2010-01

「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を作成しました

 私がこのブログを始めてから3年半近くたって、記事もたまってきましたので、これまで書いた中国関係の記事の一覧表として、「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を作成してみました(この「記事総覧」は、新しく作った「遠山日出也の現代中国女性史研究ホームページ」の中に置きました。このホームページにはまだほとんど内容はありませんが、今後少しずつ内容を充実させていくつもりです)。

 「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」では、このブログの「カテゴリー」区分よりも詳しく記事を分類してみました。また、このブログの記事は、事件のかなり後で書いたものもありますけれども、「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」では、事件が起きた年月の順、時系列順に並べてみました。

 今後は、私は、このブログで述べた近年のさまざまな問題について、大きな流れがわかりやすいように動向をまとめたり、分析したりしたものも書いていこうと思います。歴史的な流れの中に位置づけたものも書いていくつもりです(私はどちらかというと1950年代が専門です)。それらは、ネット上でも書きますけれど、いくつかの問題については、紙媒体で論じていきます(すでに紙媒体に書いたものもあることは、このブログでもお伝えしました)。

 報告の媒体としては、電子媒体と紙媒体の、それぞれに良さがあります。

 私は、電子媒体で書くことの良さは、以下のような点にあると思います。
 ・速報性
 ・リンク機能が使える
 ・紙媒体を読まない(またはアクセスしにくい)幅広い人々にも(無料で)読んでもらえる(近年は、大学の紀要などはネットで公開される傾向にありますが)
 ・ネットにおける交流が可能である(私の場合は、ほとんどできていませんが)

 ただし、現状では紙媒体の方が末永く残しやすいなど、紙媒体特有の利点も当然たくさんありますから、もちろん今後とも、紙媒体に書いていくつもりです。

 私がこのブログ「中国女性・ジェンダーニュース+」を始めたのは、「開設にあたって」でも述べたように、マスコミでは伝えられにくい中国の男女差別の話題、とくに女性の側の主体的な動き(メンズリブや非正規雇用の問題を含む。また、その後しだいにセクシュアル・マイノリティの人々の動きにも目を向けるようになりました)をお伝えしようと思ったからですが、研究という角度から見ると、このブログは、おおむね、資料の収集・紹介+「(いいかげんな)研究メモ」みたいなものにとどまっています。このブログには、私が『中国女性史研究』に連載させていただいている年表の基礎資料づくりという意味もありますが、今後は、もう少しまとまった文を発表していこうと思います。

 そのことは、私のより主体的な意見を述べることにもつながると思います。
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北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターによる企業内のセクハラ防止制度構築の取り組み

 2007年から、NGOの北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター[北大法学院妇女法律研究与服务中心]が企業内のセクハラ防止制度を構築する試みをおこなっています。

「企業の職場のセクハラ防止規則(建議稿)」の作成とその試験的実施

 2007年1月、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは「企業の職場のセクハラ防止メカニズム構築に関する国際シンポジウム」を開催し、「企業の職場のセクハラ防止規則[企业防治职场性骚扰规则](建議稿)」を発表しました。この「建議稿」は、同センターが、中国企業家協会や中国紡織工業協会、アメリカのゼネラル・エレクトリックの中国法人とも協議して作成したものです。

 「建議稿」は、以下のような内容を規定していました。
 ・セクハラに関する専門委員会(またはポスト)の設立
 ・新入社員の研修、管理者の定期的研修、セクハラに関する規則の公示
 ・セクハラの定義
 ・セクハラに対する処罰
 ・処理の手続き(訴え、受理、調査、調停など)

 この後、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、企業の協力を求めつつ、こうしたセクハラ防止の制度を試験的に実施する試みを始めました(1)

中国初の企業内セクハラ防止制度――河北省の衡水老白乾醸造酒(集団)有限公司

 2007年11月から、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、河北省衡水市婦連の協力を得て、河北衡水老白乾醸造酒(集団)有限会社[河北衡水老白干酿酒集团有限公司]が引き受けた、「職場のセクハラ防止プロジェクト」を開始しました。

 このプロジェクトが実って、2008年7月、衡水老白乾醸造酒(集団)有限会社は、中国で初めて企業内セクハラ防止制度を制定しました。その内容は、以下のようなものです。

1.仕事の場所でのセクハラの定義をした。
 その定義は、「仕事の場所でおこなう、歓迎されない、性的意味を持つ言語(電子情報を含む)または肢体などの行為で、従業員を、仕事においてある種の不利な地位に置く、または劣悪な仕事の環境を作り出す」というもので、具体的には、「性的意味を持つ冗談とからかい」「一緒に食事をするかデートすることを誘い続ける」「故意に性的意味を持つデマを流す」「性的経験を尋ねる・知らせる」「ヌードや明らかに性的内容の画像をばらまく、展示する」「不必要に触れる、ぶつかる」「性的関係を要求する」などを挙げています。

2.訴えを受理する専門の機構を設立した。
 労働組合の女性労働者委員会をセクハラの訴えを受理する機構にし、訴えや告発があれば、調査をおこなってて、適切な措置を取ってセクハラ行為を処理することを定めました。機構のメンバーは常に研修を受けなければならず、秘密を漏洩したり、訴えた者を差別したりしてはならないことも定めました。

3.懲罰を明確にした。
 警告、給料の支払い停止、配置転換、降級、停職、解雇など。

4.職員に研修をおこなって、セクハラの発生を防ぐ。
 同社の労働組合の主席は、「私たちは反セクハラを企業の調和[和諧]文化建設の重要な構成部分と考えて、職員全体に対して教育・研修をおこなう」と言っています。

 中華女子学院法学部の教授である劉明輝さんは、「現在のところ、この制度はまだ比較的簡単なものです」と述べていますが、制度を施行する過程で問題が出現したら、すぐに補充して、完全なものにしてほしいと願っています(2)

北京市でも、2つの企業がセクハラ防止制度を設立

 2009年3月、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは北京市海淀区婦連と合同で「企業の職場のセクハラ防止」シンポジウムをおこないましたが、その席で、北京市でも、翠微ビルディング(翠微大厦)と北京市西郊ホテル(北京西郊宾馆)が率先して企業のセクハラ防止制度を設立したことが報告されました。

 上の2企業も、河北省の衡水老白乾醸造酒(集団)有限会社と同じように、セクハラの定義や罰則を定めたり、職員に対する研修をおこなったりしています。

 たとえば、北京市西郊ホテルの場合、セクハラ通報受理センターを設立し(主任はホテルの労働組合の女性労働者委員が担当する)、各部門の女性労働者委員が通報ネットワーク員になり、通報電話なども設けています。また、新しい従業員には少なくとも1時限はセクハラに関する研修をするとのことです。

 上の2企業がセクハラ防止の制度を制定したのは、「企業の良いイメージを打ち立てるため」であり、「従業員が安全で調和の取れた仕事の環境を感じることができるだけでなく、企業の未来の発展のために極めて大きな利益をもたらす」からだということです(3)

