2006-12

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出稼ぎ女性の労働条件と企業の社会的責任

 昨日はクリスマスでしたが、先日、次の記事がドイツの雑誌に掲載されたそうです(メールマガジン「China Now!」第32号[2006年12月22日]より転載)(1)

「メリークリスマス!には中国労働者の血と汗 ドイツのおもちゃと中国労働者の権利」

クリスマスにはプレゼントが贈られる。サンタクロースは遥か彼方の中国からドイツの子どもたちのためにプレゼントを運んできてくれる。中国労働者の血と汗とともに。

クリスマス関連の商品のなかで、おもちゃの80%は中国、とくに中国広東省の大小何千もの玩具工場からの輸入品だ。近年、中国の玩具工場の劣悪な労働状況が西側メディアで報道され、人権団体や労働NGOなどが問題に取り組んでいる。ドイツの週刊誌の記者、ウォルフガン・メンデルは、広東の玩具工場を半月かけて取材した。

「こいつらみんな田舎者だろ、十回も怒鳴ってやっと仕事を理解する」。王と名乗る職制が、工場の作業ラインでメンデルに説明する。そこは宇宙船のおもちゃをつくっているライン。室内は毒ガス室のようだ。何十人もの労働者が小さなプラスチックの部品を手に持って塗装している。部品が小さいので目の近くに持ってこなければ作業ができない。作業する労働者でマスクをつけているものはごくわずかだ。室内に充満した塗料のにおいは人体にとって有害で、マスクなどほとんど役に立たないのだが。記者が作業室にいたのは短時間であるが、すぐに頭痛やめまいがした。ここの労働者はふつう一日16時間も働く。長時間、そして長期間このような有害な空気を吸っている。このような有害な空気は、若い労働者たちの体内を蝕む。メンデル
記者は、多くの労働者の顔に発疹があり、腕に赤い水ぶくれがある状況を確認している。

テディベア、バービー人形、ジグソーパズル、おもちゃのお城、電子ゲーム機……、ドイツの子どもたちにとっての夢のような世界は、中国の労働者にとっては往々にして悪夢の世界でもある。23歳の曹宇さん(仮名)がメンデルに語ったところによると、彼の玩具工場は「地獄」だという。毎朝、この「地獄」に行かなければならないかと思うと恐ろしくて仕方がないが、他にどうしようもない。この8ヶ月ずっと、毎日十数時間続く仕事は、作業ラインを流れてくるプラスチックの小さなタイヤとバンパーをおもちゃの車に取り付ける作業だという。手と指は腫れてしまい、他のラインに移りたいと希望を出したが、認められなかった。

曹宇さんの働く工場は他の多くの工場と同じく、一年で最も忙しい時期は6月から8月だという。欧米のクリスマスセール市場にあわせて生産するからだ。その時期、労働者は毎日18時間働くことも珍しくない。ときには納期に間に合わせるために、徹夜の日が続くこともある。曹宇さんも三日間不眠不休で働いた記録をもっている。一年でもっとも暇な時期に月1回の休日をもらうことができるという。それほど働いてどれくらいの賃金をもらうのだろうか。食費と宿舎費を除けば、手元に残るのは600元(約9000円)。彼の工場では、就業時間内のトイレの回数が決められているという。男性は3回、女性は5回、それを上回った場合、罰金をとられるという。

中国の玩具工場における労働者の基本的人権の蹂躙が国際的な問題になっている。さまざまな国際世論の圧力の下、世界玩具連合会は、中国における労働条件に関する調査を始めた。二年に一度、調査員を中国の玩具工場に派遣して調査を行っている。同連合会は、これまでに500の工場に労働条件合格証書を交付した。

しかし中国では抜け穴が横行している。ある女性労働者がメンデル記者に語ったところによると、彼女の工場の経営者は、調査が入るまえに労働者に対して嘘を報告するように奨励し、すばらしい嘘をついた者には100元のボーナスを支給するという。そしてこの工場には世界玩具連合会から労働条件合格証書が交付されているという。

中国の玩具工場の劣悪な労働条件は、多くの労働争議を引き起こしている。ある小さな玩具工場の経営者はメンデル記者にこう語った。「(もしこのままの状態が続けば)社会的な大混乱がおこるだろう。そうなるまでに多くの時間を要しない」。
原文:「ドイツの声」(http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,2276204,00.html)

 この記事を読んで、私は故・松井やよりさんが8年前に書いた「おもちゃ工場で焼死する少女たち」(2)という文章を思い出して、「まだまだあの頃と変わっていないな」と感じました。
 松井さんの文は、1993年の深圳の致麗玩具工場で大火で87人の労働者が死亡し、そのほとんどが農村から出稼ぎに来た若い女性だったことを伝えています。この工場には防火設備は何もなく、廊下や階段は製品が積まれて、ふさがれていたとのことです。
 松井さんの文はまた、玩具工場で働く労働者の大部分は、農村から出稼ぎに来た年若い女性であること、玩具工場のほとんどが香港系企業だが、先進国の多国籍企業の下請けが多いことも述べています。
 そうした状況に対して、香港の労働・人権団体が「香港玩具連合」を結成して、このような悲劇を繰り返させないよう全世界に訴えました。欧米の労組や人権団体もこの問題を取り上げたために、1996年に国際玩具産業協会も行動基準を作ったが、その基準や監査はきわめて不十分なものだったことです(3)

 もちろん上のような問題は、欧米だけに関わる問題ではありません。
 玩具工場についてではありませんが、たとえば同じ「China Now!」のHPにも、日本企業ユニデンの中国工場で、昨年と一昨年に女性労働者ら1万数千人が、長時間労働や低賃金、労組の結成が認められないことに抵抗して起こしたストライキについて詳しく述べられています昨年のストライキについての記事一昨年のストライキについての記事)。

 最近は日本のマスコミも、中国では都市と農村の格差がひどく、農村からの出稼ぎ労働者は劣悪な労働条件で働いていることや、彼らの抵抗は抑圧・弾圧されていることをしばしば報じるようになりました。
 これらの報道は、中国の実情を伝えるという点で意義があると思います。

 ただ、私は、日本のマスコミ(特に右派系のマスコミ)の報道は、以下の点が弱いように思うのです(まだきちんと分析したわけではありませんが)。
 1.中国のそうした社会的格差とジェンダーとのかかわり。
 2.中国にも、まだ力は弱いとはいえ、格差を是正しようとする人々がいることへの注目(「中国はひどい国だ」という、「国」単位の話にばかりなりがち)。
 3.中国の出稼ぎ労働者の無権利状態や彼らの抵抗に対する抑圧を、日本企業も利用・加担していること。そうした意味での企業の社会的責任(CSR)への関心。

