2017-10

計画出産政策における女性の人権侵害に対するさまざまな抗議

<目次>
はじめに
一 女性に対するIUD装着や卵管結紮の強制、中絶の強制などを批判する女性弁護士らの公開書簡と署名運動
二 一人っ子政策違反に対する社会扶養費支払いと戸籍登録とがリンクされていることなどに対する批判
三 未婚(非婚)の母に対する人権侵害への批判・抗議
おわりに

はじめに

中国が国家による「計画出産」を女性に強制してきたことに対する批判や抗議は、これまで体制内ではなかなか難しい面がありました。しかし、2012年6月に陝西省で馮建梅さんが妊娠7ヶ月の赤ちゃんを強制的に中絶させられる事件があり(1)、それが多くの人々の批判を浴びた頃から、計画出産政策における女性の人権侵害に対して抗議する動きが目立つようになってきました。今回は、それらをご紹介します。

一 女性に対するIUD装着・卵管結紮の強制、中絶の強制などを批判する女性弁護士らの公開書簡と署名運動

1.2013年12月、全国の30人の女性弁護士が全人代・計画出産委員会・全国婦連に対して建議をおこなう公開書簡

2013年12月9日、全国の30人の女性弁護士が計画出産政策における女性の人権侵害に対処することを求めて、全国人民代表大会、国家衛生と計画出産委員会、中華全国婦女連合会の3部門に、以下の建議の書簡を送りました(2)

女性を尊重し、計画出産政策とその執行過程における女性の子宮の傷害についての建議の書簡

全国人民代表大会常務委員会:
国家衛生と計画出産委員会:
中華全国婦女連合会:

私たちは中華人民共和国の女性の公民であり、私たちの生活は、計画出産政策の影響を深く受けている。私たちは、現在、計画出産政策を制定する際に、女性の権利が十分考慮されていないこと、その執行の過程において、女性の子宮に非常に大きな傷害を与えていること――たとえば、女性に強制的に中絶させたり、ひどい場合は妊娠後期の女性に対して中絶を強制したり、一部の地方では出産した子どもを戸籍に登記するにはまずIUDを装着することが条件になっていたり――、それらは女性の意思に反するだけでなく、女性の身体の健康を傷つけていることに気づいた。

毎年11月25日から12月10日は「国際ジェンダー暴力反対16日間」であるが、私たちは、立法の偏りと法律執行における多くの違法行為は、もう女性に対する暴力になっていると考えている。それゆえ、私たちは、国家は、計画出産関係の政策の制定と執行の過程において、女性を主体と見なして、女性の意見に十分に耳を傾けなければならず、女性の生命・健康の権利を保障し、女性の産児制限・避妊の自主的選択権を尊重しなければならないと考える。具体的な建議は、以下のとおりである。

第一に、女性のIUD装着率・卵管結紮率を計画出産担当の公務員の成績審査の指標にすることを止めること。

わが国の「人口と計画出産法(中华人民共和国人口与计划生育法[中华人民共和国主席令第63号])」などの法律は、公民は必ずIUDを装着することによって避妊しなければならないとは規定していない。逆に、「人口と計画出産法」第19条は、国家は、公民が安全で、有効で、適切な避妊・計画出産の措置を選択することを保障しなければならないと規定している。すなわち、公民は、コンドームを使用する、避妊薬を服用する、IUDを装着する、卵管結紮をするなどの各種の避妊の手段を選択する権利を有しているのであり、IUD装着か卵管結紮という二種類だけが避妊の手段ではない。

しかし、多くの地方では、現在、計画出産の成績審査において、「IUD装着率」「卵管結紮率」が非常に重要な指標とされている。たとえば、「一級は、出産年齢の女性のIUD装着率が80%以上であること」とか、任務を完遂できない計画出産担当の公務員には相応の処罰をするとかいうふうにである。女性のIUD装着率・卵管結紮率の高低によって公務員としての前途が左右されることは、公務員が権力を乱用して女性にIUD装着・卵管結紮・妊娠中絶を強制することに直接結びつく。高いIUD装着率・卵管結紮率という優秀な計画出産の背後には、高い強制率・低い自主率があるのだ!

第二に、各地の計画出産条例の中に存在する、女性に対する強制・暴力を引き起こす条項を削除すること。

各地の計画出産条例の中には、女性に対する強制や暴力を引き起こす条項がある。その基本的な要求は、計画出産政策の妊娠・出産の規定に合致しない情況を厳しく禁じていることであり、ひとたび計画出産政策に違反した妊娠が存在しているという情況が見つかったら、すみやかに中絶しなければならない。各地の条例には、表現上の少しの違いしかない。

たとえば「浙江省人口と計画出産条例」第18条は、「一組の夫婦は一人の子どもを出産することを提唱する。本条例の規定に合致し、許可を得れば、二人目の子どもを出産することができる。法律で定めた条件に合致しない出産を厳禁する」と規定している。また、「安徽省人口と計画出産条例」第27条は、「本条例の規定に合致しない妊娠については、すみやかに中絶しなければならない」と規定している。

これらの規定からは、実際には強制的な妊娠中絶・強制的な卵管結紮を常態化・合法化しようとしていることが、非常にはっきりわかる。地方が制定した計画出産政策とは反する妊娠・出産行為に対処する際に、計画出産担当の公務員が、いかなる手段、ときには暴力的方法を取ることができる権限を与えているのである。

だからこそ、暴力的な計画出産に関する事件が絶えず耳に入ってくるのだ。けれど、そうした事件が起きた時には、責任を持つ公務員は、そのたびに、大部分の責任を、末端の計画出産の幹部の「執行の行き過ぎ」のせいにしている。

もし政策を制定する者が、女性の妊娠・出産の事実を、修正や削除が可能なデータであるかのように扱うならば、女性の権益を侵害する計画出産の暴力事件は永遠になくならいだろう。単純で乱暴なやり方の背後には、単純で乱暴な政策・条文がある!

