2017-02

中国版《ヴァギナ・モノローグス》上演運動の展開――2003年~2016年――

<目次>
はじめに
一 2003年、初の中国版《ヴァギナ・モノローグス(陰道独白)》上演

 1.中山大学教授・艾暁明のアメリカでの体験と「中山大学ジェンダー教育フォーラム」設立
 2.DV反対ネットワークの陳明侠・卜衛の英語版観劇と「V-Day」運動への注目
 3.上演のテーマと構成
 4.黄静事件(デートレイプ事件)についての運動とも結びつけて
二 中国版《ヴァギナ・モノローグス》上演運動の展開
 1.年表
 2.中国における上演活動の歴史の特徴・概観
三 上海:復旦大学のセクマイ団体・知和社などの上演
 1.上演中止が続いた2004年に、学生だけの力で上演
 2.フェミ視点も持つセクマイ団体が現在まで毎年上演を続ける
 3.毎回脚本を書き換え、早くから同性愛の要素加える
 4.海狸社――ゲイの妻、トランスジェンダーなども
四 北京:BCome小組と《陰道之道》
 1.フェミニスト行動派との関連が強い、既成組織から独立したグループ
 2.劇の名称自体を変更――《陰道之道》と「Bcome小組」という名称について
 3.ワークショップで声を集めて脚本を作り、完全にオリジナルな脚本に
 4.社会的事件も取り上げる
 5.街頭などで社会運動も
 6.「演劇、コンシャスネス・レイジング、社会運動の三位一体」
 7.セックスワーカーを含めた社会的に弱い立場の女性との連帯
 8.当局による検閲
 9.他グループも、《陰道之道》の脚本を採用
 10.小括
五 広州:山泉劇社の《将陰道独白到底》
 1.学生たちが取材して脚本を作成
 2.完全にオリジナルな脚本にし、劇の名称自体も変更
 3.中国女性のライフサイクルに沿った脚本、社会的事件にも応答
 4.農村でも取材して、農村女性の出産をめぐる苦難を演じ、広東語に翻訳して農村でも公演
 5.当局による検閲
 6.小括
六 北京外大ジェンダー行動グループの「私のヴァギナは言う」活動とそれに対する攻撃
 1.授業の課題として《陰道之道》上演
 2.学生たちの活動とそれに対する攻撃
 3.事件についての艾暁明さんの評論
 4.「処女と妓女は姉妹である」というスローガン
七 フェミニスト活動家5女性刑事拘留事件後の活動
 1.BCome小組
 2.知和社、山泉劇社
 3.広州のF女権小組と同小組版《陰道之道》
 4.Vagina Projectの《陰道説》
おわりに

はじめに

ヴァギナ・モノローグス(The Vagina Monologues)とは、アメリカのイヴ・エンスラーが、女性200人以上に、ヴァギナをめぐる体験を取材して書いたモノローグ形式の演劇である。1996年に初めて上演され、1998年には書籍としても出版された。

さらに、1998年には、「V-day」という、ヴァギナ・モノローグスを上演するとともに、その収益によって女性に対する暴力に対する闘いをサポートする団体も発足した。「V」とは、暴力に対して打ち勝つ(Victory over violence)、バレンタイン(Valentine)、ヴァギナ(Vagina)の3つを意味している。

本稿では、中国における《ヴァギナ・モノローグス》上演をめぐる運動についてまとめてみた。

一 2003年、初の中国版《ヴァギナ・モノローグス(陰道独白)》上演

中国で初めて《ヴァギナ・モノローグス》が上演されたのは、2001年、南京のジョン・ホプキンス大学中米文化センターで、同センターの学生らによってである。ただし、このときは、英語版のまま上演された。

初めて中国語版が《陰道独白》という名称で上演されたのは、2003年12月7日、中山大学ジェンダー教育フォーラムとDV反対ネットワークによってだった。まずその間の事情について紹介しよう。

1.中山大学教授・艾暁明のアメリカでの体験と「中山大学ジェンダー教育フォーラム」設立

中山大学教授の艾暁明さんは、1999年からアメリカに訪問研究に行った。そのとき、艾さんは、《ヴァギナ・モノローグス》を見た。艾さんが言うには、「《ヴァギナ・モノローグス》のテーマには、女性に対する暴力に反対することだけでなく、女性がどのようにして自己を認識するか? どのようにして自己の欲望を肯定するか? ということもあった。(…)《ヴァギナ・モノローグス》が多くの問題を提起していることは、私は良いと思った。また、《ヴァギナ・モノローグス》は演劇として比較的成功しており(…)当時北アメリカでは150余りの学校で上演していたので、私は本を買った。当時私が授業に出ていた教室には、歴史学の博士として行っていたので、彼/彼女ら[大学教員ら]は教室では《ヴァギナ・モノローグス》について話さなかったが、彼/彼女らは、女性はどのように自分の身体を見ているかや、身体と女性アイデンティティと女性の自我の関係について話していた」。艾さん自身も、そうした問題に関心を持ち、帰国後、女子学生にも、そうした話をすると、彼女たちも非常に関心を示したという。

また、艾さんは、2003年に台湾の国立中央大学教授の何春蕤さん(1)らをジェンダー教育の集中講義に招こうと思った。そのとき、艾さんは、ジェンダー教育を「フォーラム」という形式でするという構想を持った。なぜなら、何さんの観点はセクシュアリティの面で非常に論争的でラディカルだったが、当時は、中国大陸の女性研究は、そうしたところまで進んでおらず、「性」について語ることが少なかった。また、「性」の問題には、さまざまな性的指向の人やセックスワーカーなどの問題も含まれている。艾さんは、フォーラムをすることによって、さまざまな声を集めることができるのではないかと考えた。かくして、艾さんたちは「中山大学ジェンダー教育フォーラム」を設立した(2)

2.DV反対ネットワークの陳明侠・卜衛の英語版観劇と「V-Day」運動への注目

《ヴァギナ・モノローグス》の英語版は、2002年3月にも、上海アメリカクラブで上演されたが、この時は、その収入は、NGOの「DV反対ネットワーク」(2000年結成)に寄付された。同ネットワークからは、そのコーディネーターの陳明侠さん(中国社会科学院法学研究所教授)とそのウェブサイトの責任者である卜衛さん(中国社会科学院ニュース・メディア研究所教授)が観劇した。

卜衛さんと陳明侠さんも、《ヴァギナ・モノローグス》には2つの関連するテーマがあると思った。第一に、女性と女児に対する暴力に反対することである。通常、性暴力は秘密ないし女性の恥とされるが、この劇は沈黙を破って、女性のために力強い声を発している。それと同時に、この劇は女性自身と女性の性を肯定し、女性の身体を解放することによって、伝統的な性文化に挑戦し、ジェンダー文化の主体を再構築することを試みていることである。この劇は、単なる苦しみを訴える劇ではなく、性の喜びを議論し、女性が新たに自己を発見し、自分の身体を真に自分のものにして、身体の自由と快楽を追求することを通じて、女性に主体としての力を持てるようにするものだと卜さんたちは思った。

卜さんは、この劇は、強姦を警察に届けられないような状況を変革する力になるものだと考えて、上演のために動く。

もっとも、それ以前から、中華全国婦女連合会と民間女性団体は、国連が呼びかけている「国際女性に対する暴力をなくす16日運動」(11月25日~12月10日)という宣伝活動を毎年やっていた。

しかし、卜さんは、先述の「V-Day」の運動は、「バレンタインデー」から「国際女性デー」の間の活動であることを、次の意味で重視したという。
・バレンタインデーに活動することは、性暴力は通常見知らぬ人の間ではなく、知り合いの間で起きることに気づかせてくれる。
・国際女性デーは本来女性が権利を勝ち取る記念日なのに、現在の中国では商業的なものに変質している。国際女性デーに「V-Day」の活動をおこなうことは、私たちが真の国際女性デーに立ち返る助けになる。

また、卜さんは、「V-Day」の活動が「下から上へ」の活動であり、公衆、とくに若い人が上演などの形で参与して、自分のジェンダーに関する経験を議論するものであって、従来よくあったような、「専門家」やスローガン、あるいは重苦しい会議によって、「教育される」あるいは「教え導かれる」ものではないことにも注目した。卜さんは、《ヴァギナ・モノローグス》のような前衛的演劇を上演するような創造的な活動は、とくに若い人を女性に対する暴力反対運動に引きつける力があると考えた。卜さんは、若い人たちは「上から下へ」の会議を嫌がるし、中国式の街頭宣伝活動を嫌がることを知っていたからだ(3)

かくして、艾暁明さんと卜衛さん、陳明侠さんが、ともに、中国語版《ヴァギナ・モノローグス(陰道独白)》上演を実現するために協力していくことになる。

3.上演のテーマと構成

(1)上演のテーマ

2003年12月7日に、中山大学ジェンダー教育フォーラムとDV反対ネットワークが共催して、中国版《ヴァギナ・モノローグス(陰道独白)》を上演した。艾暁明さんと、台湾人で当時中山大学の教員だった宋素鳳さんが監督をした。

この上演は、同年の「国際女性に対する暴力をなくす16日運動」の一貫として上演された。当初は先述の卜衛さんが述べていたとおり、バレンタインデーの前後に上演するつもりだったのだが、同年春、中国でSARS (重症急性呼吸器症候群)が流行しため、延期せざるをえなかったのだ。

モノローグスといっても、独り芝居ではなく、30数名の学生と2人の教員が共に舞台に上がった(4)

艾暁明さんは、この公演のテーマを「あらためて女性の身体を想像する」とした。艾さんは、世の中には男性の演劇や映画、話が非常に多いのに、女性の演劇や映画、話は少なすぎると述べ、「この劇が特に重要なのは、女性の性の経験を想像していることだ。なぜなら、この部分の経験は、とくに歪曲され、切断され、バラバラにされており、男によって解釈され、歪曲され、虚偽のものになっているからだ」と言った。

この劇に男性は4人出てくるが、いずれもセリフがない、顔の特徴もない黒衣の人として、「邪悪な勢力」を象徴すものとして、舞台の隅に登場するだけである。

もちろん、この劇は男性による解釈を打ち破っただけではない。出演した女性の認識も変えた。ある出演した女子学生は、「私はこの劇に参加して、以前は知らなかった多くのことを知り、自分の身体は自分の一部だということを確認した」と語った。

宋素鳳さんもこの上演を運動として考えており、「《陰道独白》は演劇の形で、それに参加することによって、女が自分を確認し、自分を認識し、自分と自分の身体を肯定することができる」と認識していた。学生の反応から見ても、この目的は達成されたことがわかる(5)

(2)当日のプログラム

2003年のときの上演のプログラムは、以下だったようだ。

「ヴァギナ、私は言った(Introduction)」
「陰毛(Hair)」
「もしあなたのヴァギナが化粧するとしたら」
「私のショートスカート(My Short Skirt)」
「洪水(The Flood)」
「初潮」(オリジナル)
「ヴァギナの事実(Vagina Fact)」(1)(2)
「ヴァギナ・ワークショップ(The Vagina Workshop)」
「私のヴァギナ、私の村(My Vagina Was My Village)」
「回想」
「ヴァギナの事実(Vagina Fact)」(3)
「子捨て」(オリジナル)
「涸れた河流」
「6歳の女の子に訊いてみた(I Asked Six-Year Old Girl)」
「出生の舞」
「私はそこ、産室にいた(I Was There In The Room)」

詳細は不明だが、上の上演プログラムと原作の1998年版(英語で示した)などと比較すると、少なくともタイトルにおいては、かなり多くの箇所が共通している。

しかし、新たな内容も付け加えられているようだ。「初潮」もそうであるし、とくに「子捨て(棄嬰)」は、中国の農村の、一人っ子政策による女児遺棄を扱っている(6)

宋素鳳さんによると、DVや幼女強姦などの問題についても、中国社会の現象に即して、修正がなされたという。

艾さんが言うところによると、艾さんがアメリカで《ヴァギナ・モノローグス》を見たときは感激したのだが、上海で英語版を見たときは、純粋の芸術作品で、かつ舶来品だという感じを強く持ったという。艾さんは、「私たち自身の《ヴァギナ・モノローグス》ができないものか」と思った(7)。そうした思いがこうした修正には反映しているのだろう。

研究者のセシリア・ミルウォーツ(Milwertz Cecilia)さんは、卜衛さんに「アメリカの女性の生活を基礎にして創作した演劇を中国に移植することをあなたはどのように考えるか?」という問いを発している。それに対して、卜さんは、女性の服装が強姦の言い訳にされるということなど、女性の経験には共通点があることを述べるとともに、以下のように答えている。
私たちは当然「差異」にも注意した。この差異は非常に重要である(……)脚本の創作者は、できるだけすべての民族、年齢、地域、性的指向の女性の経験を含めている。しかし、彼女がそれらの女性を取材した後に、自覚せずに自分の経験あるいは分析枠組みによって彼女たちの物語を構築して、他の民族の女性の「代弁者」になってしまう危険を避けることは難しい。その差異はけっして中国の女性とアメリカの女性の経験の差異だけでなく、もっと複雑であり、都市の女性と農村の女性、留守女性(夫が出稼ぎに出て、村に残っている女性)、流動女性、高齢女性と若年女性の差異などを含むことは確かである。2003年、私と艾暁明はどのようにしてこの演劇を「中国化」するか、さらには中国女性の地域に根差した演劇にするかを相談した。私たちは中国の各階層の女性を訪問してインタビューすることができるかどうかも議論したが、もしそうしたら、私たちは各階層の女性の「代弁」をすることにならないか? だから、私たちは学生自身の経験と彼女たちの社会に対する理解にもとづいて創作をした。(8)
卜さんや艾さんは単にアメリカと中国の差異を意識するだけでなく、中国内部の差異を視野に入れていることや、その差異は、単に自分たちと異なる存在を取材することによって埋められるものではないことも意識していることがわかる。

ただし、この時点では、それは、中国の女子学生が新聞記事をもとにしつつ、母親とも対話をして、女児を捨てた母親の痛みも理解して創作する(9)ということだった。

4.黄静事件(デートレイプ事件)についての運動とも結びつけて

2003年、黄静さんという女性教師が交際相手の男性のベッドの上で死んでいるのが発見された。体内には男性の精液があった。黄さんの体は傷だらけだったが、警察は、黄さんの死因は心臓病だとした。それに対して黄さんの母親は疑問を抱き、DV反対ネットワークなどが、真相の究明を求める運動を起こした。

中山大学ジェンダー教育フォーラムは、黄さんの一周忌に記念会をおこなった。その席で、学生たちは、《陰道独白》の一節である「私のショートスカート」を上演した。これは、女性には、セクハラや強姦の心配をせずに、ショートスカートを着る権利があるというものであった(10)

二 《ヴァギナ・モノローグス》上演運動の展開

1.年表

ここで、中国における《ヴァギナ・モノローグス》上演運動の流れを概観するために、その歴史を、すでに述べた点を含めて年表の形で示してみる(11)

2001年
 《ヴァギナ・モノローグス》(英語版)が南京のジョン・ホプキンス大学中米文化センターで、センターの学生らにより上演される。

2002年
 3月2日 《ヴァギナ・モノローグス》(英語版)が上海アメリカクラブで上演される。収入はNGO「DV反対ネットワーク」に寄付される。同ネットワークからは、陳明侠と卜衛が観劇。

2003年
 12月7日 中山大学ジェンダー教育フォーラムとDV反対ネットワーク、広州美術館で、初めて中国語版ヴァギナ・モノローグス《陰道独白》上演。監督は中山大学教員の艾曉明と宋素鳳。オリジナルの内容として、現代舞踊《子捨て(棄嬰)》、モノローグ《初潮》を加える。

2004年
 2月5日 上海話劇芸術センターが連続20日(2月10日~3月4日は中国語版、3月5日~10日は英語版)の《陰道独白》上演を計画するが、事前に当局に上演を中止させられる。
 2月11日 北京今日美術館とDV反対ネットワークが2月14日(バレンタインデー)に北京で《陰道独白》上演を計画するが、事前に当局に上演を中止させられる。
 5月13日 上海の復旦大学の知和社が、《陰道独白》上演。初の大学内での上演であり、その後も現在に至るまで毎年上演(V-day在復旦)。

2005年
 3月7日 広西チワン族自治区にある、貧困な女児のための民間の学校・南寧華光女子中学の金鳳芸術団が、劉光華校長の指導の下に、20人の中高生で《陰道独白》上演。オリジナルな脚本として、農村での女児の進学難などの問題も加える。広西の他の中学も巡回し、2006年5月22日までに20回上演。
 5月28日 北京大学劇社、《她*独白》上演。オリジナルの脚本「纏足」「少女の妊娠」「コンドーム」「レズビアン」も加える。

2006年
 9月15日 武漢の華中師範大学の女子学生、武漢で開催された性健康文化博覧会で《陰道独白》上演。中国性学会の専門家たち(男性が大多数)の注目も集める。

2007年
 11月22日 「中国話劇百年――華中大学話劇コンクール」で、武漢大学の「我們」劇社の《陰道独白》が受賞。しかし、のちに受賞を取消される。

2008年
 5月10-11日 厦門大学版《陰道独白》上演。
 6月4日 北京の首都師範大学図書館学術報告ホールで《陰道独白》上演。北京での初の中国語版の上演。荒林が指導教員。

2009年
 3月武漢で《陰道独白》の出演者を広く募集して、民間の劇団が設立され、以下の日時と場所で4回上演。11月7日―武漢大学、15日―華中師範大学、21日―武漢性学博物館、12月3日―武漢VOXバー。
 3月11-15日 北京薪伝実験劇団、《V独白》を北京の9劇場で5回上演。大陸で唯一の版権を得た中国語バージョン。
 6月 北京薪伝実験劇団、上海で3回上演。

2010年
 3月、6月12日-13日 北京薪伝実験劇団、深圳で上演。
 4月30日 成都独白制作組、成都版《陰道独白》上演。5月22日にも再演。
 5月3日 華中師範大学で「性科学文化週間」開幕、《陰道独白》上演。
 12月22日-26日 南京大学第ⅠⅠ劇社、《陰道独白》上演。

2011年
 3月12日 上海の多くの《陰道独白》の劇組の出演者が合同で上演。

2012年
 4月13-15日 上海の海狸社、《陰dao多云》上演。「同妻(ゲイの妻)」、トランスジェンダーなどを取り上げたオリジナルな脚本激増、男性出演者も加わる。

2013年
 1月19日 BCome小組、北京LGBTセンターで初の《陰道之道》上演。2015年8月時点で21カ所で上演、その後も継続。2014年版では、完全にオリジナルな脚本に。
 4月12日 中山大学ジェンダー教育フォーラムの劇組(のちの「山泉劇社」)、初の《将陰道独白到底》上演。中文系副教授の宋素鳳と柯倩婷が指導。完全にオリジナルの脚本。
 11月4日 北京外国語大学ジェンダー行動グループ、「私のヴァギナは言う」写真を公表、その後、誹謗中傷にあう。

2014年
 4月27日 山泉劇社が翌日に予定していた中山大学城校区明徳学生活動センターでの《将陰道独白到底》公演、中止させられる。

2016年
 1月23日 広州のF女権小組、《陰道之道》の冬季公演
 12月9-11日 Vagina Project、北京の間隔年小劇場で《陰道説》上演。

2.中国における上演活動の歴史の特徴・概観

上の年表にもその一端が表れているが、中国における上演の歴史の特徴として指摘されている点(12)を、まず大まかにまとめてみると、以下のようになる。

(1)しだいに上演が増加し、上演団体も多様になり、上演場所も増えてきた。

(2)主催者は大半が大学の団体と民間の団体である。大学の団体の場合、学生主導のケースと、教員が重要な役割を果たしているケースがある。

栄維毅さんは、大学での上演が多い理由は、大学内は比較的規制が緩やかであることやフェミニスト教員がジェンダー平等教育をおこない、フェミニズムの課程を開設していることにあると指摘している。実際、上の年表を見ても、中山大学教授・艾曉明、南寧華光女子中学校長・劉光華、首都師範大学教授・荒林、中山大学副教授・宋素鳳、柯倩婷といった教員の方々が大きな役割を果たしていることがわかる。

その一方、復旦大学の知和社の呉筱燕さんは、「自分がやったときは何のサポートもなかった。中山大学では多くの先生が学生団体の活動をサポートしていることを思うと、いささか残念に思うが、復旦の知和社がこれをした際には、学生の主体性が非常に強かったし、ずっと続けており、現在までやっている。このことはキャンパスのジェンダー環境の改善に非常に大きな働きをしている。現在は先生にも、促されて参加する人も出てきている。私はこの点を非常に誇りに思っており、学生がその中で大きな力を発揮している」(13)と語っている。

(3)まったく専門的訓練や演劇の経験がない女性たちが上演しているケースが大半。

(4)オリジナルな脚本の比率がしだいに増加し、より中国社会に根差したものになってきている。

この点について、BCome小組の艾可さんと戢航(小航)さんは「『ヴァギナ・モノローグス』は中国ではすでに手段となっている。セックスワーカーとレズビアンなどの団体も、彼女たちの『ヴァギナ・モノローグス』を創作でき、最終的に踏襲されるのは『ヴァギナ・モノローグス』という演劇自身ではなく、『ヴァギナ・モノローグス』が伝え、受け継がれた理念になる」と述べている。

(5)演出の方法も多様になり、モノローグだけでもなくなり、出演者の性別も女性だけではなくなっている。

(6)上演のポスターのスタイルが、ヴァギナの描写など面で、抽象的なものから具体的なものへ変わっている。このことは、上演が性のタブーを打ち破っていることを反映している。

(7)当局の審査のために、上演できなかったり、《陰道》という語を変えざるをえなかったりしているケースもしばしばある。

年表にあるように、2004年には、上演を中止させられたケースが続けて2件発生した。

また、復旦大学の知和社の呉筱燕さんは、2010年、単独で公演するために、海狸社を設立したが、海狸社は、劇場で公演するため、《陰道独白》の「陰道」の字を避け、《陰dao多云》と改名した(14)。2005年5月の北京大学劇社の《她*独白》や2009年3月・6月の北京薪伝実験劇団の《V独白》というネーミングも、何らかの規制ないし自主規制によるものだろう。

また、以下の節で述べることを視野に入れれば、次の(8)(9)についても、特徴として挙げることができるのではないか。

(8)社会運動との結びつきがあり、また、それが近年になるにつれて強まっている。

そもそも2003年の初の中国版上演も、DV反対ネットワークという運動体が主催者の一つであった。

(9)社会的マイノリティの視点も近年になるにつれて強まっている。

以下、中国版《ヴァギナ・モノローグス》上演運動の特徴や現在の到達点をより具体的に見るために、上海の復旦大学知和社、北京のBCome小組、広州の山泉劇社の事例を順に見てみよう。

なお、それぞれの団体について、箇条書き的に特徴を挙げているが、これは、必ずしもその団体だけの特徴ではない。その団体にとくに顕著な点、または、その団体については比較的詳しい資料が見つかる点としてご理解いただきたい(団体間のきちんとした比較は、日本で入手可能な資料だけでは難しい)。

三 上海:復旦大学のセクマイ学生団体・知和社などによる上演

1.上演中止が続いた2004年に、学生だけの力で上演

先述のように、2004年のバレンタインデーの前後には、上海と北京で、上演の試みが当局に中止させられた。

しかし、その年の5月には、復旦大学の学生が、《ヴァギナ・モノローグス(陰道独白)》を自分たちで改編した中国語版を上演している。

この上演は、学生たち自身が組織し、資金も学生たちが集めた。練習場所も、どこかから提供してもらうのではなく、学生たち自身が毎回場所を見つけておこなった。監督は大学4年生の女子学生で、出演者も全員学生だった。上演に当たってのさまざまな技術的な問題も自分たちで解決した。

この上演に招かれた艾暁明さんは「学生たちがあまりに聡明だから、私たちは引退しなくちゃいけない」と言い、卜衛さんも「広州では、私たちはまだ教師の役割をしていたが、上海では、私たちは完全に『ゲスト』に堕落した」と言ったほどだ(15)

この上演は、300人余りの観客を集めて大成功したようだ。

2.フェミ視点も持つセクマイ団体が現在まで毎年上演

その後しばらくして上演の主体になったのが、セクシュアル・マイノリティを中心とし、フェミニズムにも関心を持っている学生団体の「知和社」だった。

「知和社」ができたきっかけは、2004年末、創設者の王勰愉さんが、北京のレズビアン団体のメンバーと出会って、大学でセクシュアル・マイノリティ文化を広げる話をしたことである。

さらに2005年、社会学部の副教授の孫中欣さんが、国内で初めて大学の本科の課程として、「同性愛研究」を新設した。孫さんは、王勰愉さんの考えを支持し、団体創設のために力を尽くしてくれた。

知和社設立の中核になった学生たちは、みな《陰道独白》上演に参加した。先述の呉筱燕さんは、当時、社会学専攻の大学院生であり、第1回目の上演を見て、その後、出演者として活躍し、知和社の中核メンバーにもなった(16)

知和社は、さまざまなLGBT団体と交流したり、同性愛をテーマとした映画上映、サロン、講座などおこなったりしている。こうしたセクマイ色の強い団体が上演に大きな働きをしていることは注目される(17)

3.毎回脚本を書き換え、早くから同性愛の要素加える

知和社の毎年の上演は、「《陰道独白》という名前は変わらなくとも、毎回内容は異なっている。脚本を書き換えて、新しく敷衍している。この演劇は、一期ごとの知和社のフェミニズムと性に対する理解を体現してきた」という(18)

知和社の場合、やはり同性愛の要素を加えてきた点に特色があるようだ。たとえば、2011年に上演されたものは「女と女」という幕を加えている(19)。原作にもレズビアンは出てくるのだが、その話は自分たちにはぴったりこなかったので、自分自身の話や自分の身近な話をもとにして、毎年新しく創作してきたという(20)

4.海狸社――ゲイの妻、トランスジェンダーなども

先述のように、知和社の呉筱燕さんは、2010年、海狸社を設立した。

2012年4月には、海狸社が《陰dao多云》を上演するが、その際、「同妻(ゲイの妻)」などオリジナルな脚本が激増した。「同妻(ゲイの妻)」の問題というのは、ゲイが女性と結婚するために、結婚生活が成り立たなくされた女性(妻)の抑圧の問題である。ゲイを演じるためには、男性も出演した。

また、トランスジェンダーのダンサーの金星の自伝をもとにした話も取り入れた(21)

こうした点は、セクシュアル・マイノリティの視点とフェミニズムの視点(同妻を問題するには、この視点も必要だ)を持つ団体としての知和社の流れを汲んでいるように思う

四 北京:BCome小組と《陰道之道》

1.フェミニスト行動派との関連が強い、既成組織から独立したグループ

2012年9月15日、「女性メディアモニターネットワーク」(2012年2月以来、街頭パフォーマンスアートや署名運動、行政への情報公開申請などの手法で、さまざまなフェミニズム運動をおこなってきた「フェミニスト行動派」と呼ばれる若い女性たちの誕生に大きな役割を果たしたNGO)と「一元公社」が「BCome小組」を設立した。また、BCome小組は、下の5で述べるように、フェミニスト行動派とともに、さまざまな運動をしてきた。BCome小組は、行動派の中の一つの団体と言ってもいいかもしれない。

BCome小組のコーディネーターの艾可さんは、「私たちはいかなる大学・体制・組織機構からも離脱した、何もないところから作り上げた、独立したグループだと思う。最初からみんなが非常に自然に、自主決定・自己管理をして、一人ひとりのメンバーの主体性・独立性を尊重した運営方法を作り上げてきた。私たちには、指導教員も、映画監督も、指導者もおらず、各メンバーの主体性が体現されている」(22)と述べている。

BCome小組は、たしかに体制側の組織からは完全に独立していると言える。この点は、復旦大学の知和社とも似ているが、Bcome小組の場合は、大学内という枠組みからも脱している。そのかわりに運動体との結びつきが知和社よりさらに強いと言えそうだ。