 今回はとくに3.の点について述べると、日本の企業やマスコミは、上述のような意味での社会的責任に対する関心が欧米の企業やマスコミに比べても弱いと思います。

 げんに、経団連(現 日本経団連)が設立した「海外事業活動関連協議会」が出版した『「中国における企業の社会的責任(CSR)」報告書』(2005年)も、次のように述べています。
 「欧米企業では‥‥各社が世界共通の行動規範に基づき、関連会社及びサプライヤーへのリスク・レベルに応じた定期的監査を実施している。監査の方法は業種により異なるが、各社のプログラムに基づき、社内外の監査チームが自社の定める行動規範にもとづいて監査を行っている。」
 「これに対し、日本企業では、サプライ・チェーン・マネジメントへの取り組みはまだ始まったばかりであり、体制の整備やCSR担当者の任命などが急がれる」(2頁)。
 経団連が設立した団体の報告書さえ、上のように認めているわけです。
 欧米の監査でさえ最初に述べたような状態なのですから、日本企業は本当にまだまだと言えるでしょう。

 マスコミも、中国に進出した日本企業やその下請けの劣悪な労働条件について報じることは、ほとんどありません。
 現に、ユニデンの中国工場の一昨年のストライキについてはまったく報じられておらず、昨年のストライキについても、「反日」との関係で少し報じられただけでした(ストライキは、日本企業に限らず起きています。また、この工場でも2000年頃から何度も起きていましたので、「反日」と関連づけるのは基本的におかしいです)。

(1)このメールマガジンは、下の「China Now!」というサイトが発行しているものです。
新ブログ
http://chinanow.blog28.fc2.com/
旧サイト
http://www5f.biglobe.ne.jp/~chinanow/
(2)松井やより「おもちゃ工場で焼死する少女たち 世界に広がるおもちゃキャンペーン」『女たちの21世紀』14号(1998年4月。アジア女性資料センター発行)。同号には「致麗おもちゃ工場火災の犠牲者たちを訪ねて―今も続く苦しみ―」というレポートも掲載されています。
(3)中国の玩具工場の労働問題に関しては、香港基督教工業委員会研究報告のページに詳細な報告が掲載されています。
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三井マリ子さんの裁判、桂館長が証人に決定

 このブログで2度にわたって要請ハガキを出していただくようにお願いしていた、三井マリ子さんの「館長雇止め・バックラッシュ裁判」(事件の経過)の証人採用の件ですが、昨日の法廷で、桂容子さんの証人尋問をすることが決定しました。

 豊中市はバックラッシュ勢力(性別役割分担に固執し、男女平等の前進に反対する勢力)に屈して、女性センターの館長だった三井さんを雇止めしたのですが、その際、豊中市は一応は三井さんにも次期館長を決める試験を受けさせました。
 けれど実は、三井さんを落として、もう一人の受験者だった桂さんを合格にすることをあらかじめ決めていたのです。

 裁判長からは、今度の証人尋問では、とくに2004年2月9日のことを中心にするよう要請がありました。
 その日は、すでに三井さんも次期館長の採用試験を受ける意思を公式に表明していたのに、豊中市の人権文化部長(試験のときの面接官の一人でもある)が桂さんに、「うちは桂さんしかいないんです」「型どおり面接をしないといけないんで(形だけの面接をする)」と語った日です。
 上の点については、桂さん自身がそのように話しておられます(三井さんの陳述書や豊中市議の一村和幸氏の陳述書による)。桂さんはのちに、三井さんも別に試験を受けていたことを知り、とても驚いたそうです。

 来年2月21日の午後1時45分から大阪地裁です。
 詳細については、そのしばらく前に、この裁判を支援する会のホームページブログに出ます。
 よろしければ、いらしてみてください。
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本年の動向11―男性問題のシンポジウム

4月 香港の「両岸三地男性デー交流会」でシンポジウム
12月 北京で「男性とジェンダー平等:多元的対話と研究・討論」シンポジウム


 今年は、中国・台湾・香港の3つの地区の研究者などが集まる男性問題のシンポジウムが2回、開催されました。

 (1)まず4月8日と9日に香港で、香港明愛男士成長センターが「両岸三地男性デー交流会」(「両岸三地」とは、大陸と台湾、香港のこと)を開催します。
 香港明愛男士成長センターというのは、1998年3月に設立された団体で、その目標としては「男性の不断の成長を喚起し、彼らに家庭における役割を確立させ、調和的で打ち解けた家族関係を築くのを助けること」を掲げており、グループ活動や講座などをしているといいます。
 また、同センターは2003年から、4月10日を男性デーと定めて毎年行事をおこなっています。4月10日に決めたのは、『論語』の中の「四十にして惑わず」という言葉から取ったそうで、その趣旨としては「男性の自尊・自信を打ちたて、新しい時代がもたらすさまざまな挑戦を正面から積極的な態度で迎える」というものです。
 以上の説明を読むかぎりでは、一般的なメンズリブとはちょっと異なる感じです。

 しかし、この香港明愛男士成長センターは、今回、方剛さん(男性解放学術サロン)や藍懐恩さん(台湾中華21世紀男性成長協会の創設者。女性)と協力して、「両岸三地四都市・男子大学生のジェンダー自己認知調査」をやりました(四都市とは、北京、上海、台北、香港)。これは、かなりフェミニズム的ないしジェンダー論的問題意識が強い調査です。
 この調査は、このページからダウンロードできますが、全体として台北の男性が進歩的で、北京や上海の男性は保守的な傾向があるようです(香港は中間)。

 また交流会の中で、「第4回男性デー 三八から四十へ:男性の覚醒と更新『両岸三地』シンポジウム」が開催され、以下のような報告がされました。
 方剛:中国内地の男性運動の萌芽
 藍懐恩:台湾の男性関懐
 黎偉倫(香港明愛男士成長センター主任):香港の男性の成長
 楊明磊(台北銘傅大学):コメント
(このシンポジウムの写真は、上のページにも掲載されていますし、方剛さんのブログでも紹介されています。)

 (2)また、12月4日から6日まで、北京で「男性とジェンダー平等:多元的対話と研究・討論」というシンポジウムが開催されました。
 これは4月の香港のシンポよりはるかに大規模なものでした。男性とジェンダー平等の問題を論じたシンポジウムとしては、中国大陸はもちろん、台湾や香港でもかつてないものだったようです。

 このシンポジウムは、北京・天津「ジェンダーと発展」協力者グループ(京津社会性別与発展協作者小組)、男性解放学術サロン中国フェミニズム学術文化サロン女性メディアモニターネットワーク(婦女伝媒監測網絡)北京紀安徳相談センター(北京紀安徳諮詢中心)が共同で発起し、香港楽施会の資金援助を得ました。

 このシンポの模様は、「中国におけるジェンダーと発展」ネットワークのHPで詳しく報告されています。以下の報告がおこなわれました(クリックすると内容がわかります[中国語])。

