2017-08

山木教育グループ総裁・宋山木の強姦事件をめぐる議論

 2011年もとうとう大晦日になりましたが、昨年から今年にかけて、山木教育グループ(山木培训)の総裁・宋山木による強姦事件が大きな話題になりましたので、この事件について議論になったことを簡単にまとめてみました。

事件の経過

 2010年5月3日、山木教育グループの従業員の羅雲さん(仮名)は、総裁の宋山木に「清掃」を名目にアパートに連れて行かれ、脅されて裸の写真を撮られ、月経期間でしたが、強姦されました。この事件の背景には、羅さんが会社に対して辞表を出したのに対して、宋が羅さんを再三引きとめたけれども、断られ続けたということもあるようです。

 まもなく宋は逮捕され、同年12月24日、深圳市羅湖区法院は、宋被告に対し、懲役4年と、付帯民事訴訟(*)の原告の羅雲に4205.87元の賠償を命じる判決を下しました(*「中華人民共和国刑事訴訟法」第53条に「被害者が被告人の犯罪行為によって物質的損失を被ったときは、刑事訴訟の過程において、付帯民事訴訟を提起する権利を有する」とあります。詳しくは粟津光世「中国における刑事附帯民事訴訟(1)[PDF]」「同(2)[PDF]」『産大法学』42巻2、3号[2008年]参照)(1)

 宋は控訴しましたが、今年10月14日、深圳市中級人民法院は宋の控訴を棄却し、判決が確定しました(2)

 今年1月、北京衆沢女性法律相談サービスセンター(もと北京大学女性法律研究・サービスセンター)がこの事件に関する研究討論会を開催しました。そうした場などで、この事件をめぐる以下のような様々な問題が指摘されました(3)

企業の体質――従業員(とくに女性従業員)を洗脳・管理・支配

 当初から指摘されていたのが、山木教育グループの「企業文化」、企業の体質の問題です(4)

 宋山木総裁は社内では「聖人」のように扱われていました。宋は、「孔孟の道」を説くことを好み、彼が分校を視察した際には、必ず数名の従業員が花束を持って出迎えるという具合でした。毎週月曜には長い従業員大会があり、そこで、従業員は「山木の歌」を歌い、「羊羔跪乳」という宋の「教え」を暗唱させられていました。

 また、従業員はみな、本名と異なる「黄金」という同じ姓を付けられて、社員どうしは、本名でなく、「黄金○○」という名前で呼び合わなければなりませんでした。

 会社は「山木基本法」と称する規則によって管理されていました。山木基本法は280もの罰則を定めており、たとえば、勤務中は携帯電話の電源を切っていなければ、罰金を払わなければなりませんでした。会社には「査察省」と称する規律監査専門の部署があり、たとえば上の点については、「査察省」の人が抜き打ちで社員の携帯電話に電話をして検査していました。従業員どうしの監視と密告も奨励されていました。

 山木教育グループの従業員の多くは女性であり、とくに宋の執務室がある深圳山木国際科技ビル教学本部(CCVIP)の従業員は、幹部の3名を除いて、みな女性でした。山木教育グループは、済南に「山木女子学院」という全日制の教育機構も持っており、スタイルと容貌がスチュワーデスのような学生を採用し、学院の課程が修了した後は山木で仕事をさせていました。

 山木の女性従業員は制服を着用しなければならず、とくにCCVIPでは、深いVネックの青い制服に、青と黄色の縞のスカーフをつけることになっており、中にワイシャツを着ることは許されていませんでした。また、女性従業員は、長時間立って働かなければならないにもかかわらず、高さ3センチ以上(CCVIPでは5センチ以上)のヒールの靴を履くように決められていました。髪型や装身具にも規則があり、パーマなどは禁止されていました。また、CCVIPの女性は、黒の絹の靴下を履くと決められていました。

 山木の従業員のほとんどは寮に住んでいましたが、女性従業員はスマートな身体でなければならないとして、毎月20回・30分以上のエアロビクスとダイエットを義務付けられており、寮長が定期的に体重を測って、基準に達していなければ、罰金を払わなければなりませんでした。

 女性従業員の大多数は、20歳あまりで、9割前後はボーイフレンドもおらず、また、山木基本法により、入社2年以前の恋愛や社内での恋愛は禁止されていました。

 山木はこのように、とくに女性の「身体」を管理・支配していました。

 張栄麗さん(中華女子学院法律系副教授)は、山木教育グループの、このような「従業員を精神的に徹底的に洗脳し、総裁に絶対的に服従するという理念を持たせる(……)企業文化は、けっして山木集団だけのものではない。従業員を精神的に種々さまざまな形で奴隷にし、手なずける企業文化は、国内のいささかの企業、とくに私営企業において目立つ」と言います(5)

 北京衆沢女性法律相談サービスセンターの研究討論会では、労働者に対するこうした支配のあり方自体が労働法に違反していることも指摘されました。しかし、「こうした企業文化は、しばしば、経済の発展とか、地方に対する経済的貢献、就労問題の解決、企業誘致・資金導入といった現実の利益に隠蔽されて、地方政府は追及せず、労働組合と婦女連合会もほおっておくため、企業は閉鎖的な独立王国になる」(張栄麗)という状況もあるそうです。

 弁護士の李瑩さんは、こうした「従業員を奴隷化」するような企業文化が生じた原因について、一つには、企業の管理の現代化が不十分であること、もう一つには、中国の伝統文化の中には封建的なカスが多く、宋も「儒教文化」を強調していたことを述べています。けれど、その一方、山木教育グルーブは「『改革開放の最前線』の地である深圳の企業」であることを指摘する人もあります(6)

 李瑩さんも触れていることですが、やはり、まず何よりも、政府や労働組合が企業のあり方を規制・監督することが重要でしょう。また、被害者の羅さんは「婦女連合会や共産主義青年団は、私たちを保護する措置を取って、このようなことが再び発生しないようにしてくれるのですか?」とも問うています(7)。しかし、中華全国婦女連合会の機関紙である『中国婦女報』のこの事件の報道の中にも、自分たちの役割について反省した記述は見かけません。

被害者に対する二次加害、強姦罪の要件など

 被害者の羅さんは、事件について、「私を信じる人も、私を信じない人もいました」と述べています。羅さんの言うことを信じない人たちは、「なぜおとなしく宋について彼のアパートに行ったのか?」「なぜ暴行されたときに抵抗しなかったか?」と尋ねました。なかには、そこから、羅さんと宋の間に性の取引(売買)があったのではないかと憶測する人もいました。

 被告人の宋も、一審での弁護や控訴状の中で、2人は性の取引をしたのだと言明しました。宋は、羅から5000元を要求され、会社の財務を通して羅に3000元与えたとも言いました。宋が控訴した際には、宋の弁護士が記者会見を開いて、「羅さんは抵抗しなかった」、だから「合意のうえの性関係だった」と主張しました。また、羅さんには「2回オーガズム」があったなどと述べた控訴状を全文公開したほか、羅さんが同棲をしていたなど、彼女の人品や性の経歴を貶める発言をしました。

 しかし、羅さんが宋のアパートに行ったのは、アパートの清掃を、内勤の一つの任務だと考えていたからでした。また、羅さんが抵抗できなかったのは、宋が羅さんを脅迫していたからでした。また、抵抗できなかった背景には、宋の従業員に対する絶対的支配が確立していたので、羅さんには宋に対する恐怖心などがあったという点もあると、弁護士の李さんは言います。

 裁判の判決も、羅さんが宋に対して5000元を要求したなどという話は、宋が言っているだけで証拠がないこと、後に3000元を振り込んだのも、羅さんに対する「補償」という意味だったと宋は警察に対しては語っていたとして、宋の言い分を退けました。

 李瑩さんによると、今回の判決は、宋と羅との関係や当時の状況、事後の羅の反応などをもとに強姦を認定しており、羅さんが抵抗しなかったから強姦ではないという議論は退けているとのことです。判決が依拠したのは、1984年に最高人民法院などが出した「当面の強姦事件の処理における法律の具体的応用の若干の問題に関する解答(关于当前办理强奸案件中具体应用法律的若干问题的解答)」だそうで、この司法解釈は「強姦の認定は、被害女性が抵抗を示すか否かを必要条件にしてはならない」と一応述べています(8)

判決の不十分点

 ただし、李瑩さんは、以下のような点から見ると、今回の判決の量刑は軽すぎると言い、宋は懲役5年以上であるべきだと述べています(9)
 ・宋は、羅さんが月経期であることを知りながら、職務と権力を利用して強姦をおこなったが、月経期に性行為をすることは、身体に対して与える傷害が大きい。
 ・宋は、有名人として、社会的責任感を持つべきであり、彼がこのようなことをしたことは、社会に与える影響が劣悪である。
 ・宋は、一貫して罪を認めず、さまざまな手段で被害者を傷つけ続けている。

 また、警察の捜査の問題点として、多数の被害者がいたにもかかわらず、捜査が緻密でなく、証拠の収集が不十分だったために、裁判では1人に対する強姦しか確認できなかったという問題も指摘されています(10)。 

刑事事件の被害者の精神的損害賠償

 賠償金額の4205.87元は、日本円にすると5万円程度であり、日中の貨幣価値の違いを考慮したとしても、非常に低額です。これは、医療費・交通費・宿泊費の合計であり、精神的損害賠償は含まれていません。

 弁護士の李さんも言うように、性侵害事件においては、物質的損害よりも、女性の精神的損害の方が大きい。李さんは羅さんに、5、6回会ったそうですが、羅さんは、毎回、顔中に涙を流し、全身が震えていたということです。法廷でも、羅さんの手や体は震えていたとのことです。

 今回、精神的損害賠償が認められなかったのは、以下のように、法律自体に欠陥があるからだそうです(11)

 ・「刑事訴訟法」第77条が「被害者は被告人の犯罪行為によって物質的損害を被った場合は、刑事訴訟の過程で、付帯民事訴訟を起こす権利がある」と規定していることからわかるように、中国の刑事訴訟法では物質的損害の賠償だけを認めていて、精神的賠償を認めていない。

 ・2001年3月の「最高人民法院の民事の権利侵害の精神的損害賠償の責任確定の若干の問題に関する解釈(最高人民法院关于确定民事侵权精神损害赔偿责任若干问题的解释)は、人身権の侵犯が引き起こす精神的損害賠償を規定し、民事領域の精神的損害賠償制度を確立した。しかし、刑事裁判は、2000年12月に最高人民法院が公布した「刑事付帯民事訴訟の範囲の問題に関する規定(最高人民法院关于刑事附带民事诉讼范围问题的规定)」が「被害者の犯罪行為によって精神的損失を被ったために提起された付帯民事訴訟は、人民法院は受理しない」としていることに固執している。