2.劇の名称自体を変更――《陰道之道》と「Bcome」小組という名称について

2013年1月、BCome小組は、北京LGBTセンターで《陰道之道》の初演をおこなった。それ以来、2015年9月時点ですでに全国21カ所で上演をおこない、観衆の累計は3000人余りに達した(23)。その後も上演を継続している。

劇の名称について言えば、それまでも《ヴァギナ・モノローグス(陰道独白)》という名称を使わなかった団体はあった。けれど、それは、「陰道」という言葉を避けるためだった。しかし、BCome小組は、「陰道」という言葉を残したまま、劇の名称を変えたことに一つの特徴がある。

《陰道之道》という名称の由来については、艾可さんが、次のように述べている(24)

《陰道之道》は、《陰道独白》の理念を借用しているので、「陰道」という言葉を使っているが、「道」は、中国語では何重もの意味があり、《陰道之道》には以下のような意味が込められている。
・この劇の「道」とは、まず通路・パイプ、すなわち女特有の生理的器官であり、一つ一つの生命が必ず通る場所として理解できる。
・「道」はまた、「言う、表現する」という意味でもある。言うことができないものは、見ることができないものであり、承認されず、記憶されない。
・「之道」は、「知道(知っている)」と同音である。女性特有の性別記号として、陰道には独立した思考能力が付与されており、喜びと悲しみを知り、恥と痛みを知っているし、話したいことを持っている。

「Bcome」小組という名称も同じように多義的だという。
・BcomeとBecomeは同音であり、女性には自分になる権利があり、どのような格好をするかを決める権利があるという意味を持っている。
・Bと屄(おまんこ)は同音である。屄は陰道の俗語であり、ふざける、ないしは侮辱の意味を持っているが、Bcomeは、陰道が来た、陰道のオーガズムが来た、《陰道之道》が来たという意味を指している。

いずれも、ヴァギナを家父長制的なタブーから解放し、女性の性の自己決定権を強調するためのネーミングだと言えよう。

3.ワークショップで声を集めて脚本を作り、完全にオリジナルな脚本へ

《陰道之道》は、初演のときは、5幕が原作からの翻訳で、4幕がオリジナルだったが☆、その後オリジナルな内容を増やしてきた。

2013年6月には、以下のように、全11幕のうち、翻訳は3幕だけで、残りの8幕はオリジナルになった。

「ヴァギナ、私は言った」(オリジナル)
「初夜」(オリジナル)
「怒りのヴァギナ」(My Angry Vaginaの翻訳)
「自慰教室(自慰課堂)」(オリジナル)
「私のショートスカート」(My Short Skirtの翻訳)
「性暴力(性侵害)」(オリジナル)
「あえぎ(呻吟)」(オリジナル)
「老婦人」(A Six-Year-Old Girl Was Askedの翻訳)
「婊(娼妓、売女の意。ビッチ)」(オリジナル)
「月経」(オリジナル)
「産婦人科」(オリジナル) (25)

2014年版では、新しく3幕を創作して、すべてオリジナルな内容になった。

「プロローグ 私のヴァギナには話すことがある(引子, 我的陰道有話説)」(新しいオリジナル)
「初夜」(オリジナル)
「自慰教室(自慰課堂)」(オリジナル)
「性暴力(性侵害)」(オリジナル)
「あえぎ(呻吟)」(オリジナル)
「婊(娼妓、売女の意。bitch)」(オリジナル)
「月経」(オリジナル)
「セックスワーカー(性工作者)」(新しいオリジナル)
「道徳の法廷(道徳法廷)」(新しいオリジナル)
「産婦人科で」(オリジナル)(26)

。艾可さんによると、オリジナルの脚本の創作は、集団の知恵の結晶だという。Bcome小組は、ワークショップをおこなって、参加者にとって安全な空間で、自分や身の回りの人の経験を語り合ってもらい、その中からシナリオを作成している。そうすることによって、実際の話を集めることができ、中国のコンテクストに合った話になるので、観衆も共鳴しやすくなるという(27)

具体的に言えば、BCome小組の脚本の創作方法は、十数人でワークショップをし、みんなで1週間に2回集まって、3時間活動をするというものだ(28)

オリジナルな8幕のうち、6幕はこうしてワークショップによって誕生した。BCome小組の微博(中国版ツイッター)は、「創作の効率から見ると、ワークショップは遅いやり方だ。しかし、公演はプラットフォームにすぎない。重要なのは、私たちが演劇を通して、ジェンダーとセクシュアリティの教育の貴重な可能性を発掘することである。ワークショップは小組内部の青年に、自分を整理し、コンシャスネス・レイジングの貴重な成長の機会を提供するものである」と言っている(29)

以下、オリジナルな内容についていくつか具体的にご紹介すると、まず「初夜」を作成したのは、中国の女性の性解放にとって避けて通れないテーマが、初夜の神話を打ち破ることだからだという(とくに中国では、まだ処女性が重視される傾向が強いからだろう)。そのために、みんなが自分の初夜の話を出し合ったが、必ずしも「夜」の話にはならず、「初」も自分なりの定義が必要だった。また、自分と自分、女子学生と女子学生との間でも発生し、ときには愛と何の関係もなかったり、処女膜とさえ何の関係もなかったりするので、いったい何なのだろうか!? ということになった。艾可さんは、そうした議論の中から、自分が解放されたと感じた。すなわち、自分の中で、「初夜」や「処女」が、砂洲に書かれた人の顔が潮汐と海風によって消え去るように、それらの概念とその背景にある価値観も消え去ったという。艾さんは、「初めて本を読んだときや、初めて日の出を見たとき、初めて皮膚に傷を負ったときについては、私たちはそれらを命名したことはない。初夜とは結局何なのか?」と言う。

また、「性暴力」では、大京さんが強姦犯の役を創作して、そのモノローグの中で、多くの男性の(無)意識を表現した。この一幕も、ワークショップの中で話し合った強姦神話にもとづいているという。

「自慰教室」は、肖美麗が多くの人の話を集めて創作し、演じた。

「よがる(呻吟)」は、従来のバージョンでは、顔を出さずに声だけを出していたのを、二人の漫才のようにして、笑いを誘うものにしたという。肖美麗さんと大京さんとの掛け合いだが、この一幕は、みんなで頭を突き合わせて、明りを消して、束縛を破って、努力して声を出したワークショップにもとづいているようだ。

「婊」については、当時「緑茶婊(清純そうに見える売女)」という女性を侮辱する言葉がはやっていたのに対して、そうした「良い女」を押し付ける規範と闘い、中国独自の「婊子宣言(bitch manifesto)」を発表して、この一幕を創作したという。

「月経」は、一人のレズビアンのT(タチ)、一人の女の子、一人のトランスジェンダーの月経の話である。この一幕では、月経は霊長類のメスにはみなある現象で、そこには何の汚名も羞恥も存在しないことや、月経は、情欲や性的指向、性自認の実現を阻止することはできないことを訴えているという。

冒頭の「ヴァギナ、私は言った」も、ずっと英語版から借用してきたのをやめて、自分の「Say It」を創作することによって、自分の言葉でヴァギナを禁句ではなくし、名を正したという(30)

なお、ワークショップによって脚本を作っていくという手法は、他の団体もおこなっている可能性がかなりあると思うが、BCome小組はこの手法について詳しく述べているので、ここでご紹介した。

4.社会的事件にも対応

Bcome小組の脚本のもう一つの特徴は、ホットな社会的問題に関心を持ち、取り上げることだという。たとえば、遼寧省瀋陽市の馬三家女子労働矯正(劳动教养)所での拷問が暴露された時には、それを取り上げた(31)。また、先に述べた通り、インターネットで「緑茶婊(清純そうに見える売女)」という言葉がはやった時に、「婊」を創作した。

5.街頭などで社会運動も

BCome小組のメンバーは、街頭パフォーマンスアートなどの方法で社会運動もおこなってきた。

毎年おこなってきたのが、11月25日(女性に対する暴力撤廃国際デー)の当日または前日の北京の地下鉄でのパフォーマンスである。

・2012月11月25日、北京の地下鉄の車両内で数人の若い女性がフラッシュモブをおこない、《ヴァギナ・モノローグス》の中の「私のショートスカート」の一幕を演じた。その目的は、痴漢を被害者の女性の服装のせいにする言説に反撃することと、実効ある反DV法制定のための署名を呼びかけることにあった(写真→「阴道独白 北京地铁”快闪“」女声网2012-11-30来源: 新浪微博@女权之声)

・2013年11月24日には、10人余りの女性が北京の地下鉄の車両内で、BCome小組が作った《あなたは女が歌っているのが聞こえるか?(女の歌)》(レ・ミゼラブルの中の《民衆の歌》の替歌)というフェミニズムの歌を歌い、女性に対する暴力反対を訴えた(32)

・2014年11月25日には、北京の地下鉄で、白雪姫と白娘子(『白蛇伝』に登場するヒロイン)とマリリン・モンロー(33)のコスプレをして、《あなたは女が歌っているのが聞こえるか?(女の歌)》のDV反対バージョンを歌い、DV反対を訴えた(写真→「女大学生地铁cosplay 呼吁关注反家暴立法」女声网2014年12月2日。本ブログの記事「家庭内暴力防止法の草案発表、草案に対するさまざまな意見と活動」の六、参照)。

・2015年11月25日にも、北京の地下鉄の車両内で《あなたは女が歌っているのが聞こえるか?(女の歌)》を歌い、女性に対する暴力反対を訴えるチラシを配布した(34)

また、以下のような活動もしている。

・2012年11月、一部のメンバーが微博上で裸の上半身に訴えを書いた写真を公表して、実効ある反DV法制定のための署名を呼びかけた(以上については、本ブログの記事「DV防止法の制定プロセスと内容に民間の関与など求める1万人署名運動」「DV防止法制定に関する署名1万2000筆に達し、全人代などに提出」参照)

・2013年5月16日(国際反ホモフォビアデーの前日)には、BCome小組と北京LGBTセンターとが共同で、北京で3組の若い女性カップルがキスしているところに、通りがかった男性が「同性愛は死ね」と言うと、3組のカップルが倒れるというパフォーマンスアートをおこなった(写真→「年轻女孩“快闪”“装死”反对同性恋歧视」女声网2013年5月20日)。

・2013年5月、海南省で小学校の校長が生徒たちをホテルに連れ込む性暴力事件が明るみに出た。それに対して、葉海燕さん(エイズ感染者やセックスワーカーの支援者)が、「私をホテルに連れ込め、小学生は解放しろ」というスローガンを掲げて抗議行動を続けたが、警察に拘留された。それに対して、BCome小組のメンバーは、警察や婦女連合会に葉書を送って葉の釈放を求めた(写真:「声援叶海燕,寄出明信片 围观即是力量,表态亦能声援」2013年5月31日。また、本ブログの記事「海南万寧の女子小学生の性侵害事件と女性運動」参照)

艾さんは、「私たちは行動によって方向付けをするグループであり、《陰道之道》を社会運動として、その活動によってできるだけ社会を変えていきたい」(35)と語っている。

6.「演劇、コンシャスネス・レイジング、社会運動の三位一体」

(1)演劇の素人が演技をすることにより自己変革――艾可さんの場合

この点は、他の団体にも多かれ少なかれ言えることだが、Bcome小組については、とくに艾可さんらが自らの経験を詳しく書いておられるので、以下ご紹介する。

Bcome小組のメンバーには、公演の経験がなかった。しかし、戢航さんが小組を作った初志は、公演をすることではなく、創作と練習を通じてメンバーたちが自己を省みることだったので、演技に対しては特別の要求はなかった。艾可さんも、公演の中で磨かれたのは、演技だけでなく、身体と内心に対する自省だったと述べている。

艾さんは、演技の中で、身体がたえず自己解放されたという。「よがる」演技も、最初は非常に堅苦しいものだったが、掛け合いの中でリラックスし、観衆の反応が熱烈だったので、演じれば演じるほど熱が入り、伸び伸びとできるようになった。よがることは女性特有の表現で、エクスタシーと密接に関係しており、単なる悦びではなく、感情を晴らすことであり、言葉であり、力であり、抗争でさえあるという。最も重要なことは、そのよがりは、AVの中の男のご機嫌をとるための標準的な声ではなく、身体の中の別の一つの自己の存在だということだという(36)

艾さん自身は、BCome小組から得たものについて、以下のようにも述べている。艾さんの話は、2012年11月25日に北京地下鉄の車両内でフラッシュモブをして、「私のショートスカート」を演じたときのことから始まる。

私の身体は硬直し、表情は堅く、声は震えている状態だった。しかし、奇妙なことに、私たちが続けて4回演技したら、その4つの列車の車両の中で、私たちはみんなずっと興奮していたのだ。私たちが口を開き、第一声を上げたら、夢中になってやめられなくなった。このフラッシュモブの訴え――地下鉄の痴漢に反撃し、反DV立法1万人署名を促進すること――が私たちを興奮させたほかに、私は、これは、私が成人して以後、初めて公共空間で、みんなの前に立って、声をあげた――私はストッキングとショートスカートをまとって、大声で「私のショートスカートは、何も求めていない!」と大声で言った――のだということを発見した。それによって感じたことは言葉にしにくいが、私は力を持ったという感じがした。それまでの客体が何も恐れない主体に変わって、女性の身体が公共空間を占領したという誇りと解放を感じた。

私たちのグループは単なる公演グループではない。公演をするほかに、コンシャスネス・レイジングの過程で、感情の面で助け合う親密な関係を持っており、ずっとさまざまな社会運動にも参加している。最初から勇敢な人は誰もいない。もし愛すべき仲間たちのお互いの励ましとサポートがなければ、私たちは、舞台でも、大通りでも、公演やアクションはできなかった。

一回一回公演をし、その間にさまざまなアクションをやり、さまざまな生活の中での変革や自らに対する反省をするにつれて、私たちは舞台の上でも自信を持ち、勇敢になった。舞台に出て、女性の生活の経験を演じ、かつて発したことのない声を発したことは、深い解放であり、そのことは必然的に生活という舞台にも延長された。

もし《陰道之道》の創作と公演に参加していなければ、私は多くのことを知らなかっただろう。
・小学校の前に、マスターベーションによってエクスタシーを得ていたことを。
・この彼女も、あの彼女も、その彼女も、パートナーの有無にかかわらず、性的に独立した娘であることを。
・私のかつての長年の「性の悦び」は、実際は主体的に切り開いた情欲の空間ではまったくなかったことを。終始男の体の下で(姿勢とは関係ない)、客体的な受容者だった。私は自己を探索・発掘して、本当に性を魅力的な日常のこととして実践することを習得した。
・私は、月経によって女性が劣ったものにされる状況を脱し、事務室で大声でナプキンを借りるようになり、トイレに行くときも隠さなくなった。
・私は心から自分の身体を愛しはじめ、もうブラジャーによって乳房を高くしなくなった。
・たとえジェンダー意識とフェミニズム理論に啓発されても、自己の反省と解放は依然として絶えず進行するプロセスであり、絶えずさまざまな面から浸透する男権的生活世界に対して、敏感であり続けなければならない。

私は知らなかった。大学を卒業して3年後になっても、愛すべき友だちと仲間を得られることを。彼らは誠実で、熱心で、若く、勇敢で、自由である。同じ意識と信念によって私たちは一つに結びついている。(37)

(2)「演劇、コンシャスネス・レイジング、社会運動の三位一体」

Bcome小組は、2014年9月に新メンバーを募集したとき、自らについて「演劇の創作と上演、コンシャスネス・レイジング、社会運動が三位一体になった青年のボランティア団体」だと述べている(38)。Bcome小組の活動について以上でご紹介したことから、たしかにそのように言えることはおわかりいただけるのではないだろうか。

7.セックスワーカーを含む社会的に弱い立場の女性との連帯

すでに知和社、海狸社が、レズビアン、ゲイの妻(同妻)、トランスジェンダーを取り上げていたが、BCome小組は、トランスジェンダーやレズビアンに加えて、セックスワーカーという社会的に弱い立場の女性の問題を取り上げている。

2014年版の《陰道之道》の「セックスワーカー」という幕については、2013年4月、BCome小組が取材を開始し、9月には天津信愛セックスワーカーコミュニティに行って、みんなで[《陰道之道》の?]ビデオを見て、ワークショップをして共同で創作をし、草稿を2回書き、討論を数回して、脚本を確定したという(39)

さらに、2014年4月には、BCome小組は、北京の皮区の「新工人劇場」という農村からの移住労働者のための劇場に行って、最新版の《陰道之道》を上演した。この上演は、地区の労働者に開放して、入場券は不要とした(40)。このように、農村からの移住労働者との連帯もはかっている。

8.当局の検閲

艾さんによると、BCome小組の《陰道之道》も、厦門の某大学のグループが大学に上演の場所を使用する申請をしたところ、学校側に拒絶されたという。これまで《陰道之道》の上演をおこなうことができた大学はメディア大学だけであり、自分たちはもっと大学生のために上演したいのだが、こうしたタイプの演劇を大学でするのは難しいという。また、一般に、比較的大きな劇場では、上演の前に文化局に脚本の審査を受けなければならず、艾さんたちも申請したが、審査に通らなかったので、艾さんたちは、事前に審査を受けなくもいい劇場やバーで上演しているという(41)

9.他グループも、《陰道之道》の脚本を採用

たとえば、復旦大学の知和社の「性暴力(性侵害)」の部分のシナリオは、BCome小組のものを用いた(42)

また、後に述べるような反響を巻き起こした北京外国語大学のフェミニズム課程の女子学生たちにも、BCome小組は大きな影響を与えた。2013年10月21日、BCome小組は、北京外国語大学に行って、北外性別行動小組がヴァギナ・モノローグスを練習するのに協力したが、大部分の幕では、BComeが創作した《陰道之道》の脚本を使用したという。北京外国語大学の学生たちはとても熱心で、練習の過程でも、多くのジェンダーとセクシュアリティについての疑問を出したと書かれている(43)。さらに、11月30日と12月1日、BCome小組2.0メンバーが、《陰道之道》上演したが、その中の「婊」は、北外性別行動小組と共同で創作したものだった(44)

2013年12月には、汕頭大学の橘子社が汕大版《陰道独白》初演をおこなったが、これも、BCome小組の脚本を改編したものを使っている。ただし、翌年は橘子社オリジナルの一幕を加えており(45)、BCome小組のものを墨守しているわけではない。

このように、BCome小組の脚本と活動は、他の団体にも影響を与え、他の団体は(ときにBCome小組と共同で)それをさらに発展させているという関係にあると言えよう。

以上で述べたところから、BCome小組と《陰道之道》については、以下のことが言えるのではないかと思う。

10.小括

(1)《ヴァギナ・モノローグス》上演運動の一つの到達点としての《陰道之道》?

BCome小組と《陰道之道》は、上で述べたように完全にオリジナル脚本を作ったこと、若者たちが完全に独立して活動していること、演劇の素人がコンシャスネス・レイジングなどの自己変革をしていること、街頭行動を含む社会運動とのつながりの強さなどにおいて、中国版《ヴァギナ・モノローグス》上演運動の到達点の一つを示していると言えるのではないかと思う。上演回数も多く、他団体でも上演されていることは、その影響力の大きさも示している。

また、BCome小組は、単に女性に対する性暴力に反対するだけでなく、「よがる(呻吟)」演技を顔を出しておこなったり、「自慰」を取り上げるなど、女性の性的要求も積極的に取り上げている。BCome小組がその流れに属する「フェミニスト行動派」の運動全体がそうであり、たとえば、それは「私はふしだらでもいいが、あんたのセクハラは許さない」というスローガンにそれは見られるし、彼女たちは「性のよろこび」にもたびたび言及している。また、「フェミニスト行動派」は、最初の街頭パフォーマンスアートがバレンタインデーに血染め(のように見える)ウェデングドレスを着てDV反対を訴えたことであることに見られるように、ロマンティック・ラブには批判的である。

また、セクシュアル・マイノリティやセックスワーカーとの連帯がはかられている点も重要だ。

また、「性暴力」の箇所での強姦犯と「月経」の箇所でのトランスジェンダー(MtF)を、(生物学的意味での)男性が演じたことは、劇への男性の登場という意味で興味深い。

(2)当初の中国版上演および、その後の展開にも含まれていた試みの発展

ただし、一‐3、4で述べたように、2003年に初の中国版《ヴァギナ・モノローグス》を上演した際から、それを中国に根差したオリジナルなものにする実践は始まっており、中国内部の差異についても目が向けられていた。

また、2003年の上演も、DV反対ネットワーク主催であり、黄静事件に対する取り組みのような社会運動とも結びつけられていた。また、出演者が、自分の身体についての認識を新たにするなど、意識変革もなされていた。

また、艾暁明さんや卜衛さん、陳明侠さんは、当初から、《ヴァギナ・モノローグス》のテーマには、単に女性に対する暴力に反対することだけでなく、女性の性や身体、欲望を肯定することが含まれていることに注目していた。また、卜衛さんは、V-Dayの運動がバレンタインデーを起点としており、親密な関係の間の暴力を問題にしていたことに注目していた。

さらに、卜衛さんは、《ヴァギナ・モノローグス》のような演劇などの創造的な活動は、若い人々を引き付けることにも注目していたが、フェミニスト行動派の活動は、BCome小組の活動と密接に結びついて展開してきたし、その活動手法の最大の特徴である街頭パフォーンスアートはまさに若い人々が創造的に作り上げたものだった。

また、トランスジェンダーを含むセクシュアル・マイノリティを取り上げたのも、けっしてBCome小組が初めてではなく、少なくとも知和社、海狸社がすでに取り上げていた。また、艾暁明さんの「ジェンダー教育フォーラム」自体が、セックスワーカーまで含めたセクシュアリティの問題や多様性を志向していたことも見逃してはならないだろう。

また、BCome小組が男性を位置付けたといっても、それは2003年に艾暁明さんが述べた意味では女性を主役にしつつも、そのうえで男性を登場させたという意味では2003年版のある種の発展と言えるように思う。

とはいえ、もちろんBCome小組が、より若者が中心になって、より主体的に社会運動をしたことや、若者たちが脚本づくりの過程から主体性を発揮し、その過程からコンシャスネスレイジングをしていたこと、街頭行動をしたこと(公共の場で演じたインパクトについては艾可さんの文を見ても明らかである)、セクシュアル・マイノリティに加えて、セックスワーカーとも共同で脚本を作ったことなどの意義は大きいと言えよう。

五 山泉劇社の《将陰道独白到底》

2003年に《ヴァギナ・モノローグス(陰道独白)》を初めて上演した中山大学ジェンダー教育フォーラムは、2013年に、その10周年を迎えようとしていた。2003年は《陰道独白》の監督の一人だった宋素鳳さんは副教授になり、ジェンダー教育フォーラムの責任者にもなっていた。また、当時学生だった柯倩婷さんも、中山大学の副教授になっていた。2人は、《陰道独白》を新たに上演することに決め、2012年12月、劇組を作った。

1.学生たちが取材をして脚本を作成

2人が学生たちに前回の上演の記録を見せると、反応は非常に良かった。しかし、当時とは性意識が変化したこともあり、月経や初潮、性抑圧などの箇所はあまりピンとこないようだった。そこで、もう一度取材をすることに決めた(46)

2人は4カ月の時間をかけて、学生たちに《ヴァギナ・モノローグス》を上演する意義や、異なる年齢・学歴の女性からも話を聞くことの意義を教えた。2人は、ワークショップなどもおこなって、学生たちに取材の方法についても教えた(47)

その後、30人余りの学生が各地で取材をおこなった。多くの学生たちは、避妊のために「リングを付けた」際の傷害(中国では、多くの農村で、避妊の方法としてIUD装着または卵管結紮が一律に女性に強制されているうえ、中国国内で使用されているIUDの製品の質の低さ、取り扱う末端の人員の教育の不十分さ、IUDを装着した後のアフターケアがないことなどのために女性の身体が傷害を負っている。この件については、本ブログの記事「計画出産政策における女性の人権侵害に対するさまざまな抗議」参照)について驚いた。性抑圧に関しては、暴力を振るわれた経験や女性同性愛者の苦悩についての話などが集まった(48)

2.完全にオリジナルな脚本にし、劇の名称自体も変更

2013年4月12日、彼女たちは、《将陰道独白到底》を中山大学の中国文学専攻の中文堂で上演した。「脚本はもう直接の訳本ではなく、まったく新しい本土化した創作」(49)になり、名称も、《陰道独白》から《将陰道独白到底》(「将」は、「~を」という意味なので、「とことん陰道独白」「徹底的に陰道独白」といった意味であろう)に改めた。

また、中山大学ジェンダー教育フォーラムの「『将陰道独白到底』劇組」という名称も、のちに「山泉文化芸術劇社(山泉劇社)」と改めた。

3.中国女性のライフサイクルに沿った脚本、社会的事件にも対応

4月12日の上演の構成は、以下のようであった(50)

1.陰道之歌(オリジナル)
2.私は大きくなった (遠山注[以下同じ]:初潮の話)(オリジナル)
3.私は私の女児が心配だ (母親の女児に対する期待と心配の話)(オリジナル)
4.しいっ、怪獣が出没する (セクハラの話)(オリジナル)
5.No! 私は言わなければならない (性暴力の話)(オリジナル)
6.殴るな! (暴力の話)(オリジナル)
7.彼を殺した。私は話をしたくない。(DVが原因になった夫殺しの話)(オリジナル)
8.婚前恐「リング」症 (IUD装着強制による身体に対する傷害の話)(オリジナル)
9.男の子、それとも女の子? (出産における男児選好の話)(オリジナル)
10.モノローグは一つじゃない。(オリジナル)

《将陰道独白到底》の核心は、中国の女性として、中国で生まれ育つことだという。誕生して、成長し、ボーイフレンドまたはガールフレンドと恋愛をし、結婚すべきかどうかに悩み、結婚した場合は、産児制限や出産の問題にぶつかる。そうしたライフサイクルの枠組み用いて、実際にあった話を脚本の基礎に置いたという。それとともに、現今の社会的事件、たとえばKimがDVの被害に遭った事件、宋山木グループの総裁・宋山木によるセクハラ事件、李彦がDV夫を殺した事件にも応答するような内容にした(51)

4.農村でも取材して、農村女性の出産をめぐる苦悩を演じ、広東語に翻訳して農村でも公演

2013年7月8日~9日には、劇組の9人が珠海斗門新村に行って、村民たちの前で公演をおこなった。劇組は、劇中の標準語をあらかじめ広東語に翻訳してから、上演した。

出発前、劇組の女性たちに対して、「農村でこんなタイトルの劇をして、村民たちに殴られるのが怖くないのか?」と尋ねる人もいた。しかし、村に行ってみると、むしろ都市と違って、農村の男たちは自然に「陰道」と言っており、女性たちは驚いた。

演じたのは、「婚前恐『リング』症」と「男の子、それとも女の子?」という、農村の女性の出産に関する箇所だった。

「婚前恐『リング』症」は、カップルが結婚についての話す中で、IUDによって生じるかもしれない後遺症を心配しつつ、それを避けようとすれば政策の隙を見つけなければならないという状況を語るものだ。

「男の子、それとも女の子?」は、二人の農婦が登場する。男児選好の習慣によって、1人は、4人女児を産んだのに、そのうち3人を野菜市場などに置き去りにするなどして捨てた。もう1人は、8回続けて女児しか生まれなかったので、息子が生まれるまで、9人もの子どもを産み続けなければならなかった。

《将陰道独白到底》の中の多くの話は、上演した村では、極めて自然に、身近にも起きている多くの女性も体験している真実として受け止められた。こうしたことは都市の人には理解しにくい。たとえば、続けて8人休みなく出産したために、子宮が膣から飛び出す「子宮脱」になったり、女性のIUDが身体に食い込んで臭気を発し爛れるといったことは、都市の人にはものすごく極端な否定的事例だと思われる。しかし、劇団のメンバーは、村で上演の次の日には、連続して9人女児を産んだ事例は他にも実際にあったという話を聞いたりしている。

