2007-08

好軍嫂・陳巧雲さん

 8月1日は、中国人民解放軍の建軍記念日です。毎年この日の前後は、『中国婦女報』でも「好軍嫂(良い軍人の妻)」を称える話が掲載されます。

 今年は、陳巧雲さんの話が3日間にわたって掲載されました(1)。地元紙のサイトでは、陳さんについての特集ページも設けられています(今日揚州網揚州晩報)。
 のちに彼女に夫になる、閻紹田さんは1982年に軍隊に入ります。けれど1984年、訓練中に地雷に両足と左手を吹き飛ばされました。陳さんは、障害者になった彼と結婚しようとして親の反対にあい、村の人々からも「馬鹿だ」と言われます。けれど、彼女は「彼は国を守るためにケガをしたのに、もし誰も関心を寄せなければ、今後は誰も兵隊になろうとせず、祖国に報いることはなくなるでしょう」と言って、反対を押し切り、1986年に彼と結婚しました。
 生活が苦しかったので、陳さんは村の工場に働きに出るとともに、父母を助けて農作業と家事にいそしみます。
 陳さんはそのかたわら、夫の体を3時間ごとに洗うなど、毎日、夫の身の回りの世話をし続けます。さらに、彼が義肢と松葉杖を使って歩く訓練の手助けもしました。夫にとって訓練はとても辛いものでしたが、彼女は粘り強く夫を励ましました。そのかいあって、夫は2年後には自分で歩けるようになり、今では身の回りのこともできるようになり、地域の共産党の支部の書記もしています。
 また、陳さんは子育てにも頑張り、子どもは今では南京芸術学院の大学生です。

 1993年には陳さんは、江蘇省婦連から「擁軍女模範」に選ばれ、2005年には「情繋国防」好家庭に選出されました。2006年には「揚州を感動させた十佳母親」にも選ばれました。
 今年、江蘇省の婦連は、全省の女性は陳さんに学ぼうという決定をしました。その決定では、陳さんを「自らのすべてを、国防建設と結びつけ、国家と人民の利益と結びつけ、社会の安定や経済発展と結びつけた」と述べて称えています(2)

 「好軍嫂」としてこれまで最も大々的に宣伝されたのは、1995年に全国婦連が模範として表彰した韓素雲さんだと思います。
 韓さんの婚約者の家は、祖母は寝たきり、父母や姉は病弱、弟は目がほとんど見えず、幼い二人の妹はまだ学校でした。婚約者は広西の国境地帯で兵士になっていましたが、そこでは当時紛争が絶えず、しばしば戦死者が出ていたので、韓さんに結婚を考え直すよう言う人も少なくありませんでした。けれども、韓さんは、結婚を考え直すどころか、婚約者が安心して国境の守りにつけるよう、結婚前から彼の家に住みこました。
 韓さんは、夫の祖母の看病をしつつ、彼の一家九人の生活のため、一人で農作業を担って金をため、一家に二間の新しい家まで増やしてあげました。祖母の病状が悪化すると、韓さんは妊娠8,9月だったにもかかわらず、夫には知らせず、一人で看病に献身しました。祖母が亡くなっても夫には帰ってこさせず、かわって葬儀をしました。
 子どもが産まれると数日もたたないうちに、弱った身体で姑の看病をしながら子どもの世話をし、さらに一家全員の食事を作りました。それでも夫には帰ってこさせませんでした。
 こうして夫は、仕事に全力をあげることができて、軍隊で優秀な成績をあげて数々の表彰を受けました。
 しかし、韓さんはとうとう足腰の骨の病気になました。病気がだんだん重くなっても、軍隊にいる夫や姑に心配させまいとそれを隠し続けました。畑では働けなくなっても、家の足手まといになるまいと親戚の店で働いて、病が重くなって働けなくなるまで送金し続けました(3)

 当時の全国婦連の決定は、「彼女は国家を愛することと軍を愛すること、家族を愛することをみごとに統一し、自強してやまない、無私の奉献をする女性の模範である。韓素雲同志の崇高な愛国主義の精神、勤労倹僕・尊老愛幼の伝統的美徳に学ぼう」というふうに言っているのですが(4)、「夫のため」「家族のため」ということ自体よりも、「軍隊のため」「国防のため」ということを強く感じます。

