2009-06

上海プライドウィーク

 今月は「プライド月間」でしたので、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)の人々の活動に関する報告が多くなりました。「プライド月間」とは、1969年6月にニューヨークで起きた、同性愛者らが警察による抑圧に対して立ち向かった「ストーンウォールの反乱」を記念してさまざまなイベントがおこなわれる月間です。

 中国におけるプライド月間の活動は、1996年6月、北京のバーで秘密裏にプライド月間の祝賀がおこなわれたのが最初で、2005年6月には初めて公然とレインボー色の凧を飛ばしました。今では30あまりの都市のLGBTの組織がプライド月間をテーマとした活動をおこなうようになっています(1)

 今年は、既に本ブログでお伝えした活動のほかにも、6月7日(日)から14日(日)までの1週間、「上海プライドウィーク[上海驕傲周]」がおこなわれました(そのサイト)。

 かつて2005年12月にも北京同性愛文化節が企画されましたが、直前に警察が介入して中止していますから、上海プライドウィークは、「中国初のLGBTのフェスティバル」(主催者)だと言えるように思います。

 上海プライドウィークは、以下の日程でおこなわれました。

6月7日(日)
 《Autopsy(解剖)》(Loo Zihan監督、2007年)、《Qeer China(誌同志)》(崔子恩監督、2008年)上映

 ・《Autopsy(解剖)》は、セクシュアリティに関する母と息子の対話で、7分ほどの短編です。
 ・《Queer China(誌同志)》は、中国の改革開放の30年間にLGBTに起きたさまざまな出来事を、30人あまりの著名人に対するインタビューによってまとめた映画です。今年4月に開催された第24回イタリアGLBT映画祭で、「最も観衆に歓迎されたドキュメンタリー賞」を受賞しました。
 ・オープニングナイト・ディナーもありました。

6月8日(月)
 パネル・ディスカッション「Bloom in the Little Garden:Evolution of Gay Shanghai(花開“小花園”座談会)」:魏偉(華東師範大学社会学部教授)、高燕寧(復旦大学公共衛生学院教授)、Lee San(上海のLGBT界の著名人)

 座談会では、以下のような内容が語られました。

 ・同性愛者の空間の変遷について──インターネットがなかった時代は、漢口路の小花園が上海の同性愛者の唯一の基地であった。次いでゲイバーができ、その次に同性愛者浴室ができた。さらに、未来ダンスホール[未来舞庁]が毎週金曜から日曜の夜を同性愛者だけのために開放し、1998年からは、ネット上に同性愛サイトが出来た。

 ・中国国内のメディアについて──高教授らが復旦大学で同性愛の課程を開設したところ、国外のメディアからは取材がひきもきらなかったが、国内の大きなメディアからは取材が全くなかった。中国の主流メディアは「エイズ防止」という文脈でしか報道しない。国内で復旦大学の同性愛課程を最初に報道した記者は、自分の名前でなく、実習生の名前で発表したが、その実習生の名前は、その後、その新聞の紙面に二度と出てこなかった。この「上海プライド」についても、真っ先に取材したのはBBCである。中国でおこなわれた活動を外国のメディアによって知らなければならないというのは、「中国のメディアに対する巨大な風刺」だと言える(2)

 今回の報道の一覧を見ても、その多くは英語によるものです。

6月9日(火)
 即興のパフォーマンスの夜

6月10日(水)
 《S/he(他/她)》(Gina Pei Chi Chen)、《Lost in You(啦啦啦)》(朱一葉監督、2006年)無料上映→中止

 ・《S/he(他/她)》は、ある女の子は男になりたかったが、思春期になって、それが不可能であることを知り、打ちひしがれる。しかし、女性兵士の人形を見て、女性の体と男性性とが両立できることを知り、男装をすることによって自分を受け入れる――といった話のようです。

 ・《Lost in You(啦啦啦)》は、この映画のブログもあります。話の内容は、2人の女性が愛し合うようになるが、「同性愛者」になることを恐れて、2人は別れる。1人の女性は平凡に男と生活することをめざすけれども、もう1人の女性は、相手を見守り、心の中の相手への愛情を守ることを選ぶ。彼女たちは別れても、彼女たちの魂は永遠の対話を続ける――という話のようです。

6月11日(木)
 ワイン・ビュッフェ

6月12日(金)
 《Destination Shanghai(目的地上海)》(程裕蘇監督、2003年)無料上映→中止

6月13日(土)
 バーでパーティ

 ・パーティは午後2時から10時までおこなわれ、全国各地から人々が集まりました。仮装や民族舞踊など、さまざまな活動がおこなわれました(3)
 ・公開で同性愛者どうしの結婚式もおこなわれ、3組のレズビンと1組のゲイのカップルが式を挙げました(4)

 ・また、この日、サイト「陽光地帯」が設立した「陽光閲覧室」という、lGBTのための小さな図書室もオープンしました(5)

6月14日(日)
 スポーツ競技(水泳・バドミントン)、カラオケ大会(英語)、ディナー
 
 ただし、中国の政治的制約のためにパレードはせず、行事は、すべて私人の場所でおこなっています(6)

