2007-02

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『社会転型の中の中国女性の社会的地位』出版

 2000年、全国婦連と国家統計局によって第2回中国女性の社会的地位調査がおこなわれました(第1回は1990年)。
 この調査については、すでに各省別の報告書がいくつか出ているほか、全国的な調査結果をもとにした論文集として、蒋永萍主編『世紀之交的中国婦女社会地位』(当代中国出版社 2003年)が出版されています。
 それらに続いて昨年11月、全国婦連女性研究所課題グループ(全国婦聯婦女研究所課題組)著『社会転型(社会の構造転換、体制移行といった意味)の中の中国女性の社会的地位(社会転型中的中国婦女社会地位)』が、中国婦女出版社から出版されました(ネット書店「書虫」によるこの本のデータ)。
 今回の著作は、その題名にも示されているように、1990年の第1回調査以後、すなわち1990年代の社会構造や経済体制の変化を念頭に置いて、中国の女性の社会的地位を研究したものです。第2回調査は、第1回調査では調査しなかった点も調査しているので、すべての項目について10年間の変化が数字で示されているわけではありませんが、変化が数値的に示されているものも多くあります。

 900ページ近くある部厚い著作で、構成は以下のとおりです。
第1章 総論(蒋永萍・楊玉静)
第2章 中国女性の法律的地位の現状と実現メカニズム(佟新)
第3章 女性教育と女性の社会的地位──質と量の考察(高勇)
第4章 女性の社会経済的地位(蒋永萍)
第5章 女性の政治的地位(丁娟)
第6章 婚姻・家庭における女性の地位(鄭丹丹)
第7章 健康と女性の地位(姜秀花・王志理)
第8章 社会転型とジェンダーの視角の下の生活様式(王思梅)‥‥生活時間、余暇、社会関係・サポート、生活の満足度について
第9章 ジェンダー観念と女性の地位(陳方)
第10章 女性企業家の地位の獲得(張艶霞)
第11章 国有企業の女性労働者の地位の現状と変動(石彤)
第12章 出稼ぎ就労と農村のジェンダー関係の変化(譚深・馬春華)
第13章 少数民族女性の社会的地位の分析(杜宇)
第14章 女性の社会的地位の総合的分析(賈雲竹)

 まだ全部は読んでいませんが、公式見解やきれいごとを述べた本ではなく、全国的な資料にもとづいて、最先端の研究者が中国の女性の状況をトータルに明らかにした本のようです。
 もちろん既に言われているようなことも書かれていますが、中国の女性やジェンダーについての基本文献の一つであることは間違いないと思います。
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同性愛者などの人権のための初の正式の学生団体

 昨年10月12日、中山大学に「レインボー社(彩虹社)」が設立されました。
 これは、中国内地の大学で初めて正式に登録された、同性愛やバイセクシュアルの人々の人権のための学生社団(結社団体)です。
 (「ニュース」というわりには、少し古い話が多くて、申し訳ありません。ただ、私としては、私が『中国女性史研究』に連載させていただいている「現代中国女性史年表」に書く可能性がある事項は、たとえ遅くなっても掲載するという方針でこのブログを書いています。)

 「レインボー社(彩虹社)」は、学生の廖明珠さんが責任者で、この記事(「“彩虹”進校園 倡“性向平等”」『羊城晩報』2006年11月30日)には、同社の旗であるレインボーフラッグが中山大学の珠海校区の教学棟にひるがえっている写真や全社員大会の写真も掲載されています。

 彩虹社の前身は、2005年に設立された「クイア研究グループ(酷児研究小組)」です。このグループは、広州の中山大学ジェンダー教育フォーラムの艾曉明さん(中山大学教授)が呼びかけて設立されました。そのメンバーは、主に艾さんの講義を受けていた学生とセクシュアルマイノリティーに関心を寄せる学生だったそうです。
 このグループは、同性愛に関する学術フォーラムや映画の上映、エイズ予防の宣伝活動のほか、広州の同性愛組織と連携した活動もしたようです。

 けれど、「クイア研究グループ」は正式の団体でなかったため、活動に困難が多かったとのこと。艾曉明さんへのインタビュー(「消除歧視,性向平等──艾曉明教授談彩虹社」2000-11-02)によると、公然とポスターを張ったり、公の宣伝コーナーで活動情報を公表したりすることもできず、教室を取るもの別の名義で取っていたそうです。
 そうしたところから、正式に登録した社団を設立しようという話が出てきました。登録すると、他の団体同様に、活動経費を申請したり、学校の公共の場を使ったりできるようになります。
 学校の関係部門に登録の申請したところ、一度は却下されましたけれど、艾曉明さんの力添えもあって設立が認められたとのことです。

 登録の申請の際の文書によると、「この社団の趣旨の一つは、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)の人権工作に力を尽くすこと」だそうです。艾曉明さんは、「社団の活動は、主にみんなに『クイア理論』を理解させて、過去の偏見を反省し、どのようにして偏見を克服するかを討論することにある」と述べています。
 そのメンバーになるには、自分が同性愛やバイセクシュアルでなくとも、情熱と工作能力がありさえすればよいそうです。
 やはり映画の上映や、学術講座、エイズ防止のため宣伝、同性愛組織との交流などを計画しているとのことです。

 「レインボー社」のことを、「同性愛社団」というふうに述べた報道もありました。李銀河さんもブログで、「全国最初の同性愛社団が中山大学で正式に設立され、登録に成功した」と言い、「これは、真に祝うに値することであり、ひとつの一里塚になる事件であり、歴史の進歩である。彼らは歴史を創造している」と評価しています(「祝賀全国第一個同性恋社団成立」2006-10-29)。
 ただ、「同性愛社団」というと、同性愛者が集まった組織というふうに思われがちで、そう思われると社会の偏見をまともに浴びることになるからか、廖明珠さんは、レインボー社は「同性愛社団ではない」と言って、その学術的・公益的な性格を強調しています。廖さんは反響の大きさに戸惑っているようで、校外の組織との交流も否定するなど、その発言には若干防衛的なニュアンスがあるように見えます(「中大彩虹社並非同性恋社団」新華網広東頻道2006-11-03)。

 『新民週刊』がその後、艾曉明さんと李銀河さんにインタビューをしていますが、ここで、艾さんは、むしろ「同性愛」ということを前面に出して偏見に挑戦をする姿勢を示しています。李さんも、同性愛に対する差別がまだ強い中で、レインボー社のような同性愛差別に反対する正式の社団が初めて大学に設立されたことの意義を強調しています。(「走近国内首家同性恋学生社団」2006-11-10)。