江蘇省や広東省でも、「職場のセクハラ防止プロジェクト」を開始

 2009年から、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、江蘇省婦連とも合同で、「職場のセクハラ防止プロジェクト」を開始しました。江蘇省でのプロジェクトは、チャイナモバイル江蘇公司(中国移动通信集团江苏有限公司)でおこなわれ、8月から研修を開始して、約120名の管理職が研修を受けました(4)

 2009年12月には、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、広東省でも「職場のセクハラ防止プロジェクト」を開始しました。12月25日、中山市の火炬開発区婦連が「職場のセクハラ防止研修」をおこない、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの副主任の李瑩さんが講演をおこないました。この研修は、もともとは中山火炬都市建設開発有限会社(中山火炬城建开发有限公司)だけでおこなう予定だったのですが、火炬開発区の管理委員会の指導部がこの問題を重視して、火炬開発区の他の機関や企業も含めてやることになり、300名あまりが講演を聞きました(5)

意義と困難、限界?

法律では定められていないことを先駆的に実施

 中国の法律では、セクハラについて、十分な定義も、訴えを受理する専門の機構も、罰則も定められてません。だからこそ、まず個々の企業で、セクハラ防止制度を構築することの意義は大きいと思います。

それだけに困難は大きい

 北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター副主任の李瑩さんは、現在の中国で職場のセクハラ防止システムを構築するには2つの困難があると述べています。第一に、法律に規定がないので、企業が制定しなくても違法ではないこと、第二に、もし制定したら、むしろ「職場にセクハラがある」と誤解されると企業が心配するという2つの点です(6)

 「企業がセクハラ予防措置にかけるコストは、セクハラ発生後に企業にもたらす経済的損失よりもはるかに少ない」(7)とも言われていますが、中国では企業が賠償責任を求められたことはまだないので、企業がこうした動機でセクハラ対策に取り組むことも直ちには期待できないと思います。

 そういうわけですから、同センターは、プロジェクトを推進する過程で様々な障害にぶつかりました。李瑩さんによると、最初は、広東で農村から来た労働者を主とした企業と協力できればいいと思っており、飲食・小売業などの企業とも多く連絡を取ったのですが、いずれもうまくいかなかったということです(8)

 上述のプロジェクトがおこなわれているのは、立派なサイトを持っている中国でも比較的有名な企業のようで、そうでない企業の場合は、難しいのかもしれません。

国家レベルでの法律制定への土壌づくり

 しかし、それでも、同センターは、今後もさらに出稼ぎ労働者に注目して、東莞市と中山市にある、外来の労働者が集中している台湾資本の企業に接触しているところだそうです。

 李瑩さんは、「長期的に言えば、毎年新しい企業をセクハラ防止プロジェクトに加えて、勢いを強め、規模を広げ、影響力を強めて、最終的には立法を推進し、たとえば『女性労働者保護規定』に、単位が職場のセクハラを防止する義務と責任などを規定していきたい」と語ってます(9)

制度はきちんと機能しているのか?

 ただし、すでに制定されたセクハラ防止の制度がどのように機能しているかまでは、私にはわかりませんでした。

 その点で一つ心配なのは、上述のように、河北省の衡水老白乾醸造酒(集団)有限会社や北京市西郊ホテルの場合、セクハラ防止の専門的機構を労働組合の女性労働者委員(会)が担っているわけですが、先日お伝えした広州の日系企業でのセクハラ事件の際には、労働組合の委員はむしろ会社側に立ったことにみられるように、中国では(日本もそうかもしれませんが)、労働組合に依拠しても、セクハラ防止機構が十分機能しない可能性があるということです。

 ごく一般的に考えても、職場のセクハラ防止の制度が下からの運動で制定されたものでないならば、空洞化の危険が付きまとうのではないでしょうか?

顧客などからのセクハラは?

 広東での研修の後の座談会で、敬老院に勤めているある人は、ヘルパーに対する老人のセクハラについても問題にしていきたいと語っていました(10)

 ただ、翠微ビルディングの労働組合の副主席の尚曉輝さんは、(同ビルディングは商業・サービス業を主にしているのですが)「従業員が売り場で顧客からセクハラをされた場合、現在のところ、唯一できるのは批判・教育だけなので、今後、関係する法律によって空白部分を埋めることが待たれている」と述べているように、従業員に対する研修だけでは解決しない面もあると考えられます(11)

 以上のような幾つかの困難はありますが、法律を待たずに制度化への努力がなされていることは、やはり重要だと思います。

(1)以上は、「建立企业防治性骚扰机制国际研讨会在京召开」中国纺织经济信息网2007年1月25日(北大法学院妇女法律研究与服务中心HPより)、「防治职场性骚扰 寻觅试点」『法制晩報』2007年1月28日。
(2)以上は、「防治职场性骚扰项目在河北衡水启动」2008年3月3日(浙江省海寧市婦連HP)、「对被告公司免责的质疑」『中国婦女報』2009年12月24日、「河北衡水老白干酿酒集团制定企业防止职场性骚扰制度。专家称,此举是推动相关立法的一场实践 反性骚扰,企业应履行的社会责任」『中国婦女報』2008年7月10日。なお、「防治性骚扰,企业责任不可免」(『中国婦女報』2008年11月26日)によると、中国紡織工業協会により、北京愛慕下着有限会社[北京爱慕内衣有限公司]などの紡織企業でも、「建議稿」の試験的実施がおこなわれたとのことです。
 また、2009年2月、「職場のセクシュアルハラスメント立法の調査研究」課題グループが「仕事の場所のセクハラ防止法(建議稿)」を発表しました(→本ブログの記事「職場におけるセクハラの調査とセクハラ防止法の提案」参照)。これは、企業内の規則ではなく、国の法律についての提案ですが、この建議稿の起草作業にも、このプロジェクトは寄与しています。「職場のセクシュアルハラスメント立法の調査研究」課題グループは、王行娟さん(北京紅楓女性心理相談サービスセンター理事長)、王金玲さん(浙江社会科学院社会学研究所所長)、魯英さん(中山大学女性・ジェンダー研究センター元主任)の3人ですが、「起草作業に参与した」人として、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの李明舜さんの名前が挙げてあり、「立法提案を完全なものにするために貢献した」人として挙げられている人のうちには、河北省衡水市婦連権益部部長の李桂芹さんや河北老白乾酒廠女工部主任の彭素巧さんのお名前が見えるからです(工作場所性騒擾防治法(建議稿)[ワードファイル])。
(3)以上は、「北京两企业率先建章立制防止性骚扰 对性骚扰者给予警告、下岗和解除劳动合同的处罚;特别设计处理性骚扰行为流程图」『中国婦女報』2009年4月2日。
(4)江苏南京举行防治职场性骚扰项目培训」『中国婦女報』2009年11月24日。
(5)广东企业启动首个防治职场性骚扰项目 加大雇主责任是重要预防机制」『中国婦女報』2009年12月30日、「通知」(2009-12-26)中山火炬高技術産業開発区政府HP、「开发区举办防治职场性骚扰培训」(2009-12-26)中山火炬高技術産業開発区政府HP、「火炬开发区妇联举办“防治职场性骚扰培训暨研讨会”」中山区婦女連合会HP2009年12月28日。
(6)广东企业启动首个防治职场性骚扰项目 加大雇主责任是重要预防机制」『中国婦女報』2009年12月30日。
(7)防治性骚扰,企业责任不可免」『中国婦女報』2008年11月26日。
(8)(6)に同じ。
(9)同上。
(10)同上。
(11)(3)に同じ。
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ただ一人の女性省長・宋秀岩さんが辞職──歴史的にも女性の省のトップはごく僅か