12月4日
9:20-10:35:大会の主旨
 王雅各:新世紀の男性研究
 栄維毅:共に権力を持ち、責任を分担する──フェミニズムと男性がジェンダー平等を促進する行動との相互作用
 陳錦華:男性サービスの志向:ジェンダー本位の実践

11:00-12:30:男性とフェミニズム
 畢恒達:男がフェミニズムと出会うとき
 劉兵男性とフェミニズム研究
 黄海濤:どのようにフェミニズム団体の中で成長するか
 李麗華:高等教育における男性の全面参与
 石瀟純・陳智慧:男子学生と「フェミニズム」──湖南の三つの大学のアンケート調査

14:40-15:20:男性の気質の構築と男性の経験(1)
 陶咏白:画像に閉じ込められた男性精神──林剣峰の絵を解析する
 賈方舟:現代芸術の中の男性のテキストと男権の言葉
 李修建魏晋の男性気質から今日のジェンダー問題まで
 朱雪琴:男性のジェンダー役割のステロタイプなモデルの、男性心理に対する影響の事例の分析

15:20-18:10:男性の気質の構築と男性の経験(2)
 曹瓊:男性気質の解体と再建──現代中国映画のジェンダー権力関係の分析
 曹瑪麗:現代のコマーシャルにおける男性気質
 方剛・曽丹:ベッドの上の「平等」の背後──高収入の男性の性生活の叙述における男性の気概の分析
 李強:アメリカの両親がいる家族における父親の男性気質の家庭化
 陳国康:「変遷する社会、変遷する男性」:香港の男性の社会的境遇と家事参与

19:30-21:30:ジェンダーと芸術:林剣峰・李虹・斉鵬の美術作品の研究と討論
 李虹:永遠に跪いてる『女』人
 余迪:絵画の「鬼才」林剣峰取材ノート
 張君:画家・斉鵬女史訪問記

12月5日
9:00-10:00:クイアとジェンダー平等
 Leslie Cao:私のトランスジェンダリズムあるいは反ジェンダー主義の精神史
 崔子恩クイアの「見る」と「見られる」
 童戈:ジェンダーを越えて構築された「易装MB[女装したmoney boy=売春する男の子]」およびその活動状態
 王海生:中国の「性転換した人(変性人)」の透視と思考
 李強対立と融合──中国の男性同性愛の主流文化における身分の構築
 郭雅:中国大陸の男性同性愛コミュニティ組織の発展

11:00-12:30:男性研究と男性運動(1)
 楊明磊両岸の男子大学生のジェンダー役割の内包の対比研究──北京と台北を例に
 侯書芸・王海生・張君・余迪:ここでの変革はひっそりと──首都師範大学男子学生のジェンダー観念の調査
 張京メディアと男性研究

14:00-15:20:男性研究と男性運動(2)
 荒林フェミニズムと男性研究の方法──『中国のフェミニズム』と『男性批判』を例に
 梁麗清:女性運動が男性運動と出会うとき
 方剛:「男性の自覚/解放」釈義
 藍懐恩:『紳士生活サロン』による男性の人文生活のモデルを構築する試み

16:35-18:00:男性研究と男性運動(3)
 黎偉倫:香港の男性運動:ソーシャルワーク主導から男の参与まで
 梁展慶:香港の男性運動──フェミニズムの観点への支持の欠如
 馬毓鴻・楊明磊:男性の幼稚園教師の職業選択と適応経験の研究
 洪文龍:台湾の男性成長団体のジェンダー・ポリティックス

19:30-21:30:映像作品の展示とシンポ
19:30-20:30:中山大学ジェンダー教育フォーラム記録映画『ホワイトリボン』の簡単な紹介
20:30-21:30:雲南の少数民族男性の生存状況(DV)
 金曉敏:東洋の神秘の女児の国・瀘沽湖畔のモソ(摩梭)人の男性の生活と権益
 鄭新民:ハニ(哈尼)部落の青年男性の結婚難の状況の調査と訪問インタビュー

12月6日
9:00-12:00「ジェンダー平等の行動への男性参与の促進」参与式討論と計画

 以上、男性とジェンダー平等について、実に多面的に検討されていることがわかります。ぎっしり詰まった日程にも驚かされます。

 栄維毅さんは、このシンポは「多元的な対話と研究・討論」という点で成功だったとまとめています。男性と女性だけでなく、男性と男性、女性と女性、さまざまな性志向の人が対話と交流をし、内容が豊かで、雰囲気は民主的で平等だったと。 

 栄さんは、反省点としては、会議で発言者が多くて討論が十分できなかったこと、多元的なのはよいが「政治的に正しくない」発言(女性に対して暴力的、被害者を責める)が十分正されなかったこと、男性団体の関心がまだセクシュアリティに集中していることなどを挙げています(栄維毅「《男性与性別平等:多元対話与研討》研討会綜述」)。

 いずれにせよ、まだま小さいとはいえ、中国でも地区を越えて男性団体や男性問題への関心は急速に発展しつつあるように思えます。

[追記]
 報告の内容についてのリンクが切れていますが、下のページですべて見ることができます。
 男性与性别平等:多元対話与研討
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アステラス製薬・仙頭史子さんの本人尋問

 昨日、アステラス製薬の男女差別裁判の仙頭史子さんの原告本人尋問に行ってきました。
 仙頭さんは、大阪府立高専を卒業後、1973年に藤沢薬品(現アステラス製薬)に入社し、現在まで働き続けてきました。
 しかし、男性は入社後平均14年で主任に昇格するのに、仙頭さんは倍近くの27年かかるなど、男女差別を受け続けたため、2002年に大阪地裁に提訴しました。

 昨日は延べ112名の方がいらっしゃって、大法廷は午前も午後も満員。午前中は20名程度の方に帰っていただくほどでした。
 メモできなかったところもあるので、細かな部分では不正確な箇所もかなりあると思いますが、だいたい以下のような内容でした(前の3回の証人尋問の内容に関しては、(「アステラス製薬・仙頭史子さんの男女差別裁判を支援する会」のHPの「史子ニュースHP」欄をクリックするとわかります。私のプログでも1回目2回目については書きました)。

(1)中央研究所にお勤めの時期

 会社側は、仙頭さんの職務区分は「研究アシスタント」であり、「定型的で補助的な仕事をしていたにすぎない」として、差別を正当化する主張をしていました。
 しかし、仙頭さんは「面接試験の時もその後も、自分の職務区分や仕事の内容が『研究アシスタント』だと説明されたことはまったくなかった」と証言なさいました。
 実際、仙頭さんが最初にした仕事(HPLCという機械を、分析に使えるように条件設定する仕事)も専門知識が必要な仕事でした。また、実験結果を見て試行錯誤する「仮説→実験→検証」というプロセスを伴うもので、「定型的な業務」ではまったくなかったことを、難解な専門用語を交えつつも、私たちにもわかるように具体的に説明なさいました。

