2006-08

湖南省で職場のセクハラ防止責任を規定。海南島訴訟判決

 7月31日、湖南省第10期人民代表大会常務委員会の第22回会議において「湖南省『中華人民共和国婦女権益保障法』施行規則[中国語で辨法]」が採択されたのですが、その中に「職場[用人単位]は、仕事の場所におけるセクシュアルハラスメントを予防・制止する措置を取らなければならない」という条文が入りました(1)

 先日(8月19付け)のブログでも触れましたが、昨年、婦女権益保障法が改正された際にも、職場のセクハラ防止義務を入れるべきだという意見が多数出ました。
 実際、昨年6月に国務院から提出された草案では「職場は、仕事の場所におけるセクシュアルハラスメントを防止する措置を取らなければならない」という条文が入っていました(2)
 しかし、昨年8月に採択されたものからはこの条文は消えていたのです(3)

 湖南省でも上で述べた条項が現実に力を発揮するにはまだ遠い道のりが必要なのでしょうが、僅かずつでも前進しつつあるのかな、と思います。

 なお昨日、海南島戦時性暴力被害訴訟の判決がありましたが、これについては、新聞記事(4)などとあわせて、中国海南島戦時性暴力被害者の謝罪と賠償を求めるネットワーク(ハイナンNET)のHPを見ていただきたいと思います。法律論に関しては、中国人戦争被害者の要求を支える会の「争点の解説」欄も参考になります。
 「日中関係」というと、首脳会談や小泉首相の靖国参拝、領土問題などに関心が向きがちですが(もちろんそれらも大切な問題ですが)、こういう裁判や裁判支援も大切な活動だと考えます。
 国際関係にもジェンダーの視点が必要ですし、なによりも一人一人の人生を大切にしてこそはじめて「友好」と言えると思いますので。

(1)「湖南細化反性騒擾立法」、陳陽「反性騒擾立法前進一大歩」『中国婦女報』2006年8月2日。また、この規則は、セクハラに「法律・倫理道徳に違反した、猥褻な内容がある言語・文字・図版・電子情報・行為」という定義も与えました。
(2)「婦女法修改解読」『中国婦女報』2005年6月27日。
(3)「中華人民共和国婦女権益保障法」『中国婦女報』2005年8月29日。
(4)「海南島戦時性暴力被害訴訟 請求棄却、事実は認定」『しんぶん赤旗』2006年8月31日。新聞記事としては、これが一番詳しいようです。
 それにしても、『朝日新聞』がまったく報じなかったのには驚きました。私は大阪本社発行の『朝日』を取っているのですが、ハイナンNETの金子美晴さんによると、東京の『朝日』にも報じられていなかったそうです。
 『中国婦女報』には翌31日に記事が出ていたのですが(「海南“慰安婦”在日敗訴」『中国婦女報』2006年8月31日)

[9月11日追記]
 中国海南島戦時性暴力被害者の謝罪と賠償を求めるネットワーク(ハイナンNET)は、9月5日からブログを始めたようです。
 9月10日付で、判決の要旨、弁護団声明、中華全国律師協会・中華全国婦女聨合会などによる共同声明、中国の原告の感想などが掲載されました。どうぞお読みください。

[9月17日追記]
 湖南省の「規則[中国語で辨法]」について、『中国婦女報』に以下の続報が出ていました。
 「尋求法律的突破―《湖南省実施〈中華人民共和国婦女権益保障法〉辨法》出台始末」『中国婦女報』2006年8月22日。
 「譲反性騒擾規定落地生根 湖南地方立法先走一歩」同上。

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第1回香港セックスワーカー映画祭

 これまで6回に分けて、本年の今までの中国の女性やジェンダーに関わる動きを紹介してきました。
 まだご紹介すべきことはあるのですが、それはおいおいやっていくことにして、今後はその時々のニュースも紹介していきます。
 ただし私の時間の都合で、更新はそれほど頻繁にできないと思います。

 さて、8月も末になりましたが、今月は、国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)の第36回会期(7日~25日)で、中国の第5次・第6次レポートの審議がおこなわれました。
 これについては、CEDAWの最終コメント(中国政府への勧告など)が出たときに報告することにして、今回は同じ頃おこなわれた、次のことについて簡単に報告します。

 8月11日~13日に、第1回香港セックスワーカー映画祭(香港首届性工作者電影節)が開催されました。
 紫藤が主催し、游静(ヤウ・チン)が企画して、何春蕤(ジョセフィン・ホー)、戴錦華などの著名人もゲストに招いて、紫藤活動センターでおこなわれました。
 游静さんは、香港の映画監督で、初めてレズビアンであることをカミングアウトした方としても知られています。
 何春蕤さんは、台湾の国立中央大学性/別研究室の教員で、台湾のセックスワーカーの人権組織である日日春関懐互助協会(日日春、COSWAS)(1)とも深く関わっていらっしゃいます。
 戴錦華さんは、中国本土で、文学芸術(とくに映画)をジェンダーの視点から研究している方です(中国学術論壇のページ銀海サイトの専欄)。

 紫藤は、1996年9月に香港で結成された、セックスワーカーのための組織です(2)
 紫藤については、アジア女性資料センターのスタディ・ツアーで紫藤を訪問された長田円香さんが、同センター発行の『女たちの21世紀』の41号(2005年冬号)で簡単に紹介しておられます(76-77頁)。
 長田さんによると、香港にはセックスワーカーが40万人いて、そのほとんどが中国本土から来た女性だそうです。
 紫藤は、彼女たちを対象に、法律相談やカウンセリング、無料婦人科検診・性病検査などをおこなっているほか、研究や出版、政策的な要求もおこなっています。