 まだ大変に困難な状況もあるようですが、そうした中でこの社団が設立されたことは、文字通り「一里塚」としての意義があると思います。
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農村女性の土地請負経営権をめぐる裁判

 先日ご紹介した『中国婦女報』の「郷土中国」欄で「2006年の『三農(=農業・農村・農民)』女性ニュース」の一つとしてとりあげられていた、嫁に行った女性(出嫁女)28名が村民委員会を訴えた裁判を簡単に紹介します。

嫁に行った女性(出嫁女)に対する差別
 徐冬梅ら28人の女性は、内モンゴル自治区のフフホト市賽罕区西把柵郷沙梁村で生まれ、結婚した夫はよその土地の人でしたけれど、戸籍はずっとこの村にあり、夫婦で一緒にこの村に住みました。
 しかし、1999年から2000年にかけて、第2回目の土地請負(中国では改革開放後、それまでの農業の集団化をやめて、農民に土地を請け負わせる制度を始めた。その第1回目の土地請負が満期になったことにより第2回目の土地請負をした)に際して、村民委員会は、この村で生まれた未婚の女性には土地を分配しないと決めました。
 また、2002年、村は、住宅用の建物と商用の建物を建てたのですが、村民代表大会は、この村で生まれた娘は、結婚後に村で済み続けるか否かにかかわらず、(よその土地から来た彼女の夫も含めて)それらの建物を分配される資格はないと決めました。

2002年6月の協定
 彼女たちは、この問題を上級の関係部門(各クラスの党委員会・政府・人民代表大会・婦連)に繰り返し訴えました。その結果、2002年6月、彼女たちは村民委員会と、土地請負の権利を認めさせる協定を結ぶことができました。しかし、その協定の第4条の第1項では、嫁に行った女性には住宅用建物と商用建物は与えられないことが決められました。
 しかも、その与えられた土地も、2004年には、住宅用建物と商用建物の建設用地として回収されてしまい、彼女たちの家庭は窮地に陥ります。

裁判へ。勝訴
 そこで、2006年1月、彼女たちは村民委員会を相手取って、協定の第4条第1項が無効であることの確認を求めてフフホト市中級人民法院(裁判所)に裁判を起こしました。
 女性に対して法律的援助をするNGOである北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの弁護士と内モンゴルの弁護士が、彼女たち原告の代理人になりました。
 裁判では、村民委員会の主任は「このような現象は、私たちの村だけでなく、全市・全内蒙古・全国に存在している」と言いました。フフホト市中級人民法院のある指導者も、「これに似た案件は多くて、以前は、人民法院は原告の請求を却下した。現在では裁判をするけれども、判決の際は心配が多い。村民委員会のやり方が違法なのは明らかだが、この事件を勝訴させたら、何百・何千もの女性が訴えるかもしれない。そうなったら執行するのが大変だ」と言ったとのことです(1)
 しかし、6月30日、フフホト市中級人民法院は「2002年6月の取り決めの第4条第1項は無効であり、被告の村民委員会はそれぞれの原告に男性と同等に住宅を与えよ」という判決を下しました(2)

判決に従わない村民委員会、女性たちの座り込み、強制執行
 村民委員会は以前から「判決には従う」と言っており、控訴もしませんでした。しかし8月5日、突然前言をくつがえし、「多数の村民は判決に同意していない」と言って、判決を執行しないと表明します。
 原告の女性28人は怒り、同日、ある6階建の建物の屋根に登って集団で座り込みをし、村民委員会に判決を執行するよう要求しました。8日にフフホト市賽罕区政府の説得によって屋根から下りるまで、彼女たちは78時間も座り込みをしました(この座り込みは『中国婦女報』にも「過激だ」と批判されます)(3)
 次に彼女たちは、8月14日、フフホト市中級人民法院に強制執行を申請しました。けれど、村民委員会は8月31日、人民法院に再審請求までして抵抗します。
 しかし、9月初め、法院は村民委員会の請求を棄却します。法院は9月18日には、村民委員会に15日以内に判決を履行するよう要求し、さもなければ強制執行の手段をとると通知しました。
 けれど、村の党支部の書記は、「判決の後、この28名と同様の経歴を持つ数百名の女性が私たちにも建物をくれと言ってきた。けれども村にはそんなに多くの財産はない」などと言って渋ったようです(4)
 しかし、ついに11月22日、フフホト市中級人民法院の執行局の手によって、建物は28名の女性の手に渡されました(5)

 以上で述べたことからもわかるように、同様の問題は同じ村にも、他の村にも、全国各地にもあります。今年1月にも同じような問題が報道されていました(6)。また、判決の執行が難しいことも特徴です。こうした背景には、女性は結婚したら夫の宗族に入るという伝統的な家族制度の存在があります。
 しかし、そうした困難を乗り越える女性たちの闘い(彼女たちの家庭全体の利益を代表している面もあると思いますが)がおこっていることにも注目すべきかと思います。

(1)以上は、「為争取和男性村民一様的待遇──呼市28位出嫁女与村委会対簿公堂」『中国婦女報』2006年5月16日。
 なお、農村女性の土地請負経営権と従来の裁判に関してはいろいろ複雑な問題がありますが、その点については、何燕侠「中国農村女性の土地請負経営権をめぐる諸問題」『中国女性史研究』第10号(のち何燕侠『現代中国の法とジェンダー──女性の特別保護を問う』尚学社、2005年、第5章「農村女性の土地請負経営権とその実態」として収録)に詳しく書かれています。また、中山大学女性・ジェンダー研究センターによるサイト「農村婦女維権網――中国外嫁女経済法律文化研究網絡」も、こうした問題を取り上げています。
(2)「出嫁女勝訴,要回土地承包権」『中国婦女報』2006年7月3日。判決の詳細については、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターのサイトの「典型案例」コーナーに「内蒙古自治区徐某等28位出嫁女訴某村土地補償款案」として述べられています。
(3)「28位出嫁女“楼頂”討権引熱議 大多数人認為此行為過激」『中国婦女報』2006年8月12日。
(4)「呼市“出嫁女”案或可強制執行 不少村民反対執行,理由是同様遭遇的婦女還有200多名」『中国婦女報』2006年9月27日。
(5)「呼和浩特:28名出嫁女5年維権終討回公道」『北方新報』2006年11月23日。
(6)たとえば、今年も「又見出嫁女遭遇村規民約」(『中国婦女報』2007年1月18日)という記事が出ています。
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「館長雇止め・バックラッシュ裁判」支援のお願い