青海省省長の宋秀岩さん辞職、全国婦連の党グループ書記・副主席・書記処第一書記に転任

 1月12日、青海省人民代表大会常務委員会は、青海省の女性の省長である宋秀岩さんの辞職願を受け入れる決定をしました。宋さんは、辞職願の中で、「仕事の配置転換のため、省長の職務を辞めさせてくれるようお願いする」と述べていました(1)

 翌13日、全国婦連の第10期第2回執行委員会において、中国共産党の中央組織部の副部長の沈躍躍さんが、中国共産党中央委員会の「全国婦連の主要な責任を持つ同志の調整に関する決定」を発表しました。この決定は、それまで全国婦連の党グループ(2)書記・副主席・書記処第一書記であった黄晴宜さんを、年齢的理由によって、それらの職務に再任せず、宋秀岩さんを党グループ書記に任命するものでした。そして、全国婦連の第10期第2回執行委員会は、中共中央の指名にもとづき、宋さんを副主席に選出しました。また、同日開催された第3回常務委員会の推薦により、宋さんは書記処第一書記にもなりました(3)。要するに、党の決定にもとづいて、黄晴宜さんの婦連の職務を宋秀岩さんが引き継いだということです。

 宋さんの異動の詳しい背景はわかりませんが、宋さんは中国でただ一人の女性の省長でしたから、これで、女性の省長は中国からいなくなりました。

歴史的に見ても、女性の省のトップはごく僅か

 歴史的に見ると、宋さんは、2人目の女性の省長でした。女性の省長は、宋さんを含めて、以下のとおりです。

中華人民共和国における女性の省長
・顧秀蓮(江蘇省 1983年4月─1989年4月)
・宋秀岩(青海省 2005年1月─2010年1月)

 中国の場合、党のトップが重要ですから、女性で、中国共産党の省委員会の書記(省の第一の指導者)になったことがある人も、以下に示しておきます。

中華人民共和国における女性の中国共産党省委員会書記
・呂玉蘭(河北省 1977年5月─1980年2月)※
・万紹芬(江西省 1985年6月─1988年4月)
・孫春蘭(福建省 2009年11月─)

 ※ただし、呂玉蘭さんが在任した時期は、別に「第一書記」というトップがいました(4)。ですから、呂さんは「初の女性の省委員会書記」ではありますが、初のトップというわけではないようで、初のトップは次の万紹芬さんになるように思います。

 以上、中華人民共和国において、これまで女性で省のトップに立ったことがあるのは、行政においても、党においても、2人ずつしかいなかったということです。年代的には、省長も、党の省委員会の書記も、1980年代と2000年代に1人ずつです。

(1)宋秀岩辞任青海省长 49岁时成我国第二位省長」人民網2010年1月13日(新浪網より)
(2)党中央から国家機関と大衆団体に派遣される指導グループ
(3)全国妇联十届二次执委会议在京闭幕 全国人大常委会副委员长、全国妇联主席陈至立出席会议 中央任命宋秀岩为全国妇联党组书记,全国妇联十届副主席」『中国婦女報』2010年1月14日。
(4)新中国两位女省委书记」紅色論壇2009-12-04、wikipediaの記述「省委书记」より。「河北省历任党委书记」(国家形勢網2006-6-30)によると、第一書記は、1979年12月までは劉子厚さんで、1979年12月から1982年6月までは金明さんです。
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香港の改正DV条例が施行、同性の同居カップルも適用範囲に

 2009年12月16日、香港のDV条例の改正案が立法会(香港の立法機関)で採択され、今年1月1日、施行されました。今回の改正の目的は、条例がカバーする範囲を、同性の同居カップルにも広げることにありました(1)(改正後の条例→中国語英語[ともにPDF])。

 条例の名称も、以前は、正確には「家庭暴力条例(Domestic Violence Ordinance)」であったのを、今回、「家庭及同居関係暴力条例(Domestic and Cohabitation Relationships Violence Ordinance)」に改めました。

 「同居関係」とは、「恋人同士として親密な関係の下で共同で生活している2人の人(同性か異性かを問わない)の関係、およびすでに終結したそうした関係を含む」と定義されています。

 今回の改正が実現した背景には、LGBTや女性の団体の運動、とくに実態調査を通じて、同性カップルの間でもDVが深刻であるのに、法律的保護が受けるのが難しい現状を明らかにした(本ブログの記事「女性の同性愛者やバイセクシュアルに対するDV調査プロジェクトはじまる」と「レズビアンのための反DVハンドブック刊行」参照←これらは中国本土についての記事ですが、香港の調査も紹介しています(2))ことがあります。

改正の際の議論

 香港のDV条例は1986年に制定されましたが、2008年にも一度、改正されています。その際にも、LGBTや女性の団体は、同性の同居者間の暴力にも条例を適用するように要求していました。この要求は2008年の改正では実現しませんでしたが、その際、香港政府は、その点については翌年に条例を改正することを承諾しました。しかし、その後、キリスト教保守派が、この改正に対して、強力な反対運動を展開しました(以上は、本ブログの記事「香港のDV条例改正とその後」参照)。

 2009年1月10日、立法会は特別会議を開催して、広く立法についての意見を求めましたが、この会議には、40もの宗教団体や宗教的背景のある団体が参加して、改正反対の意見を述べました(参加した女性やLGBTの団体は20)。たとえば、中華キリスト教播道会恩福堂の蘇穎智牧師は、同性が同居することについて、「不健全な風潮だ」、「アヒルを養う一族(男性セックスワーカーのこと)が増える」、多くの大学の卒業生が「性の奴隷になる」、「エイズの被害者が増える」などと非難しました(3)カトリック香港教区の李亮幹事長も、「政府は、同性婚姻を認めるかのような心配を招かないようにしてほしい」といったことを述べました。こうした議論を聞いて、かつて同性のパートナーに暴力を振るわれたことのあるレズビアンの煒煒さんは、「キリスト教徒に傷口に塩をまかれた」と感想を述べました(4)