 会社側は、前々回、仙頭さんの仕事は「自己流」で「不正確で大ざっぱ」だとも言っていました。
 しかし、仙頭さんは、もしそうならば、正確なデータが出なかったり、機械を壊したりするはずだが、そんなことはなく、そうした注意を受けたこともなかったことを証言しました。
 むしろこんなこともあったそうです。出たデータを持っていったら、当時の上司のさらに上の上司から「こんなにきれいなデータでは、捏造ではないかと疑われる。このデータは使えない」と言われ、新しく入って来てまだ仕事に慣れていない人に、実験をやり直させたとのことです。
 また、高専時代の成績表も示しました。全体的に「優」が多く、とくに実験科目はほとんど全て「優」でした。もし仕事が不正確なら、こんな成績はとれないことは明らかです。

 仙頭さんがやっていたデータ判定業務は、大学院卒の当時既に経営職(管理職のこと)だった人が引き継いだそうです。

 次に、NCWSというものの研究の話になりました。
 仙頭さんが、それ以前は捨てていた「中間層」(水にもクロロホルム?にも溶けない物質)について研究を提案したという功績があったのですが、会社側は「いや、それは以前から知られていたことにすぎない」と主張していました。
 しかし、仙頭さんの証言では、そんなことはまったくなく、上司も最初は「そんなの、捨てといたらええんや」と言っていたそうです。
 このテーマは外部発表もやり、仙頭さんは論文の第一執筆者になりました。ところが、会社側は「仙頭さんは手足を動かしただけで、頭を動かしてはいない。時間的貢献が多いから第一執筆者にしただけだ」という、非常識な主張をしていました。
 当然そんなはずはなく、仙頭さんは「一段階ずつ、仮説を検証する仕事をやった」と証言しました。

 仙頭さんはこのように能力もあり、仕事で活躍していたのに、女性だからということで差別されました。
 こんなことがあったそうです。仙頭さんが英文の論文を読んで得られた成果を上司に渡しました。すると、上司は「これは面白い。やってみよう」と言って、それを、それまで他の仕事をやっていた大学院卒の男性に渡して仕事を済ませてしまい、その後仙頭さんには何の報告もなかったとのことです。
 仙頭さんは、このことについて、「工夫してやった仕事なのに、あたかも自分が存在していないかのように扱われ、とても傷つました」と証言なさいました。

 こうした差別はありましたが、仙頭さんが研究所にお勤めの時代、「研究アシスタント」などという職務区分は一度も聞いたことはなかったことのことです。

(2)営業職の時期

 社内報で女性営業職の公募を見つけた仙頭さんは、「研究所では、どんなに努力しても格差は縮まらない。これは個人ごとの成果が不明確だからだ。個人の成果が明確に出る営業ならば」と考え、17年間のキャリアを捨てて、1990年に営業職に転身を決意します。
 そして、選考を経て、みごと初の女性営業職(それまでは国内の他社にもいなかった)になります。

 営業をしていたときは、会社の中にいることはほとんどなく、泊まりを伴う出張も男性同様にこなしていました。
 仙頭さんの仕事ぶりは、社報でも4ページにわたって「厳しい仕事、忙しい日々」といった説明付きで紹介されたこともありました。

 当時の課内の営業成績は、トップは課長でしたが、仙頭さんも2~3位で、他の多くの男性と比べてまさるとも劣らないものだったことも示されました。

 ところが、前々回、会社側証人の元上司は「目標や達成率はすべてグループごとのものだった」などと、個人目標がなかったかのような珍妙な主張をしました。
 しかし当然そんなはずはなく、個人ごとの計画目標や達成実績、達成率を示した文書が作成されており(元上司本人が作っていた)、それが営業員全員に配布されていたのです(この文書でも仙頭さんは3位でした)。
 そして成績が芳しくないと、当然営業会議で追及され、営業員は対策を答えなければならなかったとのことです。

 また、会社側は「仙頭さんの成績がよかったのは、課長の取引先を引き継いだからにすぎない」と主張していました。
 しかし、仙頭さんは、そうではなく、新たな取引先を開拓・担当していたし、その課長とは関係がない年度の成績も良かったことを具体的に述べられました。
 むしろ、仙頭さんが開拓した取引先を、他の男性の営業員が引き継いだりしていたようです。こうした担当先の変更は通常おこなわれないそうで、のちに仙頭さんを別の地区に引っ張った上司からは、「お前が大阪で新規開拓しても、男の営業員に取られるだけや」と言われたとのことでした。

 前々回、会社側証人の元上司は、「週報」というのがとても重要なのに、仙頭さんはそれを提出していなかったと述べました。
 しかし今回、仙頭さんは、週報を提出しなかったことなど一度もないと証言しました。また、週報がさほど重視されていたわけではなく、仙頭さんの週報に返答が返ってきたりとか、他の人のものを含めて週報の情報について話されたりするとかいうことはなかったそうです。

 1997年、賃金制度が変更になり、営業職は全員が「C職群(総合職)」に位置づけられることになりました。
 仙頭さんは、「これで今までの苦労が少しは報われる」と思いました。
 ところが会社は、その直前に仙頭さんを子会社に出向させることによって、「B職群(一般職)」のままにしたのです。

(3)子会社に出向になった時期

 仙頭さんは、子会社では、研究のための「機器分析部門」に配属されましたが、仙頭さんが営業職に就いていた時期に技術的な進歩があったため、新たな勉強が必要でした。
 しかし、仙頭さんは「君、いたから、できるだろう」と言われて、会社からのフォローはありませんでした。
 仙頭さんは自力で新しいことも習得したうえで、部下のオペレータなどに教育や指導もするという管理職的な仕事をなさいました。
 実際、「品質管理部門」では、そうした仕事は管理職がやっていたとのことです。

(4)賃金制度について

 仙頭さんは、賃金制度に関してもいろいろ証言されました。たとえば賃金制度が改定された際にも、賃金はそのままで(つまり、それまでの男女格差もそのまま)、むしろ資格を賃金に合わせたことなどを述べられました。

 男女・学歴別に考課も固定されていることを告発したメールが提訴直後に仙頭さんのところに届いたそうですが、実際、仙頭さんの考課はずっと「+3」で変わらなかったとのことです。成績が良くて、賞与などがプラスになった年も、考課は同じだったそうです。

 また同期同学歴の男性は、業務はさまざまなのに、ほぼ全員が一律に昇格していたとのことです。結局、制度をあれこれ変えても男女別の雇用管理だったということでしょうか?