 映画祭は、二つの部分に分かれています。
 第一は、過去数十年の映画におけるセックスワーカーたちの姿を紹介・分析する企画です。過去の映画ではセックスワーカーはさまざまな形で描かれてきましたが、たとえば、もっぱら社会の犠牲者としてだけ描写されてきた点などを問題にしています。
 第二に、セックスワーカーが主体となった映画の上映です(3)

 次のような映画が放映されとのことです(恥ずかしながら、すべて未見)(4)
 [口+麥]相害(Street Survivor)台湾、日日春関懐互助協会、2006
 夜仙曲(Tales of The Night Fairies)インド、Shohini Ghosh、2002
 美国「小姐」上電影(Scarlot Harlot on Sex TV)カナダ、Judith Pyke、2004
 親善大使企華爾街(Scarlot Harlot's Interstate Solicitation Tour)アメリカ、Carol Leigh、1991
 公娼啓示録(The Story of the Taipei Licensed Prostitute)台湾、蔡崇隆、1998
 異性工作者(Straight for the Money:Interview with Queer Sex Workers)アメリカ、Hima B、1994
 性工作者宣言(Sex Workers' Manifesto)インド、C.J Roessler with the assistance of Carol Leigh、1997
 假想看不見(To See,or Not to See)台湾、蔡一峰、2003
 姉姉妹妹和紫藤(Sisters and Ziteng)香港、江瓊珠、2006

(1)日日春など台北市のセックスワーカーの運動についてはweb上でも、水島希さんがオンラインマガジン『セクシュアル サイエンス』に書かれた記事「セックスワーカー研究(2) 台北市公娼たちの労働運動に学ぶ」を読むことができます。
(2)紫藤HP
(3)紫藤会訊、第十八期
(4)プログラムと各映画の内容についての詳しい説明は、共催の女同学社のHPの中の第一届性工作者電影節のページを参照してください(中国語だけでなく、英語の説明も併記されています)。
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本年の動向6―同性婚姻立法の提案

2月 李銀河、同性婚姻立法を提案。白永梅も、温家宝首相に李銀河の提案を支持する手紙を出す。

 2月に、李銀河さんという著名な女性の性科学者が、同性愛者どうしの結婚を認める法律を制定すること(同性婚姻立法)を提案しました(彼女はすでに2003年と2005年にも提案しています)。
 彼女はこの提案を、全国政治協商会議(全国政協。幅広い人々が政治について話し合う会議。立法権や決定権はない)の常務委員の万鋼さん(同済大学の校長)に送ります。
 彼女は、提案理由として以下の5点を挙げます。
 第一に、現行の法律にもとづけば、同性愛は中国の法律に違反しておらず、同性愛者は各種の権利を有する中華人民共和国の公民であること。
 第二に、同性愛者はマイノリティなので、多くの国家は差別を禁止する法律を設けており、同性の婚姻や家庭のパートナーシップを認めている国も増えていること。
 第三に、同性愛者の関係は、婚姻という形で束縛と保障がなされていないので、一部の同性愛者は意のままに交際して、性病の伝染の可能性を増大させていること。
 第四に、同性愛者どうしの結婚を認めなければ、同性愛者の多くも異性と結婚して出産するので、人口抑制に不利であること。
 第五に、同性愛者の権利を認めたほうが、西洋のように同性愛者のデモや激烈な衝突が起きず、このことは、中国文化の平和で調和を重んじる精神と合致していること。
 同性婚姻を認めるための具体的方法としては、李銀河さんは、第一に、同性婚姻法案を制定するという方法、第二に、中国の婚姻法の「夫妻」という二字を「配偶」に変えて、最初に「配偶」という字が出てくる箇所に「性別不限」という四字を加えるという方法を提案しています(1)

 続いて白永梅さんが、温家宝首相に、李銀河教授の同性婚姻立法の提案を全人代で成立させるように要望する手紙を出します。
 白永梅さんは、レズビアンで大学生です。
 彼女は、同性愛者は異性とむりやり結婚させられることや、同性愛に対する正確な情報がないために家族や友人からも理解されないこと、自分が同性愛者だとわかって同僚や職場の信頼を失い、そのために仕事も失う心配もあることなど、同性愛者の窮状を訴えます。
 また、同性愛者どうしの関係は隠れたものになるため、安定した関係が築けないので頻繁に相手を変えるため、性病やエイズの危険も大きいことも述べます。
 白永梅さんは、同性愛者が無理に異性と結婚することを、「中国最後の包辨婚(本人の意思を無視して親などから強制される結婚)」と表現しており、これは、婚姻法の「婚姻は本人の自由意志による」という原則に背いていると指摘します。
 彼女は同性婚姻立法を求める理由として次の5点を挙げます。
 第一に、同性愛はさまざまな悪名を冠せられてきたので、法律で同性愛を承認することは、同性愛者が堂々と自分の意思で生活する上で重要であること、
 第二に、中国では男性の同性愛者が女性の同性愛者の2倍いるので、彼らどうしの結婚を認めれば、性別の不均衡(中国では男児志向が強いので、男性の方が多い)がもたらす問題を解決する一助になること、
 第三に、国際的にも、同性婚姻を認めている国があること、
 第四に、中国文化の伝統は同性愛を排斥していなかったのであり、ここ数十年、西洋から来た同性愛の「病理化」「罪悪化」が進行したために、人々が同性愛を恐れるになったにすぎないこと、
 第五に、人々は皆幸福な生活を求めること、です(2)