 キリスト教保守派の明光社香港性文化学会は、この問題に関する「立場書」を出しました。この「立場書」は、同性の同居者間の暴力を含めた「あらゆる暴力に反対」だと言いつつも、「一夫一妻の婚姻及び家族制度」が重要であると述べ、同性カップルを「家庭暴力条例」に入れることについては、「間接的に同性婚姻への道を開く」という理由で反対しました。この「立場書」は、同性の同居者も保護する改正をする際には、「家庭暴力条例」の「家庭」という語を変更して、「家居暴力条例」か「居所暴力条例」に改称するべきだと主張しました(5)

 上のような議論に対して、女性団体などで組織する「平等機会婦女聯席」(新婦女協進会群福婦女権益会関注婦女性暴力協会青鳥香港婦女労工協会香港女障協進会香港婦女中心協会香港婦女基督徒協会、F-Union、香港職工会聯盟婦女委員会)は、次のような反論をしました。
 ・条例の保障の範囲を拡大することは、本聯席が、親密な関係における暴力の実態に基づいて主張してきたことである。また、香港女同盟会の調査によると、同性愛パートナーの3割がDVの被害を受けたことがある。社会は平等であるべきであり、一部の人の道徳観念によって、同性愛者の人権を奪うべきではない。
 ・「家居暴力条例」や「居所暴力条例」への改称について言えば、「家庭暴力」という言葉は、女性団体が数十年にわたって努力した末に、広範な人々が理解するようになった言葉であり、被害者も、「家庭暴力」という言葉で自分が置かれた状況がわかるようになった。それに対して、「家居暴力」や「居所暴力」という言葉はなじみがない(6)

 明光社と香港性文化学会の「立場書」に対しては、香港十分一会の曹文傑さんが詳細な反論を出しました。この反論は多岐にわたるものですが、たとえば以下のように反論しています。
 ・「同性の同居パートナーにも『家庭暴力条例』を適用することは、同性婚姻の承認に道を開く」←「家庭暴力条例」は、1986年に制定された時から、結婚していない「異性の同居者」にも適用されてきたのであり、私たちが求めているのは「同性の同居パートナー」と「異性の同居パートナー」との平等にすぎない。また、ニュージーランドやフィリピン、台湾は、DV法で同性の同居者も保護しているけれども、同性婚姻はない。
 ・「家族は一男一女の終身の結合である」←社会の変化にともなって、家族のあり方は変化し、多元化している。家族の形は異なっていても、同じようにDVの脅威を受けている人がいるのだし、法律は世俗社会のものであって、宗教的な婚姻・家族観に奉仕するためのものではないのだから、新しい家族のあり方に対応すべきだ。実際、だからこそ、2008年の改正では、それまでは、条例は、結婚しているか、いま現在同居している異性のパートナーだけに適用されていたのを、以前同居していた異性のパートナーとその子どもにも適用するようにした(7)

同性婚の承認とは完全に切り離して

 2009年6月、政府は、同性の同居者にも「家庭暴力条例」を適用する条例の改正草案を立法会に提出しました。

 ただし、その際、張建宗・労工及福利局局長は、「政府は、法律的地位と政策的立場の上では、同性婚姻、公民のパートナーシップなど、いかなる同性の関係も承認しない。この立場は、今回の改正によって変わらない。今回の改正が他の現行法例に影響を及ぼすこともない」と表明しました。また、張氏は、条例の名称を「家庭及同居関係暴力条例」に改めた理由の一つとして、「『家庭』と『同居関係』とは異なる分類に属し、お互いに関連がないことを明確に示す」という点を挙げました(8)

 張氏は、施行の前日にも、「今回の改正は、他の現行の法例に影響しない。ましてこれを、同性関係の地位を法律上同等に承認したと見なしてはならない」と述べています(9)

 以上から見て、今回の改正に際しては、保守派が「同性婚姻に道を開く」ことを危惧したのに対して、政府は、その危惧を否定する形で法案を成立させたと言えます。もちろん、今回の改正は、現在DVの被害に遭っている同性愛者たちにとって緊急に必要なことであり、改正のための議論が同性婚の是非論にすり替えられれることを防ぐことは、推進派としても重要だったと思います。また、条例の適用を同性カップルにも拡大したこと自体は、同性愛者などに対する差別をなくす上で大きな前進であることは間違いありません。

 ただ、政府は、少なくとも現時点では、今回の条例改正を、異性愛と同性愛とのいっそうの平等に結び付けていくことを完全に否定してしまっています。その点に関しては、同性愛への差別・偏見を温存する姿勢を示したとも言え、今後のDV条例の運用自体にも陰を落とす危険がないとは言えないと思います。

(1)家暴修例通過 保障同性同居情侶」『明報』2009年12月17日(Yahoo! 新聞)
(2)香港女同盟HP内の特集「修訂家庭暴力條例 保障同性同居伴侶」も参照。
(3)蘇穎智牧師の発言のロジックは不可解であり、香港でもそのように批判されています(「無邏輯先可以做基督徙!」路人乙筆記2009年1月11日)。いずれにせよ、同性愛に対する偏見のあらわれであることは間違いないところです。
(4)家暴條例正反對壘 40宗教團體vs20同志組織」『蘋果日報』2009年1月11日(婦女資源網より)。
(5)港政府擬擴家暴條例 基督教團體憂為同性婚姻開路」『基督日報』2009年1月18日(記事中に「明光社 香港性文化学会就政府建議同性同居者納入《家庭暴力條例》立場書」も収録)。
(6)平等機會婦女聯席:『人命關天,豈容再拖!』 要求立法會議員遵守承諾, 從速通過《家庭暴力條例》擴大保障至『同性同居者』(2009-01-09)」新婦女協進会HP
(7)曹文傑:《家庭暴力條例》修訂的謊言與真相」2008年12月、香港女同盟会HP
(8)政府擴大民事保障至同性同居暴力受害人(2009年6月3日)」香港特別行政区政府労工及福利局HP。その後の審議の過程については、「《2009年家庭暴力(修訂)條例草案》委員會」参照。香港女同盟会は、以下のような要求も出していましたが(「香港女同盟會就2009年家庭暴力(修訂)條例草案提交的意見書[PDF]」2009年7月)、容れられなかったようです。
 1.家庭暴力法廷を設立し、刑事事件と民事事件、不動産処理命令と保護命令の申請を同時に審理する。
 2.強制的補導の受け入れを刑罰を下す条項の中に入れ、罪が決定した加害者に強制的補導を言い渡す。
 3.保護命令と不動産命令を強制命令に取って代える。また、保護命令と不動産命令の申請手続きを簡単にする。
(9)《2009年家庭暴力(修订)条例》明日生效(2009年12月31日)」香港特別行政区政府HP
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広州でのセクハラ勝訴判決をめぐって