 韓素雲さんが大々的に宣伝されたのは、当時「愛国主義教育」がひときわ強く唱えられていたことと関係があると思います。
 現在は、メディアを見るかぎり、その頃ほど大々的には「好軍嫂」の宣伝はされていないようです。けれど、それでも各地で表彰がおこなわれています(5)

 軍人の妻にかぎらず、農村部などでは、献身的に介護などをしたうえに、本人も農作業などでよく働き、育児にも頑張っているお嫁さんを、「好媳婦」として表彰することはよく見られます。これは、日本の「模範嫁」表彰とも共通点があるようです(6)
 もちろんこうしたお嫁さんを表彰する背景には、農村における社会保障の貧困の問題もあります(7)。人口の高齢化や夫が出稼ぎに行っていることとも関係があるでしょう。

 けれど、「好軍嫂」がとくに大々的に宣伝されること、軍人の妻に対しては夫や家族への献身がとくに求められるということは、国家・ナショナリズムと家族やジェンダーとの関係を象徴しているように思います。

(1)「我願做你的手和脚──記情係国防好軍嫂陳巧雲(上)」『中国婦女報』2007年7月24日、「她帯給丈夫“第三次生命”──記情係国防好軍嫂陳巧雲(中)」『中国婦女報』2007年7月25日、「用愛心点亮周囲毎個人──記情係国防好軍嫂陳巧雲(下)」『中国婦女報』2007年7月26日。
(2)江蘇省婦女聯合会「関于全省広大婦女中開展向陳巧雲同志学習的決定」(2007-06-15)(江蘇婦女網)
(3)「愛心融進辺防緑」『中国婦女報』1994年8月1日。
(4)「中華全国婦女聯合会発出関于向好軍嫂韓素雲学習的通知」『中国婦女報』1995年1月13日。
(5)「黒竜江省首届“優秀女官兵・優秀兵媽媽・好軍嫂”評選結果掲曉」『中国婦女報』2007年7月26日、「内蒙古・山東・河南・南京表彰“好軍嫂・兵媽媽”」『中国婦女報』2007年7月30日。
(6)熊沢知子「“模範嫁”表彰にみる『介護』と『嫁意識』」『お茶の水女子大学女性文化研究センター年報』第7号(1993年)。
(7)中国の農村の社会保障の問題を鋭く訴えた王文亮『中国農民はなぜ貧しいのか』(光文社 2003年)247-261頁あたりに、「好媳婦」などの孝敬モデルの表彰について詳しく書いてあります。
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私のHPへの中国からのリンク

 中国で私のサイト「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」を見つけて、リンクしてくださっているところがあります。
 ジェンダー研究者である任珏(Millren)さんのサイト、「性別中国(Gendered China)」です。「収集很全的中港臺各地的婦女研究機構的網址」として紹介してくださっています。

 また一昨日は、女性同性愛者の人権に関するめざましい活動家である、白咏冰さんのブログが紹介してくださいました。白さんが、「就从我発現的一個日本的網站対中国的研究来看,非常地細致・非常地沉穏。日本的学術研究也比我們成熟・全面」とおっしゃっているのは、どう見ても褒めすぎで、かつ話を広げすぎですが。
 私のHPを取り上げていただいた、この白さんの「中国対日本不僅是缺乏了解‥‥」というエントリーは、非常に謙虚でいらっしゃるのですが、日本に対する過大評価もあるようですし‥‥。

 エントリーのコメント欄では逆にナショナリスティックな枠組みの主張をする方もいるようです。以前、男性学研究者の方剛さんがこのブログのエントリーを紹介してくださったときも(「日本学者博客介紹方剛学術論文」。これも私が「学者」というのは大げさですね‥‥)そうだったのですが‥‥。
 中国のナショナリズムは、もちろん日本側に大きな原因があっての現象ですけれども、ネット上では、あらゆる物事をそうした発想で論ずる人がわりと目立つようです(もちろん日本も同じです)。しかし、方さんも、白さんも、単純なナショナリススティックな枠組みの主張には与しない方であることは言うまでもありません。

