできていない

 理事会のこの文書は、組合(ユニオンWAN)が「事実と異なる(基づかない、反する)」情報を流している、と繰り返し述べています(1)

 しかし、この文書を読んでも、組合側が流した情報の「どこが、どのように事実に異なる」のかが全くわかりません。これで納得するというのは、無理と言うものです。

 実は、理事会の考えは、むしろ組合のサイトを見ることによって、わかるのです。すなわち、組合のサイトを見ることによって、理事会は、「組合は『理事会がウェブマスター業務の外注化をした』と言っているが、それは事実と異なる」「『理事会は一切の謝罪を拒否してきた』と言うが、それは事実と異なる」などと主張してきたことがわかります(「1・20 団交の報告」「5/17 内容証明郵便物」「5/22 5/17内容証明郵便物への回答」)。

 また、組合側は、そうした理事会の主張に対しても、頭から相手にしないのではなく、より正確を期すために、組合として必要な補足もおこなっています(上記の記事など参照)。理事会にはなお不満が残っているのかもしれませんが、理事会が「組合の主張は事実と異なる」とだけ言っているのに比べて、組合のほうがずっと誠実な対応をしているように思います。

「1)労使協議の原則の尊重および労働委員会の指導」について

 この節では、理事会は、組合側主張に対してWANサイトなどで反論をしなかった理由として、「労使協議においては、労使双方が公開を合意したこと以外は、公表しないのが原則です」「とくに、労働委員会のあっせんでは、事案の内容について第三者には情報を流さないことが双方に厳格に求められています」という2つの理由を挙げています。

 上の2点に対しては、私は、すでにこのブログで反論しました(「道理がないWAN理事会の主張、理事会は今回の謝罪を生かした行動を」の「あっせんで合意した事項も、公開してはならない?」の箇所、「WAN理事会の行為は、労働者との『信頼関係の消失』を理由にすれば、正当化されるのか?」の(1)の個所など)。もちろん組合側からも、組合と直接かかわる論点については、反論が出ています(「あっせんの結果の説明について」「5.12理事会文書について」)。

 それにしても、「労使協議においては、労使双方が公開を合意したこと以外は、公表しないのが原則」だとは初耳です。たとえば関西圏大学非常勤講師組合が各大学に大量に配布し、ウェブにも掲載している『非常勤の声』には、団体交渉の経過や結果、そうした場での大学当局の主張・行動に対する批判が数多く書かれていますが(2)、まさかそれらについて、いちいち「労使双方が公開を合意」しているはずはありません。それらの記事の多くは、べつに裁判に突入してから書かれたようなものではなく、大学との通常の団交とか、雇い止めをめぐる労使交渉とかについての記事であり、WAN理事会の言う「労使協議」の範疇の出来事についてのものなのです。

「2)WANのウェブについてのポリシー」について

 理事会は、次のように述べています。「ジェンダー・フェミニズム関係については、バッシング側の歪曲された情報が蔓延し、声を上げようものなら、ネット上の暴力と言っていいくらいの攻撃が浴びせられ」るような実態があるから、WANサイトは「誰も必要以上の批判をされたり攻撃されたりすることのない、安心してアクセスできる場であることが第一の特長であるべき」だ。もし雇用問題において、WANがWANサイトを用いて情報発信をしたなら、「意見の対立を明らかにし『論戦』を招くこと」になっただろうが、「それは、安心できるネット環境をめざすWANにとって、けっして望むことではない」。

 私はインターネットには詳しくないのですが、私のささやかな経験も踏まえつつ、以下、私の考えを述べてみます。なお、上の理事会の主張は、単に今回の問題についてだけでなく、WANサイトのあり方全体にかかわってくると思いますので、今回の問題に限定せずに論じます。

(1-1)論争は一概に回避するべきものか?

 まず、一般に論争というものが有意義たりうることは、フェミニズムにおいても、平塚らいてうや与謝野晶子の母性保護論争以来、さまざまな論争がおこなわれてきたこと一つとっても明らかです。

 では、ネット上での論争は有意義になりえないのでしょうか?

 理事会は、ネット上での論争の難しさとして、以下の2点を挙げておられます。
 (a)「ネット上の発言は、生身での語り合いとは異なって、意図したニュアンスが必ずしも伝わらず、ディスコミュニケーションを生みやすい」
 (b)「インターネットは『誰にでも開かれたメディア』でもありうる反面、技術上・時間上の利点を持つ者が多く発言の機会を行使して圧倒的な『強者』にもなりえる」

 しかし、上の(a)や(b)の点は、紙媒体での論争もほぼ同じ難しさを持っていると思います((b)の「技術上の利点」の問題は紙媒体にはありませんけれども、紙媒体に執筆するには、ネットの場合よりもさらに社会的な「強者」でなければならない場合が多いです)。

 たしかにネットの場合、生身での語り合いと比べれば、(a)のような弱点はあるでしょう。しかし、その一方、ネットの場合、生身での語り合いと異なって、「空間的距離の制約を受けない」とか、「すぐに返答せずとも、時間の都合のつくときに返答できる」とか、「まとまった考えを述べることができる」「調査研究をした上で返答できる」といった利点もあります。

 現実に、ネット上の論争も、けっして不毛なバッシングだけではありません。最近の例で言えば、排外主義反対のデモにおける「反日上等」のスローガンをめぐる論争や在特会に対する対応をめぐるmacskaさんの提起をめぐる議論は、排外主義に反対する者どうしの真摯な論争だったのではないでしょうか? 

 私自身も、同一価値労働同一賃金原則をめぐって、インターネット新聞JANJANのある記事(さとうしゅういち「『同一価値労働に同一賃金を』 連続シンポジウムが大阪でスタート」)をめぐって、掲示板で他の方と論争をしたことがあります(その掲示板は現在は消滅していますが)。その、さとうさんの記事は当月の編集委員選賞を受賞したのですが、授賞理由として「[受賞した記事は]専門的な観点からもっと掘り下げてほしかったが、その分をご意見板の書き込みがおぎなって余りあった。感情的な悪罵のやりとりではなく、実り多い論争になった」(「編集委員選賞3月の受賞記事」)という評価をいただいています。これも、私が論争するときに、自宅や図書館にある資料を参照しつつ、じっくり考えて議論することができたからです。WANサイト上での稀有な論争の一つである、澁谷知美さんのトークに対する林葉子さんの批判(「爆笑新春トーク」に対する所感と批判)も、林さんが資料に当たったからこそ書けたものであり、その場での生身の語り合いからだけでは生まれえないものだったと思います。

 また、たしかにネットには不当なバッシングも多いですが、そうした不当な攻撃に対しても、人権擁護勢力が単に閉鎖的な対応ばかりをしているのかと言えば、そうではないと思います。南京事件や従軍慰安婦問題に関しては、しっかり勉強してバックラッシュ側に対抗しているブログも一つや二つではありません。ジェンダー問題についても、たとえば、昨年、曽野綾子氏が、ミニスカートが性暴力を誘発するかのような議論をしたことに対して、ネット上では、たしかにそれを正当化するような論者も少なくなく、いささかうんざりさせられましたが、そうした議論に対する説得力のある反論も多数出されて、私を含めて、多くの方々の性暴力に対する認識が深まったこともありました。まして、今回のWAN争議をめぐる記事の多くは「バッシング」とは言えないものです。

 ネット上の論争がうまくいかないことも多々あると思いますが、そういう場合は、うまくいかなかった原因を解明すること自体が、ネットにおけるコミュニケーションに対する貴重な貢献になると思います。

 ですから、「意見の対立を明らかにし『論戦』を招くこと」を一概に否定するのは、非常に一面的な方針だと思います。個人ブログなら方針は自由でいいと思うのですが、WANは二百人近い会員に支えられた総合サイトですから、あまり単純に考えない方がいいと思うのです。

(1-2)WANは、不当な攻撃を回避しようとするあまり、コミュニケーションをすべて閉ざしていないか?