 広州の日本企業でのセクハラ事件について、2009年11月、広州市蘿崗区法院は、原告勝訴の判決を下し、被告の上司に慰謝料3000元の支払いを命じました。

事件の経過

 原告のAさんは南寧の大学で日本語を勉強して、2001年から中国の日本企業で働き始め、2007年4月には、広州森六塑件有限公司[森六テクノロジー株式会社の海外拠点]に入社しました。2008年8月、Yが日本の本社からやってきてAさんの上司になったのですが、その1カ月後から、Yは、しょっちゅうAさんの首や腰に触るなど、セクハラをするようになりました。Aさんは、「私が仕事に没頭していたときに、Yが突然後ろから触ってきて、驚いて全身に震えがきたことも何度もありました。はっきり断ったら、Yは陰険にも『冷たすぎる』と言いました。当時私は心理的なプレッシャーが大きく、出勤するのが怖かったです」と述べています。Aさんによると、「[Yの行為は]周囲の男の同僚もみな見ていたけれど、ある人は笑って傍観しているだけで、ある人はこっそり反抗する方法を教えてくれました」とのことです。

 12月26日の会社の忘年会では、Yが突然、Aさんの後ろからぶつかってきて、Aさんの手をつかみました。AさんはYの手が胸に当たっていると感じたので、もがくと、Yは大きな手でAさんの首を絞めました。Aさんは「私は、そのとき息ができなくなって、窒息しそうになったので、すぐ日本語と中国語で手を放すようにYに哀願しつつ、大声で『助けて!』と言って、懸命に抜け出しました。けれど、彼はテーブルを囲んで私を追いかけて脅したので、私は足から力が抜けました」と言っています。

 Aさんによると、「Yが舞台の上から大声で自分の名を呼ぶので、テーブルの下に隠れたけれど、見つかりました。Yは歌い終わった後、私を抱いて、首を絞め、胸を触りました。私の手は、彼が引っ張ったので赤や紫になりました」とのことです。

 Aさんは、その晩からまる2日間泣き、親も「もう我慢しなくていい!」と言いました。月曜日、Aさんは出勤せず、中国人の同僚に電話をして休暇を取るのを手伝ってもらいました。

 2009年1月4日、Aさんは正式に広州森六塑件有限公司の社長[総経理]のMにセクハラについて説明しました。同月6日には、Aさんは電話で2項目の要求(1.書面で謝罪する。2.会社が保証書を書いて、Aさんが2度とセクハラされないことを保証する)を提出しました。

 1月7日、会社は情況の報告と調整のための会議を開きました。会社からは6名の責任者が参加し、そのうち4名は日本人で、Yもいました。2名は中国人で、2人とも労働組合の委員でした。

 会議で、M社長は、Yの行為は間違っていることを認めたものの、「Yが背中を触ったのは完全に好意によるもので、それに、Yは忘年会では多量の酒を飲んでいた」と述べ、「もしYに書面でお詫びさせたら、彼の汚点になる」と言って、Aさんの要求を拒否しました。

 Aさんの気持を最も傷つけたのは、労働組合の委員だった2人の中国の同胞が自分の権益を守ってくれなかっただけでなく、「社長が非常に忙しい中、会議を主宰したのはあなたの面子を立てるためだ」と言い、女性の委員は「Aさんは無断欠勤したのだから、解雇すべきだ」と言ったことです(この女性の委員は、のちに取材に答えて、「私は『解雇すべきだ』と言ったのではなく、『もし会社の規定にもとづけば、解雇しなければならない』と言ったのだ」と述べていますが)。

 1月22日、Aさんは解雇通知を受け取りました。

 3月、Aさんは上司のYと会社を裁判所に訴えました。Aさんは、Yのセクハラの証拠として、同僚が撮影していた、Yの忘年会での行為の写真3枚も提出しました。

判決

 2009年12月21日、広州市蘿崗区法院はYのセクハラを認定し、Yに書面でのお詫びと3000元の賠償を命じました。

 判決文は、次のように述べています。「原告が提出した写真は、被告Yの行為をはっきりと示している。この行為は、原告の人格権を侵犯し、精神的な困惑を引き起こし、正常に仕事を続けることをできなくした。原告が、被告のYに書面でのお詫びと精神的損害の慰謝料の賠償を請求していることは法的に根拠があり、この事件の実際の情況に照らすと、本裁判所は精神的損害の慰謝料を3000元とする」

 ただし、判決は、Aさんの会社への請求については、「会社は必要な制度と環境をすでに整えているので、連帯して賠償する必要はない」として、これを退けました。

 とはいえ、判決を聞いて、Aさんはほっとしました。けれど、Aさんは、「Yは相変わらず正常に仕事をしていて、判決もまだ履行されていません。3000元の賠償は彼にとっては小遣い銭程度でしかないでしょう。これでは、彼は何ともと感じませんから、このような行為を容認することにならないでしょうか?」と心配しています。

 Aさんは、「ことが終わってから1年余り過ぎたけれども、私はまだしょっちゅう悪夢に驚いて目が覚めます」という状況です。

数少ない勝訴判決、しかも婦女権益保障法を引用

 今回の判決に関しては、「セクハラ事件での勝訴は、広州で初めてである。また、婦女権益保障法に直接依拠してセクハラを認定し、判決で賠償を命じた判決は、全国でもきわめて少ない。」と報じられています(1)

 これまでは、セクハラも、民法の「人格権」や刑法の「女性に対する強制わいせつ」(刑事事件の場合)で裁かれてきており、婦女権益保障法が活用された事例は本当に見かけません。その意味で、今回の判決は、「人々に婦女権益保障法の威力を見せた」とも言われています(2)

写真という、そのものずばりの証拠があったという幸運 

 セクハラ事件は一般に証拠が少なくて勝訴するのは難しいと言われているのですが、Aさんに対するセクハラが認定されたのは、判決文にもあるように、たまたま忘年会の席でのセクハラを撮影した、以下の3枚の写真(3)があったからです。
 ①Yが、後ろからAさんの腕をつかんで懐に抱き寄せている写真
 ②Aさんが抵抗したとき、Yが腕でAさんの首を絞めている写真
 ③Aさんが、Yに抱き寄せられるのを防ごうとして、手で椅子をしっかりつかみ、YはAさんの手を椅子から外そうとしている写真

 こうした証拠があったことについて、「少なからぬ業界関係者は、みな『幸運』だと言ってる」とのことです(4)

 広州市婦連主席の李建蘭さんは、「セクハラは大部分は2人の間で発生しており、その隠ぺい性によって、証拠を見つけるのが難しく、証拠が少ないために、裁判所が立件することも難しいものもある」と述べています(5)。だからこそ、立証責任のあり方などが問題になるのですが……。 

 また、今回の判決自体に関しても、以下のようないくつかの問題が指摘されています。

判決に対する批判【1】──会社を免責

 劉明輝さん(中華女子学院教授)は、判決が「会社は必要な制度と環境をすでに整えているので、連帯して賠償する必要はない」としたことを批判しています。劉さんは、以下の3つの点を問い質しています。