 女性センターの館長がバックラッシュ勢力(男女平等の推進に反対する勢力)によって解雇された事件を告訴した、「館長雇止め・バックラッシュ裁判」の原告・三井マリ子さんを昨年11月の日本女性学研究会の例会にお招きしてお話しをしていただいたことは、このブログでも以前、簡単に報告しました(その時の詳しい報告は、こちらです)。

 この例会がきっかけで、今年初め、日本女性学研究会のニュースレター『VOICE OF WOMEN』に三井さんから以下の訴えをいただくことができましたので(2月号)、このブログにも転載いたします。

 
いよいよ大詰め「館長雇止め・バックラッシュ裁判」(三井マリ子)

 明けましておめでとうございます。「館長雇止め・バックラッシュ裁判」は、強力な弁護団の叱咤激励と、傍聴席からの熱い眼差しに支えられて、やっと年を越すことができました。今年は、非常勤職員使い
捨ての風潮に鉄槌を下し、バックラッシュ勢力にカウンターパンチを食らわせるような判決が出るよう、願っています。

 2006年を振り返りますと、原告の私にとっての最難関は『陳述書』作りでした。『訴状』を大阪地方裁判所に提出してから1年余りの間に、弁護団と私はものすごい分量の準備書面を作成してきました。私は、原告の陳述書というものは、それらと重複しない内容で書けばよいと思っていました。ところが、弁護団のみなさんは、「重複は当然。知っていることをすべて書いてくださいね」「世間にこの裁判をわかってもらうために本を1冊出すつもりで書きなさい」と言うのです。

 私はすてっぷ(豊中市が豊中駅前に建てた男女共同参画推進センターの通称)での3年半を必死に思い返し、順を追って事実を整理しました。こうして、2ヶ月ほどで約10万字の文書ができあがりました。まさに本1冊分です。3月15日、裁判所に提出した時には、猛烈な肩凝りとピクピク瞼の症状に見舞われました。しかし、これを書いたおかげで、私の頭の中はかなり整頓されました。と同時に、館長の私を切るにあたっての、その陰湿な手法には、あらためて怒りが湧いてきました。

 仮に、ある職場から一人の人物を辞めさせなければならない事態になったとしましょう。私が雇用主の立場だったら、あれやこれや本人とじっくり話し合って本人の気持を聞くでしょう。あるいは本人に考える時間を与えるでしょう。または次の転職先について一緒に考えたりするでしょう。それが、人間社会の血の通ったルールというものです。

 私の場合、それまで誠実に仕事を続けており、評価されこそすれクレームをつけられたことはありませんでした。当局と喧嘩状態だったということもありませんでした。ところが豊中市は、私の雇用に関して、まともな話し合いをしていません。それどころか朝令暮改の組織体制変更案なるもので私を翻弄し続けました。あげくは、後任館長を裏で決めたころになって「私は三井さんを裏切りました」(山本瑞枝事務局長)という始末。不誠実の極みとしか言いようがありません。

 私の机はすてっぷ事務室の大部屋の左端にありました。私の机の右横4、50センチほどの所に、部下である山本瑞枝事務局長(市の派遣職員)の机がありました。週2、3日勤務の私は、事務局長との信頼関係を大事にしながら仕事を遂行してきました。休暇時や旅行中であっても、事務局長からは電話やメールで、事務的な相談や連絡がきました。二人は夜遅くまで一緒に仕事をしました。一緒に何度か食事もしました。冗談を言いあったり、軽口をたたいたりは、あたりまえでした。

 ですから、日常の雑談の中で、「万一、館長が常勤になったら第一義的には三井さんですが難しいですよね…」などと事務局長から切り出されて、「そうね、難しいわねぇ」と応じたのが、当初、いつの話だったか思い出せないほどでした。それが、私の連れ合いの住む信州に事務局長を誘った2003年夏の会話だったことを思い出したのは、私の身辺がなんだかおかしいと思えてきた、その年の冬のことでした。

 豊中市は、その夏以降、「三井さんは常勤はできない、と言った」と私には聞こえないところで、あちこちに言いふらした形跡があります。あたかも、私が正式に意思表示したかのような装いで。私の後の館長になった桂容子さんも、そんな豊中市の虚言に騙された一人だと思います。

 2003年11月8日、土曜日の夜9時すぎ、豊中市の部長は私に「理事会にかけられてからの話だが、組織体制変更案が出ている。館長が常勤化され事務局長と兼務となる」と告げました。その直後、同席してなかった事務局長に、「山本さん、組織変更の話、知ってた?」と聞きました。すると否定せず、「館長が常勤化されたら、第一義的には三井さんです」と、前に言ったような表現で答えが返ってきました。私は、そんな事務局長の言葉に少し安心したりもしました。実際には、その事務局長が陰で「首切り役人」の役割を担っていたのですから、私のお人よし度も相当なものだった、と今では深く反省しています。でも、人を騙すよりは騙されるほうが人間としてましです。

 私は、職場の人手が少なくなる週末を挟んで週2、3日勤務という形で働いていましたので、月曜か火曜には、「では、またね、さようなら」と皆に挨拶してすてっぷを後にしました。事務局長は、律儀にエレベーターまでついてきて、「行ってらっしゃい」と見送ってくれるのが習慣でした。長年の秘書課勤務時代に培われたマナーなのかなと、わたしは勝手に解釈していました。この丁寧すぎる儀式が2003年の秋ごろには全く消えたことに私が気づいたのは、やはりその年の冬ごろでした。

 その秋ごろ、私は、バックラッシュ勢力に属する北川悟司議員とその仲間の「市民」と称する人々から、市役所の会議室で3時間にわたってつるし上げられることとなります。その日は土曜日で、廊下は真っ暗でした。およそ1年も前にすてっぷの出したFAXの中身が北川議員の逆鱗に触れたことが原因でした。「すてっぷは三井カラーに染まっている」「三井さんを館長にしている市の責任を問題にしているのだ」などという言葉の石つぶてが飛んできました。北川議員は、テーブルをバーンと殴打しながら声を荒げて市幹部を叱責したりなど、糾弾は夜10時まで続きました。

 その後、すてっぷを担当している豊中市の人権文化部長は私に、組織体制変更はすてっぷを強化するためである、中・長期的な構想を考えてのことである、男女共同参画の条例もできて計画を実行に移すときである、などと言い出します。すてっぷの労働組合に対しては、「館長を置かないで事務局長だけになる」という文書を出します。その事務局長ポストについて、組合には「候補者の打診はしていない」「理事会で公募か公募によらない選考かを決定して2月ごろに候補者打診はスタートする」などと嘘の説明をします。評議員にまで「三井さんは最初から3年程度ということで…」という嘘をつきます。これらが私を排除するための方便だと、今ならピーンときますが、当時は、そこまではわかりませんでした。