 その点と関連して、もう一つ感じるのは、現在のWANは、不当な批判や攻撃に対してのみならず、コミュニケーション自体をすべて閉ざしているように思われることです。現在のWANサイトにはコメント欄もなく、トラックバックもできず、掲示板の類もありませんから、記事に対する外部からの反応がまったくわからないのです。

 コミュニケーションには、批判や攻撃だけではなく、共感・共鳴、議論の発展、異なる視点からの意見など、さまざまなものがあります。批判の場合も、その記事の内容をいっそう深めるための建設的な批判が少なくありません。そうしたコミュニケーションを活発化させることは、サイトが繁盛することにもつながります。

 ですから、私は、最低限、WANサイトに、記事に対する感想を書き込みができる掲示板を設置してはどうかと思います(承認制でいいと思う)。一度、ブログ「WAN裏方日記」が、日記のコメント欄に記事に対する感想を書き込んでもらうように呼びかけたことがあり、私も率先して書き込みましたが、「WAN裏方日記」のコメント欄は字数制限がきつくて、まとまったものは書き込めないのが難点です。

 もちろん、できれば個別の記事について、その記事にはどういう反応があったかをわかるようにできればいいと思います。また、現在のところ、WANには投稿が少ないようですから、早めに投稿規程を作成して、投稿を集めるようにしたほうが良いでしょう。

(2-1)インターネットの双方向性は、組織における民主主義にとっても有用

 ご存じのとおり、インターネットでは、「Web2.0」といって、「情報が送り手から受け手への一方的な流れであった状態から、送り手と受け手が流動化し、誰でもが情報を発信できるようになる」ということが提唱されています。理事会も、「インターネットは『誰にでも開かれたメディア』でありうる」という良い面があることは認めておられます。私は、そうしたネットのあり方は、組織における民主主義のためにも必要だと思います。

 逆に言えば、一方的に送り手が「発表する」だけのメディアは、広い意味での、権力を持っている人に有利であるということです。マスメディアはもちろんですが、機関紙やミニコミ、メールマガジンのようなものも、編集部や組織の執行部の主導性が強くなりがちなことは否定できません。WANのメディアも、メールマガジンやWAN-NEWSが軸になっているので、そうした傾向があると思います。

 そうした通常のメディアの弱点を補うためも、ウェブ上での議論は必要ではないでしょうか? 必ずしも公開で議論する必要はありませんが、内部で議論する場合も、メーリングリストやSNSのような双方向性のあるメディアの活用が望まれると思います。

(2-2)より良いWANサイトにするためには、多くの人々に意見を出してもらい、より多くの人をサイトの作成に巻き込むことが必要では?

 もちろん、組織における民主主義を活性化させるためには、ネットの活用だけが手段ではないと思います。たとえばWANサイトをより良いものにするためには、幅広い会員やユーザーの意見を集め、みんなで話し合い、みんなが協力することが必要でしょうが、そのために、以下のようなことをやってみてはいかがでしょうか?
 ・サイトについてアンケートをして、その結果を公表する。
 ・サイトについて、みんなが意見を出し合い、話し合う場を設定する。そのための懇談会のようなことをやってもいいでしょうし、ときには理事会にも一般会員が出席できるようにして、会員の意見を聞いてもいいのではないでしょうか?

 私も、今の理事は、単に上から指示を出しているだけのような人々ではまったくなく、原稿を集めるなど、さまざまな作業を自分たちでやってWANを支えておられる方々であることは承知しています。ただ、より多くの人を巻き込んで、サイト作成に参加してもらうためにも、より多くの人が主体的に意志決定に参加できるようなやり方が必要だと思うのです。

(3)「WAN法人の雇用問題は、一般のユーザーの方には無用・不要なこと」か?

 理事会は、「WAN法人の雇用問題は、NPO会員の皆様をはじめ関心を持っていただいている方には有意な情報であっても、より一般のユーザーの方には、無用・不要なことである」とおっしゃっています。

 しかし、今回WAN法人で起きた雇用問題は、けっしてWANだけの問題ではないと思います。他の非営利団体でも、さまざまな雇用・労働問題が起きています。だからこそ、今回の問題については、署名サイトに170人を越える人々の署名が集まり、多くのブログでも取り上げられたのではないでしょうか? そして、その中には、他の非営利団体の問題に触れた人も少なくありません。

 ですから、WAN理事会も、ぜひ今回の経験については、可能な範囲で広く公開して、NPOの雇用・労働問題に関心のある人の共有財産にしていただきたいと思います。

 以上、私の拙い考えを綴ってきましたが、ぜひもっと多くの方々がWANやウェブのあり方について論じていただきたいと思います。

(1)今回の文書は、「今般、雇用問題に関しては、1月以来、組合側から、事実に基づかない一方的な情報が流され~」、「組合側が、協議が始まって間もなくから、一方的で事実に反することを含む、WANの信用を傷つけるような情報を盛んに流布させた」、「組合は、あっせん終了後さっそく(……)事実と異なる情報をウェブ上に公開し」と述べています。
(2)たとえば、『非常勤の声』第22号の中の、「授業回数が増えれば、賃上げは当然!!」という記事は、大学との定期交渉の内容の報告であり、団交の場での大学側の主張に対する批判も書いてあります。また、「太成学院大学が内定取り消しで全額補償」という記事は、大学側の不当なやり方について交渉した経過と全額補償を勝ち取ったという結果の報告です。「姫路獨協大学で非常勤の大量減ゴマ・雇い止め!」という記事は、大学当局の通告を批判して、今後たたかっていくという記事です。
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各地のセクシュアル・マイノリティのサイト(3)──バイセクシュアル

 今回はバイセクシュアルのサイトを見てみたいのですが、中国大陸には、まだはっきりしたバイセクシュアルの組織はありません。

台湾の「Bi the Way」

 台湾では、2007年6月、「Bi the Way」というバイセクシュアルの組織(ブログfacebook)が設立されました。Bi the Wayは、設立の際に、次のような「創社宣言」と「設立の背景」、「歓迎宣言」を発表しています(以下の翻訳は、あまり良くないと思いますが)。