第三に、男性が避妊や計画出産の責任を自主的に担うように宣伝すること。

わが国の「人口と計画出産法」第17条は、夫婦双方が計画出産において共同の責任を負うと規定している。しかし、政策のあり方や性差別などが原因になって、わが国の女性の避妊手術は男性の避妊手術よりもずっと多く、しかも、女性の自由意思によるものではないものが多い。だから、女性がIUDを装着して避妊する措置を取る義務を一面的に強調することをやめ、「避妊は女の問題だ」といった差別的観念を変えて、男性が産児制限の問題で自主的に責任を負うよう宣伝しなければならない。公民を尊重し、女性の選択を尊重せよ。

また、安全性と経済性という角度から言っても、男性の結紮手術や皮下インプラント剤は、良い選択である。輸精管切除手術は安全で簡単であり、女性の避妊手術の費用のだいたい半分で済む。皮下インプラント剤は、装着すればすぐに効果があり、併発症や副作用も少なく、また取り出せばすみやかに出産能力を回復するので、非常に良い避妊効果がある。

第四に、公民、とくに女性の公民が避妊や計画出産の方法について知る権利と自主的選択権を保障すること。

「人口と計画出産法」第19条は、国家は、公民が情報を知ったうえで、安全で、有効で、適切な避妊・産児制限措置を選択できる条件を作り出し、保障しなければならないと規定している。「計画出産技術サービス管理条例」も、公民は避妊方法について知り、選択する権利を有すると規定している。

しかし、わが国の公民、とくに女性公民は、さまざまな産児制限の種類についての理解が非常に不足している。調査によると、衛生部門から避妊措置を受けた女性は、その措置について「よく理解している」人と「比較的理解している」人は合わせて33.28%しかおらず、「理解が普通である」が38.55%で、その他の28.1%は「あまり理解していない」か、「まったく理解していない」のである。計画出産部門から避妊措置を受けた女性の情況はもっと悪く、35.55%の人が「あまり理解していない」か、「まったく理解していない」。

管理するのに便利なので、計画出産の公務員は、往々にして女性に対して、IUD装着か卵管結紮のうちの一つを選ぶように要求する。IUD装着と卵管結紮は、悪い避妊方法ではないけれども、絶対的に優れた方法ではなく、IUD装着と卵管結紮という方法がすべての人に適しているわけでもけっしてない。公民には、自分が避妊するのか、それともパートナーが避妊するのか、また、どのような種類の避妊方法を選択するのかという点について、自分の健康・経済状況にもとづいて総合的に判断し、自主的に決定する権利がある。時代は進歩しており、女性1人1人、公民1人1人が自らの状況に基づいて避妊の手段を選択すべきであり、選択されるべきではない。

以上で述べたところを総合すれば、私たちは、各部門に、以下のことを強く望むものである。・できるだけ早く各地方の計画生育と人口条例などの規範的文書について全面的な審査をおこない、女性の権益を損なう条項を削除すること。・計画出産担当の公務員の行為に対する、女性を主体にした監督機構を設立して、強制的な中絶、強制的なIUD装着、IUD装着や妊娠についての強制的な検査などの行為に対する責任の追及をすること。・産児制限や避妊についての女性の知る権利と自主的選択権を尊重し、計画出産政策の実施の際の女性に対する迫害をなくし、女性の子宮を傷害から守ること!

以上のとおり申し上げる。

建議人:
黄溢智(北京)、楊栄艶(河北)、孫莉栄(陝西)、王玉琴(山東)、崔少英(河南)、黄思敏(湖北)、李令秀(山東)、崔新麗(河南)、馬華(湖北)、蘇栄栄(山東)、劉偉(河南)、涂嫻(湖北)、馬蕾(山東)、呉花萍(河南)、劉格(湖南)、陳紅兵(深圳)、趙淑欣(上海)、熊奉春(湖南)、何芳莉(深圳)、朱喜萍(上海)、李小非(広東)、王勝生(深圳)、荘宇鑫(上海)、李婷婷(広東)、張巧平(深圳)、張承風(四川)、陸妙卿(広東)、周向華(深圳)、曾櫻(海南)、任雅煊(広東)
2013年12月9日


この建議の書簡については、2013年11月25日付けで、署名サイトにも掲載されており、上の30人以外からの署名も広く募りました。署名サイトには2014年1月16日時点で、「合計1078人が署名した」と書かれています(3)

なお、この書簡については、メディアでも「30人の女性弁護士」の訴えとして報道されていますが(4)、建議人(提案者)の1人である広東の李婷婷さんは、2012年の「男子トイレ占拠」の発起人の李麦子さん(当時大学生、現在はNGO職員)の本名なので(同姓同名の人の可能性もありますが)、全員が弁護士ではないのではないかもしれません。

2.2012年にも13人の女性弁護士が同趣旨の建議

実は、この建議の手紙のほぼ1年前の2012年12月5日にも、9省13人の女性弁護士が、公安部と国家計画出産委員会に対して、女性の避妊の自主権を保障するよう訴える書簡を出していました。その全文は見つけられませんでしたが、報道によると、翌年のものと同様に、子どもを戸籍に登記するためにはIUD装着を義務にしていることなどを批判したものだということです(5)

報道からは、この手紙には、余琪(河南国銀弁護士事務所)、張娟(河南博揚弁護士事務所)、李珺(中夏旭波弁護士事務所)、陸妙卿(広東環宇京茂弁護士事務所)、劉国敏(山東豪才弁護士事務所)、温麗華(江蘇聖典弁護士事務所)、黄溢智(北京瑞風弁護士事務所)の7人の弁護士が名を連ねていたことがわかります(他の6人のお名前は、少なくともネット上では見つけられませんでした)。陸妙卿・黄溢智の両弁護士は翌年の建議にも名を連ねていますが、他の5人の弁護士は翌年の建議には名を連ねていませんので、発起人はかなり異なっているようです(別名を使っている可能性も皆無ではないと思いますが)。