 上海プライドフェスティバルを主催したのは、上海LGBTです。上海LGBTとは、LGBTの人々によるメーリングリストです(Shanghai LGBT)。今回の活動の発起人は、上海在住のアメリカ人の女性であるティファニー・リメイ(Tiffany Lemay)さんとハンナ・ミラー(Hannah Miller)さんのお2人です。ティファニー・リメイさんは、「私たちは、この活動によって同性愛者集団の社会的な可視度を高め、多くの同性愛者がカミングアウトできるようになることを望んでいます」と話しています(7)。アメリカ人のお2人が表に立ったのは、そのほうが受け入れやすい(弾圧されにくい)と思ったということもあります(8)

 主催者は、合計3000人が参加したと発表しました(延べ人数だと思われます)(9)。ただし、『大公報』によると、参加した同性愛者の大多数は上海で生活している外国人で、中国人の割合は2割前後だったそうです。

 しかし、「数年前だったら、上海はこのような活動はできなかっただろう」とも言われています。また、「上海は、内地の他の都市と比べて、同性愛者の集団の存在を受け入れる力が大きい」ということも指摘されています。

 『大公報』の記者が取材したところ、上海の当局も比較的寛容で、活動に対して「三不」の原則(支持しない、反対しない、提唱しない)を採ったということです(10)

 ただし、上でも触れていますが、6月9日と6月12日の映画上映は、上海市工商局の要求で中止させられました。工商局は「上映を引き受けた場所が映画上映許可証を持っていないので、警告をした」と述べているのですが(11)、China Daily紙は「上海プライドウィークの目的は、より多くのLGBTにカミングアウトできるようにすることなのに、政府の干渉は、明らかに間違ったシグナルを送った。それは、もうこの国では非合法ではない、LGBTの人々の基本的市民権を否定するメッセージである」と批判しています(12)。パレードができない点も含め、こうした面での問題や不安はまだ残っているようです。

(1)目的地:同志月,驕傲夜」(2009-6-12)淡藍網
(2)この座談会に関しては、以下の画像があります。「独家組図:上海同志驕傲周活動花絮(1)」(2009-6-8)陽光地帯網、「同(2)」、「同(3)」、「同(4)」、「同(5)」、「同(6)」、「同(7)」、「同(8)」、「同(9)」、「同(10)
 以下の(1)~(3)には、座談会の内容もかなり詳しく書かれています。「上海首届同性恋文化節:上海同志談空間変遷(1)」(2009-6-9)陽光地帯網、「同(2)」、「同(3)」、「同(4)」、「同(5)」、「同(6)」、「同(7)
(3)実拍上海同志驕傲周精彩変装秀(1)」(2009-6-)陽光地帯網、「同(2)」、「同(3)」、「同(4)」、「同(5)」、「同(6)」、「同(7)」、「同(8)」、「同(9)」、「同(10)
(4)独家実拍:上海同志驕傲周四対同性恋情侶挙行婚礼」(2009-6-13)陽光地帯網
(5)以下の(1)と(8)に閲覧室の様子がわかる写真があります。ごく小規模なものです。「上海首個同志閲覧室誕生(1)」(2009-6-14)陽光地帯網、「同(2)」、「同(3)」、「同(4)」、「同(5)」、「同(6)」、「同(7)」、「同(8)」、「同(9)」、「同(10)
(6)上海同性恋節“不搞大游行”」(2009-06-07)愛白網(BBC中文網からの転載)。
(7)同性恋者“上海驕傲周”民間活動挙辨中」(2009-06-11)愛白網
(8)(6)に同じ。
(9)『上海驕傲周』在高潮中落幕」(2009年6月22日)北京拉拉沙龍HP
(10)“同志”狂歓“上海驕傲周” 上海“恐同”此情不再度」『大公報』(香港)2009年6月15日。
(11)同性恋者“上海驕傲周”民間活動挙辨中」(2009-06-11)愛白網
(12)Gay Festival Teaches Tolerance(包容──同志驕傲周給我們的功課)」China Daily(中国日報)2009-6-10
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館長雇止め・バックラッシュ裁判控訴審、結審

 三井マリ子さんは、2000年、大阪府豊中市の男女共同参画推進センター「すてっぷ」の初代館長(全国公募による、非常勤)として、独創的な企画を打ち出すなど全力で仕事を進め、その実績は市やセンターにも高く評価されました。しかし、そうした三井さんの仕事が目ざわりだったバックラッシュ勢力(男女平等の推進に反対する勢力)が市やセンターに圧力をかけ、その圧力に屈した豊中市などは、非常勤館長職廃止して館長を常勤化する「組織変更」をひそかにおこなって、三井さんを雇止めし、2004年、新館長への採用も拒否しました。

 三井さんは上のように訴えて、豊中市と「すてっぷ」を運営する「とよなか男女共同参画推進財団」を相手取って、損害賠償を求める裁判を起こしました。一審判決(2007年、大阪地裁)は原告敗訴で、現在は控訴審ですが、この裁判が、5月22日、結審しました。判決は秋ごろの予定です。

 この裁判ついては、私は特集ページを作成していますので(「館長雇止め・バックラッシュ裁判(原告・三井マリ子さん)」)、そのページをご覧いただければ、これまでの詳しい経過がお分かりいただけると思います。