 創社宣言

 双性恋(bisexual)は、昔から黙々と存在している。男性も、女性も、トランスや無性でさえ、私たちが気に入り、恋をする範囲である。なぜなら、私たちは、流動的な情欲は、セクシュアリティやジェンダーの区分ではなく、精神や肉体の美に忠実だと信ずるからである。

 ここに、私たちは、二重のクローゼットの抑圧・誤解と無視とを打ち破って、誇り高く姿を現す。「異なっていなければ同じである」という二元的社会の中に、暖かく多元的な私たちのグループを建設する。同時に、私たちは、勇敢に自分の可能性を探索する訪問客たちを歓迎し、招待する。人はみな、潜在的な、唯一無二のバイセクシュアルな主体である(かもしれない)から!(1)

 設立の背景

 2003年の台湾の『セクシュアルマイノリティ認識ハンドブック』[認識同志手冊。台北市政府民政局が出版。台湾同志諮詢熱線協会が請け負った]は、初めて「バイセクシュアル」というテーマを増設した。しかし、今に至るまで、BSSのPTTと5466バイセクシュアル版を除いて、私たちが身を寄せられる、バイセクシュアルが主になったグループはほとんど見つからない。

 ちょうど従来、異性愛者たちに同性愛がどうしても見えなかったのと同様に、モノセクシュアルたち(同/異性愛)には、バイセクシュアルが見えない。たとえ見えても、常に誤解に満ちたまなざしで見る。そこでは、私たちは「愛人に浮気をする、度を越した情の者、二元的な性的指向の間の曖昧で過渡的な者、はなはだしきは、『正常』な道を選択できるのに裏切った日和見派」になるのだ! こうしたレッテルと、くわえて同性の愛が受ける社会的圧力とによって、バイセクシュアルは「二重のクローゼット」の中に置かれ、多くの人に自分の真実の存在を隠し、歪曲せざるをえなっている。

 幸い、国内のセクシュアリティ/ジェンダーの差別撤廃運動が盛んになり、バイセクシュアルの存在を正視し理解する人がだんだん増え始めた。この数年、私たちは歩調を合わせ、力を吸収し、グループを拡大してきた。2007年初め、数回、バイセクシュアルのネットユーザーがみんなの力と共通認識を集めて、このバイセクシュアルの社会団体を正式に設立することを決定した(2)

 歓迎宣言(共同発起人・陳洛葳)

 私たちはBi/双/擺/拜である。どのようにあなたが命名しても、私たちはここにいる。

 いにしえより、何の名称も付けられないうちから、あなたに私たちの存在が見えるか否かにかかわらず、私たちはずっと生活してきており、愛欲してきている。しかし、私たちは、もう、否定され、汚名を着せられ、分析され、定義され、あるいは、もっとひどいことに、無視されることに飽き飽きしている。私たちは、この「黒でなければ白である」世界において、一方を選び、異性愛か同性愛に区分されることを拒絶する。

 私たちの情欲は、超越した、流動的なものであり、性別主義の枠組みに制限されない。しかし、このことは、私たちが困惑し混ぜこぜになっていて、何が自分に必要なのかわからないとか、何もかもが欲しいということを意味しないし、必ず同時に両性とつきあわなければ満足できないことも意味しない。私たちは、けっして世界には2つの性別しかないとは思わない。私たちの情欲が、超越した流動的なものであることと、浮気性や乱交とはけっして同じでない。実際は、性的指向・性自認と個人の行為とは、けっして直接の関連はないのだ。

 あなたは、ここで、「一つの種類の」バイセクシュアルの「正しい」姿を見つけられると期待してはならない。なぜならバイセクシュアルには幾千幾万の種類があるからだ。あなたはここで「一つの種類の」バイセクシュアルのはっきりした定義を見つけられると期待してはならない。なぜなら、一人一人のバイセクシュアルには独特の個性があり、自らの独自性によって自己を定義するからだ。

 バイセクシュアルの情欲は、私たちの生命力のまったき現れである。私たちは、真実の情欲の真相が消し去られ、沈黙させられることを拒絶する。いまこそ声を上げるときだ! 私たちはモノセクシュアルな者に別の可能性を見ることを要求する。その可能性が私たちの身に発生したのだ。

 私たちは門を開き、クローゼットを歩み出て、大きく口を開けて呼吸する。その時の愛欲が直流か交流かにかかわらず。
 私たちは心を開き、自らのリズムを抱きしめ、各種の可能性が訪れるのを迎え入れる。

 Bi the Way, By my Side!!!
 私たちは、あらゆるモノセクシュアルでない情欲の主体がここに来て、私たちに加わることを歓迎し、迎え入れる。(3)

 設立後の活動

 ブログを見ると、「Bi the Way」は、設立後は、以下のような活動をしているようです。
 ・バイセクシュアルの困難についての討論会
 ・バイセクシュアルについての読書会(Loraine Hutchins, Lani Kaahumanu(ed) Bi any other name: bisexual people speak outの翻訳(陳錦華訳)である『另一個衣櫃:雙性戀者的生命故事與認同』[周商出版、2007年]など)。
 ・雑誌の作成(2008.10創刊號:看見台灣雙性戀!
 ・さまざまなセクシュアルマイノリティの団体のイベント(集会、パレードなど)に参加、講演。

 また、「Bi the Way」は、昨年11月、広西の桂林でおこなわれた華人レズビアン連盟のキャンプでも報告をおこない、中国からの参加者にも刺激を与えました(4)。今年1月には、レズビアングループの上海女愛が、Bi the Wayの人を上海に招いて、集いをしました(5)

 「Bi the Way」のメンバーの男女の別はわかりませんが、「数人の女の子が発起した」という記述もありますし(6)、上の「歓迎宣言」を書いた陳洛葳さんは、写真で見るかぎり、女性です(彼女のブログ:焦糖貓の旅行故事書)。また、陳さんのブログに掲載されているワークショップの写真(【雙性情欲工作坊】影像紀錄)を見ても、皆さん女性のようですし、レズビアンキャンプにも行っているのですから、「Bi the Way」は、少なくとも女性が主体なのだろうと思います。

中国大陸のバイセクシュアルの活動

 中国大陸にもバイセクシュアルの人々は当然たくさんいて、困難な状況に置かれています。レズビアンサイトの「深秋小屋女性文化芸術網点」のサイト長のdongdongさんによると、サイトの会員にはバイセクシュアルの女性も少なくないが、「バイセクシュアルは、しばしば周囲の理解を得られません。バイセクシュアルと言うと、周囲の人は往々にして、3P、乱交、エイズ、『陰陽人』を連想します」ということです(7)

 1999年の『天空』にもバイセクシュアルの主張

 もちろん中国大陸でも、バイセクシュアルの人が声をあげていないわけではありません。

 たとえば、初のレズビアン雑誌『天空』の第2期(1999年)にも、「バイセクシュアルフォーラム」として、「バイセクシュアル──パートナーの選択に女か男かの区別をしない」という文章が掲載されています。