 私は、任珏さんとも、白咏冰さんとも、方剛さんともまったく面識はないのですが、わざわざ私のHPを紹介していただいて、お礼を申し上げたいと思います。

 私がもう一つ感じるのは、日本にも、フェミニズムやジェンダー、メンズリブのサイトを集めたリンク集があればよいのではないかということです。
 もちろん困難はあると思います。中国よりも日本のほうがそうしたサイトは多いですから、作業は大変でしょう。また誰が作るのかという問題もあるかもしれません。たとえば私のようなヘンな男が作ったら反発を買いそうです。
 でも、そうしたリンク集があれば、運動や研究の発展にいくらか役に立ちそうな気がします。
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国際基準を踏まえて中国のさまざまな雇用差別を論じた書

李薇薇・Lisa Stearns主編『雇用差別の禁止:国際基準と国内の実践(禁止就業歧視:国際標準和国内実践)』(法律出版社 2006年)が昨年出版されました(ネット書店「書虫」データベースの中のこの本のデータ

 2005年8月に中国がILO111号条約(雇用及び職業についての差別待遇に関する条約)を批准したことが一つのきっかけになって、中国では、最近、雇用差別に対する研究が盛んになっているようです(もちろん、農民労働者などの不満の高まりという背景もあります)。 
 この本は、中国のいくつかの大学とノルウェーのオスロ大学との協力プロジェクトの成果ですが、中国のさまざまな雇用差別を国際基準を踏まえて論じた書です。

《構成》
第一編 基本理論
 第1章 序論(Lisa Stearns 李薇薇) 
 第2章 差別概念の変化と発展(Ronald Craig Lisa Stearns)
 第3章 暫定的特別措置──平等を推進する道具(Lisa Stearns)
 第4章 差別研究の方法論──下層労働者集団の差別に対する認識(佟新 朱曉陽 胡瑜)
第二編 雇用差別反対の国際的・地域的基準
 第5章 国連の人権条約と雇用差別の禁止(李薇薇)
 第6章 ILOの雇用差別解消の労働基準(林燕玲)
 第7章 ECの反雇用差別の法律制度(周長征)
第三編 中国の雇用差別の法律的分析
 第8章 雇用差別を禁止する中国の法律制度(中国人民大学雇用差別法律調整課題グループ)
 第9章 中国の地方の雇用立法の合法性の研究──北京・上海・福建・江蘇・浙江・広東の6つの省・市の外地の労働力に対する立法の分析(周偉)
 第10章 ジェンダー差別:職場の性差別現象の法律的分析(薛寧蘭)
 第11章 障害者差別から健康差別へ──B型肝炎の差別事件から中国の雇用差別の法律制度を見る(葉静漪 施育曉)
 第12章 社会的出身の差別:戸籍問題から中国の雇用差別を見る(劉開明)
 第13章 その他の理由にもとづく差別:年齢・容姿・身長など(周偉など)
第四編 中国の雇用差別の社会学的・経済学的分析
 第14章 中国の女性はいかにして市場の中で生存するか──差別に対処する策略の研究(劉夢 董鴎 王中会)
 第15章 戸籍差別の経済学的研究(張化楓)
 第16章 中国の都市の外来労働力差別の現状と対策──上海を例に(周海旺 高慧)
 第17章 雲南チベット族の雇用差別現象の分析(扎西尼瑪)
第五編 中国の香港・台湾地区の雇用差別反対の法律的メカニズム
 第18章 雇用の平等を促進する香港の反差別法(香港平等機会委員会)
 第19章 わが国の台湾地区の雇用差別反対の立法と社会的実践──「両性工作平等法」の制定過程を例に(郭慧玲)
第六編 国外の雇用差別反対の法律的メカニズム
 第20章 カナダの雇用差別禁止の法律と実践(李薇薇)
 第21章 ノルウェーの雇用差別反対の法律制度(Krintin Mile)