なお、2012年の11月25日には、騰訊のサイトに「『登記するにはまずIUD装着』 1.14億女性の問い」(6)という評論が出ているのですが、この評論は、2013年の女性弁護士の建議にぴったり沿った内容のものです。この点から見ると、おそらく2012年の建議も2013年の建議と同様の内容のものだったのではないかと思うのですが、以下では、その評論に書かれている、建議自体には書かれていない点を簡単に列挙します。

・もしIUDを装着せずに子どもを戸籍に入れることができても、子どもが学校に入る際の条件としてIUD装着を義務づけられることもある。

・中国では、国家人口と計画出産委員会が2006年に出した報告によると、結婚している出産年齢の女性3.2億人のうち、1.14億人がIUDを使用している。また、人口と計画出産委員会が10年前に発表した『リプロダクティブヘルス調査公報』によると、家族のメンバー(女性本人・夫など)が避妊方法を選択しているケースは52.4%であり、残りの47.6%は「社会のメンバーの推薦」(「管理人員」の推薦が40.3%)によるものだが、ここで言う「推薦」は結局「形を変えた強制」ではないかを考えてみる必要がある。

・IUDには、ホルモンタイプと銅タイプがあるが、中国では、99%が銅タイプである。IUDによる避妊には長所もあるが、欠点もある。国家計画出産委員会の公式の調査でも、IUDによる不良な反応や避妊の失敗が起きていることが明らかになっている。それらの原因は、中国国内で使用されているIUDの製品の質の低さ、取り扱う末端の人員の教育の不十分さ、IUDを装着した後のアフターケアがないことにある。

二 一人っ子政策違反に対する社会扶養費支払いと戸籍登録とがリンクされていることなどに対する批判

上述の建議の中で、「母親は子どもを出産したらIUDを装着しなければ、その子どもを戸籍に登録しない」というやり方が批判されていましたが、一人っ子政策に違反して出産した子どもに関しても、「保護者が社会扶養費(事実上の罰金)を支払わないとその子を戸籍に登録しない」というやり方が広くおこなわれています。そうしたやり方を批判する動きにも女性弁護士がかかわっていますし、これは、次の「未婚(非婚)の母の出産」の問題とも関係しますので、ここでご紹介しておきます。

1.一人っ子政策に違反して出来た子どもは、保護者が社会扶養費を支払わないと戸籍に入れない措置に対する抗議

中華人民共和国人口と計画出産法は、その「第18条の規定(「1組の夫婦に1人の子ども」など)に違反して子どもを出産した公民は法により社会扶養費を収めなければならない」としており(第41条)、国務院が2002年に出した「社会扶養費徴収管理規則(社会抚养费征收管理办法)」がその具体的方法を示しています。しかも、それだけではなく、多くの省には、「一人っ子」政策に違反して出産した子どもは、保護者が「社会扶養費」を支払わないと戸籍に登録しないという規定があるために、戸籍に入っていないことが原因で無権利状態になっている多くの「黒孩子(ヘイハイズ)」と呼ばれている子どもが生み出されています。

そこで、2013年12月3日、10人の学者と弁護士が、社会扶養費と戸籍登録とをリンクさせないように国務院などに訴える建議を出しました(7)

その10人は、胡星斗(北京理工大学教授)、顧海兵(中国人民大学教授)、劉小楠(中国政法大学副教授)、楊支柱(法学と計画出産問題の学者)、黄溢智(北京瑞凱弁護士事務所弁護士)、李方平(北京瑞風弁護士事務所弁護士)、陸妙卿(広東環宇京茂弁護士事務所弁護士)、王玉琴(山東泉舜弁護士事務所弁護士)、呉有水(浙江碧剣弁護士事務所弁護士)、許英(江蘇衡鼎弁護士事務所弁護士)のみなさんです。黄溢智、陸妙卿、王玉琴の各氏は、女性に対する人権侵害を批判する建議にも名を連ねておられました。

また、10月9日には、北京で農村住民の1人当たり平均収入の14倍の33万元余りもの社会扶養費を課せられた母親が、北京市公安局房山分局を、子どもの戸籍登録を拒否した行為は違法だとして裁判所に訴えを起こしています(8)

さらに、11月18日には、インターネット上でのごく小規模なアクションながら、計画出産政策における女性の権利を訴えている微博アカウント「計画出産の女性の権益(计生妇女权益)」が、計画出産政策で親が社会扶養費を納めることができなかったために黒孩子になった子どもの権利を訴えるための写真付きのアピールを他の人々から募集したりもしました(9)

2.社会扶養費の使途を追及

社会扶養費は基層の政府の重要な収入源になっており(そのことが一人っ子政策緩和にとって障害になっているとも言われている)、社会扶養費の使途が不透明であることも問題になっています(10)

2013年7月11日(世界人口デー)に、浙江省の呉有水弁護士(男性)は、全国の31省(市・自治区)の計画出産委員会と財政庁に対して、2012年度の社会扶養費の収支とその会計検査状況について公開するよう申請しました。それに対して、8月30日までに、17の省(市・自治区)の計画出産または財政部門から、2012年度の社会扶養費の徴収総額については回答がありました。

9月1日には、14省の14人の女性弁護士(黄溢智弁護士ら)が、残りの14省が収支を公開しないのは公民の知る権利を侵害するものだとして、14省(市、自治区)の計画出産部門または財政部門に対して、社会扶養費の収支と会計検査の情況を情報公開申請しました。さらに、14人の連名で、国家会計検査院(国家审计署)に対して、社会扶養費の収支の情況は、会計検査事項になっているのか否かという点について、情報公開申請をしました(11)

こうした努力の結果、社会扶養費は22省で270億円に上ることが明らかになりました。また、会計検査院は、社会扶養費が本来使われるべき子どもの教育や医療費などでなく、公用車の修理代や接待費に使われたりしていたこと、不正流用を含め適切に処理されなかった総額は約16億元(約260億円)に上ることを明らかにしました――こうしたことは日本のメディアでも報道されました(12)

三 未婚(非婚)の母に対する人権侵害への批判・抗議

1.中国における未婚(非婚)の母の困難

中国では、非婚(未婚)での子どもの出産は、「1組の夫婦に1人の子ども」という計画出産政策に反するために、以下のような困難があることが語られています(13)(以下の事例は、すべてのケースに当てはまるのかどうかわかりませんが)。