 それやこれや、限られた紙面ではとても書ききれないほどの嘘っぽいお芝居があって、私は使い捨てにされました。そして、裁判を起こしたというわけです。

 さて、昨年10月30日の原告本人尋問は、こうした私の思いを、初めて直接裁判官に聞いてもらえる舞台でした。私を支援してくださるみなさまが大法廷使用要請運動を繰り広げてくださったおかげで、私の尋問に限ってではありますが、大法廷で開かれることになりました。その日、傍聴希望者はあふれ、申し訳ないことに3交替で傍聴席を分かち合っていただくこととなりました。

 2006年は証人尋問の年でしたが、当初、私たちが要請していた証人で認められたのは高橋叡子理事長だけでした。しかし、クリスマスの日に行われた法廷において、桂容子現すてっぷ館長の証人申請が、やっと認められました。山田裁判長が優しいサンタさんに見えた日でした。2007年の法廷は桂容子証人の尋問で幕が開きます。その証言によって、この裁判の核心部分が明らかになることを心から期待しています。

 提訴した当時、「雇止め」も「バックラッシュ」も耳にしたことがない方がほとんどでした。ところが今や、このキーワードは万人の知るところとなりました。それだけ昨年は、雇止めに象徴される非正規雇用の使い捨てと、男女平等の足を引っ張るバックラッシュの動きが社会問題として浮上した年だったともいえます。今年は、私たちが反撃する番です。私も力の限り疾走するつもりです。ご支援、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 2007年 初春


 上で三井さんも触れているように、この「館長雇止め・バックラッシュ裁判」裁判は、その名のとおり「非常勤(の雇止め)」と「バックラッシュ」という、今日大きな問題になっている二つのことに取り組む裁判です。
 このブログをお読みいただいている方も、ぜひ「館長雇止め・バックラッシュ裁判を支援する会(略称:ファイトバックの会)」に入って、この裁判を支援してください。
 会費は最初に千円払うだけでよく、強制も動員も何もない会です。けれど、ファイトバックの会のブログをご覧いただければわかるように、とても活気がある会です。
 下にこの裁判への賛同の呼びかけがありますので、ご覧いただければ幸いです(賛同人になっても、名前の公表はしなくても可)。
http://fightback.fem.jp/yobikake-mokuji.html

 次回の裁判は2月21日(水)午後1:45~(場所:大阪地裁)です。詳しくは、ファイトバックの会のHPを参照してください。
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中国にセックスワーカーのためのセンター

 先日、香港のセックスワーカーのための組織・紫藤から「女性ネットワークおよび研修センター」というサイトがリンクされていることに気がつきました。
 見てみると、中国、おそらくは北京にあるセックスワーカーのためのセンターのサイトのようです。

 このセンターは2006年5月に設立されたそうで、趣旨としては、「弱者である周縁の女性(辺縁婦女。セックスワーカーのことを指すようです)の心身の健康に関心を寄せ、女性自身の権益を擁護することを目標とし、差別せずに尊重するという原則にもとづいて、人間的なサービスを提供し、彼女たちの全面的な発展に関心を寄せる」といったことがうたわれています。

 具体的には、セックスワーカーのための情報センターの設立、全国的な無料電話相談、調査研究などをするそうです。
 それだけでなく、週一回、現地での活動(外展服務)をしているようです。すなわちセックスワーカーが働いているところに行って、彼女たちの生活や仕事の状況を調査し、彼女たちに情報提供や無料の診察をしたり、健康についてのパンフレットやコンドームを配布したりしているとのことです。
 また、定期的に大学生や社会人にボランティアの研修をし、終了後にいっしょに活動をするということも書いてあります。(機構簡介「婦女網絡及培訓中心」

 中華女子学院ソーシャルワーク部(社会工作系)や中国人民大学性社会学研究所、香港の楽施会(オクッスファム)や紫藤などへのリンクが貼ってありますから、そうしたところの人々が関わっているのでしょう。

 サイトには、学生らが現場での活動をしてセックスワーカーと接触した感想などもいくつか掲載されています(「外展経験的分享」)。

 また、「サイトの公告」として、セックスワーカーの人権について訴えた文章も掲載されています(「網站公告」)。

 
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今年から『中国婦女報』に農民女性を扱う「郷土中国」欄

 中華全国婦女連合会の機関紙『中国婦女報』は、今年1月から紙面の構成をかなり変えました。

 『中国婦女報』は現在、週6日刊で、8面からなる新聞です。
 その後半の4面は特定のテーマに当てられる場合が多く、そのテーマは曜日ごとに決まっています。

 1月の紙面変更でかなり目立つのは、毎週土曜日の後半の4つの面が、農村女性をテーマにした「郷土中国」になったことです。
 「郷土中国」刊行開始にあたっては、「中国女性の80%は農村女性であり、中国農村の60%以上の労働力は女性である」と述べられています。読者としては、農村の末端の婦連幹部や農村女性が念頭に置かれているようです。

 誰が「郷土中国」の責任者なのかな? と思って見ると、「郷土中国」という題字の下に、「全国農村女性『双学双比(=基礎的教養を学び、科学技術を学び、発展を比べ、貢献を比べる)』指導グループ、全国農村巾幗(=女性)建功指導グループの指導」とあります。この点から見ると、全体としては農業生産に対する女性の貢献というテーマが重視されるのでしょう。
 ただし、編集長[主編]は宋美婭さんというフェミニスト的色彩が強い人です。実際、女性の人権という観点も少しは盛り込まれるようです。

「郷土中国」の構成は以下のようになっています。
 第1面(『中国婦女報』全体で数えれば第5面)は「要聞・新事」と題して、女性に関するニュースや調査などを紹介しています。
 第2面は「興業・致富」であり、女性が農業生産によって富を実現することがテーマ、
 第3面は「議事・説法」であり、農村や農民をめぐるさまざまなトラブルを論じ、法を説くことがテーマ、
 第4面は「千家・万戸」であり、実際にあったいろいろなストーリーを紹介するようです。