 ・では、刑事裁判が終わった後に、単独で精神的損害賠償を請求する訴訟を起こせばいいかというと、最高人民法院は、2002年7月の司法解釈で、そうした訴訟は裁判所は受理しないと決めている(「关于人民法院是否受理刑事案件被害人提起精神损害赔偿民事诉讼问题的批复」)。

 ・2010年7月に施行された「侵権責任法(中华人民共和国侵权责任法)」(翻訳と解説は、浅野直人・林中拳「中華人民共和国侵権責任(不法行為責任)法について」『福岡大學法學論叢』55巻1号[2010年])は、精神的損害賠償を認めた。侵権責任法は刑事訴訟法より上位法なので、刑事裁判でも精神的損害賠償を認めさせることができるはずだ。しかし、この事件については、施行以前に起きているので、侵権責任法を適用させることはできない。

 法律の規定がややこしいので、こうした整理でいいかどうかわかりませんが、性暴力の裁判において絶えずこの点が問題になっていることは確かで、たとえば、この12月に北京衆沢女性法律相談サービスセンターが開催した職場のセクシュアルハラスメントに関するシンポジウムでは、「職場の性侵害の精神的賠償の訴訟は、単独の民事訴訟にすべきだ」という意見が出たりしています(12)

セクシュアルハラスメントに関する法律の不備

 そもそも、セクシュアルハラスメントに関する法律が不備であるという問題も指摘されています。

 李思磐さんは、次のように言います。「今まで、わが国の法律がセクシュアルハラスメントに対して明確に規定したのは、『婦女権益保障法』の中だけだが、この法律は強制性よりも唱道性が強い。現在までのところ、国内の職場のセクハラについて起訴した事件の中で、『セクハラ』を理由として立件されたものはない。というのも、最高人民法院の立件の理由の中には『セクハラ』はないからである。
 立法解釈・司法解釈などの手続き上で使うことができる規定がないために、国内のセクハラ事件は、当事者に重大な傷害を負わせた場合を除いて、基本的には証拠不十分で敗訴する。勝訴した事件は、その多くは、損害・結果が重大だった場合であり、貴陽の電力供給局の女性従業員が上司から『解雇するぞ』と脅されて猥褻な行為を強制された事件が、『3万元あまり』という史上最高の賠償額だったが、当事者はもう統合失調症になっており、賠償と損害はやはり釣り合っていない。
 法律上の危険やコストがきわめて低いことが、宋山木のような上司が、再三再四、女の部下を侵犯する根本的原因である。」(13)

 また、先日述べたように、単に加害者個人だけでなく「会社としての責任」を追及する規定に不備があるという問題もあります。

 ごちゃごちゃ書いてきましたが、宋山木事件の背景には、このように何重もの問題が重なり合っている――ということのようです。

(1)宋山木强奸罪名成立 一审获刑4年」『深圳特区報』2010年12月25日。
(2)宋山木二审情绪激动“喊冤”数分钟 仍面临4年徒刑」『南方都市報』2011年10月15日、「聚焦宋山木“强奸案”三大焦点 称“要告到底”」法制網2011年10月16日、「宋山木获刑4年,为何是全国男人的悲哀」鳳凰網2011年10月17日(来源:紅網)。
(3)北京衆沢女性法律相談サービスセンターの研究討論会での議論についての報道は大変多く、「宋山木强奸判四年不服 律师:反映职场性别压迫」中国新聞網2011年1月14日、「“温柔的强奸也是强奸” 11位法律、社会学专家北京开研讨会:认同深圳罗湖法院对宋山木案的定罪」『南方都市報』2011年1月15日、「宋山木案:专家建议警 “奴化员工”的无良企业文化」婦女観察網2011年1月16日、林禾「宋山木强奸案研讨会关注职场性侵害」(2011.1.16)裴暁蘭「针对宋山木上诉 受害方律师召开研讨会」(2011.1.17)畢琳「专家研讨山木案背后:警“物化女性”的企业文化」(2011.1.18)(この3篇は、『婦女観察電子月報』第68期[PDF][2011年1月]所収)、「宋山木强奸案研讨会暨新闻发布会在京举行,与会专家学者呼吁――纵容性骚扰的企业文化该追责了」『中国婦女報』2011年1月18日、「宋山木强奸案续:“奴化员工”制度违背劳动法」新華網2011年1月24日(来源:検察日報)、「专家研讨宋山木强奸案:山木集团的企业文化令人震惊」新華網2011年2月1日(来源:中国青年報)などがあります。シンポでの張栄麗さんの発言は、「宋山木强奸案折射出的法律和社会问题」『婦女観察電子月報』第68期[PDF](2011年1月)。他に、二次被害の問題に関しては、長平「莫让强奸案受害人遭到“二次伤害”」(東方早報網2011年1月6日)も論じています。
(4)山木教育グループの体質を詳細にルポしたものとして、李思磐「山木王朝――性侵害疑云中的山木集团调查」『南方都市報』2010年5月21日、記者李思磐、評論者洛洛「总裁的王朝――性侵害疑云后的山木集团」巫婆的夜間飛行2010年5月24日、李思磐「山木王朝――性侵害疑云中的山木集团调查」『婦女観察電子月報』第68期[PDF](2011年1月)。フェミニストの李思磐記者がこのような取材をした内幕と考察については、「山木王朝采访内幕及我的冷思考」(2010.5.27)『婦女観察電子月報』第68期[PDF](2011年1月)(来源:時代周報)。山木集団の構造を分析したものとして、周周「规训与惩罚――从宋山木案说开去」(2011.1.19)『婦女観察電子月報』第68期[PDF](2011年1月)。事件全体の比較的詳しい報告は、「法制与新闻:宋山木的罪与罚」新浪網2011年2月22日(来源:法制与新聞)。
(5)張栄麗「宋山木强奸案折射出的法律和社会问题」『婦女観察電子月報』第68期[PDF](2011年1月)。
(6)楊耕身「宋山木案背后的企业专制」東方早報網2010年5月25日。
(7)李思磐「山木王朝――性侵害疑云中的山木集团调查」『南方都市報』2010年5月21日。
(8)ただし、この司法解釈の「強姦罪」の定義が「強姦罪とは、暴力・脅迫その他の手段で、女性の意思に背いて、女性と性行為を強制するを指す」となっていることについては、中国社会科学院の屈額武教授は、「この司法解釈は明らかに立ち遅れている。たとえば、何が脅迫なのか、規定が不明確であり、使いにくい。司法実践においては、精神的に強制をする脅迫は、司法機関によってあまり考慮されない」と述べています(「刑诉法修改之际,专家建议――职场性侵害精神损害赔偿应单独诉讼」『中国婦女報』2011年12月22日)。
(9)裴暁蘭「针对宋山木上诉 受害方律师召开研讨会」(2011.1.17)『婦女観察電子月報』第68期[PDF](2011年1月)。
(10)張栄麗「宋山木强奸案折射出的法律和社会问题」『婦女観察電子月報』第68期[PDF](2011年1月)。
(11)孔徳峰「宋山木只赔4000元 根源在于刑事附带民事诉讼存在缺陷」『中国婦女報』2010年12月28日。
(12)刑诉法修改之际,专家建议――职场性侵害精神损害赔偿应单独诉讼」『中国婦女報』2011年12月22日。
(13)李思磐「“宋山木案”警示反性骚扰立法须深化」東方早報網2010年5月24日。

北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターによる企業内のセクハラ防止制度構築の取り組み

 2007年から、NGOの北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター[北大法学院妇女法律研究与服务中心]が企業内のセクハラ防止制度を構築する試みをおこなっています。

「企業の職場のセクハラ防止規則(建議稿)」の作成とその試験的実施

 2007年1月、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは「企業の職場のセクハラ防止メカニズム構築に関する国際シンポジウム」を開催し、「企業の職場のセクハラ防止規則[企业防治职场性骚扰规则](建議稿)」を発表しました。この「建議稿」は、同センターが、中国企業家協会や中国紡織工業協会、アメリカのゼネラル・エレクトリックの中国法人とも協議して作成したものです。

 「建議稿」は、以下のような内容を規定していました。
 ・セクハラに関する専門委員会(またはポスト)の設立
 ・新入社員の研修、管理者の定期的研修、セクハラに関する規則の公示
 ・セクハラの定義
 ・セクハラに対する処罰
 ・処理の手続き(訴え、受理、調査、調停など)

 この後、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、企業の協力を求めつつ、こうしたセクハラ防止の制度を試験的に実施する試みを始めました(1)

中国初の企業内セクハラ防止制度――河北省の衡水老白乾醸造酒(集団)有限公司

 2007年11月から、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、河北省衡水市婦連の協力を得て、河北衡水老白乾醸造酒(集団)有限会社[河北衡水老白干酿酒集团有限公司]が引き受けた、「職場のセクハラ防止プロジェクト」を開始しました。

 このプロジェクトが実って、2008年7月、衡水老白乾醸造酒(集団)有限会社は、中国で初めて企業内セクハラ防止制度を制定しました。その内容は、以下のようなものです。

1.仕事の場所でのセクハラの定義をした。
 その定義は、「仕事の場所でおこなう、歓迎されない、性的意味を持つ言語(電子情報を含む)または肢体などの行為で、従業員を、仕事においてある種の不利な地位に置く、または劣悪な仕事の環境を作り出す」というもので、具体的には、「性的意味を持つ冗談とからかい」「一緒に食事をするかデートすることを誘い続ける」「故意に性的意味を持つデマを流す」「性的経験を尋ねる・知らせる」「ヌードや明らかに性的内容の画像をばらまく、展示する」「不必要に触れる、ぶつかる」「性的関係を要求する」などを挙げています。

2.訴えを受理する専門の機構を設立した。
 労働組合の女性労働者委員会をセクハラの訴えを受理する機構にし、訴えや告発があれば、調査をおこなってて、適切な措置を取ってセクハラ行為を処理することを定めました。機構のメンバーは常に研修を受けなければならず、秘密を漏洩したり、訴えた者を差別したりしてはならないことも定めました。

3.懲罰を明確にした。
 警告、給料の支払い停止、配置転換、降級、停職、解雇など。

4.職員に研修をおこなって、セクハラの発生を防ぐ。
 同社の労働組合の主席は、「私たちは反セクハラを企業の調和[和諧]文化建設の重要な構成部分と考えて、職員全体に対して教育・研修をおこなう」と言っています。

 中華女子学院法学部の教授である劉明輝さんは、「現在のところ、この制度はまだ比較的簡単なものです」と述べていますが、制度を施行する過程で問題が出現したら、すぐに補充して、完全なものにしてほしいと願っています(2)