[1]出産許可証がもらえない。そのために、公立の病院では出産できずに、私立の病院で出産せざるをえない。出産の費用も、保険ではまかなわれない。

[2]子どもを戸籍に登録するのが難しい。子どもを戸籍に入れるには、父親の情報と親子鑑定が必要だと言われたが、父親と連絡が取れるとは限らないし、行政にも親子鑑定を強制する権限はない。

[3]子どもを戸籍に入れるためには、社会扶養費を支払わなければならない。「人口と計画出産法」自体にはそのような規定はないが、地方レベルでは、そうした規定をしている。その金額も大きく、たとえば、「北京市社会扶養費徴収管理弁法(北京市社会抚养费征收管理办法)」第5条(一)には、「規定に違反して第二子を出産した夫妻、または結婚せずに子どもを産んだ公民は、都市の統計部門が発表した都市住民の年間平均可処分所得あるいは農村住民の年間平均純収入の3~10倍を徴収する」とある。

子どもを戸籍に入れられなければ、「黒孩子」となるので、医療保険がなく、公立の学校にも入れず、飛行機にも乗れない。

2.武漢市が未婚の母に社会扶養費を課す提案したことに対する、さまざまな批判

2013年5月31日、武漢市政府は、「武漢市人口と計画出産管理の若干の規定(意見募集稿)」を提案しました。その第26条では、「未婚で出産し、相手方の有効な証明を提供できない場合」と「他人の配偶者であることを知りながらその子を出産した場合」は、「『湖北省人口と計画出産条例』が規定している社会扶養費を納入しなければならない」と定めました(「《武汉市人口与计划生育管理若干规定》征集市民建议」参照)(14)。その「湖北省人口と計画出産条例(湖北省人口与计划生育条例)」は、条例に違反した出産の場合は、都市(または農村)の年間平均収入の3倍の社会保障費を支払うことを定めています(41条)。

先に見たように、「北京市社会扶養費徴収管理弁法」でも、「結婚せずに子どもを産んだ公民」には高額の社会扶養費の支払いを求めていました。ですから、余宗明さんは「『未婚の出産』から『社会扶養費』を徴収することは、武漢でだけ提案されたのではなく、多くの地方では早くからすでに実施されている」と述べており、劉明輝さん(中華女子学院法律系教授)も同様の指摘をしています(15)

劉明輝さんは、「問題の根源は、わが国が、一部の法律では、公民には出産権があり、婚外子[非婚生子女]と嫡出子[婚生子女]とは同じ権利を有すると規定する一方(遠山注:婚姻法にも、「婚外子は、嫡出子と同等の権利を持ち、何人も危害を加えたり差別をしてはならない」という条文がある)、人口を抑制する行政管理の際には、公民の出産行為と一夫一婦制の婚姻制度とを一括りにして、『非婚の母』と『お妾さん』が産む子どもは婚外の出産であり、ルール違反の出産だとして、多くの地方の規定では、処罰することにある」と述べました(16)

また、賈明軍さん(中国法学会婚姻法学研究会理事)は、武漢市の条例の規定を以下のように批判しました。
・出産は本来、男女双方の共同の行為であるのに、この条文は、「女性」に無理に押し付けている疑いがある。多くの場合、未婚で出産するのはけっして女性側だけの責任ではなく、男性側が責任を逃れるために姿をくらますことさえある。社会扶養費の責任をすべて「未婚の母」にかぶせるのは、公平でなく、女性と子どもの権益を保護するというわが国の原則に合致しない。

長年女性の権利の問題に取り組んできた李思磐さんは、以下のように批判しました。
・中国社会が開放的になり、多様化するにつれて、家族も日々多様化しており、シングルを選択する人数が近年急激に増えている。もしこの規定が施行されたら、こうした人々は合法的に子どもを持つことはできなくなるが、それは情理にもとっている。
・出産権の問題においては、既婚者と未婚者は平等であるべきだ。罰金を増やすよりは、予防活動をしっかりする方が良い。政府は、婦連などの機構を組織して、女性に避妊知識を普及し、若い女性に対して未婚で子どもを産むことの弊害を説明し、自分の権利を保護する法律的意識を高めるほうが良い。

ある行政法学者は、以下のように批判しました。
・非婚の出産は主に男女の個人の問題であり、紛争が起きたら法律で解決すればいい。計画出産管理部門は、現在の環境の下では縮小すべき部門で、サービスを主とするべき部門であり、「社会の気風」の管理者になってはならない(17)

3.女性弁護士5人が規定削除を求める書簡を武漢市に出す

6月7日には、湖北・北京・広東・江蘇の4つの省の5人の女性弁護士が、武漢市政府に、上の規定を削除することを求める書簡を出しました。その書簡は、規定を削除すべき根拠として、以下の3点を挙げています。
 [1]法律的根拠がない――未婚の出産に社会扶養費を支払わせるいかなる根拠も、「人口と計画出産法」・「湖北省人口と計画出産条例」・「社会扶養費徴収管理弁法」などの上位法には見当たらない(「湖北省人口と計画出産条例」に、「婚姻登記の手続きをせずに、第一子を出産した」場合には、「当事者の双方を500元の罰金に処す」という規定はあるが、母親から社会扶養費を取るという規定はない)。
 [2]女性差別の疑いがある――未婚女性の出産権を侵犯し、未婚の母に汚名を着せ、その生存を困難にする。
 [3]社会問題を引きおこす――未婚の母がどうしようもなくなって、違法な堕胎、子捨て、子どもの隠匿・売買などの問題が起きたり、社会扶養費を納めたために生活が苦しくなって、子どもの養育にもマイナスになったりする(18)