 このブログでも、昨年、浅倉むつ子さんが意見書を出されたことまでお伝えしましたが(裁判をいっそう身近に感じさせる「人格権」の主張──浅倉意見書)、その後も、さまざまな点が議論になりました。

 今回は、そうした議論の中から明らかになったことのうちの幾つかを、原告の「第4準備書面」(原文(PDFファイル)│私が作成した要旨)と「第5準備書面」(私が作成した要旨)をもとに、自分なりにまとめてみました(正確には原文をご覧ください。なお、原告が控訴しましたので、控訴審では、原告のことを「控訴人」と呼ぶのが正しいのですが、ここでは便宜的に、「原告」と書きます)。

 《もくじ》
(1)原告排除は、市長が決めた「重要な政策的変更」
(2)組織変更を原告には隠し通した事実がさらに明らかに
(3)市が組織変更の理由として挙げた事務局長後任問題は、口実にすぎない
(4)不可解な、驚くべき主張の変更
(5)「バックラッシュ勢力に対して毅然として対応」?
(6)採用拒否の違法性をめぐって
(7)解雇に当たっての説明義務
付―ファイトパックの会のブログなどの問題について

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職場の性差別についての調査報告

 6月12日、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターが「中国職場反性差別」調査報告を発表しました。これは、同センターの「中国職場反性差別課題グループ」が昨年6月から今年5月にかけて、3000部のアンケート調査(有効回答2707部)や聞き取り調査によって、採用、賃金・待遇、昇進、セクハラ、定年の5つの面から職場の性差別の状況を調査したものです。全国の20あまりの省や自治区で、在職者、リストラ・失業した人、退職した人、求職中の人に対して調査しました。

 その主な結果は、以下のとおりでした。

 ・募集・採用の過程において、女性であることを理由に拒否された経験がある……23.6%
 ・自分のほうが男性よりも明らかに成績が優れていたのに、採用を拒否された経験がある……16%

 ・「結婚しない」という条項に署名を迫られたことがある……4.1%
 ・「妊娠しない」という条項に署名を迫られたことがある……3.4%
 (就職の際、「○年間は結婚(妊娠)しない」という誓約書にサインさせられることがあるので、その点について尋ねたものです)

 ・自分の職場では、女性労働者は、妊娠、産休、授乳期に職務を変えられ、降給される……20.9%、解雇される……11.2%

 ・自分の職場では、女性労働者は男性労働者より昇進の機会が少ない……33.9%
 ・性別が自分の賃金に影響している……66.2%

 ・「女性労働者の定年が男性労働者より早いのは、差別ではない」……6割近く、「差別である」……26.4%

 なお、「この調査の数値は女性労働者に対する隠れた差別を含んでいないので、このデータは実際の状況よりも低い」(報告の執筆者の1人である張帥弁護士)と考えられます。なぜなら、使用者は、多くの場合、求職者に対しては直接「女性だから採用しません」などとは言わずに、実際には性別でフルイにかけるからです。

 今回の調査結果をもとに、センターの「課題グループ」は、以下のような提案もしました。
 ・雇用差別に反対する専門の法律を制定する。その法律では、差別の定義や差別に対する法律的責任を明確にし、きちんとした救済の道筋をつくる。政府による労働監察を強化する。訴訟の際には、立証責任を使用者側に転換する。
 ・アメリカやイギリスのような、全国的なジェンダー平等政策の評価・監督機構を設立する(以上は、(1))。

 センターは、以上のような調査結果をもとに、シンポジウムもおこないました。そのシンポでは、金融危機の下で、性差別が強化されていることも報告されました(2)

 中国における職場の性差別に関してはすでに多くの調査・研究がおこなわれており、そのなかには賃金の差別自体について調査したものも少なくありません。しかし、これだけ多くの労働者を対象にして、さまざまな性差別について質問した調査は、あまりないように思います。

 この調査結果を見ると、どうも昇進の面では、日本の方が性差別が激しいように思われます。

 ただし、露骨に「結婚しない」「妊娠しない」という条項の契約を迫られたりするのは、中国の方が多いでしょう。また、定年差別については(この件は、このブログでもたびたび取り上げています[たとえば、「定年の男女差別は違憲」と訴え2006-08-18])、階層による意識の違いが大きいのですが、女性は定年が早い分、早く年金がもらえたりするので、全体としては、あまり差別とは感じていない人が多いようです。

 いずれにせよ、今後、業種や階層別のもう少し詳しいデータが発表されることになると思いますので、それを待ちたいと思います。→書籍として出版されました(本ブログの記事「『中国職場性差別調査』出版」)

 なお、「課題グループ」おこなった提案は、これまでも繰り返し提唱されてきたことです。この調査報告については劉凱玲さんが記事を書いていますが、劉さんも「問題の鍵は……女性の就業の権利を保護する法規の強制力が強くないために、就業の性差別は何度禁止しても、なくならないことにある」と述べています(3)

 呂頻さんもこの調査報告について記事を書いていますが、劉さんも呂さんも、政府の公務員採用の際にも性差別がある点を厳しく批判しています(この問題も、以前、ブログでも触れました[たとえば、中国の求人広告などの差別の研究2009-02-07])。呂頻さんは「こんな具合では……法律を制定して性差別を懲罰することはまことに困難だ」、「鍵は、政策決定者に、この問題を解決する意思があるのか否かにある」とはっきり述べています(4)