 しかし、全国政治協商会議のスポークスマンの呉建民さんは「同性の結婚は中国では早すぎる」「けっしてすべての西洋の国が同性の結婚を認めているのではなく、アメリカでもすべての州が認めているわけではない」と言って、彼女たちの提案は生かされませんでした(3)

 その後白永梅さんは、自らのブログ名称も「白永梅的同性婚姻立法論壇」と改め、来年の全国人民代表大会や全国政治協商会議に向けてネットで署名などの運動を始めています。その目的は、第一に、全人代や全国政協の議員に同性婚姻立法を提案してもらうこと、第二に、こうした活動を通じて同性愛者に対する社会の理解を深めてもらうことです(4)

 なお、同性愛者に対する差別の是正が、現在のところ「同性婚姻立法」という形をとっていることは、中国にはまだ婚姻制度そのものを批判する意見はほとんど見当らないことと関係があると思います。
 李銀河さんの提案理由の第三~第五の点も、同性愛者個人の権利ではなく、国家・社会の観点に立ったものです。もちろん李銀河さんとしては、今の中国で法律を現実に制定するためには、こうした国家的な観点も主張しておいたほうが良いと考えたのかもしれません。しかしいずれにせよこのことは、中国では(でも)同性愛者が個人として権利を主張することがまだまだ困難であるという状況の反映であることは間違いありません。

 昨年話題になったのは、昨年12月に開催される予定だった同性愛文化節(Gay and Lesbian Culture Festival)が、公安の圧力で中止になったことです。同性愛文化節のためのサイト(5)まで作られており、李銀河さんは「開幕の言葉」も作っていたのですが‥‥。(この件に関しては、北京に滞在している日本の女性のブログ「ふぇみんとろぷす・ぺきねんしす-某女性主義者在北京過日子-」が現地からの情報を伝えるとともに、日本のメディアの対応の鈍さなどを問題にしておられます(6)。)

 こうした状況の中で、同性の婚姻を認める立法が著名な学者や当事者から出され、メディアの一部で話題にもなっていることはやはり重要だと思います。

(1)「同性婚姻提案」2006-03-01(李銀河的博客[ブログ])
(2)「関于同性婚姻立法,致温家宝総理的一封信」2006-02-24(白永梅的博客)
(3)「李銀河同性婚姻立法再受挫 此観点在中国超前」2006-03-05(南方都市報)
(4)「支持同性婚姻立法鑒名帖」2006-07-05(白永梅的博客)
(5)「第一届北京同性恋文化節」HP
(6)「同性恋文化節とその報道」(2005-12-23)
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本年の動向5―女性の坑内労働

4月 湖南省冷水江市にある炭鉱でガス噴出事故。9名の犠牲者のうち4名が女性。

 今年4月、湖南省冷水江市毛易鎮[竹+更]渓村の東塘炭鉱でガス噴出事故が起きました。当日鉱山の中にいた14名のうち6名が女性で、犠牲者9名のうち4名が女性でした。
 テレビは、その家族の悲痛な表情を映しました。父母を共になくして孤児になった子どもたちもいました。
 事件が起きたあとで湖南省の労働庁などが調べてみたら、同市にある76の鉱山で働いている労働者4713名のうち、249名が女性であることがわかりました。彼女たちは何の訓練も受けずに働いていました(1)

 中国の炭鉱は危険です。毎年何千人も死者が出ています。とくに農村にある小さな炭鉱(郷鎮炭鉱)がとても危険なのです。

 中国には女性労働者の保護に関する法規として、1988年に制定された「女性労働者保護規定(女職工労動保護規定)」がありますが、その第5条で、女性の坑内労働は禁止されています。
 問題の第一は、違法行為に対する法律上の責任(罰則など)が明確でないことです。
 今回の事件でも、上で述べたように多くの女性が坑内労働をしていたのに、現地の政府は放置していました。この点は上の規定だけの問題ではなく中国の官僚主義や腐敗の問題ともかかわりますが‥‥。

 第二に、女性が坑内労働をせざるをえない農村の貧困の問題にも注目が集まりました。
 今回犠牲になった女性の夫(その人も炭鉱で仕事をしている)は言います。「石炭を掘るのはとても辛くて危険だ。石炭を掘りに行くのは、やむを得ずやってるんで、もしツテがあったら、むしろ出稼ぎに行きたい。でも、家にいる女房にとっては、炭鉱で仕事をすれば収入になるってことで、収入がないよりは結局はいいんだ」(2)

 ある女性は、坑内労働というのは、真っ暗な坑道の中、キャップライトの明かりだけを頼りに汗まみれで真っ黒になって働く辛い仕事だと言います。けれども、一ヶ月で数百から一千元あまりになり、農村の女性にとっては悪くない仕事だったとのことです」(1)

 ある女性は、結婚した後夫婦で新しい家を建てたため、数千元の借金ができました。夫は炭鉱で働いていたのですが、夫の収入は債務や日常の支出に追いつきませんでした。妻もいろいろな仕事をし、一年は北京に出稼ぎに行っていたのですが、たいした稼ぎにはなりませんでした。
 子どもが学校に上がる時期が来て支出が急増、妻も炭鉱で働きはじめ、そのまま13年働き続けて今回の事故で犠牲になりました(1)