1.この会社は、職場のセクハラを防止するのに必要な制度をすでに作り上げていたか?
     ↓
 国際的な慣例と企業の社会的責任の実践的経験にもとづけば、職場のセクハラ防止に必要な制度は、少なくとも以下の内容を含んでいる。
 1.何が職場のセクハラなのかをはっきりさせる
 2.セクハラをした雇用者に対する制裁を詳細に説明する
 3.訴えを受理し、セクハラの紛争を解決する機構を設立する
 4.セクハラを訴えた人・証人・セクハラ事件を処理した者に対する報復を禁止する
 5.経営者と監督がその規則を実施する義務など。
 しかし、この事件では、被告の企業にこれらの必要な制度があったとは思えない。

2.この会社は、職場のセクハラを防止する環境をすでに整えていたか?
     ↓
 職場のセクハラを防止する環境がすでに整備された企業では、恒常的に的確な宣伝と研修の活動をし、雇用者と取引先に対して広くセクハラに関する政策声明を配布して、すべての雇用者と取引先に仕事場でのセクハラは許さないことを知らせている。
 しかし、この事件では、原告が仕事場でセクハラにあっていても、まわりの雇用者は訴え出ず、一笑に付してさえいる。また、忘年会の席でひどいセクハラがおこなわれても、この会社には制止する人がいない。これが、あるべき環境と言いうるのか? また、原告が会社に訴え出ても、成果が上がらない。ひどいセクハラをした管理者が、受けるべき罰則を受けていないということだけでも、免責できる情況でないと言える。

3.原告が被告会社に賠償責任を引き受けさせる請求は、法に基づく根拠がないか?
     ↓
 「広東省『中華人民共和国婦女権益保障法』施行規則[广东省实施《中华人民共和国妇女权益保障法》办法]」第29条第2款は「人を雇う単位と公共施設の管理単位は、適切な環境を作り上げ、必要な調査や訴え出る制度などの措置を制定し、女性に対するセクハラを予防・制止しなければならない」と規定している。この地方法規は、単位のセクハラ防止義務について『しなければならない[応当]』という言葉を使っており、これは強制的な規範であり、単位がこの法定の義務に違反しさえすれば、法律的責任を負わなければならないことを意味している。ただ、立法技術上から見れば、相応の明確な法律的責任が欠けているので、法律の構造が完全でなく、裁判官の自由裁量権に任されているというだけである。
 この面では、他の地方法規は、比較的完備している。たとえば、「四川省『中華人民共和国婦女権益保障法』施行規則[四川省《中华人民共和国妇女权益保障法》实施办法]」第47条第2款は、「仕事場所で発生した女性に対するセクハラが、女性の身体・精神・名誉に損害を与え、単位あるいは雇い主に過失があれば、法にもとづいて相応の民事賠償責任を負う」と規定している。

 この事件の判決の結果から見ると、わが国の反セクハラ法制は、すみやかに整備する必要がある。もしこの事件が日本で発生したならば、2被告は、巨大な連帯賠償責任を負うことになっただろう(6)

判決に対する批判【2】──慰謝料の金額が低い

 上で述べたように、原告のAさんは、慰謝料の金額について、「被告にとっては小遣い銭程度」だと指摘していましたが、朱岩さん(中国人民大学法学院副教授)も、慰謝料の金額が低すぎると主張しています。

 朱さんは、まず、「判決文は簡単すぎて、『本事件の実際の情況』に対する深い分析と論証がない」ことを指摘します。

 朱さんは、最高人民法院の「民事権利侵害の精神的損害賠償責任の確定の若干の問題に関する解釈(最高人民法院关于确定民事侵权精神损害赔偿责任若干问题的解释)」の第10条の以下の規定(「精神的損害の賠償額を確定するには、次の要素を考慮しなければならない。(1)権利を侵害した人の誤りの程度、法律に別に規定がある場合を除く。(2)侵害した手段・場所・行為の方法などの具体的な経緯、(3)権利侵害行為が引き起こした結果、(4)権利侵害をした人が利益を得た情況、(5)権利侵害をした人が責任を引き受ける経済的能力、(6)訴えを受けた裁判所の所在地の平均的生活水準」)を引用し、この5点に照らして、この事件の特徴を論じています。

 (1)「この事件では、原告が提供した証拠によれば、被告すなわち加害者は、たびたび故意にセクハラをしており、かつ完全に悪意によるものである。」

 (2)「それだけでなく、原告の陳述によれば……侵害の手段は『手を触れる』から、『首や腰をなでる』、さらには『公然と首を絞める』にまでなり、事実上、言葉で刺激することから、手を触れる、公然と暴力的侵害をするに至っており、侵害の場所も、仕事場から会社全体の忘年会にまでなっている。被告がおこなったセクハラは、現在のセクハラの中で最も深刻な形の一つだと言いうる」

 (3)「被害者は、このように悪質なセクハラを受けた後、『顔がやつれ』、原告の陳述によれば、『1年あまり経った後も、私は相変わらずいつも悪夢に驚いて目を覚ます』。……特に注意に値するのは、原告が現在すでに解雇されており、もしこの事件の原告に、労働法・労働契約法などに規定された『解雇理由』が存在しないならば、原告は精神的損害賠償のほかに、会社に、職場復帰および一方が労働契約を解除する関連規定に違反したことによる財産的損失の賠償を要求する権利がある。」

 (5)(6)「日本国籍の主管は、収入は原告よりずっと多く、事件が発生した広州は、わが国の経済的に発展した地区に属し、一人当たりの国民収入は国内の上位にある。」

 朱さんは、「以上で述べたことをまとめると、現在メディアが掲載した事件の情況にもとづけば、この事件の精神的慰謝料は低すぎる」とと結論づけています(7)

判決に対する批判【3】──刑法や治安管理処罰法を適用すべきではないか?