北京市でも、2つの企業がセクハラ防止制度を設立

 2009年3月、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは北京市海淀区婦連と合同で「企業の職場のセクハラ防止」シンポジウムをおこないましたが、その席で、北京市でも、翠微ビルディング(翠微大厦)と北京市西郊ホテル(北京西郊宾馆)が率先して企業のセクハラ防止制度を設立したことが報告されました。

 上の2企業も、河北省の衡水老白乾醸造酒(集団)有限会社と同じように、セクハラの定義や罰則を定めたり、職員に対する研修をおこなったりしています。

 たとえば、北京市西郊ホテルの場合、セクハラ通報受理センターを設立し(主任はホテルの労働組合の女性労働者委員が担当する)、各部門の女性労働者委員が通報ネットワーク員になり、通報電話なども設けています。また、新しい従業員には少なくとも1時限はセクハラに関する研修をするとのことです。

 上の2企業がセクハラ防止の制度を制定したのは、「企業の良いイメージを打ち立てるため」であり、「従業員が安全で調和の取れた仕事の環境を感じることができるだけでなく、企業の未来の発展のために極めて大きな利益をもたらす」からだということです(3)

江蘇省や広東省でも、「職場のセクハラ防止プロジェクト」を開始

 2009年から、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、江蘇省婦連とも合同で、「職場のセクハラ防止プロジェクト」を開始しました。江蘇省でのプロジェクトは、チャイナモバイル江蘇公司(中国移动通信集团江苏有限公司)でおこなわれ、8月から研修を開始して、約120名の管理職が研修を受けました(4)

 2009年12月には、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターは、広東省でも「職場のセクハラ防止プロジェクト」を開始しました。12月25日、中山市の火炬開発区婦連が「職場のセクハラ防止研修」をおこない、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの副主任の李瑩さんが講演をおこないました。この研修は、もともとは中山火炬都市建設開発有限会社(中山火炬城建开发有限公司)だけでおこなう予定だったのですが、火炬開発区の管理委員会の指導部がこの問題を重視して、火炬開発区の他の機関や企業も含めてやることになり、300名あまりが講演を聞きました(5)

意義と困難、限界?

法律では定められていないことを先駆的に実施

 中国の法律では、セクハラについて、十分な定義も、訴えを受理する専門の機構も、罰則も定められてません。だからこそ、まず個々の企業で、セクハラ防止制度を構築することの意義は大きいと思います。

それだけに困難は大きい

 北京大学法学院女性法律研究・サービスセンター副主任の李瑩さんは、現在の中国で職場のセクハラ防止システムを構築するには2つの困難があると述べています。第一に、法律に規定がないので、企業が制定しなくても違法ではないこと、第二に、もし制定したら、むしろ「職場にセクハラがある」と誤解されると企業が心配するという2つの点です(6)

 「企業がセクハラ予防措置にかけるコストは、セクハラ発生後に企業にもたらす経済的損失よりもはるかに少ない」(7)とも言われていますが、中国では企業が賠償責任を求められたことはまだないので、企業がこうした動機でセクハラ対策に取り組むことも直ちには期待できないと思います。

 そういうわけですから、同センターは、プロジェクトを推進する過程で様々な障害にぶつかりました。李瑩さんによると、最初は、広東で農村から来た労働者を主とした企業と協力できればいいと思っており、飲食・小売業などの企業とも多く連絡を取ったのですが、いずれもうまくいかなかったということです(8)

 上述のプロジェクトがおこなわれているのは、立派なサイトを持っている中国でも比較的有名な企業のようで、そうでない企業の場合は、難しいのかもしれません。

国家レベルでの法律制定への土壌づくり

 しかし、それでも、同センターは、今後もさらに出稼ぎ労働者に注目して、東莞市と中山市にある、外来の労働者が集中している台湾資本の企業に接触しているところだそうです。

 李瑩さんは、「長期的に言えば、毎年新しい企業をセクハラ防止プロジェクトに加えて、勢いを強め、規模を広げ、影響力を強めて、最終的には立法を推進し、たとえば『女性労働者保護規定』に、単位が職場のセクハラを防止する義務と責任などを規定していきたい」と語ってます(9)

制度はきちんと機能しているのか?

 ただし、すでに制定されたセクハラ防止の制度がどのように機能しているかまでは、私にはわかりませんでした。

 その点で一つ心配なのは、上述のように、河北省の衡水老白乾醸造酒(集団)有限会社や北京市西郊ホテルの場合、セクハラ防止の専門的機構を労働組合の女性労働者委員(会)が担っているわけですが、先日お伝えした広州の日系企業でのセクハラ事件の際には、労働組合の委員はむしろ会社側に立ったことにみられるように、中国では(日本もそうかもしれませんが)、労働組合に依拠しても、セクハラ防止機構が十分機能しない可能性があるということです。

 ごく一般的に考えても、職場のセクハラ防止の制度が下からの運動で制定されたものでないならば、空洞化の危険が付きまとうのではないでしょうか?

顧客などからのセクハラは?

 広東での研修の後の座談会で、敬老院に勤めているある人は、ヘルパーに対する老人のセクハラについても問題にしていきたいと語っていました(10)

 ただ、翠微ビルディングの労働組合の副主席の尚曉輝さんは、(同ビルディングは商業・サービス業を主にしているのですが)「従業員が売り場で顧客からセクハラをされた場合、現在のところ、唯一できるのは批判・教育だけなので、今後、関係する法律によって空白部分を埋めることが待たれている」と述べているように、従業員に対する研修だけでは解決しない面もあると考えられます(11)

 以上のような幾つかの困難はありますが、法律を待たずに制度化への努力がなされていることは、やはり重要だと思います。

(1)以上は、「建立企业防治性骚扰机制国际研讨会在京召开」中国纺织经济信息网2007年1月25日(北大法学院妇女法律研究与服务中心HPより)、「防治职场性骚扰 寻觅试点」『法制晩報』2007年1月28日。
(2)以上は、「防治职场性骚扰项目在河北衡水启动」2008年3月3日(浙江省海寧市婦連HP)、「对被告公司免责的质疑」『中国婦女報』2009年12月24日、「河北衡水老白干酿酒集团制定企业防止职场性骚扰制度。专家称,此举是推动相关立法的一场实践 反性骚扰,企业应履行的社会责任」『中国婦女報』2008年7月10日。なお、「防治性骚扰,企业责任不可免」(『中国婦女報』2008年11月26日)によると、中国紡織工業協会により、北京愛慕下着有限会社[北京爱慕内衣有限公司]などの紡織企業でも、「建議稿」の試験的実施がおこなわれたとのことです。
 また、2009年2月、「職場のセクシュアルハラスメント立法の調査研究」課題グループが「仕事の場所のセクハラ防止法(建議稿)」を発表しました(→本ブログの記事「職場におけるセクハラの調査とセクハラ防止法の提案」参照)。これは、企業内の規則ではなく、国の法律についての提案ですが、この建議稿の起草作業にも、このプロジェクトは寄与しています。「職場のセクシュアルハラスメント立法の調査研究」課題グループは、王行娟さん(北京紅楓女性心理相談サービスセンター理事長)、王金玲さん(浙江社会科学院社会学研究所所長)、魯英さん(中山大学女性・ジェンダー研究センター元主任)の3人ですが、「起草作業に参与した」人として、北京大学法学院女性法律研究・サービスセンターの李明舜さんの名前が挙げてあり、「立法提案を完全なものにするために貢献した」人として挙げられている人のうちには、河北省衡水市婦連権益部部長の李桂芹さんや河北老白乾酒廠女工部主任の彭素巧さんのお名前が見えるからです(工作場所性騒擾防治法(建議稿)[ワードファイル])。
(3)以上は、「北京两企业率先建章立制防止性骚扰 对性骚扰者给予警告、下岗和解除劳动合同的处罚;特别设计处理性骚扰行为流程图」『中国婦女報』2009年4月2日。
(4)江苏南京举行防治职场性骚扰项目培训」『中国婦女報』2009年11月24日。
(5)广东企业启动首个防治职场性骚扰项目 加大雇主责任是重要预防机制」『中国婦女報』2009年12月30日、「通知」(2009-12-26)中山火炬高技術産業開発区政府HP、「开发区举办防治职场性骚扰培训」(2009-12-26)中山火炬高技術産業開発区政府HP、「火炬开发区妇联举办“防治职场性骚扰培训暨研讨会”」中山区婦女連合会HP2009年12月28日。
(6)广东企业启动首个防治职场性骚扰项目 加大雇主责任是重要预防机制」『中国婦女報』2009年12月30日。
(7)防治性骚扰,企业责任不可免」『中国婦女報』2008年11月26日。
(8)(6)に同じ。
(9)同上。
(10)同上。
(11)(3)に同じ。

広州でのセクハラ勝訴判決をめぐって

 広州の日本企業でのセクハラ事件について、2009年11月、広州市蘿崗区法院は、原告勝訴の判決を下し、被告の上司に慰謝料3000元の支払いを命じました。

事件の経過

 原告のAさんは南寧の大学で日本語を勉強して、2001年から中国の日本企業で働き始め、2007年4月には、広州森六塑件有限公司[森六テクノロジー株式会社の海外拠点]に入社しました。2008年8月、Yが日本の本社からやってきてAさんの上司になったのですが、その1カ月後から、Yは、しょっちゅうAさんの首や腰に触るなど、セクハラをするようになりました。Aさんは、「私が仕事に没頭していたときに、Yが突然後ろから触ってきて、驚いて全身に震えがきたことも何度もありました。はっきり断ったら、Yは陰険にも『冷たすぎる』と言いました。当時私は心理的なプレッシャーが大きく、出勤するのが怖かったです」と述べています。Aさんによると、「[Yの行為は]周囲の男の同僚もみな見ていたけれど、ある人は笑って傍観しているだけで、ある人はこっそり反抗する方法を教えてくれました」とのことです。

 12月26日の会社の忘年会では、Yが突然、Aさんの後ろからぶつかってきて、Aさんの手をつかみました。AさんはYの手が胸に当たっていると感じたので、もがくと、Yは大きな手でAさんの首を絞めました。Aさんは「私は、そのとき息ができなくなって、窒息しそうになったので、すぐ日本語と中国語で手を放すようにYに哀願しつつ、大声で『助けて!』と言って、懸命に抜け出しました。けれど、彼はテーブルを囲んで私を追いかけて脅したので、私は足から力が抜けました」と言っています。

 Aさんによると、「Yが舞台の上から大声で自分の名を呼ぶので、テーブルの下に隠れたけれど、見つかりました。Yは歌い終わった後、私を抱いて、首を絞め、胸を触りました。私の手は、彼が引っ張ったので赤や紫になりました」とのことです。

 Aさんは、その晩からまる2日間泣き、親も「もう我慢しなくていい!」と言いました。月曜日、Aさんは出勤せず、中国人の同僚に電話をして休暇を取るのを手伝ってもらいました。