ただ、劇団の女性たちは、村民たちが劇の途中で自由に出入りするなど、観劇の習慣の違いにはいささか驚いた。また、村民は、現代的な劇には慣れておらず、複雑な「言外の意」を読み取ることが必要な箇所は十分理解されなかったといった齟齬はあった。そうした点については、劇団の女性たちは、農村の習慣は尊重しつつも、自分たちのセリフなどに改善すべき点があると考えたようだ(52)

5.当局による検閲

2014年4月3日には香港中文大学、4日に香港大学でも公演をした(53)。そして、4月28日には、中山大学城校区明徳学生活動センターでの公演をすることになり、すでに許可も得て、前日の午前中には使用料金も納めた。しかし、その午後、許可が取り消された(54)

6.小括

山泉劇社の《将陰道独白到底》も、BCome小組の《陰道之道》同様、まったくのオリジナルの脚本を作成し、劇のタイトル自体を変えたという点が共通している。BCome小組も山泉劇社も、公演が取り消されたことがあることも同じである。

ただし、オリジナルな脚本の作成のやり方や劇のモチーフには相違もある。

また、山泉劇社の場合は、農村でも取材をして出産の問題を取り上げて、農村でも公演をおこなったという点が、大きな特色である。

また、2003年の中山大学での上演も、すでにオリジナルな内容として、農村の「子捨て」問題を扱って、農村女性の出産とジェンダーの問題を取り上げていた。山泉劇社は、それをさらに発展させたとも言いうる。

六 北京外大ジェンダー行動グループの「私のヴァギナは言う」活動への攻撃

1.授業の課題として《陰道之道》上演

北京外国語大学の教員の李今朝さんは、「ジェンダーと社会」課程の中で、《ヴァギナ・モノローグス》の上演を学生たちの課題にした。李さんがその上演を課題にした目的は、学生に、その中の概念・理論を、生活の中の現実・体験と結びつけさせ、生きた学習方法を開拓させたかったからである。また、より多くの人にフェミニズムの問題について考えてほしかったからである。その際、李さんは脚本として、英語の翻訳版ではなく、中国の現在のコンテクストに合っているという理由から、BCome小組が作成した《陰道之道》を選んだ。

この公演は、2013年の北京外大の女子学生節の一部であり、主催機関は大学の共産主義青年団の委員会であり、共催が学生会の女子学生部であった。劇の名前や脚本、公演の時間と場所についても、事前に共産主義青年団の委員会と学生会が審査し、それらの許可を得ていた。

2.学生たちの活動とそれに対する攻撃

学生たちは、劇の宣伝のために、「人人網」というウェブサイトに「北京外国語大学ジェンダー行動グループ(北外性別行動小組)」と命名したサイトを開設して、劇の背景やポイントを説明し、劇のセリフや練習の日誌を掲載した。その一環として、11月4日、17人の学生が、それぞれ白いボードの上に、たとえば以下のような、「私のヴァギナは言う」と題したセリフを掲げた写真を掲載した。
「私のヴァギナは言う:自由を!」
「私のヴァギナは言う:尊重を!」
「私のヴァギナは言う:私が入れるものならば、何でも入れる」
「私のヴァギナは言う:初夜はクソ(屁)である」
「私のヴァギナは言う:私はみだらでもいいが、あんたのセクハラは許さない」

11月7日の公演自体は無事に終わった。

しかし、同日、「成都全捜索」というサイトが、女子大学生の発言の中から、わざと「私が入れるものならば、何でも入れる」「初夜はクソ(屁)である」といった、異論が多そうなものを掲載した。そのサイトは、それらが《ヴァギナ・モノローグス》の中のセリフであることや「ジェンダー行動グループ」によるものであることも説明せず、単に「北京外大の女子学生」の発言として囃したてた。

それは多くのサイトに転載され、その結果、あくどい攻撃や悪口が氾濫した。最も多かったのは女子学生の容姿への攻撃だった。次に多かったのが、「恥知らず」といった性道徳についての攻撃だった。

11月8日、そうした攻撃に対抗して、フェミニストNGO「女性メディアモニターネットワーク」の「女権之声」の微博が、新しい一連の「私のヴァギナは言う」と題する写真を発表した。それは、同ネットワークの職員やBCome小組のメンバーが発表したものであり、女子学生たちに声援を送ることを意図していた。週末には、さらに多くの写真を発表した。男性も「あなたのヴァギナが言えば、私はまじめに聴く」「ヴァギナへ:あなたの言うことを聴くだけでなく、あなたと父権の枷を打ち破りたい」といったメッセージを寄せた(55)

3.事件についての艾暁明さんの評論

中国で最初に《ヴァギナ・モノローグス》を上演した艾暁明さんは、おおむね次のように述べた(56)

女子学生たちが掲げたスローガンは、みな女性の意志――性を含めた生活の各面における自主権を主張するものであり、本来常識であるべきことだ。しかし、ミソジニー文化が社会に存在しているため、彼らは、女性の声を「本能」的に排斥するのだ。

「私のヴァギナは言う:私が入れたいものを入れる」などの言葉は、不意に聞けば唐突だし、デタラメなものと見なされやすい。しかし、その背景には文化的立場があるのであり、そうした立場に立たず、そうした視点で考えない者には、デタラメなものだと感じられるのだ。

「私の手足については、私が決める」と聞いても、デタラメだとは感じないのに、「私のヴァギナについては、私が決める」と言うと、彼らは奇妙に感じる。私たちは、「ヴァギナはそれを持っている人が決めないのならば、他の人によって決められなければならないのか?」と反問する。

なぜ私たちのこの社会にこんなに強姦と性暴力が多いのか? それは、「ヴァギナは戦利品であり、生まれつき他の人の捕虜にならなければならないものだ」という普遍的な前提があるからだ。

ヴァギナの劇を上演するのは小さなことで、一つの劇にすぎないだろうか? しかし、小さなことではないとも考えられる。私たちには、この社会がこんなにも女性の声を拒否していて、女が自分の話をするのをこんなにも聞きたくなくて、こんなにも、女が性や自分の身体の一部をはっきりと口に出すことを嫌がっているということがわかる。

《ヴァギナ・モノローグス》は「自由な性」と「暴力的な性」という2つのテーマに関わっており、多元的な性にも関わっている。「ヴァギナ」という文字だけを捉えてはならず、脚本と劇を見なければならない。空中戦の討論は具体的な文脈を離れて、本質を歪曲しやすい。

4.「処女と妓女は姉妹である」というスローガン

学生たちに対する非難・攻撃の中に、「人と動物には区別がある! もしどうしても主張しなければならないのならば、妓女がやらなければならない」というものがあった。

それに対して、BCome小組の「小五三三」さんは、微博で、「妓女でなければヴァギナの物語がないのではない。『物傷其類』[=動物が、同類が不幸にあったら悲しむこと。転じて、人が、仲間が打撃を受けたために悲しむこと]という、道理を同じくし運命を共にするという同情の心、『処女と妓女は姉妹である』という女性の情誼、『女に祖国はない』という豪壮な気持ちが、度量が狭い人にどうしてわかろうか」と応答した(57)

この発信は、かなりの人に転載され、知られるようになった。

翌年2月、中国中央テレビが広東省東莞で売買春が蔓延している状況を放送したとき、多くのセックスワーカーの顔がわかる画像を放映した。それに対して、北京・武漢・広州の街頭で若い女性が、3~5人ずつ、「セックスワークも仕事だ。セックスワーカーにも尊厳がある」というプラカードを掲げ、モザイクをかけた顔写真のお面をかぶって、画面にモザイクをかけるよう訴えた(写真→「情人节北广武多地女青年上街呼吁:请给性工作者打上马赛克」女声网2014年2月14日[来源: 邮件])。その際、この活動をおこなった猪西西さんと酸小辣さんは、北京外大の事件に際して「処女と妓女は姉妹である」というスローガンが強調されたことを語っている(本ブログの記事「東莞のセックスワーカーに対するメディアなどの人権侵害についてのフェミニストらの抗議」も参照)。

以上の点から見ると、この北京外大の女子学生の活動とそれに対する反撃は、処女と妓女というふうに女性をを分断する発想を批判する上でも意味があったと言えそうだ。

七 フェミニスト活動家5女性刑事拘留後の活動

2015年3月~4月、フェミニスト行動派の活動家5女性が刑事拘留されるという事件が起きた。このときには、イヴ・エンスラーも、「One Billion Rising」という女性に対する暴力に反対する団体が、弾圧を批判し、中国大使館前での抗議を呼びかけた声明に加わった(58)

5人は釈放されたが、その後も中国のフェミニズム運動は、刑事拘留前に比べて活動が困難になったことは否めない。《ヴァギナ・モノローグス》上演活動も、一時は沈滞したようだ。

1.BCome小組

BCome小組は、2015年7月16日に公演をおこなったが、それは、北京フランス文化センターというフランス大使館管理下の施設においてであった。また、この夏の公演はこの1回だった(59)

しかし、9月26日には、BCome小組は新メンバーを募集している(60)。その後、同小組の微博は、新メンバーを加えての活動を毎週報じはじめた(61)。今年になってからは脚本の創作活動も報じており(62)、さらに新しいバージョンを作ろうとしているようだ。

また、2015年11月14日のBCome小組の微博では、「現在、反逼婚(家族や社会からの結婚強要・結婚催促に反対すること)クラウドファンディングを討論している」と述べられており(63)、2016年の新メンバー募集の広告にも、「今年、私たちはクラウドファンディングをして、中国史上初めて、北京で最もにぎやかな地下鉄の駅に反逼婚公共広告を掲示した」(64)と書かれている(この運動に関しては後述)。

このように、BCome小組は、現在も上演活動を進めつつ、社会運動にも関わっている。

ただし、権力などに対する警戒は怠っていないようだ。今年7月23日と24日の公演がネットで予告されたが、場所に関しては「申し込みが成功した後にショートメールの形で通知する」となっていた(65)。この公演は成功したようで、24日には観客たちと出演者がおおぜいで交流する写真を掲載しているが、それを見ると、北京LGBTセンターの文字とシンボルマークが見える(66)

2.知和社、山泉劇社

知和社や山泉劇社も、新しくメンバーを募集している。

2016年3月、知和社がメンバーを募集し、その中で毎年の活動として《陰道独白》上演を挙げている(67)

山泉劇社も、2015年11月、メンバーを募集している。その中で、自らは「演劇によってジェンダー平等+コミュニティ活動」をするグループであり、「女性」「フェミニスト」「セクシュアル・マイノリティ(LGBTQ)」のどれかにあてはる人を優先するとしている(68)

3.広州のF女権小組(Fフェミニストグループ)

F女権小組とは、「広州の最も酷(クール)で婊(bitch)なフェミニストグループ」を自称しており、「FとはFeministであり、FとはFuckである」という(69)

F女権小組は、最初は、2015年10月に、肖美麗さんがメンバーを募集して作ったようだ。その際には、「F女権小組」は「主に演劇と文化活動をつうじて、ジェンダー理念を伝達し、自我の成長といささかの変革の実現を望むフェミニズムグループである」と述べられおり(70)、やや社会運動については控え目ながらも、BCome小組と同様[三位一体」の活動をめざしているように見える。

実際、2015年10月、BCome小組の微博が新メンバーを募集したとき、多くの人から「北京在住ではないけれど、どうやって参加すればいいのか?」という私信が来た際、それに対してBCome小組の微博は、「広州の若者たちが加入しているF女権小組を公に推薦する」と回答している(71)

F女権小組は、2016年1月23日、《陰道之道》の公演をおこなった。その際の構成を見ると、BCome小組の《陰道之道》と同じく、「自慰教室」「セックスワーカー」「婊」などの一幕がある。F女権小組の脚本も、すべて実際にあったことをアレンジしたものだそうだ。

「セックスワーカー」の一幕は、貧困のためにセックスワークをさせられている女性ではなく、金を早く稼いで、自分の生活を変えるためにセックスワークをしている女性が出てくる。しかし、彼女たちも、すべてのセックスワーカーと同様、客の暴力(強姦、殴打、強盗)にあっている。しかも、それを警察に届け出たら、逆に「収容教育」によって半年間強制労働をさせられる。これらは、マスコミが報じない情報だ。

ただし、BCome小組バージョンと違って、F女権小組バージョンは、新しく発表された二胎政策(夫婦に2人目の出産を認める政策)を扱った一幕を増やしたという(72)

同年7月には夏季公演もおこなっている。

また、F女権小組は、「深圳緑色薔薇女工サービスセンター(深圳绿色蔷薇女工服务中心)」という、女性労働者の中でも周縁的地位にいる女性たちを支援するソーシャルワークをするNGOに出かけて、女性労働者の演劇のワークショップもしている(73)。このように、立場の弱い女性と結びつく努力もしているようようだ(73)

また、先にも少し触れたが、2016年3月、F女権小組は、広州地下鉄の駅に痴漢反対の公益広告を出すためのクラウドファンディング始め(4月27日までに3.8万元集める)、4月28日に、3人の青年が広州市交通管理委員会陳情事務局に痴漢反対の宣伝をするよう申し入れ、自作のポスターを提案した(「本ブログの記事「広州地下鉄にクラウドファンディングによって痴漢反対ポスターを掲示する試みなど――2016年の女性たちの公共交通での痴漢反対運動」参照)。

その他にもF女権小組は、読書会、映画鑑賞会、パーティー、サロンなどさまざまな活動をしている。

4.Vagina Project

2016年3月には、陳瑶(青陽)さんら3人が「Vagina Project」という活動を始めた。彼女たちは、60人余りのさまざまな教育水準、さまざま年齢、さまざまな職業、さまざまな性的指向の女性とトランスジェンダーに取材して、陳瑶さんが《陰道説(ヴァギナは言う)》という脚本を書いた。

これも、すべて中国の実際の話にもとづくオリジナルなものである。具体的内容は不明だが、以下の8幕からなる(74)

「私のヴァギナは桃源郷だ」
「私のヴァギナは灰桃色だ」
「私のヴァギナは湿気が多い春だ」
「成人用品店と葬儀場」
「ヴァギナとヴァギナのシュールレアリスム」
「飛び回るベッド」
「私は彼女がほしい(ほしくない)」
「私は熱帯雨林でヴァギナをさらす」

「Vagina Project」に加入した大学の団体または学生は、その脚本の使用権を得ることができるという。すでにこのプロジェクトには、精華大学Purple、復旦大学知和社、北京大学ColorsWorld、浙江大学杭州クィアフォーラム、中山大学レインボー小組、寧波ノッチンガム大学Diversity、北京理工大学クィアビットが参加している(75)

2016年12月9-11日には、北京大学生Fringe芸術祭の中のイベントとして、北京の間隔年小劇場で公演がおこなわれた(76)

以上、全体として、《ヴァギナ・モノローグス》上演運動は、行動派の五女性の刑事拘留の後も活発さを取り戻しているように見える。むしろF女権小組やVagina Projectのような新たな活動が始まっている。

おわりに

以上より、2003年から始まった中国版《ヴァギナ・モノローグス》上演運動は、その後、さまざまな面で新しい発展してきたこと、その中には2003年当初からの志向を継承している面もあることがわかる。原作を乗り越えて、中国に根差したものにしたこと、農村、セックスワーカー、セクシュアル・マイノリティにも注目すること、芸術家の演劇ではなく、コンシャスネス・レイジングや女性運動と結びついたことなどが特に注目される。担い手は劇団によって異なるが、大学の教員や学生、若い女性たちがそれぞれ力を発揮している。

上演運動に際しては、当局がしばしば干渉し、北京外大ジェンダー行動グループのように攻撃を受けるようなこともあった。しかし、それらの干渉や攻撃があることは、上映運動の意義を示しているとも言える。こうした干渉や攻撃の中でも上演運動は前進しており、フェミニスト活動家5女性刑事拘留事件後に女性運動が下火になった中でも、必ずしもその勢いは衰えたとはいえず、継続されている。

こうした上演運動の発展は、中国の女性運動にも、セクシュアリティの問題への注目や女性の性的主体性の強調といった面でも影響を与えていると考えられる。

なぜこのように中国では《ヴァギナ・モノローグス》上演運動が発展したのかという問題も重要だろう。

なお、以下のイベントもあります!!

「私のアソコには呼び名がない!ー中国版〈ヴァギナモノローグ〉から私たちへ―」
日時:2016年12月19日18時半―21時
場所:ウィングス京都
・『来自阴道~The VaChina Monologues』(日本語字幕付)上映
・お話:柯倩婷(山泉劇社プロデューサー)
・コメント:あかたちかこ・遠山日出也
・コーディネート&通訳:熱田敬子
・司会:元橋利恵
・ワークショップもやります。
詳しくは下をクリック↓
https://www.facebook.com/events/933414826802546/


(1)ジェンダー視点だけでなく、セクシュアリティに関する権利の観点を強く打ち出した女性で、1994年の台湾での反セクハラデモの際に「私が欲しいのはオーガズム、セクハラは要らない」というスローガンを唱えたことでも知られる。日本でも、何春蕤著、舘かおる・平野恵子編、大橋史恵・張瑋容訳『「性/別」攪乱―台湾における性政治』(御茶の水書房 2013年)が出版されている。私も『女性学年報』第37号(2016年)に同書の書評を書いた。
(2)全球女权主义口述史访谈 艾晓明(PDF)」the Global Feminisms Project at the University of Michigan(密西根大学全球女性主义项目)より。
(3)米晓琳・卜卫「“诉苦”与愉悦――关于反对性暴力戏剧《阴道独自》的对话」卜卫・张祺『消除家庭暴力与媒介倡导:研究见证与实践』(中国社会科学出版社 2011年)286、290-291頁。
(4)以上は、「女权神剧《阴道独白》中文版十年」凤凰网2013年8月2日(来源:中国新闻周刊)。
(5)张祺・庞明慧「工作札记2 重新想象女性的身体:从“V”的独白到“阴道”独白」卜卫・张祺『消除家庭暴力与媒介倡导:研究见证与实践』(中国社会科学出版社 2011年)314-316頁。
(6)以上は、前掲、张祺・庞明慧「工作札记2 重新想象女性的身体:从“V”的独白到“阴道”独白」314-315頁。
(7)以上は、前掲「女权神剧《阴道独白》中文版十年」。
(8)前掲、米晓琳・卜卫「“诉苦”与愉悦――关于反对性暴力戏剧《阴道独自》的对话」294頁。
(9)前掲、张祺・庞明慧「工作札记2 重新想象女性的身体:从“V”的独白到“阴道”独白」315頁。
(10)前掲、米晓琳・卜卫「“诉苦”与愉悦――关于反对性暴力戏剧《阴道独自》的对话」297頁。
(11)以下の年表は、主に荣维毅「《阴道独白》中国大陆演出十年记」(荣维毅的博客2013年5月21日)とLei Ma「《阴道独白》在中国的十年」(荷兰在线2013年7月17日)をよりつつ、適宜、他の資料から補足をおこなって作成した。
(12)注記のない個所については、「《阴道独白》中国大陆演出十年记」(荣维毅的博客2013-05-21)における栄維毅の指摘、およびLei Ma「《阴道独白》在中国的十年」(荷兰在线2013年7月17日)におけるLei Ma記者と艾可・戢航の指摘にもとづく。
(13)阴道大声说——作为性别教育的独立话剧之路研讨会 会议记录」妇女传媒监测网络2013年12月5日。
(14)前掲「阴道大声说——作为性别教育的独立话剧之路研讨会 会议记录」妇女传媒监测网络2013年12月5日。
(15)卜卫「青春无敌:从上海再出发」卜卫・张祺『消除家庭暴力与媒介倡导:研究见证与实践』(中国社会科学出版社 2011年)318頁。
(16)以上は、「同性恋社团生存记录:社员多是同志 期待平等目光」2011年07月18日 11:43(来源:瞭望东方周刊)、「低调知和社:推广两性文化的高校同性恋社团」2011年07月19日 13:09(来源:瞭望东方周刊)。この2つの記事は、内容は同一だが、タイトルが異なる。また、後者には写真がある。
(17)学生社团的角色和影响——复旦大学知和社的主要活动和成就」知和社2008年12月8日 14:08:36
(18)招新 | 重新关注性别、性向的意义」复旦大学知和社2016年3月11日 13:10:16。知和社は、2015年の第二回目の公演では、あらためてイブ・エンスラー自身の脚本に立ち返っているが、その際も、すべての幕に修正を加えている。さらに「ブルカの中で」に関しては「欧米中心主義の傾向が比較的強い」という理由で採用していない(「复旦大学知和社《阴道独白》2015β版剧本」复旦大学知和社的微博2016年1月30日 11:40:28)。
(19)前掲「同性恋社团生存记录:社员多是同志 期待平等目光」「低调知和社:推广两性文化的高校同性恋社团」。
(20)前掲「学生社团的角色和影响——复旦大学知和社的主要活动和成就
(21)以上は、「【记者即时播报】女性先锋话剧《阴dao多云》沪上演出引热捧」解放牛网2012年4月16日。
(22)前掲「阴道大声说——作为性别教育的独立话剧之路研讨会 会议记录」妇女传媒监测网络2013年12月5日。
(23)2015.9.5 北京798空间站 OPEN行为艺术节 《阴道之道》即将上演」Bcome小组 2015年8月29日 17:05
(24)前掲Lei Ma「《阴道独白》在中国的十年」。。
(25)女权青年在行动」苏州LESGO小组的微博2013年6月26日。
(26)《阴道之道》来了!」西安Relax同学社的微博2014年5月21日 22:10。
(27)前掲Lei Ma「《阴道独白》在中国的十年」。
(28)前掲「阴道大声说——作为性别教育的独立话剧之路研讨会 会议记录」。
(29) BCome小组的微博2013年10月20日 09:21
(30)以上は、艾可「《阴道之道》、BCome和我」酷拉时报 Queer Lala Times2013-07-12 17:42:22「『よがる(呻吟)』は、従来のバージョンでは、顔を出さずに声だけを出していたのを、二人の掛け合いにして、笑いを誘うようなものにした」という箇所のみは、前掲Lei Ma「《阴道独白》在中国的十年」による。(31)前掲Lei Ma「《阴道独白》在中国的十年」。
(32)女权之声的微博【国际除暴日:女权之歌首发】2013年11月25日 11:01、「听!女人在歌唱!」女声网2013年11月28日、吕频 「女权主义需要自己的运动之歌 解读《你是否听到女人在歌唱》」女声网2013年11月28日。
(33)なぜこの3人のコスプレをしたかについては、参加者は「今回コスプレをした3人の姿は、完璧な愛情の童話の主人公だったり、セクシーさ・美しさの象徴だったりするけれども、たとえそうした女性でも、実際はジェンダー暴力の被害にあっている。白雪姫の物語は、女性は救われるというイメージで、王子と『それから幸せに一緒に暮らしました』となっているが、もし白雪姫が王子に暴力を振るわれたとしても、白雪姫は殴り返す力をまったく持っていない。現実においても、暴力を振るわれている女性の多くは、経済的に支配されているので、逃げ出せない。モンローには、前の夫に暴力を振るわれたという記録があり、表むきは華やかだったが、心の中は辛く苦しかったのだ。私たちがこのような姿でDV反対の歌を歌ったのは、親密な関係の暴力はいかなる女性の身にも起きる可能性があることであり、遅れた地区や知識水準が低い家庭の中にだけ暴力があるのではなく、都市やインテリの家庭の中にも暴力が存在することを皆さんに知ってほしかったからだ」と語っている(「女大学生地铁cosplay 呼吁关注反家暴立法」女声网2014年12月2日)。
(34) Bcome小组的微博2015年11月26日 16:41
(35)前掲Lei Ma「《阴道独白》在中国的十年」。
(36)以上は、同上。
(37)艾可「《阴道之道》、BCome和我」酷拉时报 Queer Lala Times2013-07-12 17:42:22。
(38)「又要招新啦!!」BCome的微博2014年9月6日 20:49
(39) Bcome小组的微博2013年9月16日 12:20、Bcome小组的微博2014年2月16日 23:58
(40) Bcome小组的微博2014年4月11日 09:12、肖美腻的微博2014年4月12日 18:10
(41)以上は、前掲Lei Ma「《阴道独白》在中国的十年」。
(42) Bcome小组的微博2013年6月11日 23:19
(43) Bcome小组的微博2013年10月21日 01:18
(44) Bcome小组的微博2013年12月3日 00:13
(45)以上は、汕大橘子社的微博【阴道独白演员招募│Q&A】2014年10月8日 23:07
(46)以上は、前掲「女权神剧《阴道独白》中文版十年」。
(47)前掲「阴道大声说——作为性别教育的独立话剧之路研讨会 会议记录」妇女传媒监测网络2013年12月5日。
(48)前掲「女权神剧《阴道独白》中文版十年」。
(49)山泉剧社的微博 2013年4月18日 01:07
(50)公民社会猪肠粉2013年4月13日 11:20
(51)前掲「阴道大声说——作为性别教育的独立话剧之路研讨会 会议记录」妇女传媒监测网络2013年12月5日。
(52)以上は、「2013年08月11日 珠海斗门下乡演出」阴道独白剧组的博客2013年8月11日 00:15:01。
(53)山泉剧社的微博2014年4月8日 00:26
(54)4月28日演出取消声明」阴道独白剧组的博客2014年4月27日 22:28:21。
(55)以上は、前掲「阴道大声说——作为性别教育的独立话剧之路研讨会 会议记录」妇女传媒监测网络2013年12月5日、「“我的阴道说错了什么”――女大学生宣言风波」『女声』第140期(2013.11.19)(word)、「“我的阴道说”」女声网2013年11月12日 (来源: @女权之声)。
(56)艾晓明谈“我的阴道说”————艾晓明谈“我的阴道说”风波及中国民间女权运动 」妇女传媒监测网络2013年11月11日。
(57)小五三三的微博2013年11月10日 18:30
(58)UPDATE: Global Activists Demand The Release Of Our Sisters In China,3 April 2015、吕频「阴道独白作者再为中国女权姐妹发声」2015年4月7日 06:10。
(59) Bcome小组的微博2015年7月8日 21:21
(60)BCome小组招新啦」离悠 9月 26, 2015
(61) Bcome小组的微博2015年10月17日 14:06、Bcome小组的微博2015年10月24日15:29、Bcome小组的微博2015年10月31日14:19など。
(62) Bcome小组的微博2016年3月12日 15:01、Bcome小组的微博2016年3月19日 14:30。3月19日には「ジェンダーと鬱」をテーマにしているが、これは、前年10月に出発した黄葉さんの「直男癌(異性愛者の男に見られる男性中心主義という病理を意味する)に抗する、うつ病女性のフェミニズムウォーク」(本ブログの記事「林鯨らの『性暴力反対・海南島一周自転車ツアー』と黄葉らの『直男癌に抗する、うつ病女性のフェミニズムウォーク』(北京~広州)」参照)と関係しているのかもしれない。
(63) Bcome小组的微博2015年11月14日 14:44
(64)前掲「《阴道之道》7月演出售票
(65)同上。
(66) Bcome小组的微博2016年7月24日 16:41
(67)招新 | 重新关注性别、性向的意义」复旦大学知和社2016年3月11日 13:10:16
(68)WANTED | 山泉剧社招新啦!! 」2015-11-30 ForVaginasSake
(69)以上は、F女权小组「广州最酷婊的女权小组要招新啦~」女权之声的微博2016年9月12日 14:17:09
(70)一个神秘的女权小组开始招人啦! 」2015-10-22 F女权小组 削美丽
(71) Bcome小组的微博2015年10月26日 09:09
(72)以上は、「看见阴道,看见女人——F小组版《阴道之道》广州首演」 新媒体女性2016年1月31日 09:57:53
(73)以上は、F女权小组「广州最酷婊的女权小组要招新啦~」女权之声的微博2016年9月12日 14:17:09
(74)12月《阴道说》@间隔年小剧场,开票了!!!」Vagina Project的微博2016年11月20日 15:12:39
(75)Vagina Project│灰粉色运动!」Vagina Project的微博2016年6月19日 14:06:34 。
(76)前掲「12月《阴道说》@间隔年小剧场,开票了!!!」。