 その文は、「人には自分の性自認を選択する権利がなければならず、性別を、社会の論述の唯一あるいは最も重要な基礎として絶対化する理由はない。自分を引きつけるのがある人の性別ではなく、その人の気質や内面である以上、なぜ性別によって自分とパートナーとの関係を確定しなければならないのか?」と述べており、台湾の「Bi the Way」などの主張と同じです。

 初のバイセクシュアルサイト「愛無界」が開設予定

 また、「博性芸術サロン」が、もうすぐ中国大陸初のバイセクシュアルサイト、「愛無界」(http://www.aiwujie.com)を開設するそうで、現在、内部で試験中だとのことです。

 「愛無界」は、昨年10月8日、初のバイセクシュアル相談ホットライン(火、木、土の午後9─11時)も開設しました。これも、現在は試験段階だそうで、少なくともインターネット上ではまだ話題になっていません。

 ただし、QQ群は活発なようで、以上の情報もQQ群のページ(爱无界-中国首个双性恋网站/双性恋交友/双性恋聊天室/双性恋论坛正在测试中!)に書かれているものです。

 「愛無界」を開設する「博性芸術サロン」というのは、2005年、何転強さん(男性)が創設した「性の多元的美学、芸術」を主題にしたサロンです。このサロンは、「男・女・無・同・異・双」などの多元的な性別・性行為に分類したサロンを下に持ち、不定期的に、そうした各分類のサロンの各種形式の芸術活動を(展覧、サロン、パーティー、講座など)をし、また芸術界・性学界の有名な人を招く」(博性艺术沙龙)というものだそうです。

 「博性」という言葉は、私は耳にしたことがないのですが、「博愛」の「博」ですから、特定の性にこだわらないという意味合いなのでしょう。しかし、サロンのサイト(http://www.bosexart.com/)は不通であり、サロンの掲示板( 【博性艺术沙龙】)を見ても、活動の実態がいま一つよくわかりません。

 「無界限小組」――北京LGBTセンターのバイセクシュアル、トランスジェンダーなどのグループだが……

 より活動実態がはっきりしたものとしては、バイセクシュアルだけのグループではありませんが、2009年3月から、北京LGBTセンターでおこなわれた「無界限小組(Beyond Boundaries Support Group)」の活動があります。このグループの趣旨は、「バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア、またはラベルを貼れないあなたに、生活と感情を分かち合う場を提供する」というものです。

 「無界限小組」の呼びかけの文には、以下のようにあります。

 「あなたは、自分の性的指向が確定していないために、ストレート(異性愛者)や同志(同性愛者など、セクマイ全体を指す)に自分の感情を言えないことはありませんか?
 公衆トイレ・浴場はあなたの死地になっていませんか? あなたの身体はあなたの不倶戴天の敵になってありせんか? 欲望を言えないことが、あなたの死穴[致命的弱点]になっていませんか?
 あなたは現在日を追って大きくなる同志グループの中で、自分と共通の言葉を持つ人を見つけられないと感じていませんか?」(8)

 発起人は、Evaさんと小黒狼さんです。Evaさんは、一度は、自分をレズビアンだと思ったが、その後、しっくり来ないと思うようになった人です。小黒狼さんは、女性として生まれたトランスセクシュアルの人です。

 このグループは、昨年3回集まり、のべ50人が参加しました(9)。ただし、活動内容は、3回ともトランスジェンダーがテーマでした(10)

 電話相談の中で、バイセクシュアルの人々にエンパワメント

 レズビアン向けのホットライン上海智行基金会拉拉熱線で相談員をしている織顔kittyさんはバイセクシュアルです。彼女によると、このホットラインでも、10本の電話のうち、1、2本はバイセクシュアルに関する悩みだということです。

 織顔kittyさんは、バイセクシュアルの人に対して、「おめでとう、決して悩む必要はないですよ。あなたは、選択の範囲が人の二倍あるのですから。異性愛は性別の半分しか選べませんが、現在、あなたの目の前には、すべての世界があるのです。なんと幸福なことではありませんか」と言って、励まします。

 また、かかってる電話の中には、「今は女の子が好きだけど、もしまた気に入った男の子が現れたら、どうすべきでしょうか?」という電話もあります。そうした電話に対して、織顔kittyさんは、「多くの物事は、焦れば焦るほど、わからなくなります。あなたの好きな人が現れてから考えればいいのです。一人の好きな人に出会ったら、それが男であっても女であっても、彼が好きなのです。それが答えです」と言います(11)

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 以上から見ると、中国大陸には、まだバイセクシュアルのグループは、はっきり目に見える形では現れていないと言えるように思います。上で挙げたdongdongさんは、「トランスジェンダーの人々がすでに人々に重視されている時でさえも、バイセクシュアルはまだ水面に浮上するのは難しい」と述べています(12)。そうなのかもしれません。

 ただし、それでも、さまざまな形で、単なる「同性/異性愛者」でないバイセクシュアルの人々の活動の芽が生じているようです。また、「Bi the Way」の宣言も、「愛無界」「無界限」というネーミングも、バイセクシュアルが男や女という性別の違いを越えた愛であるというメッセージを発しているところは共通しているように思います。

 ※日本では、ひびのまことさんが以前からバイセクシュアルについて問題提起をしておられます(特集「バイセクシュアル」

(1)Bi the Way‧拜坊―成立宣言 2007.6
(2)同上。
(3)Bi the Way‧拜坊―歓迎宣言 2007.6
(4)09拉拉营行思之(二):彩虹色,多元的思考模式」中山大学性别教育论坛2010年4月12日。
(5)【分享沙龙】认识双性恋 @拜坊.Bi the Way
(6)探访双性恋 你是那46%吗?」『上海壹周』2009年4月7日。
(7)同上。
(8)【提前预告】3月28日无界限小组NO、1——TransAmerica」北京同志中心的博客
(9)北京同志中心2009年年度报告(上)」北京同志中心的博客(2010-02-10)
(10)それぞれの会の内容は、以下のとおりです
・第1回(3月28日):トランスアメリカ(映画「トランスアメリカ」を観賞した後に、討論)。
・第2回(4月26日):ホモフォビアだけでなく、トランスフォビアにも反対しなければならない!
・第3回(5月23日):映画「ビューティフルボクサー」の観賞と趙剛さん(トランス中国)との交流
(11)(6)に同じ。
(12)同上。
関連記事

各地のセクシュアル・マイノリティのサイト(2)──レズビアンの近年の運動史と現在のサイト

 レズビアンサイトに関しても、現在のサイトの状況を見る前に、近年の運動の歴史をまとめてみました。

一 近年のレズビアンの運動の歴史

 ※「女同志」という言葉は、「レズビアン」だけでなく、「女性のバイセクシュアル」「女性のトランスジェンダー」を含めて指している場合もありますが、以下では、便宜的に「レズビアン」と訳した場合が多いことをお断りします。