 上のような報道は、人々に中国の農村の問題、農村の炭鉱の問題に関心を持たせる働きをしました。
 ただ、女性メディアモニターネットワークのある人は、今回の報道に足りない点として、「どうしたら女性に就労の機会をもっと多く与えられるか?」、「どうしたら、女性と男性にもっと安全な環境で仕事をさせられるか?」という点にも、もっと関心を持つべきだと指摘します(3)
 上の指摘と重なりますが、呂蘋さんは彼女のブログで、女性の坑内労働を禁止して女性を保護するだけでいいのかという点に疑問を呈します。
 彼女は言います。「女性の保護は女性の差別と同義である」、「問題なのは、女性も炭鉱労働をすることではない。問題は、彼女たちが炭鉱にいる男性と同様、必要な労働保護を受けられないことにある」と。
 彼女は、ILOが言う「ディーセントワーク(体面労動)」の観点から見れば、「男性であるか女性であるかは、何の区別もない」と指摘します(4)

 つまり第三に、こうしたジェンダーの問題や男性を含めた中国の炭鉱の労働条件自体の劣悪さそれ自体の問題もあります。
 この点は、先進工業国に比べて、いまの中国では現実には解決が難しい面があるでしょう。しかしこうした大きな視点も、問題を考えるうえでは大切だと思います。

(1)「冷水江女鉱工13年井下人生」『新京報』2006年5月8日、「東塘鉱難井下竟有6名女工 湖南省婦聯発出強烈譴責」『中国婦女報』2006年4月11日。
(2)「井下為什麼会有女工 湖南冷水江鉱難調査」『中国婦女報』2006年4月15日。
(3)正英「4月:災難新聞中的性別議題」『中国婦女報』2006年5月13日の「伝媒守望」欄。
(4)「女鉱工問題」(5月21日) 
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三井マリ子さんの裁判に関する読書会

 昨日、私が入っている日本女性学研究会のある分科会で、「館長雇止め・バックラッシュ裁判」の原告の三井マリ子さんの『陳述書』の読書会があったので、参加してきました。
 三井さんのHPのなかにある「Fem-News」は、私がこのブログを始めるヒントになりましたので、三井さんとその裁判については、このブログの最初の記事である「開設にあたって」でも少し触れました。

 三井さんは、豊中市の女性センターの初代館長に全国公募によって選ればれ、全力を尽くして仕事をなさいました。
 しかし、旧来の性別分業に固執して男女平等の推進に反対する勢力(バックラッシュ勢力と言われている)の攻撃を受け、行政もそれに屈したために、館長の座を追われてしまいます。この背景には、女性センターで働く多くの女性が非常勤職員であるという問題もありました(仕事が一時的だから「非常勤」なのではなく、賃金や雇用契約において権利を抑圧するために、「非常勤」にされているのです)。

 この『陳述書』を読んで私が強く印象に残ったのは、三井さんの館長としての素晴らしい仕事ぶりです。三井さんは、「館長出前講座」と言って、自ら公民館や学校に出かけて話をして回ったり、英語でフェミニズムを教える手作りの講座の講師を毎年つとめたりしました。また北欧から数々の要人を招いて、自ら通訳や司会もやる企画を何度も成功させたり、自分で集めてきた欧州各国の女性運動のポスター約100枚に一枚一枚解説を付けて展示したり‥‥。こんな館長さん、他にいますか?
 それだけに私は、三井さんが館長の座を追われたことは悔しく残念で、バックラッシュ勢力とそれに屈した行政は許せないと思いました。
 また、三井さんを追い出す目的が「男女平等の推進に反対する」という反民主的なものであるだけに、その手段も反民主的で汚い。バックラッシュ勢力は、「三井館長は『専業主婦は知能指数が低い人がすることで、専業主婦しかやる能力がないからだ』と言った」という根も葉もない噂を流しました。豊中市も、「三井さんは最初から3年契約だった」などと真っ赤な嘘を言って、三井さんに隠れて後任の館長を探したりしました。

 昨日の読書会には、地元の豊中市で女性運動をしている方もおいでになり、豊中市の女性センターや女性運動や行政の状況をいろいろ教えてくださいました(その方は、「ここは女性学研究会だけど」と前置きしつつ、「女性学を研究している人が女性運動を十分サポートしていない」という批判もなさいました)。また、裁判所にわざわざ証人尋問の記録を読みに行かれた方からもお話しが聞けました。
 私はそうしたお話を聞いて、研究会などで女性センターを利用するだけでなく、女性センター自体が置かれている状況をもっと知らなければならないこと、地元の運動が大事であることを改めて感じました。女性運動と女性学の関係も、まさに私がいま模索している課題です(自分は男性だという問題も別にありますが)。また裁判所についても、市民の権利として活用できる点については積極的に権利を行使するべきことの手本を示された思いでした。

 上の『陳述書』は裁判所に提出した文書ですが、三井さんが自分の体験を自分の言葉で書いておられ、裁判用語はまったく使われていません。難しい理論ではなく、三井さんの身近に起きた事実の積み重ねによって記述されているので、迫力と説得力があります。また、事件やその背景について何も知らない裁判官に理解してもらうための文書ですから、とてもわかりやすく書かれていて、一気に読めました。
 『館長雇止め・バックラッシュ裁判原告・三井マリ子 陳述書』は、111ページの冊子で、カンパ込みで800円です。この裁判を支援する会で販売中であるほか、大阪のドーンセンターにある「ウイメンズブックストア・ゆう」などで発売中ですから、ぜひ皆さんもお読いただければ、と思います。
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本年の動向4―『男性要解放』出版

 6月 方剛・胡曉紅主編『男性要解放』(山東人民出版社 2006年)出版。

 方剛さんは、北京林業大学人文学院の心理学部の先生です。すでに『男人解放』(華僑出版社 1998年 未見)、『性別的革命』(花城出版社 2002年)などの著作があります(個人でブログも作っておられます)。
 ただ、今回の本はそうした個人的著作とは違って、方剛さんたちが2005年3月から開いている「男性解放サロン」という集まりがもとになってできたものです。「男性解放サロン」とは、学者や学生、各界の人々が集まって、お互い自分の経歴や成長の中からジェンダーの問題を考える集まりであり、まだサイトは持っていませんが、サロンの掲示板(BBS)があります
 もう一人の編者である胡曉紅さんも大学の先生ですが、女性です。このように、この本は女性も加わって作られています(胡曉紅さん自身は「モダニティと男性精神」という、理論的な論文を寄稿しています)。