(1)調査顕示女性就業遭遇厳重性別歧視」『法制日報』2009年6月15日、「中国職場性別歧視状況研究報告発布」『中国婦女報』2009年6月15日、「四分之一応聘女性求職時因性別遭拒」『工人日報』2009年6月15日。
(2)2009年6月12—13日,中心在北京西蔵大厦挙行了“反職場歧視研討会”」(2009-06-17)北京大学法学院婦女法律研究与服務中心HP
(3)劉凱玲「破除“就業性別歧視”関鍵在執法」『中国婦女報』2009年6月15日。
(4)呂頻「遭就業歧視:為何未見女性訴諸法律」『新京報』2009年6月15日。
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第4回北京クィア映画祭と同映画祭の歴史

 6月17日から21日まで、「第4回北京クィア映画祭[第四届北京酷兒影展]」が北京郊外の宋荘美術館と現象工作室で開催されました。主催者は、朱日坤、崔子恩、楊洋、石頭、范坡坡の各氏で構成する「北京クィア映画祭組織委員会」です。

 第24回トリノ国際LGBT映画祭で大賞を得た『無聲風鈴』(洪栄傑監督、Youtube)を皮切りに、50本あまりの映画が上映されました。中国本土の作品とともに、香港や台湾の作品も上映され、日本の《初恋》(今泉浩一監督、2007年)も上映されました(プログラム「第四届北京酷兒影展日程表(PDFファイル)」)。

 開幕式には200人あまりが参加しました。宋荘美術館の館長で「栗憲庭映画基金」の栗憲庭さんは、挨拶の中で「中国でインディペント映画を作るのは難しく、クィア映画を作るのは更に難しい。いかに難しくとも、みんなで勝ち取らなければならない。自由は与えられるものではなく、勝ち取るものだ」と述べました(以上は、(1))。

 今回は、これまでのクィア映画祭のうちで最も期間が長く、最も多くの映画が上映されました。

 これまでの映画祭は規模が小さく、また、しばしば途中で当局に妨害され、中断しています。以下、各回の概要を見てみます。

第1回中国同性愛映画祭[首届中国同性恋電影節](2001年12月14日~16日)(2)

 於:北京大学図書館南配殿
 上映作品
 ・《河流》(蔡明亮監督)
 ・《東宮西宮》(張元監督、1996年)
 ・《男男女女》(崔子恩監督、1999年)
 ・《今年夏天》(李玉監督、2000年)
 ・《旧約》(崔子恩監督、2001年))
 ・《藍宇》(関錦鵬監督、2001年)(Wikipediaの解説

 第1回は、「中国同性愛映画祭」という名称であった。北京大学の影視協会の張江南と楊洋という2人の学生と崔子恩監督が企画し、開催した。

 学外には「第1回中国同性愛映画祭」として宣伝したが、校内の場所を使用するには北京大学の共産主義青年団(共青団)の委員会の許可が必要だったので、大学の共青団には単に「同志文化祭[同志文化節]」をすると届けた。当時は、「同志」という言葉を「同性愛者、LGBT」の意味で使う用法は、中国大陸(とくに行政機関)では普及していないかったので、簡単に許可された。

 しかし、開会式の前、張江南は、共青団の委員会から「国家安全局の人が学校に来て、映画祭を監視しているかもしれない」と電話で知らされた。映画祭の2日目には、張は共青団の委員会に呼び出され、映画祭について説明を求められた。3日目には、はっきりと、共青団から「『上級機関』が映画祭を問題にしていて、次のの三つの質問をされた。一、映画祭を開催する目的、二、商業行為か否か、三、映画祭は好ましくない社会的影響を引き起こしているが、張が映画祭の影響をどの程度まで大きくしようとしているのか知っているのか。」などということを聞かされ、張は妥協せざるをえなくをなった。19日には、映画祭の活動は停止を命ぜられた。ただし、その時までに中国の映画は全て上映を終えており、まだ上映していかなったのは外国の映画だけだったのは、不幸中の幸いだった。

 終了後、張は国家安全局と党の中央宣伝部の人の審問を受けることになったが、恐れていたようなことは起こらなかった。その理由は、「上映禁止映画」を公開で放映したとはいえ、正式の上映とは見なされなかったことや、映画祭のテーマ自体は非合法ではなく、事前に許可も受けていたことなどである。 

第2回北京同性愛映画祭[第二届北京同性恋電影節](2004年4月22日~23日)(3)

 於:北京大学百周年記念講堂多機能ホール→平民映画映像空間
 上映作品
 《我們害怕(Shanghai Panic)
 《女同性恋游行日(DYKE March)
 《忘記她是他(Ignore the gender)
 《上海男孩(Snake Boy)
 《人面桃花(Beautiful Men)
 《少年花草黄(Withered in a Blooming Season)
 《胡蝶(Butterfly)
 《星星相吸惜(Star Appeal)
 《好郁(HoYuk-Let's Love Hong Kong)
 《301的法則(The rule of room 301)
 《宝宝(Baobao)
 《艶光四射歌舞団(Splendid Float)》