 主尋問の最後に仙頭さんは、「提訴した時点で、男性は50%が管理職だったのに、女性は0.5%だけ。私はまだ若くて体力もあるので提訴できたが、提訴したくてもできない女性がたくさんいる。私だけの問題ではない」と訴えられました。

(5)反対尋問

 反対尋問では、まず、当時の新聞広告に「研究アシスタント募集」と書いてあったので、仙頭さん自身もそうした採用区分であることを認識していたことを確認させようとしました。
 この新聞広告だけが会社側の書類上での証拠だとのことで、会社側の弁護士は必死のようでした。
 しかし仙頭さんは、「たしかにその新聞広告を見て応募したと思うが、その新聞広告のことは覚えておらず、当時、とにかく技術職を探していたので、そうした意識で新聞広告を見ていた」といったことを話されました。

 次に、仙頭さんに当時の同僚の女性のことを盛んに尋ねていました。どうも当時は女性には長期勤続が少なかった(から男女別雇用管理は当然である)ことを認めさせたかったようです。
 しかし、こんなひどい差別があったらなかなか長期勤続する気になりませんし、仙頭さんご自身は今までずっと勤めてきたのです。

 また仙頭さんが子会社に出向になった時、会社はちゃんと研修をしてフォローしていたことを主張しました。
 けれど、仙頭さんに「その研修は、単なる機械の操作法についてです」と言い返されていました。

 あと、仙頭さんの成績表について、一つ「可」があったのを見つけて、あれこれ言ったりしていました。

 また、仙頭さんが最近主事になって、賃金も上がったことを確認させていました。
 しかし、それは裁判を始めたあとのことです。また仙頭さんと同期同学歴の男性はみな管理職になっており(主事は管理職ではない)、差別が是正されてなどはいません(この点は、再主尋問で明確に仙頭さんが答えられました)。


 前々回、元上司が、仙頭さんの仕事について過小評価する証言をたくさんしました。
 そうした証言については、その時の反対尋問ですでに根拠の薄弱さは明確になったと感じていましたが、今回の仙頭さんの証言で、それらは、ことごとく粉砕されたように思います(書き切れなかった点もたくさんあります)。
 今回の反対尋問では、主尋問で具体的に述べられた仙頭さんの主張を崩すような尋問はほとんどありませんでした。
 とくに営業職のときのことについては、反対尋問そのものがありませんでした。
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三井マリ子さんのお話を聞く会

 先月の26日、私と村井恵子さんが企画して、日本女性学研究会の11月例会として、「館長雇止め・バックラッシュ裁判原告・三井マリ子さんのお話を聞く」という催しをしました。
当日の様子

(左から、村井さん、私、三井さん)

 三井さんは、豊中市の女性センターの初代館長に全国公募によって選ばれ、そのすばらしい仕事ぶりはマスコミにも何度も取り上げられました。
 しかし、三井さんが目障りだったバックラッシュ勢力(旧来の性別分業に固執して男女平等の推進に反対する勢力)の攻撃を受け、行政もそれに屈したために、館長の座を追われてしまいます。この背景には、女性センターで働く多くの女性が無権利な非常勤職員(館長も非常勤でした)であるという問題もありました。
 三井さんは、「バックラッシュに豊中市は屈しても、私は屈しない」という決意の下、豊中市などを訴えます。

 この事件と裁判について詳しくは、私がこの例会をする際に作った資料が2点ありますので、よかったらクリックしてみてください。
この事件について説明した文章(日本女性学研究会ニュース『VOICE OF WOMEN』2006年9月号掲載)
この事件の年表と裁判の経過(ワードファイル。当日の資料)

 当日の三井さんのお話によると、裁判で被告側は、十数年も前に三井さんが公費ミスコンに反対した時の記事やセクハラに抗議して社会党をやめた時の記事のうち、三井さんを悪く書いた記事をわざわざ探し出してきて、証拠として提出してきたそうです。それによって、「原告はトラブルをよく起こす、こんな女なんだ」ということを言おうとしたとのこと。
 こんなのは、この裁判とは何の関係もない人格攻撃です。だいたいミスコンやセクハラに対して抗議した時のことを攻撃材料に利用するなど、まともな男女平等の感覚があれば絶対にできないと思うのです。

 また、被告側は、女性センターを管理する財団の議事録を裁判に有利なように改竄し、しかもそれが三井さんも了解済みだったという嘘をついてきたそうです。

 私は、権力というものは、自らに刃向かう人間を攻撃するためには本当に卑劣なことをするものだということを感じました。

次回裁判の日程
12月25日午後4:30~
大阪地裁809号法廷

 いま、この裁判を支援する会では、裁判の証人として、一色元市長と桂館長を呼ぶことを要請するハガキを出す運動をしています。
 この裁判を支援する会のHPの「要請書ハガキを12月20日までに」という箇所の下の「表ハガキ/裏」という所をクリックしていただくと、ハガキの表・裏がダウンロードできますので、よろしくお願いします。

 以下、一色市長、桂すてっぷ館長の証人尋問の必要性について、簡単にまとめてみました。

〇一色貞輝・前豊中市長
 ・豊中市の人権文化部長は、三井館長を辞めさせた組織変更について、「トップの意向だ」と言っている。
 ・女性センターを管理している財団の高橋理事長も、三井さんの任免権について、本当は理事長だけにあるはずなのに、「市長」にもあると証言した。

〇桂容子・現館長
 ・次期館長を決めるときの選考試験には、三井さんと桂さんが受験したが、あらかじめ三井さんを落とすことが決まっていた。
 この点については、桂さん自身が、事前に「(候補者は)あなたしかいない」「面接は形式的なもの」と言われて受験したと述べている。そのことを証言していただく。
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「子どもの性侵害防止ネットワーク」設立

 11月19日、北京で「子どもの性侵害防止ネットワーク[防止児童性侵害網絡]」が設立されました。このネットワークは、同時に「中国子ども救助ネット[中国児童救助網]」というサイトも開設しました。

 呼びかけ人の栄維毅さん(中国人民公安大学)は、「子どもを性被害から保護するのは全社会の責任ですが、子どもの権利を保護する最後の防衛線は法律執行部門です。しかし、法律執行人員が性侵害事件を処理する際、若干の問題と不十分点があります。たとえば、未成年者の性侵害事件をあまり重視しない、専門的に処理する人がいない、調査と証拠収集の手続きに関する決まりがない、調査する人の専門的な訓練が欠けている、実践における『二次被害』などです。ですからジェンダー意識と子どもの権利意識を、子どもの性被害を防止する各工作に組み込むことが特に重要で切実です」と述べています(1)

 中国では最近子ども、とくに少女に対する性侵害が問題にされるようになり、2004年3月には北京で、北京林業大学の心理学部や心理相談センターなどによって「四月天少女性侵害心理援助電話相談(熱綫。ホットライン)」(「四月天」とは4月の空のように暖かいという意味)という電話相談も始められています(2)