 さて、方剛さんは以前すでに「男性解放主義者宣言」という宣言を出しています(1)。そこで、次のように言っています。
 「男に関するあらゆる固有の教条、とくに男は強くなければならないという教条を放棄しなければならない。どこでも男の寿命が女より短いのは、この、我々の骨髄に深く入った『男=強者』という観念が男を屠殺するからである。
 彼らは‥‥疲れていても、疲れたとは言わない。なぜなら他の男や女に『彼は男らしくない』と言われるのを恐れるからである。」
 まさにメンズリブの宣言と言えると思います。

 『男性要解放』のほうは、届いたばかりで私もまだ十分読めていないのですが、ざっと見た感じで内容を章ごとに簡単に報告してみます。

 「序 男性解放は逃げることのできない使命である」では、男性解放の定義などが述べられているのですが、ここで注目されるのは、その定義が当初とは少し変わってきたことが述べられていることです。当初はなかった「家父長制文化の女性に対する傷害を自覚的に反省し」という文言が加わっています。これは、「男性解放サロン」が成立した当初、フェミニストから歓迎の声とともに、加害者としての自覚を求める声があがったこと(2)と関係があるのかもしれません。
 かくして方剛さんは、次のような「男性の自覚の二重性」を提唱しています。
 「第一に、男性は、家父長制的な文化と体制が女性を傷つけていることを自覚し、女性が平等と自由の生存空間を獲得するのを援助しなければならない。
 第二に、男性は、家父長制的な文化と体制が、男性を傷つけていることを自覚し、反抗する行動をしなければならない。」

 「第1章 背景と理論:私たちは何のために」の中で、方剛さんは、上の第一の点とも関連する事項として、「男性の自覚日」というものを提起しています(3)
 これは、3月8日の「国際女性デー(婦女節)」と対応しているのですが、単純に「女性の祝日があるから、男性の祝日(男人節)も作れ」というのではなくて(そういう主張をする人もいます)、男性が自らの解放だけでなく、女性に対する圧力を軽減するように社会的責任や家庭責任をもっと引き受けるのを励ますという趣旨を含めたものだそうです。

 「第2章 回顧と自己批判:私たちは自覚している」には、男性解放サロンの活動の一環として、メンバーが自分が子どものころから成長してきたありさまを語り合い、議論した記録が収められています。
 一つのテーマは「家族関係の中のジェンダー問題」であり、「男尊女卑」「両性の気質」「男女の役割」「父親の権威」が話題になっています。
 もう一つのテーマは「異性の衝突の中のジェンダー問題」であり、「男は女より『成功』しなければ、恋愛・結婚に差し支えるのか?」「男が女を守ることは、我々に何をもたらすのか?」「両性のゲームとジェンダーの差異」を話題にしています。

 「第3章 傾聴と思考:私たちは成長している」は、メンズリブをめぐる代表的論者(方剛、栄維毅、藍懐恩[この方は女性ですが、台湾の21男性協会の創始者で、やはりブログを持っておられます])の講演と討論の記録です。

 「第4章 唱導と参与:私たちは行動している」では、たとえば男性解放サロンのメンバーが「女権中国(フェミニズム中国)」というサイトが提唱した「公衆トイレ行動」(女性トイレの少なさを是正する行動)に協力して、調査研究をした記録が収められています。
 ただしこの章の他の文章は直接的な実践の記録でありません(メディアにおけるメンズリブ理解に対する反論や、上で述べた「男人節」に関する論争の記録などです。これらも広義における実践ではありますが)。また日本のメンズリブがやっているような、たとえば男性の暴力の問題に対して男性として実践的に取り組むようなことはまだやっていないようです。
 けれど、この点はサロンが生まれたばかりであることとも関係しているのでしょうし、「行動」に関して独立した章を設けたということは、今後より実践的な行動をしていく用意があることを意味しているのかもしれません。

 なお、全体として感じるのは、中国のメンズリブは活動が学者や学生、文化人中心で広がりに乏しいということです。ただし、この点についても、中国のメンズリブはまだ始まったばかりだからかもしれません。また、中国においては政治的自由が乏しいために、学問的な探求が中心にならざるをえない面もあるのかもしれません。

 いずれにせよ、中国でもメンズリブのグループが結成され、声をあげているということは注目に値することだと思います。

(1)方剛「男性解放主義者宣言」荒林主編『男性批判』広西師範大学出版社、2004年。
(2)呂頻「対男性解放運動的質疑」、栄維毅「性別平等中的男性責任」(ともに『中国婦女報』2005年5月17日)。
(3)方剛「男性運動与女性主義:反父権運動的同盟者」(『中国女性主義』5[2005年秋冬号]ですでに発表したものの再録)。
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本年の動向3―セクハラ裁判の困難