[書評]何春蕤著、舘かおる・平野恵子編、大橋史恵・張瑋容訳『「性/別」攪乱―台湾における性政治』

[書評]何春蕤著、舘かおる・平野恵子編、大橋史恵・張瑋容訳『「性/別」攪乱―台湾における性政治』御茶の水書房 2013年12月 A5版 263頁 3,800円+税

本書の構成
序章
第一章 バックグラウンド―もはや単純ではないジェンダー・ポリティクス―
第二章 ポルノグラフィと女性の性的行為主体性
第三章 セックスワークにおけるセルフ・エンパワーメントと職業的行為遂行性―なぜフェミニストはセックスワーカーを読み解くことができないのか―
第四章 スパイス・ガールズから「援助交際」へ―台湾におけるティーンの少女たちのセクシュアリティ、そのいくつかの編成体―
第五章 反人身売買から社会的規律へ―台湾における「女性運動」の役割の変遷―
第六章 アイデンティティの具現化―トランスジェンダーの構築―
第七章 トラブルの撲滅―ある訴訟の捏造―
第八章 トラブルの統御―台湾におけるグローバル統治とクィアの存在―
第九章 トラブルの統治―台湾のジェンダー・ポリティクスにおける「年齢」的転回
第十章 ジェンダー統治をめぐる新たな政治
終章―何春蕤へのインタビュー―

何春蕤は、現在、台湾の国立中央大学教授であるが、1994年のセクハラ反対デモの際に、「私が欲しいのはオーガズム、セクハラは要らない」というスローガンを唱えたことでも知られる。同年、何は、著書『豪爽な女―フェミニズムと性解放』で、性を抑圧する諸規範は両性に課せられるが、それは特に女性に不利であるとして、フェミニズム的な性解放運動を提唱した。同書で、何は、性に対する女性の主体性・能動性を主張し、さまざまな性の規範(婚姻内、異性間、モノガミーなど)を乗り越えることを唱えて、論争を巻き起こした(何 1994)。

本書は、何が、台湾で主流のジェンダー・ポリティクスから「トラブル」と見なされたさまざまな物事(ほかならぬ何自身も「トラブル」と見なされた)に関する係争を辿るとともに、トラブルを排することによって生み出される統治のあり方について検討した書である。

本書は、何が2003年にお茶の水女子大学ジェンダー研究センターでおこなった講義およびコメンテイターとの対話を収録した章(二~六章)と今回、何が書き下ろした章(一、七~十章)と何に対するインタビュー(終章)からなる。各章については、それぞれより詳細な何の中国語論文や英語論文が存在するとはいえ、第九章が何の2012年の論文(何 2012)に、第十章が2013年論文(何 2013)にほぼ対応するなど、本書は、現在に至るまでの何の理論体系全体を概観できるものとなっている。こうした書籍は、台湾にもない。

本書の第一章では、何が1995年に国立中央大学に設立した「性/別研究室」が依拠している「性/別」パースペクティブに含まれる4つの認識――(1)「性別」の単純な二分法を乗り越える、(2)ジェンダー(性別)とセクシュアリティ(性)との連関と区別を示す、(3)「性」の多元的差異(「別」)を捉える、(4)その他の社会的差違(階級、エスニシティなど)との関連を表す――は、台湾の社会運動が、以下に記すような経験によって獲得したものであることを述べる。

第二章では、主流フェミニストがポルノグラフィについて、ジェンダーの視点のみから見て反対していることを批判する。何も、ポルノがしばしばジェンダー・ステレオタイプであることは認める。しかし、何は、多くの若い女性たちが、ポルノ的な映像を通じて、自らのセクシュアリティと従来とは異なる能動的、積極的な関係を築くことによって性的行為主体性を発揮していることを指摘する。

第三章では、1997年に台北市長・陳水扁(後の台湾総統)が公娼の営業許可を廃止したことに対して、公娼たちが公共の場に姿を現して異議を申し立てたために(主流フェミニストは陳を支持し、何は公娼を支持)、フェミニストとセックスワーカーとの対話が可能になったが、主流フェミニストは、性愛に対して偏見を持っているために、セックスワーカーが職業活動においてセルフ・エンパワーメントを実践して行為主体性を発揮していることを認識できないことを指摘している。

第四章では、「援助交際」は、特殊な社会現象あるいは「問題」ではないことを主張している。何は、ティーンの少女たちは、欲望の客体というより性的な主体になりつつあり、親密な関係を複数持つことにもオープンになっていること、そうした彼女たちにとって援助交際は性的冒険心の現れであると述べる。また、彼女たちはこの仕事において実践的な知恵を蓄積しつつあるし、社会的/性的交際の新しい形態を切り開いているとも言う。

第五章では、台湾の人身売買反対運動は、当初は原住民の少女たちを対象とした、反売買春というより反奴隷制的性格のものだったが、のちに本人の同意の有無と関係なく性的接触と年齢という条件だけで処罰する法律を求めるようになり、1995年に成立した児童・少年性取引抑止条例もそうしたものになったこと、さらに1999年の修正では、性取引への「関与を招く」ようなメッセージを個人的にインターネットに掲載することも処罰の対象になったという変遷を述べている。また、この過程で反人身売買NGOが力を得たが、セックスワークの多様な側面を人身売買に還元することは(とくに移民)セックスワーカーの行為主体性にとって障害になると言う。

第六章では、主流フェミニストがとったジェンダーを二極化する戦略は、トランスジェンダーを女性の着替えを覗くような変質者と見なしたり、トランスジェンダーが受けるホモフォビックなジェンダー暴力を見過ごすことにつながったりしたことや、同性愛者の運動にもジェンダーのステレオタイプ的理解があることを批判する。

第七章では、2003年、保守的宗教団体が何のウェブサイトの中の「動物性愛」ページを検察に告発したことによって、何が被告になった事件を取り上げる。当初大学は何を粛清しようとしたが、学術界や社会運動団体、海外で何に対する声援が高まり、裁判でも無罪になったことが述べられている。しかし、ポルノや売買春の問題で何と対立してきた台湾の主流フェミニスト団体は長らく沈黙していたという。

第八章では、台湾は国際政治にアピールするために、名目上は人権、とくに同性愛者の権利を支持し、プライドパレードも盛んになったけれども、同性愛者らの実際の情況が変わったわけではなく、むしろキリスト教系の未成年保護/反人身取引NGOによって推進された1999年の児童・少年性取引抑止条例修正や2003年の児童および少年福利法によって、セクシュアルな物事に関する18歳未満のアクセス規制が強化され、若者やセクシュアル・マイノリティにとっての自由な空間は縮小したことが述べられている。

第五章や本章では、台湾のジェンダー/セクシュアリティ政策と、台湾の国民国家としての位置や政治的正統性が複雑な状況にあることとの関係も指摘されている。政府が未成年保護/反人身取引NGOと結びついたのも、それらのNGOは国際NGOや国際機関とつながっているので、政府がその国際的ネットワークに参入して台湾の存在をアピールするためだったという。

第九章では、主流フェミニストは体制に参与して「ジェンダー主流化」を推進したが、それは生物学的基礎にもとづくもので、それ以外の社会的差異は排除されたことや、女性団体が目指した立法や法改正は、そのリーダーシップが次第にキリスト教系の女性・児童福祉団体にとって代わられ、その理解枠組みの基軸も、「ジェンダー平等」から「年齢」にとって代わられたことが述べられる。すなわち、女性団体は当初、性取引やポルノグラフィ、性暴力/セクシュアルハラスメントに対して「ジェンダー」の視点から対応したが、のちにそれらの問題に対する対応は、「青少年を保護する」視点と結びついたという。

第十章では、何は、現在台湾ではジェンダー平等が推進されつつも、女性と子どもの保護の名の下に性的なものは抑圧されていると述べ、それは女性ジェンダーの特徴を反映した「ジェンダー統治」だと言う。何は、主流フェミニストは、女性を脆弱な存在として表現することによって、「性的自主性」概念を「自分のセクシュアリティについて肯定する権力」から「望ましくない性的接近を拒否する権利」に変え、その権利を国家が保護するよう求めたこと、脆弱性の強調によって弱者保護が道徳的強制力を持つようになったこと、子どもはさらに脆弱な存在として捉えられたことを述べる。市民も、台湾という文明的な先進国の一員として、そうした道徳的態度をとることを期待されているという。

本書の各所で、台湾の主流フェミニストは、中産階級で高学歴のエリート女性であり、国家体制に参入したが、婚姻・家庭に組み込まれており、性に対しては常に防御的(反ポルノ、反セックスワークなど)で、正面から性的権利を求めようせず、そのため保守派キリスト教女性団体による社会的浄化に対しても抵抗できなかったことも指摘されている。

何は、新しく現れた「性/別」の主体と実践は、広くアジアにおいて意義を持つと述べているが(4頁)、日本においても、何とある程度共通した視点から、主流フェミニズムとは異なった/対立する議論や実践をしている人々がいる。

たとえば守如子は、「ポルノは性差別だ」とだけ認識するようなフェミニズムを、女性の性欲が無視されている点などから批判する(守 2010)。また、何は、とくに若い世代の女性が性的行為主体性を探求していることを述べているが(18-20,35-36頁)、日本でもそうした動きは若い世代に目立つ(あくまで実践 獣フェミニスト集団FROG 2007など)。

また、日本でも、SWASHなどがセックスワーカーの立場に立った理論と運動を展開しており、政府や一部民間団体による人身取引政策に対しても批判がなされていることは知られている(青山 2014など)。

援助交際についても、何と同様、それを特殊な「問題」と見ずに、社会の構造的変化の下での少女の主体的行動であるとする人々がいる(圓田 2001)。台湾の児童・少年性取引抑止条例は、日本の青少年健全育成条例の買春処罰規定に相当すると考えられるが、日本の規定についても、一律に18歳以下の女性の性取引を取り締まることを「性の自己決定」の観点から批判している人々もいる(藤井 1997宮台ほか 1998)。

また、守は、買売春やポルノグラフィなどの性風俗を「悪文化」として批判するような女性運動では、女性の人権擁護の主張が「母親として子どもを守る」というレトリックに置き換えられ、無垢な子どもたちを守る要求に変質することを指摘した(守 1998)。この指摘は、「年齢基軸」に対する何の批判と共通点があろう。

トランスジェンダーに関しては、本書の中でも三橋順子が、「主流派のフェミニストたちはMtFトランスジェンダーの存在をあまり認識してこなかった(というよりほとんど無視してきた)」(124頁)と批判している。

何は、主流フェミニストが国家体制に参入したことに批判的だが、日本においても、同様の批判が山口智美・斉藤正美らによってなされている(山口・斉藤・荻上 2012)。また、何は、動物性愛事件において自らへの保守派の攻撃に対して台湾の主流フェミニストが沈黙してきたことを指摘しているが、こうした指摘は、山口・斉藤が、バックラッシュへの対応や自治体の男女共同参画条例の制定において、フェミニストの多くが性的少数者の問題に無関心だったと批判したこと(同上 157,199頁)と共通点があろう。

以上で述べたように台湾と日本の情況には類似点があるため、本書の主張は、それに対する賛否を問わず、日本の私たちにも自らを考える材料を提供している。実際、本書の中でも、とくに台湾が専門ではないコメンテイター(根村直美、水島希、田崎英明、竹村和子、三橋順子)が、自らの立場から何に対して意見を表明している。付言すれば、台湾における何とは異なる立場からの実践報告(顧 2010など)も、もちろん日本の参考になる。

また、本書には、フェミニズムにおけるさまざまな分岐や対立を一連のものとして提示した意義もある。それらが真に一連のものか否かは議論の余地があろうし、「主流フェミニスト」に対峙する側が自動的に連帯できるわけではないだろうが、この点も、日本の運動や理論に示唆を与えると考える。ただし、何も述べているように、問題にすべきはあくまで「事件、政策、そしてその影響」(250頁)であり、特定の個人や団体に対して一面的な分類やレッテル貼りをすることは慎むべきだろう。

もちろん本書からは、日本と台湾には相違があることも理解できる。第一に、台湾のジェンダー政策の背景には、台湾が国家としての国際的承認を得たいという動機があったことである。この点については、つとに金戸幸子が、台湾におけるジェンダー主流化(具体的には両性工作平等法の成立)は「台湾の国民国家としてのアイデンティティの確立と『国際社会』への復帰という、『国家』としての生き残り戦略にも関わっている」(金戸 2005、38頁)と指摘しているが、何はそのことが性の保守主義に結びついた面を強調している。

第二に、台湾では、日本よりも主流と反(非)主流との分岐・対立が先鋭化ないし顕在化している場合が多い。その原因はいくつか考えられるが、その一つは、何が1987年の戒厳令解除後間もなく、本書評の冒頭で述べたようなラディカルな主張を打ち出し、1995年には「性/別研究室」を設立したという先駆性にあろう(日本で「ジェンダー/セクシュアリティ」が機関(誌)の名称として使われたのは、2005年に国際基督教大学ジェンダー研究センターが創刊した『Gender and Sexuality』が最初ではないか)。もちろんこの先駆性は、何だけでなく、公娼やトランスジェンダーの運動、「性/別研究室」の他のメンバーの力にもよっている。たとえば、同研究室の卡維波は、同性愛者とセックスワーカーとの連帯について解明している(卡 1998)。

第三に、日本と台湾とでは、政治勢力やNGOの具体的状況が異なることは当然である。

本書で疑問や不足を感じた点もある。まず、援助交際に対する分析は、「年齢基軸」批判にとって重要だと思われるが、何の他の著作(何 2003など)を併せて参照しても、分析にやや実証性が不足しているように思う。

また、何は「ジェンダー統治」によってマージナルなむしろ問題は闘いにくくなったと言う(6頁)。たしかにそうした面はあろうが、その一方、台湾では、新たな矛盾の中から発生したマージナルな運動(セックスワーク運動、トランスジェンダー運動など)も、日本より発展している面があり、それらは日本でも参照に値すると考える。

参考文献
[日本語]
青山薫2014「グローバル化とセックスワーク――深化するリスク・拡大する運動――」『社会学評論』65(2)。
あくまで実践 獣フェミニスト集団FROG2007『今月のフェミ的』インパクト出版会。
金戸幸子2005「台湾の『両性工作平等法』成立過程に関する国際社会学的考察」『日本台湾学会報』7。
藤井誠二1997『18歳未満「健全育成」計画』現代人文社。
圓田浩二2001『誰が誰に何を売るのか? 援助交際にみる性・愛・コミュニケ―ション』関西学院大学出版会。
宮台真司ほか1998『〈性の自己決定〉原論』紀伊國屋書店。
守如子1998「〈性風俗批判〉における『母』というレトリック」『相関社会科学』8。
―――2010『女はポルノを読む 女性の性欲とフェミニズム』青弓社。
山口智美・斉藤正美・荻上チキ2012『社会運動の戸惑い』勁草書房。

[中国語・英語]
顧燕翎2010「フェミニズムの体制内改革――台北市女性権益保障弁法の制定の過程と検討」(羽田朝子訳)野村鮎子・成田靜香編『台湾女性研究の挑戦』人文書院。
何春蕤1994『豪爽女人 女性主義與性解放』皇冠。
―――2003“From Spice Girls to Enjo-Kosai:Formations of Teenage Girls’Sexualities in Taiwan”,Inter Asia Cultural Studies4(2)
―――2012「台灣性別政治的年齡轉向」何春蕤編『轉眼歷史:兩岸三地性運回顧』国立中央大学性/別研究室。
―――2013「性別治理與情感公民的形成」甯應斌編『新道德主義:兩岸三地性/別尋思』同上。
卡維波1998「同性戀/性工作的生命共同體」『性/別研究』1-2合刊。

女子大学生らが性教育の必要性を訴える街頭でのパフォーマンスアート、避妊の重要性を訴えるコンドーム配布――今回は女性の性の快楽と結びつけたスローガンも

<目次>
1.北京師範大学の門前で女子大学生らが、大学生の性教育の必要性を訴えるパフォーマンスアート
2.北京と広州の街頭で、若い女性たちがコンドームを配布してセイファーセックスを訴え
3.これまでにおこなわれた、女子大学生らが性教育の必要性を訴える街頭パフォーマンスアート
4.これまでにおこなわた、女子大学生らがコンドームを手にして避妊を訴える街頭での活動
5.性教育や避妊の重要性を、女性の性の快楽と結びつけたスローガンの登場は、今回の2つのアクションの新しさ

1.北京師範大学の門前で女子大学生らが、大学生の性教育の必要性を訴えるパフォーマンスアート

7月28日午後2時ごろ、北京・天津・黒河・ハルピン・瀋陽・西安・武漢・広州・棗荘・河源・合肥などの10余りの都市から来た女子大学生たちが、北京師範大学南門で15分間ほど、全国の大学が性教育をおこなうように訴えるパフォーマンスアートをしました。

Performance Art for Sex Education 公益青年街头呼吁系统性教育(中国語&英語字幕付)


このパフォーマンアートでは、向かって左側では、1人の男性が「AV(アダルトビデオ)は性教育ではない」と書いたボードを持って立ちました。その右の女性は、両腕で×印を作り、その下には、1人の女性が白い下着のようなものとバスタオルとをまとって寝そべり(これはAVを意味しているようです)、「NO」と書かれた紙をその前に置いています。

まん中の2人の女性は、「大学生性教育教材」と書かれた、本の形をしたものを持ち、「大学生には性教育が必要だ」というパネルを掲げて立ちました。

右側では、1人の女性が、ピンク色のヴァギナの形をしたものから首を出して「私には性の安全がほしい、性のよろこびもほしい」と書いたパネルを持って立ちました。その足元では、別の女性が、股を広げて地べたに座り、その股のところには、切れ目を入れて赤い身が見えているスイカを置いて、あたかもヴァギナを見せているかのようなポーズをとりました。

中国のネットユーザーのなかには「AVは私の性教育だ」と言う人もいるそうですが、今回の活動に参加した達達さんは、「性教育は学校の責任です。インターネットは、間違ったことを言っているかもしれません。間違った性教育は、性教育をしないことよりも害が大きい。性教育は絶対に生理教育の段階にとどまってはなりません。学生にコンドームを使うことを教え、もしパートナーがコンドームの使用を拒否したら、パートナーとどのような話し合いをするかを学生といっしょに考えなければなりません」と語りました。

「私には性の安全がほしい、性のよろこびもほしい(我要性安全,也要性愉悦)」というスローガンについて、上のビデオや「女権の声」の微博は、このスローガンは「女性は性の被害者として保護されるだけであってはならず、主体である個人として、性の喜びを主体的に追及する権利があることを観衆に気付かせる」と解説しています(1)

また、「女権の声」は、「1人が1枚の写真で大学生の性教育を要求する」という微博(中国版ツイッター)のハッシュタグを作って、ネットユーザーにも意思表明を呼びかけました。その結果、少なくとも、8人が微博で意思表示をしました(#一人一照片要求大学生性教育# )。 その中の1人の女性は、「守貞≠性教育」というボードを掲げ、方剛著『性の権利とジェンダー平等:学校の性教育の新しい理念と新しい方法(性权与性别平等:学校性教育的新理念与新方法)』(ネット書店「書虫」のこの本の書誌データ)を手に持った写真とともに、「貞操を守ることと性教育とは異なる。オーガズム困難症の女子学生の大多数は、抑圧的すぎる貞操教育を受けて病根を埋め込まれたのだ! ジェンダー平等の性教育を提唱する」と微博で発言しました(2)

2.北京と広州の街頭で、若い女性たちがコンドームを配布してセイファーセックスを訴え

8月2日の(旧暦の)七夕には、北京の西単大街と広州の歩行街で、それぞれ数人の若い女性がコンドームを配布して、避妊の重要性を訴えました。彼女たちは「きちんと保護することが『愛』である」、「ほしいのは愛、事故はいらない。ほしいのはオーガズム、傷つきたくはない」と書いたボードを持ったり、チラシを配ったりしながら、コンドームを配布しました。

七夕は「中国のバレンタインデー」とも言われています。今回の活動に参加した于磊さんは、バレンタインデーや春節のような長期休暇の間の性行為がもとになって妊娠中絶をする女性が多いので、性の安全の問題を訴えるためにこうした活動をしたと述べています。

国家人口計画生育委員会によると、中国では、毎年1300万人が妊娠中絶をしています。しかも、この数値には、そのほかに1000万人が薬物や私人の診療所で中絶をしているということは入っていません。また、女性のエイズ患者の増大速度は男性を上回っていて、その原因の1つに、69%の男性が性のサービスを買っており、かつその41%はその際にコンドームをしていないということがあるそうです。于磊さんは、そういう状況は、人々が性の安全についてあまり意識していないからであり、「男性は自発的にコンドームをつけ、女性は自分からパートナーにコンドームをつけるように要求できるようになることが、望まない妊娠を避ける最も便利で、安全な方法です」と語っています。

「ほしいのはオーガズム、傷つきたくはない(要高潮,不要伤害)」という文言について、この活動に参加した小睿さんは「女性が自分からパートナーにコンドームするよう求めることは、自分を保護する第一歩であり、同時に自分の性の自主権を守ることです」と語りました(3)

4人がそれぞれ、「男」「请」「戴」「套」という文字を書いた、風船のように膨らませたコンドームを手に持って整列することによって、男性にコンドームをつけるように訴えたりもしました(4)

3.これまでにおこなわれた、女子大学生らが性教育の必要性を訴える街頭パフォーマンスアート

女子大学生らが性教育の必要性を訴えるパフォーマンスアートをしたのは、今回が初めてではありません。これまでにも、以下のようなパフォーマンスアートがおこなわれてきました。

[1] 2013年7月、鄭州市で、性暴力の被害防止のために性教育の必要性を訴える

2013年5月、海南省万寧市の小学校で校長らによる女子児童への性暴力が明るみに出るなど、中国各地で教師の児童に対する性暴力が問題になった際、フェミニストたちは、加害者の処罰だけでなく、性教育の充実なども求めて運動しました。

そうした運動の一つとして、同年7月19日、河南省鄭州市の河南省教育庁の前で、数名の大学生が、学校の中での性教育の充実と性侵害の防止を訴えるパフォーマンスアートをしました。これは、性教育が不十分であるために、性侵犯を受けてもどうしたらいいのかわからないという状況を示したものでした。

このパフォーマンスアートの第一のシーンは、両目と両耳をふさがれた女の子(の役割を演じている大学生)が、空中を手探りしているというものです。その近くには、一人の女性が、「性教育」というタイトルの書物の模型を持って立っているのですが、女の子の手には届きません。女の子の後ろには、一人の男性が、「見ることを許さず、聞くことを許さず、話すことを許さない」というプラカードを持って立っています。

次のシーンでは、「性侵犯が来た」という紙を背中に貼った男性が、ある女性の手を引っ張っています。その女性の背中には「私はどうしたらいいの??」と書いた紙が貼ってあります。2人の左側には、「校内での性侵犯を防止しよう」と書かれたプラカードを持って立っている人がおり、右側には、「私たちには性教育が必要だ」と書かれたプラカードを持って立っている人がいます(5)

[2] 2013年12月、昆明市で、望まない妊娠防止のための性教育や妊娠した女子学生に対するサポートを訴える

2013年12月30日には、雲南省昆明市の南屏歩行街噴泉広場で、5人の女子大学生が「街頭で出産する」パフォーマンスアートをおこなって、全面的な性教育や性の健康(セクシュアルヘルス)のサービスをおこなうように訴えました(6)

彼女たちのうちの3人は、白い紙の上に股を広げて座り、股の間から赤ん坊の人形の頭と体を出して、声を上げ、いきみながら出産する真似をしました。紙の股の前方の箇所には、血だまりに模した朱墨が塗ってありました。また、3人の後ろでは、2人の女性が立って、それぞれ「性教育が教えてくれなかったから、出産はトイレに隠れてするしかない」「望まない妊娠でパニックだ 性の健康のためのシステムに助けを求める」と書かれたボードを掲げました。

[動画]
实拍女大学生行为艺术 模仿街头产子

このパフォーマンスアートは、当時、女子大学生がトイレで出産したというニュースが複数報道された(7)ことから企画されました。

この活動の発起人の1人の梁晨さん(雲南の大学4年生)は、「私の高校時代にも身近にこうしたことがありました。女子生徒が妊娠してパニックになり、叱られるのが怖くて、大きくなっていくお腹にきつく腹帯を巻いて妊娠を隠そうとしていました。この出来事によって、私は、するべき性教育がおこなわれていないことを意識するようになりました。この場合の性教育には、どうようにして避妊をするかとか、望まない妊娠にどのように対応すべきかということだけでなく、ジェンダー平等教育と心理健康教育を含んでいなければなりません」と語りました。

彼女たちは、もっと重要なこととして、妊娠した女子学生には心身のサポートが必要であって、妊娠したからといって責めてはならないということを挙げました。今回の活動に参加した小舒さんは、「彼女はきっと学生の未婚の母になるのが怖かったのです。同級生や先生、家族に叱られるのが怖かったのです。もっと怖かったのは、学業ができなくなって、将来の人生計画が損なわれることだったでしょう」と語りました。

雲南社会科学院のジェンダー工作室の武承睿副教授は、「現在多くの学校がしているのは、学生に早恋をさせないようすることだけです。それでは問題を何も解決できません。性教育は、学生にコンドームの使い方を教えるだけでは不十分であり、リプロダクティブヘルスの教育、ジェンダー平等教育もしなければならず、心理的な健康の教育も必要です」と語っています。この発言は、梁晨さんの発言と同じです。プレスリリースでも、連絡先として、梁晨さんと馮媛さん(ジャーナリスト)のほか、武承睿副教授も挙げてあるので、武承睿さんも、このパフォーマンスアートでそれなりの役割を果たしているようです。

4.これまでにおこなわた、女子大学生らがコンドームを手にして避妊を訴える街頭での活動

また、女子大学生らが街頭でコンドームを手にして避妊を訴えたのも今回が初めてではありません。

[1] 2002年5月、南京で性教育を重視するように訴える「提議書」とともにコンドームを配布

2002年5月28日、南京の大学の2人の女子大学生(兪友宏さんと呉鈺さん)が、少女の堕胎が多発していることを憂えて、社会全体が性教育を重視するように訴える「提議書」とともにコンドームを街頭で配布しました。

もともとこの活動には5人の女子大学生が参加する予定でしたが、大学側の圧力で3人の女子大学生が辞退しました。大学側は、「彼女たちの活動に異議があるわけではなく、授業に出なければならない時間にコンドームを配布することは止めてほしいと言っただけだ」と述べましたが、当日は日曜日でした(8)

[2] 2013年9月、鄭州で、コンドームも手にして避妊は男女の責任であることを訴え

2013年9月26日の世界避妊デーに、2012年2月の「男子トイレ占拠」アクションの発起人として有名な李麦子さんと鄭州の数名の大学生が、避妊の重要性を訴えるパフォーマンスアートをしました。彼女たちは「中絶を避妊にしてはならない」というプラカードを持ち、「あなたは避妊は誰の責任だと思いますか」というシール投票をしつつ、コンドームを膨らまして避妊をするように訴えました。

活動に参加した小楓さんは、「現在、いたるところに無痛中絶の広告があって、みんなに中絶が簡単なことであるかのような誤解を与えています。しかし、中絶が女性にどのような傷害を与えるかを知ってから、自分で判断するべきです。避妊は本来男女双方の責任なのに、避妊をしないことで、女性は望まない妊娠をするという大きな代価を支払わなければなりません。私たちは女性に自分の意志で避妊をし、安全でない性行為には『ノー』を言うように呼びかけます」と語りました。

シール投票では、避妊を男女双方の責任であるとした人が12人、男性の責任であるとした人が4人、女性の責任であるとした人が1人でした(9)

5.性教育や避妊の重要性を、女性の性の快楽と結びつけたスローガンの登場は、今回の2つのアクションの新しさ

今回(2014年)の7月28日と8月2日の行動で注目されるのは、「私は性の安全がほしい、性のよろこびもほしい(我要性安全,也要性愉悦)」「ほしいのはオーガズム。傷つきたくはない(要高潮,不要伤害)」という、性教育や避妊の重要性を女性の性の快楽と結びつけたスローガンが街頭に登場したことでしょうか。