4.大学生らは『白蛇伝』をもとにしたパフォーマンスアートで抗議

6月12日には、数名の大学生が、武漢の東湖畔でこの規定に抗議するパフォーマンスアートをおこないました。それは、『白蛇伝』をもとにしたテレビドラマ《新白娘子伝奇》を自分たちで改編したもので、小青(青蛇の化身)が大きなお腹をして出産しようとしていると、法海という悪役が登場して金鉢を振りかざして、「まだ社会扶養費を払っていない」と怒鳴るというものでした。さらに、白娘子(白蛇の化身で、許仙の妻)に扮した人が「社会扶養費を押し付けてはならない」というプラカードを掲げ、許仙(人間の男)に扮した人が「シングルマザーの母の愛も偉大だ。1人だけ罰金とは、道理に合わない」というプラカードを掲げるというものでした(19)

おわりに

一人っ子政策を緩和する「単独二胎(単独両孩)」政策が打ち出されたが……

2013年11月、中国共産党第18期三中全会は、従来の「一人っ子政策」を緩和して、「夫婦のどちらかが一人っ子であれば、子どもを2人産むことができる」という政策を打ち出し、12月には、全人代常務委員会もこの方針を可決しました。この政策は、「単独二胎」とか「単独両孩」とか呼ばれています。

しかし、「計画出産の女性の権益」微博は、「単独二胎の開放は、計画出産政策に違反したこれまでの(および新しく増える)家庭の権利が損なわれている状況をなんら改善しない」と指摘しています(20)

2013年12月、湖北省が制定した「湖北省『出生医学証明』管理弁法」では、結婚証や出産許可証などがなくても、「出生医学証明」を出すように規定したことが報道されました。それによって、未婚で出産した子どももすぐに戸籍に入れられるようになるという期待がされています。ですから、「社会の進歩」であるとして評価する人もいますが(21)、その一方、ネットでは、「未婚のままの妊娠や婚外の出産をそそのかしているのではないか」という声もあります。また、一部の農村では、結婚に夫の家族の同意を得るためには、女性が自分に出産能力があることを示さなければならないという、「まず出産してから結婚」という状況があるので、そうした状況を深刻にするのではないか、という懸念を示す人もあります(22)

大きな話をすれば、たとえ国家が出産に対する管理統制を弱めたとしても、その権力が個別の家父長に移るだけでは、女性にとっては状況が改善されたとは言えないという問題もあります(23)

女性弁護士のネットワークと若いフェミニスト活動家

そうした容易ではない状況があるわけですが、今回私がご紹介した動きからは、最近、しばしば女性弁護士が連名で書簡や訴えを出していることがわかります。

私が注目したのが、2013年5月16日~19日に、南京の「天下公」というNGOが主催して、「公益女性弁護士交流研究討論会」が開催されたことです。この会には全国各地から46人の女性弁護士とジェンダー平等についての活動家が集まって、さまざまな女性の権利の問題を話し合いました。参加者には、黄溢智、遅夙生、劉巍、李方平といった弁護士らのほかに、呂頻(女性メディアウォッチネットワーク)、武嶸嶸(ジェンダー平等活動グループ[性别平等工作组])、李瑩(北京源衆ジェンダー発展センター)といったNGO関係者やジェンダー平等活動グループの若い人々もいました。計画出産政策の問題も扱われました(24)

また、今回の私の文で最初で述べた2013年の女性弁護士らの書簡への署名運動や、最後に述べた『白蛇伝』をもとにしたパフォーマンスアートは、ジェンダー平等活動グループが深く関わっています(25)

女性弁護士がネットワークを築くとともに、女性弁護士と若いフェミニスト活動家との連帯も広がっているという状況と、今回取り上げた計画出産政策における女性の人権侵害に対する抗議活動の広がりとは関係している面があると思います。

なお、中国の計画出産については、小浜正子さんがその歴史的などについて多数の論文を書いておられます。東アジアの「生殖における技術と社会」研究会での小浜さんのご報告が、以下の日程であるようですので、ご関心を持たれた方は行ってみられるのもよいと思います。

第3回「中国の計画出産と女性身体の管理」
日時:2014年2月4日(火)14:00~17:00
講師:小浜正子さん(日本大学文理学部教授)
一橋大学東キャンパス マーキュリータワー 4階3406
詳細:https://www.facebook.com/events/359096897561076/