活動の始まり

 中国では1990年代初めから、同性愛を研究した書籍や雑誌が刊行され始めましたが(李銀河・王小波『他們的世界──中国男同性恋群落透視』、方剛『同性恋在中国』、張北川の『朋友通訊』など)、何人かのレズビアンは、その著者に手紙を書いて、他のレズビアンを紹介してくれるように頼みました。そうして彼女たちは、手紙をやり取り合うグループを作りました。この文通グループは、陽陽さんという人がまとめ役をつとめ、メンバーは、全国各地のレズビアン3~40人に発展しました。このメンバーたちは、のちの第1回全国レズビアン大会の主な代表になりました(1)

 また、1995年夏、北京では同性愛者が活動する場が出現し、呉春生さん(男、中国人)とスージーさん(女、イギリス人)が共同で、毎週水曜日、バーで集いをしていました。彼らは毎回、知り合ったすべての男女の同性愛者にその集いのことを知らせましたが、集いに来る人の大多数は男性で、毎回来ていた女性は2、3人にすぎませんでした。というのも、女性の同性愛者は、情報を得るルートが少ないうえに、バーの文化やタバコ・酒の場には慣れていなかったからです。

 ですから、レズビアンどうしの集まりは、最初は、個人的で小さなものでした。すなわち、数人で家で食事をしたり、ダンスをしたり、食事に出かけたり、ダンスを踊りに行ったりするものでした。初めはスージーのアパートでやっており、スージーが活動を組織していましたが、彼女がアパートを出て学生の宿舎に住むようになると、そこにキリスト教徒がいて同性愛に反対していたので、中国人の家でやるようになり、活動の組織も中国人がするようになりました。

 活動に参加する人数はしだいに増え、活動も定期的になるとともに、さまざまな問題に関する討論(テーマは、性関係、映画、結婚の圧力など。ゲイと一緒に討論することもあった)もやるようになりました。組織に名前をつけなければということで、「女同志」という名前に決めました(2)

 なお、1997年、アメリカでも、中国からの留学生や移民のレズビアンらが、Lavender Phoenix―Networking of Lesbians and Bisexual Women from Mainland China(紫鳳凰)という団体を設立しました。

1998年10月 第1回全国レズビアン大会

 前回の記事で述べた1998年8月の北京の大覚寺での全国男女同性愛者大会にも、全体の参加者30数人のうちの10人足らずでしたが、レズビアンも参加しました(3)。大会が終わった後、何小培さんは、よその土地から北京に来ていた3、4人を家に招いて食事やおしゃべりをしましたが、まだ話し足りないことがたくさんありました。また、地方から来ていた人は、帰ったら自分の回りには他のレズビアンがいなくて独りぼっちだと嘆きましたので、何小培さんや陽陽さんたちの文通グループが話し合って、女性の同性愛者大会をすることに決めました。地方から出てくる女性のために募金活動もしました(4)

 1998年10月2日と3日、第1回全国レズビアン[女同志]大会が、北京市海淀区のバーの地下室で開催されました。全国各地から、30人あまり(40人あまりとする記録もある)が北京に集い、2日間、各種の討論や講座をおこないました。討論の内容は、以下のようなものでした。
 1)全国的なレズビアンのネットワークを設立する。
 2)全国的なレズビアンの内部の通信を計画する。
 3)レズビアンの経験を分かち合う書籍を共同で編集する。
 4)レズビアンの家族、仕事、婚姻の圧力などを探究する。(5)

1998年末~2001年5月 北京姐妹小組の活動

 レズビアン大会を受けて、1998年の年末、北京姐妹小組というグループが設立されました。小組のメンバーは10人を越えるものではありませんでしたが、事務室を持ち、毎月、1~2回討論会を開催しました(6)

 レズビアンホットライン開設

 北京姐妹小組は、中国大陸初のレズビアンホットラインを開設しました。このホットラインについては、すでに大会の前の9月28日付の『桃紅満天下』に告知が出ており(7)、早くから始めたようです。いったん中断しますが、2000年3月14日付の同誌に、別の電話番号で再開の告知が出ており、それによると、毎週火曜日午後7─10時には当番がいるとなっています(8)

 『天空』創刊

 北京姐妹小組は、また、1999年3月、『天空』というレズビアン誌を創刊しました(4期まで刊行。1期2期は、ネットで読める)。

 創刊号の『発刊のことば』は、「自由な大空、私たちの夢[自由的天空,我們的夢想]」と題されており、以下のように述べています。

 「この異性愛が主流である社会文化の中で、同性愛者の地位はずっと周縁に置かれていた。(……)同性愛者の感情も、分かち合うことはできず、秘密にされていた。
 喜ばしいことに、社会の進歩、情報の発展によって、さらに同志の活動家の懸命の努力によって、同性愛者は、外の世界の目に入るようになった。『あたかも存在しない』状態から『人に発見される』までの過程は、とても長く苦しいものだった。けれど、その中で、私たちは、女の同志自身の声と叫びを聞いたことはずっとなかった。たしかに現在のこの社会状況では、私たちには自己を表現する場がなく、ましてや完全に自己を表現することはできない。
 私たち女の同志自身の内部通信を出すことは、私たちの長い間の共通の夢であった。私たち自身の女の同志のために、全く新しい、平和で、安全な空間を創造すること、私たち自身の言葉・自分の経験によって、私たち自身のすべてを軽々と自由に示すことは希望であった。」

 第1回レズビアン文化芸術祭、警察に中止させられる

 北京姐妹小組は、フォード財団の資金援助も得て、2001年5月1日─4日「第1回レズビアン[女同志]文化芸術祭」を北京で開催する計画を立て、以下の内容でおこなう通知を出しました。

 5月1─3日 レズビアンがテーマの座談・研究討論会
 5月1─3日 レズビアンがテーマの映画コンクール
 5月4日午後 ファッションショー(北京在住のレズビアンで関心のある者は参加を申し込むことができる)
 5月4日午後 集団結婚式(双方が1年以上共同生活している者は参加を申し込むことができる)
 5月4日午後 文芸の夕べ(出演したい者は、あらかじめ出し物の内容と時間の長さを明記した上で申し込む)
 5月4日夜 懇親の夕べ(9)

 けれども、直前に警察の取り締まりにあい、中止させられました(10)。その原因として「事前の宣伝が多すぎ、人目を引き過ぎた」からだとも言われていますが(11)、「この失敗がレズビアンの運動に与えた打撃は大きく、この後数年、首都圏内には、レズビアンの運動はほとんど見られなかった」とのことです(12)

 以上、レズビアンの活動は自然発生的な形で始まり、しだいに発展してきたが、大きく展開しようとした段階で当局につぶされたと言えそうです。2001年の段階では、公然とこうしたイベントをおこなうのは無理だったようです(13)

レズビアンサイトの登場

 一方、インターネットとともに、レズビアンサイトが登場してきました。私が見たかぎり、現存しているサイトのうちで最も古いのは、1999年に設立された「拉拉倶楽部」です。さまざまなサイトが設立され、たとえば、「女人香」(2002年3月開設)は、有料会員を募り、投票により運営に当たる人を選んでおり、討論のコーナーや心理相談コーナーもあります。