 2009年1月4日、Aさんは正式に広州森六塑件有限公司の社長[総経理]のMにセクハラについて説明しました。同月6日には、Aさんは電話で2項目の要求(1.書面で謝罪する。2.会社が保証書を書いて、Aさんが2度とセクハラされないことを保証する)を提出しました。

 1月7日、会社は情況の報告と調整のための会議を開きました。会社からは6名の責任者が参加し、そのうち4名は日本人で、Yもいました。2名は中国人で、2人とも労働組合の委員でした。

 会議で、M社長は、Yの行為は間違っていることを認めたものの、「Yが背中を触ったのは完全に好意によるもので、それに、Yは忘年会では多量の酒を飲んでいた」と述べ、「もしYに書面でお詫びさせたら、彼の汚点になる」と言って、Aさんの要求を拒否しました。

 Aさんの気持を最も傷つけたのは、労働組合の委員だった2人の中国の同胞が自分の権益を守ってくれなかっただけでなく、「社長が非常に忙しい中、会議を主宰したのはあなたの面子を立てるためだ」と言い、女性の委員は「Aさんは無断欠勤したのだから、解雇すべきだ」と言ったことです(この女性の委員は、のちに取材に答えて、「私は『解雇すべきだ』と言ったのではなく、『もし会社の規定にもとづけば、解雇しなければならない』と言ったのだ」と述べていますが)。

 1月22日、Aさんは解雇通知を受け取りました。

 3月、Aさんは上司のYと会社を裁判所に訴えました。Aさんは、Yのセクハラの証拠として、同僚が撮影していた、Yの忘年会での行為の写真3枚も提出しました。

判決

 2009年12月21日、広州市蘿崗区法院はYのセクハラを認定し、Yに書面でのお詫びと3000元の賠償を命じました。

 判決文は、次のように述べています。「原告が提出した写真は、被告Yの行為をはっきりと示している。この行為は、原告の人格権を侵犯し、精神的な困惑を引き起こし、正常に仕事を続けることをできなくした。原告が、被告のYに書面でのお詫びと精神的損害の慰謝料の賠償を請求していることは法的に根拠があり、この事件の実際の情況に照らすと、本裁判所は精神的損害の慰謝料を3000元とする」

 ただし、判決は、Aさんの会社への請求については、「会社は必要な制度と環境をすでに整えているので、連帯して賠償する必要はない」として、これを退けました。

 とはいえ、判決を聞いて、Aさんはほっとしました。けれど、Aさんは、「Yは相変わらず正常に仕事をしていて、判決もまだ履行されていません。3000元の賠償は彼にとっては小遣い銭程度でしかないでしょう。これでは、彼は何ともと感じませんから、このような行為を容認することにならないでしょうか?」と心配しています。

 Aさんは、「ことが終わってから1年余り過ぎたけれども、私はまだしょっちゅう悪夢に驚いて目が覚めます」という状況です。

数少ない勝訴判決、しかも婦女権益保障法を引用

 今回の判決に関しては、「セクハラ事件での勝訴は、広州で初めてである。また、婦女権益保障法に直接依拠してセクハラを認定し、判決で賠償を命じた判決は、全国でもきわめて少ない。」と報じられています(1)

 これまでは、セクハラも、民法の「人格権」や刑法の「女性に対する強制わいせつ」(刑事事件の場合)で裁かれてきており、婦女権益保障法が活用された事例は本当に見かけません。その意味で、今回の判決は、「人々に婦女権益保障法の威力を見せた」とも言われています(2)

写真という、そのものずばりの証拠があったという幸運 

 セクハラ事件は一般に証拠が少なくて勝訴するのは難しいと言われているのですが、Aさんに対するセクハラが認定されたのは、判決文にもあるように、たまたま忘年会の席でのセクハラを撮影した、以下の3枚の写真(3)があったからです。
 ①Yが、後ろからAさんの腕をつかんで懐に抱き寄せている写真
 ②Aさんが抵抗したとき、Yが腕でAさんの首を絞めている写真
 ③Aさんが、Yに抱き寄せられるのを防ごうとして、手で椅子をしっかりつかみ、YはAさんの手を椅子から外そうとしている写真

 こうした証拠があったことについて、「少なからぬ業界関係者は、みな『幸運』だと言ってる」とのことです(4)

 広州市婦連主席の李建蘭さんは、「セクハラは大部分は2人の間で発生しており、その隠ぺい性によって、証拠を見つけるのが難しく、証拠が少ないために、裁判所が立件することも難しいものもある」と述べています(5)。だからこそ、立証責任のあり方などが問題になるのですが……。 

 また、今回の判決自体に関しても、以下のようないくつかの問題が指摘されています。

判決に対する批判【1】──会社を免責

 劉明輝さん(中華女子学院教授)は、判決が「会社は必要な制度と環境をすでに整えているので、連帯して賠償する必要はない」としたことを批判しています。劉さんは、以下の3つの点を問い質しています。

1.この会社は、職場のセクハラを防止するのに必要な制度をすでに作り上げていたか?
     ↓
 国際的な慣例と企業の社会的責任の実践的経験にもとづけば、職場のセクハラ防止に必要な制度は、少なくとも以下の内容を含んでいる。
 1.何が職場のセクハラなのかをはっきりさせる
 2.セクハラをした雇用者に対する制裁を詳細に説明する
 3.訴えを受理し、セクハラの紛争を解決する機構を設立する
 4.セクハラを訴えた人・証人・セクハラ事件を処理した者に対する報復を禁止する
 5.経営者と監督がその規則を実施する義務など。
 しかし、この事件では、被告の企業にこれらの必要な制度があったとは思えない。

2.この会社は、職場のセクハラを防止する環境をすでに整えていたか?
     ↓
 職場のセクハラを防止する環境がすでに整備された企業では、恒常的に的確な宣伝と研修の活動をし、雇用者と取引先に対して広くセクハラに関する政策声明を配布して、すべての雇用者と取引先に仕事場でのセクハラは許さないことを知らせている。
 しかし、この事件では、原告が仕事場でセクハラにあっていても、まわりの雇用者は訴え出ず、一笑に付してさえいる。また、忘年会の席でひどいセクハラがおこなわれても、この会社には制止する人がいない。これが、あるべき環境と言いうるのか? また、原告が会社に訴え出ても、成果が上がらない。ひどいセクハラをした管理者が、受けるべき罰則を受けていないということだけでも、免責できる情況でないと言える。

3.原告が被告会社に賠償責任を引き受けさせる請求は、法に基づく根拠がないか?
     ↓
 「広東省『中華人民共和国婦女権益保障法』施行規則[广东省实施《中华人民共和国妇女权益保障法》办法]」第29条第2款は「人を雇う単位と公共施設の管理単位は、適切な環境を作り上げ、必要な調査や訴え出る制度などの措置を制定し、女性に対するセクハラを予防・制止しなければならない」と規定している。この地方法規は、単位のセクハラ防止義務について『しなければならない[応当]』という言葉を使っており、これは強制的な規範であり、単位がこの法定の義務に違反しさえすれば、法律的責任を負わなければならないことを意味している。ただ、立法技術上から見れば、相応の明確な法律的責任が欠けているので、法律の構造が完全でなく、裁判官の自由裁量権に任されているというだけである。
 この面では、他の地方法規は、比較的完備している。たとえば、「四川省『中華人民共和国婦女権益保障法』施行規則[四川省《中华人民共和国妇女权益保障法》实施办法]」第47条第2款は、「仕事場所で発生した女性に対するセクハラが、女性の身体・精神・名誉に損害を与え、単位あるいは雇い主に過失があれば、法にもとづいて相応の民事賠償責任を負う」と規定している。

 この事件の判決の結果から見ると、わが国の反セクハラ法制は、すみやかに整備する必要がある。もしこの事件が日本で発生したならば、2被告は、巨大な連帯賠償責任を負うことになっただろう(6)

判決に対する批判【2】──慰謝料の金額が低い

 上で述べたように、原告のAさんは、慰謝料の金額について、「被告にとっては小遣い銭程度」だと指摘していましたが、朱岩さん(中国人民大学法学院副教授)も、慰謝料の金額が低すぎると主張しています。

 朱さんは、まず、「判決文は簡単すぎて、『本事件の実際の情況』に対する深い分析と論証がない」ことを指摘します。

 朱さんは、最高人民法院の「民事権利侵害の精神的損害賠償責任の確定の若干の問題に関する解釈(最高人民法院关于确定民事侵权精神损害赔偿责任若干问题的解释)」の第10条の以下の規定(「精神的損害の賠償額を確定するには、次の要素を考慮しなければならない。(1)権利を侵害した人の誤りの程度、法律に別に規定がある場合を除く。(2)侵害した手段・場所・行為の方法などの具体的な経緯、(3)権利侵害行為が引き起こした結果、(4)権利侵害をした人が利益を得た情況、(5)権利侵害をした人が責任を引き受ける経済的能力、(6)訴えを受けた裁判所の所在地の平均的生活水準」)を引用し、この5点に照らして、この事件の特徴を論じています。

 (1)「この事件では、原告が提供した証拠によれば、被告すなわち加害者は、たびたび故意にセクハラをしており、かつ完全に悪意によるものである。」

 (2)「それだけでなく、原告の陳述によれば……侵害の手段は『手を触れる』から、『首や腰をなでる』、さらには『公然と首を絞める』にまでなり、事実上、言葉で刺激することから、手を触れる、公然と暴力的侵害をするに至っており、侵害の場所も、仕事場から会社全体の忘年会にまでなっている。被告がおこなったセクハラは、現在のセクハラの中で最も深刻な形の一つだと言いうる」

 (3)「被害者は、このように悪質なセクハラを受けた後、『顔がやつれ』、原告の陳述によれば、『1年あまり経った後も、私は相変わらずいつも悪夢に驚いて目を覚ます』。……特に注意に値するのは、原告が現在すでに解雇されており、もしこの事件の原告に、労働法・労働契約法などに規定された『解雇理由』が存在しないならば、原告は精神的損害賠償のほかに、会社に、職場復帰および一方が労働契約を解除する関連規定に違反したことによる財産的損失の賠償を要求する権利がある。」

 (5)(6)「日本国籍の主管は、収入は原告よりずっと多く、事件が発生した広州は、わが国の経済的に発展した地区に属し、一人当たりの国民収入は国内の上位にある。」

 朱さんは、「以上で述べたことをまとめると、現在メディアが掲載した事件の情況にもとづけば、この事件の精神的慰謝料は低すぎる」とと結論づけています(7)

判決に対する批判【3】──刑法や治安管理処罰法を適用すべきではないか?