 第2回は、「中国」から「北京」に名称を改め、北京愛知行研究所の責任者・万延海と現象工作室の責任者・朱日坤の協力・支持を得た。

 この時は、北京大学影視協会は、北京大学百周年記念講堂の使用を許可してもらうために、「性の健康とエイズ予防の教育的ドキュメンタリーの上映をする」と届け出た。宣伝は第1回目より慎重にして、情報は3日前まで封鎖し(とくに映画祭の場所や時間)、入場券の販売も私的にEメールだけでおこなった。

 しかし、開幕式が始まる10分前に「第2回北京同性愛映画祭」と書いたポスターが見つかり、「講堂の使用は、高尚で学術的な上演に限る」という理由で追い出された(開幕式の前に既に何本か映画を上映していたので、この日も、まったく上映ができなかったわけではない)。

 翌日は平民映画映像空間に移動して開催し、1日半で終了した。上映地点の変更については、公表せずに、観衆の一人一人に電話で知らせたので、上映活動への干渉はなかった。

第3回北京クィア映画祭[第三届北京酷兒影展](2007年12月2日~?)(4)

 第3回から、「同性愛」から「クィア」に名称を変更した。もともとは2007年9月に予定していたが、資金や場所、時間の関係で、12月になった。

 当時、ちょうど「栗憲庭映画基金」が「第2回インディペンデント映画フォーラム」をやろうとしていたので、その下に「クィア映画フォーラム」を特設する形でおこなった。インターネット上では宣伝せず、宣伝は、直前にメーリングリストでおこなっただけだった。

 この時は、南京でも、南京大学の影視協会と協力して、上映をおこなった。その時に上映されたのは、以下の作品である。

《春歌》(孟諾)
《屋脊上的男人》(張磊)
《箱子》(崔霖)
《祝福你親愛的》(筷子兄弟)
《真心話大冒険》(陳双慶)
《陽春之春》(楊平道)
《我們》(思奇)
《美麗情人》(劉啓兵)

 今回の第4回目の映画祭がとくに干渉されずに開催できた背景には、社会的な変化があることは間違いないと思います。「数年前は、LGBTが北京で公然と活動をしようとしたら、すぐに警察が関心を持って、ただちに中止するよう要求したが、社会の観念が変わった」という指摘もあります(5)

 組織委員の1人である楊洋さんは、予定通り開催できるかどうかずっと心配していましたが、無事に開催できてホッとしているということです。ただし、楊さんによると、「今回の映画祭を、首都の中心から比較的離れた新興芸術区の宋荘で開催し、宣伝もせず、『同志』という言葉の代わりに、『クィア』という言葉を使った」というのは、控えめさを保つためだそうです(6)

 今回の映画祭の模様を写した写真は、以下に多数掲載されています。

現場報道:第四届北京酷兒影展開幕(組図)(1)」2009-6-17淡藍網
同(2)」同
同(3)」同
同(4)」同
同(5)」同
同(6)」同
同(7)」同
同(8)」同
淡藍記者手記第2日:緊張中的閑情逸致(組図)(1)」2009-6-19淡藍網
同(2)」同
同(3)」同
同(4)」同
同(5)」同
淡藍網独家:第四届北京酷兒影展円満落幕(組図)(1)」2009-6-22淡藍網
同(2)」同
同(3)」同
同(4)」同
同(5)」同


(1)第四届北京酷兒影展開幕」(2009-06-18)愛白網(写真多数)、「第四届北京酷兒影展啓事」(2009-02-15)北京酷兒影展博客。
(2)北京同志影展史話(一)」、崔子恩「愛――首届同性恋電影節致辞」(ともに北京酷兒影展博客、英訳あり)、陳礼勇「首届中国同性恋電影節夭折内幕(1)」「同(2)」(新浪網読書頻道)。ただし、「北京同志影展史話(一)」と陳礼勇「首届中国同性恋電影節夭折内幕」とでは、若干、記述に違いがあり、上では両者を混ぜて記述していますので、正確には原文を確認してください。
(3)北京同志影展史話(二)」、「原計劃放映日程」、「電影節地点変更短信」(いずれも北京酷兒影展博客、英訳あり)。
(4)酷兒影像,影響中国+北京同志影展史話」の范坡坡執筆箇所、「酷兒論壇南京巡回」(北京酷兒影展博客、英訳あり)。
(5)中国同性恋突破重囲 展示新風貌」(2009-6-22)淡藍網
(6)北京同志影展順利開場,組織者如釈重負」(2009-6-22)娯楽信息与休閑論壇
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第1回中国多元性別芸術展開幕

 6月14日の午後、「別・性」第1回中国多元性別芸術展が北京宋荘美術館の平民映画工作室(The Civilian Film Studio)で開幕しました(展覧会のブログ:首届中国多元性別芸術展)。21日までの1週間の予定です。初日は、500人の人が訪れました。

 この展覧会は、LGBTやセックス・ジェンダーの多元性・流動性を表現した作品16点を展示しています。テーマは「多元・平等・実験・性別」です。作者は、石頭、鄭波、張一、楊霖、徐騰飛、西亜蝶、孫曉喩、任航、封零、唐子硯、高雅、譚逢、何金安、成涓子、宋嘉寧らです。