 1月6日付け紙面から、記事を二つ紹介してみます。
 第1面は、「郷土中国」刊行開始に当たっての婦連の幹部の挨拶がメインですが、左下にやや小さいながら、「2006年の『三農(=農業・農村・農民)』女性ニュース」(1)という記事がありました。そこでは、以下の4件のニュースが挙げられています。
 1.「一万名の農村女性の新農村建設参与アンケート調査」
 2.「村の外に嫁に出た娘(出嫁女)28名が村民委員会を訴える」
 3.「湖南の『女村官』プロジェクトが地方政府創新賞を獲得」
 4.「江永の女書が初めて、非物質的な文化遺産に入る」
 1の「新農村建設」というのは、中国政府が三農問題を解決するために打ち出した構想のことですが、後に述べる第2面に関連記事があります。
 2.は、村民委員会が「未婚の娘は結婚して村の外に出るから、彼女たちには土地を与えない」という決定などをしたことをめぐる裁判で、次回、紹介します。
 3.は、村民委員会の委員に女性を多く送り込むプロジェクトが湖南省でかなりの成功を収めた話で、次の1月13日付一面で詳しく報じられていました(村民委員会の委員の30%を女性が占めたそうです。女性委員の地位や待遇は男性よりまだ低いなど、問題は残っているようですが)(2)
 4.は、日本では遠藤織枝さんが詳しく研究しておられる、女書(女文字)(遠藤氏のサイト「女書世界」)のことです。

 第2面には、「農村女性に10の願いがある」(3)という記事があります。
 「10の願い」とは、だいたい以下のような内容です。
 (1)農業生産発展のための資金や技術、プロジェクト(農村女性の最大の困難は、資金がないこと)
 (2)生産や販売のための実用的な情報や技術指導
 (3)その土地で、農業でない職業につくこと(家族をかかえているために、出稼ぎには行けない女性が多い)
 (4)良い家を建てること
 (5)子どもの教育費が安くなること
 (6)政府が合作医療と養老保険の問題を解決すること(農村の女性には金がなくて医者にかかれない人が多い)
 (7)政府が栽培や養殖のための技術訓練を提供すること
 (8)政府が農村の「汚い・乱れている・悪い」を処理すること(生活環境の改善)
 (9)婦連の組織が、富を実現する情報を提供すること
 (10)婦連の組織が法律的援助(女性の権利やDVに関して)を提供すること
 この記事は、上の1.で挙げた「新しい農村建設」をテーマにしたアンケート調査の中の質問をもとにしています。ですから、この記事にもそうした方向のバイアスがかかっているようにも見えます。しかしそれなりに実態を反映している面もあると思いました。

 第3面と第4面は、1月13日付け紙面から紹介します。
 第3面には、出稼ぎの農民労働者が、賃金の未払いに対して大変な苦労をして賃金を取り戻す話が出ています。
 編者は、この話は「農民労働者に対するわが国の司法手続きと一部の法律執行人員の軽視と冷たさ」を示しているとコメントしています(4)

 第4面には、農民がブログを作っているということで、戴向陽(男性)の「農民の声」というブログが取り上げられています(5)

 『中国婦女報』は、少なくともこれまで農民の読者はほとんどおらず、農村関係の記事もあまり多いとは言えなかったと思います。
 今回、週刊「郷土中国」が開設されたことは、中国共産党が「三農問題の重視」を唱えていることや、農業労働力の多くが女性になったことと関係しているのでしょう。
 ただし、まだまだ農民女性の記事は多いとはいえませんし、また、『中国婦女報』なのですから、もう少し女性の独自の権利についての記事を増やしてもよいのではないかとも感じますが‥‥。

 なお、今年から『中国婦女報』の「女界報道」面(月~金曜の第3面)に、小さいながら時々「NGO」コーナーが開設されたことも、目につきました(もちろんこれまでも、NGOについての記事は掲載されてきましたが)。

(1)「2006─“三農”婦女新聞」『中国婦女報』2007年1月6日。
(2)「99.3%:湖南女村官比例居全国之首」『中国婦女報』2007年1月13日。
(3)「農村婦女有十盼」『中国婦女報』2007年1月6日。
(4)「討薪路上,跑細腿傷透心」『中国婦女報』2007年1月13日。
(5)「農民博客 農民説」『中国婦女報』2007年1月13日。
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日本軍の性暴力を扱った「ガイサンシーとその姉妹たち」上映

旧日本軍の山西省での性暴力を扱った映画「ガイサンシー(蓋山西)とその姉妹たち」が完成、東京・秋田・宝塚・大阪で上映されます。

班忠義監督が9年の歳月を掛け、被害を受けた女性たちのみならず、加害行為に加わった元日本兵、その一部始終を見つめていた村人たちなど、多岐にわたる関係者の証言を集めて制作した映画です。

以下は場所と日程です。イベントなどには班忠義監督らも参加します。

東京
2月17日(土)全電通ホール
13:30~映画上映1/15:20~映画上映2/
17:10~記念シンポジウム/18:30~映画上映3

秋田
2月24日(土)本荘ボートプラザアクアパルセミナー室
13:00 開場/13:30 開映
上映終了後、交流のつどい

兵庫
3月3日(土)宝塚ピピアめふ6階・和風ホール
14:15~映画上映1/15:40~トークイベント/16:40~映画上映2

大阪
3月4日(日)大阪市立西区民センター
11:30~映画上映1/13:15~トークイベント/14:40~映画上映2

3月31日(土)~
※「チョンおばさんのクニ」との併映
シネ・ヌーヴォX (地下鉄中央線「九条駅」6番出口徒歩3分)
『ガイサンシーとその姉妹たち』
連日 10:50 / 12:40 / 16:20
『チョンおばさんのクニ』
連日 14:30(1回上映)

料金その他、詳しくは下の公式サイトを見てください。
http://www.cine.co.jp/gaishanxi/

インターネット新聞JANJANでも、映画の内容が紹介されています

この映画の元になった書籍・班忠義『ガイサンシーとその姉妹たち』(梨の木舎 2800円+税)も発売中です。なお、原本も、ネット書店「書虫」などから注文できます(『血泪“盖山西”-日軍性暴力十年調査』中国文聯、2006年。書虫なら送料込みで1480円)。



関連記事

『アジアの仲間』と『CAWネットニュース』の中国関係記事一覧

 前回の記事「アジア女子労働者交流センターとCAWネット・ジャパン」の続きです。
 アジア女子労働者交流センターの機関誌『アジアの仲間』と、それを引き継いだCAWネット・ジャパンの機関誌『CAWネットニュース』の中国(台湾・香港・中国本土)関係の記事を一覧表にまとめてみました。
 ここでは中国関係の単独の記事だけを抜き出してみましたが、これら以外にも多くの記事が中国に触れています。