 この「子どもの性侵害防止ネットワーク」は、設立当日に「子どもの性侵害に反対するシンポジウム」を開催しました。
 このシンポには、全国婦連女性法律援助センター、アメリカ弁護士協会、北京四月天少女性侵害保護ホットライン、深圳性侵犯被害者援助ネットワーク「春風計画」、北京青少年法律援助・研究センター、中国法学会DV反対ネットワーク、北京大学法学院女性法律援助・サービスセンターなどの機構が参加し、子どもの性侵害の現状や認識の問題点、社会の救助メカニズム、警察の対処などの問題を話し合い、最後に「子どもの性侵害を防止し、なくすために行動しよう」という呼びかけを採択したとのことです。

(1)「“防止児童性侵害網絡”在京成立」(中国児童救助網2006年11月19日)。やや簡単にですが、『中国婦女報』にも報道されています(「為児童免性侵害行動起来 “防止児童性侵害網絡”在京成立」『中国婦女報』2006年11月20日)。
(2)「愛心与幇助像四月的陽光―北京開通全国首家少女性侵害心理援助熱綫」『中国婦女報』2004年3月6日。
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性侵害の被害者援助サイト「春風ネット」

 深圳で昨年9月から開始された、市の心理危機関与センター、公安局心理サービスセンター、女性児童心理カウンセリングセンターなどによる「春風計画」(本ブログ10月4日付で既報)の組織委員会は、最初の1年計画が終了した後の今年9月にはサイト「春風ネット―中国性侵害(犯)予防ネット[春風網―中国性侵害(犯)預防網]」を設立しました。

 これは、「国内最初の、性侵犯を予防する知識を伝え、性侵犯の被害者を援助する」サイトだとのことです。すべてボランティアで運営されるようです(1)
 24時間体制の緊急相談、面接による心理カウンセリング、法律相談、宣伝教育、病院や警察などへの同伴サービスなどをするとのことです(2)

(1)「関于我們」(2006年9月14日)春風網
(2)「我們的服務」(2006年9月14日)春風網
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本年の動向10―売買春に関する議論と行動

2005年12月 流氓燕、流氓燕妓女維権熱綫(権利擁護電話相談。06.1~紅塵熱綫)開始。
2006年1月 周瑞金「両会代表も地下性産業について語ってみたら?」が東方網(ネット)に掲載。
3月 全国人民代表大会で遅夙生弁護士が売買春合法化の提案を試みるも、黒竜江代表団の会議を通らず。
5月 李扁、猥褻物品罪と売買春処罰条項について全人代常務委員会に違憲審査を要求。
6月 流氓燕、サイト「紅塵網」設立。
11月 深圳市警察が売春女性を引き回し→翌月にかけて批判おこる。


 売買春については、従来から李銀河さんなどが非犯罪化を唱えてきました。
 李さんは、多くのセックスワーカーが犯罪の犠牲になっていることを述べ、その背景には、彼女たちは危険な目にあっても警察に助けを求めることができないことがあることを指摘して、セックスワークの非犯罪化を提唱します。
 李さんはまた、売買春は彼女たちに打撃を与えるという方法によってはなくすことはできず、職業訓練や学校こそが必要だとも言います(1)

 今年はとくに、売買春(ないしセックスワーク)に関する議論や活動が多い年だったように思います。
 すでにサイト「China Super City」に、「売春の合法化論争」という題で日本語である程度まとめられていますが、それとの重複をできるだけ避けつつ、私も少し紹介したいと思います。

 まず今年1月、政治ジャーナリストとして有名な周瑞金さんが、「両会(全国人民代表大会と全国政治協商会議)の代表も地下の『性産業』について語ってみたら?」という論文を発表します。
 周さんは、地下の性産業は三つの点(性病の伝染、家庭の破壊、社会的犯罪の増加)で社会に危害を与えているので、性産業の管理規則を作って、政府の公共管理に組み込むことを主張しました。
 周さんは、外国には売春婦の労働組合があることや、セックスワーカーのために活動する人権活動家がいることにも少し触れていますが、全体としては社会防衛的な視点が強い議論と言えます(2)

 周さんの議論に対しては、「歴史を逆行させるものである」「禁止しても蔓延しているからといって、合法化するのはおかしい」という反論も出ます。
 ただ、この反論も、売春している女性の人権という観点よりも、売買春が社会に与える危害の大きさ(公序良俗の破壊、性病、家庭破壊・犯罪の増加)を主張しているという点は同じでした(3)

 3月には、周さんの提案どおり、全国人民代表大会で遅夙生弁護士が売春合法化の提案をしようと試みます。彼女の提案は、黒竜江代表団の会議では採用されなかったので、大会には提出できなかったのですが、社会に反響を呼びます。
 遅さんの提案も、基本的には性病(とくにエイズ)の蔓延を阻止するという観点からのものです。遅さんは、売春している者は、自らが病気であることも知らない場合が多いので、売春を合法化して「性従業者の行為規範」を作って、彼女たちの健康診断をすることなどを主張しています(4)

 それとは別に、2005年12月には流氓燕(葉海燕)さんが、流氓燕妓女維権熱綫(06.1~紅塵熱綫)を始めています。これは、社会の周縁の女性、具体的には売春をしている女性向けの電話相談です。
 流氓燕さんは、この電話相談の趣旨について次のように言います。
 「私たちは旗幟鮮明に女性の売春に反対する。同時に、人権を尊重するという基本原則によって周縁女性を尊重し、周縁女性に関心を寄せるように呼びかける。あらゆる性暴力、または周縁女性を傷つける行為に抗議する。社会の各層が、周縁女性の過去に寛容になり、彼女たちが再び社会に溶け込む機会を与えるように呼びかける」(5)
 流氓燕さんは、2006年6月には、上記と同趣旨のサイト「紅塵網(ネット)」(現在停止中)を設立します。
 流氓燕さんは、この頃には「性産業の合法化」も唱えるようになります。その理由としては、エイズ防止のほか、李銀河さんと同じく、売買春が地下にもぐることによって売春女性の安全が確保できなくなることなどを挙げています(6)

 また5月には若手の性学者の李扁さんが、刑法や治安処罰法にある猥褻物品罪と売買春処罰条項について全人代常務委員会に違憲審査を要求します。
 李さんは、売買春それ自体が醜悪なのではなく、醜悪なのは、売春と関係する抑圧や騙り、強奪、ペテン、暴力なのだと言います。
 その醜悪さとは、具体的には、
 第一に、社会資源の極端な不均衡をはっきりと示していること、とくに中国の膨大な貧困人口の問題。
 第二に、女性が弱者であるために彼女たちに加えられる犯罪、具体的に暴力をふるったり、騙して連れて来てして売春を強制すること。
 第三に、絶対的な権力が絶対的に腐敗することをはっきり示すこと、具体的には警察が職権を利用して、権力者どうしの争いに利用したり、売春女性を虐待したり。
 第四に、公権力を乱用して、罰金を自分の懐に入れることなど。
 李さんは、売買春が違法とされているがゆえに法律執行者の自由裁量権が大きすぎるので、公権力の横暴が起きていることを強調し、売買春の合法化を主張します(7)