 先に述べたように、今回の事件について婦女権益保障法を適用したことを評価した報道もありましたが、より厳しい刑法や治安管理処罰法を適用すべきではないかという声もあります。

 ある記事は、Yがおこなった、無理やり抱きつく、引っ張る、胸をなでる、首を絞めるなどの行為は、「『刑法』第237条の女性に対する強制猥褻罪の構成要件に完全に合致している」、「私の疑問は、Yはわが国の刑法に触れた疑いがあるのに、裁判所はなぜ重きを避けて軽きに就いて、婦女権益保障法を判決の根拠にしたのか? ということである。」と述べています(8)。劉明輝さんも、「この事件は、『女性に対する強制猥褻罪』の疑いがある」と言っています。

 また、上述の朱岩さんは、「加害者は『治安管理処罰法』第44条に規定された内容(「他の人に猥褻な行為をし(……)情状が悪い者は、5日以上、10日以下の拘留に処する」)に違反していないかどうか、関係の主管部門に対して、調査の上で被告のやった行為に対して行政処罰の措置を取るか否かを考慮するように提案すべきである」と述べています。

 この裁判において刑法や治安管理処罰法を適用しないのは、民事裁判だからだと思うのですが、刑事的な対応も検討すべきだということかと思います。

労働組合のあり方に対する批判

 また、この事件では、労働組合が労働者の権利を守らなかっただけでなく、女性の労働組合の幹部が「Aさんは無断欠勤したから、会社の規定によれば、解雇しなけれけばならない」と言った(実際、2週間後に会社はAさんを解雇した)点が、多くの人が怒りを買いました。

 この点は、「外資系企業の労働組合の制度に懐疑を抱かせる」という指摘があります。この女性の労働組合の委員は、労働組合の副主席でもあり、女性委員会の委員と会社のある行政部門の副部長も兼任していました。(9)

 楊麗莎さんという人は、「[会議に出席した]この2人の労働組合の委員は、外資系企業の雇い主が(……)2人のふだん自分が比較的信頼している人員に兼職させて、格好だけつけて済ませたのかもしれない。彼らは職員・労働者から選出された代表ではなく、当然、職員・労働者の要求には関心がなく、逆に攻撃をして、外資系企業の雇い主の代弁者または共犯者になる。このような労働組合は、名ばかりになってしまう」(10)と言っています。

 ただし、これは外資系企業に限った話ではなく、もともと計画経済の時代から、労働組合は企業に従属的で、それが市場経済になっても変わっていないという点も当然指摘されています。

 例えば、ある人は次のように述べています。「ずっと長い間、とくに計画経済の時代は、企業の労働組合は、労働者自身の組織だと称していたけれど、実際は大部分は管理者の役割を演じていた。労働組合の主席も、一般に、同じ職務等級の副職の待遇を享受しており、ふだんは行政部門に協力して従業員の思想・仕事・生活などの面の事務を処理していたので、事実上経営管理者の代弁者だった。」
 「市場経済体制の確立、とくに法治社会の建設にともなって、労働組合は企業の行政権力から独立して、本当に労働者の代弁者になる(……)ことを要求されたけれども、いくらかの単位ではまだ過去のモデルを抜け出しておらず(……)組合員の(……)一つのクラスの管理者として立ち現れる。たとえば、労働組合の副主席が同時にまた行政部門の副部長であり、そのため、矛盾や紛争を処理するとき、おのずと使用者側のためにモノを言う。類似の状況は、外資系企業だけでなく、本土の企業にも同時に存在している。これが、労使紛争の中で往々にして労働組合の声が聞こえない重要な原因である。」(11)

 楊麗莎さんは、「いかにして労働組合の人員の背筋を伸ばして、労働者の合法的権益を保護させるという重責を担わせることができるか?」という問いに対して、次の3点を挙げています。
 1.労働組合に名実ともに労働者の利益を代表させるには、選挙と監督のメカニズムが必要である。労働者が自分の利益を代表する指導者を選び、不適任な指導者を問責・罷免できるようにし、労働組合の指導部の堕落変質を防止する。
 2.労働組合の指導者に対する保護メカニズムが必要である。労働組合の指導者が雇い主との駆け引きの過程において、仕事を失わないようにする。これには法律的な保護が必要である。
 3.体制を転換して、労働組合に労働組合の経費を満額納めるようにし、労働組合が独立して自主的に活動を展開できるようにすることがきわめて重要である。(12)

司法や立法、労働組合の問題点が浮き彫りに

 今回の判決は、原告が勝訴したという点では良かったのですが、同時に、司法や立法、労働組合のあり方の多くの問題を浮き彫りにしたということだと思います。

 なお、今回の判決に関して、「報道は、判決が直接『婦女権益保障法』を引用したと言っているけれども、原文を引用していないので、詳細な情況を知ることができない」(13)という指摘もあります。この点については、中国の裁判を調べる上で多くの人が感じることだと思うのですが、中国でも、判決の原文などをもっと公開してほしいと思います。

(1)以上については、「弱女子告倒日籍“咸猪手”却被工会扬言开除」『信息時報』2009年12月19日(大洋網に掲載されたもの)。原文では、加害者や社長の実名も出ていますが、本稿ではイニシャルにしました。レコードチャイナにも、この大洋網の記事をもとにした記事が出ています(「<セクハラ>忘年会で女性に抱きつく! 日本人上司に賠償金、写真で認定」2009-12-21)。なお、「司法の判決が直接『婦女権益保障法』を引用することはかなり少ないので、もし本当なら、この事件は、この面での模範として同様に重視に値する」という指摘もあります(「广州一法院依《妇女权益保障法》判决性骚扰案」『女声』13期[2009.12.14-12.20])。
(2)一审获胜,被告尚未执行法院判决 广州女职员诉日籍上司性骚扰案追踪」『中国婦女報』2009年12月24日。
(3)(1)の記事中に掲載。
(4)(1)に同じ。
(5)(2)に同じ。
(6)劉明輝「对被告公司免责的质疑」『中国婦女報』2009年12月24日。
(7)朱岩「精神抚慰金过低」『中国婦女報』2009年12月24日。
(8)到底是谁壮了日企主管侵害中国女工的色胆?」華声在線2009-12-24
(9)工会委员辩称是“无心之举”」『信息時報』2009年12月21日。
(10)杨丽莎「女工遭日籍上司当众调戏反被开除。外企工会啥时挺脊梁?」巴蜀红凤凰的博客2009-12-25
(11)女工委替资方说话缘于工会角色错位」新華博客2009-12-23。王向前さん(中国労働関係学院労働法・社会保障法教研室主任)も、一部の基層の労働組合に「労働者の権利を保護しない」状態の原因として、「計画経済体制から市場経済体制に転換して以後、わが国の人を雇う単位の中で労働者と雇用者の利益が分化したにもかかわらず、基層労働組合の組織体制は、労資の利益の分化にもとづく調整をおこなわず、計画経済の時期に生み出された、人を雇う単位に対する従属性を維持し続けていることである。(……)基層労働組合の幹部がもらっているのは、人を雇う単位の賃金であって、労働組合の賃金ではないので、彼はどうしても人を雇う単位の意志に従属しがちである」と指摘しています(王向前「工会干部应站在谁的立场」『中国婦女報』2009年12月24日)。
(12)(10)に同じ。王向前さんも「根本的に言えば、基層労働組合の幹部と雇い主との経済的つながりを切断して、労働組合の幹部は労働組合の飯を食い、労働組合の賃金を手にするようなしなければならない。そうしたこそ、基層労働組合は雇い主から独立した地位を売ることができ、労働者の合法的権益を保護することができる」と言っています。
(13)「广州一法院依《妇女权益保障法》判决性骚扰案」『女声』13期(2009.12.14-12.20)。

セクハラを例にした、婦女権益保障法の実効性に対する厳しい批判

 今年9月、女性の立場からメディアをウォッチするするNGO「女性メディアウォッチネットワーク(婦女伝媒監測網絡)」(1996年発足)は、『女声』という電子週報を発刊しました。

 『女声』は、「毎週、女性の発展とジェンダー平等と関係がある情報を広く収集・編集して、サイトと電子メールを使って読者に提供する」もので、まだ「試刊」ですが、一般のマスコミでは目につきにくい情報やなかなか鋭い評論が掲載されています。

 たとえば、『女声』は、毎号、巻頭に「専題」として、特定のテーマについての論説を掲載していますが、第3期の「専題」は「中国の法律はなぜ使いにくいのか──反セクシュアルハラスメントから述べる」(1)でした。

 この論説は、婦女権益保障法の北京市の「施行規則」のセクシュアルハラスメント(以下、セクハラと略す)条項を取り上げて、「中国の女性の権益を保障する法律と女性の実際の権益のニーズとの間の差異を論評」したものです。

 今年9月25日、婦女権益保障法の北京市の「施行規則」の改正案が北京市人民代表大会常務委員会で採択され、あす11月1日から施行されます(北京市実施《中華人民民共和国婦女権益保障法》弁法)。北京市の「施行規則」については、先日の本ブログでも、昨年12月の当初の改正草案には「女性幹部・女性知識人の定年を延ばして男女平等にする」という規定があったのに、その後、削除された問題を取り上げましたが(女性幹部・女性知識人の定年の男女平等化に強い抵抗)、この「施行規則」のセクハラ条項についても何度か話題になりました。

 たとえば、この9月に「施行規則」が審議された際、セクハラの定義として、「女性の意思に反する」という点を加えたことが、あれこれ議論になりました(2)

 この「女性の意思に反する」という条項については、『女声』の論説はひとまず次のように評価します。

 「これはけっして初めてのことではなく、陝西・江西・安徽などの省はすでに早くからすでに類似の定義をしているが、たとえそうでも、なお肯定するに値する。」「セクハラの種々の形式、たとえば電子情報、絵画・写真、言語、文字などを列挙することに、あまり意味はない。なぜなら、形式は多種多様でありうるし、たえず新しくなるので、挙げ尽くすのは難しい。『女性の意思に反する』という基準に依拠してこそ、はじめて具体的な生活実践の中でセクハラを弁別できるのである。」

 しかし、続けて、次の点を指摘します。

 「2005年8月に『中華人民共和国婦女権益保障法』が改正された際に、『女性に対するセクハラを禁止する』と書き込まれたけれども、セクハラの法律上の定義さえ空白だったのであり、各地の地方の施行規則によって穴埋めされるのを待つしかなかった。しかし、今に至るまで、各地の施行規則の中のセクハラの定義は、みな不完全である。台湾の『セクハラ防止法』の中の定義を参照すると、次の点が発見できる。・セクハラは性差別にもとづく暴力であり、それゆえ性と関係がありうるだけでなく、性別とも関係がありうる。・セクハラは敵意や恐れを作り出し、被害者の仕事に影響を与えるのであり、その影響は、セクハラか否かを判定するにも非常に重要である(3)。以上の2つの要点は、現在、大陸の法律のセクハラに関する定義にはまだ出現していない。」