(1)日本語でネットで読めるものとしては、「7カ月半の妊婦を強制中絶 中国陝西省 当局へ批判噴出」『中日新聞』2012年6月15日、「歴史的役割を終えた一人っ子政策が廃止されない理由=罰金財政と一票否決制―中国」Kinbricks Now2012年6月24日、「強制中絶事件―『一人っ子政策』をめぐる最近の出来事」つれづれなるまま(小浜正子ブログ)2012年7月1日、「妊娠7カ月の女性に毒注射で強制堕胎 一人っ子政策の弊害に庶民の怒りが爆発した」日経ビジネスオンライン2012年7月6日、北沢 杏子「中国の『一人っ子政策』と強制中絶・強制不妊手術 そのⅠ」2012年8月、北沢 杏子「中国の『一人っ子政策』と強制中絶・強制不妊手術 そのⅡ」2012年9月。
(2)计生妇女权益的微博2013年12月10日10:19
(3)关于尊重女性、消除计生政策及其执行过程中对女性子宫伤害的建议信」2013年11月25日(2014年1月16日最終アクセス)。
(4)30女律师联名呼吁消除计生暴力 建议各地计生文件删除损害妇女权益的条款」南都网2013年2013年12月13日。
(5)9省13位女律师联合呼吁保障女性避孕自主权」中国新闻网2012年12月6日、「多地要求孩子落户母亲先节育 律师上书呼吁松绑」南都网2012年12月6日(来源:京华时报)。
(6)“上户先上环”:1.14亿上环妇女之问」腾讯评论第2258期(腾讯网2012年11月25日)。
(7)10学者律师建言户口登记与计生脱钩」财新网2013年12月3日。
(8)黄溢智的微博 2013年10月10日13:55、「未缴社会抚养费成黑户 诉公安不作为」财新网2013年10月9日。
(9)计生妇女权益的微博#一人一照片# 【为计生黑户松绑,拒绝成为隐形人!】2013年11月18日0:49
(10)一人っ子政策違反で徴収した巨額の『罰金』、ずさんな管理体制が明らかに―中国メディア」レコードチャイナ2012年5月3日、「歴史的役割を終えた一人っ子政策が廃止されない理由=罰金財政と一票否決制―中国」Kinbricks Now2012年6月24日。
(11)以上は、「14省未回复社会抚养费公开申请 律师继续追问要求审计」『法制日报』2013年9月2日、「14律师“增援”追问社会抚养费去向 致信审计署询问是否属审计事项;向14省份申请公开征收总额;已公开17省份总额超165亿」『新京报』2013年9月2日。
(12)年200億元の社会扶養費収入、一人っ子政策緩和にとって最大の障害か―中国紙」レコードチャイナ2013年8月19日、「中国「一人っ子政策」めぐり違法な罰金徴収、監視強化へ=新華社」ロイター2013年9月19日、「一人っ子政策の罰金を不正流用 中国」MSN産経ニュース2013年9月20日、「『一人っ子政策』違反の罰金、22省で2700億円 広東省と江蘇省は公表拒否―中国」XINHUA.JP 2013年10月2日。
(13)“未婚妈妈”的境遇需要重视」「未婚妈妈 被遗忘的相依为命(1)」「未婚妈妈 被遗忘的相依为命(2)」『新京报』2013年7月8日→「安藤美姫が選んだ『未婚の母』という生き方…隣国の厳しい最新事情―中国」レコードチャイナ2013年7月10日、「一个非婚妈妈的“被超生”之路」『中国青年报』2014年1月8日。こうした困難な中で、未婚の母たちがインターネットを使ったネットワークで、相互の援助をしているという状況もあります(「未婚妈妈的网络自救」法治周末2013年2月27日)。
(14)武汉:与他人配偶生子 要缴社会抚养费」人民网湖北频道2013年6月1日(来源:楚天金报)、「武汉拟对未婚妈妈罚款引争议」『潇湘晨报』2013年6月2日、「武汉计划生育新规拟对未婚妈妈与小三罚款」2013年6月1日(来源: 荆楚网-楚天金报)、「市が一人っ子政策強化条例を導入=未婚の母や不倫での出産は罰金2倍に―湖北省武漢市」レコードチャイナ2013年6月3日。
(15)佘宗明「计生政策莫让“未婚妈妈”雪上加霜」『新京报』2013年6月3日、「处罚“未婚妈妈”对引导社会风气作用有多大」『中国青年报』2013年6月6日。
(16)处罚“未婚妈妈”对引导社会风气作用有多大」『中国青年报』2013年6月6日。
(17)以上は、「未婚妈妈罪错论」『新民周刊』2013年6月14日。
(18)京广苏鄂等五女律师致信武汉市政府 建议删除“未婚先孕征收巨额社会抚养费”新规」社会性别与发展在中国2013年6月7日(来源:邮件)。
(19)大学生端午演"白蛇传"反对对未婚妈妈罚款」网易女人2013年6月12日、「大学生端午上演“新白娘子传奇”,呼吁不要对未婚妈妈罚款」社会性别与发展在中国2013年6月13日(来源:邮件)。
(20)计生妇女权益的微博「对开放单独二胎的看法」2013年11月20日09:50
(21)未婚生育可办出生证彰显社会进步」『江南健康报』2014年1月14日。
(22)湖北未婚生育可办出生证」『新京报』2013年12月2日。
(23)吕频「放开“单独二胎”,生育仍然多迷思」(网易女人2013年12月25日)参照。
(24)公益女律师交流研讨会公告」天下公2013年5月24日。
(25)たとえば、女权行动派很好吃的微博(2013年12月10日15:01)が、女性弁護士30名の公開書簡に対する署名運動を呼び掛けています。

上海市婦連が父親の育児休暇を提案

 先日、上海市婦連が、母親の出産時に少なくとも10日間の「父親が世話をする休暇(父親照顧假)」を設ける提案を上海市の人民代表大会と政治協商会議に提出しました。上海市婦連は、3月に開催される全国レベルの人民代表大会と政治協商会議には、関係する法律の条項を改正する提案をするそうです(1)

 昨年の全国人民代表大会では、浙江工業大学財貿管理学院院長の程恵芳さんが「夫の有給の産休制度を設立する建議」を提出しました。「女が産褥についている期間に、男が産休を取る」という発想のもので、夫が産休期間は、7日~15日にする提案です(2)。今回の上海市婦連の提案も、内容的には程恵芳さんのものと似ていますが、今回は婦連としての提案です。

 この上海市婦連の提案は、上海社会科学院家庭研究センター(上海社会科学院家庭研究中心)の徐安さんらの研究成果にもとづいています(3)

 その研究成果は、昨年8月に、張亮・徐安『父親の参与研究:態度と貢献、効用』(4)として出版されています。この研究によると、妻の出産の時に付き添った夫は、上海の市区で19%、郊外区で6%だけだったそうです。子どもの誕生から満1カ月までの間に1日も休暇を取らなかった夫が、市区で32%、郊外区で24%もいました。3日以上休みを取った夫は、47%だけでした。

 こうしたことの一因は、夫の仕事の多忙さのようです。64%の市区の夫と54%の郊外区の夫が「もっと子どもの相手をしたいけれども、仕事が忙しすぎて時間がない」と答えています(5)。近年、社会の競争が激しくなって、仕事のプレッシャーが増すにしたがって、子どもの出産時に夫が取る休みの日数は減ってきており、1990年代には父親の平均休暇取得日数は8.3日だったのが、2000年以降は7.6日に減ったそうです(6)

 中国では、各地方の法規で、子どもが1人だけで、晩婚晩育(遅く結婚し、遅く出産する)の夫婦に対しては、結婚休暇や産休の日数を増やすとともに、夫にも、子どもの世話をするための休暇を与えています。

 しかし、徐安さんと張亮さんは、そうした休暇は、あくまでも出産を抑制するための褒賞・優待であって、ジェンダー平等の視点や子ども本位の原則によるものではないことを指摘しています。また、地方によって、夫に与えられる休暇の日数の差も大きく、大多数は10─15日ですが、河南省は1カ月ある一方、上海では3日(7)しかありません。