 (短)と書いたのは、1ページの1/2~1/4程度の短い記事です。
 (再)と書いたのは、広木道子『アジアに生きる女たち 女性労働者との交流十五年』(ドメス出版 1999年)に再録されているものです。

 『アジアに生きる女たち 女性労働者との交流十五年』は品切れのようですが、多くの図書館にあります。『アジアの仲間』自体も、お茶の水女子大学は所蔵しているようです。また残部僅少ですが、CAWネットジャパンの出版物を紹介したページから合本も購入できます。また、『CAWネットジャパン・ニュース』は、あちこちの女性センター(男女共同参画推進センター)が所蔵しているようです(少なくとも京都の「ウイングス京都」にはあり)。

1.台湾

(1)『アジアの仲間』
「“安くて従順な労働力をどうぞ”─自由貿易地域を訪れて─」(塩沢美代子)第1号(1983.1)(再)
「一日二食で家に仕送り 日本企業の女子労働者の生活」第3号(1984.1)
「女子の深夜業禁止規定強化 工場法に変わり労基法制定」第8号(1985.4)
「高雄輸出加工区を再訪して」(遠野はるひ)第13号(1986.7)
「もう黙ってはいられない 台湾でバス車掌の闘い」第15号(1987.1)(短)
「台湾であいつぐ工場閉鎖 高雄では新白砂電機が撤退」(遠野はるひ)第29号(1990.7)
「女性労働者の詩 台湾の輸出加工区から」同上
「台湾の女性労働者は今」同上
「台湾で国際婦人デー 政府は『女性の日』制定へ」第32号(1991.4)(短)
「多発する女性労働問題 雇用の不安定や健康障害など」第36号(1992.1)
「労働法改悪反対・台湾 女性5000人がデモ行進」第44号(1993.4)(短)
「資本の海外進出は30年前の日本と同じやり方」(シューシャン)第45号(1993.6)
台湾研修ツアー特集号第46,47合併号(1993.10)
 「“女性が変われば社会が変わる”」
 「労働者教育にとりくむSFWW 中高年女性の雇用問題も深刻化」(広木道子)
 「柔軟でパワフルな女性運動 様々な課題に挑戦する『婦女新知』」(堀部ゆり子)
 「台所のゴミから地球環境へ ユニークな活動広げる主婦たち」(福原宇子)
 「公娼制度の裏側で 買春街に売られる少女たち」(柴洋子)
 「女性と子どものためのセンター 進歩的な女性知事の下で実現」(奈須恵子)
 「加工区の女性労働者と交流 企業撤退相つぎ労働者も半減」(川口和子)
 「<台湾ツアー印象記>社会変革めざす女性たちの輝き」
 「明けない夜はない」(塩沢美代子)
「工場閉鎖時の失業手当は絵に描いた餅」第49号(1994.2)(短)
「売上げ、受注の減少理由に日本企業の工場閉鎖」第68号(1997.6)
「相つぐ工場閉鎖と海外移転」(ファン・チウフン)同上(再)
「公娼制廃止は是か非か?」第68号(1998.2)(短)
「台湾の元『慰安婦』提訴へ」第81号(1999.8)(短)

(2)『CAWネットニュース』
「日系電子企業で工場に籠城する女性たち」第1号(2000.7)
「<台湾・実地調査研究(1)>インフォーマルセクターの女性」第13号(2004.7)
「<台湾・実地調査研究(2)>インフォーマルセクターの女性」第14号(2004.11)
「<台湾・実地調査研究(3)>インフォーマルセクターの女性」第15号(2005.5)
「<台湾・実地調査研究(4)>インフォーマルセクターの女性」第17号(2006.1)
「<台湾・実地調査研究(5)>インフォーマルセクターの女性」第18号(2006.5)
「<台湾・実地調査研究(6)>インフォーマルセクターの女性」第19号(2006.10)

2.香港

(1)『アジアの仲間』
「有害承知で新工程導入 10日間で196人ガス中毒 香港マブチモーター」(広木道子)第1号(1983.1)(再)
「頻発する労働災害 社会保障制度の確立が急務」第3号(1984.1)
「わずか四万円の罰金 マブチ社のガス中毒発生事件」同上
「中高年労働者に解雇手当 だが不安定雇用招く恐れも」第13号(1986.7)
「香港女性労働者の会設立 女性労働者の自覚促す」第30号(1990.10)(短)
香港・中国ツアー特集号第40,41合併号(1992.10)
 「安くて若い労働力求め香港から中国へ工場移転すすむ」
 「97年を目前にした香港社会と女性労働者の無権利状態」
 「ビルの中のジーンズ工場 ブランド品つくる女性労働者」(島岡弘子)
 「平等掲げ国際婦人デー 働く母親・失業女性を支援」(福原宇子)
 「新興住宅街の核家族支える主婦達のボランティア活動」(立中修子)
 「虐待された女性のシェルター 閉ざされた心開くオアシス」(山口祐子)
 「アジアの出稼ぎ労働者 組合つくって働く権利守る」(矢島由利)
 「私たちが見た香港・中国の『明』と『暗』」
「製造業からサービス業へ 増えているパートや日給労働者」(スーヒン)第45号(1993.6)
「女性差別撤廃条約批准求める女性たち」第48号(1993.12)(短)
「安全憲章を認め玩具労働者の安全守れ」第57号(1995.7)(短)
「香港の外国人労働者 85%が家事・育児に従事」第60号(1995.12)
「衣料産業の中国移転と女性労働者の大量失業」第68号(1997.6)(再)
「差別の壁厚いサービス産業」(チャン・イユチュン)同上
「家事労働者保護の法改正」第71号(1997.12)(短)
「香港女性おそう失業と不完全就業」(プンニャイ)第78号(1999.2)
「民営化された香港の清掃労働 労働条件低下まねく請負い制度」第82号(1999.10)

(2)『CAWネットニュース』
「香港・キャセイ航空 性差別控訴に敗訴」第6号(2002.2)
「香港・家事労働者組合 4・18条項を打ち破り、非正規労働者に権利を!」第10号(2003.7)
「香港・公共団地清掃労働者の一日」第11号(2003.11)