 11月には深圳市の警察が売春の取締りの後、「公開処理大会」と称して、検挙した女性の実名や出身地を公表したうえで、市民の前で、いわば「引き回す」という事件が起きました。
 こうした警察の行為に対しては庶民から強い批判が起こりました。『産経新聞』の福島香織記者によると、その背景には、貧しい農村からの出稼ぎに来て、売春せざるをえない彼女たちの境遇への同情があるといいます。また風俗産業の後ろ盾に実は公安当局者がいることへの反発もあるとのことです。上海の姚建国弁護士は、そうした警察の行為を批判する公開の書簡を全国人民代表大会に送りました(8)
 李銀河さんは、この時にも、売春を消滅させるためには、売春の非犯罪化が必要だと述べました。李銀河さんは、(李扁さんも触れていたことですが)売春に対する罰金が関係部門の資金源になっていることも指摘して、やはり売春をなくすには、彼女たちを罰するのではなく、職業教育を受けさせるべきだと主張しています(9)

 売買春をめぐる議論や論争は日本でも数多くあります。私はそれらを十分フォローしていないこともあって、私は中国の議論に関しても、うまく整理ができませんが、とりあえず、中国でもさまざまな議論や行動があることを少し紹介してみました。

(1)「李銀河:応実行売淫非犯罪化 根治対性工作者犯罪」
(2)周瑞金「“両会”代表不妨議議地下“性産業”」
(3)「譲地下“性産業”合法化能実現和諧社会?」
(4)「人大代表提議対性従業者行為規範立法」『法律与生活』2006年4月上半月刊。
(5)流氓燕が設立したサイト「中国民間女権網」(消滅)のトップページより
(6)流氓燕「我再一次旗幟鮮明地支持性産業合法化」(2006年6月4日)。ほかに、流氓燕「我們必須譲妓女合法化」(2006年3月16日)など。
(7)「李扁就“売淫合法化”・“淫穢物品罪”問題提請違憲審査(三) 第二部分 関于“売淫嫖娼”(《治安処罰法》)的違憲審査」(2006年5月22日)。この意見書は、「中国青年性学論壇」の第6期にも、反響を含めて掲載されています。
(8)「売春婦ら100人『市中引き回し』‥庶民反発 中国深圳市」Sankeiweb2006年12月7日「売春女性の引き回しに抗議 弁護士が全人代に書状」(サイト「中国情報局」2006年12月5日)
(9)李銀河「網聊売淫問題」サイト「中国情報局」2006年 12月7日付による日本語訳
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本年の動向9-農村に残された「留守児童」の問題

2005年5月 全国婦連と中国家庭文化研究会、「中国農村留守児童 社会的支援行動シンポジウム」開催。
12月 『中国婦女報』とユニセフ、「社会に働きかけ、留守児童と流動児童の権益を保護する」座談会開催。
2006年7月 全国婦連「農村の留守児童を愛護する行動を強力に展開することに関する意見」出す。
9月 全国農村留守児童工作テレビ電話会議
10月 農村留守児童専題工作組設立。
(1)

 昨年から今年にかけて、「留守児童」の問題が大きく浮上してきました。「留守児童」というのは、父親か母親(またはその両方)が出稼ぎに行って、農村に残された子どものことです。
 中国には14歳以下の「留守児童」が全国で2290万人いるとのことです。
 以前から、父母と一緒に出稼ぎに行った子ども(流動児童)が、農村の住民を差別する「戸籍」制度の影響で、都市の子どもと同じ学校に通えず、不十分な教育しか受けられないことは問題になっていました。しかし、出稼ぎの農民たちの多くは、子どもや家族を連れて都市に行くことができないので、農村に残された子どもの問題も深刻です。

 もちろん子どもの問題は、けっして女性だけの問題ではないですが、中国では、主に婦女連合会(婦連)の仕事とされることが多いという現実があるので、このブログでも取り上げました。

 2005年12月に、『中国婦女報』とユニセフが、「社会に働きかけ、留守児童と流動児童の権益を保護する」宣伝プロジェクトの調査結果を発表します。
 その調査によると、「留守児童」の31%は、両親の帰宅が年1回で、24.1%は数年に1回だといいます。
 親子の連絡は、電話が74.5%であり、電話に頼っているようです。
 52.5%の子どもは、出稼ぎに行った父母のことを非常に心配しており、20.2%は、父母との感情の交流に問題があることを心配しているとのことです。

 留守児童は成績が悪いとか、非行に走りやすいということもよく言われます(2)。ここらへんは多少偏見が入っている可能性もありますが、農作業を手伝わされてその負担で勉強できないということもあります。
 また、犯罪の標的になりやすい、とくに女児の場合、性被害に遭いやすいという問題もあります(3)。

 2005年9月には、留守児童問題に関する調査研究が単行本としても出版されています(4)。その結論は、以上で述べたこととも重なる部分がありますが、以下のようなものです。
 ・父親の出稼ぎが主であり、仕事をしている場所は一般的に比較的遠く、家に帰る頻度は低い。
 ・留守児童と出稼ぎの父母の連絡は限られており、電話が主な連絡手段である。
 ・留守児童の監護保護は、ひとり親によるものが主で、祖父母による監護保護は問題が多い。
 ・留守児童の労働負担の増加は、留守児童の娯楽に深刻な影響をもたらしている。
 ・少数の留守児童は成績が下がっている。
 ・留守児童は、いつも父母のことを思っているが、同時に現実はいかんともしがたいと思っている。
 ・心理的負担と労働の負担は増加しているが、自己の生活の独立性は増大している。
 ・学校・コミュニティ・政府部門は、留守児童問題を重視しておらず、ほとんど措置は取られていない。
 結局、残された子どもは農作業もやらされて、遊んだり勉強したりする暇がないわけです。しかし、学校や政府の対策はなされていないと。

 さて、全国婦連が今年7月に留守児童問題に対して「意見」を出したのに続き、10月には、国務院農民工工作連席会議弁公室や全国婦連など12の部門が共同で「農村留守児童専題工作組」を設立し、全国婦連書記処書記の張世平が組長になりました。
 しかし、全国婦連の「意見」で述べられている対策も、「調査研究」「家庭教育を『第11次五カ年計画』に入れる」などであって、まだ一般的・抽象的なものが多く、具体的な措置があまり述べられておらず、まだまだ対策はこれからのようです。