 先に述べたように、今回の事件について婦女権益保障法を適用したことを評価した報道もありましたが、より厳しい刑法や治安管理処罰法を適用すべきではないかという声もあります。

 ある記事は、Yがおこなった、無理やり抱きつく、引っ張る、胸をなでる、首を絞めるなどの行為は、「『刑法』第237条の女性に対する強制猥褻罪の構成要件に完全に合致している」、「私の疑問は、Yはわが国の刑法に触れた疑いがあるのに、裁判所はなぜ重きを避けて軽きに就いて、婦女権益保障法を判決の根拠にしたのか? ということである。」と述べています(8)。劉明輝さんも、「この事件は、『女性に対する強制猥褻罪』の疑いがある」と言っています。

 また、上述の朱岩さんは、「加害者は『治安管理処罰法』第44条に規定された内容(「他の人に猥褻な行為をし(……)情状が悪い者は、5日以上、10日以下の拘留に処する」)に違反していないかどうか、関係の主管部門に対して、調査の上で被告のやった行為に対して行政処罰の措置を取るか否かを考慮するように提案すべきである」と述べています。

 この裁判において刑法や治安管理処罰法を適用しないのは、民事裁判だからだと思うのですが、刑事的な対応も検討すべきだということかと思います。

労働組合のあり方に対する批判

 また、この事件では、労働組合が労働者の権利を守らなかっただけでなく、女性の労働組合の幹部が「Aさんは無断欠勤したから、会社の規定によれば、解雇しなけれけばならない」と言った(実際、2週間後に会社はAさんを解雇した)点が、多くの人が怒りを買いました。

 この点は、「外資系企業の労働組合の制度に懐疑を抱かせる」という指摘があります。この女性の労働組合の委員は、労働組合の副主席でもあり、女性委員会の委員と会社のある行政部門の副部長も兼任していました。(9)

 楊麗莎さんという人は、「[会議に出席した]この2人の労働組合の委員は、外資系企業の雇い主が(……)2人のふだん自分が比較的信頼している人員に兼職させて、格好だけつけて済ませたのかもしれない。彼らは職員・労働者から選出された代表ではなく、当然、職員・労働者の要求には関心がなく、逆に攻撃をして、外資系企業の雇い主の代弁者または共犯者になる。このような労働組合は、名ばかりになってしまう」(10)と言っています。

 ただし、これは外資系企業に限った話ではなく、もともと計画経済の時代から、労働組合は企業に従属的で、それが市場経済になっても変わっていないという点も当然指摘されています。

 例えば、ある人は次のように述べています。「ずっと長い間、とくに計画経済の時代は、企業の労働組合は、労働者自身の組織だと称していたけれど、実際は大部分は管理者の役割を演じていた。労働組合の主席も、一般に、同じ職務等級の副職の待遇を享受しており、ふだんは行政部門に協力して従業員の思想・仕事・生活などの面の事務を処理していたので、事実上経営管理者の代弁者だった。」
 「市場経済体制の確立、とくに法治社会の建設にともなって、労働組合は企業の行政権力から独立して、本当に労働者の代弁者になる(……)ことを要求されたけれども、いくらかの単位ではまだ過去のモデルを抜け出しておらず(……)組合員の(……)一つのクラスの管理者として立ち現れる。たとえば、労働組合の副主席が同時にまた行政部門の副部長であり、そのため、矛盾や紛争を処理するとき、おのずと使用者側のためにモノを言う。類似の状況は、外資系企業だけでなく、本土の企業にも同時に存在している。これが、労使紛争の中で往々にして労働組合の声が聞こえない重要な原因である。」(11)

 楊麗莎さんは、「いかにして労働組合の人員の背筋を伸ばして、労働者の合法的権益を保護させるという重責を担わせることができるか?」という問いに対して、次の3点を挙げています。
 1.労働組合に名実ともに労働者の利益を代表させるには、選挙と監督のメカニズムが必要である。労働者が自分の利益を代表する指導者を選び、不適任な指導者を問責・罷免できるようにし、労働組合の指導部の堕落変質を防止する。
 2.労働組合の指導者に対する保護メカニズムが必要である。労働組合の指導者が雇い主との駆け引きの過程において、仕事を失わないようにする。これには法律的な保護が必要である。
 3.体制を転換して、労働組合に労働組合の経費を満額納めるようにし、労働組合が独立して自主的に活動を展開できるようにすることがきわめて重要である。(12)

司法や立法、労働組合の問題点が浮き彫りに

 今回の判決は、原告が勝訴したという点では良かったのですが、同時に、司法や立法、労働組合のあり方の多くの問題を浮き彫りにしたということだと思います。

 なお、今回の判決に関して、「報道は、判決が直接『婦女権益保障法』を引用したと言っているけれども、原文を引用していないので、詳細な情況を知ることができない」(13)という指摘もあります。この点については、中国の裁判を調べる上で多くの人が感じることだと思うのですが、中国でも、判決の原文などをもっと公開してほしいと思います。

(1)以上については、「弱女子告倒日籍“咸猪手”却被工会扬言开除」『信息時報』2009年12月19日(大洋網に掲載されたもの)。原文では、加害者や社長の実名も出ていますが、本稿ではイニシャルにしました。レコードチャイナにも、この大洋網の記事をもとにした記事が出ています(「<セクハラ>忘年会で女性に抱きつく! 日本人上司に賠償金、写真で認定」2009-12-21)。なお、「司法の判決が直接『婦女権益保障法』を引用することはかなり少ないので、もし本当なら、この事件は、この面での模範として同様に重視に値する」という指摘もあります(「广州一法院依《妇女权益保障法》判决性骚扰案」『女声』13期[2009.12.14-12.20])。
(2)一审获胜,被告尚未执行法院判决 广州女职员诉日籍上司性骚扰案追踪」『中国婦女報』2009年12月24日。
(3)(1)の記事中に掲載。
(4)(1)に同じ。
(5)(2)に同じ。
(6)劉明輝「对被告公司免责的质疑」『中国婦女報』2009年12月24日。
(7)朱岩「精神抚慰金过低」『中国婦女報』2009年12月24日。
(8)到底是谁壮了日企主管侵害中国女工的色胆?」華声在線2009-12-24
(9)工会委员辩称是“无心之举”」『信息時報』2009年12月21日。
(10)杨丽莎「女工遭日籍上司当众调戏反被开除。外企工会啥时挺脊梁?」巴蜀红凤凰的博客2009-12-25
(11)女工委替资方说话缘于工会角色错位」新華博客2009-12-23。王向前さん(中国労働関係学院労働法・社会保障法教研室主任)も、一部の基層の労働組合に「労働者の権利を保護しない」状態の原因として、「計画経済体制から市場経済体制に転換して以後、わが国の人を雇う単位の中で労働者と雇用者の利益が分化したにもかかわらず、基層労働組合の組織体制は、労資の利益の分化にもとづく調整をおこなわず、計画経済の時期に生み出された、人を雇う単位に対する従属性を維持し続けていることである。(……)基層労働組合の幹部がもらっているのは、人を雇う単位の賃金であって、労働組合の賃金ではないので、彼はどうしても人を雇う単位の意志に従属しがちである」と指摘しています(王向前「工会干部应站在谁的立场」『中国婦女報』2009年12月24日)。
(12)(10)に同じ。王向前さんも「根本的に言えば、基層労働組合の幹部と雇い主との経済的つながりを切断して、労働組合の幹部は労働組合の飯を食い、労働組合の賃金を手にするようなしなければならない。そうしたこそ、基層労働組合は雇い主から独立した地位を売ることができ、労働者の合法的権益を保護することができる」と言っています。
(13)「广州一法院依《妇女权益保障法》判决性骚扰案」『女声』13期(2009.12.14-12.20)。
関連記事