 女性の産休自体は90日で、晩婚晩育の人は120日と、十分な期間があり、むしろ少し長すぎるのではないかと、徐さんらは言います。産休が長すぎると、その間に時代の変化についていけなくなったり、女性を雇うコストが高くなって、女性が職場から排斥される結果を招くかもしれないと言うのです。だから、徐さんらは、今後は父親の育児休暇を増やすべきだと主張しています。

 また、徐さんらは、父親の育児休暇は、スウェーデンやノルウェーのように、父親しか使えないものでなければならないことも指摘しています。北京の場合、遅く出産した女性労働者にプラスされる30日の休暇が「夫も享受できる」という規定になっており、そうした面で不十分さがあります(8)

(1)上海市婦聯将向“両会”建議増設帯薪“父親照顧假”」『中国婦女報』2009年1月9日。
(2)男人休産假,共同分担人類再生産責任」『中国婦女報』2008年3月14日。「程恵芳代表、男性職員にも『産休』を」中国網日文版2008-03-10
(3)家庭研究中心成果為市婦聯関于増設“父親假”的提案提供依据」(中国家庭研究網09/01/03)
(4)張亮・徐安『父親参与研究:態度、貢献与効用』(上海社会科学院 2008年)──上海社会科学院の「新書介紹」ページのこの本のデータ、ネット書店「書虫」の書虫データベースのこの本のデータ
(5)以上、(3)に同じ。
(6)“育児假”鼓励男性進入家庭角色」『中国婦女報』2009年1月15日。
(7)上海市人口と計画生育条例(上海市人口与計劃生育条例)の33条で、「本条例の規定に符合する出産が遅い(晩育の)女性は、国家が規定する産休のほかに、晩育休暇を30日増やし、その配偶者は晩育世話休暇を3日享受する」と規定されています。
 なお、同条例の24条によると、晩婚とは、初婚の時に男の場合は満25歳、女の場合は満23歳になっていることで、晩育とは、第一子を出産するときに満24歳になっていることです。
(8)以上、(3)に同じ。

リプロダクティブ・ヘルスに対する取り組みを述べた書

 中国といえば「一人っ子政策」。「リプロダクティブ・ライツ/ヘルス」の理念とは相容れないイメージがあります。
 実際、中国の女性問題研究者らが著した『中国女性発展報告[中国婦女発展報告] No.1(´95+10)』(王金玲主編)も、「リプロダクティブ・ヘルス」概念について、次のように述べています。
 「この概念の内包は、女性と男性の生殖の権利を著しく強調しており、出産をするか否かや、いつ出産するかを自由に決定してよく、子どもの数を自由に決定してよいということを含んでいる。リプロダクティブヘルスの内容は、人口のコントロールを厳格に実行している中国に対して、間違いなく厳しい挑戦である」(肖揚)(1)
 同書の第3章「女性と健康」では、中国の現状の数々の問題点とともに、そうした挑戦を受けた中国の政府や婦女連合会、研究者、NGOの取り組みがかなり詳しく書かれています。この章を読むと、計画出産ひとつとっても、単純な行政的方法だけでなく、サービスや女性の地位向上を重視する方向へ変わりつつある面もいくらかはあるようです(もちろん政府の対応などは、かなり形式的なものにとどまっていて、深刻な事件も起きていますが……)。

 さて、中国の婦女連合会などの、そうした「リプロダクティブ・ヘルス」に対する取り組みを述べた単行本が、次の書物です。

 朱明若主編『中国女性のリプロダクティブヘルスの促進――ニーズの評価から政策の発展へ[中国婦女生育健康促進――従需求評估到政策発展]』(中国社会出版社 2005年)(ネット書店「書虫」データベースの中のこの本のデータ)

第1章 序論(朱明若)
リプロダクティブ・ヘルス篇
第2章 グローバル化の趨勢と女性のリプロダクティブ・ヘルスの促進(朱明若・李佳)
第3章 グローバル化の中国女性の健康に対する影響(劉伯紅)
第4章 ジェンダーとリプロダクティブ・ヘルス政策の促進(杜潔)
健康促進篇
第5章 健康の基本概念と健康の決定要素(朱明若・顔茹)
第6章 公衆衛生の趨勢と発展(朱明若)
第7章 公衆衛生における住民参加(朱明若)
方法篇
第8章 ニーズ評価の意義と方法(朱明若・馬冬玲)
第9章 プロジェクトの発展と評価(朱明若・張永英)
政策篇
第10章 リプロダクティブ・ヘルス政策:理論と国際的趨勢(朱明若・呉昭原)
第11章 「中国女性リプロダクティブ・ヘルス政策提案(草案)」の形成(呉菁)
実践篇
第12章 「中国女性リプロダクティブ・ヘルスプロジェクト(第三期)」実践総報告(杜潔・呉菁・馬冬玲) 
反響篇
第13章 リプロダクティブ・ヘルスと私たち
参考文献
附録 中国女性リプロダクティブ・ヘルス資源索引

 この本によると、中華全国婦女連合会女性研究所は、1992年から、フォード財団の援助を受けてリプロダクティブ・ヘルスについての研究を開始しました。それは、次の3期に分かれるということです。
 第一期(1992年2月~1993年末):注意の喚起と問題の発見
 第二期(1994年2月~1997年9月):人材の育成と研究の実践
 第三期(2001年~2004年):普及と政策の発展

 この本は、第三期の成果について述べたものです。
 第三期は、女性研究所副所長の劉伯紅さんが責任者として指導をし、イギリス留学から帰ってきた国際室主任の杜潔さんがプロジェクトを管理し、呉菁さんが協力したそうです。
 オーストラリアのグリフィス大学の教授で、同大学の環境と人口研究センター主任の朱明若(Cordia Chu)さんも大きな役割を果たしており、この著作でも、かなりの部分も執筆しています。