2月 重慶市の小学校の女性教師、校長をセクハラで訴えるも、女性教師から校長へのメールに「厳しい言葉での拒絶がない」として敗訴(一審)。

 1990年代半ばごろから、中国でも「セクシュアル・ハラスメント(性騒擾)」がメディアなどで問題にされるようになりました。
 2001年には、西安市で国有企業の女性職員が、初めてセクハラ裁判を起こしました。彼女は「証拠不十分」で敗訴しますが、2003年には武漢市で女性教師が初の勝利判決を勝ち取ります。
 けれども、これまでに起こされた訴訟は8件ほどで、勝訴は2件にとどまっています。
 その原因として第一に指摘されてきたのは、ごく最近まで、法律の中にセクハラ概念自体がなかったということです。
 第二に、立証責任の問題で、中国では、セクハラ裁判でも「主張したものが立証する」ことになっていることです。つまり立証責任を一方的に原告に負わせているわけです。

 こうした点に批判が高まり、婦女権益保障法(1992年制定)が2005年8月に改正された際に、セクハラを禁止する規定が導入されました。
 ただし、上述の立証責任の問題の方は置き去りにされました。
 また職場のセクハラ防止義務についても規定すべきだという要求があったのですが、これも退けられました(1)

 その後のセクハラ裁判の動向を見ると、日本でぶち当たってきた(今でもきちんと解決していない)のと同じような困難に直面していると感じます。

 2005年8月、北京の美術学校のモデルが、セクハラで学生を訴えました。婦女権益保障法改正後、初の裁判です。
 この裁判、証拠は十分ありました(加害者はすでに刑事処分を受けていた)。
 しかし彼女は、勝訴して「公衆に直面した後の災難」を恐れて、法廷外の和解に応じたとのことです。ただし、賠償金6000元は勝ち取っていますし、訴えたのがむだだったのではもちろんけっしてないですが(2)

 また昨年8月には、重慶市の小学校の女性教師も、校長をセクハラで訴えました。その女性教師は猥褻メールをその証拠として提出しました。けれど最初に述べたように、第一審で裁判所は、女性教師から校長へのメールに「厳しい言葉での拒絶がない」として、訴えを退けました。
 けれど原告によると、きつい言葉で拒絶しなかったのは、校長は権力を持っているから角を立てないようにしただけだったということです(3)。こういう、職場の力関係というのを無視して「女性の側が断固拒否しなかったからだめ」という、よくある問題が中国でも起きています。
 しかし彼女は、当然こんな判決には納得せず、控訴するとのことです。

(1)2005年夏頃までの状況に関する典拠は、遠山日出也「最近の中国における女性労働問題をめぐるさまざまな女性たちの動き」『女性学年報』26号(2005年)を参照してください。
(2)「性騒擾多数成“悶騒” 全国性騒擾訴訟僅有8起」『南方週末』より
(3)「女教師遭校長短信性騒擾 因未“厳詞拒絶”敗訴」『法制早報』2006年2月13日。「取証成最大難題 反性騒擾入法后第一案一審敗訴」『南方報業網』より

[10月5日追記]
 しかし、9月の二審でも敗訴でした。
 「重慶性騒擾案原告敗訴凸顕立法空白」『重慶晩報』2006年9月27日
 やはり立法や証拠収集などの問題を指摘しています。
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本年の動向2―女性の視点からのメディアチェック

 1月 「2005年ジェンダー平等促進専門家推薦メディア」活動、8つの非女性メディアを表彰。
 3月 女性メディアモニターネットワーク、「2005年十大性差別コマーシャル」を選定。


 最近話題になったのは、3月に女性メディアモニターネットワーク(婦女伝媒監測網絡)が、「わが国のテレビコマーシャルには明らかに性別によるステロタイプの問題が存在しており、若干のコマーシャルには性差別の疑いがある」という調査報告を出したことです。
 その中で同ネットワークは、「2005年十大性差別コマーシャル」を選定しました。たとえば、ある自動車のコマーシャルは、肩をあらわにした服を着た助手席の女性が、車を運転している男性に向ってほほ笑みかけていて、車が止まると、男性が車から降りて女性のためにドアを空けてやるというものでした。また、ある電子辞書のコマーシャルは、衣服やショットや表情によってセクシーさをとことん強調された美女が、最後の場面だけ電子辞書を引くというものでした(1)
 このコマーシャル批判はかなりの反響を呼びましたが、市民からは「どこがいけないのかわからない」といった声も出ており、「我々のコマーシャルには性差別の意図は何もない」という反論をしたメーカーもありました(2)。それに対してネットワークが「主観的にはそうした意図がないのは確かだろうが‥‥」ということを自サイトで説明するなどのことがありました(3)

 「女性メディアモニターネットワーク」とは、メディアと女性の問題を考える女性ジャーナリストなどによって結成されたNGOですが、1996年3月に結成されています。
 また、それより前の1992年3-9月に、『中国婦女報』(中華全国婦女連合会の機関紙。中国共産党の指導の下にある官製の団体だが、近年少しずつ女性の独自の権利を主張するようになりつつある)において、すでに「コマーシャルの中の女性像」について議論がおこなわれています。その時には洗濯機に「愛妻号」という名前が付いていることなども問題になりました。
 また2004年9月には、中国メディア大学に「女性とメディア研究センター」が設置され、同年11月にはジェンダーとメディア行動グループ(Gender and Media Action Group)というNGOも結成されています。
 ですから、今回の動きもけっして昨日今日に始まったものではありません。
 しかし具体的に「十大性差別コマーシャル」といった形で批判をしたのは初めてであり、それだけに反発も表面化したのでしょうが、この事件はもう一方で、中国におけるメディアと女性の問題を考える気運の高まりも示しているとも言えると思います。