 この展覧会は、「別・性」芸術展準備委員会が主催し、同語、平民映画工作室、les+誌の支持と、北京LGBT[同志]文化活動センター、愛白文化教育センター、『点』雑誌の協力の下に開催されています。2007年に構想が建てられ、2008年に作品を募集して実現しました。

 芸術展の名誉学術主催者である崔子恩は、開会のあいさつで「これは、中国史上初のクィア芸術展です」と述べました。

 ただし、この展覧会も順調だったわけではなく、当日の午前になってもまだ開催できるかどうかはっきりしませんでした。当日の朝、性的内容が露骨すぎる作品を取り除き、正式な開会式もやらないという条件で、開催が可能になったということです(首届多元性別芸術展開幕)。

 作品は、油絵、写真、彫刻などさまざまですが、言葉で説明してもしかたがありませんから、展覧会の様子がわかる写真入りの記事を以下に挙げますので、それらをご覧ください。
“別・性”:中国首届多元性別芸術展在北京開幕」(2009-06-15)愛白網
“別・性”多元性別芸術展在京熱烈開幕」(2009-06-15)別・性首届多元性別芸術展博客

 以下のシリーズの(9)以下は、作品そのものを撮影しています。
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(1)」淡藍網
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(2)」淡藍網
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(3)」淡藍網
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(4)」淡藍網
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(5)」淡藍網
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(6)」淡藍網
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(7)」淡藍網
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(8)」淡藍網
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(9)」淡藍網→「凹凸」(作者:石頭)、「私を傷つけるな」(作者:何金安)
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(10)」淡藍網→「大きくなった、成熟した」(作者:譚逢)
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(11)」淡藍網→「呼吸」(作者:石頭)、「カリブ諸島の出生登記」(参与式作品)
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(12)」淡藍網→「青い愛情」(作者:高乙力)、「青い大海」(作者:封零)
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(13)」淡藍網→「私たちによいリズムを身につけさせよ」(作者:任航)、時代行シリーズの一(作者:張一)
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(14)」淡藍網→「手のひらの中の絶望の花」(作者:曲盈)、「ソドム・エルの残酷な鏡像」(作者:唐子硯)
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(15)」淡藍網
独家実拍:首届多元性別芸術展(組図)(16)」淡藍網→「追夢」(作者:周遠)
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鄧玉嬌事件をめぐって

事件のあらまし

 5月10日、湖北省巴東県の野三関鎮の政府に勤務している3人の男性が、その鎮(小さな町)のホテルの浴場で足の手入れをするサービスをしていた鄧玉嬌という女性(22歳)に、「特殊なサービス」を要求しました。鄧玉嬌がそれを断ると、2度にわたって彼女をソファーの上に押し倒しました。鄧玉嬌は身を起こすと、修脚刀(足の手入れをするのに用いる小刀)で、鎮の企業誘致室の主任だった男性(44歳)を死なせ、残りの男性2人も腕にケガをしました。鄧玉嬌は、警察に電話をして、自首しました(1)

 この事件に対しては、社会の各界やインターネットで大きな反響が起きています。まだ事態は進行中で、連日様々な意見が発表されており、フォローしきれていませんが、私の目についたものを紹介します。

官僚が弱者を踏みにじることへの怒り

 この事件が大きな反響を呼んだの一つの理由は、習水県の少女に対する性侵害事件(本ブログの記事)と同様、強い立場の役人が弱者を踏みにじっていること、そうした官僚の横暴や腐敗への怒りです(2)

 警察の動きにも不審な点がありました。警察は、性侵犯の証拠になる鄧玉嬌の下着を10日間もほおったままにしていました。警察が下着を押収する直前に、母親が突然、鄧の下着を洗いました。また、母親は、最初に頼んだ弁護士をその後解任したのですが、その経過も不自然で、こうした母親の行動の背後には警察などからの圧力があるのではないかという疑いも、多くの人が指摘しています(3)

 そうした世論もあってのことでしょうが、ケガをした2人の役人に対しても、免職など、党や行政の規律にもとづく処分が下されました(4)

正当防衛か否か

 鄧玉嬌の行為に関しては「正当防衛だ」という声が数多く出されました(5)。しかし、検察は、「過剰防衛」だと判断し(6)、鄧玉嬌を「故意傷害罪」で起訴しました(7)

 しかし、「強姦に対しては無限防衛権が認められるので、過剰防衛ではない」という意見も出ています(8)

「烈女」という賞賛

 鄧玉嬌に対しては、官僚への怒りもあって、「女の英雄だ」という賞賛が多いのですが、「烈女(貞節を守るために命をかけた女性)」だという賞賛もありました。なかには、わざわざ野三関鎮に行って、「烈女碑」を建てることを求める人まで現れました。当然、そうした賞賛には批判の声も上がりましたが……(9)

 その一方、中国人民大学の性社会学研究所のサイトに掲載された文章は、「強姦を判定する唯一の基準は、『相手の意思に反している』こと」であり、「その『相手』には、一般の女性と売春をしている女性との区別はない」「強姦する者が夫であるか否かも区別しない」と述べたうえで、「もし彼女が本当に売春婦だったとしても、このように多くのインターネット仲間の声援を得られただろうか?」と問いかけています(10)