 本書は、次の5つくらいの論点をめぐる探究です。まだざっと斜め読みしただけですが、第1章の「序論」なども参照しながら、本書のだいたいの内容を紹介します。

(1)差別の定義(第一編)
 第2章で直接差別と間接差別について論じ、第3章で暫定的特別措置の利点と欠点を論じます。
 第4章では、底辺の労働者集団のフィールドワークをもとにして、差別をなくすには、西洋の人権概念に基づく法律を制定すればよいのでなはく、社会的・政治的・文化的アプローチが必要であることを述べ、法律を制定する際にも、そうしたアプローチを踏まえることが必要だと指摘しています。

(2)差別禁止の基本的な国際基準(第二編)
 第5章は、国連の「経済、社会と文化の権利についての国際条約」などを論じ、第6章は、ILOの111号条約(雇用及び職業についての差別待遇に関する条約)と100号条約(同一価値の労働についての男女労働者の同一報酬に関する条約)を論じています。
 中国はこれらの条約はすでに批准していますから、その意味でもこうした議論は重要です。第7章は、EC指令を論じていますが、第二編では、こうした国際基準を中国がどう生かすべきかも述べています。

(3)雇用差別に対する法律的分析(第三編)
 第8章は、中国の現在の法律には次のような問題点があることを明らかにしています。○明確に禁止している差別の種類が少なすぎて、新しく出現した身長差別・年齢差別・健康差別などに対応できない。○直接差別だけに関心を持ち、間接差別を軽視している。○差別を禁止している規定も、実効性が弱い。たとえば、法律の中に「雇用差別」の定義がなく、雇用差別に関する挙証責任や法律的責任も規定されていないので、労働者が権利を主張しても救済されようがない。○戸籍差別(農民労働者差別)を中心に、雇用差別を引き起こす規定が大量にある。また、間接差別になっている規定も少なくない。たとえば、家政婦に労働法を適用しないのは、家政婦は大部分が女性の農民労働者なので、女性農民労働者に対する間接差別である。○ポジティブアクションがとても少ない。
 第9章は、地方的な労働法制自体の中に、さまざまな形で外来の労働力を差別する条文と内容が含まれていることを非常に詳細に明らかにしています。
 第10章は、ジェンダー差別を論じます。たとえば、セクハラに関しては、「立件」と「証拠収集」と「賠償」の3つが難しい状況を指摘し、「セクハラ概念の明確化」や「立証責任の公平化」、「雇い主の責任の明確化」が必要であることを具体的に述べています。
 第11章は、B型肝炎のキャリアに対する差別を論じます。この差別に関しては、法的にまだ対処がなされていませんが、この章では、アンケート調査も踏まえつつ論じています。
 第12章は、中国の農民労働者が受ける制度的差別である、戸籍制度を論じます。都市民と農民を区別する戸籍制度は「改革の過程において変化が最も小さく、最も緩慢な」制度の一つですが、それは、国際人権条約に違反していることなども指摘しています。
 第13章は、年齢や身長、容姿などの差別を論じます。職務内容とは関係がないこうした差別が、国家公務員を含めたさまざまな職場で存在することを、調査によって極めて詳細に明らかにしています。
 なお、あまり紹介できませんでしたが、各章とも、もちろん具体的な立法や政策の提案もおこなっています。

(4)雇用差別に対する社会学的・経済学的分析(第四編)
 第14章は、一般の人の性差別に対する認識の低さや、女性が性差別に対応する際、差別を合理化したり、「あきらめる」などの消極的対応をしたりすることなどを論じています。
 第15章は、政府が戸籍政策の制限や人口流動の統制を緩和したことが、外来の労働力に対する待遇差別を緩和したのではなく、むしろ激化させたことを述べています。
 第16章は、上海を例にとって、外来の労働力に対する雇用差別の現状を紹介するとともに、政府の政策が直接・間接に外来労働力の雇用上の権利を侵害していることなどを述べています。
 第17章では、少数民族は、教育機会や人的ネットワークの乏しさや民族的偏見のために、就職の機会や賃金・仕事において差別されていることを明らかにしています。