 以上の指摘は、中国の新聞や雑誌にはあまり見当たらないものですが、さらに続けて、この論説の筆者は、「以上のこれらの討論もみな、紙の上で兵を論ずること(机上の空論)かもれない」と言うのです。

 すなわち、「各地のセクハラに関する定義はみな熱い議論を引き起こしたけれども、みな法律が出来た後は、情報がなくなってしまう。少なくとも公共のメディアにおいては、私たちはまだ、それぞれ異なる『セクハラ』の定義が、個々の事件の洗礼を受けたのを見たことがない。」(4)

 「これは何を説明しているのか?」と、この論説の筆者は問いかけます。

 さらに、北京市の「施行規則」に「使用者[用人単位]はセクハラを予防・制止する措置を取らなければならない」という規定が入ったことは「積極的」だと述べつつも、「遺憾なのは、修正の過程で、かなり重要な、従来なかった[突破性]規定が削除されたことだ」として、以下の規定が「最終バージョンではみな消えてしまった」ことを指摘しています。
 ・「使用者はセクハラの賠償のために連帯責任を負わなければならない」
 ・「女性労働者または女性労働者委員会[女職工委員会]は、セクハラの防止を集団労働契約に書き入れることを要求できる」
 ・「女性労働者委員会は、職場の中のセクハラの訴えを処理できる」(5)
 この論説の筆者は、「このような状況の下では、使用者の責任は、実際上は架空のものにされる。もし法律上の責任がなく、懲戒措置がなければ、使用者は、どこから来た必要性と原動力によってセクハラを防止するのか?」と言います(6)

 この論説は、「ここにも、中国の女性の権益を保障する法律のアポリアを見ることができるようだ。すなわち、責任の宣示だけはあるけれども、責任の追及が欠けている。」と述べ、以下のように続けます。

 「このほかにも、セクハラの被害者を困惑させる問題はまだ存在している。たとえば立件の難しさ、立証の難しさ、賠償獲得の難しさである。……地方の法規も全国的な法律も、これらの重要な実践的意義のある問題を今に至るまで解決できていない。長い間存在していて、人々が如何ともしがたくて、深く心を痛めている現象は、女性の権益を保障する法律が法律的実践に用いられた事件・訴訟の実例をほとんど見つけることができないということ、すなわち、これらの法律は真に女性の権利を守る武器にはほとんどなりえていないということである。」

 「中国の法律の不十分さに関する一つのよくある解釈は、これは法制建設の発展段階によって決定されているので、将来のいっそうの発展によって解決されることを期待するしかない、というものである。しかし、このような解釈は、人々を納得させうるものではない。なぜなら、『婦女権益保障法』が1992年に公布されて以降、ずっと『操作性がない[法的には実際には使えない、といった意味だと思います]』という批判に直面してきたが、2005年に改正されても、この面にはほとんど変化がなかった(7)。なおかつ、新しく増えた規定、たとえばセクハラの禁止やDVの禁止も、同じようにまた『操作性不足』という欠陥を繰り返した。」

 「このような[法律の]設計あるいは処置の原動力は、国家が女性の権益を保障するために『代価を支払う』ことを避けることにある。一方で、これらの法律は、文字のうえで女性の権利保護要求をくい止めるとともに、国家の政治的イメージを作りあげる。その一方で、その「可操作性」と問責メカニズムを空っぽにすることによって、女性が真に法律的にエンパワメントされたり、既成のジェンダー制度が衝撃が受けたりする危険を避けている。」

 以上、この「専欄」の一文は、非常に厳しいものですが、現在の中国の女性の権利を守る法律(主に婦女権益保障法を指していると思う)の内容と機能をリアルに見るかぎり、ほぼ正しいと言えると思います。

 もちろん、中国の法律も何の変化もないわけではなく、2005年には婦女権益保障法に入らなかった(草案にはあった)使用者のセクハラ防止義務が、今回の北京市の施行規則では取り入れられたというようなことはあります。ただし、現実にこの法律を武器にできる水準には達しているとは言い難い――ということなのだと思います。

(1)「中国的法律為什麼不好用──从反性騒擾説起」『女声』第3期(試刊)[ワードファイル](2009年9月28日)
 他の号も、以下のとおり、webにアップされています(いずれもワードファイル)。
 『女声』第1期(試刊)(2009年9月14日)
 『女声』第2期(試刊)(2009年9月21日)
 『女声』第4期(試刊)(2009年10月12日)
 『女声』第5期(試刊)(2009年10月19日)
 以上の『女声』は、「社会性別与発展在中国」サイトに収録されています。『女声』のメーリングリストのサイトもあるのですが(女声genderwatch)、メーリングリストのサイトは、まだすべての号を収録していません。
(2)2009年5月に出た修正草案では、セクハラの定義は、「言語・文字・画像・電子情報・身体行為などの形式によって、女性に対してセクシュアルハラスメントをすることを禁止する」(第38条)というものでしたが(北京市人大常委会内務司法弁公室「徴求対《北京市実施〈中華人民民共和国婦女権益保障法〉弁法》(修訂草案)意見的通告」(2009年5月4日、北京市人民代表大会常務委員会HP)、9月に成立したものは、「女性の意思に反して、性的内容または性に関係する言語・文字・画像・電子情報・身体行為などの形式によって、女性に対してセクシュアルハラスメントをすることを禁止する」(第33条)になっています(「北京市実施《中華人民民共和国婦女権益保障法》弁法(2009年9月25日北京市第十三届人民代表大会第十三次会議通過)」北京市人民代表大会常務委員会HP)。
 「女性の意思に反する」という文言が入ったのは、一部の委員から、5月の修正草案の定義だけでは広すぎるので、「女性の意志に反する」という限定を加えるべきだという意見が出たからです(「北京市為性騒擾界定両個要件即違背婦女意志及含有性的内容」『京華時報』2009年9月24日)。
 この修正に対しては、「言語・文字・画像・電子情報・身体行為などの形式」という定義だけでは、そうした情報を受け取っても、女性が自分が傷ついたと思わない場合もあるという理由で賛成する意見が出るとともに(「“違背婦女意志才算性騒擾”彰顕立法理性」『東方今報』2009年9月27日)、「セクハラ」とは女性の意思に反する行為を指しているのだから、「女性の意志に反する」という言葉は余計であるとか(「“違背婦女意願”的“性騒擾”定義並不科学」熊超律師的小空間2009-09-24)、女性がセクハラを歓迎する場合もあるかのような言い方は女性に対する侮辱である(「没有不違背婦女意願的性騒擾」『重慶時報』2009年9月27日)と言って反対する意見も出ました。また、人の意志、とくに男女間の感情は変わりやすいので、おこなわれた時には女性の意に反していなくとも、女性の気が変わって男性を訴えるかもしれないとか、男性を陥れる女性が出てくるかもしれないという理由で「女性の意志」を基準にすることに反対する意見もありました(「反性騒擾漏掉了誰?」『雲南信息報』20099年2月26日→「“違背婦女意願”是否会変成橡皮泥」反対家庭暴力網)。
(3) 台湾のセクシュアルハラスメント防止法の第2条は、以下のとおりです。
 「本法で言うセクシュアルハラスメントとは、性侵害の犯罪以外に、他の人に対して、その意志に反する性または性別に関係する行為をおこなうことで、かつ以下の状況の一つがあることを指す:
 1.他の人がその行為に従う、または拒絶することが、仕事・教育・訓練・サービス・計画・活動に関する権益を獲得・喪失・減少させる条件になる。
 2.文字・図書・音声・映像またはその他の物をを見せるか放送する方式、または差別・侮辱する言行、または他の方法で、他の人の人格の尊厳を損なう、または心に恐怖を生じさせる、敵意を感じさせる、怒らせる情況、またはその仕事・教育・訓練・サービス・計画・活動または正常な生活の進行に不当な影響を与える。」「性騒擾防治法」(民国98年01月23日修正)全國法規資料庫
(4)この論説の、この箇所の指摘は、王琳「遏制性騒擾更在立法実践之外」(『京華時報』2009年9月25日)にもとづいています。
(5)これらの条項は、出された当時、注目されました(「単位性騒擾 単位要担責」(『北京晨報』2008年12月3日)。2008年12月に出た最初の修正草案については、正確には「関于《北京市実施<中華人民共和国婦女権益保障法>弁法(修訂草案送審稿)》的説明」(もとは北京市人民代表大会常務委員会HPのhttp://www.bjfzb.gov.cn/advice/user/content.asp?UNID=291に掲載されていましたが、現在は社会性別与発展在中国HPに収録されています)を参照してください。
 また、昨年12月の草案には、「本市の各クラスの人民代表の候補者のうち、女性代表の比率は代表の候補者の総数の35%より低くてはならない」(第11条)という規定もあり、『中国婦女報』の記事は、この規定にも注目していましたが(「北京実施“婦女法”弁法送審稿亮点頻出」『中国婦女報』2008年12月4日)、この規定も今年5月には削除されました。
 また、私が重要だと思うのは、昨年12月の草案には、第2章として、「組織機構とその職責」という章が設けられており、市と区(県)の女性児童工作委員会に、たとえば以下のような重要な権限を与えていたことです。
 ・女性の権益を保障するうえでの重要な問題を調査研究し、指導的意見を提出する。女性の権益に関する地方性法規・規則と公共政策の制定に参与する。
 ・女性の権益を侵害する行為の訴え・通報を受理し、関係部門に女性の権益を侵害する行為の調査・処置を督促する。
 しかし、今年5月の草案には、「組織機構とその職責」という章はなくなり、以上の規定も削除されました。
 結局、セクハラ問題以外の点に関しても、昨年12月の当初の草案にあった、数値を挙げるような具体的規定や法律の実効性を確保するための具体的措置(女性幹部・女性知識人の定年の男女平等化、人民代表大会の代表の候補者の総数に対する女性代表の比率の数値、女性児童工作委員会の権限強化)の多くは、削除されたということができます。
(6)この点に関しては、『女声』のこの文の筆者は、北京市の「施行規則」を論評した『新京報』の社説である、「反セクシュアルハラスメント:権利の明確化から、権利の実現へ」を参照しています。この社説は、次のように述べています。
 「おおざっぱで粗すぎるのが、中国のあるいささかの法律の通弊である。すなわち、ある領域では、すでに法律ができたけれども、民衆が問責または権利保護の要求をしたときには、相変わらず依拠できる法律がない感がある。ポイントは、立法のときに、問責あるいは権利保護の制度設計を考慮に入れていないことにあり、そのために、法律と現実が食い違って、法律が紙の上だけのものになって、本当に運用できる武器たりえないのである。
 やはりセクハラについて言えば、もし使用者[用人単位]が必要な防止措置をとっていなければ、使用者が負わなければならない法律上の責任は結局何であるのか? 被害者に一定の賠償をしなければならないのか否か? これは、施行規則では明確ではなく、このようである以上は、どうしても、使用者に対して責任を追及しようがないのではないかと心配になる。
 率直に言って、中国の現行の法律がセクハラに対して打撃を与える力は非常に弱く、この類の訴訟で被害者が勝利するのを見ることは基本的にできない。」(「(社論)反性騒擾,从弁明権利到落実権利」『新京報』2009年9月24日)。
(7)この点に関しては、遠山日出也「最近の中国における女性労働問題をめぐるさまざまな女性たちの動き」『女性学年報』26号(2005年)129-131頁も参照してください。