3.中国本土

(1)『アジアの仲間』
香港・中国ツアー特集号第40,41合併号(1992.10)
 「“時はカネ 効率はイノチ” 『香港化』めざして猛進」(澤田幸子)
 「男女平等、産休は七カ月 経済発展に貢献する女性たち」(黒岩容子)
 「私たちが見た香港・中国の『明』と『暗』」
「中国・深圳で、工場火災」第48号(1993.12)(短)
「靴工場のベンジン中毒で女性労働者が死亡・中国」第51号(1994.6)(短)
「中国・玩具工場の労働事情(1) 相つぐ工場災害 脅かされる命と健康」第65号(1996.12)
「同(2) 工場火災で多数の犠牲者 1日平均12時間労働」第66号(1997.2)
「同(3) 工場への保証金納めなお不安定な女性の雇用」第67号(1997.4)
「同(4) 工場火災の悲劇教訓に “玩具の安全生産のための憲章を”」第69・70号(1997.10)
「中国・ジリ玩具工場火災から4年─ある女性労働者のたたかい─」第73号(1998.4)
「中国のディズニー製造工場で労働者の人権侵害明るみに」第81号(1999.8)

(2)『CAWネットニュース』
「中国・深圳の工業区を訪ねて 消費者として何ができるか」(深沢三穂子)第3号(2001.3)
「若い出稼ぎ女性とともに 中国女性労働者ネットワーク」第18号(2006.5)
(中国の移住労働者 ツァンさんの話)「9つの工場での暮らし」(1)第19号(2006.10)

全体として――台湾や香港から中国本土への工場の移転、女性の雇用の非正規化

 全体としてみると、1990年頃に台湾や香港から中国本土への工場の移転がすすんだことが、それぞれの地の女性労働者に大きな影響を与えていることがわかります。
 この点について、広木道子『アジアに生きる女たち 女性労働者との交流十五年』(ドメス出版 1999年)は以下のように述べています(31-32頁)。
 「[19]87年には台湾で戒厳令も解かれ‥‥東アジアでは労働者の運動も活発になり、賃金も相対的に高くなって、国際競争力が低下し、80年代後半には、外資企業が次つぎと撤退をはじめ、より安い労働力を求めて東南アジアや中国に移っていきました。もちろん日本企業も例外ではありません。」
 「こうした資本の動きは、とりわけ製造業で働く女性労働者に大きな影響を与えました。国の輸出産業の担い手として、低賃金・長時間労働に耐えてきた東アジアの女性たちは、工場閉鎖や海外移転とともに解雇され、職を失いました。とくに香港の中国返還を前に、中国への工場移転が進んだ香港では、膨大な数の女性労働者が職を奪われ、とくに中高年の女性たちは、性差別に加え、教育レベルや年齢制限という厚い壁に阻まれて、サービス産業などへの再就職はむずかしく、仕事さがしに苦労しています。」 

 その一方、1990年代半ば以降中国本土の記事が増えていることに示されるように、中国本土が、かつての韓国や台湾などと同じように、独裁政権の下で外資を優遇する「輸出加工区」において農村から出てきた若い女性が劣悪な労働条件で働かされるという状況になっているわけです。

 また、以上のこととも関連して、どの地域でも女性の雇用の非正規化、インフォーマル化が大きな問題になっていることもわかります。

 前回と今回の記事は私のHPの中の「『アジアの仲間』と『CAWネット・ジャパンニュース』の中国関係記事一覧」に収めておきました。
関連記事

アジア女子労働者交流センターとCAWネット・ジャパン

 いま私は、「アジア女子労働者交流センター」の機関誌『アジアの仲間』(1~84号。1983.10~2000.3)の合本を読んでいます。
 『アジアの仲間』は毎号8~12ページありますので、合計で約700ページに活字がぎっしり詰まっています。

 また、あわせて塩沢美代子監修、広木道子著『アジアに生きる女たち 女性労働者との交流十五年』(ドメス出版 1999年)も読んでいます。
 この本は、上の『アジアの仲間』の記事の抜粋に解説を加えることをつうじて、アジア女子労働者交流センターの歴史を記述した書物です。監修の塩沢美代子さんの言うとおり、「その活動記録は、そのまま過去二十年あまりのアジアの女子労働者の状況を示しており」、「アジア第三世界の工場労働を主とする、下積みの職場で働く女性たちの実態に焦点をあてたものは、本書が初めて」とも言えるものです。

 『アジアに生きる女たち』は品切れのようですが、『アジアの仲間』の合本は僅少ながら残部があるようです(前者は図書館に多く所蔵されており、後者もお茶の水女子大学などは所蔵しているようです)。
 以下では、この2冊にもとづいて、アジア女子労働者交流センターの歴史を説明してみます。

 アジア女子労働者交流センターは塩沢美代子さんが所長となり、1983年5月に発足しました。
 当時は、韓国や台湾、東南アジア諸国のほとんどが独裁政権下であり、労働運動は弾圧されていました。それらの政権は、安い労働力を求める日本や欧米の資本を誘致し、そのために外資を優遇する「自由貿易地域(輸出加工区)」を設けました。その中では、農村から出てきた多くの若い女性が「女工哀史」のような劣悪な労働条件で働かされていました。
 こうした状況に対し、アジアやアメリカのキリスト教団体が1981年にアジア女性労働者委員会(=CAW。Committee for Asian Women)を結成して、女性労働者の問題に取り組みはじめます(事務所は、最初は香港、現在はバンコクに置かれている)。そして、アジアに進出した多国籍企業の送り出し国・日本にも、CAWの活動に協力するために「アジア女子労働者交流センター」が設立されたのです。
 CAWは最初は各国の女性労働者の活動を外部から支援する団体でした。しかし、1980年代半ばを過ぎ、アジア各国の独裁政権に対する民主化運動の広がりとともに各国に女性労働者自身の組織が設立されると、彼女たち自身の団体になっていきます。すなわちCAWはネットワーク・グループになり、日本からは、「アジア女子労働者交流センター」「女の労働わくわく講座」「女ユニオン神奈川」「おんな労働組合(関西)」の4団体が登録します。

 アジア女子労働者交流センターは、以下のような活動をすすめました。
(1)アジアの女性を日本に招いておこなう交流プログラム。
(2)アジアに行ってアジアの女性に学び、交流する研修ツアー。
(3)アジアの問題を伝える情報・出版活動。『アジアの仲間』の発行もこの一環です。
(4)アジアに影響を及ぼす日本の国内問題に対する取り組み。具体的には、教科書検定や女性の深夜・時間外労働規制撤廃に対する抗議活動など。

 『アジアの仲間』や『アジアに生きる女たち』は、アジアの女性労働運動の歴史を語るうえで必読だと思います。アジアの女性労働者の状態(の変化)を知るための、日本語で読める資料としても(日本語で読めるようにして日本の人々に伝えること自体が大切な運動です)、とても貴重です。