(5)台湾・香港と他国の差別反対の経験(第五編、第六編)
 この本は、他の地域や国家から法律自体だけでなく、法律をめぐるさまざまな活動を学ぼうとしているということも、その特色の一つです。
 第18章と第19章は、香港の平等機会委員会の活動と台湾の両性工作平等法の制定過程を紹介しています。それによって、社会に働きかける活動の重要性が強調されています。
 第20章と第21章は、カナダの人権法をめぐる司法実践やノルウェーの男女平等オンブッドを紹介することによって、法律が実効性を持つように運用するありさまが描写されています。
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地方の婦連のサイトと中国国内の格差

 私は、今回、私のホームページの中に、地方の婦女連合会(婦連、婦女連)のサイトへのリンク集を作ってみました(「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」の中の「地方の婦連のサイト」のページ)。
 私が今まで地方の婦連へのリンク集を作らなかった理由は、こうしたサイトは、地名で検索すれば簡単に出て来るからです。けれど、一覧があったほうが便利には違いないので、今回作ってみた次第です。

 このリンク集からも、中国国内の地域間の格差の大きさの一端がわかります。
 東部の省は、サイトを持っている婦連が多いです。とくに江蘇・浙江・広東の各省は、地級市(地区クラスの市)の婦連はほとんどみな、サイトを持っています。もっと下のクラスの婦連も、サイトを持っている場合が少なくないようです。
 けれども、内陸に入るにつれて、サイトを持っている婦連は少なくなります。西部地区は、サイトを持っている市の婦連はほとんどありません。貴州省と新疆ウイグル自治区は、省レベルでもサイトを持っていません(河南省は持っているが、現在不通)。

 すべての地区を確認したわけでありませんが、少数民族地区の立ち遅れも目立つようです。それでいて、チベット自治区の婦連のサイトなども、スローガンだけは全国婦連と同じものを掲げているのですから(「自立・自強・自尊・自信」)、見るたびに違和感を禁じ得ません。
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北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター、家政婦の労働保護条例を提案

 中国の都市の豊かな家庭では、しばしば家政婦(家政労働者・家事労働者、メイド。中国語では「保姆」「家政服務員」「家政工」などと言う)が働いています。家政婦は、農村から来た若い出稼ぎの女性(打工妹と言う)であることが多いですが、リストラにあった中高年の女性もいます。通いの場合もありますが、住み込みの場合が多いです。
 彼女たちの低賃金・長時間労働、社会保障がないこと、セクハラなどは大きな問題です。

 こうした問題に対しては、北京のNGO「打工妹の家」が「家政服務員互助小組」なども設けてエンパワメントや権利擁護の活動をおこなっていますが、この7月、同じくNGOの北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターが、家事労働者労働保護条例(家政工労動保護条例)の建議稿を発表しました。

 この建議稿は、家政婦の労働時間や賃金について、以下のように規定しています。
(労働時間)
 ・家政婦の1日の労働時間は10時間を超えてはならない。
 ・残業は、家政婦の同意を得なければならず、1日に2時間を越えてはならず、1週に15時間を越えてはならない。
 ・夜の10時から翌日の6時までは仕事をさせてはならない。もし夜に仕事をさせることが必要ならば、家政婦と相談し、昼に8時間の連続した睡眠時間を保証しなければならない。
 ・毎週1日は休日とする。
 ・働いて満1年で、有給休暇を与えなければならない。
(賃金)
 ・残業時間には、150%の賃金を支払わなければならない。法定休日の場合は、200%支払わなければならない。
 ・最低賃金の保障を定め、それを当地の最低賃金の基準とリンクさせる(1)

 ごくつつましやかな基準です。もちろんその背景には、現在の家政婦の劣悪な労働条件があるのですが、さらにその背景には、都市と農村との格差のほか、いまの中国では、家庭に私的に雇われた家政婦は労働法の適用外になっているということもあります。