 とくに、2002年1月1日上海で開設されたレズビアンサイト「花開的地方」は、ネットラジオ(花開電台)を開設したり、ネット誌(花開網刊。2004年~)を刊行するなど、2007年1月1日に閉鎖されるまで多様な活動をすすめました(→本ブログの記事「レズビアンサイト『花開的地方』閉鎖」)。

2004年・2005年、「北京レズビアンサロン」・「同語」設立

 2001年以後も、北京でもバーでは緩やかな集まりは開催されていましたが、2004年11月、そうした集会のメンバーがもとになって、「北京レズビアンサロン」が設立されました。「北京レズビアンサロン」は、毎週、レズビアンをめぐるさまざまな問題を話し合い、ホットラインも開設しています(北京拉拉沙龙简介)。

 2005年1月には、「同語」が結成され、女性の同性愛者・バイセクシュアル・トランスジェンダーのためにさまざまな活動を開始しました(关于同语)。「同語」は、ホットラインを開設しただけでなく、調査研究や出版もしています。たとえば、同年11月には、中国大陸では全く研究されてこなかった、レズビアンの健康問題について北京で調査をおこない、報告書(「北京地区女同性恋者健康调查报告(PDF)」)を出しました(14)。2007年からは、女性の同性愛者やバイセクシュアルに対するDV調査プロジェクトをおこない、2009年に『家庭暴力知多少 給拉拉的対策建議』(PDF)を刊行しました(本ブログの記事「女性の同性愛者やバイセクシュアルに対するDV調査プロジェクトはじまる」「レズビアンのための反DVハンドブック刊行」参照)。

 2005年6月 大陸レズビアンコミュニティ活動研究討論会

 同語は、2005年6月24─26日、大陸レズビアンコミュニティ活動研究討論会を北京で開催しました。1998年の大会以来の全国的な会議です。この会議は、北京愛知行健康教育研究所、レヴィ・ストロース財団、Astraea Lesbian Foundation for Justice、オランダのMama Cashのサポートを得ました(なお、Astraea Lesbian Foundation for JusticeやMamacashのサイトは、「Common Language」[同語]を詳しく紹介しています→Astraea Lesbian FoundationMamacash)。

 この会議には、15の地区から、18の組織の41人が参加しました。参加したのは、各地のレズビアングループ、レズビアンサイト、学術機構の代表などです。

 会議の主題は「分かち合い、助け合い、発展、多元」で、会議では「レズビアンコミュニティ活動の経験を交流し、困難と対策を討論し、民間草の根組織とレズビアンの健康の研修を進め、また、各地のレズビアンコミュニティと活動の発展を期して、広範な連携と協力のネットワークを打ち立てた」といいます(15)

その後

 その後の動きについては、このブログでもお伝えしてきました。

 ・2005年12月、レズビアン雑誌『Les+』(新ブログ旧ブログ)が創刊されました。創刊の趣旨は、「まわりにはレズビアンの刊行物はなく、レズビアンサイトは繁盛しているけれども、はっきりした声がどうしても欠けているという状況の下、私たちは『Les+』を創刊した。その目的は同性愛者自身を含む人々にもっと多くの声を聞かせ、同性愛者たちの明るく自信のある生活を見せることである」(「关于les+的一切」2007-04-10)とのことです。

 ・2007年7月13日―16日、北京の同語台湾性別人権協会香港女同盟会、ニューヨークの華人性別人権協会(Institute for Tongzhi Studies)Qwave、シカゴのLavender Phoenix(紫鳳凰)が、レズビアン運動の経験交流と指導能力の訓練のために、第1回華人多地域レズビアンオルガナイザー・トレーニングキャンプを開催しました。その後も、毎年、4日間、同様の催しがおこなわれています。2008年のキャンプの最後には、華人レズビアン連盟が設立され、昨年のキャンプは、同連盟が主催しておこないました。

二 現在のレズビアンの組織とサイト

 以下では、サイトを持っている団体を中心に、現在のレズビアンの諸団体を見てみます。

1 LGBT団体の中のレズビアングループ

 レズビアン団体の一つの形として、ゲイなどとも一緒にやっている団体の中で、レズビアンのグループを設立している場合があります。

 LGBTの権利保護を目的としているような比較的大きな団体の場合は、レズビアンのためのグループやホットラインも設置する場合が多いようです。たとえば、2008年に設立された北京LGBTセンターは、さまざまな活動の中でよく女性の同性愛をテーマに取り上げており、レズビアンによるグループ活動も常におこなわれています。たとえば昨年は、「拉拉扯扯(レズビアンのおしゃべり)」という会を17回開催して、DVや親密な関係、文化、ジェンダーなどのテーマで話し合い、のべ500人が参加しました(16)。LGBTのための総合的な活動をしている愛白文化教育センターは、2005年、初のコミュニティ活動センターである「愛白成都青年LGBT活動センター」を設立しましたが、このセンターにもレズビアングループがあり、レズビアン相談ホットラインやレズビアンサロン(交流・議論)をやっています(拉拉小组)。

 また、より地方的な、元来はエイズ防止を目的としているような組織においても、下のように、後日その中にレズビアングループが設立されている場合もあります。こうしたグループも、ホットラインを開設したり、サロンで交流や討論をしたりしています。
 ・鞍山同志コミュニティ(2002年設立)―鞍山同志コミュニティレズビアン工作組(2007年2月設立)(「北京拉拉沙龍」サイトでの紹介
 ・智行基金会(上海での熱線開設は2006年5月)―上海智行基金会レズビアンホットライン(2006年11月開設)(ブログ
 ・広州「同城」コミュニティ(2006年9月設立)―コミュニティ活動センターレズビアン小組(ブログのレズビアンカテゴリー
 ・雲南ゲイ健康相談ホットライン(2002年8月開設)―雲南レズビアン健康相談ホットライン(2003年6月開設)(「同語」サイトでの紹介文
 ・貴州黔縁工作組(2005年設立)―貴州黔縁LES工作組(2007年1月設立)(「同語」サイトでの紹介文

 たとえば、広州「同城」コミュニティの、コミュニティ活動センターレズビアングループは、以下のようなさまざまなテーマを語り合う会をしています。
 「なぜどうしても恋愛をしなければならないのか?」
 「あなたのレーダーを鍛えよ」(誰が自分の恋人になるレズビアンかを見分ける話)
 「LESの影響力」
 「女になることの辛酸」
 「TT[男性的なレズビアン]の成長史」
 「私たちには子どもが必要か?」

 また、曹晋・曹茂両氏は、上の「雲南レズビアン健康相談ホットライン」を取り上げた研究をしているのですが(17)、その中で、両氏は、「1998年以後、商業化したレズバーが繁盛し、国際基金の資金援助プロジェクトに資金援助されたレズビアン活動も日を追って盛んになったけれども、資源は主に北京・上海などの大都市に集中しており、多くのレズビアン組織は経費・政策の持続的なサポートがない」という状況を指摘しています。