 また今年の1月には、中国婦女報社と中国メディア大学、女性メディアモニターネットワークなどによる「2005年ジェンダー平等促進専門家推薦メディア」活動が、8つの非女性メディアを表彰しました(4)
 これは、女性向けメディアでないにもかかわらず、女性やジェンダーの問題をきちんと報道しているメディアを表彰したものです。
 こちらの方は、多くの団体が加わった幅広い人々による活動ですから、悪いものを批判するのではなく、良いのものを表彰するという、いわば穏健な形になったのでしょう。
 もちろん批判だけでなく、評価も必要だという面もあるわけですので、両者があいまって効果をあげるかもしれません。この十年間ではあまり状況に変化がなかったとも報告されていますが(1)、今後に注目したいと思います。

(1)「有関人士認為広告性別歧視十年没大変化 首都女記協婦女伝媒監測網絡評出2005十大性別歧視広告渉嫌者為名牌」『中国婦女報』2006年3月10日。
(2)「性別歧視広告名単 廠家:我的広告没性別歧視意図」『北京娯楽信報』2006年3月8日。
(3)「弁別性別歧視重要性及其他―対電視広告与性別歧視問題進一歩説明」
(4)「“2005促進性別平等専家推進媒体”評選掲曉 中国日報等八家獲此殊栄」『中国婦女報』2006年1月9日、「2005 我們看伝媒」『中国婦女報』2006年1月13日。
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本年の動向1―「定年の男女差別は違憲」と訴え

 まず、これから何回かは、本年の今までの女性やジェンダーをめぐる動向をふりかえってみたいと思います。

 2006年に入ってから、中国では、男女の定年差別をめぐって以下のような女性たちの動きがありました。
 2月 周香華さんの「定年の男女差別規定は違憲」との訴え、敗訴。
 3月 北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター、定年の男女差別規定について、全国人民代表大会(全人代)の常務委員会に違憲審査を請求。
 7月 周香華さんも、全人代常務委員会と国務院、中華全国婦女連合会に違憲審査を請求。


 中国の場合、日本などと制度が異なりますから、以下で少し説明させていただきます。
 中国では、1949年に中華人民共和国が成立して男女が平等になったとされた後も、定年に差別がありました。男性は60歳であったの対して、女性は、現場の労働者の場合は50歳、職員の場合は55歳でした。
 1950年代の時点で10歳とか5歳の差別というのは、日本の昔の若年定年制とか結婚退職制と比べれば小さかったと言えます。
 けれど中国の場合、この差別が今でも是正されないままです。この点はおそらく、中国は一党独裁で下からの運動が困難であることと関係があるのでしょう。
 改革開放後(1978年以降)は、定年の男女差別について女性たちから批判が高まり、全国人民代表大会(日本で言えば国会に近い)でもしばしば是正を主張する提案が出されました。けれど今のところ男女差別が是正されたのはごく一部の女性知識人(大学の教授・助教授など)やある程度以上の女性幹部についてだけです。

 定年が早いと、女性の昇進にも不利だと指摘されています。つまり、たとえば同じ50歳の男と女がいたとして、あと5年でやめてしまう女よりも、あと10年勤める男の方を部長に昇格させるという話になったりしますし、たとえ昇進しても指導的職務にいる期間が男より短くなります。
 また、年金の支給額にも不利です。退職が早いと賃金が少ないですし、勤続年数が短くなりますが、中国では、現役のときの賃金や勤続年数が年金の額にも影響するからです。

 中国でも、「定年の男女差別は、男女平等を定めた憲法に違反している」という声があります。でも、中国の裁判所には違憲法令審査権がありません。
 というか、そもそも中国の裁判ではごく最近まで憲法はまったく援用されませんでした(1)。女性差別撤廃条約を引用した判決も皆無です(2)
 もっとも、「では日本には女性差別撤廃条約を生かした判決があるのか?」と言えば、皆無に近いようです。さすがに憲法はある程度は生かされていますけれども、ご存じのように、住友電工・住友化学の男女差別裁判において「憲法の精神には反するが公序良俗には反しない」と言って男女差別を正当化した判決が大阪地裁で出されたりするなど、憲法の規定どおりにはなっていません(それを乗り越えて勝利和解を勝ち取った、すばらしい闘いの記録がワーキング・ウィメンズ・ネットワーク編『「公序良俗」に負けなかった女たち』[明石書店、2005年]です)。
 その意味では日本も、中国の状況を自分たちとは無縁の出来事として片付けられないと思います。
 でも、初めから裁判所に違憲法令審査権がないという事態は深刻です。

 しかし、それにもかかわらず、昨年8月、中国建設銀行平頂山支店に勤めていて55歳で定年を迎えた周香華さんは、「女性55歳定年規定は違憲だ」と主張して、労働仲裁委員会に訴えました(中国では、各地に「労働紛争仲裁委員会」というのがあって、使用者と労働者と行政の側の三者で構成されています。労働紛争は、ここでまず処理されます。仲裁を経ずに直接裁判に持ち込むことはできません)。
 周香華さんの息子さんは法学を研究している大学院生ですが、この息子さんや上海交通大学の先生が、無償で代理人になって協力しました(3)
 いま男女の定年を定めているのは、国務院(日本で言えば内閣に近い)が1978年に公布した行政法規です(「国務院関于安置老病残幹部的暫行辨法」と「国務院関于工人退休・退職的暫行辨法」)。ですから、その上位の憲法や労働法に反しており無効であると訴えたわけです。さらに、中国が批准している女性差別撤廃条約にも違反していると主張しました(4)
 しかし、労働仲裁委員会の裁定は、やはり「憲法や国際条約との抵触の問題は、仲裁委員会の受理する範囲内ではない」とするもので、周さんたちは敗訴しました(5)
 続いて10月には裁判所にも訴えますが(6)、翌2006年2月、やはり一審で敗訴しました(7)
 もちろん周さんたちも、労働仲裁委員会や裁判所は法律自体の問題は扱わないことを知っていましたので、きっと負けるだろうと思っていました。
 でも、周さんは「勝ち負けは気にしてない。わが国の定年制度の問題について人々に関心を持ってもらうためにやっているのだ」と言いました(8)