 さて、同センターのメンバーは、7月、広州で、国連女性発展基金(United Nations Development Fund for Women)国連ジェンダーテーマグループ(United Nations Theme Group on Gender)の資金援助による「家事労働者労働権益プロジェクト(家政工労動権益項目)」の一環として、300名あまりの女性家事労働者に憲法や労働法、婦女権益保障法、女性差別撤廃条約などについての教育をおこないました。その際に、同センターは、家事労働者自身からも、権益保護についての意見や提案を聞きました。
 同センターは、それだけでなく、雇い主や家政公司とおこなった「家政業法律規制座談会」や関係政府機関との座談会でも、この条例を提示し、それに対する意見を求めました。こうした座談会では、家事労働者の労働時間、研修、保険、紛争解決のメカニズムなどに関して、非常に激しい議論になったようです。
 さらに、広東省の人民代表大会の代表や政治協商会議の委員の一部とも意見交換をして、広東省でこの条例が制定できる可能性やその障害についても議論しました(2)

 この条例には、家政業界の人の一部からも支持があるようです。たとえば、ある人は、この条例について「一部の市民には受け入れ難いかもしれないが、労働法に比べれば大幅に割り引かれている(注:中国の労働法では、1日8時間労働、残業は通常1日1時間まで、特殊な理由がある場合でも3時間まで、1ヶ月36時間までと定めている)。家政労働者の権益をきちんと保護してこそ、高い資質の人を吸収できる」と言います。

 しかし、新聞記者の取材に応じた一般市民の中からは、こんな反発もありました。「家政婦の労働時間は弾力的であるべきだ。家政婦に仕事をしてほしいときに、家政婦が割増賃金を要求したり、休日に雇い主が休息したいときに、家政婦も休みを要求するのでは、家政婦を雇う意義はどこにあるのか? このような規定ができたら、市民は家政婦を雇わなくなって、家政婦の市場が萎縮したり、規制を受けない『ヤミの家政婦』が横行したりするかもしれない。」
 また、広東省婦連の法律サービスセンターの弁護士の陳秋鵬さんは、次のように言います。「この案は、出発点は良い。けれど、職業の数は多いのに、家事労働者だけについて立法をするのは疑問である。また、この案は、家事労働者を『労働関係』と見なしているけれども、現在のわが国ではまだ『雇用(雇い入れる)関係』であって、労働法の調整を受けない。省の人民代表大会がそんなに画期的な立法をすることができるだろうか?」(1)
 やはり、こうした条例を作るには、まださまざまな困難があるようです。

 なお、中国の農村からの出稼ぎの家政婦の状況については、艾美玲(Mei-Ling Ellerman)さんの 「中国外来家政女工的性別与権益研究報告(Gender and Rights Research Report on Chinese Female Migrnt Domestic Workers)」という、50ページほどある大論文(中国語と英語の両方で書かれています)が今年4月に発表され、ダウンロードできるようになっています。

(1)「保姆毎日幹活禁10小時? 一項立法建議惹激辯」『羊城晩報』2007年7月24日「律師質疑公平性 “保姆保護法”熱烈◇醸中」『信息時報』2007年7月24日
(2)「2007年7月22日至26日,中心成員赴広州執行家政工労動権益項目」2007-07-31(写真あり。北京大学法学院婦女法律研究与服務中心HP)
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8月2日午後2時~ハイナンNETがネットラジオ

 8月2日(木)午後2時~、ハイナンNET(中国海南島戦時性暴力被害者への謝罪と賠償を求めるネットワーク)が、ネットラジオをするそうです。
 西野瑠美子さん(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク共同代表)をゲストに迎えておこなわれます。西野さんは、7月30日のアメリカ下院で「慰安婦」決議が採択されたことなどについてお話になるようです。
 ネットラジオの特設のアドレスは、(ハイナンNETニュース「ハイナンNET-Radio」をご覧ください。

 また、7月31日には、日本の戦争責任資料センター「戦争と女性への暴力」日本ネットワークアクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」の3団体が、提言「日本軍『慰安婦』問題における謝罪には何が必要か」を発表しています。
 簡潔ながら、ポイントを突いた提言だと思います。
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Author:遠山日出也
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 また、「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。日本の問題の一部は、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」や「館長雇止め・バックラッシュ裁判」でまとめています。
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