 雲南省昆明市という辺境の地に設置された「雲南レズビアン健康相談ホットライン」は、雲南省中英性病エイズ防止協力プロジェクトの一つの事業として設置されましたが、当初のプランの中にはレズビアンホットラインを設立する考えはなかったとのことです。「『雲南レズビアン健康相談ホットライン』は、レズビアンのボランティアが積極的に実現を目指して努力したことによってはじめて、プロジェクトの事務局が同意し、最終的に開設できたのである。それは、プロジェクトの第二領域──『ハイリスクグループの性病・エイズの予防と治療』の中の第三部分『MSM関与』活動の中の一つのきわめて小さな活動であり、レズビアンホットラインは、相談時間もゲイホットラインの相談時間よりも少ない」。

 しかし、「雲南レズビアン健康ホットライン」は中英プロジェクトの執行期間が終わった後も、「調和社会」(そのための格差是正)のために、という趣旨で、雲南省健教所・雲南省政府の同意を得て、サービスを継続したそうです。

 両氏は、レズビアンを軽視する「同性愛の公共政策内部の父権的な態度」を批判しつつも、「国際的および国家の資源が提供した『政治的機会』を借りることは(……)レズビアンが公共政策の配慮と社会運動を推進する有効な戦略であることは失っていない」と述べて、レズビアンのボランティアたちの努力を評価しています。

2 レズビアン団体

 もちろん独立したレズビアンの団体もあります。こうした団体は、「レズビアンの仕事に集中しており、ゲイが主体の組織・機構に付属したものではない」(広州同心工作小組)(18)ことに一つの意義を見出している場合もあります。ブログなどを持っている団体は、大都市部にある場合がほとんどです。

 ・天津馨心サロン(2009年1月設立)(ブログ「同語」サイトでの紹介文
 ・上海女愛(2005年6月設立)(豆瓣「同語」サイトでの紹介文「同語」サイトでの紹介文
 ・広州同心工作小組(2007年7月設立)(ブログ「同語」サイトでの紹介文
 ・広西蕾絲聯合社(Guangxi Les Coalition)(2007年8月設立)(サイト「同語」サイトでの紹介文
 ・成都LES愛心工作小組(2005年5月設立)(サイト「同語」サイトでの紹介文
 ・同話舎―女性自助工作坊(2007年6月、電話相談などをしていた「雲南女同志願工作組」が改称)(サイト「同語」サイトでの紹介文
 ・西安Relax同学社(2010年1月設立)(ブログ「同語」サイトでの紹介文

 設立時期を見ると、現在ウェブサイトがある(かつ活動がウェブ上だけではない)上のような団体を見るかぎり、2005年ごろ以降、つまり割合最近、設立されています。それには、以下のような事情があると考えらます。
 (1)前回述べたように、2003年頃から中国疾病予防対策センター(CDC)がMSMに対するエイズ防止の宣伝・教育のために各地で工作組の設立を促進したけれども、レズビアンの団体に関してはそうしたことは起きなかった。
 (2)首都圏の場合、2001年の第1回レズビアン文化芸術祭失敗による打撃から回復するには、2004、5年まで待たなければならなかった。
 (3)2007年以降毎年おこなわれている全国レズビアンキャンプが刺激になっている場合もある。たとえば、広州同心工作小組は、2007年7月の全国レズビアンキャンプの最終日に結成された(19)

 多くの団体がホットラインを設けていることも特徴です。レズビアン向けのホットラインは、2009年7月の時点で全国に14本あります(香港を除く、中国女同热线一览)。週1回、数時間程度のものが多いとはいえ、同志ホットラインが20本程度である(全国各地同志热线)のに比べて、それほど少ないとは言えません。何小培さんは、レズビアンは、ゲイに比べてバーなどには行きにくいので、特にレズビアンにとってホットラインは重要だと述べています(20)

 電話での相談の内容はさまざまで、「私はレズビアンではないか心配だ」「ガールフレンドが私を捨てた」「ネット友だちに恋をしたが、私が女だと知ると、逃げた」「父母がまた私にお見合いをさせようとしているが、どうしたらいいか」(上海智行ホットラインの場合)などありますが(21)、「雲南レズビアン健康相談ホットライン」の統計では、以下の内容が多いそうです。
 ・感情・心理:28.83%(家庭の圧力、カミングアウトするか否か、同性愛者であることがばれないか心配、形式的家庭を作る[=ゲイとレズビアンが結婚すること]、いかにして長い間同性の関係を持続させるか)
 ・交友:28.10%(レズビアンの集まって活動している地点の相談、どのようにガールフレンドを見つけるか)(22)
 2005年の同語による「北京地区女同性恋者健康調査報告」でも、レズビアンにとっての圧力として、「婚姻」(父母から見合いや結婚を迫られる、結婚後のパートナーに対する義務)という答えが最も多かったのですが(23)、やはりレズビアンの人々にとっては、婚姻に関することが大きな圧力になっているようです。

 また、当然交友や出会いを求める要求も多いので、各団体とも、懇親の場を作っています。

 レズビアンサロンをしている団体も多いです(天津、上海、広西、雲南)。サロンの内容はよくわかりませんが、少なくとも上海では単なる交流ではなく、レズビアンをめぐる問題の議論をしています。

 他には、以下のようなことをしている団体が多いです。
 ・2008年以来、中国クィア独立映画小組、同語、Les+が全国各地でクィア映画の巡回展をおこなって回っているが(→2008年4月の北京での上映についての本ブログの記事「北京でクイア映画文化月間および上映会」)、各地の巡回展に協力して、レズビアン映画の上映会をする。
 ・各地で分散開催された2008年のレズビアンキャンプの分担をした。
 ・雑誌や書籍の刊行(出版社からの出版ではない):上海女愛は『她們的愛在説』(オーラルヒストリー)を出版し、広西蕾絲聯合社は電子雑誌『好・生活』を出版してきた。

 ただし、「現在直面している困難」は「主に経費と人手」である(広州同心工作小組)(24)といった声はやはり聞かれます。

 また、現在、多くの団体がQQ群(内輪の掲示板)を内部の交流や相談活動に活用しているようですが、私はQQ群までは見ることができませんでした。

3.その他のレズビアンサイト

 ゲイの場合、ほとんどの省に総合サイト的なものがあるのですが、レズビアンサイトは、省ごとのサイトは多くありません。リンク集は見かけるので、省や市ごとのサイトも設立されてはいるのでしょうが、そうしたリンク集を見ても、すでにリンク切れになっているものが多く、なかなか長続きしないのだと思います。

 また、ゲイの総合サイトの場合は、ニュースを積極的に掲載したり、サイト自身が電話相談やエイズ防止のためのオフラインの活動をしているものもありますけれども、レズビアンサイトの場合は、そうした活動をしているサイトはほとんどなく、自由に書き込む掲示板形式が多いようです。ニュースを掲載する際も、掲示板に書き込む(張り付ける)方式です。

