2008-03

チベット女性の状況

 今回のチベットの事態に対して、チベット女性協会(Tibetan Women's Association)も、中国政府の武力弾圧に抗議する「緊急声明」を出しました(Urgent Statement from TWA)。

 チベット女性協会とは、1959年3月にチベット蜂起が起きた時に結成され、1984年に亡命チベット女性によって活動を再開した団体です。現在はインドやネパールに支部があるようです。

 上の緊急声明は女性問題にはとくに触れていませんが、2006年にチベット女性協会が出したレポートは、チベット女性に対する人権侵害について詳しく書いています(NGO Alternative Report on the Status of Tibetan Women)。このレポートは、国連の女性差別撤廃委員会が中国政府のレポートを2006年8月に審議した際に提出したオルタナティブレポートで、以下のような内容です。

 <構成>
序言
 A.本レポートの目的
 B.チベット女性協会──プロフィール
 C.チベット女性の政綱
レポートの概要
チベット女性に対する暴力
 A.拷問
 B.リプロダクティブ・ライツの侵害
  1.強制または強要された不妊手術
  2.強制された強要された妊娠中絶
  3.優生学
  4.生殖周期の監視
チベット女性と雇用
チベット女性と健康
チベット女児と教育
チベット女性と人権
 A.人口移動
 B.宗教迫害
 C.売春
国際社会への勧告

 内容をかいつまんで紹介すると(ざっと見ただけなので、あまり正確でないと思いますが)、「チベット女性に対する暴力」の節では、中国政府の抑圧に反対する活動では尼僧も活躍してきたこと、そのためチベットの女性政治犯には尼僧が多く、彼女たちに対してはしばしば拷問(とくに性的拷問)がおこなわれていることを告発しています。また、チベットの国土は広大で人口問題がないにもかかわらず、産児制限が強要されていること、不妊手術や妊娠中絶がしばしば危険な方法でおこなわれていることを批判しています。また、女性の生殖周期が監視されており、この点もプライバシー侵害で、女性に対する暴力であることを指摘しています。

 「チベット女性と雇用」の節では、チベットへの漢民族の移住を進めたためにチベット人の失業率が増大していることや、中国語を話せなければ仕事にありつけないことを述べています。また、雇用においてチベット女性は、漢民族男性、漢民族女性、チベット男性の下の最底辺に位置づけられていることやセクハラを受けていることも述べています。

 「チベット女性と健康」の節では、多くのチベット女性にとって医療は、手が届かないか、高価すぎるものであることを述べています。また、刑務所では月経を処置するための綿も与えられないことにも言及しています。チベットでは妊産婦死亡率(妊産婦10万人あたりの死亡者数)が20であり、中国の他地域は6であるのに比べてずっと高いことも指摘されています。

 「チベット女児と教育」の節では、チベットの女児の就学率は全国最低であること、33%の子どもはまったく教育を受けていないこと(全国では1.5%)。学校は親からさまざまな経費を徴収しており、農村部ではそれらを支払えないことが述べてあります。また、多くの子どもは家ではチベット語で育てられているにもかかわらず、ほとんどの学校(とくに中等学校以上)では中国語が使われており、そのこともチベットの子どもの教育の妨げになっていると指摘しています。子どもたちはチベットの文化遺産については教えられず、1996年の中国政府の「取り締まり強化(厳打)」キャンペーン以降は、修道院や尼寺での教育も禁止されたといいます。多くの親が、子どもをチベットからヒマラヤを越えて逃亡させようと試みているそうですが、それには多くの危険(寒さ、食物の不足、警官による強姦など)があることも述べています。

 「チベット女性と人権」の箇所では、チベットへの漢民族の移民が大規模に進行していること(世界銀行が漢民族の移住のためのプロジェクトに資金を提供しようとしたが、国際的な訴えによってその方針を変更したことにも触れている)、1996年の「取り締まり強化」キャンペーンによってチベット人が宗教儀式をするのを禁止され、多くの僧や尼僧が逮捕されたことを述べています。また、経済的な苦難や差別のために売春に追いやられるチベット女性(田舎、とくにチベット東部のカム地方出身の人が多い)が増加していること、それに対して中国政府はほとんど手を打っていないことも述べてあります。

 上のオルタナティブレポートを受けてのことだと思いますが、国連の女性差別撤廃委員会も、中国に対する最終コメントで以下のような点を指摘し、是正するように勧告しました([英語]Concluding comments of the Committee on the Elimination of Discrimination against Women│[中国語]消除対婦女歧視委員会結論意見:中国←開けないときはここからChinaのConcluding CommentsのChineseを開いてください)(いずれもPDFファイル)
 ・まず、女性に対する暴力について述べたパラグラフ21で、「[女性差別撤廃]委員会は、特にチベットでは、拘留所で女性が暴力的侵害を受けていると報じられていることを憂慮する」と述べています。
 ・また、農村の問題について述べたパラグラフ27では、「[女性差別撤廃]委員会は、農村の女性が教育・保健・就労・指導的業務への参与、土地財産などの面で不利な地位に置かれていることに注目する。委員会はまた、チベット女性を含めた、農村の少数民族の女性の情況を憂慮する。彼女たちはジェンダー的、民族的、文化的背景と社会経済的地位にもとづく複合的な差別に直面している」と述べています。
 ・人口抑制について述べたパラグラフ32では、中国政府が「地方の産児制限の官吏による少数民族に対する虐待と暴力(強制的な不妊手術と強制的な妊娠中絶を含む)の報告を調査し、起訴する」ように求めています。

 チベット女性の被抑圧的状況について日本語で読めるネット上の文章としては、以下の2つがあるようです。
 ○ダライラマ法王日本代表部事務所が作成したチベットの人権問題特集。とくにその中の女性の権利のページ産児制限と中絶・不妊手術の強制のページ
 ○2000年の女性国際戦犯法廷の一環として開かれた現代の紛争下の女性に対する犯罪国際公聴会でのチベット女性の証言。この証言も、チベット女性協会が提供したものです。女性政治犯の証言を中心に書かれています。

 以上で挙げたチベット側の文書は、全体としてチベット女性の問題を中国政府による民族的支配と結びつけて論じている傾向が強いと思います。この点は、文書を作成した団体の性格を反映している面もあると思いますが、それだけでなく、チベット女性にとっては何より民族的な抑圧が深刻であり、女性に対する抑圧もしばしば民族に対する抑圧と結びついている現実を反映している面もあるでしょう。

 また、オルタナティブレポートは、雇用差別の問題を述べた箇所などを読むと、必ずしもチベット女性の問題を単純に民族的抑圧に還元しているとも言い切れません。その点は、国連の女性差別撤廃委員会が「ジェンダー的、民族的、文化的背景と社会経済的地位にもとづく複合的な差別」という認識を示したことにも反映していると思います。

 今回のチベットの事態に関しては、チベット・サポート・ネットワーク・ジャパン(Free Tibetに向けて、チベットのサポート活動をおこなっている日本中のグループの相互連絡のための団体)のサイトで、いつくかのアクションが提起されています。ブログでは、ちべろぐ@うらるんたが逐次情報を伝えているようです。私も、なんらかの、より直接的な意思表示もしていきます。
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