 また、出稼ぎは父親が多いのですから、農村に残された「留守児童」の問題だけでなく、「留守女性」の問題も軽視できません。
 すなわち、農村に残された女性は、子どもや親・義理の親を抱えつつ、農作業も自分一人でしなければならなくて負担が重いという問題です。彼女たちは性犯罪などの犯罪の標的にもされやすい。この「留守女性」の問題は、項を改めて書きたいと思いますが、とりあえず、捜狐財経『五道口争鳴』第105期「5000万“留守村婦”中国新農村之痛」がまとまっているので、参照してください。
 しかし、「留守女性」の問題は、婦連も含めて、どうも「留守児童」の問題ほどには取り上げられないようで、気になります。

(1)以上のそれぞれについては、順に「探尋農村留守児童的出路 中国農村留守児童社会支援行動研討会在鄭州閉幕」『中国婦女報』2005年5月24日、「本報与聯合国児基金会召開“動員社会,保護留守児童和流動児童権益”座談会 孩子們期待我們做些什麼」『中国婦女報』2005年12月13日、全国婦聯「関于大力開展関愛農村留守児童行動的意見」(「中華全国婦女聯合会文件 婦字[2006]25号 7月17日)(全国婦聯HP→文件庫)、「扎実有効推進農村留守児童工作 全国農村留守児童工作電視会議在京召開 顧秀蓮出席並講話 黄晴宜主持」『中国婦女報』2006年9月15日「我国成立専門機構解決農村留守児童問題」『中国婦女報』2006年10月20日
(2)「八成以上留守児童成績中等偏下」『中国婦女報』2006年9月2日。「“留守孩子”失足多」『中国婦女報』2005年3月23日。
(3)「六大問題困擾留守児童」」『中国婦女報』2006年6月20日。
(4)葉敬忠・[美]姆斯・莫瑞(James R Murray)主編『関注留守児童 中国中西部農村地区労動力外出務工対留守児童的影響』(社会科学文献出版社 2005年)91-97頁。
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来春にもDVに関する初の保護命令?

 「女性に対する暴力撤廃国際日(11月25日)」の前日の11月24日、北京で、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターと北京紅楓女性心理カウンセリングサービスセンターという2つのNGOが合同で「中国反DV法律救助・心理救助フォーラム」を開催しました。

 この席では、夫の暴力によって右目を奪われた、湖北省利川市で農業をいとなむ夏紅玉さんの涙の訴えがありました。
 2004年の12月、産後17日しかたっていない21歳の夏さんが、寝室に入って休もうとしたところ、夫も一緒に入ってきて、セックスを求めました。
 夏さんは、子どもを産んだばかりだったこともあり、それを断ると、夫はかっとなり、妻が寝入ったのに乗じて、布団で彼女の口をふさいだうえで、妻の右目にドライバーを突き刺して、失明させました。もちろん妻は病院に送られましたが、右目の眼球は摘出せざるをえませんでした。

 夫は懲役8年に処せられるとともに、夏さんに対する賠償を命じられました。
 しかし、夫には賠償する金がないという理由で、賠償はされておらず、夏さんは義眼を買うこともできません。義援金なども寄せられましたが、義眼を買うには足りません。
 夏さんは、「義眼を買う」という小さな、しかしなかなか実現できない願いを上のフォーラムで訴えたのです(こうしたケースは多いので、中国でも国家賠償制度を求める動きがあるようです)。

 その一方で、このフォーラムでは明るい話題も伝えられました。
 それは、中国で初めてDVに対する保護命令が、来春にも内蒙古で出される見込みがあるとのことです。
 北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの主任の郭建梅さんが、このニュースを伝えました。

 中国でも婚姻法や婦女権益保障法の中にDVを禁止する規定はあるのですが、まだ単独のDV防止法はありません。各省や市で出されている地方的な法規としては、DVを禁止する単独の法規もありますが、それらにも保護命令制度はありません。

 しかし、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターによると、保護命令を出すことが法律で禁止されているわけではなく、また裁判官には裁量権があるから、保護命令を出すことも可能だということです。
 郭建梅さんによると、現在すでに、センターが、内蒙古自治区の婦連や裁判所と協力して、保護命令を出すことを試験的にやっているそうです。
 具体的には、裁判所の判決や調停の中に、保護命令に当たる内容を書き込んで法律的な効力を持たせるようにするとのことです。
 ここらへんの詳しい事情は私にはわかりませんが、さまざまな模索がおこなわれていることは確かです。

資料
 「在反暴力日期間,因丈夫施暴而痛失右眼的夏紅玉,悲切地発出呼声 她渇望再生明亮的眼睛」『中国婦女報』2006年12月5日
 「中国第一個家暴保護令有望在内蒙古出台」『中国婦女報』2006年12月7日
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方剛さんの論文が『ジェンダー史学』に掲載

中国の男性学研究者・男性運動家である方剛さんの論文「中国の男性解放運動と男性学」がジェンダー史学会(私は会員ではない)の機関誌『ジェンダー史学』第2号(2006年11月)に掲載されているようです。
中華女子学院の教員で、関西中国女性史研究会の会員でもある大浜慶子さんの訳です。

資料:方剛学術論文摘要:中国的男性解放運動与男性学(日文発表)(方剛さんのブログより)
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本年の動向8―女性学専攻の学部生を初めて募集

 4月 中華女子学院、全国で初めて女性学の本科生を募集。

 今年の4月25日、中華女子学院は今年度の学生募集計画を発表しましたが、その中で初めて女性学専攻の本科生(正式の学部生)を25人募集しました。

 中華女子学院は、1949年8月に「新中国女性職業学校」として設立されました。その後は中国共産党の指導の下にある中華全国婦女連合会の幹部を送り出す役割などを担ってきましたが、最近はフェミニズムがある程度の力を持ってきているようです。

 中華女子学院は、1984年に女性学(当時は「婦女学」と呼ばれていた)課程を設置し、2001年9月には、全国で初めて女性学部を設立しました。けれども女性学は、学院の学生の補習課程であり、学部としては学生を募集していませんでした。

 昨年10月、中華女子学院は、教育部(日本の文部科学省)に女性学専攻を申請し、今年、教育部は、高等教育で新しく増やす25の専攻の一つに「女性学」を入れました。このことは「女性学がわが国の高等教育に正式に入ったことを意味する」と言われています。

 女性学専攻で開設される課程は、女性学理論、女性史、女性運動史、女性と発展、女性とNGO組織、社会学理論、社会政策と制度分析、社会科学研究法、法学概論、管理学と行政管理学、教育学概論、社会心理学などだそうです。

資料:「女性学正式進入我国高等教育之列,中華女子学院首批将招女性学本科生25人」『中国婦女報』2006年4月12日。
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 また、「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。日本の問題の一部は、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」や「館長雇止め・バックラッシュ裁判」でまとめています。
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