こうしたスローガンからは、台湾の何春甤さんが1994年の反セクハラデモで叫んだ「私が欲しいのはオーガズム。セクハラは要らない」というスローガンが思い出されるのですが、昨年出版された何さんの翻訳『「性/別」攪乱――台湾における性政治』(舘かおる・平野恵子編 大橋史恵・張瑋容訳 御茶の水書房 2013年)にも、若い女子大学生たちが性的な行為主体性が強い活動を繰り広げたことが書かれていますので(10)、若い世代だからこその活動だという面があると思います。

ただし、7月28日のパフォーマンスアートについては、女性メディアウォッチネットワークの代表で、若いフェミニストたちにも大きな影響力を持っている呂頻さんも、「伝統的な家庭教育と映画やテレビの中では、女性の性意識はいつも受動的で、男性の侵犯や求愛によってだけ性意識が目覚めるかのように描かれます。これは事実とまったく異なります。以前から欧米の研究は、女性は自分で性意識を開発できることが証明していますし、そうした結論は、近年、国内のいくつかのセクソロジーと女性研究の中でも証明されています。女性の性に対する自己保護措置だけを宣伝するのでは、女性が人間関係における性の役割と自分の主体的地位を正しく認識することはできません」(11)と語っています。この点から見ると、何春甤さんや呂頻さんのような知識人の果たしている役割というものもあるだろうと思います。

(1)以上は、女权之声的微博【“我要性安全,也要性愉悦!” 女大学生北师大门口上演行为艺术】7月29日 16:09 、大兔纸啦啦啦的微博7月28日 15:48
(2)53度GJ的微博7月29日 11:42
(3)以上は、女权之声的微博【#七夕请戴套# 女生街头派发安全套】8月2日 13:52、新媒体女性的微博【七夕情人节倡导性安全,广州女青年街头派送安全套】8月2日 22:09、女权之声的微博【只见玫瑰,不见性安全? 广州女青年街头派送安全套】8月4日 11:28
(4)女权之声的微博【#七夕请戴套# 女生街头派发安全套】8月2日 13:52
(5)本ブログの記事「海南万寧の女子小学生の性侵害事件と女性運動」参照。
(6)以上は、「“性教育没教我,生孩只能厕所躲” 云南女大学生上演“街上产女”行为艺术 呼吁社会各界为女学生提供性健康服务体系」凤凰博报2013年12月30日。梁小门「【新闻线索】“性教育没教我,生孩只能厕所躲” 云南女大学生上演“街上产女”行为艺术 呼吁社会各界为女学生提供性健康服务体系 」(GEAAN2013年12月30日)のプレスリリースと同文である。他に、「5名大学生昆明南屏街“产下”玩具娃 呼吁关注性教育」(云南网2013年12月31日)も参照。
(7)以上は、「云南大一女生大冷天厕所产子后回教室正常上课」新华网(来源: 昆明日报-昆明信息港2013年12月20日)、「女学生接连“厕所产子”该痛在谁身上?」新华网2013年12月26日。
(8)以上は、「女大学生街头派发安全套背后」伊人风采2002年6月7日(来源:生活时报)。
(9)以上は、「926世界避孕日,女大学生呼吁“不避孕,不日”」社会性别与发展在中国2013年9月27日(来源:邮件)。
(10)舘かおる・平野恵子編 大橋史恵・張瑋容訳『「性/別」攪乱――台湾における性政治』(御茶の水書房 2013年)p.18-20,35-36,191。
(11)女权之声的微博【“我要性安全,也要性愉悦!” 女大学生北师大门口上演行为艺术】7月29日 16:09

「第5回(2012年)中国10大セクシュアリティ/ジェンダー事件批評」

12月17日、「第5回(2012年)中国10大セクシュアリティ/ジェンダー事件批評」が発表されました(「第五届(2012)年度中国十大性与性别事件评点公告」方剛ブログ2012年12月17日)。この活動は、方剛さんが呼びかけて、10人あまりのセクシュアリティ/ジェンダー領域の学者や社会的活動家が共同でおこなっているものです。
 (*昨年までは「性」を「セックス」と訳してきたのですが、日本語の「セックス」は狭く「性行為」の意味で使われることが多いので、今回は「セクシュアリティ」と訳してみました。と言っても「セックス」自体の話題の比重も高く、迷っていますが)

昨年までの結果についての本ブログの記事は以下のとおりです。
・「2008年『中国10大セックス/ジェンダー事件』
・「2009年度『中国10大セックス/ジェンダー事件批評』
・「『第3回(2010年)中国10大セックス/ジェンダー事件批評』
・「『第4回(2011年)中国10大セックス/ジェンダー事件批評』

この活動は、毎年、中国大陸で起きた、社会的関心を集めたセクシュアリティやジェンダーに関する事件を選んで、性の人権とジェンダーの多元的平等の視点から論評するものです。彼(彼女)らは、この活動をつうじて、性の権利とジェンダー平等を促進し、社会の民主と寛容を増進させることを目的としています。そのため、必ずしも有名な事件を選んでおらず、また、コメントに力を入れていることが特色だとのことです。

今年のメンバーは、以下のとおりです(各人の説明は、昨年・一昨年の発表による)。
 陳亜亜(上海社会科学院文学研究所研究員、サイト「女権在線」責任者、フェミニスト)
 方剛(北京林業大学・性と性別研究所所長、性社会学博士、セクシュアリティとジェンダー研究に携わる)
 郭暁飛(法学博士、中国政法大学教師、主に性法学の研究に携わる)
 黄燦(独立セクソロジー学者、芸術家、世界華人性学家協会性文学芸術委員会副主任、『華人性文学芸術研究』編集長、主に女陰文化と妓女問題の研究に携わる)
 胡曉紅東北師範大学女性研究センター副教授、哲学博士、主にジェンダー研究に従事、ジェンダー教育の視点を重視)
 彭濤(ハルピン医科大学性健康・教育センター副主任。主に性の健康の研究と教育に携わり、ジェンダーの視点にもとづいて健康を促進)
 裴諭新(女性研究博士、中山大学社会学・ソーシャルワーク系講師。研究方向は性・ジェンダー・女性研究で、社会的変化の状況における女性の性選択と生活の政治に関心を持つ)
 沈奕斐(復旦大学社会学系教師、復旦大学ジェンダーと発展研究センター副秘書長。研究方向は、ジェンダーと家族)
 魏建剛(北京ジェンダー相談センター[北京纪安德咨询中心]執行主任、同志亦凡人ビデオ監督、主にセクシュアリティとジェンダー、そのほか多元的権益運動に従事)
 呉筱燕
 朱雪琴(フェミニストカウンセラー、ソーシャルワーカー、主にジェンダーと性の研究に従事)
 張玉霞(新疆大学中文系副教授、新疆大学女性研究センターのメンバー、中国メディア大学映画学博士課程在学、ジェンダー研究に従事、大衆メディアの視角に重点)
 張静(中華女子学院教師、中華女子学院性とジェンダー研究センターのメンバー、ソーシャルワーカー。主に青少年の心理健康教育と相談、青少年の性教育、児童と青少年のソーシャルワークに携わる)

 今回は裴諭新氏が復帰し、呉筱燕氏が新たに加わりましたけれども、郭巧慧、李扁、王小平、張敬婕、趙合俊の各氏が抜けたために、少し人数が減っています。

1.38歳の修士の女性がネットで「貞操」をさらした

事件
 2月、武漢大学の38歳の修士の女性である涂世友が、結婚前は貞操を守るべきだと宣伝するウェブサイトを創建し、自分が「処女」であるという医学検査報告も公表して、激しい議論を巻き起こした。ネットユーザーは、ほとんどみな、彼女の「貞操観」に対して批判的態度を取り、彼女に対して強烈な皮肉を言う者もいた。

コメント
 公民は性生活のやり方を自由に選ぶ権利を持っているけれど、貞操観念自体は性を抑圧する。本当の性の革命は、自主的な選択権に干渉するそうした束縛を打ち破ることに力を尽くす。ネットユーザーの涂世友に対する攻撃は、彼女の年齢・身体・性別・学歴に対する嘲笑に満ちていた。彼女に「誰も欲しがらない高学歴の醜女」というレッテルが貼られたとき、女性ジェンダーのステロタイプなイメージと汚名化は、またもや強化された。

私による補足
 涂世友のサイトは、「雅品贞操网」です。

2.葉海燕が「十元店」で無料のセックスサービスをした

事件
 今年初め、葉海燕は「十元店」と言われる低価格のセックスサービスの場所で、無料で農民工のためにセックスサービスをし、それをミニブログで公表したため、セックスワークが合法化か否かの議論を引き起こした。葉海燕は身体的暴力を受け、[民間女権]工作室は壊された。

コメント
 いささかの人が葉海燕を攻撃したことは、彼女がセックスワークの権利を宣伝したことに対して恐れ慌てたことを示している。その背後には、相変わらず、「女は自分の欲望と身体を自主的に支配してはならない」、「性の売買を目的にした性行為は不道徳である」という観念がある。彼女の行動は、社会の底辺の性の権利と性の現状を明らかにした。この事件は、葉海燕のセックスワーク合法化運動の熱心な活動家してのイメージが確立したことを示している。

私による補足
 「十元店」というのは、1回の料金が10~20元程度の低価格の、主に農民工を相手に売春をするする店です。しかし、売春をする女性たちは、1回警察に捕まると罰金を1500元も支払わないといけません。「中華人民共和国治安管理処罰法(中华人民共和国治安管理处罚法)」第66条では、「売春や買春をした者は、10日以上15日以下の拘留に処し、あわせて5000元以下の罰金を科すことができる。情状の軽いものは、5日以下の拘留または500元以下の罰金に処す」とされており、現実には、累犯者は労働矯正1年に処せられることもあるとのことです。当局が「売買春一掃」キャンペーンなどをすると、そうした取締りはいっそう厳しくなり、罰金を取られることによって、売春する者は、さらに貧困に追いやられるうえに、プライバシーも守られなかったりするので、警察の建物から飛び降り自殺をする女性もいるということです。葉さんには、「私が地獄に入らなければ、誰が地獄に入るのか」という思いがあって、自らセックスサービスをしたそうです。彼女は幸い警察に捕まることはなく(ミニブログは閉鎖させられた)、彼女が自らセックスサービスをしたことによって、周りの妓女と一つに溶け合うことができたとのことです(「“流氓燕”:性工作者站出来」南方周末2012年4月27日)。
 本ブログでも、昨年から今年にかけての葉海燕さんの活動について取り上げましたが(「葉海燕さんの婦連批判と『民間婦連』、底辺の女性への視点」)、民間女権工作室が壊されたのは、単にセックスワーク合法化を唱えたからだけではなく、「中国民間婦女連合会」の設立に動いたことなども含めて権力に危険視されたからではないかと思います。

3.ジェンダー[性別]教育

事件
 2月、鄭州第十八中学が試行した新しい校則は、「力強く勇ましい男子生徒」と「優れた賢い女子生徒」の基準を示した。3月、上海市教育委員会が批准した「上海市男子高級中学基地実験クラス」は、「浩然たる正気(正大で剛直な正しい気風)、楽学善思(よく学び考える)」男子学生を養成することを理念として唱えている。両校とも、子どもがますます「中性化」しているから、こういうやり方で「ジェンダー[性別]教育」を推進すると言っている。

コメント
 ジェンダー[性別]教育は、ジェンダーの平等を提唱し、多元的なジェンダーを尊重することを目標にしているが、この2校のジェンダー[性別]教育は、性別の差違を強化することを出発点にしている。こうしたジェンダー[性別]教育は、本質的には、人々の既成の性別規範が変わることに対する焦りであり、また、各領域における女性の台頭に対する恐れである。こうした教育によって差違を強化することは、多元的な性別の人々にいっそう汚名を着せ、抑圧するものである。私たちは、「多元的な差違」の存在を尊重することによってこそ、社会的平等と各個人の十分で自由な発展が促進されると考える。

私による補足
 鄭州第十八中学の新しい校則については、「郑州一所中学制定“阳刚男生秀慧女生”标准」(中国網2012年2月28日)に詳しく、日本語でも「河南省の中学校、男らしい男子と女らしい女子を提唱」(人民網日本語版2012年2月29日)に詳しく書いてあります。
 人民網日本語版の翻訳を参考しつつ、若干の修正をして紹介させていただくと、
 ・「力強く勇ましい男子」の基準は、女子を尊重し正しく交際し、無駄口を叩かず悪口を言わない。強い意志で挫折を恐れず、英雄を崇拝し模範的人物を敬う。心理的に健康で落ち着きのある振る舞いをし、正義感に満ちている。生活が健康的で上品な趣味を持ち、礼儀正しい振る舞いを心がけ、奇抜な髪型や服装を避ける。
 ・「優れた賢い女子」の基準は、自尊心を持ち身を清く保ち、異性との交流で羽目を外さず、品行も学力も優れた淑女を目指す。男子を追いかけたり罵ったり騒いだりせず、勝手気ままな人付き合いを避ける。恥を知り見栄を張らず、品のある振る舞いを心がけ、自立心と競争心を尊ぶ。
 なお、上海市男子高級中学基地実験クラスについては、「上海拟创办男子中学 称优化教育环境培养真男儿」2012年4月1日(来源:成都晚报)に詳しく書かれています。

4.幼女買春罪の存廃の議論が続いた

事件
 1997年の刑法改正で、幼女買春罪は単独の罪名になり、強姦罪と区別されるようになった。しかし、幼女買春罪にもとづく量刑は強姦罪よりはるかに軽いので、金と権力を持っている階層が低年齢の性のサービスを購入することを保護するものになっており、また、幼女に対して汚名を着せていると、ずっと考えてきた学者もいる。今年3月、中華全国婦女連合会の副主席の甄硯は、幼女買春罪が設置されていることは、未成年者の保護に不利なので、幼女買春罪を廃止する声を再び起こすように呼びかけた。

(私による補注)
 中華人民共和国刑法(中华人民共和国刑法)第236条(強姦罪)は、「14歳未満の幼女を姦淫する者は、強姦と見なし、重く罰する」としています。強姦は「3年以上10年以下の懲役」で、「情状が劣悪」な場合は「10年以上の懲役・無期懲役・死刑」です。
 その一方、刑法は、第360条2項(幼女買春罪)では、「14歳未満の幼女を買春する者は、5年以上の有期懲役に処し、あわせて罰金を課す」としています。「有期懲役」は刑期が「15年以下」に決まっていますから(刑法第45条)、「幼女買春罪」は、最低刑は強姦よりも重いけれども、「情状が劣悪」な場合でも、「強姦罪」ほどは重く罰せられません。
 また、中華人民共和国刑法では、「強姦罪」は「公民の人身の権利、民主的権利を侵害する罪」に属するのに対して、「幼女買春罪」は、「社会の管理と秩序を妨害する罪」に属しています。これは、幼女が自分で売春したので、幼女にも問題があったとされているからです。

コメント
 幼女買春罪の廃止を主張することは、女児と性関係を持った成人を厳罰にすることによって、女児を「保護」する目的を達することを望むことである。社会が児童を保護するという理想は良いものだけれども、この過程において児童の性の権利を侵犯することは避けなければならず、児童自身の声を取り入れ、児童の自己保護と自己決定の能力についての教育を強化しなければならない。簡単に「廃止する」あるいは「廃止しない」というだけではこの問題を根本的に解決することはできない。青少年の性の権利の中で、自ら望むか否か、暴力か否か、年齢の境界、性別の差違などの要素をもっと重視しなければならない。

私による補足
 現行の「幼女買春罪」の規定が不合理であることは間違いないと思いますが、この問題については、私はまったく不勉強です。日本の「淫行条例」と人権との関係についての議論とも関わりがあるのではないかとは思いますし、日本の性交同意年齢は13歳であるのに対し、中国では上記のように14歳であるという相違も気なりますが……。

5.ゲイの妻の自殺事件

事件
 6月15日早朝、成都の某大学の教師の羅洪玲があるマンションから飛び降り自殺をした。その夫はかつてミニブログで、自分は「同性愛だ」と認めて羅に対してお詫びをしたことがある。メディアは「ゲイの妻」の死に注目した。この事件は、同性愛コミュニティでも、同性愛が異性婚姻に入ることや同性愛の婚姻権に関する討論を引き起こした。

コメント
 女性の性の権利の勃興によって、「ゲイの妻」の権利が社会的関心を集めた。「ゲイの妻」現象で起こりうる悲劇の背後には何重もの被害者(「ゲイの妻」、男性同性愛者、双方の家族など)がいて、その背後には多くの社会の深層の原因がある。同性愛者が異性愛の婚姻に入るのに反対することは、けっして根本的には問題を解決しない。この事件は、私たちに、性と婚姻の関係及びその意義を改めて考えさせる。同時に、「ゲイの妻」という議題が、「男性同性愛者」と「女性」という2つの弱者集団の間の戦争にならないよう警戒しなければならない。

6.「私はふしだらでいいが、あなたはセクハラをしてはならない」アクション

事件
 6月20日、上海地下鉄第二運営公司の公式ミニブログが、背中が透けた服を着た女性の写真と、「こんな服装ではセクハラに遭うのも不思議はない」「女の子は自重してください」という言葉とを掲載して、地下鉄の中での痴漢に注意しなければならないと女性に「善意」で注意した。24日に、2人の若い女性が、地下鉄で、手に「私はふしだらでいいが、あなたは痴漢をしてはならない」というボードを持って抗議した。

コメント
 「私はふしだらでいい」は、女性が「セクハラ反対」の議題の中で受動的で保守的になる傾向をひっくり返し、「ふしだらさ」から汚名を拭う視点から、女性の公共空間の中での主体的態度と身体の自主権を宣伝した。「あなたはセクハラをしてはならない」は、婉曲で慎み深い方法ではなく、直接的・主体的方法によって、女性のセクハラに対する拒絶を表明している。この両者の結合は、主流のセクシュアリティ/ジェンダー文化の女「性」の権利に対する制約に力強く挑戦し、公衆に向けて女性の主体的訴えをみごとに表している。

私による補足
 私のブログの記事「痴漢を女性の服装のせいにする上海地下鉄ブログに対する、ネット内外での女性たちの抗議のうねり」も参照してください。

7.84歳のトランスジェンダーが高らかにカミングアウト

事件
 6月、広東の銭今凡は84歳の高齢で高らかにカミングアウトし、トランスジェンダーの身分で記者の取材を受け、トランスジェンダーに対する社会の偏見を変えるように望み、トランスジェンダーの就業の権益を保障するよう訴えた。

コメント
 同性愛者に比べても、トランスジェンダー(トランスヴェスタイト、トランスセクシュアル、インターセックス、異性装パフォーマーなど)の権利の訴えは、現れることが少ない。銭今凡の意気盛んなカミングアウトは、長い間汚名を被り、無視されてきたトランスジェンダーが社会的承認を勝ち取るうえで積極的な意義を持っている。しかし、84歳の高齢になってやっと自らの選択を実現できたことからは、彼がこれまでどのような圧迫と差別を受けてきたのかがわかる。その勤務先と公衆が現在、想像以上に「差別をしていない」[=銭今凡さんはそのように言っています]ことは、主流社会の多元的な性の者に対する態度を本当に示しているとは言えない。

私による補足
 銭今凡さんは、3歳の時に女性になりたいと初めて思いましたが、ずっと男性として生活してきました。2008年に退職幹部として、仏山市当局に「女性になる」と書信で声明を出し、ホルモンによる豊胸をおこない女装を開始しました。2010年には正式に仏山市当局に「女性として生活する」という手紙を出しました。つまり、勤務先には4年前から女性になることを表明していたのですが、メディアのインタビューを受けて広くカミングアウトしたのは、今年6月なので、今年の十大事件に選ばれたということのようです。
 (資料)
 ・「84歳退職幹部、女性へ性転換 元勤務先『問題ない』 中国広東省」新華経済株式会社サイト2012年6月14日。
 ・「84岁变性者钱今凡:8岁时即希望能雌雄同体 」凤凰网2012年6月21日(来源:凤凰网访谈)

8.男性がジェンダー暴力反対に参与した

事件
 11月25日~12月10日の「国際女性に対する暴力防止16日行動期間」に、国連人口基金の在中事務局が提携する「国連 団結して女性に対する暴力を制止する運動の男性指導者ネットワーク」の中国のメンバーの方剛博士が、インターネット上で、男性が女性に対する暴力に反対する活動を起こし、16日で351名の男性が実名で承諾をした。

コメント
 ジェンダー暴力は、力強い勇ましさを軸にした「男性らしさ」の現れであり、根源はジェンダーの不平等にある。ジェンダー暴力に反対する運動は、生理的な男性を敵にしてはならず、ジェンダー平等意識のある男性を養成し、激励し、支持し、彼らと団結してジェンダーが調和した社会を構築することでなければならない。男性は、ジェンダー平等運動に積極的・主体的に参与し、女性に対する差別と傷害をなくすことを力強く推進すれば、男性自身もジェンダー平等の受益者になる。

私による補足
 方剛さんは、長年、男性学研究を含めたジェンダーやセクシュアリティの研究をしてきただけでなく、2010年から、この16日間に、男たちの手で「ホワイトリボン ジェンダー暴力反対男性ホットライン(白丝带反性别暴力男性热线)」を設立し(「著名学者方刚牵头设立“白丝带热线” 反对性别暴力 欢迎男性参与」『都市女報』2010年9月29日など)、上記のように国連の「男性指導者ネットワーク」の中国初のメンバーにもなりました(「制止侵害妇女暴力行为男性领导人网络 联合国首邀中国学者加入」『中国婦女報』2012年11月22日)。
 今年、方剛さんは、男性たちに向けて、「1.私は、永遠にいかなる理由があっても、女性に対していかなる形態の暴力もふるわないことを保証する。」「2.私は、他の人の女性に対する暴力に対して、黙って傍観せずに、きちんと制止する措置を取ることを保証する。」「3.私は、あらゆる可能な機会を利用して、反暴力の行動を宣伝・推進し、ジェンダー平等を全面的に実現することを保証する」という3点を承諾する署名を集めました(「“制止针对妇女的暴力”,男人们一起来承诺吧!”」方剛ブログ2012年11月23日、「“制止针对妇女的暴力”男性承诺活动」捜狐公益2012年11月23日)。
 これを「10大事件」の一つまで挙げるのは少し疑問もありますけれど、この署名は、ネットで実名が公開されるので、方剛さん自身も述べているように、「監督」されることによる効果が期待できます。だからでしょうか、有名人からはあまり集まっていないようなのですが……(「性学家彭晓辉等199人承诺不对女性施暴,受邀公众名人无一回应」方剛ブログ2012年11月26日)。

9.インターネットの「わいせつな写真で不正・腐敗に反対」

事件
 公職についている人のわいせつな写真とビデオが絶えずインターネットで晒され、当事者は「厳罰」を受けた。8月、某大学の共産主義青年団委員会副書記と妻の2人が党籍を剥奪され、公職を解任された。11月、山東の某職業技術学院の団委員会副書記が団籍を剥奪され、学院を辞めさせられた。11月、重慶市北碚区の区委員会書記の雷某某が免職され、立件・調査もされた、などなど。

コメント
 インターネットの集団のお祭り騒ぎ的な「わいせつな写真で不正・腐敗に反対する」中では、「性道徳」が人々が公権力の不正・腐敗に反対する鋭利な武器になった。当事者の「性事」は、そこに不正・腐敗行為が存在するか否かにかかわりなく、「性の政治」のまな板の上の魚肉になった。覗き見、暴露、個人のプライバシーの濫用する方法での「不正・腐敗反対」によって、当事者個人、とくに女性の当事者は深刻な傷を受ける。インターネットの「わいせつな写真で不正・腐敗に反対」は、すでに公民の私的権利を公然と侵害する「性暴力」になっている。

10.フェミニストは行動している

事件
 2月、麦子家が真っ先に「男子トイレ占拠」アクションを起した。4月、中山大学の女子学生がトップ500企業に採用の際の性差別の解決を訴える手紙を送った。8月、多くの女性が坊主頭になって教育部に対する不満を表明し、大学入試の性差別を禁止するよう要求した。11月、多くの女性が裸の胸の写真を出して、ネットユーザーにDV防止立法を支持する署名を呼び掛けた。12月、広州など5つの都市で若い女性が血で染まった[ような色を付けた]ウェディングドレスを着て歩いて街頭で「DV反対」を訴えた。それらを批判する者は、いささかの行為は訴えている理念と無関係であり、「過激」な行動は、訴える人々の反感を招いて、その目的が妨げられると述べた。

コメント
 すでにある社会制度と公共空間にはけっしてフェミニストに十分な訴えをするチャンネルがないので、若い世代のフェミニストは街頭での運動とインターネットでの宣伝とを組み合わせて女性の権利を主張し、家父長制文化に対して挑戦した。彼女たちはアピールをする行動によって、公衆の女性の権利に対する関心を喚起し、抑圧され蔑視された声を伝達し、伝統的性別役割に挑戦した。坊主頭になる、上半身裸になるなどの行為は、身体の自主権に属し、伝統的性別規範に対する挑戦である。

私による補足
 私も、彼女たちの行動についてはブログで取り上げました。
 ・全体の年表→「中国の『ジェンダー平等唱導・アクションネットワーク』年表
 ・2月→「女子大学生の『男子トイレを占拠する』アクション
 ・4月→「各地で雇用における女性差別反対を訴える女子大学生らのパフォーマンスアート」で言及。
 ・8月→「大学入試の男女差別に対する抗議活動つづく――差別を正当化する教育部を批判して、坊主頭になるパフォーマンスアートも
 ・11月→「DV防止法の制定プロセスと内容に民間の関与など求める1万人署名運動
 ・12月→「さまざまな都市でDV反対を訴える『傷を負った新婦』パフォーマンスアート

2012年セクシュアリティとジェンダーの権利擁護人物賞も、行動するフェミニストに与えられました(「向“行动的女权主义者”敬礼!」)。これは当然の結果でしょう。

「中国10大セクシュアリティ/ジェンダー事件批評」は開始当初ほどは話題になっていないようで、現状では方剛さん中心になっているような感じもするのですが、こうした若いフェミニストもメンバーに加えればもっと盛り上がるかもしれない、などと思います。学者中心であることも、一歩引いた視点で見る上では意義があるのだと思いますが。

「第4回(2011年)セックス/ジェンダー事件批評」

 昨年12月、「第4回(2011年)セックス/ジェンダー事件批評(第四届(2011年)年度性与性别事件评点公告)」が発表されました(第1回~第3回については、本ブログの記事「2008年『中国10大セックス/ジェンダー事件』」「2009年度『中国10大セックス/ジェンダー事件批評』」「『第3回(2010年)中国10大セックス/ジェンダー事件批評』」参照)。

 この活動は、2008年に、セクシュアリティやジェンダーの研究に携わる10名あまりの中年・青年学者によって開始され(発起・召集人は方剛さん)、今年度は下に挙げた15名がおこないました。この活動は、1年間に中国大陸で起きた、社会的関心を集めたセクシュアリティやジェンダーに関する事件を選んで、性の人権とジェンダーの多元的平等の視点から論評するものだそうです。この活動をつうじて、性の権利とジェンダーの平等を促進し、社会の民主と寛容を増進させることが目的であり、それゆえ、必ずしも有名な事件を選んではいないとのことです。