職場におけるセクハラの調査とセクハラ防止法の提案

 2月26日、「職場のセクシュアルハラスメント立法の調査研究」課題グループが、セクハラについての調査結果を報告する会を開催しました。また、この会では、同グループが起草した「職場のセクハラ防止法」についても、社会の各界からの意見を聞きました。この草案は、修正された後、全国人民代表大会に提案されます(1)

 中国の婦女権益保障法には、「女性に対するセクハラを禁止する」という規定があるのですが、このような簡単な規定だけでは不十分なので、今回のような調査や提案がなされたのです。

 上の課題グループは民間のものであり、王行娟(北京紅楓女性心理相談サービスセンター理事長)、王金玲(浙江社会科学院社会学研究所所長)、魯英(中山大学女性・ジェンダー研究センター元主任)の各氏らによって構成されています。

 民間からの提案なので、全人代に提出してもすぐ立法化されるわけではけっしてありません。しかし、今回ほどまとまった調査やきちんとした立法の提案は、従来なかったと思います(2)

 以下、そのごく一部を紹介してみます。

職場におけるセクハラの調査研究報告

 《工作場所性騒擾調査研究》報告(ワードファイル)

 2007年3月から2008年12月までの間に、北京・杭州・広州の3都市で、1500人に対してアンケート調査をおこないました。対象者の性別は、女性が61%、男性が39%でした。年齢は、35歳以下が67.29%でした。座談会や個別のインタビューもおこないました。その結果、たとえば、以下のような点が明らかになりました。

 ・3年以内にセクハラをされたことがある人が82.88%である(王行娟さんによると、比率が高いのは、調査対象者の中に、セクハラが多い職業[サービス業や娯楽産業]で働いている人が多いからだとのことである)。性別で見ると、女性は80.87%、男性は86.01%に経験があり、セクハラを「男性の女性に対する行為」としてのみ理解するのは間違っている。ただし、加害者は主に男性である。すなわち、女性が被害者の場合は、加害者は男性が88.7%であり、男性が被害者の場合でも、加害者は70%前後が男性である。

 ・セクハラの形式としては、猥褻なジョーク[黄色笑話](72.62%)、猥褻なショートメッセージ[黄色短信](12.30%)が多い。

 ・不快さや健康・仕事・生活への影響は、女性の方が深刻である。たとえば、心理的健康に対して影響があった人は、男性は39.85%だったのに対し、女性は57.62%であり、仕事に対して影響があった人は、男性は44.9%だったのに対し、女性は63.31%であった。

 ・セクハラの被害にあう比率が最も高かったのは、よその農村から来た人(91.32%)で、次いで当地の農村から来た人(87.75%)である。それらの人々に比べると、当地の市街地区の人(79.0%)、当地の町[鎮]の人(81.9%)は少ない。これは、都市と農村の差別の結果である。

 ・セクハラの発生と収入・学歴・婚姻状況とは目立った関連はない。セクハラは、比較的普遍的な現象である。

 ・セクハラに対して、女性の34.07%と男性の38.68%は反抗的な行動をしない。女性が行動しない理由は、「針小棒大に言っていると思われるのが怖い」(52.20%)、「むしろ自分のほうが積極的だったと思われるのが怖い」(8.4%)、「軽蔑されるのが怖い」(7.00%)、「行動しても無駄だ」(6.60%)である。

 ・女性の91%と男性の79%が、反セクハラのために立法が必要だと考えている。

 ・婦女権益保障法の中にセクハラを禁止する条項があることを、女性の39.40%と男性の35.84%が知らなかった。

 男性に対するセクハラが広範にあるという結果は興味深いです。ただ、「電話で下品な話をされた」は、女性38人、男性10人で、「無理やりキスまたは抱擁された」は、女性4人、男性1人であり、「いつも体を触られる」は、女性8人、男性4人であり、こうしたセクハラはやはり女性の方が多いです(対象者の総数が女性は男性の1.5倍なので、その分を割り引かなければなりませんが)。ただし、男性もこうしたセクハラをされる場合があることは見ておかなければなりません。

 また、都市と農村の差別の問題は中国特有でしょう。

職場のセクハラ防止法(建議稿)

 工作場所性騒擾防治法(建議稿)(ワードファイル)
 関于《工作場所性騒擾防治法(建議稿)的説明(ワードファイル)

 第1章「総則」では、セクハラの定義や、「予防に重点を置く」「すぐに制止する」「女性の被害者には特別な保護をするが、男性も保護する」「二次被害を防止する」などの基本原則が示されています。また、職場でのセクハラ防止のための専門機構を「人力資源と社会保障部(日本で言う厚労省)」に設立するという「政府の責任」にも触れています。

 第2章「人を雇う組織[単位]と雇い主の義務」では、セクハラ防止の制度の確立、従業員への研修、即時の処理、証拠の保全、訴えた者に対する差別禁止、被害者のサポートなどの義務を定めています。

 第3章「救助の措置」では、被害者は、警察・職場への訴え、調停の申請、訴訟の提起ができることのほか、被害者が職場の非協力などにより証拠を集められないときは、裁判所自らが証拠を集めるべきことも規定してあります。立証責任を被害者だけに負わせないことや、被害者へのカウンセリングや治療についても定めています。

 第4章「法律上の責任」では、加害者の民事責任と刑事責任のほか、使用者の民事賠償責任や国家の関係機関の職員の不作為責任も規定してあります。

 私はセクハラに関する法律問題は詳しくないのですが、行き届いたもののように思えます。

(1)向全国人大提交《工作場所性騒擾防治法》(建議稿)議案──工作場所性騒擾立法調研成果分享与研討会在京召開」北京紅楓婦女心理諮詢服務中心HP
(2)セクハラについての司法解釈(最高人民法院が出す、法律の解釈)については、すでに昨年、建議稿が、中国法学会DV反対ネットワークと中国社会科学院法学研究所ジェンダー・法律研究センターによって作成され、全人代にも提案されました。この建議稿には、セクハラの定義、賠償責任、人を雇う組織[単位]の責任、審理と執行の手続き、証拠などに関する詳細な規定があり、今回の立法の提案とも重なる部分があります(「性騒擾訴訟“立案難”、“取証難”、“賠償難”  代表委員呼吁出台性騒擾司法解釈」『中国婦女報』2008年3月25日、「《人民法院審理性騒擾案件若干規定》専家建議稿的説明」中国法学会反対家庭暴力網絡HP2009-2-6)。この建議稿に対して、昨年、最高人民法院は、「機が熟したときに、司法解釈を出す」という趣旨の返答をしています(「将性騒擾防治内容納入侵権法中」『中国婦女報』2009年2月27日←この記事の末尾に書いてあります)。

「セクハラで初の刑事処罰」

 成都市のある会社の人事担当者の男が、新しく会社に入ってきた女性従業員に交際を申し込みましたが、断られました。すると、その男は、女性を抱き締めて、無理やりキスしようとしました。女性は大声で助けを呼んだため、隣の部屋の同僚が警察に通報し、その男は逮捕されました。今年6月、裁判所は、その男に対し、「人事を管理する権限を利用し、女性を侮辱した行為は刑事処分に値する」として、女性に対する強制わいせつの罪(刑法237条)で、拘留5ヶ月の判決を下しました。

 中国では、2005年に「婦女権益保障法」が改正された際、セクハラを禁止する規定が入りました。この事件について、多くの中国のメディアは、「国内で初めて『セクハラ』によって刑罰に処せられた事件である」と報じました。

 四川省婦連の法律顧問の江敏弁護士は、「この事件は、『セクハラ』は犯罪にならないと思っている人に対する警告である」と述べています(以上は(1))。

 ただし、判決の中には、「セクハラ(性騒擾)」という言葉はまったく出てきません。というのは、婦女権益保障法の中には「女性に対してセクハラをすることを禁止する」といった文言しかなく、これは、刑事処分の根拠になるようなものではないからだそうです。というか、民事でも、判決文の中にはまだ出てきていないかもしれません。

 また、警察や検察の中には、「男の行為は違法行為ではあるが、犯罪とはまではいえない」という意見もありました。けれど、女性が抵抗したため、男が女性の首を絞めた際に、喉に傷を負わせていて、悪質であるため、「一般の人が理解するセクハラを越えて、犯罪を構成する」から、検察が刑事責任を追及したという事情もあるようです(以上は(2))。

[2008年12月29日追記]
 この事件の報道に関しては、のちに明確に「典型的な誤報事件」であるという指摘がされています。その理由は、上の記事でも少し触れていますが、改正後の「婦女権益保障法」は確かに「セクハラ」を規定したけれども、同法の58条は、セクハラを治安事件あるいは民事事件として規定しているからです。この事件は、刑法に以前からある「女性に対する強制わいせつ罪」によって起訴され、処罰されたものであり、「セクハラ」や「婦女権益保障法」とは全く関係ないからです(12月29日付の本ブログの記事2008年「中国10大セックス/ジェンダー事件」参照)。私は、上の記事を書いた時点では、誤報であることを明確に指摘できなかったことをお詫びするとともに、今回、この記事のタイトルにカギカッコ(「」)を付けるという変更をしました。

(1)「国内首例性騒擾獲刑案成都判決」『中国婦女報』2008年7月16日。日本でも「中国:セクハラ裁判で有罪判決 法施行以来初めて」(『毎日新聞』2008年7月16日)と報じられています。
(2)「“首例性騒擾判刑案”曝盲区」『青年周末』2008年7月24日(「“首例性騒擾判刑案”曝盲区 判決書没提性騒擾」「社会性別与発展」サイトへ転載された同じ記事[リンク切れの場合に参照])。
*その他、『検察日報』もかなり詳しく報じています(「解読国内首例性騒擾獲刑案:界定盲区還需要多久」2008年7月16日)。