 では中国の場合、憲法監督権はどこが持っているのかというと、全国人民代表大会(全人代)とその常務委員会(全人代の常設機関)です。しかしまだ1件の違憲決定もおこなわれたことがなく、この制度は完全に空洞化していると言われます。
 ただし2000年の立法法は、全人代による憲法適合判断に具体的な手続き規定を設けました。すなわち、国務院や最高人民法院(日本で言う最高裁)などは、行政法規などが憲法や法律に違反していると判断した場合、全人代の常務委員会に審査を要求できることが定められました。他の国家機関や社会団体、一般市民にも建議権があります(ただし、全人代自身が定める法律に関しては、そういう手続き規定自体がないそうです)。

 上で述べたように定年の男女差別規定は行政法規ですので、2006年3月、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターが、定年差別規定について全人代常務委員会に対して違憲審査を要求しました(9)
 「北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター」というのは、1995年に女性の法律研究者や弁護士が作ったNGOです。中国でも近年は(とくに1995年の北京での世界女性会議ののち)、そうしたNGOがあちこちに出来ています。いわゆる「反政府」的な行動はしないけれども、たとえば女性に対する相談事業をしたり、それにもとづいて法律や政策の提案をしたりしています。

 続いて7月には周香華さんも、全人代常務委員会などに違憲審査を請求しました。
 彼女は「仲裁と訴訟が失敗した後、私は控訴を放棄しましたけれど、けっして現行の規定を認めたのではありません」と言っています。彼女の建議書は数万字にのぼるもので、70人あまりが署名して彼女の建議を支持しているそうです(10)

 こうした違憲審査要求がすんなり認められるようなことはないでしょう。
 しかし、中国の女性もさまざまな制約がある中で、たとえばこうした動きをしていることを紹介させていただいた次第です。

[追記]
 関連記事
・「女性幹部・女性知識人の定年の男女平等化に強い抵抗」(2009-08-09)
・「元「労働者」身分の女性専門技術者の50歳定年――性別と身分の二重の差別」(2009-11-17)

(1)後でも触れる現代中国における憲法保障(憲法監督制度)の状況については、木間正道・鈴木賢・高見澤磨『現代中国法入門[第3版]』(有斐閣 2003年)92-93頁を参照してください。
(2)劉明輝『女性労動和社会保険権利研究』(中国労動社会保障出版社 2005年)6頁。
(3)「四川大学一研究生準備申請労動仲裁 為母親索平等退休権利」『中国婦女報』2005年9月12日。
(4)「退休性別歧視案河南開審」同上、2005年10月12日。
(5)「退休性別歧視案申訴人敗訴」同上、2005年10月18日。
(6)「河南周香華争取平等退休権一案開庭 原告:譲女職工早退休是否違憲」同上、2005年12月12日。
(7)「退休性別歧視案 周香華一審敗訴」同上、2006年2月10日。
(8)「周香華“平等退休権官司”打到法院 不僅為自己 更為衆姐妹」同上、2005年12月7日。
(9)「北大法学院婦女法律研究与服務中心発出建議書 対男女不同齢退休規定提起違憲審査」同上、2006年3月8日。全文はhttp://www.woman-legalaid.org.cn/read.php?kind=z”xkx&file=20060310141633
(10)「“平頂山男女同齢退休案”有新進展 当事人提起違憲審査建議」http://www.woman-legalaid.org.cn/read.php?kind=mtbd&file=20060802095727
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開設にあたって

 日本のマスコミの海外ニュースには、男女平等(女性差別)についての話題があまり登場しません。とくに少ないと思うのが、海外の女性の主体的な動き、女性が地位向上を勝ち取っていく動きです。
 いま「館長雇止め・バックラッシュ裁判」を闘っておられる三井マリ子さんという方がいます。彼女のホームページに「Fem-News」というコーナーがあって、世界の女性の状況や女性運動の情報を次々に伝えています。
 私は自分の専門である中国に関しても、女性やジェンダーに関するニュースをお伝えできないかと考えてこのブログを開設しました。
 中国はまだまだ一党独裁の国であり、女性を含めた一般の人々が主体的に行動するには困難が大きいですが、その中でも存在している小さな動きにも注目したいと思います。
 私自身は男性であり、非正規雇用です。ですから女性問題とも密接な関係がある、中国のメンズリブや非正規雇用の問題なども扱っていきたいと思います。
 あわせて上の「館長雇止め・バックラッシュ裁判」をはじめとする、日本の女性やジェンダーの問題などについても注目したいと思います。

 なお、このブログは、私のホームページである「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」の保守・更新作業の際に得られた情報に基づいている部分も大きいので、私のホームページも併せてご覧いただければ幸いです。

 一カ月に一度更新できるかどうかですが、たまにご覧いただければ、と思います。
 リンクはご自由にしていただいてかまいません。引用も当然自由ですが、その際は出典を明記してくださるようお願いいたします。
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Author:遠山日出也
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 また、「中国女性・ジェンダー関係主要HPリスト」(リンク集)も併せてご覧いただければ幸いです。日本の問題の一部は、「ウィメンズ・アクション・ネットワーク(WAN)の労働争議・まとめ」や「館長雇止め・バックラッシュ裁判」でまとめています。
 恐れ入りますが、スパム対策などのため、コメントは私が拝見した後で表示させていただきます。
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