NGOの声明

 この事件に関しては、5月末から6月初めにかけて、いくつかのNGOが声明を出しました。

1 中国法学会DV反対ネットワーク(5月30日)

 中国法学会DV反対ネットワークは、だいたい以下のような内容の声明を出しました(11)

(1)鄧玉嬌が性的侵害にあったか否かをきちんと調べよ
 正当防衛か否かを決めるには、「鄧玉嬌が人を刺したとき、どのような状況に置かれていたか」を調べて明らかにしなければならない。警察は「鄧玉嬌は強姦されていない」と言うが、強姦でなくても性的侵害を受けていれば、犯罪である。警察は、説明がまちまちで、かつ簡単すぎる。

(2)専門的人員を引き抜いて事件処理の力を強め、必要なら他の土地が事件処理することも考慮せよ
 警察は、必要な調査や証拠収集を明らかにおろそかにしている。また、「特殊なサービスの強要」というようなことを軽々しく言っており、なにか「消費上のトラブル」であるかのようで、人身の安全や女性の権益の保護という精神にもとっている。現地の警察まかせにせずに、鄧玉嬌事件に専門的人員を投入すべきだ。

(3)鄧玉嬌にもっと多くの救済を提供せよ
 法律や心理、医療など、多くの面から社会的な援助をするべきである。

(4)女性の人格的尊厳を尊重し、鄧玉嬌たちが男権社会の娯楽の対象にならないようにせよ
 「特殊なサービス」を強要する男たちの目には、女性の精神と身体は「商品」なのである。この事件の背後には、一部の地区、一部の職業では、女性は「色情の符号」になっているという状況がある。女性蔑視をなくし、娯楽場所の色情取引をくい止め、管理しなければ、鄧玉嬌事件は他の土地で繰り返されるかもしれない!

2 北京大学法学院女性研究・サービスセンター(6月2日)

 北京大学法学院女性研究・サービスセンターの声明(12)は、警察が「過剰防衛」であるという結論を下したことについて、「鄧玉嬌は『故意殺人罪』『故意傷害罪』などの罪名によって……彼女の最も美しい青春の歳月を牢獄で過ごすかもしれない」と憂慮しています。

 また、同センターの声明は、この事件が「男権社会の下での女性蔑視」を示していると述べるとともに、鄧玉嬌が「社会の底辺で生活している打工妹(農村からの出稼ぎ女性)」であることに注目して、以下のように述べています。
 「社会の底辺でもがき、発言権を失った弱者集団――打工妹は屈服するしかない!」「打工妹が受けている性差別と傷害は、この点だけはまったくない。労働権、婚姻・家庭の権利、土地の権益などの各面において、重大なジェンダー差別が見られる。彼女たちに対しては、政府と社会のさらに多くの、さらに全面的な関心が払われなければならない」

3 北京紅楓女性心理相談サービスセンター(6月8日)

 北京紅楓女性心理相談サービスセンターは、鄧玉嬌が娯楽場所でのサービス員だったことから、「仕事場でのセクハラ防止法の制定が一刻も猶予できない」という声明を発表しました(この点に関して同センターなどがおこなった調査については、本ブログでも、以前取り上げました[職場におけるセクハラの調査とセクハラ防止法の提案])(13)

女子学生のアピール

 この事件に対しては、女子大学生の中からも行動が起こります。中華女子学院の女子学生たち42名は、5月24日、この事件を公正に処理することを求めるとともに、国家や政府に対して女性の権益や人格の尊厳を守るように訴えるアピールを発表しました(14)

 そのうちの1人の蘭玉姣さん(自分の名前が「鄧玉嬌」と発音が似ているので、親近感を感じたそうです)は、同じ日に、北京のあるビルの前で、体に白い布に何重にも巻き付けて、横たわり、もがくというパフォーマンスをしました。これは、女性が何重にも束縛されていることを示すもので、そばには「誰」「都」「可」「能」「成」「為」「鄧」「玉」「嬌」(誰もが鄧玉嬌になるかもしれない)という9つの文字を書いた紙を置きました(15)

全国婦連への批判と全国婦連の声明

 しかし、中華全国婦女連合会(全国婦連)は、この事件に対して沈黙していました。

 その点に関して、ネットなどで強い批判が起きました。たとえば、作家の梅桑楡さんは、5月19日、全国婦連が沈黙していることに対して、電話をかけて問いただし、それを録音した記録を自分のブログで発表しましました。さらに、学者や作家ら8人の連名で、全国婦連に対する公開状を書きました(「全国婦聯権益部対玉嬌案的態度」、「就鄧玉嬌案致全国婦聯的公開信」)。

 こうした声に押されてでしょうか、全国婦連は、5月22日、「全国婦連は、鄧玉嬌事件を非常に重視している」「私たちは関係部門が法によって公正に処理することを信じ、この事件の進展を注意深く見守る」という声明を発表しました(16)