[日本]ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)とその労働争議

ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)について

 昨年、日本で、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)」というフェミニズムの総合サイトが出来ました。今の日本にはフェミニズム系のサイトは比較的少ないのですが、そうした中で初めてできた総合サイトでしたから、私も、2~3日に一度は見るようなり、多くのことを学んできました。

 WANのサイト本体には、現在のところコメント欄はありませんが、昨年12月、「WAN裏方日記」というブログに、「ご感想などお待ちしています」という記事が出て、「このブログのコメント欄に、WANの記事に対する感想を書いていただけたらうれしい」という趣旨のことが述べられていました。

 そこで私は、今年の1月3日、以下のようなWANについての感想を、ブログの最新の記事(1月1日付)のコメント欄に書き込んでみました(実際には、ブログのコメント欄の字数制限の関係で、2回に分けて書きましたが)。



 私は会員でも女性でもありませんし、個別の記事に対する感想でなくて申し訳ありませんが、私の場合ですと、やはり深刻な事態がリアルに述べられた記事、たとえばシングルマザーや非常勤職員についての文が、現実を突き付けられる感じがして、印象に残っています。それから、衆院選の公開質問状はヒットだったと思います。マスコミでは、女性に関する争点がわかりませんでしたから……。

 また、本について著者や読者が語る記事があることは、ユニークだと思います。「この本を読んでみよう」と思った記事がいくつもありました。

 その他にも、私には、このサイトがなければ出会えなかった文章がたくさんありました。個人サイトでできるだけ多くの方が発信することは今後ますます重要になってくる思いますが、すべての人がすべての問題を個人サイトで発信するわけにはいかないことを考えると、総合サイトの役割もけっして少なくないと感じました。

 ただ、総合サイトの場合、書く人と作業する人が別の場合が多いので、負担の片寄りから来る無理が生じないか心配ですが、その意味で、WANの労働組合がサイトに掲載されているのは、きちんとしておられると思いました。良心的だと言われるNPOや出版社でも、労働問題はうまくいっていない場合が多いとうかがっていますが、この点でも、WANが模範になれば──といっても、もろちん試行錯誤が必要なのでしょうが、労働問題を解決する試みについても伝えてくだされば、すばらしいと思います。

 あと、研究と運動を結ぶという意味では、研究者の方に自分の研究の問題意識を語っていただいたり、逆に運動家や生活者の立場から、研究への要望や質問を語っていただいたりする試みがあってもいいのでは? とか、ネットワークづくりという意味では、さまざまなサイトへのリンクをしてみてもいいのでは? とか(自分が会員でもないのに無責任に)いろいろ思いつきますが、今のままでも十分に意義があると思いますので、どうぞご無理をせずにやっていただきたいと思います。



 「WAN裏方日記」のコメント欄は承認制をとっており、上のコメントはまだ掲載されていませんが、これは、単にまだ承認されていないだけかもしれませんし、ひょっとすると私のコメント送信がうまくいかなかったのかもしれません(「送信しました」というメッセージは確認したのですが)。また、「WAN裏方日記」の文を読むと、個別の記事に対する感想を求めているようですので、私のコメントがそうした趣旨とは異なっているために承認されなかったのかもしれません。

[1月6日追記]
 私のコメントは、無事、承認されていました。

WANの労働争議

 それはともかく、私がコメントを投稿した翌日の1月4日、WANのサイトに、WANの労働組合「ユニオンWAN」の委員長・遠藤礼子さんが書かれた「WANはウェブマスター業務の外注化を撤回せよ」という記事が掲載されました(私は、一瞬、「ひょっとしたら私のコメントに答えてくれたのかな?」などと思いましたが、遠藤さんが「WAN裏方日記」をやっているわけではないと思いますし、偶然の一致でしょう)。

 遠藤さんの記事の内容は、ごく簡単に言えば、遠藤さんはWANにウェブマスターとして雇用されたけれど、昨年末でウェブマスターを辞めさせられるとともに、簡単には許されないはずの「労働条件の不利益変更」(具体的には、労働時間を半分にした上で、賃金を下げて、収入を今の1/4~1/5程度にまで減らされる)が一方的におこなわれた提案されているので(*)、それに抗議しているというものでした。

 ところが、その数時間後、この遠藤さんの記事は削除されてしまいました。

 そこで、「ユニオンWAN」は、新しいサイト「非営利団体における雇用を考える会(仮)― WAN争議を一争議で終わらせない ―」をお作りになり、削除された「WANはウェブマスター業務の外注化を撤回せよ!」(←遠藤さんの抗議の詳しい内容は、これをお読みください)という文も掲載しました。

 この「非営利団体における雇用を考える会(仮)」のサイトには、ほかにも、理事長が遠藤さんに記事の削除を通知なさったメールの中に事実と異なることが書かれていることを指摘した文(「理事長からのメール」)なども掲載されています。

 遠藤さんが関西圏大学非常勤講師組合の副委員長をやっていらっしゃた時には、私も、ごく短い間ですが、お世話になりました。遠藤さんはきっと今回も筋を通して、ハッキリものを言っておられるのだと思います。 

 といっても、私はWANの会員ではなく、その詳しい内情を知っているわけではありません。たぶん使用者側にも言い分があることと思います(ユニオンWANの記事の中にも、ある程度理事の方々の言い分も書かれていますが)。WANの理事の方で私が存じ上げている人は少ししかいませんが、その方々は、私の知る限り、とても誠実に学問や活動をなさってきた方々です。

 ぜひ、私がお送りしたコメントでも期待を表明させていただいたように、WANの方々には、ご苦労や紆余曲折はあると思いますが、遠藤さんにも納得がいくような形でこの争議を解決していただきたいと思います。

(*)[1月10日追記]この点については、当初の私の記述が不正確でした。お詫びして訂正いたします。遠藤さんの現在の状態は、簡単に言えば、WANが
 ・(合意や引き継ぎもせずに、いきなり)仕事を取り上げた(→この点はすでに行われた)。
 ・「よって、今後は他のことをやってもらい労働時間を半分にしたうえで、給料も下げたいがどうか」と言ってきたが、この点については、今のところ、まだ決定も実行もされていない。
 という状態だそうです。この点については、詳しくは、「非営利団体における雇用を考える会(仮)」のブログの記事「WAN争議の論点整理(1)」(労働条件の不利益変更)をご覧ください。

[2012年2月9日追記] この争議のその後については、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」というサイトをご覧ください。
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Author:遠山日出也
 検索から来られた方へ:このブログの記事を分類した一覧である「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を見ていただくか、下の「カテゴリー」欄を使われると、関連情報がご覧いただきやすいと思います。最近の行動派フェミニストについては、「中国の行動派フェミニスト年表、リンク集」をご覧ください。
 また、「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。日本の問題の一部は、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」や「館長雇止め・バックラッシュ裁判」でまとめています。
 恐れ入りますが、スパム対策などのため、コメントは私が拝見した後で表示させていただきます。
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