 『アジアの仲間』は、韓国やフィリピン、マレーシア、タイ、インドネシア、パキスタン、バングラデシュ、インドなどのほか、香港や台湾、中国のこともしばしば取り上げています。
 たとえば創刊号は、日本のマブチモーターの香港の子会社「萬宝至実業」が、有害を承知で新工程を導入した結果、196人(うち195人は女性。13人は妊婦)の労働者が有毒ガスを吸い込んで病院に収容されたことを大きく伝えています。また、この記事は、香港では事件が連日報道されているのに、日本ではほとんど報道されないことも問題にしています。
 1993年の深圳の致麗玩具工場の火災の頃からは、中国本土のことも取り上げるようになりました。

 けれども、センターは財政上の限界で、2000年3月に事務所を閉じます。発足当時はアジアの第三世界に関する活動ということで、世界のキリスト教団体からの活動資金の援助があったのですが、それが円高により激減、打ち切りになりました。
 また、国内のカンパ・会費も、大口の人は退職したり、亡くなったりで減少しました。
 「カンパや会費の減少は、アジアの民衆に連帯する多様な活動が生まれ、支援の志を持つ人のお金が分散しているためでもある」とのことですが、残念なことには変わりありません。

 もっともセンターの事務所を閉鎖した後も、「CAWネット・ジャパン」という形で活動は継続されています。
 現在、日本からCAWに登録しているのは、「旧アジア女子労働者交流センター」と「おんな労働組合(関西)」に加えて、「女性ユニオン東京」です。
 けれど、やはり財政規模などは、以前と比べると小さくなっているようです。

 近年、中国本土も市場経済化が進んでグローバリゼーションに巻き込まれ、日中の経済的関係はいっそう緊密化しました。日本の私たちの生活は、労働者としても、消費者としても、中国を含めたアジアの女性労働者の状態とは関係はきわめて密接になっています。ですから、私たちとアジアの女性労働者とが連帯することは、ますます重要になっていると思います。
 最近は大学などで「グローバリゼーションとジェンダー」というテーマが盛んに論じられています。また、「ナショナリズムとジェンダー」との関係は近年のジェンダー論の中心的テーマの一つであり、「ナショナリズムを乗り越える」ことは大きな課題だと説かれています。

 それなのに、CAWネット・ジャパンのような運動はまだ小さいというえに、かつてよりも規模が縮小しているというのは、とてもおかしいと思うのです。
 日本で労働運動をしている人々や中国研究者・ジェンダー研究者、さらには何よりも大切な労働者自身(多くの日本人は多かれ少なかれ労働者)から、もっともっとCAWネット・ジャパンに参加や協力があってしかるべきなのではないでしょうか?

 遅ればせながら私も昨年、CAWネット・ジャパンに入りました。
 私は会費やカンパを払い、機関誌を読むくらいのことしかできていませんが、より多くの人々の入会や協力を訴えたいと思います。
 ここにCAWネット・ジャパンの現在の活動や財政、連絡先について詳しく書いてありますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 次回は、『アジアの仲間』と『CAWネット・ジャパンニュース』で、中国の女性の問題を取り上げた記事を一覧にしてみたいと思います。
関連記事

柳沢発言とリプロダクティブ・ライツ

 柳沢伯夫大臣の「女性は産む機械」発言の件ですが、「私も一言、言わなければ」と思って、3日前に厚生労働省などに以下のメールをに送りました。

 柳沢大臣の「女は子ども産む機械」発言ですけど、「一人当たりの出産数を増やす」ということを言うのに、こんなたとえはまったく必要ありませんよね。大臣の女性観に問題があるとしか考えられません。
 私は男性ですし、「少子化」社会のせいか、身近に出産した女性もいません。でも、ちょっと本を読んだだけでも、女性が出産なさるということが、いかに大変かわかりますよ。だからこそ、「リプロダクティブ・ライツ」ということが言われている。
 女性自身のことを考えずに少子化対策を進めるとどうなるか? 「産めよ増やせよ」とやった結果が、日本国内だけで何百万もの人が死んだ戦争になった。そのことをお忘れですか?
 もっと女性の方がたの立場に立って政策をすすめる人が大臣になってください!

 急いで書いたので、粗削りで舌足らずな箇所もあります(たとえば、「身近に出産した女性もいません」という箇所は、正確には「女性が出産なさるのを、自分のごく身近なところで経験したことはありません」という意味です)。でも、一言づつでもみんなが声を上げることが大事だと思うのです。

 私が住んでいる滋賀県でも2001年に男女共同参画推進条例が制定されたのですが、県議会に提出された条例案には、「妊娠および出産に関する事項に関し、自らの意志が尊重されること」という一節がありました。
 ところが、自民党が「『自らの意志』というのは、『女性の意志』ということだが、男女共同参画だから男性の意志も入れるべきだ」と主張したのです。
 県民ネットワークや共産党は「男性の意志を含めると、かえって女性の権利を侵害しかねない」といって、そのような修正には反対したのですが、結局、自民党の修正案が通って「自らの意志」が「双方の意志」に変わってしまいました。
 柳沢発言は、自民党の「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する女性の自己決定権)」を軽視するこうした姿勢ともつながっていると思います。

 日本では過去にも、大臣や国会議員がさまざまな女性蔑視・女性差別発言をしてきました。太田誠一議員、西村真悟議員の「強姦」に関する発言、石原慎太郎知事の「ババア」発言など。
 でも、それによって職を辞したということはほとんどないですし、また、その背景にある自民党などの姿勢が追及されることもほとんどなかったと思います。
 今回はそうはさせないようにしたいと思います。

 ちょっとの時間で、抗議メールは送れます。ぜひ、あなたも怒りの声を!
 以下が、抗議メール先です。
厚生労働省
https://www-secure.mhlw.go.jp/getmail/getmail.html
首相官邸
http://www.kantei.go.jp/jp/iken.html
自民党
http://www.jimin.jp/jimin/goiken/index.html
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遠山日出也

Author:遠山日出也
 検索から来られた方へ:このブログの記事を分類した一覧である「『中国女性・ジェンダーニュース+』記事総覧」を見ていただくか、下の「カテゴリー」欄を使われると、関連情報がご覧いただきやすいと思います。最近の行動派フェミニストについては、「中国の行動派フェミニスト年表、リンク集」をご覧ください。
 また、「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。日本の問題の一部は、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」や「館長雇止め・バックラッシュ裁判」でまとめています。
 恐れ入りますが、スパム対策などのため、コメントは私が拝見した後で表示させていただきます。
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