セクハラの司法解釈について民間で専門家が建議稿を発表

 2月29日、中国法学会「DV反対ネットワーク」中国社会科学院法学研究所「ジェンダーと法律研究センター」と「職場でのセクハラ反対課題グループ」が共催した「職場でのセクハラ反対の課題の成果発表会および司法解釈(1)研究討論会」が、「人民法院がセクハラ事件を審理する若干の規定」という司法解釈の専門家建議稿を発表しました。

 中国では、2001年に初めてセクハラ訴訟が起きました。また、2005年に婦女権益保障法が改正された際、セクハラ禁止規定が設けられました。

 しかし、セクハラ訴訟の数は多くなく、また、その半分以上は原告の敗訴に終わっています。それは、セクハラ訴訟には、「立件が難しい」「証拠を取るのが難しい」「賠償が難しい」などの問題があるからだといいます。建議稿を起草したメンバーの一員である薛寧蘭さん(中国社会科学院法学研究所研究員)は、「婦女権益保障法の規定は、原則しか述べておらず、使いにくいのです。多くのセクハラ事件の原告は、証拠が足りないために敗訴します」と言っています。

 ですから、この建議稿は、セクハラに対して境界線を定め、セクハラに対する民事賠償の範囲を明確にするとともに、その審理と執行の手続きに関しても、セクハラ事件の特殊性に符合した規定を設けたそうです。また、セクハラに対する使用者[用人単位]の義務と責任も規定しました。

 この建議稿を作成するにあたっては、2005年から2007年までの3年間にわたって、全国の女性の被害者やその同僚、親族、弁護士、裁判官などを訪問・取材したうえで検討を重ねたそうです。

 この建議稿は、一部の人民代表や政協委員にも渡されました(2)

 こうした提案が人民代表や政協委員の手に渡ったからといって、それがそのまま実現するわけでは全然ありません。けれども、長い目で見ると、きちんとした調査研究をおこなって提案を作成したということは、意義を持ってくると思います。

 つい先日の『中国婦女報』にも、ある女性がホテルのトイレで盗撮にあって110番したところ、警察もホテルもなかなか動こうとしなかったという話が書かれていました(3)。その紙面で、宋美婭さんは、セクハラという人権問題に対する警察やホテルの冷淡さを厳しく指摘するととに、「DVも以前は私事・家庭内のことであるとして警察も放置していたけれども、数年来の各方面の宣伝などによって、警察や検察、裁判所もDVを重視するようになった」と述べて、セクハラに関しても、法律業務に従事する人々が努力するように訴えていました(4)。上のような法律関係者の努力が実ることを期待したいと思います。

(1)木間正道・鈴木賢・高見沢磨『現代中国法入門[第3版]』(有斐閣 2003年)は、「司法解釈」について、以下のように述べています。
 「人民法院の裁判例には一般に法的拘束力はないが,最高人民法院が正式に公布した裁判例は下級法院が類似の事件を処理する際の参考に供されている。しかし,それよりも重要な法源としては,最高人民法院と最高人民検察院が発する[司法解釈]とよばれる文書である。下級の法院・検察院からの問い合わせ,照会[請示]に対する回答という形をとる[批復],[答復],[復函],[通知]などと,主要な制定法の細則を条文形式で体系的に示す[意見]とがある」(97頁)。
(2)「性騒擾司法解釈有了専家建議稿」『中国婦女報』2008年3月3日。なお、昨年の全国政治協商会議でも、中国社会科学雑誌社の哲学編集室主任の柯錦華委員が、セクハラの司法解釈について6つの面(1.基本原則、2.セクハラの定義、3.賠償責任、4.使用者の責任、5.審理の手続きと執行の手続き、6.証拠原則)から提案をおこなっています(「“性騒擾”応做六方面的司法解釈」『中国婦女報』2007年3月9日)。
(3)湯計・張麗娜「“遭到性騒擾還没地児説理了?”」『中国婦女報』2008年2月28日。
(4)宋美婭「事関人権,豈可冷淡」『中国婦女報』2008年2月28日。もちろんDVに関しても、中国では全国的なDV防止法がないなど、まだまだ課題はありますが。

セクハラをした社長を解雇した会社、元社長に敗訴

 本ブログの8月19日付記事でお伝えした、女性教師が校長のセクハラを訴えた裁判において、2月7日の一審判決に対して女性教師の側が控訴していた件ですが、9月26日に重慶市の中級人民法院(裁判所)での二審判決も、女性教師の側の敗訴でした。
 二審判決も一審判決と同様、(校長と女性教師との間の権力関係を無視して)女性教師のメールに明確な拒絶の表現がないことを根拠にしました。

 この事件を伝える『中国婦女報』の記事は、西南政法大学の民事法の専門家の侯国曜博士の言葉として「現在セクハラを裁判に訴えること少なくないが、勝訴はけっして多くない」という言葉を紹介し、その理由として、「立法のうえでセクハラの定義が明確にされていないこと」「証拠の収集が難しいこと」などを挙げています(1)
 
 同じ9月には、セクハラをした社長の契約を解除した会社が、その社長に訴えられた結果、裁判で敗れるという事件もありました。
 上海のある広告会社の社長(イギリス籍)が、2005年3月にアメリカの親会社の国際的グループがタイで開いた国際会議に出席した際、そのグループで働いていたシンガポールの女性労働者にセクシュアルハラスメントをしました。
 その女性労働者の訴えを受けて、その親会社と上海の子会社が調査し、この社長の労働契約を解除しました。
 しかし元社長は納得せず、労働仲裁に訴えたところ、元社長の訴えが認められました。そのため、会社は裁判に訴えました。

 9月8日の上海の静安区の人民法院の判決では、会社は敗訴しました。裁判所は、会社に対して元社長に4月以降の賃金を支払うことを命じました。
 その理由は、「会社は、元社長のセクハラ行為を裁判に訴えていない」「元社長と会社との労働契約では、重大な不良行為があった場合だけにしか契約を解除できないことになっており、それには当たらない」などというものでした。
 この判決に対しては、労働法の専門家から、「セクハラ行為をした本人が認めたならば、裁判所などの機関が認定しなくても、会社はセクハラを認定できる」「セクハラは容認できない重大な不良行為である。国際的な慣例ではとくにそうだ。会社の社長がセクハラをするなど、こうした国際的な会社にとっては大きく名誉を損なう」といった批判が出ています。

 また、元社長は「中国では現在まだセクハラに対する有効な立法がない。双方(元社長と会社)の契約では、セクハラは契約解除の理由に挙げられていない」とも主張していました。
 この点についても、ある弁護士からは「中国の現行の労働法にはセクハラのことは書かれていないけれども、憲法や婦女権益保障法などから見て、わが国の法律はセクハラ行為を明確に禁止している。女性差別撤廃条約も、企業は女性に安全な職場環境を提供するように規定している」という反論が出ています。

 女性の権利の問題に関心を持っているある人は、「この社長はわが国の法律の隙を突いているが、遺憾なことに一審の裁判所は、司法判断という形式によって彼の目的を実現させてしまった」と言っているそうです(2)

 私も、中国の法律のみならず、裁判所にもジェンダーバイアスを感じずにはいられません。

(1)「重慶女教師告短信性騒擾案二審敗訴」『中国婦女報』2006年9月28日。
(2)以上は、「総経理騒擾女員工被除名 上海首例性騒擾労動糾紛案用人単位一審敗訴 法院判決引発一片質疑」『中国婦女報』2006年9月12日。

湖南省で職場のセクハラ防止責任を規定。海南島訴訟判決

 7月31日、湖南省第10期人民代表大会常務委員会の第22回会議において「湖南省『中華人民共和国婦女権益保障法』施行規則[中国語で辨法]」が採択されたのですが、その中に「職場[用人単位]は、仕事の場所におけるセクシュアルハラスメントを予防・制止する措置を取らなければならない」という条文が入りました(1)

 先日(8月19付け)のブログでも触れましたが、昨年、婦女権益保障法が改正された際にも、職場のセクハラ防止義務を入れるべきだという意見が多数出ました。
 実際、昨年6月に国務院から提出された草案では「職場は、仕事の場所におけるセクシュアルハラスメントを防止する措置を取らなければならない」という条文が入っていました(2)
 しかし、昨年8月に採択されたものからはこの条文は消えていたのです(3)

 湖南省でも上で述べた条項が現実に力を発揮するにはまだ遠い道のりが必要なのでしょうが、僅かずつでも前進しつつあるのかな、と思います。

 なお昨日、海南島戦時性暴力被害訴訟の判決がありましたが、これについては、新聞記事(4)などとあわせて、中国海南島戦時性暴力被害者の謝罪と賠償を求めるネットワーク(ハイナンNET)のHPを見ていただきたいと思います。法律論に関しては、中国人戦争被害者の要求を支える会の「争点の解説」欄も参考になります。
 「日中関係」というと、首脳会談や小泉首相の靖国参拝、領土問題などに関心が向きがちですが(もちろんそれらも大切な問題ですが)、こういう裁判や裁判支援も大切な活動だと考えます。
 国際関係にもジェンダーの視点が必要ですし、なによりも一人一人の人生を大切にしてこそはじめて「友好」と言えると思いますので。

(1)「湖南細化反性騒擾立法」、陳陽「反性騒擾立法前進一大歩」『中国婦女報』2006年8月2日。また、この規則は、セクハラに「法律・倫理道徳に違反した、猥褻な内容がある言語・文字・図版・電子情報・行為」という定義も与えました。
(2)「婦女法修改解読」『中国婦女報』2005年6月27日。
(3)「中華人民共和国婦女権益保障法」『中国婦女報』2005年8月29日。
(4)「海南島戦時性暴力被害訴訟 請求棄却、事実は認定」『しんぶん赤旗』2006年8月31日。新聞記事としては、これが一番詳しいようです。
 それにしても、『朝日新聞』がまったく報じなかったのには驚きました。私は大阪本社発行の『朝日』を取っているのですが、ハイナンNETの金子美晴さんによると、東京の『朝日』にも報じられていなかったそうです。
 『中国婦女報』には翌31日に記事が出ていたのですが(「海南“慰安婦”在日敗訴」『中国婦女報』2006年8月31日)

[9月11日追記]
 中国海南島戦時性暴力被害者の謝罪と賠償を求めるネットワーク(ハイナンNET)は、9月5日からブログを始めたようです。
 9月10日付で、判決の要旨、弁護団声明、中華全国律師協会・中華全国婦女聨合会などによる共同声明、中国の原告の感想などが掲載されました。どうぞお読みください。

[9月17日追記]
 湖南省の「規則[中国語で辨法]」について、『中国婦女報』に以下の続報が出ていました。
 「尋求法律的突破―《湖南省実施〈中華人民共和国婦女権益保障法〉辨法》出台始末」『中国婦女報』2006年8月22日。
 「譲反性騒擾規定落地生根 湖南地方立法先走一歩」同上。

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