<メンバー>
 陳亜亜(上海社会科学院文学研究所研究員、サイト「女権在線」責任者、フェミニスト)
 方剛(北京林業大学・性と性別研究所所長、性社会学博士、セクシュアリティとジェンダー研究に携わる)
 郭巧慧(青少年性健康教育基地主任、北京読你心意心理機構[遠山注:心理の健康と性の健康の教育をおこなう機構]責任者、青少年の性健康教育と心理健康教育を提唱・推進)
 郭暁飛(法学博士、中国政法大学教師、主に性法学の研究に携わる)
 黄燦(独立セクソロジー学者、芸術家、世界華人性学家協会性文学芸術委員会副主任、『華人性文学芸術研究』編集長、主に女陰文化と妓女問題の研究に携わる)
 胡曉紅東北師範大学女性研究センター副教授、哲学博士、主にジェンダー研究に従事、ジェンダー教育の視点を重視)
 李扁(中国青少年エイズ防止教育工程発起人、青愛プロジェクト専門基金事務局主任、中国青年性学フォーラム招集者、生物学修士、主に性教育、エイズ防止教育活動に従事)
 彭濤(ハルピン医科大学性健康・教育センター副主任。主に性の健康の研究と教育に携わり、ジェンダーの視点にもとづいて健康を促進)
 沈奕斐(復旦大学社会学系教師、復旦大学ジェンダーと発展研究センター副秘書長。研究方向は、ジェンダーと家族)
 王小平(性社会学博士、山西師範大学副教授、主に性社会学研究に従事)
 魏建剛(北京ジェンダー相談センター[北京纪安咨询中心]執行主任、同志亦凡人ビデオ監督、主にセクシュアリティとジェンダー、そのほか多元的権益運動に従事)
 朱雪琴(フェミニズムカウンセラー、ソーシャルワーカー、主にジェンダーと性の研究に従事)
 張敬婕中国メディア大学メディアと女性研究センターで教える。国連ユネスコ「メディアと女性」教席、中国法学会反DVネットワークのメンバー、メディアとジェンダー、文化の研究と教育に尽力)
 張玉霞(新疆大学中文系副教授、新疆大学女性研究センターのメンバー、中国メディア大学映画学博士課程在学、ジェンダー研究に従事、大衆メディアの視角に重点)
 張静(中華女子学院教師、中華女子学院性とジェンダー研究センターのメンバー、ソーシャルワーカー。主に青少年の心理健康教育と相談、青少年の性教育、児童と青少年のソーシャルワークに携わる)
 趙合俊(中華女子学院法律系准教授。法学博士。性と人権理論、性の法律研究に携わり、人権と法律の視角に重点)

 以下、今回の内容を、適当に端折りつつ紹介します。順番は、事件の発生順だそうです。

1.「人民大学ヌードモデル」と「浴室結婚相手募集事件」

事件の回顧
 中国人民大学徐悲鴻芸術学院の女子学生・蘇紫紫(百度百科の記述:「苏紫紫」)がヌード写真の展覧会をし、続いて裸でメディアの取材を受けた。
 バレンタインデーには、干露露(女優。百度百科の記述:「干露露」)の母親が、インターネット上に干露露の入浴ビデオを発表して結婚相手を募集し、続いて母と娘が[ベッドで]睦みあっているビデオをネット上に公開した。
 大多数のネットユーザーは、この2つの事件は、売名と利得のための俗悪な宣伝であると考えた。

コメント
 この2つの事件は、ともに身体の自由な表現と家父長制社会の主流イデオロギーとの間の衝突を示している。その焦点は、女性が裸の身体を公開することに対するタブーである。しかし、人々が彼女たちに対して汚名を着せる眼差しで見るとき、彼女たちは、自らの主体性によって汚名に挑戦し、身体の公共空間を開拓し、生命主体の自由の歓喜を体現したのである。

この事件についての日本でのネット報道
 ・「中国ヌードモデル蘇紫紫(Su-Zizi)が裸でインタビュー」PINK探偵2011年1月12日。
 ・「女優ガン・ルールーが“母娘ヌード”公開、『モラル疑う』非難の声も―中国』Record China2011年10月27日。

2.耽美小説の作者が刑罰を科された

事件の回顧
 江鶴は長い間インターネットで色情小説を発表してきたネット作家であり、彼女の小説は、同性愛・SM・親族間の性関係の描写に満ちており、数年間に200篇あまりの性愛小説を発表してきた。そのために、江鶴は2011年3月、わいせつ物伝播罪(*)を犯したとして、拘留4ヶ月の刑を言い渡された(*→「ネット掲示板にBL小説アップで腐女子逮捕=『わいせつ物伝播罪』ってなに?―中国」[KINBRICKS NOW2011年1月10日]参照)。
 また、この年、河南の鄭州公安局のインターネット警察部隊が、全国で「耽美(BL)小説網」の32名の契約作者を逮捕した。その大部分は20歳前後の女の子であり、そのうちの多くの人は、江鶴と同様の運命に見舞われた。

コメント
 刑法367条は「色情的内容を含む芸術的価値がある文学・芸術作品は、わいせつ物とは見なさない」と明文で規定している。これらの耽美的作品は、わいせつな作品なのだろうか? 国家新聞出版総署の文書の中では、同性愛とポルノとを同列に置いており、映画審査も、あらゆる同性愛を、たとえ「プラトニックラブ」であっても禁止している。これらのことは、同性愛の文学作品に対する取り締まりは、異性間の「わいせつな作品」より厳しいのではないかと疑わせるに足る。
 「わいせつ」な表現も憲法上の表現の自由である。男性どうしの情欲についての女性の著作は、性的指向の平等の確固たる同盟軍であり、中国式の「ゲイとストレートとの連盟」であって、取り締まられない自由がなければならない。

この事件についての日本ネット報道
 ・「中国の腐女子に衝撃=ネット掲示板にBL小説転載の女性逮捕」KINBRICKS NOW 2011年1月8日。
 ・「中国の鄭州でBL小説サイトが摘発され関係者が大量に逮捕される」「『日中文化交流』と書いてオタ活動と読む」ブログ2011年3月28日。

3.人民代表大会の代表が「貞操嫁入り道具論」を言う

事件の回顧
 一昨年、上海市の人民代表大会の代表の柏万青がテレビ番組で、未婚の若い女性は自尊・自愛しなければならず、「過度に放縦」になってはならないと述べた。彼女は「貞操は女の子が結婚する際、婚家に持って行く最も貴重な嫁入り道具だ」と強調した。今年、この話題が蒸し返され、女性の「貞操」に関する大論争が起きた。柏万青を支持する人もいたが、もっと多くの人がこの言論は性差別だと批判した。柏はあるテレビ番組の中で、若い女性を気にかけるからこそ、あのように言ったのであり、一度「貞操を失った」からといって、「貞節でない」ことにはならないと述べた。また、男性も貞節でなければならないと述べた。また、ある人は、「貞操」は心理上の貞操であり、必ずしも身体上の「処女」ではないと強調した。

コメント
 「嫁入り道具論」は、女性の身体をモノ化し、女性の身体自主権を剥奪し、女性の身体をうやうやしく男に捧げるものである。これは、典型的な家父長制的「貞潔論」である。
 多くの支配は「保護」と関心に基づいているのであり、その本質は、文化構造の罪過を公共道徳に変えるものであり、個人の生活に対する粗暴な干渉である。一度するか一万回するかの回数の区別はけっして重要ではなく、重要なのは女性の身体自主権であり、それゆえ、女性の自由意志ならば、一回もしなくても、一万回しても、「貞操」である。身体は自由であり、「貞操観」は、人を貴賤に分けることによって、女性をさらに抑圧するものであり、いかなる性別の人も、その害毒を受けるべきではない。身体も心理も自由なのであり、心理的に「貞操を守る」ことなど言うべきではない。なんで、女性を一回縛りつけるだけでなく、一生縛りつけ、身体だけでなく、心も縛りつけなければならないのか?

この事件についての日本でのネットの論評
 ・「処女の処の字は」ブログ「辣子辣嘴不辣心 小妹嘴甜心不真」2011年3月5日。

4.北京大学教授が「愛人事件」で解職された

事件の回顧
 北京大学のある教授が2009年に麗江で若い女性と出会い、性的関係を持った。教授は、その女性の北京大学受験を助けることを承諾した。2011年4月、教授は、その若い女性が北京大学に合格できなかったので、教授の家族を脅して、30万元を賠償金として強要したと警察に届けたので、警察が介入した。多くのネットユーザーは、この女性に同情を表明し、矛先を北京大学教授に向けて、「愛人を囲った」ことを譴責した。北京大学は「その行為が教師の身分にふさわしくなく、北京大学の声望・栄誉を損なった」という理由で、教授の教師の職務を解除した。

コメント
 事件は、双方が身分上から見て、たしかに不平等な権力関係にあった。私たちは、優勢な資源を持つ一方が、自己の職業権力を利用して性的な誘惑・騙しを行うことに反対する。なぜなら、それは、弱い側の性の自主権を妨害するからだ。もし教授がこの事件で確かに自己の職務権力を利用して、ウソの承諾をすることによって自己の私欲を満足させたならば、このような行為は、私たちが譴責・排斥しなければならないものであり、関係機構が処罰をしたのも、決して根拠がないことではない。
 けれど、私たちは権力関係が不平等な人間の間の自主的な愛あるいは性に反対はしない。個人の性関係は私領域であり、簡単に身分関係によって権力関係を定義することも、ステロタイプであり、無責任である。教師は「性の規範」の犠牲者になる義務はなく、私生活は個人の権利であって、職業に縛られるべきではない。個人の私生活の選択によって、職業領域での処罰をすることは、人権に対する侵犯である。
 大学はこのような明確な懲罰をすることによって、この職業あるいはその機構が「まじめで」「純潔」であるというイメージを守ろうとした。これが耳を覆って鈴を盗む(頭隠して尻隠さず)ことであるかどうかはともかく、問題の本質は「職業機構の管理者はどんな権利があって、一人の公民の私生活ゆえに、彼の仕事の機会を奪うことができるのか?」ということにある。

遠山補足
 新華網をもとにした下のレコードチャイナの記事によると、教授は、女子高生と愛人関係になった後に、その女子高生がケガをして北京大学を受験できなくなった際、「大学を世話する」と約束したということのようです。ただし、PINK探偵の記事は、男性のほうが、北京大学教授であるという身分を利用したというニュアンスが強いです(中国メディアの報道は確認していません)。

この事件についての日本のネット報道
 ・「北京大の既婚教授、女子高生と愛人関係=停職処分に―中国」レコードチャイナ2011年8月29日
 ・「中国北京大学教授、大学入学を餌に20歳女性と不倫」PINK探偵2011年8月24日

5.同性愛者たちが「ホモフォビア」の言論に反撃した

事件の回顧
 女優の呂麗萍(リュイ・リーピン)が「恥」「罪人」などの言葉で同性愛者たちに対して悪意の中傷をしたため、同性愛者が抗議をし、中国中央テレビを含む多くのメディアも、同性愛者の味方をした(→詳しくは、ゲイサイトの「淡藍網」による「『2011年中国10大セクシュアル・マイノリティニュース』」の1、2参照)。

コメント
 (「淡藍網」が述べていることのほかに、以下の点を指摘しています。)
 ・ニューメディア(インターネットなど)が重要な働きをした。
 ・主流のメディアが初めて「同志」という言葉で同性愛の集団を代表させた。このことは、同志文化の影響力をはっきりと示した(遠山補足:「同志」という言葉は、「LGBT」と訳されることも多く、とくに「同性愛」者だけを指しませんが、他の国と同様、おそらく中国でも、セクシュアル・マイノリティの中で、バイセクシュアルやトランスジェンダーは[場合によってはレズビアンも]軽視されがちな現状の反映として、このコメントのように、「同志」=「同性愛者」という理解がなされることもあるようです)。

6.クィア映画祭10年

事件の回顧
 6月、民間のLGBT団体が主催する第5回クィア映画祭が開幕した。2001年に第1回同性愛映画祭を開始してから現在までに10年が経過したので、組織委員会は意気込んで、これまでにない盛況の映画祭にしようとした。けれども、開幕直前に、この活動は関係機関によって止めるように命じられた。このような不利な局面にもかかわらず、組織者たちは止めることを拒絶し、毎晩、バーやコーヒーハウスを探して臨時の上映場所するというゲリラ的な方法をとることによって、関係機構の妨害を逃れ、映画祭の主要な活動を可能にした(→本ブログの記事「第5回北京クィア映画祭は当局に中止を命じられるも、ゲリラ的に開催」参照)。

コメント
 わが国で公開上映される映画・テレビの作品は、近年少し同性愛の内容も出てきたとはいえ、全体としては「同志文化」の表現・伝達はおろそかにされ、無視されている。すなわち、同性愛者[の役]の出演率は非常に低く、出演する同性愛の人物も、公衆の同性愛に対するステロタイプな印象を踏襲している。
 このことは、明らかに、映画審査制度が主流の価値観と同盟を結んで、異性愛文化に合致しないあらゆる表現形態を萌芽状態で扼殺しようとしていることを示している。民間のクィア映画祭はこのような不利な状況の下で発展し、すでに持続時間が最も長い中国大陸の地下映画祭になっており、現体制に対するクィア文化の嘲弄と逆説的風刺を体現しているとともに、クィア文化をはっきりと示す主体的行動になっている。

7.金星がトランスジェンダーの身分のために排斥された

事件の回顧
 著名なダンサー・金星が、トランスジェンダーであるために、当局の圧力によって、あるコンテスト番組の審査員を下された(詳しくは、「『2011年中国10大セクシュアル・マイノリティニュース』」の9参照)。

コメント
 大衆と異なる性的指向・性別選択は、絶えず差別されているわけではない。金星を例にとると、彼女は比較的高い社会的名声を得ているので、多くの人は、中国社会がもう十分に多元的で包容的になったかのように錯覚する。しかし、実際は、いかに成功していても、汚名(スティグマ)化されたセクシュアリティ/ジェンダーの選択は、大きな刀のように頭上にぶら下がっており、いつ、どのようにして落ちてくるかわからない。その人が必要なときは、相違は無視され、その人を排斥するときは、相違が強調される。これが性差別の日常的あらわれである。

8.李陽の妻が反家庭内暴力のために立ち上がった

 9月、KIMがミニブログで、彼女の夫で「クレージー・イングリッシュ(英語の一つの学習法)」創始者の李陽の家庭内暴力を暴露して、メディアと公衆の議論を引き起こした。李陽は最初このことから逃げていたが、公衆が強く問いただしたので、ついに彼は謝り、KIMと共に心理的補導に参加することを承諾した。けれど、すぐに彼は妻と意思疎通することを再び拒絶し、しきりにメディアに登場して、上調子なことを言って自分の行為について詭弁を弄した。KIMはその後離婚を申し立てた。

コメント
 この事件は、メディア・司法機関・公衆がどのように家庭内暴力に対応するかの試金石だったと見ることができる。KIMの行動はすばらしかったけれども、他の人々にはそれぞれ問題があった。加害者の李陽は、自分の行為について過ちを認めていない。メディアは、視聴率のために絶えず李陽を番組に招いて、弁解とPRの機会を提供し、公共のリソースであるメディアとして、KIMのような弱い立場の女性にもっと多くの話をする機会を与える義務があることを軽視した。少なからぬ公衆も、家庭内暴力に対する正確な認識が乏しく、李陽に対して寛大でありすぎ、かえってKIMを責めることを言った。
 最も重大なのは、この事件において、法律執行機構が、制度と経験が欠けていたために、李陽の行為に対して制裁を加えることができず、かえって、KIMに対してかなりの二次被害を与えたことである。私たちは、政府がもっと責任を持って、反家庭内暴力の法律を早く制定するよう訴える!

遠山補足
 『中国婦女報』の「2011妇女权益年度新闻报告」(2012年1月5日)も、この事件を取り上げていますが、同紙の記述(佟吉清執筆)は、この事件について、当事者の陳述や専門家のコメントなどによって「家庭内暴力が、家庭内部の事柄でも、小事でもないことが、しだいに共通認識になった」というふうに、マスコミの報道の肯定的側面のほうに注目しています。

この事件についての日本語のネット報道
 ・「中国のDV事情(前編)――カリスマ教師の豹変」CRIonline(中国国際放送局)2011年10月13日、「中国のDV事情(後編) ――発生の原因にスポット」CRIonline(中国国際放送局)2011年10月14日。
 ・「『クレイジー英語』のカリスマ教師李陽 DV事件の釈明で四面楚歌?」InsightChina2011年11月30日。

9.性教育が何度も問題になった

 本年度は、性教育に関するさまざまな話題があった。
 まず、華中師範大学の性学専攻の修士卒業生の彭露が性教育の教師になりたかったにもかかわらず、仕事を見つけるのが難しかった。
 つづいて、北京市の小学生の性教育の試験的教材『成長の歩み(成长的脚步)』の挿絵や文が性交の概念を紹介していることが、「(現実より)進みすぎている」とか、はては「わいせつだ」とさえ思われた。
 8月12日、この国際青年デーが「青少年性健康教育基地」によって「青少年性健康教育宣伝デー」と命名され、全国に向けて性教育を推進するよう唱えた。
 10月、上海の「性別教育」の教材『男の子女の子(男孩女孩)』が出版され、上海の18の小学校で試みに教えられた。その内容は『成長の歩み』と大同小異だった。
 11月、あるメディアが、雲南省がアメリカの「貞操を守る性教育」を背景にした「三生教育」(本ブログの記事「禁欲主義的性教育によるアメリカの宗教右翼の中国への浸透に警戒の声」参照)を推進し続けていることを報道し、セクシュアリティやジェンダー学の学者に批判された。

コメント
 性教育の話題が4年連続で「年間のセックス/ジェンダー事件」に入選した。性教育をめぐって毎年多くのニュースと紛争があるのは、その背後に異なった価値観の争いがあるだけでなく、異なった教育理念の衝突があるからである。性について話すことが既に普通になった今日、青少年に対する性教育がこのように難しいのは、成人が青少年に対して「性が無い人間像」を期待することや、「保護」の名の下に青少年に対して社会的統制をすることと関係している。
 性教育の推進の困難さは、一部の管理者に性教育の理念が欠けていて、青少年の性教育に対するニーズを無視していることとも密接な関係がある。性のタブーを強調する「貞操を守らせる」授業は多くの省・市に浸透しやすいのに、性の権利とジェンダーの平等を推進することに努力する性教育はしばしば挫折するのは、政府の一部の役人が「功績があることを求めず、過ちがないことを求める」傾向によって、よく説明できる。
 私たちが提唱すべき性教育は、全面的な性教育である。すなわち、知識・責任・自己保護・ジェンダー平等・性の多元性・性の人権であり、そのうちの一つも欠けてはならない。青少年にとって有益な性教育は、青少年の性の面における自主権・選択権・決定権を承認しなければならない。

この事件についての日本語のネット報道
 ・「小学生向けの性教育テキストが賛否両論 エロ漫画との声も」新華社日本 新華通信2011年8月23日。
 ・「小学生向け性教育テキストに『イラストがエロすぎる』との批判=変わらない親心―北京市」KINBRICKS NOW2011年8月19日。

10.洛陽性奴隷事件

事件の回顧
 ある洛陽の男子が地下室を購入し、1年かけて4メートルの深さの穴倉を掘って、次々とナイトクラブの女性を騙して連れてきて監禁し、性の対象にした。また、その男子は監禁している女性を外に連れ出し、売春させて金を稼がせていた。最も長く監禁されていた女性は、2年間も監禁されていた。9月初め、一人の女性が逃げ出して警察に通報し、犯人は検挙された。同時に、警察は地下室から2人の女性の死体を発見した。各方面から非難されたので、洛陽市は「百日大戦」という取締り活動を展開して、全市の小さな美容美髪庁、小さなダンスホール、小さな浴場、小さな旅館、小さなネットカフェの取締りを強め、いわゆる「ポルノ、賭博、薬物」などの違法犯罪活動を厳しく取り締まった。

コメント
 セックスワーカーが強盗や窃盗、身体の傷害にあったとき、警察には助けを求めにくい。なぜなら、彼女たちを取り締まる者たちには助けを求めにくいからである。何人かの被害女性は長い間失踪していたのに、何事もなかったかのようだったが、彼女たちの人間関係のネットワークは働いていたのだろうか? 監禁していた女性が売春のために連れ出されていた時さえも警察に事件を届けられなかったのは、同様の怖さがあったからではないだろうか? セックスワーカーの人身の安全と権利は、この事件が起きたことによって警察によって重視されることなく、逆に、またも風俗取締りの理由になった。事件後の取締りの措置は、いったい救いなのか? それとも新たな被害者に警察に届けにくい雰囲気を作り続けるものだろうか?
 メディアは「性奴隷」という見出しで人目を引いたが、このようなポルノ小説のような「性奴隷」の描写は、ニュースの中で大々的に報ずるにふさわしいものだろうか? ある意味で、社会とメディアの「性奴隷」に対する関心の裏には、「集団的な情欲」が隠れている。

遠山補足
 『中国婦女報』の「2011妇女权益年度新闻报告」(2012年1月5日)の記述(呂頻執筆)は、この事件について、「『彼女たちはなぜ反抗しなかったのか』という古い問題が再び出現したが、これは、傍観者の精神的優越感に由来するものであり、実際は被害者を暗に譴責するものである。本当は『なぜこのような事件が発生したのか』ということを問題にしなければならない」と述べて、法律や主流道徳が風俗営業に従事している人を隔絶していることが、彼女たちが暴力を受けやすい原因になっていることを述べています。

この事件についての日本のネット報道
 ・「風俗嬢6人を地下室に監禁、『性の奴隷』としていた男を逮捕―河南省」KINBRICKS NOW 2011年9月22日、「【洛陽性奴隷事件】政府職員の犯罪は『国家機密』なのか? スクープの記者を市政府が脅迫―河南省」KINBRICKS NOW2011年9月23日。
 ・「河南省・地下の奴隷部屋に女性監禁・・4人救出し2遺体発見」エクスプロア上海2011年9月22日、「洛陽奴隷部屋監禁事件続報~公安局長の謝罪会見と犯行の動機」エクスプロア上海2011年9月25日。

11.上海の女子中学生の性売買事件

事件の回顧
 11月、上海の警察が女子中学生[日本で言えば、中学生と高校生]の「援助交際」団体を「検挙」したことをメディアが伝えた。20名余りの参加者はみな在学中の中学生であり、そのうち2人は14歳になったばかりだった。彼女たちはお互いに紹介し合って、成人男性に性のサービスをし、経済的な報酬を得ていた。この事件が公表されると、世論は騒然となり、これらの女子中学生に対して、「金銭のために『倫理道徳』に背いた」などと道徳的に譴責する声で世間はいっぱいになった。

コメント
 女子中学生が性を売った事件に対する関心の背後には、隠された性的想像がある。すなわち、主流社会が、セックスワークに対する苦慮を未成年の身体の上に転移しているのである。強烈な道徳的譴責の裏には、社会の責任の軽視がある。
 青少年も同様に、性教育を受ける権利、性の侵犯を拒絶する権利、自己の身体をどのように使用するか決定する権利を含めた「性の権利」を持っている。
 青少年が身体権を行使することで傷つくか否かは、いかなる外界の圧力もない状況の下で、傾聴しなければならないことである。成人が未成年者の考え方を理解するには、必ず、腰をかがめ、身をかがめて、彼ら自身が話すことを聞かなければならず、大人としての態度で禁止したり、叱ったり、観察してはならない。そうしなければ、年齢による抑圧と差別になる。

遠山補足
 『中国婦女報』の「2011妇女权益年度新闻报告」(2012年1月5日)の記述(呂頻執筆)は、この事件について、「『援助交際』という曖昧な新語によって、性道徳についての旧い詢喚[interpellation? ラカンなどの精神分析の概念で「呼びかけ」といった意味?]が繰り返された。性道徳の関心が成人女性ではなく、少女であるとき、気を揉むことがさらに正当化され、ポルノ的な消費価値もさらに生じる。しかし、少女の売春が成人女性の売春よりもさらに恥ずべきだということはけっしてなく、買春客と比べればましてそうである。女性と男性、未成年者と成人という道徳の二重基準は虚偽であり、むしろ、未成年者の違法行為と犯罪に対しては、司法関係者であれ、報道関係者であれ、より寛容な態度でなければならない」と述べています。

この事件についての日本のネット報道
 ・「上海で女子高生ら20人が援助交際、『日本の悪影響が彼女らを』」サーチナ2011年11月6日。
 ・「上海女子中高生『援交』事件、9校20人が関与」人民網日本語版2011年11月7日。
 ・「<レコチャ広場>上海の女子中高生たちはなぜ体を売ったのか? 集団援交事件から考える―中国」レコードチャイナ2011年11月8日。
 ・「上海で10代の女子高生20名による援助交際が発覚」エクスプロア上海2011年11月7日。
 ・「【中国ブログ】上海の女子高生が援助交際、『価値観崩壊』とブロガー憤怒」サーチナ2011年11月9日。
 ・「日本の『援助交際』がなぜ中国でも出現したのか?」中国網日本語版(チャイナネット)2011年11月9日。
 ・「上海で集団『援交』事件 摘発された少女に中学生も」insightCHINA2011年11月9日。
 ・「上海で『援助交際』摘発 原因は日本の『腐敗文化』?」MSN産経ニュース2011年12月3日。

 これで終わりですが、以上でわかるように、この「セックス/ジェンダー事件批評」は、コメントに力を入れており、「私たちは、公衆とメディアに、事件ではなく、私たちのコメントに注目していただくよう希望する」と述べています。たしかに、それぞれのコメントは、性の権利とジェンダー平等の見地から書かれていて、貴重です。今回取り上げたニュースは、日本(語)のメディアも取り上げているものが少なくないのですが、そうしたメディアとも異なった視点を提供していると思います。

 ただ、コメントの中には、やや抽象的・観念的なコメントや一般論にとどまっているコメントが目立つように感じます。もう少し具体的事実を積み上げることによって(場合によっては取材をして)、議論に肉付けをする必要があるのではないでしょうか? またせっかく学者が書いているのですから、学問的な到達点を紹介するなどの工夫をしてもいいと思います。

 また、前回は各コメントに署名が入っていたのですが、今回はまた無署名になりました。一口に「性の権利とジェンダー平等」の視角と言っても、人それぞれ異なりますから、コメントでは、個々の文の文責はいちおう明確にしたほうが良いように思われます。

 また、2の事件について、「男性どうしの情欲についての女性の著作は、性的指向の平等の確固たる同盟軍である」というコメントは、日本で「BL(やおい)とゲイ」との関係についてさまざまな議論がなされている状況から見ると、単純すぎるように感じられます。しかし、中国は、「わいせつ」以前に、「同性愛の表現の自由」が大きな焦点になっていますから、こうしたコメントが自然に出てくるのだと思います。いや、日本でも堺市立図書館からのBL排除騒動(最終的には排除は阻止されたが)のような問題があり、その際、上野千鶴子さんも「ゲイとBL系の間には根深い溝があることは事実です。しかし、BLバッシングの中にある、明らかなホモフォビアを看過するわけにはいきません。ここでは小異を捨てて共通の敵に対して共闘してもらいたいところです」と述べているように(*)、こうした問題については、ゲイの側、さらには同性愛者以外の人々もBLに対する排除や偏見の問題に関心を持つことが重要ではないかと思いました。

(*)上野千鶴子「堺市立図書館、BL本5500冊排除騒動の顛末」『創』2009年5月号。この事件については、寺町みどりさんのブログ「みどりの一期一会」に、「堺市立図書館で『特定図書排除』事件はなぜ起きたのか?」(『む・しの音通信』68号)をはじめとして、他県でのジェンダー図書排除問題などを含めて、同ブログの「『ジェンダー図書排除』事件」カテゴリーで論じられています。なお、堺市の事件のとき排除されそうになったBL本のリストを分析したところ、「性描写がほとんどないか、まったくない本がリストに指定されている」「男性読者向けの本は、男女の性行為の度合いにかかわらず指定されていない」「同性愛文学作品のほとんどが書庫などに置かれているのに対し、ヘテロセクシュアル(異性愛)男性向けの『官能小説』は、その多く開架に置かれている」という特徴が見られたといいます(詳しくは「特定図書排除に関する住民監査請求 補充書」[特定図書リストについての分析―123])。中国のケース(で疑われている事項)と共通するものがあるように思います。