 レズビアンの場合、総合サイトの内容は、以下のようなものが多いでしょうか。
 ・情報交換
 ・気持ち、悩み、趣味などの交流、相談、
 ・交友(相手を探す)

 ただし、「遼寧拉拉社区」の「公益」コーナーは、レズビアンをめぐる社会問題を扱っていますし、「中国LES群盟」の「ニュース」コーナーにもそうした記事が書き込まれています。

 また、文学や映画に関しては、レズビアンサイトは、むしろゲイサイトよりも力を入れているように思います。その代表が、2000年4月に開設された「深秋小屋女性文化芸術網点」で、文学や芸術専門のサイトです。また、「女人香」や「拉拉倶楽部」も文学や映画に力を入れています。

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 いろいろまとまりなく書いてきましたが、レズビアンの場合、女性の社会的地位が低く、社会的自由に乏しいうえに、「エイズ防止」という文脈で発言することも難しいので、活動には困難があるようです。しかし、そうした中でも、さまざまな形で主体的な活動がおこなわれていると言えます。

(1)何小培「女同性恋者的过去与今天」『中国“同志”人群生态报告』(北京紀安徳諮詢中心 2007年)→転載した一部分:「拉拉系列报道之三」山東彩虹官方博客(2009-07-14)。
(2)以上は、何小培「1990年代的中国女同性恋组织」『朋友通信』64期
(3)关于“拉拉”的少数派报告」『中国新聞週刊』32/2005(2005年8月29日出版)。
(4)(1)および(2)。
(5)第一次大陆女同志会议召开」『桃紅満天下』31期(1998.10.12)。ただし、「海淀区のバーの地下室」、「40人あまり」とするのは、「北京同性恋婚礼:从地下到街头」(『南都周刊』2009年2月27日)によります(石頭さんの話に依拠した記述のようです)。
(6)关于“拉拉”的少数派报告」『中国新聞週刊』32/2005(2005年8月29日出版)。メンバーは10人は越えていなかったという点は、石頭さんによります(「北京同性恋婚礼:从地下到街头」『南都周刊』2009年2月27日)。
(7)中国女同性恋者热线」『桃紅満天下』30期(1998.9.28)。
(8)「北京的女同志热线再次开通」『桃紅満天下』68期(2000.3.14)。
(9)「中国第一届女同志文化艺术节通知」『桃紅満天下』93期(2001.3.16)。
(10)关于“拉拉”的少数派报告」『中国新聞週刊』32/2005(2005年8月29日出版)。
(11)“中国同志网站健康教育”会议特别报导:为了心中的明灯」『桃紅満天下』増刊46期(2001.11.30)。
(12)北京同性恋者日趋活跃:空间仍受限」朋友別哭2009-08-13
(13)この失敗のために、第1回中国同志サイト健康教育研究討論会は、当初の日程を遅らせて、11月におこなわれました(上記「“中国同志网站健康教育”会议特别报导:为了心中的明灯」)。また、同年12月におこなわれた第1回中国同性愛映画祭は、宣伝に工夫をしましたが、それでも途中で中止させられています(本ブログの記事「第4回北京クィア映画祭と同映画祭の歴史」参照)。
(14)以下、内容の一部をかいつまんでご紹介します。「―→」は報告書の中のコメントの内容です。
・調査方法――北京のレズバーと北京レズビアンサロンでアンケート調査を配布。
[調査対象の特性]
・年齢――18-22歳:30.7%、23-27歳:46.6%、28-32歳:12.5%、33-37歳:5.7%、38-42歳:2.3%、42歳:0.6%
・学歴――大卒:43.1%、大学在学:20.5%、専科学校(高等専門学校)卒18.2%など。
[生活様式]
・性行為の相手の性別(経験のある人のみ)――女性のみ:71.4%、男女両方:25.3%、男性のみ:3.2%。
・現在までの性行為の相手の人数(〃)――2人以下:46.1%、3―6人:32.9%、7―9人:12.5%、10人以上:8.6%。
 ―→「同性愛=乱交」は偏見にすぎない。ただ、両性との性行為や多数のパートナーを持っていることは、感染症の危険を高める要因。
・婦人科の検査を受けたことがあるか?――ある:34.7%(うち、定期的に:17.0%)―→婦人科の検査のやり方(既婚と未婚の区別で、性行為の有無を区分して、検査項目を変えるようなやり方など)に問題があるのかも。
[心理状況]
・自分が同性愛者であることに困惑があるか?――ある:19.1%、ない:80.9%。
・自分が同性愛者であることによって、以下の問題において、他の人や社会から大きな圧力を感じたことがあるか?
 婚姻―44.3%、出産―10.8%、仕事の問題―10.2%、人間関係―13.1%。―→婚姻がレズビアンが直面している主な圧力の源だ。
[外部環境]
・以下の人にカミングアウトできるか?
 良い友だち―92.3%、同級生―34.5%、普通の友だち―26.8%、父母―21.8%、同僚―16.9%、親戚―15.5%、上司―7.0%。―→父母には21.8%だけ。これは、中国の社会文化、中国の伝統的観念における子どもと父母との関係と不可分だ。
・カミングアウトをする原因
 他の人の理解を渇望―55.1%、友だちをだましたくない―51.0%、同類を探す―32.0%、同性愛者の感情のあかし―%、誇りのため―22.4%、結婚をしたくないから―17.7%など。―→社会環境のサポートを渇望していることを示す回答が多い。
・カミングアウトしない(または現在カミングアウトしていない)原因
 機が熟していないと思う―65.3%、煩わしさが怖い―46.5%、更なる大きな圧力が怖い―36.1%、家族に捨てられるのが怖い―18.8%、排斥されるのが怖い―16.0%、友人を失うのが怖い―15.3%など。―→「カミングアウトできる」と答えた人も、実際にしている人ばかりではなく、「機が熟していない」と考えて、していない人が多い。これら回答は、社会環境のサポートが不十分であることを示している。
(15)以上は、「2005年女同社区工作研讨会」2005年5月10日、「大陆女同社区工作研讨会在京召开」2005年8月13日、「大陆女同社区工作研讨会在京召开」『桃紅満天下』207期(2005.8.19)。
(16)北京同志中心2009年年度报告(上)」北京同志中心的博客(2010-02-10)
(17)曹晋 曹茂「辺陲城市的女同健康热线研究」曹晋『媒介与社会性别研究:理论与实例』(上海三聯書店 2008年)115-134頁→『朋友通信』63期に転載。ただし、『朋友通信』に転載されたものは、紙幅の関係で、論文の一部の内容が削除されており、摘要・キーワード・注釈・参考文献も略されている。
(18)广州同心工作小组2010年第一次讨论会议纪要」广州同心的博客(2010-01-21)。
(19)【广州同心小组简介】」广州同心的博客(2009-08-30)。
(20)(2)に同じ。
(21)渴望理解 上海首条女同性恋者热线接听火爆」新華網2007年01月22日。
(22)(17)に同じ。
(23)同語「北京地区女同性恋者健康调查报告(PDF)」13頁。
(24)(18)に同じ。
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