 こうした事態について、呂頻さんは自分のブログで意見を書きました。かいつまんで紹介します。

 「全国婦連がまだ説が定まっていない個別の事件ついて態度を表明したというのは、尋常のことではない。」

 「従来はこのような事件が発生しても、こうした[全国婦連や全国総工会のような]大衆団体からは、公の声明はほとんど聞かれなかった。」「これらの団体の実際の活動と、公言している職責とは整合していない。こうした団体は、けっして真に政府と別の立場や機能を有しておらず、多くの場合、それらが果たす役割は、政府のために、対象になる集団に結びついて動員するだけあリ、その活動方式は行政化・官僚化しており……そのイデオロギーも保守的すぎて、今なおセックスワーカーなどの周縁的な集団に対しては、半ば公然と排斥する態度をとっている」

 「長い間、それらの中国特有の政府的な大衆団体は、中国式の深く追求できない曖昧さを形成してきた。」「問題なのは、それらが占有しているのが、膨大な組織システムを維持するのに必要な大量の公共の資源だけでなく、その他の権利保護組織が成長する空間だということである。」「有為であることを願う者は、その地位を得られず、地位がある者[=婦連などの大衆団体]は往々にして大したことをしていない」。

 「鄧玉嬌事件をめぐる世論は、ついにこの曖昧さをある程度暴き出した。公衆の問責意識の向上は、権力機関に向かって責任を問うだけでなく、大衆団体に向かっても責任を問い始めた。」

 「ある人は、全国婦連の声明は外交辞令のようだと言うが、まずは積極的な現象である」。とはいえ、「全国婦連は、声明の中で関係部門が法によって公正に鄧玉嬌事件を処理すると信じると述べているが、法による公正さは、けっして自然発生的に実現するものではなく……権力機関に対する監督と牽制が必要である。鄧玉嬌事件において、何千何万の公衆が共同で声を上げる方式で団結してこの過程を推進している。彼らは、これらの大衆団体にも真に権利保護という自分の職責に立ち返って、自己の制度的資源を運用して、有為であるように願っている。」(17)

 鄧玉嬌事件に関する考察は、現在も次々に発表されており、昨日も「湖南女性/ジェンダー学と文学フォーラム」のサイトに、この事件に対するジェンダー視点にもとづく論評を特集したページが作成されました(「鄧玉嬌案:婦女権利何処尋――社会性別評論専題」)。今後もこの事件には注目していこうと思います。

(1)女服務員拒“特殊服務”刺死官員」『中国婦女報』2009年5月14日。
(2)同上や「民衆因何為鄧玉嬌鳴不平」(『南方都市報』2009年5月12日)など。
(3)皇甫天:高級司法機関応及早介入“鄧玉嬌案”」西部網2009-05-27、「女服務員刺死官員案玉嬌母親挙動譲人費解」『法律界』2009年5月26日、「関于鄧玉嬌一案的声明──夏霖 夏楠」(2009年5月25日)聴雨軒的博客、「鄧玉嬌案進展追踪:鄧玉嬌母親后面的幽霊是誰?」2009-05-26中国青年網
(4)警方認定鄧玉嬌防衛過当 巴東県厳処両名渉案人――黄徳智被撤職辞退並被治安拘留 鄧中佳被撤職辞退」『法制日報』2009年6月1日。
(5)たとえば、「法律視野下一個女性公民的正当防衛」『中国婦女報』2009年5月19日。
(6)警方認定鄧玉嬌防衛過当 巴東県厳処両名渉案人――黄徳智被撤職辞退並被治安拘留 鄧中佳被撤職辞退」『法制日報』2009年6月1日。
(7)鄧玉嬌案被訴至巴東県法院 被訴渉嫌故意傷害罪」金羊網2009-06-07
(8)強奸与無限防衛権」『南方周末』2009年6月8日。
(9)侯金亮:別急着為鄧玉嬌立“烈女碑”」(2009年5月26日)紅網
(10)鄧玉嬌抗暴:這個問題必須説清楚」中国人民大学性社会学研究所HP
(11)中国法学会反対家庭暴力網絡「対鄧玉嬌案的呼吁(2009年5月31日)」中国法学会反対家庭暴力網絡HP
(12)北京大学法学院婦女研究与服務中心「中心的声明:譲玉嬌的悲劇不再重演!!(2009年6月2日)
(13)北京紅楓婦女心理諮詢服務中心「関注鄧玉嬌案 制定《工作場所性騒擾防治法》刻不容緩(2009.6.8)」北京紅楓婦女心理諮詢服務中心HP
(14)42名女大学生就“鄧玉嬌”事件発起倡議書呼吁尊重女性」(2009-6-1)NGO発展交流網
(15)北京益仁平中心「女大学生受鄧玉嬌事件啓発創作行為芸術」(2009-5-27)NGO発展交流網(写真多数)
(16)全国婦聯高度重視鄧玉嬌事件並将密切関注事件進展」中国婦女網2009年5月22日(現在は消えていますが、「同語」HPが保存している画面)。
(17)呂頻「公衆為何希望婦聯介入鄧玉嬌案」(2009年5月25日)朝陽路上BLOG。6月11日現在、呂頻さんのこのブログは消えています。ひょっとしたら、この記事の婦連批判と関係があるのかもしれません(追記:その後、再び見られるようになりました)。全国婦連女性研究所のサイトなどに似た文が掲載されていますが(「公衆為何希望婦聯介入鄧玉嬌案」)、婦連などの大衆団体を厳しく批判した2つの段落(上で引用した「従来は~」と「長い間~」で始まる文言が含まれる段落です)はカットされています。
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