禁欲主義的性教育によるアメリカの宗教右翼の中国への浸透に警戒の声

雲南省の大学・中学教育において、アメリカの宗教右翼が作成した「結婚前は貞操を守る」ことを説くテキストを教師の研修で使用

 8月30日付『春城晩報』(春城:雲南省の省都・昆明のこと)は、秋の新学期から、雲南の大学・中学(中学:日本で言う中学と高校)で必修科目である「三生教育(生命教育、生存教育、生活教育)」の中の「生命・愛・性の真相」という項目について、アメリカの「愛家協会(フォーカス・オン・ザ・ファミリー[Focus on the family]の中国での名称)」が作成した教材『無悔今生』*を使用することや、学生用テキストには、結婚前は貞操を守るべきであり、それが妊娠と性病感染を防ぐ唯一の100%有効な方法であると述べらていると報じました(*遠山註:原書名はNo Apologies: the truth about life, love sexなので、「生命・愛・性の真相」という教育内容自体が「愛家協会」のものだと言えます)。この記事は、人民網にも転載されるなど、大きな反響を呼びました(1)

 それに対して、9月1日、セクシュアル・マイノリティの人権サイトである愛白網は、愛家協会(フォーカス・オン・ザ・ファミリー)は、キリスト教福音派の右翼的団体で、反同性愛・反妊娠中絶の活動などをおこなっており、彼らの「禁欲(アブスティナンス)」教育に対してはアメリカ社会では広範な批判があること、アメリカ政府もしだいにブッシュ政権時代の禁欲主義的教育から脱却して、フォーカス・オン・ザ・ファミリーの本部のあるコロラド州も、「貞操を守る」ことだけを説く性教育は立法で禁止したことを紹介しました(2)。そうした事実をもとにして、愛白網は、以下のように指摘しました。「『愛家協会』が発足し足場としているアメリカでも、公立の教育機構が『愛家協会』の本を州の大学と中学の学生の教材にすることを、誰が想像できるだろうか? いま、『愛家協会』は、アメリカではできないことを、なんと、はるかな海を越えた中国で成功させた。こういう状況は、深く考えるべきことなのではないだろうか?」(3)

 こうした批判に対して、雲南省当局は、愛家協会の『無悔今生』は、学生向けの教材にしたのではなく、教師の研修用の書物にしただけであること、「結婚前は貞操を守ること」を教材に書き込んで、中学や大学で必修にするよう要求したことはないと述べました(4)

 けれど、9月3日付『ワシントンポスト』は、雲南省政府の高官が、雲南省政府と愛家協会は協力協定を結んでおり、愛家協会がプログラムを提供した教師の研修に対しても雲南省政府が資金を出したと述べたことを報じました。その高官は「禁欲は、家庭の安定を維持する助けになり、離婚率を低める助けになり、中国の伝統的道徳観とも合致する」と言っています。

 『ワシントンポスト』の記事は、中国に禁欲教育を導入しようとずっと試みてきた「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」にとって、今回の雲南省教育庁との協定は「一里塚」であると言っています。フォーカス・オン・ザ・ファミリーは、テキストの翻訳と中国での審査にそれぞれ2年間をかけ、雲南省の政府の協定を結ぶ以前に、すでに中国で9000名に研修をおこなったそうです(5)。実際、雲南省教育庁の「三生教育」のサイトにも、雲南省の教育庁長の羅崇敏が愛家協会のアジア部の主任の李衛民一行と会見して、「協力の強化について意見交換した」という記事が掲載されています(6)

 また、中国の爱家协会のサイトを見ると、愛家協会は、北京などでも「婚前の性行為を避ける」ことを主眼にした研修をしており、中国ソーシャルワーク協会(中国社会工作协会)とも協力していることがわかります(7)。愛家協会は、中国のサイトでも、同性愛に否定的な宣伝をしています(8)

 9月15日、エイズ防止やセクマイの人権のために尽力している「北京愛知行研究所」は、雲南省は「エイズ防止条例」や「人口と計画出産法」に定められたエイズ防止教育や性の健康(セクシュアルヘルス)の教育を提供すべきであり、「結婚前は貞操を守る」ことを教えるだけであってはならないことを訴える意見書を雲南省の教育庁に送りました(9)

 セクシュアリティの問題を専門としている中国の研究者も、批判の声を上げています。李銀河さんは自らのブログに「婚前守貞教育は誰の一里塚か」という文を書き、「これは『一里塚』式の後退であり、中国の教育部(既に文書を出している)と性学会が包括的性教育を推進して、子どもたちに科学的な性知識と正確な性観念を与える予定であるときに、禁欲的な婚前守貞教育が普及し始めれば、中国の性観念・性教育の大後退の一里塚になるであろう」と述べました(10)。方剛さんと馬曉年さんは、それぞれ、「守貞課の本質:右翼宗教組織の理想」、「思想道徳教育もアメリカの極右派に学ばなければならないのか?」というエントリを書きました(11)

 といっても、2008年12月に中国の教育部が発表した「小中学健康教育指導要綱(中小学健康教育指导纲要)」にも、「婚前の性行為は青少年の心身の健康に重大な影響を与える。婚前の性行為を避ける」(二-(五)-2-(4)))と書かれているのですから、中国政府の教育方針とフォーカス・オン・ザ・ファミリーの思想との間には、もともと共通性があることも否定できません。

 また、フェミニズム雑誌(電子ジャーナル)である『女声』は、愛家協会がその右翼的観点をうまく包装していて、「愛や思いやり」で同性愛者を「(異性愛に)帰ってこさせる」ことを説いたり、社会が主婦の貢献を重視しないことを批判して、男性に女性の苦労を理解するように説いたりして、家族の調和とロマンチック・ラブ(浪漫愛)を賛美していることに注意を向けています。『女声』誌は、「伝統的な家庭とロマンチック・ラブに対する崇信が中国ではなお流行しているので、その中に隠された狭隘と迷思に対しては、多くの人は内在する問題に気づかないのかもしれない。これが、この協会の観点が市場を獲得している一つの原因かもしれない」と述べています(12)

 『女声』誌は、「愛家協会は『幸福な家を守る』というベールをまとって、政府と民間の基金会の資金援助の下、影響を不断に拡大している。宗教の自由を尊重すると同時に、この組織の真の動機とその観点の危険性に対してと、守貞教育の陳腐で反人権的な性格に対しては、もっと警戒する必要があるかもしれない」と述べています。

2008年の浙江大学の「婚前守貞」研修課程を実施したも、フォーカス・オン・ザ・ファミリー

 2008年にも、「愛家協会」は、浙江大学で「結婚前は貞操を守る」ことを教える研修課程を実施したことがあります。

 この研修課程は当時のメディアでも話題になり(13)、『中国婦女報』は、それを批判する記事を何回も掲載しました(14)。たとえば、栄維毅さん(人民公安大学准教授)は、「婚前守貞」教育を以下のように批判しました。

 1.「守貞教育」は、国家が明文で規定している、各クラスの学校で性の健康の教育をおこなうという要求に背いている。「中華人民共和国人口と計画生育法」第13条第3款は「学校は在学生の中で、教育を受ける者の特徴に合った適切な方式で、計画的に生理衛生教育・青春期教育・性健康教育をおこなわなければならない」と指摘している。この要求は、出発点と内容から言って、「守貞教育」が担うるものではない。
 2.「守貞教育」は、男権の立場である。報道によると、4月12日の当日の研修課程の終了後、婚前は貞操を守ることを願う女性は、「協定書」にサインしなければならなかった。これは、大学性の性の問題をこっそり女子大学生の問題、女性の貞潔の問題にすりかえるものである。研修に参加したのは、男子学生が多数で、女子学生は1/4しかいなかったのに、女子学生にだけ婚前の貞操を守る承諾を要求するのは、明らかに伝統的な性道徳の二重基準を踏襲している。
 3.「守貞教育」は、性行為に対する一面的な解釈であり、性教育をヨーロッパの中世に後退させる。婚前の性行為のマイナスの結果を一面的に強調して、それを性病の伝染やエイズと一緒にして、「婚前の性行為」と「安全でない性行為」や「性の乱れ」とを混同することは、大学生たちに、性を誤解させ、性を恐れさせ、性を抑圧させて、問題があったときに、専門的機構に助けを求めることをできなくさせて、各種の弱者集団の境遇をいっそう困難にするだけである。正しいやり方は、大学生に性を全面的に認識させ、責任感と自己保護能力を強めさせることである。
 4.「守貞教育」は、エイズを防止できない。浙江大学の「守貞教育」では、講師が、ウガンダのエイズ発病率が低下したのは、「守貞教育」のためだと述べたが、2005年のコロンビア大学の研究によると、ウガンダのエイズ発病率の低下は、コンドームの使用と感染者の早死のためである。

 ただし、この時も、各メディアは「愛家協会」がどのような団体であるのかをほとんど報じず、人民網に至っては、愛家協会を「結婚や恋愛の研修サービス機構」と述べていました(15)。この時も、セクマイの人権サイトである愛白網が「愛家協会」の宗教的性格を指摘しています(16)

 愛家協会は「婚前は貞操を守る」という規範は男女平等に要求されると主張しているのですが、栄維毅さんが述べているように、浙江大学での実際の授業では、女性差別になっているようです。授業の際に放映されたビデオの中で、婚前に性行為をした男女が、それを後悔していることを語って、見ている人に警告を発するシーンがあるのですが、その中でも、彼(彼女)らは、「処女でないと、青色のウェディングドレスしか着られない」(?)とか、「結婚のときに処女だと本当に良い。なぜなら、あなたの夫が、これは自分の女だと思えるから」と言っているということです(17)。方剛さんも、「『守貞課』は、初めは男女両性の平等を強調するけれども、全体の過程を見ると、なお『処女膜崇拝』・『女は男のために貞操を守る』などの腐った概念の再現である」と批判しました(18)

 ですから、雲南省でも、もし実際に大学や中学の授業の中で「婚前守貞」が教えられることになれば、ダブルスタンダードになるのではないでしょうか?

統一教会傘下の国際教育財団が中国に食い込んだ過去も

 1990年代には、統一教会(統一協会)傘下の国際教育財団(国际教育基金会、International Educational Foundation[IEF])が、「純潔教育」を売り物にして中国に食い込んだことがありました。

 国際教育財団も、「婚前の性行為は不道徳だ。忠実な婚姻が最も重要だ。禁欲がエイズを防止する唯一の道だ」と説いて、中国の保守的な官僚に歓迎され、中国の衛生部の健康教育研究所にも事務局を持つに至りました。国際教育財団は、衛生部だけでなく、計画出産部門や婦女連合会(婦連)、中央宣伝部、教育部とも協力関係を築きました。1994年以来、国際教育財団は、性教育の講演会を20余りの都市でおこない、聴衆は10000人余りに達したといいます(19)

 婦連との関わりは詳しくはわからないですが、たとえば、婦連は、通知を出して、国際教育財団の「貞潔基金」の募集をしたこともあるようです(20)。1999年12月には、中国家庭文化研究会と山東省婦連が、国際教育財団と共同で「'99家庭美徳と精神文明講習研究討論活動」を済南市でおこなったりしています(21)。『ニューヨークタイムズ』によると、国際教育財団は、地方の、資金不足の婦連に金銭を提供することによって食い込んだということです(22)

 この時も、北京愛知行研究所の万延海さんは、1999年の5月・6月と2000年の7月に、衛生部や国務院に手紙を出して、国際教育財団と統一教会の結びつきなどを指摘しました(23)。その結果、2000年8月には、衛生部は、健康教育研究所に国際教育財団との協力を停止するよう命令を出しました(24)

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 以上のように、中国当局は、しばしば、性教育の領域で西側の右翼的宗教団体との協力をおこなってきました。その根底には、性道徳に関する考え方の共通性があります。その共通性は、おそらく性道徳の分野だけにとどまるものでもないでしょう。

 そうした協力関係に警鐘を鳴らしたのが、中国政府からは異端視されているセクマイのための人権団体などでした。 

(1)“婚前守贞”写进三生教育课程 女学生翻几页书脸就红了」『春城晩報』2010年8月30日→「云南将“婚前守贞”写入教材 女学生翻看时脸红」新華網2010年8月31日。この記事は、「結婚前には貞操を守る」教育を肯定的に報じており、次の文で記事の最後を締めくくっています。「昆明のある大学の1年生は、数ページめくっただけで少し顔が赤くなった。けれども、彼女は、性と愛情に関する教育は学生にとってとても重要であり、強い教育的・指導的意味を持っていて、不必要な傷害を避けることができると考えている」。
(2)この団体のアメリカでの反同性愛者活動については、ゲイジャパンニュースに記事があります(「反同性愛者団体、米大手デパートMacy'sの感謝祭パレードに参加」2005/12/13)。日本でも、1996年にファミリー・フォーカス・ジャパンが設立され、2006年にファミリー・フォーラム・ジャパンと改称しています。そのサイトを見ると、「アブステナンス教育指導者養成講座」とか、同性愛の「予防と治療」、「セーフ・セックスの嘘」、「知的デザイン論」(インテリジェント・デザイン=知性ある設計者によって生命や宇宙の精妙なシステムが設計されたとする説。進化論を否定)といった言葉が見つかります。No Apologies: the truth about life, love sexは、『愛と性と生きること』として日本語版DVDになっています(「書籍&DVD,CD」のコーナー)。
(3)愛白網特約評論員Danfei「搞“贞操”教育,美国基督教右翼组织渗透进了中国公共教育机构?」愛白網2010年9月1日。
(4)《今生无悔》是教师研修班用书 从未要求将“婚前守贞”写进教材」『春城晩報』2010年9月2日→「云南省教育厅否认将美宗教保守组织书籍用作学生教材,称是教师研修班用书」愛白網2010年9月2日。
(5)Abstinence program in China a milestone for U.S. evangelicals”, The Washington Post2010-9-3→(紹介)「《华盛顿邮报》头版:在中国的禁欲课程是美国福音教徒的里程碑」愛白網2010年9月5日。
(6)罗崇敏会见美国爱家协会亚洲部主任李卫民一行三生教育网2010年8月26日。
(7)No Apologies——“无悔今生”课程培训」、「“无悔今生——关于生命、爱和性的真相”课程培训-北京地区-2010金秋之美」、「“无悔今生——关于生命、爱和性的真相”课程培训-北京地区-2010金秋之美」、「“亲密之旅——爱家自我成长&婚恋情商课程”初级培训」いずれも「愛家協会」サイト。
(8)正视婚姻的意义」、「爱的进行式(一)──对同性恋子女的教导」、「爱的进行式(二)──预防孩子成为同性恋者」いずれも「愛家協会」サイト。
(9)北京愛知行研究所「云南省三生教育需要依法提供艾滋病防治教育和性健康教育,而不只是“婚前守贞”(2010年9月15日)‏」愛知行動サイト2010年9月16日。
(10)李銀河「在中国开展婚前守贞教育是谁的里程碑?」李銀河的博客2010年9月6日。
(11)方剛「守贞教育本质:右翼宗教组织的理想」方剛的博客2010年9月1日、馬曉年「思想道教育也要学习美国极右派?」馬曉年的博客2010年9月6日。
(12)「“守贞教育”背后爱家协会真面目」『女声』50期(2010.8.20-9.12)(word)。
(13)浙大开婚前守贞培训课呼吁拒绝婚前性行为」人民網2008年4月11日(来源:『今日早報』)、「浙江大学“婚前守贞”培训全记录」網易2008年4月17日(来源:浙江在線)。この出来事は、全国各地の青年学者14名が選定した、2008年「中国10大セックス/ジェンダー事件」の一つにも選ばれました。
(14)“婚前守贞”培训,天真还是理性? 」『中国婦女報』2008年4月14日、荣维毅「守贞教育是对性教育片面解读」『中国婦女報』2008年4月28日、陈蓉霞「“婚前守贞”教育属倒行逆施」『中国婦女報』20038年5月5日、蓝怀恩「到底谁为谁守贞?」『中国婦女報』2008年5月12日。
(15)浙大开婚前守贞培训课呼吁拒绝婚前性行为」人民網2008年4月11日(来源:『今日早報』)。
(16)新語絲 桔梗「“婚前守贞”:浙江大学为什么放任宗教右翼组织在公立学校进行宣传?」愛白網2008年4月18日。
(17)守贞,怎么教?」『南方周末』2008年7月3日。
(18)方刚:守贞课存虚伪性 再现处女膜崇拜等腐朽观念」新華網2008年5月12日。
(19)万延海致李岚清副总理的信:关于国际教育基金会」(2000年7月29日)、「统一教会2000年7月北京举办大学青年集会」。国際教育財団には今でも中国語サイトがあり(国际教育基金会)、中国における活動を書いたページもあります(IEF在中国)。
(20)万延海致李岚清副总理的信:关于国际教育基金会」(2000年7月29日)。
(21)国际教育基金会及其在中国的合作伙伴
(22)二言「揭开国际教育基金会的真面目」(愛白網2002年10月13日)の「《纽约时报》2000年9月12日报道编译 二言编译」より。
(23)万延海「给卫生部的信:关于“国际教育基金会”」(1999年5月11日)、万延海「给卫生部的信:关于“国际教育基金会”的背景“文鲜明”和“统一教”(2)」(1999年6月8日)、
万延海致李岚清副总理的信:关于国际教育基金会」(2000年7月29日)(いずれも北京愛知行研究所サイト)。
(24)万延海「统一教会(国际教育基金会)受到政治侦访」北京愛知行研究所サイト。

北京愛知行研究所、政府に性教育とエイズ防止の強化を訴え

 北京愛知行研究所は、エイズ防止と社会のさまざまな弱者(同性愛者、トランスジェンダー、セックスワーカー、薬物中毒者、流動人口、少数民族、エイズ感染者・患者)の人権保護のための活動をおこなっているNGOです。

 昨年末の話で恐縮ですが、北京愛知行研究所は、2009年12月26日、「学校および大衆的な性教育とエイズの性感染予防の強化に関する訴え(关于加强学校和大众性教育,预防艾滋病性传播的呼吁)」を、衛生部・教育部・国家ラジオ映画テレビ総局・国家報道出版総署・工業情報化部・公安部に向けて出しました。

 この「訴え」は、まず、公式発表の中から、以下のような状況を指摘しています。
 ・存命中のエイズ感染者と患者のうち、性交渉による感染が6割に近づき、その中でも男性どうしの性交渉による感染の増大がとくに顕著である。2009年に新しく見つかった感染者のうちでは、異性間の性交渉によるものが42.2%、男性どうしの性交渉によるものが32.5%だった。
 ・最近3年間は、学生の中で見つかったエイズウイルス感染者と患者の数が、年を追って上昇する趨勢にある。

 北京愛知行研究所の「訴え」は、衛生部も、最近は男性同性愛者のグループを通じて、コンドーム使用の推進やエイズ防止教育をおこなうようになったことを評価しつつも、上のような状況から見ると、それだけでは不十分だとして、次の2点を指摘しています。
 ・同性愛者の青少年が成長している学校でも、性教育やエイズ防止教育を推進する必要がある。
 ・男性の同性愛者も大衆の一部なのだから、大衆的なメディアを通じてエイズや性教育の情報を提供する必要がある。その際には、同性愛者を無視したり、まして差別や偏見があってはならない。

 以上のような認識に基づいて、北京愛知行研究所は以下の4点を訴えています。

1:わが国の教育部と衛生部は、できるだけ早く、学校(小学校・初級中学・高級中学・職業学校・高等教育を含む)におけるエイズ教育・性教育・リプロダクティブヘルス教育を始動・強化して、青少年の健康の権利を保障するべきである。そのために、エイズ教育・性教育・リプロダクティブヘルス教育の教学大綱と教材を編纂し、予算を制定し、教学活動の執行・監督・評価計画を制定するべきである。

 この1については、具体的に、以下のようなことも提起しています。

 「若干の現実的でない、絶対禁欲主義のエイズ教育政策、たとえば衛生部と教育部の『青少年エイズ予防基本知識(青少年预防艾滋病基本知识)』(1)を改正して、総合的なエイズと性教育の情報(青少年の禁欲の情報だけでなく、性の安全の知識と医療のサービスも含むもの)を提供すべきである。

 「学生社団にエイズ防止と性教育の活動に参与することを奨励し、学生団体がピア・エデュケーション活動を展開することを支持するべきである。その中には、同性愛者に対する友好的な社団の活動も含む。」(2)

2:わが国の国家報道出版総署・国家ラジオ映画テレビ総局・中央宣伝部は、大衆メディア(ラジオ・テレビ・新聞・雑誌・インターネットメディアを含む)がエイズ防止教育活動に参与するよう積極的に促進・奨励すべきである。エイズ教育は、総合的な性教育と積極的にタイアップすべきである。そのために、国家ラジオ映画テレビ総局は、ラジオ・映画・テレビの性に関する番組に対する制限を取り消すべきである。報道出版部門・宣伝部門は、科学的で現実的な、エイズと性の教育の指導的意見を制定することが必要であり、道徳の説教と禁欲主義に限定してはならない。

 2については、この「訴え」は、たとえば、衛生部と中央宣伝部が1998年に公布した「エイズ予防の宣伝教育原則」(卫生部 中共中央宣传部 国家教育委员会等「关于印发预防艾滋病性病宣传教育原则的通知」1998年1月8日)が、「エイズ防止の宣伝教育は、社会主義精神文明建設の重要な内容であることを強調しなければならない」と述べて、「中華民族の伝統的な美徳(身を清らかにして軽率な行動を慎み、純潔を守り、配偶者に忠実で、共白髪まで添い遂げる)を保持・発揚する」としていることを批判しています。

3:わが国のラジオ映画テレビ総局、報道出版部門と関係部門は、同性愛と同性愛者に対する差別的政策を撤廃し、大衆メディアと学校教育が同性愛者にデリケートで友好的な情報を提供するよう保証するべきである。そのために、国家ラジオ映画テレビ総局は、同性愛のテレビと映画に対する禁令を解除すべきである。報道出版総署は、同性愛の出版物を支持し、雑誌コードを与えるべきである。工業・情報化部と公安部は、同性愛サイト自身は取り締まりの対象ではなく、同性愛サイトの中の違法な情報が取り締まりの対象であることを明確にするべきである。

 上で述べている「同性愛のテレビと映画に対する禁令」というのは、以下の3つです(3)

(1)1997年1月 ラジオ映画テレビ部「映画審査規定(电影审查规定)」
 「第10条:映画フィルムの中のプロット、言語、画面に以下の内容があるものは、削除・修正(……)しなければならない」の「5.淫乱・強姦・売春・買春・同性愛などを具体的に描写したもの。」(下線は遠山による。以下同じ)

(2)2004年5月 国家ラジオ映画テレビ総局「ラジオ・映画・テレビの未成年者の思想道徳建設の強化・改善の実施方案(印发《广播影视加强和改进未成年人思想道建设的实施方案》的通知)」の15
 「性に関わる不健康な内容、たとえば性の自由、性の勝手気まま、性の享楽、同性愛の言語・画面・プロットなどを明らかに示しているものは、断固として削除しなければならない。とくに未成年者の早恋・性行為などに関わる言語・画面・プロットは杜絶させなければならない」

(3)2008年3月 国家ラジオ映画テレビ総局「映画審査基準を重ねて言明することに関する通知」(广电总局关于重申电影审查标准的通知
 「映画フィルムの中の以下の状況は、削除・修正しなければならない」の中の「淫乱・強姦・売春・買春・性行為・性変態・同性愛・自慰などの状況を繰り広げる」など(4)

 また、「同性愛の出版物」のほうについては、この「訴え」は、「わが国の報道出版部は、以前、同性愛に関する題材の出版を禁止したことがあり、現在も制限している。わが国には現在、政府の許可を得た同性愛の刊行物[←雑誌を指していると思われる]はない。2009年7月29日、北京市文化執法大隊は、民間が非公式に出版した同性愛刊行物『点』と『Les+』を没収した」という点を批判しています(5)

 さらに、この「訴え」は、以前このブログでも取り上げた、インターネットの同性愛サイトがしばしば取り締まりの対象になっている問題(本ブログの記事「同性愛サイトに対する攻撃や規制」で触れた)や、昨年衛生部が出した「インターネットの医療保健情報サービス管理規則」(本ブログの記事「インターネット上の性科学の情報を統制する規則」参照)も批判しています。

4:わが国の政府はコンドームの公益公告を奨励し、同時にコンドームの商業公告に対する制限を解除するべきである。

 「訴え」は、この点について、「わが国の政府は現在コンドームの公益公告は許可しているけれども、商業的な公告は制限している。市場の効率を考えると、関連する政策は、コンドーム企業が、コンドームの公益教育に参与する積極性を制約していることになる」と述べています。

 先日触れたように、現在、北京愛知行研究所のようなNGOは、政府の政策によって、海外からの財政援助を困難にされたことによって難しい状況に直面していますが、こうした率直で貴重な訴えがおこなえる団体を窮地に追い込むやり方には憤りを感じざるをえません。

(1)卫生部办公厅 教育部办公厅关于印发《青少年预防艾滋病基本知识》的通知」(2007年5月25日)(卫办疾控发[2007]92号)。この「訴え」は、この「通知」のどこが「絶対禁欲主義」なのかを明記していませんが、おそらく、「恋人の間はお互いに忠誠でなければならず(……)婚前の性行為の発生は、避けなければならない。婚前の性行為の発生は、お互いの心身の健康にとって不利な影響がある」といった箇所だと思われます。
(2)Tom Mountford“The Legal Position and Status of Lesbian, Gay, Bisexual and Transgender People in the People’s Republic of China”(「中国男女同性恋、双性恋和跨性别群体的法律地位和法律状态」)(The International Gay and Lesbian Human Rights Commission [IGLHRC]サイト2010年3月24日、Executive Summary)は、大学の社団をめぐる状況について、以下のような問題を指摘しています(英語版p.17-18、中国語版p.14)。
 ・中国では、LGBTの学生社団は、中山大学の彩虹社しかない[彩虹社については、本ブログの記事「同性愛者などの人権のための初の正式の学生団体」参照]。
 ・中国の大学では通常、中心になる組織が学生社団の登記と管理をおこなうが、LGBTの学生社団の登記申請は、みな拒否されている。たとえば、北京大学は、2004年にあるLGBTの学生社団の登記申請を拒否した。
 ・正式の登記ができないことは、学生社団にとって、重大な損失である。まず、登記をすることによって、教室など、学内の施設が利用できるようになる。次に、登記することによって、公式の案内に掲載され、新入生歓迎などの活動に参加できるようになる。さらに、登記をすることによって、LGBTの学生たちが、健康や社会的支援を得られやすくなる。最後に、LGBTの学生社団の存在は、学生全体に影響を与え、より良い環境を作る助けになる。
 ・LGBTの学生社団が登記できないと規定した法律はないが、中山大学の特例を除けば、他の登記の試みはすべて拒否されており、文章化されていない規定があるとみなすことができる。
 なお、Tom Mountfordさんの上記の報告は、中国のLGBTをめぐる法律の問題点を網羅的にまとめており、この問題に関心のある方には必読であるように思います。
(3)2008年12月には、下の3つの規定を改正するよう44の団体と34人の個人が連名で訴えました(本ブログの記事「民間諸団体、映画やテレビでの同性愛描写を禁止する規定の削除を訴え」)。
(4)北京愛知行研究所は、この通知が出た際にも、「同性愛」に関する規定を削除する提案をしています(「建议国家广电总局删除电影审查标准中“同性恋”的相关规定」2008年3月17日)。
(5)警察が北京LGBT文化活動センターに手入れをおこなって、『Les+』を没収したことについては、Xtra!(カナダのゲイ・レズビアンサイト)やFridae(香港に拠点があるセクマイ関係のニュースサイト)が取り上げ(“Chinese lesbian mag raided while activists in Copenhagen / Activists vow to work around government censors”Xtra!2009年8月6日、“Lesbian magazine in Beijing raided by police”Fridae2009年8月12日)、それらを日本のブログ「みやきち日記」が紹介しておられます(「北京のレズビアン雑誌、警察の強制捜査に遭う」2009年8月15日)。
 ただし、その後もこれらの雑誌は不屈に刊行を継続しています。『Les+』は季刊で、雑誌没収前の2009年7月に2009年の第3期(No.20)を刊行していたのですが、その後、予定より大幅に遅れつつも、2009年4期(No.21)を2010年4月に刊行しました(「4月18日 女同杂志《les+》重生庆祝&新刊发布会」Les+的博客2010-04-15)。また、『点』は、2009年7月に刊行を予定していた号を、2009年10月に延期して刊行しています(ただし、この刊行の遅れについて、『点』のブログは、「組版ソフトの故障」のためや、メンバーがLGBTのスポーツの世界大会であるアウトゲームスに参加したためだとしています「《点 Gayspot》电子杂志第3期精彩上线!」《点》杂志的博客2009-10-08)。
 また、刊行物に対する許可について、北京愛知行研究所の万延海さんは、「出版物には、雑誌コードがなければならず」、「[雑誌コードがない]内部出版物は内部の従業員にしか発行できない、つまり、内部の人しか読めない。内部出版物も、審査のうえ許可を得なければならない。これは、私の見るところでは問題がある」と述べています(「中国独立民间组织出版自由受限制」自由亚洲电台(RFA)2009年8月18日)。出版物に対する制限に関しては、注(2)のTom Mountford“The Legal Position and Status of Lesbian, Gay, Bisexual and Transgender People in the People’s Republic of China”(「中国男女同性恋、双性恋和跨性别群体的法律地位和法律状态」)も取り上げています(英語版p.12-14、中国語版p.10-11)。

「早恋」防止を保護者の義務にした黒龍江省の条例をめぐって

黒龍江省未成年者保護条例の改正

 8月末、黒龍江省第11期人民代表大会常務委員会第12回会議で「黒龍江省未成年者保護条例」が改正された際、未成年者(中国では18歳未満)の「早恋(早すぎる恋)」を防止することが保護者の義務として規定されました。

 すなわち、同条例は第13条で「父母あるいはその他の後見者は、未成年者の子どもまたは後見されている未成年者の、以下の不良または違法の行為に対して批判・教育・制止・矯正をしなければならない」とし、その第9項として「早恋、不法同居(後述)、麻薬を吸う、売春、買春」を挙げたのです(罰則などはなし)(1)

 「早恋」という文言は、もとの改正草案にはなかったのですが、常務委員会での2回目の審議のときに「これらの[=上に挙げた]問題の多くは、早恋によって起きる。不法同居したときに再教育をするのではいけない。早恋のときに批判・教育・制止をしなければならい」という意見が出て、盛り込まれました(2)

 「早恋」には明確な定義はありませんが、小学生や中学生(中学生といっても、中国の場合、中学には初級中学3年間と高級中学3年間の両方が含まれるので、日本の中学生と高校生に当たる)の恋愛を、「早すぎる」として学校や保護者が批判する言葉として使われる場合が多いようです。「中国の大多数の教育関係者は、中学で恋愛をするのは、その年齢の特徴に合わない早すぎる行為だと考えている」と書かれている文献もあります(3)

 メディアでは、この黒龍江省の条例に対して、「早恋は勉強の妨げになるから」「子どもには恋愛はわからないから」「万一の事があったら大変だから」といった理由で賛成する意見も掲載されていますが、疑問や批判も目立ちます。

何歳以下が何をしたら「早恋」なのか?