 この本は600ページ余りある大部な書物であり、私はまだ少しめくってみただけですが、パッと見て私が興味深く思ったのは、以下の箇所です。

 第4章の第2節で、杜潔さんは「中国のリプロダクティブ・ヘルス政策・策略に対するジェンダー分析」をしています。
 杜さんは、母子保健に関しては、中国は1950年代から母子保健や避妊技術指導を重視しており、当時は世界でも比較的先進的だったと言います。けれど、1980年代の国家の経済改革によって、母子衛生への投資が削減されたことを指摘します。また、優生優育によって知力や身体の資質を発展をはかるにとどまったという限界も述べます。
 また、計画出産に関しては、女性の全面的発展を軽視したために、批判に遭ったと述べます。

 1994年のカイロ会議の「リプロダクティブ・ヘルス」の提起を受けて、中国でも「女性のエンパワメント」や「女性を中心にしたリプロダクティブ・ヘルス」という理念が唱えられ、法律的にも、たとえば「人口と計画出産法」では、「人口と計画出産工作をおこなうには、女性が教育を受ける機会や就業する機会を増やし、女性の健康を増進し、女性の地位を向上させることと結び付けなければならない」という規定が盛り込まれたりしたという変化を指摘しています。

 けれども、杜さんによると、現在の中国の法律や政策の規定には、以下の限界があるとのことです。
 (1)女性のリプロダクティブ・ヘルスに関する条項や措置の大多数は、婚姻・家族や母子保健の大枠の中に置かれている。
 (2)現行の女性のリプロダクティブ・ヘルスに関する条項の多くは、出産・育児期段階の女性に対するものに限られている。
 (3)現行の多くの条項は、みな女性を保護するという角度から出発していて、女性を弱者と仮定しており、女性の人権を保障するという地点にまで到達していない。
 (4)現行の女性に向けられた政策、たとえば「中国女性発展要綱」の中で規定されている女性の健康の措置と指標は、まだ国家のマクロな社会・経済政策の主流に入っていない。

 また、第11章では、「中国女性リプロダクティブ・ヘルス政策提案(草案)」について述べられています。
 これは、2002年、全国婦連の「中国女性リプロダクティブ・ヘルス」プロジェクトチームが起草したもので、同年12月の「中国女性のリプロダクティブヘルスの促進:政策と措置フォーラム」での討議などを経て、2003年7月に完成しました。
 この「提案」は、中国女性の健康にとって横たわる問題として、出稼ぎの女性やリストラされた女性の貧困、「計画出産」的なやり方では女性のインフォームド・チョイスが困難であること、男性の参与の不足、心理的健康や女性に対する暴力の軽視、セックスワーカーや性病・エイズの女性の問題などを挙げています。

 政策の提案としては、「ジェンダー平等」「女性のニーズとの合致」「男性の責任と参与」などを原則として、以下の9点にわたっておこなわれています。
 1.出生児の性別比率を低下させる
 2.青少年のリプロダクティブヘルス教育を強める
 3.妊娠中絶率を低下させる
 4.妊産婦保健の利用率と質を向上させる
 5.貧困層の医療救助を保障する
 6.エイズウイルスとエイズの感染率を低下させる
 7.女性の自殺率を低下させる
 8.女性に対する暴力を防止し、減少させる
 9.老年女性の健康
 たとえば、「1.出生児の性別比率を低下させる」という点に関しては、「女の嬰児や児童の死亡率が高い問題を『中国女性発展要綱』『中国児童発展要綱』の重点的なテーマにし、具体的な工作目標を明確にし、実効性のある措置を制定する」、「女の嬰児・児童の生存状況の社会的な監視と保護のネットワークを構築する」「男女が同等に利益を受ける農村の養老保障制度を一歩一歩構築し、完成させる」とか、「『人口と計画出産法』の『医学的な必要のない胎児の性別鑑定や性別を選択した中絶を禁止する』という条項の宣伝を強める」「ジェンダー意識教育を広範におこなって、女性や子どもの権益を宣伝する」などの提案をしています。

 第12章は、以下のいくつかのプロジェクトの実践報告を収録しています。
 「貧困地区の女性の妊娠出産期保健サービスの利用の向上報告」(陝西省リプロダクティブヘルスと政策促進課題グループ)
 「済南市小学校高学年の少女の青春期健康促進研究報告」(山東省婦連女性リプロダクティブヘルス課題グループ)
 「四川農村女性膣炎防止治療行動研究」(四川省婦連女性リプロダクティブヘルス課題グループ)
 「農村妊産婦保健サービス改善行動研究」(北京市女性保健所女性リプロダクティブヘルス課題グループ)

 たとえば、一番最初の「貧困地区の女性の妊産期保健サービスの利用の向上報告」では、以下のような経験が述べられています。
 ・貧困な山区では、すべてを病院出産にする条件がないので、医者や母子保健員が村に行って出産の世話をした。これは、貧困な山区の女性のニーズに符合した妊産期の保健サービスのあり方のモデルになる。
 (ただし、この報告は、「今回、村に行って出産の世話をできたのは、このプロジェクトが補助金を出したからであり、今後は県の財政支出によって、母子保健員の待遇を改善しなければならない」ということも指摘しています。)
 ・村民や村の幹部に保健知識を宣伝することによって、妊産期保健サービスに対する支持を強めた。村民に対しては村民大会で説明したり、ハンドブックを配布したりした。村の政府や衛生、計画出産、母子、婦連などの責任者には、陝西省女性理論婚姻家庭研究会のメンバーが、ジェンダー概念やリプロダクティブ・ヘルスについても説明した。
 ・夫や舅・姑を対象にした妊産期の保健知識の学習班を開催したことにより、彼(彼女)らの考えも変わりはじめ、家庭のサポート環境も改善しつつある。

 ごく一部しか紹介できませんでしたが、この本は巻末に40ページにわたる文献目録も収録しており、手元に置いておくと便利な一冊かな、と思います。

(1)王金玲主編『中国婦女発展報告 No.1(´95+10)』(婦女発展藍皮書)(社会科学文献出版社 2006年)139-140頁。

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