 まず、何を「早恋」と言うのか? という疑問が出ています。

 具体的には、まず、「何歳より前に恋愛したら、早恋になるのか?」という点です。この点についても、やはり個人差があって、高級中学で恋愛するのも早恋だと考える人もいれば、初級中学で恋愛するのも正常だという人もいます。

 第二に、「何をしたら早恋になるのか?」という疑問も出ています。「男女の学生がいつも一緒にいたら早恋なのか? 手をつないだらどうなのか?」と。

乱暴に制止することは逆効果になるのでは? 「早恋」は必ずしも問題ではないのでは?

 非常に多いのは、「硬い規定は反発を招く」とか、「無理に干渉したら、逆効果になる」という声です。実際、早恋を無理やり止めさせようとして、さまざまな悲劇が起きた(学校をやめて駆け落ちしたとか、娘をベッドを鎖でつないで警察ざたになったとか、クラス担任が学生の日記を引き裂いたうえに、早恋の内容を暴露して、プライバシー権侵害で訴えられて、精神的損害賠償をしたとか)ことを指摘する人もいます。法律で決めるようなことではないというわけです。

 もちろん、そもそも「早恋」は一概に問題だと言えるのか? という声もあります。「健康的な交際ならば、生活や勉強に必ずしもマイナスの影響はない」、「子どもの成長の状況にもとづいて具体的に決めるべきだ」、「うちの近所の子どもは、高級中学のときに恋愛したが、2人とも大学に合格した」というような意見です。だから、ケースによって、対処を変えるべきだということです。

 また、こうした法律を執行しようとしても、やりようがないという声も出ています。(4)

 以上のような意見に対して、黒龍江省の人民代表大会の関係者は、
 ・条例には「批判・教育・制止・矯正」と書かれており、すべての状況に対して同じように対処すると言っているのではない。子どもに対する影響があまり重大でない場合は「教育」し、成績が急降下したり、夜も帰ってこないような場合には「制止」するということである。
 ・法律には、懲戒のほかに「導き、教育する」機能がある(5)
 と述べて反論していますが、条例では「早恋」を、「不良あるいは違法の行為」として規定しているのですから、説得力は十分でないように思います。

 実際、この件に関するあるネット投票には、9万9千人あまりが参加しましたが、以下のような結果でした(6)(もちろんネット投票=世論ではないのは、中国も同じですが)。
・「早恋は青少年の正常な情感である」…39.5%
・「どの年齢の子どもが恋愛したら早恋になるのか?」…15.2%
・「どのような行為をしたら早恋になるのか?」…13%
・「法律で早恋を禁止するのは簡単で粗暴である」…10.2%
・「早恋は禁止すべきである」…2.8%

「早恋」概念自体に対する疑問も

 今回の議論の中では、「多くの発達した国家には、『早恋』という言葉はない。もし子どもが高級中学に入ってもまだ恋愛をしたことがなければ、保護者は子どもを医者に見せるだろう」という話も出ました(7)

 こうした、「早恋」概念自体を批判する意見は以前からあります。そうした意見は、「早恋」概念が欧米にはないことのほか、「早恋」という言葉自体の中に貶す意味が含まれていることが生徒の反発を招くことや実態とズレていることなど根拠にして「早恋」概念を批判しています(8)

 ただし、新聞や雑誌の記事を見るかぎり、「早恋」概念自体を批判する意見は、全体としては、まだ少数にとどまっているようです。

一部の学校の「早恋」防止策

 また、「早恋」を防止するために、以下のようなことをしている(した)学校もあります。
 ・南京市のある高級中学では、全校の女子生徒を集めて、男子生徒と接触するときは44cmの「標準距離」を保つよう指導した。
 ・上海・北京・重慶などの一部の高級中学では男女を別のクラスにするやり方を試したことがある。大多数の保護者は学校のやり方に賛同した。(9)
 ・麗江市のある高級中学は、校門に「商業的なネットカフェに入ることと早恋を厳禁する」とか、保護者に連絡して取り決めをしても改めない場合は「除籍する」とか書かれている(10)

教育部や政府と「早恋」

 教育部や政府の方針としては、明確に「早恋」を禁止しているわけではないようです。ですから、黒龍江省の条例を批判する人の中には、以下の点を論拠に挙げた人もいます(11)
 ・教育部が2004年に発布した『中小学生守則』と『中学生日常行為規範』には、早恋を禁止する条文はない。
 ・未成年者保護法を審議したとき、第11条の「未成年者の喫煙・飲酒・流浪・インターネットへの耽溺[沈迷]を予防・制止する」に、「早恋」を付け加える提案をした人がいたが、2007年6月に正式に公布施行されときには、早恋を禁止する規定はなかった(中華人民共和国未成年人保護法)。

 けれど、以下のようなこともありました。教育部は、2007年6月、「同年9月の新学期から全国の小中学校でフォークダンスを導入する」と発表しました。高級中学のダンスには、男女が手を取り合って踊るワルツも含まれていました(12)。しかし、保護者の中に「男女でペアになって踊ることは、早恋に結びつく」と心配する人が出てくると、教育部は「フォークダンスは早恋には結びつかない」と言って弁解し(13)。国家体育総局は「男女がペアにならずに、みんなが踊る」フォークダンスを導入しました(14)

中国の教育のあり方と「早恋」防止

 教師や保護者の中にも子どもの「早恋」を心配する人が多いのは、「勉強の妨げになる」という理由からで、実際、そういうケースも多く述べられていますし、教師や保護者が頭を悩ます場合は多いと思います。しかし、条例などで規定してまで制止しようとするのは、進学競争に見られるような教育のあり方とも関係があると考えられます。実際、中国でも、「この[黒龍江省の]立法は、わが国の教育がまだ『点数だけ見て教養を見ない』レベルにあることを示している」という点を指摘する人もいます(15)

 また、「いま早恋が問題になっているのは、思春期の性教育が欠けていることと関連がある」「(第二次性徴が始まる)小学校4年生から指導を始めるべきだ」(16)、「多くの人が恐れているのは、『模奶門(男子生徒が集団で女子生徒の胸をもんでいる動画が流出した事件(17))』のような事件だが、それは性教育が欠落しているためであって、早恋とは関係がない。早恋を禁止することによって、青少年の性教育の欠落を覆い隠してはならない」(18)という指摘も出ています。

 ただし、中国の性教育は、早恋を単純に否定するようなものがむしろ多いようです。この点について、潘綏銘さんは、主流の社会は「性教育を『消火器』として使って」いるが、性教育の究極の目標は「性の幸福」であること、現在の性教育には「ジェンダーの問題」や「性の権利」「性の人権道徳」(己の欲せざるところを人に施すことなかれ)が欠落していると批判しています(19)

 以上のように、いろいろ事態は複雑です。しかし、今回の黒龍江省の条例に対しては、中国のメディアでも批判する意見が目立ったことは、中学生の「早恋」を頭から禁止するようなやり方はもはや通用しなくなっていることを示しているのではないかと思います。

「不法同居」概念にも批判が

 なお、上述のように、今回の条例審議の際、「早恋は『不法同居[非法同居]』に結びつく」という点が「早恋」防止条項導入の理由になりましたが、この「不法同居」という概念に対しても、以前から疑問の声が出ています。

 中国で「不法同居」という概念が最初に登場したのは、1989年の最高人民法院の司法解釈の中に「配偶でない男女が、結婚登記をせずに夫妻の名義で同居生活をしても、その婚姻関係は無効であり、法律の保護を受けない。訴えを受けた裁判所は、不法同居の関係として処理しなければならない」(20)とあるもののようです。

 しかし、2007年3月、全国人民大会代表で弁護士の韓徳雲さんは、以下のように述べて、「不法同居」という概念を批判しました(21)

 「前世紀の80年代末に始まった『不法同居』という言い方は、人々が、非婚の同居の関係を不道徳と見なして、これを『不法』と言って攻撃するものである。」

 「厳密に言えば、『不法同居』は、法律的意味の概念ではない。わが国の婚姻法は、けっして婚前の同居、非婚の同居を禁止していない。すなわち、結婚していない同居は不法行為ではなく、不法同居という言い方は、道徳上の不許可を法律上の禁止に高めたものであり、わが国の法治の精神と合致しない。」

 陳傑人さんも韓徳雲さんの意見に賛同して、次のように述べました(22)

 「筆者が見るところ、『不法同居』という概念は科学的でなく、間違って道徳の問題を気の向くままに『違法』としているだけでなく、法治の基本原則に背いている。」

 「周知のように、現代の法治の原則が政府と公民の権利の境界を定めるときに、2つの基本的原則がある。政府は、法が授権していることしかやってはならず、公民は、法が禁止していないことはみなやってよいということである。」

 「伝統的な『不法同居』の概念は、前世紀に、わが国の法律と道徳との境界が明確でなかったときに持ち出されたものであり、その中核的意味には、次の3つの面が含まれている。第1に、男女が同居するには必ず結婚の手続きをしなければならない。第2に、もし男女が結婚手続きをせずに同居したら、違法である。第3に、第2の点に符合する不法同居は、処罰か譴責を受けなければならない。」

 「このような思考モデルの下で、過去長年にわたって、私たちは常に、警察が業務の中で、同居している男女を検査し、もし彼らが結婚証を持っていなかったら、『不法同居』という理由で干渉し、軽ければ、批判をして、所属先[単位]に引き渡して処理し、重ければ、罰金、拘留に処すのを見てきた。」

 「しかし、現在の法治の理念から見ると、『不法同居』概念の存在は、法治と矛盾する誤りである。」

 けれど、こうした議論が交わされた後も、法の運用のしかたはわかりませんが、「非法同居」という表現自体を廃止したというの報道は見当たりませんし、今回の黒龍江省の条例でも使われています。

(1)黒龍江省未成年人保護条例」黒龍江省人民政府法制信息網、「黒龍江省未成年人保護条例」(改正前)
(2)“早恋入法”体現立法引導功能 社会莫誤読」『法制日報』2009年8月28日、「詞条解釈:早恋」39健康網。
(3)同上「“早恋入法”体現立法引導功能 社会莫誤読」。
(4)以上のような様々な意見については、「網友熱議黒龍江省出台有関早恋的規定対青少年早恋恐怕還是得分引導」『中国青年報』2009年8月27日、「黒龍江省立法制止早恋行為多此一挙?」人民網2009年8月31日、佟吉清「面対早恋,何必揮舞法律大棒」『中国婦女報』2009年8月24日、「制止早恋 法規能奏效嗎?」『中国婦女報』2009年9月5日、「記者調査:黒龍江“早恋入法”的台前幕后」新華網黒龍江頻道2009年9月8日、「“早すぎる恋愛”はダメ! 高校の規則に『男子と女子は44cm以上離れよ』―中国」レコードチャイナ2009-09-07
(5)“早恋入法”体現立法引導功能 社会莫誤読」『法制日報』2009年8月28日。
(6)記者調査:黒龍江“早恋入法”的台前幕后」新華網黒龍江頻道2009年9月8日。
(7)制止早恋 法規能奏效嗎?」『中国婦女報』2009年9月5日。
(8)たとえば、『中国性科学』に掲載された、閔楽夫「対“早恋”的再認識及教育対策」(『中国性科学』第11巻第1期[2002年3月])は、欧米には「早恋」という概念はないこと、「『早恋』という概念自体、それが悪いもの、間違ったものであることを示している傾きがある」ので、「中学生の恋愛」という「中立的な概念」を使うことを主張しています。
 また、李陽・王菲・劉艶「“早恋”概念的新認識」(『中国性科学』第16巻第1期[2007年1月])も、よく見られる「早恋」概念を分析することによって、早恋は「非科学的概念」であることを述べ、「早恋」に含まれる要素を分析して、他のいくつかの概念に置き換えるべきことを述べています。
 潘綏銘・白維廉・王愛麗・労曼「早恋是怎麼回事」(『中国婦女報』2004年10月14日)は、「私たちは、『全世界のどの民族の言語の中も「早恋」という言葉はない』という常識を知る必要がある。無理に英語に訳さなければならないとしたら、『中学校の時期のデート』と言うしなかい。けれど、もし何も説明を付け加えなければ、アメリカ人はわからず、とくにその『早』という文字にけなす意味が含まれていることがわからない」と述べています。
 中学生の恋愛は成績の下降を招くことを指摘している教師が多いことを述べるなど、「早恋」自体には否定的な記事である「中学生恋愛:一個譲放不下的話題」(『中国教育報』2005年10月27日)も、少なくない教師が、「早恋」という言葉は、けなす言葉なので、このような言い方は生徒を傷つけ、かえって反感を買うという理由で賛成していないことを書いています。
 また、私は未読ですが、陳一筠『早恋還是”早練”―青春期的情与愛』(中国婦女出版社 2005年)(ネット書店「書虫」データベースの中のこの本のデータ)は、中学生の異性の交際は「早恋」とみなしてはならず、「早練」とみなすべきこと、「早恋」は、結末がどうあれ、この時期の恋の気持ちは、当事者にプラスマイナス両面の教訓を与えて、彼らの社会的成熟を促進するだろうと述べているそうです(劉鵑・金全意「中学生早恋現象研究綜述」『無錫職業技術学院学報』第6巻第3期[2007年8月]、24頁)。
(9)制止早恋 法規能奏效嗎?」『中国婦女報』2009年9月5日。
(10)耿銀平「対早恋学生応理性引導」『中国婦女報』2008年12月16日。
(11)佟吉清「面対早恋,何必揮舞法律大棒」『中国婦女報』2009年8月24日。
(12)教育部発布推広《第一套全国中小校園集体舞》」(2007年6月12日)中華人民共和国中央人民政府HP、「視頻:第一套全国中小校園集体舞」人民網2007年6月12日。このときの記者会見でも、「早恋」の問題が出ており、それに対して、教育部学生体育衛生・芸術教育局の楊貴仁局長が「ダンスは固定的なパートナーはなく、みんな随時交替して、一般に4人1組で、絶えず交替するので、この面では、その条件は提供せず、同級生の正常な交流である」と慎重な態度を示していました。
(13)教育部:学生跳集体舞不会導致早恋」『中国婦女報』2007年6月13日。
(14)上海試点校園男女不配対 避男女大量接触」(2007年7月14日)捜狐新聞(原載は東方早報)。国家体育総局の姿勢には批判も出ました(「没必要重新創編“不搞男女不配”的校園舞」光明網2007-7-14、「“不搞男女不配”后面是缺乏自信的教育」『中国青年報』2007年7月17日)。
(15)制止早恋 法規能奏效嗎?」『中国婦女報』2009年9月5日。
(16)同上。
(17)摸奶門(互動百科)、「『AVみたいだ』男子生徒が集団で女子生徒の胸をもむ動画流出――浙江省慈渓市」レコードチャイナ2009-07-03(もとの記事は、「『オッパイ事件』でネット炎上=落ちこぼれ少年少女の今」21世紀中国ニュース2009-07-03)。
(18)網友熱議黒龍江省出台有関早恋的規定対青少年早恋恐怕還是得分引導」『中国青年報』2009年8月27日。
(19)潘綏銘「潘綏銘質疑正規性教育」『北京科技報』2005年11月2日。
(20)最高人民法院印発《関于人民法院審理離婚案件如何認定夫妻感情確已破裂的若干具体意見》《関于人民法院審理未辨婚姻登記而以夫妻名義同居生活案件的若干意見的通知」(1989年12月13日法(民)発〈1989〉38号)
(21)韓徳雲代表建議用“婚姻無効”取代“非法同居”」『中国青年報』2007年3月11日。この記事は人民網にも掲載され(人民代表建議廃除非法同居概念)、その日本語訳もあるが、その題名は「『非法同居』という表現を廃止、『無効婚姻』に変更へ」となっており、全人代の一代表の発言にすぎないものを、確定した今後の動向を示しているかのような題名にしたのは疑問です。
(22)陳傑人「為什麼要廃除“非法同居”概念」『新京報』2007年3月12日。

インターネット上の性科学の情報を統制する規則

 6月23日、中国の衛生部は「インターネット医療保健情報サービス管理規則[互聯網医療保健信息服務管理辨法(衛生部令第66号)]」を公布し、7月1日から施行しました。

 その内容は、簡単に言えば、インターネット上では、「性科学の研究内容を含む医療保健情報サービスは、医療衛生機構しかおこなってはならない」、「医療保健サイトは、性科学の研究内容を専門家以外に公開してはならない」というものです。

国内外での反発

 ウォールストリートジャーナルやロイターは、性情報を統制する措置だとして、すぐさま記事にしました(1)

 中国国内でも、インターネット上で、次のような反発の声が上がりました。

 喬志峰さんは「長い間、性の知識は中国ではひた隠しに隠されてきた。今日に至るまで、一般庶民が性の知識を学ぶルートは非常に限られており、インターネットの出現が多少足りない点を補ったのに、現在なぜこのルートさえ完全に封殺しなければならないのか? とうに21世紀になったというのに、まだ性学(セクソロジー)を洪水や猛獣(危険思想)のように見なして、あらゆる手段を使って性学を普通の民衆と隔離しようとするのは、一種の後退ではないのか?」と述べました(2)

 黄振迪さんは「衛生部はなぜ文化大革命の時期のような禁欲主義の旗印を掲げるのか」と批判しました(3)

 以下では、「管理規則」の条文に即して、『華人性健康報』(世界華人性学家協会など)などに掲載された専門家による批判を見てみます。

性科学は医学だけか?

 第2条:この規則で言う「医療保健情報サービス」とは、医療衛生機構のサイトや予防保健知識のサイト、または総合サイトに予防保健チャンネルを設立することによって、ユーザーに医療保健情報を提供するサービスの活動を指す。

 第5条:インターネットで医療保健情報サービスの提供を申請するには、下記の条件を具備していなければならない。
 (1)主宰単位は、法律にもとづいて設置された医療衛生機構、予防保健業務に従事する企業・事業体の単位、またはその他の社会組織とする。

 (3)(……)性知識の宣伝を提供するには、1名の、副高級以上の衛生専門技術職務に就く資格がある医師がいなければならない。

 第6条:インターネットで性心理・性倫理・性医学・性治療など性科学の研究内容を含む医療保健情報サービスの提供を申請するには、第5条の規定のほかに、下記の条件を備えていなければならない。
 (1)主宰単位は、必ず医療衛生機構でなければならない。


 張敬婕さん(中国メディア大学メディアと女性研究センター)は、上の5条と6条について、第一に、「『管理規則』が規定している資質を有していない機構・個人は、たとえこれまでインターネットで良い医療保健情報を提供してきていても、継続して運営する資格を剥奪される」、第二に、「インターネットで医療保健情報サービスを提供する根本的な趣旨から言うと、その目的は、インターネットのデジタル化やマルチメディア性、リアルタイム性、相互性などの優位性を利用することにある」が、「管理規則」のようなやり方では、「情報の量、種類、階層性などが、みな損なわれるかもしれない」と批判しています(5)

 また、明さん(東西方性学研究所[Institute of Oriental-Western Human Sexuality]所長、世界華人性学家協会副会長)は、こうした条文について、「性学(性科学)を医学の範疇に帰属させる」ものだと批判しています。さんは、「性学研究は、すでに性生理学、性医学、性心理学、性社会学、性人類学、性法学、性教育などの学問分野を形成している。だから、性医学は、性学研究の一部にすぎないのであり、性学は、医学の範疇には属しない」と述べ、「中国の3人の著名な性社会学者である劉達臨・潘綏銘李銀河は、みな医学のバックグラウンドをもっておらず、もちろん医者でもない」と指摘しています(4)

性科学の研究内容は、専門家にしか公開してはならない?

 15条:性科学研究をおこなう医療保健サイトは、関係する臨床および科学研究に従事する専門家にしか公開してはならない。(……)総合サイトの予防保健のたぐいのチャンネルは、性科学の研究内容のサービスを展開してはならない。

 明さんは次のように批判します。「2002年5月、WHOと世界性学会は『セクシュアル・ヘルス促進行動プラン』を採択した。(……)セクシュアル・ヘルスとセクシュアル・ライツが人権であることは世界の共通認識である。もし66号令の要求に従えば、広範な民衆がネット上で性の知識を学び、性保健の常識を増やし、セクシュアル・ヘルスを保護する権利を剥奪してしまうのでははなかろうか。」(6)

 また、李銀河さんは、「関係する臨床および科学研究に従事する専門家は、全国で数千人以上ではない。これは(……)『性科学研究の医療保健サイト』を設立するターゲットグループになる規模では絶対にない」(7)と述べます。

「医療保健サイト」とは?――規定があいまい。実際への影響は?

 この「管理規則」には、定義が曖昧な概念が多いと指摘されています。たとえば「医療保健サイト」とか「性科学研究をおこなう医療保健サイト」という言い方では、あらゆる性学に関するサイトが、その中に入る恐れがあります(8)(もしそうだとすると、一般の人々にとっては、性科学の情報は、インターネット上から姿を消すことにもなりかねません)。

 潘綏銘さん(中国人民大学性社会学研究所所長)は、規定が曖昧であることには、2つの可能勢があると述べています。一つは、「俺様は権力を持っているから、やりたいことは何でもできる」という意味であり、もう一つは、「態度を表明しただけでのことであって、必ずしも真に受ける必要はない」ということだそうです。潘さんは、衛生部は政府の部門としては一番ランクが下なので、後者の可能性のほうが大きいと言います(9)

 7月1日以降、この衛生部の「管理規則」が実際にインターネットにどのような影響を与えたかは、私はよく調べられていませんが、著名なサイトを見るかぎりでは、大きな変化はないように見えます。潘綏銘さんが言うように、必要以上に大げさに考えることはないのかもしれません。

 しかし、前回の記事でも触れたように、今年になってから性情報に対する統制の動きが強まっていることは確かですし、危険な「管理規則」だと思います。

(1)China Tightens Restrictions for Web Sites on Sexual HealthThe Wall Street Journal(2009年6月26日)、「中国ネット規制、性関連の医療情報も閲覧禁止に」(Reuters 2009年6月25日)。
(2)喬志峰「請不要剥奪我上綱学習“性知識”的権利」(2009-06-25)喬志峰的BLOG
(3)黄振迪「衛生部打出“禁欲主義”旗号為哪般」(2009-06-28)天涯社区
(4)明「性学(性科学)不是医学――兼談権威観点」華人性健康報BLOG
(5)張敬婕「片面規範与思維的誤区」(2009-07-04)華人性健康報BLOG
(6)(4)に同じ。
(7)李銀河「衛生部文件錯誤百出」(2009-07-28)李銀河的BLOG
(8)『華人性健康報』記者の指摘(潘綏銘「衛生部也“掃黄”?」(2009-07-03)華人性健康報BLOG)。また、14条には「性知識を宣伝する名目で、性心理・性倫理・性医学・性治療などの性科学の研究の内容を誇張[渲染]してはならない」という条文があるのですが、李銀河さんは、この条文についても、その定義の曖昧さを含めて批判しています。
 「性心理・性倫理・性医学・性治療は、性知識の基本的内容である」と述べ、「何を『誇張』と言い、何を『誇張でない』と言うのか?」と疑問を出し、「性社会学・性心理学・性倫理学・性医学・性治療の科学研究は成果が積み重ねられており、関係する論文は汗牛充棟であるのに、なぜ中国ではそれを広めてはいけないのか? それらの『性科学研究の内容』を広めずに、まさか、科学的でない『内容』を広めたり、非科学的な『内容』に市場を占拠させるのではあるまい」と述べています(李銀河「衛生部文件錯誤百出」(2009-07-28)李銀河的BLOG)。
(9)潘綏銘「衛生部也“掃黄”?」(2009-07-03)華人性健康報BLOG。ただし、潘さんも、『華人性健康報』記者の質問に対して、衛生部の官僚が「普通の人が性学研究のサイトに登録することをなぜ許さないかというと、その原因は、それらの内容は科学者にとっては仕事だが、普通の人にとっては色情だということである」、「ここで『普通の人』と言っているのは、主に未成年者を保護するためである」と答えたとを聞くと、「これは、ネットユーザー全体を性知識を青少年の水準に退化させることを強制している。ここから類推すると、すべての中央の文書は、官僚にとっては仕事だが、普通の人にとっては汚染である」と怒っています。
 なお、未成年者の保護という点に関しても、範囲さん(遼寧省生命科学学会性心理研究所所長)は、「いわゆる低俗の風潮はどの国にもあり、いかにしてコントロールをするかが重要である。(……)わが国には、青少年に性教育をすることに対して、以前から異なった観点があり、一つは、やるべきであり、有益で、早ければ早いほどよいというものであり、もう一つは、副作用が大きいので、話さない方がよいというものである。実際は、各人はみな性の知識を理解する権利があり、遮ろうとしても遮ることができるものではない。教育しなければ、青少年はその他の手段で性を理解することができる」と述べ、衛生部第66号令について、「明らかに遮ることであり、流れを良くすることではないのであって、私はいささか間違っていると思う」と述べています(範囲「不要倒洗澡水時把孩子一同倒掉」『華人性健康報』2009-07-04)。

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